朱き眼の術師   作:あーぜうす

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始まり

 

 

 満月の夜だった。

 深紅に染まる空の下、数多の屍が地面に転がっている。

 思い出すだけでも反吐が出る、血統主義の性根が腐った蛆共の成れの果てだ。

 その数は片手で数えるだけじゃとても足りず、見渡す限りの死体の山がその証拠。

 

 ───またか

 

 何度目か分からないその光景に、自分が夢を見ていることを自覚しながら嘆息する。

 あの日からもう三年も経った。

 ゴミ掃除を終えて、それによって生じた後始末も終えて、あの家から縛られることはもう何もないというのに……それでもまだ、俺はこの夢に囚われている。

 

 絶望と赫怒、失意と後悔。

 

 この夢を見る度に、心の底で蓋をしていた感情が発露する。

 同時に、双眸が朱く染まっていくのを自覚する。

 

 忘れるな

 

 まるで瞳を通じて言われているような感覚。

 その瞳に導かれるように視線を向ければ、血の海に横たわる屍が一つあった。

 辺り一面に無造作に転がる他の屍とは違う、丁寧に横たえられ安堵の笑みを浮かべるその姿はまるで眠っているようだった。

 けれど既にその心臓は鼓動を止めていて、二度とその眼が開くこともない。

 

 そう……これこそが俺の罪の象徴。

 過信と軽率、自分なら何でもできるという己の傲慢が招いた結果だ。

  

 この光景を、忘れたことは微塵もない。

 どれだけ過去の出来事だと割り切っても、時間は戻らないからと空を見上げても、新しい場所で新たな繋がりを得ても、

 

 この眼窩に埋め込んだ瞳(・・・・・・・・)がある限り、忘れることなどあり得ない。

 

 

『───リンネ』

 

 

 安らかに眠る彼女と過ごした記憶に思いを馳せながら、やがて微睡みに沈んでいた意識は目覚めていった。

 

 

 

 

 

 

「起きろ、リンネ」

 

 双眸から朱が引いていくのを確認し瞼を開く。

 垂れ下がった特徴的な前髪が視界に入り、自身が夢の世界に誘われていたのを自覚して返答する。

 

「傑……今何時だ?」

「17時だ、皆とっくに帰ってるぞ」

 

 時計を見れば確かに17時で、続いて周りを見渡せば人っ子一人いない閑散とした教室があった。

 

「誰でもいいから起こしてくれればいいものを」

「日頃の行いだろう?」

「言うほどか?」

 

 嘆息しながら教科書類を鞄に詰めていると呆れたような視線が突き刺さる。

 そこまでおかしいこと言っただろうかと、傑の無言の催促に記憶を掘り返してみれば……深堀するまでもなく出るわ出るわのオンパレード。

 

「言うほどかもな」

「遅刻と無断欠席の常習犯、加えて先生相手だろうと容赦なく盾突く問題児、かと思えばテストの成績は上澄みだからね」

 

 誰だって対応に困るだろうに。

 そう言って肩を竦める傑の言には反論の余地すらなかった。

 俺だって同じようなやつがいたら関わろうとしないだろうしな。

 ただ、

 

「問題児っていう部分はお前もあんまり言えないだろう」

「私ほど清廉潔白で品行方正な学生はいないと自負してるよ」

「一昨日不良ボコボコにして呼び出されてたやつがよく言うな」

「失礼だな、彼らにはいじめダメ絶対と教えてあげただけさ」

「お前はむしろいじめてた側だろう」

 

 術師と非術師が呪力なしとはいえ喧嘩したらどちらが勝つかなんて一目瞭然。

 そんなことは日頃から術師の務めとは云々かんぬん言ってる傑が知らんはずはなかろうに。

 

「そう言えば明日だったね」

「……何だっけ?」

 

 思い当たる節がないので首を捻れば本日二度目の呆れた視線が突き刺さる。

 そんな眼を向けられても忘れてしまったのだから仕方ない。

 それでもと一応脳内スケジュールを確認してみるが……やはりというか思い当たる節はない。

 無言のまま傑くん教えてほしいな~と目線で訴える。

 

「私の記憶では明日は高専案内の日だったと記憶してるんだが」

「あ~、ね」

 

 正式名称を東京都立呪術高等専門学校。

 数多くの呪術師を輩出してきた伝統ある学び舎で、卒業後も高専を活動拠点にしている呪術師もいるほど呪術を身近に感じられる場所だ。

 呪術師を志し、呪術を学ぶという点では高専ほど適正のある場所はないだろう。

 ちなみに京都に姉妹校があって年一で交流会とかも行っているらしい。

 

「明日は私たち以外の新入生も来るから、案内と一緒に顔合わせも兼ねていると言っていたじゃないか」

「そうだったそうだった」

「まったく」

 

