生徒とおでかけ   作:夜の機動戦士

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感想あれば是非下さい。いつでも評価に飢えています。


マリナとおでかけ

Hold Hands

 

 それは、秋の深まりゆくある日のことだった。

 

 池倉マリナとはレッドウィンターで何度か会っていたが、彼女はその日が初めての当番だった。連邦生徒会本部を訪れるような生徒には、特に案内も必要ない。D.U.近郊に住む生徒もそうだ。だが、彼女のように遠方から来る生徒は、慣れない土地で不案内なことも少なくない。それこそ、キヴォトスに赴任したばかりの頃の私と同じように。

 

 彼女とシャーレ地下鉄駅で待ち合わせをして迎えに行く予定だったのだけど、到着予定時刻になってもまだ連絡が来ない。電車の遅延情報もないし、一体どうしたことか。

 

 コーヒーを淹れなおそうとしたら、スマートフォンが震えた。マリナからのモモトークだ。

 

 "先生、包囲さるた!"

 

 "現座壱、KRシャーレ駅"

 

 "援護してくれろ!"

 

「……へ?」

 

 下りる駅を間違えたらしいことはともかく、入力ミスを気にする余裕もないようだ。「今から行くね」とだけ送ってスマートフォンをしまい、マグカップは流しの水に漬け、私はすぐにジャケットを羽織った。シッテムの箱のバッテリーは十分だ。

 

 

 * * * * *

 

 

 タクシーのドアを開けたその場で市街地戦が展開されているかも――そう覚悟していたが、間に合ったようだ。銃声はしない。

 警戒しつつ駅の入口へ近づくと、改札付近で言い争う声が聞こえてくる。金髪のベリーショートを探すと、よく通る勇ましい声が響いた。

 

「待ち合わせの相手がいると、何度も言っている!」

「ねぇ、カッコいいお姉さ~ん! 私達と遊ぼうよ~」

「いいえ、名刺をお渡ししたのですから、私共とお話を」

「え、駅での揉め事は控えていただいて……」

 

 カーキ色の外套に身を包んだマリナが、確かに彼女の言っていた通り、数名に囲まれていた。二人の女子生徒と、ロボット頭のスーツ男と、それから哀れな駅員。

 

「見知らぬ土地でのトラブルは我が校の名誉に泥を塗る行為だが……もう我慢ならん! 保安委員長を舐めるなよ!」

「待って! ストップ!」

 

 赤ストラップのSMGが火を噴く直前で、どうにか私はもみ合いの中へ割り込んだ。

 

「すみません、連邦捜査部(シャーレ)の生徒なんです」

 

 戦いになる前ならば、こういう状況でも矢面に立てる。真っ先に気付いてくれたのは駅員だった。先生なら、ということですぐに離れていってくれた。女生徒達も、シャーレの名前を聞いて(手を出すとロクな目に遭わない噂のためか)そそくさと立ち去っていった。食い下がったのはスーツの男だったが、「まずはこちらへ話を通して下さい」とシャーレの名刺を渡し、丁重にお引き取り願った。

 

「災難だったね、マリナ」

「……助かった。感謝する」

 

 改札で私を待っている間、色んな人間がマリナに声をかけてきていたらしい。初めの内は一言二言で立ち去って行ったが、しつこいのが居座り始めて、さっきの状況になった、と。「D.U.はあんな人間ばかりなのか?」と呟く彼女の表情には、当惑が浮かんでいた。

 

「ここの駅周辺は特に声掛けが多いんだ。そもそも、マリナは降りる駅を間違えてたんだけど」

「えっ? だが、シャーレと駅名にあるのだから……」

「シャーレに一番近いのは新しくできた地下鉄駅だからね。本来はこのKR駅近くにビルが建つ予定だったみたいで、その名残なんだって」

「紛らわしい……!」

 

 吐き捨てるようにそう言いつつも、マリナはモモトークの履歴を確認し始めた。自分の誤りに気付くのはすぐだった。

 

「すまなかった。先生にここまで来させてしまうとは」

「まぁ、間違えるのも無理はないよ」

 

 私もそうだったから、と付け足すと、彼女の口元が緩んだ。

 

「じゃあ、行こうか。電車の接続が悪いから、シャーレまで歩きになるけど」

「い、いいのか? 今日は当番の仕事で来たというのに、それでは遅れてしまう」

「いいよ。D.U.は初めてだろうし、見て回りながら、ね」

「あっ、待ってくれ、先生!」

 

 騒動が済んで、駅の人通りが元に戻ろうという所で私が歩き出すと、マリナが突然私の手を掴んできた。

 

「見失ったら道に迷ってしまうだろう!」

 

 切羽詰まった口調に、私はさっきのモモトークの必死ぶりを思い出していた。

 

 

 * * * * *

 

 

「ビルが多すぎて、空が狭い……」

 

「何と圧迫感のある光景なんだ……」

 

