朱き眼の術師 作:あーぜうす
──『うちは一族』
それは、平安より以前の時代から現代まで繁栄してきた呪術師の一族。
大半の術師が写輪眼と称される朱き眼を持つ特殊体質で、あらゆる動作を見切るほどの優れた動体視力に眼を合わせただけで対象を惑わす幻術眼、そして呪力の流れを形として認識し性質を色で見分けることも可能と、その眼の能力は多岐に及ぶ。
御三家にこそ数えられなかったが、うちはの術師とは一対一で戦うなと言われるほどの個々人の高い戦闘能力から、呪術界での扱いは御三家に並ぶ名家として対呪霊、呪詛師問わず戦いの場で重宝されていた。
だがそれも、全ては過去の話。
三年前、うちは一族は特級呪霊の襲撃によって壊滅した。
生き残ったのはたった一人の少年のみ。
その事件の仔細は語られていないが、かつて一族が暮らしていた集落を調査しに行った補助監督曰く、まるで隕石が落ちたようだった、と語られている。
そんな話を脳裏で思い出しながら、五条悟は目の前のたった一人生き残ったうちは一族の少年を見据える。
「写輪眼写輪眼って家の奴らがうるさいのなんの。もう滅んだ一族相手に何言ってんだってお前も思わね?」
「……呪力の流れを形として捉えるという一点では六眼と写輪眼は酷似しているからな」
「お? なんだよ、割と話せんじゃん」
「話せるさ。だからこんなこと止めて話し合いで解決しないか?」
「それは無理」
癖のついたうちは一族特有の黒髪を搔きながらうちはリンネは嘆息する。
リンネの言葉の通り、うちは一族と五条家は写輪眼と六眼という同じ眼の特異体質と言うこともあって両家の仲は決して良いものではなかった。
それ故に幼い頃からうちはうちはと耳に胼胝ができるほど聞かされてきた五条からしてみれば、滅んだとは言え生き残りがいるのなら実際のところはどれ程のものなのか気になるのも道理というものだ。
立ち合い人の夜蛾も、飽くまで春から同じ学び舎で過ごす同級生同士の交流ということで行き過ぎた力の行使以外はある程度目を瞑るつもりらしく、夏油ともう一人の同級生、家入硝子は面白そうだからという理由で見学に回っている。
「頑張れリンネ~」
「怪我しても治してやるから~」
「……覚えてろよお前ら」
面白いものが見れるなら何でもいいと言わんばかりの気の抜けた応援に青筋を浮かべつつ、仕方ないと開き直ってリンネは現代最強と名高い五条悟に向き合う。
「写輪眼、使わねぇの?」
サングラスを懐にしまい、六眼でリンネを見据え問いかける。
言葉こそないが、その双眸からは早く使えよと言わんばかりに無言の圧力が向けられている。
「使えないって言ったら?」
「ハッ」
その言葉を一笑し、五条が六眼を瞬かせる。
「んな訳ねぇだろ。お前、眼に流れる呪力が特殊過ぎんだよ」
呪力の流れを見通す六眼の前では隠し事は通じない。
暗にそう言われたようで、リンネは先ほどよりも深く大きな息を吐きだした。
面倒くさい、そう言わんばかりに頭を掻きながら、ゆっくりと床へ落としていた視線を引き上げる。
「それが写輪眼か」
「ご所望のな」
朱き瞳が五条を射抜く。
瞳孔を囲うように黒の巴模様が三つ並び、蛇に睨まれた蛙のような圧迫感が五条を襲う。
「あの眼が……写輪眼……」
「すっげー、光ってる」
「既に三つ巴とは……」
そしてその圧迫感は、その眼を初めて見た夏油や家入にも感じ取れた。
また写輪眼の成り立ちをある程度把握している夜蛾は、その眼が既に完成形として発現していることに驚愕を露わにしていた。
「お前から仕掛けたんだ、どんな結果になっても文句は言うなよ?」
「勝ったやつが何の文句言うんだよ。お前こそ、今のうちに言い訳の一つでも考えとけよ?」
「そうか、よ───!」
「ッ!」
六眼ですら捉えきれない速さでリンネが駆ける。
咄嗟で反応できなかった、なんて言い訳は五条にはない。
既に夜蛾から好きなタイミングで始めていいと言われているため、軽口を叩きながらも油断なくリンネを見据えていて、その上で五条はリンネを見失ったのだから。
「こっちだ」
背後からの声と六眼で捉えた呪力を追って五条が振り返ったのは同時だった。
「残念、当たらねーよ」
どこか余裕そうな態度で言葉を返す五条。
その視線の先には自身の術式に阻まれて動きを止めるリンネの姿があった
「なるほど、これが無下限呪術か」
「正解」
まるで見えない壁に阻まれているような感覚。
どれだけ力を込めてもその拳が五条に届くことはなく、無限を操りあらゆる干渉を防ぐこの術式こそが五条悟を最強足らしめる最大の要因。
事前にその術式を知っていたリンネに攻撃を防がれた驚きはない、予想通りの結果だと言わんばかりにリンネは跳躍し五条から距離を取った。
