Cyber Strategy
『先生、週末ヒマ?』
才羽モモイから、唐突にそんなモモトークが送られてきた。
こういうメッセージは、時に返答に困る。ヒマだったらどうするのか。何をするつもりで予定を尋ねられているのか。その意図が読めないからだ。
【何かあった?】
私の返答には答えず、『ヒマかどうか教えて!』とだけすぐさま飛んでくる。モモイらしいといえばモモイらしいが、予定による。深刻な話だったらこちらにもそれなりの覚悟がいるが、幸か不幸か、日曜日にぽっかりと穴が空いている。
【一応、日曜日は空いてるよ】
『よかった! じゃあ、シナリオ作りに
協力――この言葉を出されると私は弱い。シナリオ作りと称して何をさせられるのかは皆目見当がつかない。またゲームのキャンペーンで走り回ることになるのか、それともゲームセンターで対戦に明け暮れることになるのか。ともかく「分かったよ」と返事をせざるを得ず、日曜日はモモイに頂かれることになってしまった。
ひとまず大きなトラブルが無いことを、私は今の内から祈っておくことにした。
* * * * *
日曜日、待ち合わせ場所はミレニアム自治区の電気街入口だったけれど、モモイの姿が見当たらない。あの背丈。ピンクの猫耳ヘッドホン。湾曲した猫の尻尾。いずれもない。
もしかしたら場所を間違えたかも――と思っていると、
「――わっ!」
「わ……!」
自販機の陰から女の子が飛び出してきた。
「……モモイ?」
「えへへっ、先生キョロキョロしてて、ちょっと面白かった!」
「いつもと随分イメージが違ってたから気付かなかったよ」
一瞬知らない子かと思ったけれど、無理もなかった。トレードマークのことごとくが存在しなかったのだ。
猫耳も猫尻尾もなければ、赤いリボンも着けていない。ミニスカートも今日はどこへやら、膝下まで丈のあるベージュのニットワンピースだ。長袖や裾には深めのスリットが入って、ヒラヒラする布地から腕や脚の生肌が少し覗いている。このミディアムボブの髪を下ろした女の子が才羽モモイである確かな物証は、本人の顔つきと、肩に担いだピンクのアサルトライフルぐらいのものだった。
「アスナ先輩とお買い物行って、選んでもらったんだ~! ねぇねぇ、どう? どう? 先生の好感度はどれぐらい上がる?」
「ちょっと大人っぽいのもよく似合うね――って、好感度?」
「そう! 好感度! 今日は先生を攻略して、トゥルーエンドを見るんだから!」
「……何の話?」
疑問符を浮かべる私に、モモイは今日集まった目的を説明してくれた。新作ゲームのシナリオを書くにあたって、恋愛シミュレーション要素、特に乙女ゲーの要素を取り入れたいと(例によって突然)考えたそうだ。乙女ゲーを知るには男性を攻略しなければ、ということで、私に銃口を向け……もとい、白羽の矢を立てたということのようだ。
「……ということで、先生の好感度は今いくつ? 教えて!」
「いくつ、と言われても」
「早く、早く! 今のステータスが分からないと、対策が立てられないじゃん!」
「う、うーん……じゃあ……10……かな。100段階で」
「え~~~っ! 私ってそんなに先生の好感度低いの!? ……いや、でもストーリー開始時点だったらそんなもんか……えぇ、でも、先生とは結構一緒にいるのに……」
モモイはぶつくさ言いながらスマホに何やら打ち込むと「よし」と呟いた。情報収集に熱心そうな様子を見せられると、微かな緊張が頬を走る。これはあまり迂闊なことを喋ったりはできないかもしれない。
「じゃあ先生、お出かけに出発だよ!」