 おっさんが五条家の次期当主が同期だぞって言っていたのを思い出す。

 伝統ある学び舎に血統を重んじる御三家の次期当主がクラスメイト、正直嫌いな要素満載で思い出したくもなかったから記憶の彼方に捨て置いていた。

 

「相変わらず御三家嫌いは筋金入りだね」

「逆に傑はいい印象あるか?」

「……雨が降ってきそうな天気だね」

「おい」

 

 露骨に話を逸らす時点で傑も内心どう思ってるかは明白だ。

 傑はまだ一般家庭出自のスカウト組だから話伝いに聞いただけでそこまで詳しくはないだろうが、実際に行って話してみれば碌な環境じゃないってすぐに分かるぞ。

 基本的に御三家の人間は自分たち以外の術師を見下してるし、話してるだけで露骨に態度に出る人間ばかりだからな。

 

「だがリンネは五条家の次期当主がどういう人なのか知らないのだろう?」

「……噂だけなら知ってるぞ」

「それは私も知っている」

 

 曰く、数百年振りに生まれた六眼と無下限のハイブリッド。

 呪力を見通す六眼と無限を操る相伝術式から、幼少期から呪詛師や裏の人間にその首にかけられた賞金目当てにターゲットにされてきたが、今に至るまでその全てを軽々と返り討ちにしてきた現代最強の呼び声高い呪術師。

 おっさんが背後を気取られた、というくらいだからその実力は本物だろう。

 性格の方は知らない。

 甘未が好きっていうのは風の噂で聞いたことはあるが、五条悟という呪術師がどういう人間なのかはさっぱりだ。

 

 ……そもそも興味なくて調べてなかったのだから当然か。

 

「噂だけで判断するなってことだろう?」

「そうだね。どういう人間かは会って話せば分かるさ」

「怖いもの知らずだな」

「私たちなら大丈夫さ」

「さらっと巻き込まないでくれ」

 

 御三家の人間とよろしくやるつもりはないし、傑が五条家と問題起こしても俺は関与しないからな。

 

 

 

 

 

 

 傑と別れ自宅に続く道を歩く。

 今日は用事があるからと傑は一足先に帰ったが、用事があるなら俺なんかに構わずにさっさと帰ればいいものを度々俺の帰り支度が済むまで待ってくれていたのだから、相変わらず傑の人徳には頭が上がらない。

 隣に傑がいない帰路は普段より道が広く感じて歩きやすいが、同時にどこか物寂しさも感じる。

 思えば、傑とはあの学校に転入してからの付き合いだからまだ一年くらいしか経ってないんだな。

 

「夏油傑……か」

 

 当時は呪術と関わりのない一般校への転入ということで誰にも何も期待していなかったが、まさか呪霊だけでなく術式も認識していて並みの術師よりも遥かに強い夏油傑という逸材と出会うとは思いもしなかった。

 加えてその術式はこちらの界隈では知らぬ者はいない呪霊操術だ、一般家庭出自の術師が御三家の相伝に並ぶほど格の高い術式を持っていて更に本人の格闘センスも抜群ときた。

 夏油傑は間違いなく今後の呪術界の頂点の一角を担うだろう。

 

「それに五条悟と反転術式使い、今年の高専は豊作だな」

 

 傑に聞かれたときはすっかり抜け落ちていたが、おっさんから聞いた話では他者に反転術式を使える人材も入学するらしい。

 反転術式を使える術師は現時点では片手に収まるくらいしか聞いたことがない。

 五条悟が反転術式も使えるならまず間違いなく噂になってるだろうし、その噂を聞かない時点で五条悟にも反転術式は使えないのだろう。

 当然、傑も俺も反転術式は使えない。

 反転術式は生得術式と違って努力次第で術師なら誰でも習得できるが、使える術師が片手で数えるほどしかいないことからも習得するのがどれほど困難であるかは想像に難くない。

 それを自分だけでなく他人にも使えるとなれば……その難易度は更に跳ね上がる。

 

「俺も使えればいいんだがな」

 

 如何せん原理が分からない。

 呪力を反転させ正のエネルギーを生み出すというが、どれだけ試しても全く理解できないのが現状だ。

 

 その辺りは最悪教えてもらうことも視野に入れておくか、と考えていたところで見慣れた家屋が視界に映る。

 人一人が済むには大きすぎる我が家だ。

 朝消して出てきた筈の明かりが点いてるのを確認し、玄関の扉を開く。

 

「今日もか……」

 

 見覚えのある靴が乱雑に脱ぎ捨てられているのを見て嘆息する。

 そしてそのすぐ隣に子供サイズの靴が小綺麗に並べられているのも見逃さない。

 

「よう、遅かったな」

 

 リビングの扉を開けば、作り置きしてたモツ鍋を頬張りながら我が物顔でソファを占拠する暴君がそこにいた。

 

