生徒とおでかけ   作:夜の機動戦士

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ワカモと買い物に行きます。


ワカモとおでかけ

 

 今日の当番表を確認して、私は改めてコーヒーを啜った。

 

 狐坂ワカモがやってくる。

 

 彼女がシャーレを訪れる日は、よからぬことが起こりがちだ。建物入口のセキュリティを破壊されたり、執務室ドアのロックを爆破されたり。そういう時は当然叱るわけだが、思い込みの強い彼女への言葉は慎重に選ばなければ、必要以上に落ち込まれてこちらの意図が正確に伝わらなくなる。停学処分の身に、矯正局から脱獄した七囚人としてお尋ね者の狐坂ワカモ。彼女は手のかかる、それだけに放っておけない生徒の一人だった。

 

 修正を施した書類をプリンタから打ち出していると、執務室の扉が静かに開いた。

 

「お疲れ様です。あなた様」

「あぁ……ワカモ、お疲れ様」

 

 アラートの通知もなく、ワカモが姿を見せた。それだけで私は安堵に口元を緩めた。

 

 踵の高いブーツをコツコツ鳴らし、デスクの傍までやってくると、ワカモは「災厄の狐」の二つ名が表す通りの狐の仮面を外して、素顔を見せた。

 

「お約束通り、このワカモ、正面より静かに入館して参りました」

「うん。よかったよ、大人しく来てくれて安心してる」

 

 百鬼夜行の生徒は外見のインパクトが強い。風になびく幅広の袖を備えた制服もさることながら、ワカモのように目弾(めはじ)きを引いて目蓋に紅が差してある生徒は多く、独特の目力がある。

 

「先生、本日はどのような形で助けになれるでしょう?」

「うん、それなんだけどね――あっ」

 

 プリンターのインク切れだ。Yのカートリッジは……在庫が尽きている。あぁ、今日の夕方が締切りの書類なのに。通販では届くまでのラグがあるし、直接買いに行くのが一番早い。

 

「まずはお買い物かな。急ぎで家電量販店に行かないと。ついでに、必要なものがあれば何か買ってこようか」

「では、先生にお供いたします」

「ちょっとしたお出かけかな」

「お出かけ……はい♡」

 

 彼女を一人にしておくのは危険だ。着いてきてもらった方が、お互いトラブルも少なかろう。ウキウキのワカモを伴って、執務室を後にした。

 

 

* * * * *

 

 

 エアコンの効いた快適なビルを出ると、そこはもう灼熱地獄だ。アスファルトからの照り返しもさることながら、ギラギラした太陽は、キヴォトスを焼き尽くさんばかり。まだ日向に出ない内から気が滅入りそうになっていると、ふと全身が影に覆われた。

 

「よろしければ」

 

 ワカモが日傘を差していた。柿渋染に、三日月のあしらわれた、気品ある和傘だ。直射日光を避けられるだけでも体感温度が数度は変わるだろう。

 

「ありがとう、助かる……っ……!」

 

 ありがたく申し出を受け入れて即席の日陰に入れてもらうと、ワカモはすかさず距離を詰めてきた。

 

「二人で使うには少々狭く、(わたくし)一人が日向に出るのを、きっとあなた様はお許しにならないと思いまして」

「確かにそうだね」

 

 もっともらしい口実だが、ワカモは私の思考を言い当てていた。彼女は唇をきゅっと吊り上げ、腕を絡みつけてくる。

 

「ということで、ふふ、相合傘ですね♡」

 

 密着してくるワカモに、私は困ってしまった。酷暑の根源たる太陽光から私を守ってくれるのは、たいへん有難い。だけど――きっと故意だろう。肩を寄せて歩く度に体が触れ合うし、二の腕には柔らかいものがぎゅうぎゅう押し付けられている。モフモフした尻尾も脚や腰にじゃれついてきて、これはこれで暑い。

 

「ちょっと、くっつきすぎかも……」

「あなた様をお守りするためです。仕方がありません……♡」

 

 アロナの加護(プロテクト)のことを、生徒は知らない。私は戦闘に関しては無力であり、銃弾一つで致命傷だ。そのせいか、ほとんどの生徒は私のことを庇護対象と考えている節があり、それはワカモも例外ではなかった。

 

