俺はアグネスタキオン   作:キサラギ職員

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13、新年を迎え

 

 新年だ。季節はすっかり冬。この一年、練習もとい研究漬けの日々だった。

 近頃じゃカフェはキリキリとレースに出まくって堅実にファンを増やしている。

 気温が低くてたまらない。何が温暖化だよ。普通に冬は寒い。

 

「あけましておめでとう、トレーナー君」

「あけましておめでとう、今年もよろしく」

 

 俺とトレーナー君はさっそくミーティングルームで顔を合わせた。

 ミーティングルーム。あるいはチーム室とでもいうべきか、専任トレーナーに与えられる部屋だが、色々と散らかっている。ホワイトボードには『クラシック三冠』と書かれていた。

 

「初詣は?」

「初詣して勝てるならね」

 

 俺はロマンチストを自負しているが、オカルティズムに傾倒してるわけじゃない。行ってもいいが時間の無駄じゃないか。

 

「それでこのへたくそな字は?」

 

『クラシック三冠』

 

 と書かれた習字が、ミーティングルームの机の上に置いてある。トレーナーの字なんだろうが、普段書きなれていない人が描いたような、そんな字だ。

 

「今年の目標さ。うまくはかけなかったわけなんだけど」

「ま、しゃーなし。行けたらいいな、クラシック三冠をよ」

「前から思っていたんだが、やる気がないのかあるのかよくわからない。……なにか、あるのか」

 

 言うべきか、言わないべきか。しかし、ここはもう言ってしまうべきじゃないのか。

 問題は確定している訳じゃないってことだ。足を失うってなんだよって話だしな。事故にでもあって足切断でもするのか? 俺だってまだ確信が持てないのに言って無駄に心配させる必要があるのか? 下手なことを言って、トレーニングの計画を乱す必要性を感じない。

 俺は首を振った。

 

「シリアスな話は好きじゃない。また今度さね。それにデータが集まり切ってる訳じゃない」

「何か考えがあるんだな? ………いつ言ってくれてもいいんだぞ」

「……ありがとう」

「急に素直になられると、その、困る」

 

 俺が言うと、トレーナーが頬をポリポリとかき始めた。

 いらっとしたので胸元をポコポコ叩いてやる。

 

「アァ? 殴るゾ」

「もう殴ってる殴ってる」

 

 

 

「結局いくんか……や、プラシーボ効果の再確認でもするなら若干の意味はあるかもしれんが」

「新年と言ったら初詣だからな。毎年そうしてきたし」

 

 結局初詣に来てしまった。

 近所の神社にやってきたわけだが、早速出店が出ている。にんじん焼き。甘酒。その他その他。

 振袖に身を包んだ子もいれば、ダウンジャケットの子もいる。ちなみに俺も制服の上に一枚ダッフルコートを着ている。

 スーツの上にダウンジャケットを着込んだトレーナーと、五円を賽銭箱に投げ入れて手を合わせる。

 

「知ってるかい。こういうのは願掛けって言って、お願い事が叶いますようにってやるんじゃない」

「へぇ、タキオンは物知りだなぁ。前々から思ってたけど守備範囲広いよなぁ」

「科学者は哲学者でもあり神学者でもあるものさ。決着は"人間(ひと)"の手でつけます。どうか手を―― お貸しにならないで――……くらいの意気でやるものさ」

 

 俺とトレーナーは手を合わせてから境内を散歩していた。

 俺がドヤ顔で人差し指を立てると、トレーナーはふむと顎を撫でた。

 

「なんかそれ漫画からの引用な気がする」

「せーいかい。デジタルならわかったんだろうけどトレーナーには無理か、マ、勉強してください」

 

 

 で。

 

「雑煮が食いたい」

「ええ……」

「くーいーたーい。作ってくれよ~たのむよ~」

 

