俺はアグネスタキオン   作:キサラギ職員

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3、模擬レース

 

「いつから気が付いていた?」

「ウマ娘の聴力を侮っちゃいかんよ、ミスター・モルモット。だいぶ前だよ、俺が気が付いたのは」

 

 物陰で隠れていたトレーナーは出てくるとバツの悪そうな顔をしていた。これじゃストーカーだな。

 俺はシュガーシガレットで煙草のまねごとをしつつ、腕を組んだ。

 

「君が求めるものを知っておきたい。気になってね」

「未成年をストーキングとはよろしくないねぇ…………結論から話そうか。“最速”(Fastest)だよ。ウマ娘には謎が多い。ホモ・サピエンスと同じ構造をしながらも、超人じみた要素を持っている。ウマ娘に生まれたからには最速を求めていきたい。その為ならばこの中央も手段に過ぎないってことだ」

「中央入れなくて泣いた子がいるというのに随分だなあ」

 

 トレーナーは呆れ返った様子だった。中央はエリートが入る難関の学校だ。あらゆる要素でパスしていなければ、あるいは、一点だけでも秀でて抜きん出るものなしでなければならない。

 

「ウマ娘じゃなければ……その時は、もう一度」

「?」

「いや夢の話はよそう。とにかく、もっと速くありたいだけだよ、モルモット君。薬飲んでくれ」

「流れるように飲ませようとするのはやめろ。選抜レースは本当にでないのか。今ならまだ」

「間に合うだろうね。けれど断る」

「合理的じゃない。なぜそこまでかたくなになる」

 

 トレーナーの口調がまるで同僚にでも話しかけるそれに変わってくる。精神的には既に大人の俺であるから、無意識的にそう合わせているのかもしれなかった。

 

「聞くねぇ……ここまで踏み込めたのは君が初めてだよ、モルモット君」

 

 

 

「俺の、実力を引き出せそうなトレーナーがいなかったからだ」

 

 

 

 結局これに尽きる。いないわけじゃない。いても既に席は埋まっていた。そこに割り込めるだけのコネもなければ、器量も無い。待っていたのだ。

 

「君の以前のレースの映像を見たよ」

「ほう」

 

 トレーナーが言ってくる。レースに出ていないわけではない。選抜レースも経験済みだ。

 

「いやあるいは………ここまでにしよう。ただ明日の放課後は少し時間を空けておいてほしい」

「君、時間がない時間がないとさんざん言ってきたのを知らないわけじゃないだろうね」

「明日は休息日だ。そうだろう」

「……どこで知った?」

 

 休息日。休日ではない。休息日。定期的な休みではなく、肉体への負荷を想定して考えられる適切なタイミングのことだ。確かに明日はそうだ。しかし、それは漏らした覚えがない。同室のアグネスデジタルにも言った記憶がない。脳内にしか存在しない情報をなぜか言い当てられて若干の動揺が心に走った。

 トレーナーは無言で歩いていき、代わりに教師がやってきた。

 

「アグネスタキオン。学園側からの通達がある。来い」

 

「わかったよ、ついていけばいいんだろう」

 

 明日か。あの変わった男……ミスター・モルモットが何か変わったことをしてくるだろうが、気になる。こんなにも明日が楽しみに感じられたのは久しぶりだった。

 

 

 

 

「どっちか決めろ、か……」

 

 結局委員会でも対応に決めかねたらしくこれ以上はいられないので残るか出ていくか決めろと言われてしまった。最後通告だろう。俺が部屋から出ていくと、早速カフェと遭遇した。

 しかしこのマンハッタンカフェとかいう女、どうにも懐かしい気配がするのは気のせいなのか。忘れてしまった何かを思い出す、そんな気配がする。

 

「どうだったんですか、出て行っちゃうんですか」

「んまァそんなところだな。決めろと言われたよ。期限は今日までだ。潮時かねぇ……いい加減庇い切れなくなってきたのだろうよ。一族の最高傑作だなんだ折り紙付きだからと贔屓していた委員会のメンバーも愛想が尽きたのかもしれないねぇ」