 とはいえ、人通りの多いD.U.をこんなバカップル同然に歩いていたら、周囲の人の視線がグサグサと突き刺さる。早く涼しい屋内へ、色々な意味で避難したい。一歩一歩を噛み締めて恍惚とするワカモをそれとなく引っ張って、私は道を急いだ。

 

 

 * * * * *

 

 

 二人分の体温をくっつけて夏の街中を歩いていたら、日傘で涼んだ分も帳消しになるぐらいに汗をかいてしまった。4階建てのショッピングモールはどこもかしこもエアコンがキンキンの天国だったが、早速用事を済ませなければ。暑さで生じた汗が冷えていくのを感じながら、ひとまず目的地の家電量販店を目指す。

 

 予備の分も含めてインクカートリッジはすぐ調達できたが、まだ体に熱が残っている。汗が引くまではこの涼しさを享受していようと、何となくモールをウロつく。

 

 こめかみをハンカチで拭い、手で顔を仰いでいると、エスカレーターの上から芳しい風が吹いてきた。

 

「まだお暑いようですね」

 

 ワカモがパタパタと扇子を振ってくれている。顔を優しく撫でる風は、ほのかに甘く爽やかな香りだ。

 

「いい匂いだね」

白檀(びゃくだん)扇子です。ふふっ……この香り、お気に召しましたか?」

「うん。デザインも不思議だね」

「白檀の香木を重ね合わせて作られているのです。古くは山海経から伝わってきたものだそうですよ」

 

 ワカモが微笑を浮かべ、そよそよと煽いでくれる。あぁ、そういえば団扇すらも、どこかへやったままだった。無料でもらってきたものだったからか、無くなったことにすら感心を向けていなかったのだ。

 

「扇子か。買っていこうかな」

「この暑い時期でしたら、取り扱いがあるはずです。あっ、ちょうどあちらに」

 

 エスカレーターを降りてすぐの所に、首振り扇風機やサーキュレーターが立ち並ぶ避暑コーナーがあった。団扇や扇子も並んでいた。一つ100円のシンプルな団扇から、品の良い柄物の扇子まで幅広く扱われている。

 

「ワカモの持ってるような白檀扇子は置いてないみたいだね」

「百鬼夜行の工芸専門店で、たまに見かける程度です。これは母から譲り受けた品ですが、もし購入するとなったら――」

「にじゅっ……!?」

「それぐらいするそうですよ」

 

 値段を耳打ちされて、冷や汗をかいてしまった。ただの木に香料を振りかけたレプリカと異なり、本白檀の木を用いた本物は、それはそれは高級品なのだそうだ。ワカモの持つ透かし彫りの入った扇子を欲しいと思う気持ちはあったが、とても私の身の丈に合わない。

 

 私のよく知るタイプの扇子から何か選ぼうと思ったが、どれもこれも目を引くデザインで、なかなか一つに決められない。こういう美的感覚なら女性を頼るのが正しいだろう。

 

「ちょっとどれにするか決められないな。ワカモに選んでもらえないかな」

「よ……よろしいのですか?」

 

 琥珀色の瞳が大きく見開かれた。

 

「あなた様の使われる扇子を、このワカモが……」

 

 私が頷くと真剣な眼差しになって、ワカモは目の前の、彼女の所持品からしたら安物に過ぎない扇子を吟味し始めた。凛々しく引き締まった表情で悩んでいたワカモだったが、間もなく売り場の中から一つを選び出し、おそるおそる私へ差し出した。

 

「……こちらが、あなた様にお似合いになると思います」

 

 親骨、中骨が黒。扇面にも黒布が張られている。花弁の白い梅の花と、花弁の黒い梅の花が、金縁であしらわれている。値段の割に高級感のある黒。派手過ぎず地味過ぎず、丁度いい塩梅だ。手に取ってみると、扇ぐ度にしゃらり、さらりと音が聞こえてきそうですらある。

 

「うん……いいね、綺麗だ」

 

 会計を済ませて早速広げてみると、白檀扇子のような香りこそ無いが、扇ぐ度に爽やかな風が吹く気がした。隣を歩くワカモを扇いであげると、目を細めて喜んでくれた――のだが、彼女はすぐに俯いて、指先をもじもじと突き合わせ始めてしまった。狐耳は寝そべり、尻尾はたらんと垂れ下がっている。

 

「どうしたの? 何か気になる?」

「い、いえっ。あの、あなた様は、お気づきでしょうか?」

 