「そろそろ金取るぞ」

「情報料ってことで」

「あれを情報料とは言わないだろ」

「お前のモツが宇宙一美味いのが悪い」

「奥さんに謝って張り倒されてこい」

「野暮用で留守だ」

 

 ということは今日は泊まりコースか。

 そのモツ鍋結構楽しみにしてたのに……このおっさん全部一人で食いやがったな。

 ゴミ箱を見れば、こうなることを予想して食べるなと書いて貼っておいた張り紙がしったこっちゃないと言わんばかりに捨てられていた。

 

「恵も美味かったってよ」

「それは何より。自分の食べた皿すら洗わない父親とは大違いの出来た子だ」

「だろ? 自慢の息子だ」

「都合のいい耳だな本当に」

 

 何言っても聞かないのは分かり切ってるので一先ず空になった鍋と食器を流しに突っ込んでおく。

 そのまま荷物を置いて手を洗っていると、ふともう一人の来客の姿がないことに気づいた。

 

「恵くんは?」

「上で寝てる、顔見てくか?」

「いや、起こしたら悪いからいい」

 

 寝る子は育つと言うし、いっぱい寝てすくすく育ってほしいものだ。

 願わくばこの傍若無人を体現したようなこのおっさんのようにはならないでほしい。

 

「大方、明日の件で来たんだろう?」

「なんだ、忘れてるもんだと思ってたがしっかり覚えてんじゃねぇか」

「出来た友人のお陰さ」

「呪霊操術のガキか」

「……傑のこと教えてたっけ?」

「トレンドはしっかり押さえとくもんだぜ、若人よ」

 

 子持ち既婚者が何言ってんだか。

 大方、高専関係を洗ってた時に偶々見つけたんだろうな。

 五条悟の情報源って基本的にこのおっさんだし。

 

「今年の一年は粒揃いだな」

「あんたからしたらそれでもその程度か」

「五条の坊は面倒だが、事前に準備してればどうとでもなる」

 

 それ以外は片手間だな、と言うその姿に虚飾はない。

 自分を尊ぶ生き方を嫌うこのおっさんのことだから、どうとでもなるというのは紛れもない事実なのだろう。

 

「それこそ相手が五条なら尚更だ、禪院と五条は昔から因縁深いからな」

「だから相手の手札を知り尽くしてると」

「そう言うこった」

 

 加えて天与呪縛のフィジカルギフテッドは、流石の五条悟でも初見での対応は難しいというのもあるだろうな。

 

「高専来たら仲良く扱いてやるよ」

「特別顧問様にご指導いただけるなんて光栄です、とでも言えばいいか?」

「ああ。夜蛾のおっさんとお前らの担当だからな、光栄に思えよ」

「マジかよ」

 

 実技の授業だけ欠席とかって出来ないだろうか。

 ていうか次期学長候補と特別顧問が担当って、高専側は高専側でよっぽど気合い入れてるんだな。

 それか単にこの二人じゃないと御しきれないからお鉢が回ってきたのか……恐らくこっちだろう。

 

 そんなことを考えつつ、風呂行ってくるとおっさんに告げ背を向けると、ちょっと待てと声を掛けられる。

 

「極力あの眼(・・・)は使うなよ」

 

 先ほどまでの軽い口調から一転、釘を刺すようにおっさんは言った。

 

「お前があの家の生き残りだっていうのは周知の事実だが、その眼の仔細までは上の連中も知らねぇからな。今は五条の坊の影に隠れられてるが、その眼の先(・・・・・)まで知られたらまたあの夜の繰り返しだ」

「ああ、分かってる」

「ならいい」

 

 それきり、おっさんは何か言うでもなくテレビを点けソファで寛ぎだした。

 俺の心配をしているというよりは、俺のせいで恵くんたち家族に害が及ぶことを危惧しているのだろう。

 俺としても暫くは派手な行動は控えたいし、基本的には上層部が認知している以上の力を見せるつもりはない。

 特級案件でも来ない限りはどうとでもなる。

 仮に上の嫌がらせでそのレベルの案件を割り振られたとしても幾つか対策は考えてあるからな。

 

「まぁ上は上で忙しいみたいだから向こう一年は問題ないだろう」

 

 上層部も一枚岩ではない。

 この一年で力を蓄えて、手出し出来る頃には何もかも遅い状態にしてしまえばいい話だ。

 それこそ五条悟に夏油傑、間違いなくこの二人は目立つことになるだろうし、うまい具合に二人を隠れ蓑にしながらゆっくり準備していこう。

 

 

 

 

 

 

 

 ───高専案内、当日。

 

「そんじゃ見せてもらおうか、うちは一族の力って言うやつ」

 

 どうしてこうなったのか、俺は五条悟と修練場で対峙していた。

 

 

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