 またミーティングルームに戻ってトレーニングについて話し合おうということになったのだが、なんだが気が乗らないのでダダこねてみることにした。

 雑煮。スーパーで売ってないこともないんだが味気ないというか量が少なくて物足りないんだよな。

 

「ヨシ! ここはトレーナー君の寮に行ってみよう!」

「えぇ………新年早々やめてくれ」

「入れてくれないなら、クラシック三冠は無しにしよう」

 

 トレーナー君は仕方がないなと言った様子で作ってやるからと首を振った。

 

「わかった! わかったよ………入れりゃいいんだろ」

 

 こうして俺はトレーナー寮に行くことができるようになったのだった。

 基本的にウマ娘がトレーナー寮に行くことは黙認されている。逆の場合は男子が女子寮なので許可がいるが。その辺緩いよな。何でかは知らんが。

 俺は警備員さんにひらひら手を振って挨拶すると、トレーナー君の寮に足を踏み込んだ。室内は典型的な男の室内と言った感じであった。読みかけの雑誌。溜まった洗濯物。それ以外だが、案外片付いていた。

 

「オ、感心感心。俺の言った漫画買ってるじゃん」

「少しでも理解したくてね。引用された時わからないから」

 

 トレーナーがキッチンで準備をしつつ肩を竦めた。

 本棚に突き刺さっている漫画を見てみると、以前俺が言っていたバイクを題材にした漫画があった。わざわざ買ってきたらしい。

 

「へぇ、陸上部だったんだな。意外」

 

 トレーナーのことは、実は余り知らない。調べようと思えば調べられたが、調べるのが何だか悪い気がしたからだ。

 

「昔のことさ」

「こんだけいい成績残してるのに、トレーナーの道を選んだ理由がよくわからんな」

 

 トロフィー。賞状。本棚の一角がぽっかり口を開けていて、その二つが飾られている。いずれも優秀な成績を残していたであろうもので、例えば企業に就職したのであれば、走ることを仕事にもできたであろう順位、一着だった。すぐ隣には一着を取って台の上でトロフィーを掲げる若きトレーナーの写真があった。

 

「足をやってしまってね」

 

 雑煮をぐつぐつと煮ながらトレーナー君が語り始める。

 

「無茶をし過ぎたんだろうな。それっきり走ると再発の恐れありってことで、もうだめだよ。できた。あとは少し待つだけで食える」

 

 俺はトレーナー君の匂い染みついたベッドに腰かけていた。

 

「そんなに酷かったんかい」

「アキレス腱が急に………予後が酷くてね。全力で走れなくなった」

「ちょい見せてみ」

「そんな見世物じゃないよ……わかった、わかったから」

 

 トレーナー君がズボンをめくり上げると、確かに傷口を縫合した痕跡が残っていた。俺は屈みこんでペタペタと触れてみる。

 

「それからだったかなぁ。クラスのウマ娘の子がとても速くて、憧れたことを思い出して……」

「プランB……か」

「何のことかは知らないけど、そうなるとプランAは自走するってことかな。そうだよ。自分で走れないなら……ってことさ。もう一度思い切り走れたらいいのにな」

 

 遠い目をするトレーナーを元気づけようと、俺はその肩を撫でてやった。

 

「落ち込むなよ。一緒に雑煮食って元気になろう」

「……そうだな」

 

 こうして俺たちは雑煮を食べて新年を迎えたのだった。

 

 

 

 

「本棚の資料本の後ろ」

「…………!?」

「紙派なんだねぇ……大急ぎで隠そうとしても何しろ“そういう”本は大きいからよく見りゃわかるってもんでしょ」

「くっ、ぐっ………」

「健康な証だよ、トレーナー君。モルモットは元気じゃないと。ただキミ、エロスはほどほどにしておきなさい」

 

 

 

 

 

 

 第二章『transforming』完了

 

 

 

 第三章『winning the soul』←continue?




ピコンッ

『過去』

解除されました



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