この試練は乗り越えられないかもしれない。
「くっ………」
このような挫折を味わうとは……!
俺の心は折れかけていた。膝をつき、悔しくて地面を拳で打つ。
「先生……! レースがしたいです………」
「誰が先生だ。もう一度」
「ノリが悪いなァ」
トレーナーが手を叩く。元ネタ知ってる癖にノッてこなかった。
ジャージの上を脱いで腰に巻いた服装の俺は、確かに苦戦していた。
そう、ダンスである。
「というかそのツラでダンスもできるのなかなか面白いよな」
「トレーナーは一通りこなせないといけないからなぁ……じゃあもう一度」
俺が言うとトレーナーが肩をすかした。
「恥ずかしさなんてないがどうしてもワンテンポ早くなっちまうんだわ。ウィニングライブ無しの方向性で……」
「一着取ったらいやでもやることになるぞ」
「くそー!」
正論だ。
そう俺はダンスが苦手なのである。走ることはいい、勉強もやればできる。だがダンスだけは……ダンスだけはどうにも苦手だ。踊る必要あるんですかねという疑問しかないのだが、そういうものなので諦めるしかない。一着を取る自信はあるがダンスがな……。
メイクデビューで勝った後ちょっとしたライブが行われたわけだ。
一流の血統がどうとかいう理由でマスコミが群がってきた中で踊ったわけだが、お察しの通りである。
『期待の超新星アグネスタキオン』『ぎこちないダンス』とか新聞に書かれたからな。
ツラがいいから誤魔化せたが、ツラ悪かったら目立つところだったぜ。自己評価が高いんじゃなくて事実を羅列してるだけだ。実際俺の顔はとても作りがいいので。
マスコミなんて気にしちゃいないが沽券にかかわる。
季節は夏。俺は夏休みを利用して研究もといダンスの特訓に励んでいた。
ごくりとスポーツドリンクを飲み干すと、口元を手の甲で拭ってから質問を投げてみる。
「ていうかうまぴょいってなんだ?」
「さあ………」
と見解が不明のまま踊ってる訳だが、歌詞はともかくダンスそのものは簡単な方らしい。アイドルが踊るイメージで作られてるとかなんとからしいが、俺からすれば同じようなもんだ。
「ということで助太刀を呼んできたから。ツインターボ! 入って来てくれ!」
「はーい!」
元気よく入室してきたのは鹿毛もとい青い髪の毛をツインテールにしたちんちくりんだった。
見覚えがないウマ娘だが、中等部の子だろうか? 中等部でもダンス上手い奴は上手いからなぁ。連れてくるくらいだし、相当うまいのではないかね。
「ターボはツインターボ! よろしく!」
「おう、俺はアグネスタキオン。よろしくな。ターボって呼んでいいかい?」
「いいよ! タキオンって呼ぶね! えへへー」
手を握ってみるとわかる小ささ。俺もそんな身長高いわけじゃないがこの子はもっともっと低い。
「ツインターボ、今の内休憩行ってくるからダンスレッスンよろしく頼む」
「うんわかった! ターボに任せて!」
トレーナーはそそくさと退場していく。そういや朝飯も食ってないとか言っていたので相当に腹を空かしていたに違いない。小一時間は戻ってこないだろう。
「んしょ」
「オッ、その動きできるならひょっとしてあの名曲もフルで通しでできるんかい」
おもむろにムーンウォークし始めるので、俺は即座にとある名曲の冒頭ダンスを軽く披露する。帽子がなくて締まらないけど。
「できるよ! やってみる?」
「いいねェ………」
そこで判明した事実。コイツ歌が下手だ。いや声が悪いわけじゃなくて音程の取り方が平坦というかなんというか、決して悪いわけじゃないんだが。中等部のいくつかは知らんが選任トレーナーがまだいないのかもしれんな。
「ちなみにぃ……曲の意味わかって踊ってる?」
「? わかんないけどいい曲だよね!」
「そっかぁ、これはなぁ…………」
「うん!」
「やめとくわその純粋な目を汚したくないし」
「えーっ! なんで! 教えてよー!」
英語の発音が相当に拙い上に意味わかってないで歌っていたらしい。聞いてみたところのこの有様である。まぁ認知を迫る女に対しそれ俺の子じゃないって否認する曲だからな。しょうもないと切り捨てたらそこで仕舞いだが。
で、一時間くらいして戻って来たトレーナーが陰でこっそり見ていたらしく、課題曲のうまぴょい伝説じゃなくて〇イケル・ジャクソンの曲踊っていたことがバレてデコピンされた。
パチコーンといい音がした。
俺は額を抱えてしゃがみ込むと、涙目で睨みつけた。
「あいたー!? なにすンだよ!?」
「課題曲以外踊ってどうするのさ……」
「ノリで?」
「疑問形で答えるな。ターボも悪い。なんでこんなことになってんの」
「ごめんなさい……」
しゅんとしょぼくれたターボの頭を軽く撫でてから、トレーナーは手をパンパンと叩いて号令を出した。
「もう一回! タキオン! 分かったと思うけどターボは相当にダンスが上手い! よく見て真似してほしい」
「へいへい」
そうして俺は、一日中踊りまくることになり、なんだか普段使わない筋肉使ったせいか妙な筋肉痛に襲われることになったのだった。
「カーッ! これこれ」
「おっさんくさいぞ」
俺が腰にクーリングスプレーを当てているとトレーナーが見たくはなかったと言わんばかりの態度で口を開いた。実際に腰が痛いんだから仕方がないだろ。
「それにしてもトレーナー君は、料理がうまいよな。ダシの利かせ方がプロだ」
俺は座り直すと弁当を開いた。彩り豊かなバランス弁当だ。
俺はもぐもぐと弁当を口に運んだ。卵焼きのダシがプロのそれなので感想を述べつつ。
帰宅して食ってもよかったんだが、せっかくなので一緒にメシを食おうという話になった。トレーナーの弁当も、自作品だった。手の器用な男だ。
俺とトレーナーはベンチに腰かけていた。
トレーナーは茶を飲みつつ言った。
「言ってなかったっけ。実家が定食屋でね」
「ほお。それで、定食屋の息子がどうしてトレーナーなんてものに?」
トレーナーの過去に踏み込んだことは、あまりない。手先が器用なのはわかるが、どうしてこの職についたかなどは聞いたことがなかった。
「きっかけはそんな難しいもんじゃない。男の子っては速いものが好きなんだよ。駆けっこでクラスのウマ娘の子が速くて速くて、それで」
「単純って言われない?」
「タキオンこそどうなんだよ」
「ン? まァ………まぁ家系的にそうするしかなかったというかね。本当は……なんでもない」
ウマ娘と言えば自走するものだ。自走しない選択肢もあったと言えばあったが、異端だのなんだのはみ出し者扱いされる俺でも、その選択肢を取るということはできなかった。すなわち自分では走らないことだが、どうしてこんな考えを抱いたのかは、いまだによくわからない。
自分で走らない選択肢。それについては、この学園に来てもう一つの意味が生じている。
まだ話すべきじゃないのかもしれないな。
あるいは、早く話してしまうか。しかし、実際のところ未来でも見えない限り俺の話は仮説に過ぎない。やめておこう。今は、まだ。
俺とトレーナーは弁当を平らげると、明日に備えてそれぞれの寮に戻ったのだった。
見たい番外編
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おまけ(小話)
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幕間(あの後どうなった?的な)
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アグネスタキオン(中身別)が実装されたら
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掲示板方式
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その他