 ひらり。

 ワカモが腕を開いて、制服の袖を見せた。

 金縁の梅の花が、黒い布地の上に咲いている。

 

「あ、同じ模様」

「左様です。悪戯半分で選んだものを、あなた様が堂々と会計へ持っていくものですから、お止めする機会がなく……。わっ、私の体が、先生の手の内に収まり、愛でられているようで、その……っ」

 

 高級感を感じさせる黒に、花柄が映えるし、そのデザインを私も気に入ったのは間違いない。だけど、これは一種のペアルックだ。好意を隠さないワカモの意図に気づき、甘酸っぱい照れ臭さが込み上げてくる。

 

「シャーレのお机にも、任務の場にも、ご自宅にも、お手洗いや浴室や、同じ寝床にまで、あなた様が私を伴って、ずっと一緒に……あぁ、いけません、そんな、このワカモはまだ……♡」

「……トイレやお風呂には持ち込まないけどね」

 

 私の突っ込みは、熱くなったワカモの耳には入らなかったようだ。

 

 

 * * * * * 

 

 

 モールの出口が近付き、迫りくる屋外の熱気に身構える。ワカモは日傘を取り出す準備をしてくれたけれど、過熱し続ける妄想に恥ずかしがって、私と目を合わせてくれない。それどころか、

 

「も、申し訳ありません。心の準備が整わず、今あなた様と見詰め合ったら、心臓が破裂してしまいそうで……」

 

 とヒト耳を真っ赤にして、仮面で顔を隠してしまった。バタバタと尻尾が悶えている。

 

 そこへ、モール入口からヴァルキューレの警察官が三人、並んで歩いてくるのが見えた。パトロールだろうか。外で滅多に素顔を晒さないワカモは、仮面を着けた姿の方が知られている。これはまずいかもしれない、と思った瞬間、まさにその通りになった。

 

「こ、狐坂ワカモ! こんな所で何をしている!」

「シャーレの先生を誘拐するつもりか!」

「先生、すぐこちらへ!」

 

 三人が銃を構える。ワカモも反射的に彼女達へ向き直り、敵意を剥き出しにした。

 

「目障りな……。お待ちください、先生の道を塞ぐものは――」

「待ってワカモ!」

 

 駆け出されたらもう捕まえられない。左手を掴んで、ぐっと引き寄せる。

 

「私の傍を離れないで」

「あ、あ……ご、ご安心下さい! ワカモはずっと先生のお傍に……あっ♡ そんなに、手を強く握っては……♡」

 

 ――いや、私はそっと握っただけなんだけど……。

 

 メキメキと音が立ちそうな程、ワカモは私の手を強く握り締めてくる。さっきまでの動揺が蘇ったのか、肩が揺れるほどに激しく息を乱している。色濃く紅潮した顔が、白狐のお面越しに透けて見える気がした。

 

「はっ……はっ……あぁ、あなた様……♡ そんなに見詰められたら、私……もう……♡」

「――あっ」

 

 ぐらっ――

 

 ワカモの身体から急激に力が抜けて、膝から床へ崩れ落ちた。桜の花弁を象った赤いヘイローが、ふっと光を失って、空気に透けていく。

 

「……失神しちゃった……」

 

 三人の警察官は、私と同様、呆気に取られていた。

 

「こっ、狐坂ワカモが制圧された!」

「銃も使わず、徒手空拳で……! 手を握ってから何をしたのか、速過ぎて見えなかった……」

「シャーレの先生は恐ろしい達人だったんだ……!」

「……何だか誤解されてるけど、とりあえずワカモの身柄はシャーレで一旦預かるから……」

 

 無用のトラブルを避けるためにそう伝えると、三人は必要以上に畏まって、その場を離れた。残されたのは、気絶して倒れ伏すワカモだ。ぴたぴたと頬を叩いてみたけれど、反応がない。

 

 ――背負って帰るしかないか……。

 

 遠回りになると分かっていても、私は極力地上に出るのを避けてシャーレに帰った。道中、背中に押し付けられる強烈な存在感を頭から振り払うために、それはもう無心だった。

 

 執務室に戻る頃にワカモは目を覚ましていた。だが、おんぶで運んできた事実を伝えるなり、猛烈に恥じらったワカモは逃走を試みてしまい、オフィスフロアや居住区で追いかけっこをする破目になった。

 

 書類の提出は遅れた。

 

 

 

 

 終わり

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