じゃないと絶対に飽きちゃう
走る、走る、走って、そして……。
『速い速い! アグネスタキオン独走状態ッ!!』
「当たり前だろ!」
負ける気が全くしない。しかし若干浮いてるな。何せみんな体操服なのに一人だけ勝負服だからな。発注が早過ぎたというのもあるんだろうが、負けるという選択肢がなかったわけで。
手は抜かない。最高速を目指す。
『は、速いぃぃぃ!?』
まず序盤でブチ抜く。横から余裕でスロットル全開で抜け出すと、そのまま逃げの態勢に移行。逃げは得意じゃないが最高速がナナハンとリッターくらいは違う。一度引き離せばあとは、距離を適切に体力配分して最高速を出せばいい。
こうして俺のメイクデビューは勝利で終わったのだった。
ターフから上がると、トレーナーが待っていた。手を叩いている。よせやい。
「やはり君はすごいよ………」
「やートレーナー君、楽勝だったよ」
俺は袖をぶんぶん振り回しながら言った。なんだろう、この動きしっくりくる。
「ハラハラはしなかったけど、やはり見込んだ甲斐があった素晴らしい走りだったよ」
「んだよ……痒い! 蕁麻疹が出るからほめ過ぎるのはやめてほしいねぇ。ふぃーっと………ちょっと一服しようや」
俺が煙草を吸う仕草をすると、トレーナーが肩を竦めた。
そして二人で吸うわけだ。このシガー・キャンディを。ようはお菓子なわけだが、未成年が煙草吸ったら補導なんざわかってるからこその処置である。引退したら吸ってやる。
「次のレースだがよぉ」
「おう」
なんか二人で煙草らしきものを吸ってるのを見て不審な目が向けられてる気がするが、俺が軽く菓子の箱を掲げると苦笑される。煙草じゃねぇなら文句はないよな?
俺は自分なりに調べたレースについて語った。
「次は知らんが最終的には有馬を目指したいわけさ」
「有馬か……現状の君だと少々しんどい気がするね。中距離向けだと踏んでる。長距離、いけるなら別だけど」
「しんどいなんざわかってんだよ、あー、まァ、有馬ってのは頂点みたいなもんだろ。狙ってソンはないって寸法よ」
俺は溶けて小さくなったシガー・キャンディをバリバリと食べきると二本目を咥えた。
有馬記念。カフェも出るしな。なぜかはわからないが、カフェから逃げ切ってやりたかった。
「四月の皐月賞、五月日本ダービー、十月菊花賞―――」
「それって……それってなんだ?」
トレーナーが漫画みたいにずっこける。結構感情表現豊かな男である。俺が喉を鳴らして笑うと、トレーナーが正面から目を見据えて来た。ドロドロに濁って、光る、俺と同じ目だ。
「テストで満点とか取る癖に知らないのか……? 冗談言わないでくれ」
「冗談だってそんな関西人みたいなリアクションするなよ。クラシック三冠だろ? 強気に出たなぁ」
ウマ娘の旬は短い。短すぎて数年で終わるのも珍しくはない。この数年をどうするかは、非常に大きな問題である。若干トレーナーに疲れが目立つのも、必死で今後について考えて徹夜でもしていたのかもしれない。
トレーナーが言った。
「君なら狙えると思う」
「マ、出るかはともかく考えてやってもいい。さてと……」
俺は煙草もといシガー・キャンディの箱をポケットにねじ込んだ。
トレーナーはもぐもぐとキャンディを頬張って飲み込んだ。
「研究か」
「そういうことだ。今日はカフェをとっ捕まえて色々調べないといけないからな」
あの謎の怪奇現象の解明をしてみたい。
あとは体についても知りたいからな。
問題はどう口説き落とすかだが。
後日試しに研究について口にすると妙に真面目な顔になり―――。
「いいですよ。あんまり、変なことをしないのであれば」
「アァしゃーない諦めるとしますかって………いいの? ほんとに?」
初対面はともかく以前はものすごく嫌そうな顔をして断って来るか逃げるかのどっちかだったのが、素直に従ってくる。今回もダメだろうなと俺が思っていると頷き始めたではないか。
「薬を――――」
「だめです」
「………じゃあ新開発した――――」
「だめです」
「………わかった! 超音波機器による骨密度計測と体組成の測定とあとはモーションキャプチャーによる走法と姿勢のチェックと―――」
俺がつらつらと研究内容について話し始めると急に真面目な顔を崩して疑問符を浮かべやがる。
「まともな、研究もできるんですね」
「まともなってなんだよ! 研究者の端くれなんだからこれくらいやるわ」
「おかしな薬ばかり作ってるのでまともじゃないものがなかった試しがなくて」
「おかしなって言うな」
薬ばかり作ってる印象があるのかもしれないが、それ以外のことも当然やっている。ウンと言ってくれた子のデータ収集はもちろん、過去のウマ娘の走り方を三次元映像化して負荷のかかりかたを計測したりとか、要するにいくら時間あっても足りません状態なんだよな。
「どこでそんな技術を学んでるんですか?」
「独学だよぉったりめぇだろ。一部は違うがね」
一部分はそういう分野に強いウマ娘の協力を仰いだりもしている。例えば、シャカールとか。例えば、服のデザインに関してはデジタルとか。例えば、実験機器類はゴ……いやこいつはいいや。日本語通用してんのか謎なので飛ばすとする。
「じゃあいくとするか。やると言ったからには一日付き合ってもらうぜ」
「別にいいですけど変な薬だけは止めて貰えれば私は構いません」
そんなに薬が嫌なのか。まぁ喜んで飲んでくれるのトレーナー君くらいだもんなぁ。
そんなわけで、俺は一日かけてカフェの身体データを取りつくしたのだった。モーションキャプチャーの時タイツを履くわけだがその時だけ恥ずかしそうにしていたのが印象的だった。わかる、わかるよ。恰好がマヌケだもんな。
「……うーむ、うーむ……」
「タキオンしゃん、あたしもう無理なんで寝ますね……」
「おやすみ~」
自室にこもってパソコンを使っていると、翌日は休息日だが既にド深夜。いい加減限界が来たらしいデジタルが倒れ込んで寝息を立て始める。ちらっと見てみると原稿が置いてある。なるほどねぇ……普段見せてくれなかったのでしげしげと見てみるが、なるほどとしかいいようがない。人様の趣味に口出す程ヤボじゃねぇや。
しかし――――。
「データが足りんなぁこれは。何とも言えん」
俺はシガー・キャンディを齧ると、椅子に凭れかかった。
もうこんな時間か。時計の針がとんでもない角度に切り替わろうとしているので、俺はそのままデジタルと同じようにベッドに飛び込んで夢の世界に逃げ込んだ。
「はみがき……」
の前に歯磨きをした。
偉いよな、俺って。