そう言って、どこへ行くのかも告げずに、モモイは私の手をぐいぐい引っ張ってきた。身長143センチと小柄で、それこそ小学生みたいな体格だが、ヘイローを持つ者だけあって力は強い。踏ん張ることも敵わず、私は大型犬に引っ張られる飼い主のごとく、電気街の中へと連れ込まれることになってしまった。
* * * * *
「どう先生?」
「ど、どうって……?」
「壁ドン! 壁ドンだよ! フラグ立った? ドキドキしない?」
中古ゲームショップのハイパーポテトにやってきて、あれやこれやとレトロゲームを見はしたものの、結局何も買わずに店を出た矢先、路地裏でモモイが私を壁際に追い詰めてきた。「ドキドキするって言って!」と言わんばかりにモモイは目をキラキラさせている。だが、頭一つ分以上小さい所からでは、迫られているというよりは子どもにじゃれつかれている感覚だ。
「うーん……身長差がね……」
「ん~……確かに。壁ドンって、見下ろす感じだもんね。先生、身長何センチなの?」
私が正直に答えると、「あと40センチ伸ばして壁ドン!」とスマホに打ち込んでいるのが見えてしまった。いくら何でもそれは、と突っ込みたかったが、モモイはあくまで陽気に私を引っ張り回す。
私の予想に反して、ホビー三昧の一日とはならなかった。もちろんゲームセンターで一緒に遊びはしたけれど、いつもの対戦格闘ゲームではなく、ガンシューやベルトスクロールアクションなど、二人で一緒に進行するタイプのゲームが、心なしか多かったように思う。普段から銃を撃つのが当たり前のキヴォトス人がガンシューティングを遊んで、果たして楽しいものか、と疑問に思ったけれど、隣で遊ぶモモイは終始満面の笑みを浮かべていた。
* * * * *
「先生はキヴォトスに来る前、何をしてたの?」
「もしいきなり10万円渡されて一日で使うことになったら、先生は何をする?」
「先生って鯛焼きはどっちから食べるの?」
「ショートケーキのイチゴはいつ食べる?」
カフェで甘いものを食べながら休憩している間も、モモイは情報収集に余念がない。とりとめもないことを尋ねては、そのほとんどをスマホにメモしている。
「今日はモモイから質問攻めだね」
「攻略対象の情報収集だから当然だよ。RPGだって、街に入ったら人に話しかけるし、ボスの弱点を探るために初見では色々試すじゃん。そういう試行錯誤の末に価値ある勝利があるんだよ!」
背伸びした服装に身を包んでいても、モモイ節は相変わらずで、思わず苦笑いが漏れた。ゲーム開発部の中でも一際陽気な彼女とのお喋りは、何かとゲームに絡めた言葉選びが面白くて、なかなかキャッチボールが終わらない。
普段部室で見かけるどこかコミカルな出で立ちとは違い、今日のモモイが少し大人びていて、生徒を相手にしている気分が薄れていたからだろうか。心に張っていた緊張が緩んで、リラックスしつつあった。だから、
「先生って、どんな女の子が好きなの?」
と、カジュアルに尋ねてきたモモイにも、
「私のことを好きになってくれる女の子かな」
なんて、あっさり答えてしまった。
「……じゃあ、もしも私が今この場で……」
「『先生が好き』って言ったら……」
「……先生は私を好きになってくれる?」
一瞬、時間が止まった。
背丈が小さくて、明るくはあるが幼くて、まだまだ子どもだとばかり思っていたモモイ。そんな彼女が、頬をほんのり染めた女の顔になって、私を見つめていた。ゲーム感覚で「先生を攻略する」「好感度を上げる」と言っているものとばかり思っていたけれど――いや、まさかそんな、モモイが……?