「うちは一族は術式使えないし写輪眼の手札もこっちには割れてる。そっちに俺の術式どうこうする手立てあんの?」
リンネの身体能力の高さにこそ目を見張ったものの、うちは一族の力を実家経由で知り尽くしてる五条からすればリンネに自分の術式を突破する手段はないと断言出来た。
だからこそ自分の勝利が揺るがないものであると認識しながら問いかける。
他に何かあるのか? これで終わりなのか? と挑発するように。
「術式頼りの守りに成功しただけで随分な物言いだな。こっちはまだ、ご所望の眼の力を一つも見せてないってのに」
「へー。それじゃあるんだ、俺の術式を突破する手札」
「ネタバレほど冷めるものもないだろ」
「ハッ───同感!!」
言って、呪力で強化された無下限呪術がリンネの背後に浮かび上がる。
リンネはその力に気づくが既に遅い。
引き寄せる力が、背後の岩山を巻き込みながらリンネの体を吸い上げ、そのまま地面を抉る威力で転がしていく。
「術式順転・蒼」
五条が術式を止める頃には一帯が更地になった後だった。
並みの術師ならばこれで終わり、ともすればやり過ぎなくらいだ。
しかし五条の脳裏にその思考はない、何ならこれで奇襲はできないなと『蒼』は次の一手を打つための布石でしかなかった。
「───大層な術式を持ってる癖に随分弱腰だな」
そして、何てことはないと言う様にリンネが顔を出す。
その表情に強がりの色は見えず、制服に付いた埃を払い落とすその姿からも大した手傷を負っていないのは確かだった。
そんなリンネを見て、見学していた家入が夜蛾に問いかける。
「うちは一族ってみんなあんなに頑丈なんです?」
普通なら術師でも身体がバラバラなっていてもおかしくないのだからその疑問も当然だろう。
夏油も自分がもし喰らっていたら呪力で強化してもあそこまで無傷とはいかないだろうと思っていただけに、家入の言葉に耳を傾け静かに夜蛾の回答を待っていた。
そして当の夜蛾は、そんなリンネを見て眉をひそめながら家入の問いに答えた。
「いや、彼らの戦闘スタイルはどちらかと言えば写輪眼の洞察力を活かしたカウンター型だった。攻撃を見切り、返す手で決めるというのはうちは一族の常套の手だったからな」
「つまり、素の呪力強化だけであれを凌いだと?」
「……信じ難いがそう言うことになる」
うちは一族やべーと分かっているのか分かっていないのか定かではない家入は置いておいて、夏油は内心驚愕していた。
リンネとは何度か呪霊を共に祓ったことはあるが、先ほど五条に攻撃を仕掛けた際の動きといい今といい、その時とはまるで動きが異なり本気を出していなかったことは明白。
夏油自身リンネが強いことは知っていた、うちは一族と言う名家の生き残りだと言うことも。
しかし、それでもここまで強いとは……自身に迫るか、あるいは凌駕するほどの実力だとは思ってもみなかったからだ。
「リンネ……」
複雑な感情を言葉に乗せながらも、今はその感情に蓋をして夏油は戦いの行く末を見守ることを決めた。
「それならそっちの土俵で戦ってやるよ」
弱腰と言われたことに思うところがあったのか、身体に呪力強化を施した五条がリンネに迫る。
五条悟が最強と謳われる所以は術式だけではない。
素の身体能力と呪力操作だけでも五条悟は飛び抜けている。
一発一発が風を切るほどの鋭さで、尚且つその拳は岩山を軽々と粉砕する威力を持つ。
当たれば当然ただでは済まないが、相対するのは天与の暴君に鍛えられたうちはの術師。
「写輪眼相手に肉弾戦とは……愚の骨頂だな」
あらゆる攻撃を見切るその眼の前では、五条ほどの術師であっても攻撃を当てるのは至難の業だ。
当たっても肌を掠る程度で有効打には到底成り得ない。
「お前こそ、俺の術式突破できなきゃジリ貧だぞ?」
カウンターに放った攻撃が五条に届かず静止する。
五条が術式を解かない限りリンネの攻撃が五条に届くことはなく、六眼を持つ五条に呪力切れは期待できない。
故に五条の言う通り、このまま無策でお互い殴り合えば先に限界が来るのはリンネの方なのは明白だ。
「まぁ、そうなる前に俺が勝つけど」
「ッ!」
無下限の収束により、リンネの体が五条に引き寄せられる。
先ほどのような大きな反応を自身の周囲には作れないだけで、相手を引き寄せる程度の反応であれば六眼を持つ五条にとっては造作もないことだ。
「まずは一発!」
五条の拳が完璧にリンネの頬を捉え撃ち抜く。
勢いそのままに拳を振り抜いた五条は、砕石の山まで吹き飛ばされていくリンネを見てしてやったりと笑みを深めた。
「うわ~、脳筋かよ」
写輪眼で攻撃を見切るというのなら、術式で引き寄せて無理やり攻撃を当ててしまえばいい。