「でも、学園を出ても……」

「なに、学園の外にも活路はあるさ。イギリス、フランス、アメリカ、ドバイ! トゥインクルシリーズに出られないのは残念だが……俺の頭脳と肉体がここに在る限りは研究は続けられる」

 

 むしろそっちの方が自由に動けるかもしれないなと俺が笑うと、カフェは残念そうに俯いてしまった。

 

「そうですか……研究を続けるというなら、私としては……あと“この方”としても……」

「またそれかい……ってどこにいくんだ」

 

 スタスタと独り言を呟きつつカフェが去っていくと、待っていましたと言わんばかりにトレーナーが現れた。

 ドロドロに蕩けたとでもいうべき、熱に浮かされた目だ。

 俺はこの目を知っている。スピードに魅せられたものがする目だ。もっと速くと懇願し、絶望し、それでも折れず、後退ギアを知らぬものの目だ。

 思わず感嘆の吐息を漏らすと、顎を撫でた。

 

「いい目をしているねぇ……初対面とはだいぶ顔つきが変わったじゃないか」

「少しいいか?」

 

「アグネスタキオン。話は聞いた」

 

 驚いたことに気配も無くするりと会長ことシンボリルドルフが現れた。トレーナーの気配というかそこにいるのはわかっていたのが会長はまるで読めなかった。予測計算を凌駕する女とはまさにこの人物にしてありか。

 

「退学の意志は固いのか?」

「会長、引き留め工作とはらしくもない。俺はやりたいようにやるだけだよ」

 

 シンボリルドルフも俺の反応は察していたらしく特に驚きもしなかったが、ただ正面から目を見据えて来た。たまらない。スピードに魅せられながらも自分を制御できる理知的な目だ。

 “俺達”とはまた異なる、王たろうとする目だ。後退のギアを残しながらも、それを使わない皇帝の目だ。

 

「故にこれは提案だな。私と並走してくれないか、アグネスタキオン」

「………へぇ、それはそれは。ミスター・モルモット。事前に打ち合わせでもしていたのかな?」

 

 とトレーナーに目をやるとこちらも特に驚いた様子がなく、なるほど、打ち合わせ済みということらしい。

 

「生で見たいんだ。君のレースを」

 

 まっすぐな物言いに俺は折れた。やれやれと首を振ると、そのトレーナーの肩を軽く叩いてみせる。

 

「誰かと走るのはこれが久々だ、たっぷり失望して帰るといい」

 

 

 

「ああでも」

 

 

 

 俺は笑った。

 

「あの皇帝と走れるなんて最高ってやつじゃないか。願っても無い」

 

「ブチ抜く」

 

 

 ところ変わって校庭、ターフを見下ろせる観客席。ジャージに着替えた俺は、トレーナーと話をしていた。

 

「以上がシンボリルドルフ攻略のカギになる、と思う。ただ何にしても彼女は世界トップクラスに近い。分が悪いと言えばそうだ」

「まるで俺のトレーナーみたいなこというじゃないか、ええ?」

 

 俺がストレッチをしていると、トレーナーが一方的に自分なりに分析したシンボリルドルフについて語って来る。まるでレース前のような雰囲気だが、あくまで並走である。

 

「対策はしっかりできたか?」

 

 冗談のような軽い口ぶりで皇帝がやってくる。ジャージに身を包んでいる様は一般の生徒と何も変わらないが、気配はやはり本物だ。

 

「急なレースだ。観客は一人だけ、静かなレースが楽しめそうだ。最後に済まない。庇い切れなかったのは私の落ち度だ」

 

 軽く頷きながら謝罪をするシンボリルドルフに対し、俺はひらりと手を振って見せる。

 

「コースはお得意の芝2000mでいいかな?」

「お好きにどうぞ」

 

 中距離2000m、芝。俺の得意とする距離である。二人しかいない以上徒競走に近いだろう。バ群をかき分ける必要性も無いからだ。

 

「さてモルモット君には初めて見せるかな。(リミッター)を外してやろう」

 

 俺は言うと、会長の後を追いかけた。




このタキオン女にもてそうである
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