「……な、なんて、いきなりヘンなこと言っちゃった。そんなわけないよね! だってそれじゃ、攻略にならないもん! そんな簡単にトゥルーエンドが見られたら、クソゲー待ったなしだよ!」
ごめんね、と言いながら、モモイの顔がどんどん赤くなっていく。空調の効いたカフェが、急に暑くなってきた。パタパタ手で顔を仰ぐ目の前のモモイが、私のよく知るゲーム開発部のモモイとは、もう同じ人物には見えなかった。
* * * * *
あっという間に日曜の午後は過ぎ去っていき、もう日が傾きだしていた。月曜日の到来と紐づいた夕方のアニメが、街灯のテレビモニターで流れている。夕飯時には帰る、と妹のミドリに伝えてあった約束を守る必要もあり、モモイは帰らなければならなかった。だが、駅が近づく度に彼女の足取りは重くなっていった。駅の中と外を隔てる境目に辿り着くと、モモイは不意に足を止めた。
「どうしたの?」
「……帰りたくない……」
モモイは俯きがちに呟いた。人の都合なんてお構いなしにひたすら進んでいく、一方通行な時の流れへの恨み節を吐くみたいに、小さな手が私の手首に縋りついてくる。
「帰りたくないよ~! ねぇ先生、もうちょっと遊んでいこう?」
駄々っ子みたいに、モモイは私の手を引っ張ってくる。いや、今の彼女は実際駄々っ子だ。自分の欲求に素直で、なりふり構わないモモイ――だからこそ、ここはけじめをつけさせないと。
「今日はお開きだよ。ミドリだってお家で待ってるんでしょ?」
「うぅ、でも……まだ先生を攻略できてないのに……」
「一日で私を攻略するのは無理なんじゃないかな」
「……!」
モモイが顔を上げた。
「まだエンディングを見せるわけにはいかないよ」
「……ぷっ……! あははっ、そうだね!」
一瞬呆けた様子を見せたモモイだったが、すぐに噴き出して、笑い声をあげ始めた。
「次のイベントまで、先生の攻略はお預けだね。あっ、でも、先生、一つ教えて!」
すすす、とモモイが距離を詰めてくる。辺りを見回して、シャツの裾をきゅっと掴んで、くりくりした瞳で見上げてきた。
「先生の好感度、いくつになった?」
「…………!」
私のことをどれぐらい好きになったのか。
先生の好意を数値化して教えてほしい。
つまりはそういうことだ。
無邪気な顔をして、何と大胆な問いかけだろう。
好意を打ち明けられるよりも、私の動揺を誘った。
「それは……秘密かな。好感度はマスクデータだから」
「そう来ると思った! 上がった? 下がった? どっちかだけでも教えて!」
「……あ、上がった……」
――あっ……。
やられた。
そう思った時には遅かった。
下がった、と答えないであろうことをモモイは見越していたのだろうか。
「ひひ……やった。トゥルーエンドに一歩近づいちゃった!」
モモイは大喜びだ。
だが私には彼女の真意が読めない。
本当にゲーム感覚なのか、それとも――。
もしかして、掌で踊らされている?
心拍数が急に上昇してきた。
「じゃあ先生、お家に帰るね!」
ばふっ。
私の動揺へ追い打ちをかけるように、モモイが抱きついてきた。腕の中にすっぽり収まって、目を輝かせて私を見上げてくる。柔らかなシャンプーの香りが、ふわっと優しく鼻を通り抜けていった。
「可愛い娘」程度に思っていた子が、実は年頃の少女であるという事実を突きつけられている。背中へ手を回そうとしている自分に私が気付いた瞬間、モモイは私を弄ぶようにするりと腕の中から抜け出ていった。
「またデ――えっと……
一方的に声を張ってそう言うと、モモイはパタパタ走って、改札の向こうへ消えて行った。体にはまだ、彼女の温もりが残っていて、私はなかなかプラットフォームに向かうことができなかった。
D.U.へ向かう電車の中で、胸の高鳴りはなかなか治まらない。彼女の言葉が脳裏に蘇ってきて、私は翻弄されていた。モモイは攻め手を緩めることはないだろう。このままあっさり攻略されてなるものか。
早速送られてきたモモトークを前に、私は対抗策を考え始めていた。
終わり