五条悟らしい写輪眼の攻略法を見て家入は呆れたように笑っていた。
「どうしたよ、お前が俺の術式攻略するより先に俺がお前の写輪眼攻略しちまったぞ」
砕石の山に向かって煽るように言うが反応はない。
五条悟の本気の一撃を貰ったのだから気を失うのも無理はないか、夜蛾がそう判断を下し試合を止めようと前に出る。
「いえ、まだです」
「む?」
だが、それを夏油が止める。
確信はない、しかし予感があった。
うちはリンネがこれで終わる筈がないという、そんな確信に近い予感が。
「バカの一つ覚えかよ」
当然、六眼を持つ五条があれで終わりだと思っている筈もない。
砕石を吹き飛ばし、五条に特攻する影が一つ。
五条はそれをリンネと誤認し悪態を吐いたが、よく見れば特攻してきたのはリンネではなく黒い毛並みの狼で、五条の六眼は一瞬でその正体を看破した。
「式神……?」
何をするつもりか定かではないが、自身の術式を知っているリンネが初めて切った手札をわざわざ自分に近づけさせるつもりは五条にはなかった。
『蒼』で軌道を変えようと式神を吸い込んだ、その瞬間だった。
五条の『蒼』をトリガーに、式神の体が膨れ上がり爆散する。
「爆発なら通るかもってか? 残念、全方位対応済み───」
言葉は続かない。
爆煙越しに此方を除く朱き瞳と目があった瞬間、五条の意識は一瞬で暗闇へと誘われてしまった。
「対写輪眼基本戦術、目を合わすな……六眼でも幻術にはかかるよな」
五条の額を軽く小突きながら、リンネは自身の勝利を宣言した。
▽
「あー、疲れた」
抵抗なく地面に倒れた五条悟を見て、俺も嘆息しながら腰を下ろす。
勝ち筋自体は事前に考えてた通り幻術で適当に嵌めて終わらせる手筈だったが……流石は五条悟というべきか、隙らしい隙を見せないからわざわざ一発貰う羽目になってしまった。
まぁ、あそこで一発貰わなきゃ五条悟もあんな明確な隙を見せることはなかっただろうけどな。
「ほう、幻術か」
一人で脳内反省会をしていると、夜蛾が倒れてる五条悟を見て感心したように声を掛けてきた。
「はい。どうやって無下限を突破してくるのか度々気にしてる様子だったので、存外かけやすかったですよ」
「なるほど。となると、悟とのやり取りは全て仕込みだったという訳か」
「何事も下拵えは大切ですからね」
そういうこった。
わざわざおっさんみたいな派手な動きしたのも、肉弾戦を意識させて少しでも幻術というカードから意識を遠ざけたかったから。
向こうにはこっちの手の内バレてるし、やるなら一発勝負だったからかなり慎重になってしまったのは否めない。
「硝子、手当てしてやれ」
「そっちのバカはいいんですか?」
「放っておけば勝手に目覚める」
そうこう考えてると、傑たちもこっちに来てたのか、もう一人の同級生の反転術式使い……確か家入だったか、彼女が五条悟にぶん殴られた傷の治療をしてくれた。
ていうかそっちのバカって、もしかしなくても俺までバカ扱いされてる?
「お疲れ様、リンネ」
そして、何事もなかったかのように現れた全ての元凶。
元はと言えば傑が、お互い思うところがあるなら拳で語り合えばいんじゃないかなみたいなことを言ったせいでこんなことになったんだ。
「傑、後で覚えとけよ」
「嫌だなリンネ。僕は二人に仲良くなってほしかっただけだよ」
「夏油、賭けは私の勝ちだから後で奢りね」
「硝子、少し黙ろうか」
「おい前髪」
こいつ賭けてやがったな、しかも五条悟の方に。
「ていうか、五条どうする~?」
「ん?」
「どうするって何がだい?」
「折角伸びてるし……書いとく?」
懐からマジック(油性)を取り出す家入。
それだけで何をしようとしてるのか察した俺と傑は、無言の笑みでマジックを受け取り横たわる五条悟の顔に落書きを始めていく。
「ノリノリだね、リンネ」
「顔ぶん殴られたからな、その仕返し」
「フフッ、肉って書いちゃお」
思い思いに落書きをして、気づけば福笑いの如く滅茶苦茶になった五条悟の顔が出来上がった。
正直、元が元だけに笑ってしまいそうである。
「ついでに写真でも撮っておこうか」
そしてこの友人、容赦がない。
パシャシャシャシャシャと何なら連射機能で撮りまくっていた。
「ま、五条悟のこの顔が見られたなら今日来た甲斐はあったかもな」
今度おっさんが家に来たらおっさんにも見せてやろう。
同じく御三家嫌いのおっさんだ、きっと大喜び大爆笑間違いなしだろう。
こうして、後世にまで語り継がれるであろう五条悟福笑いが完成した。
帰り道、高専の方角で五条悟らしき人物の絶叫が聞こえた気がしたが……どうなっても文句は言うなよって言っておいたし、問題はないだろう。