「通りを一本間違えたら帰れなくなりそうだ……」

 

 駅を出てからずっと、マリナはキョロキョロ辺りを見回しては、そんなことを呟き続けている。彼女の暮らすレッドウィンター自治区はキヴォトスで最も広大なためか、フロアを上に積み上げていくという発想がそもそも出てこないのだろう。そんな彼女からしたら、コンクリートジャングルはさぞかし窮屈に違いない。

 

「マ、マリナ。そんなに強く握ったら、ちょっと痛いかな」

「あ……すまない」

 

 マリナを引率する私の左手には、赤い痕が残っていた。166cmと女性にしては高い身長に加え、鉄柱でも入れたかのようにいつも背筋が真っ直ぐなのに、今の彼女は猫背でへっぴり腰だ。私の思う以上に、見知らぬ土地に不安を覚えているらしい。

 

「こ、これなら大丈夫か」

 

 優しく、寄り添うように、マリナの指が絡みついてくる。指の股の握り方が予想以上に甘くて、心臓が音を立てそうになった。だけどしっとりした手触りはほんの一瞬で消えてしまい、繊細な女性の手は、縋りつく子どものそれに上書きされた。

 

 マリナの表情を盗み見ると、視線がぶつかった。頼りなく揺れる瞳を見せたくないとばかりに、さっと目を逸らされる。

 

「そういえばマリナ、さっき『名刺をもらった』って言ってたけど」

「あぁ、これだ。モデルにならないか、と言われたんだが、見知らぬ人間にいきなりそんなことを言うなんて、どうも疑わしくてな……」

「これ、資星堂だ。業界トップの化粧品メーカーだよ。ほら、あそこの店先に」

「えっ? あ、そう言われれば、我がレッドウィンターにも広告があったな……」

 

 私の指さした先に、ちょうど資星堂のポスターが貼られていた。雰囲気からすると、モデルはトリニティの女性だろうか。リップを手前に掲げて、つやつやして瑞々しい唇をアピールしている。

 

「スカウトしようと思ったんだね」

「な、なぜだ? 都会に疎い田舎者を騙そうとしていたんじゃ……」

「マリナが美人だからじゃないかな」

「な……!」

「自覚は無いの?」

 

 毛並みの良い猫を思わせる佳麗な顔立ち。長くふさふさした睫毛に縁どられた吊り目は凛々しく、耽美な危うさすら微かに匂わせる。ベリーショートのさらさらした髪も手伝って、美男子でも美女でも通用する中性的なビジュアルだ。

 

 レッドウィンターには秘密裏に彼女のファンクラブが存在するらしい。佐城トモエからいつかそんなことを聞いた。この美術品めいた容姿で、戦う時は勇ましく声を張り、先陣を切って勇猛果敢に突撃するのだ。マリナの姿に惚れ込む生徒が後を絶たないのも、無理からぬことだろう。

 

「そ、そうか。私は美人なのか。……ははっ、私は美人なんだ……!」

 

 初めて知った、と言わんばかりに戸惑いを浮かべていたが、調子のいい笑みを浮かべてマリナは破顔した。自己肯定感の醸成される瞬間だったのかもしれない。

 

 そうこうしている内に、私達は地下鉄シャーレ駅に繋がるアーケードに到着した。

 

 

 * * * * *

 

 

 地下鉄駅を出れば、そこはもうシャーレオフィスビルの目の前。ビルに入ってしまえば、案内もしっかり書いてあるし、特に注意する必要もないだろう……と思ったら、マリナはまだ不安そうに私の手を握り締めていた。「エレベーターを見失ったら脱出できなくなる……」なんて心配をしている生徒は、私の知る限り彼女が初めてだ。

 

 マリナの表情に自信が戻ってきたのは、執務室で一緒に紅茶を飲み始めて、少ししてからだった。

 

「……とまぁ、当番に来てくれた生徒のお仕事としてはこんな所かな」

「手伝いを頼みつつ、先生は各学園の内情を聞き取っているというわけか」

「そう。だから、こういう何気ないお喋りも、当番のお仕事の一つだったりするんだ」

「そうか。なるほど……ならば、何でも聞くといい。私の知っていることは全て話そう」

「いや、それはさすがにマズいと思うよ!?」

 

 ――あぁ、やっぱりマリナは心配だ……。

 

 機密漏洩の危険性を指摘しつつ、私はチェリノやトモエの苦労に思いを馳せた。純朴で素直と言えば聞こえはいいが、これではいとも簡単に悪意に絡めとられてしまう。その私の不安を余所に、マリナは外套のポケットから名刺を取り出した。

 

「その……先生。これなんだが……」

「もしかして、興味が湧いたの?」

「あんな受け答えをしておいて、虫のいい話ではあると思うのだが……」

 

 マリナの口調は歯切れが悪く、照れと恥じらいが半々といった所だろうか。先程のやり取りの中でも、全く好奇心がないわけではなかったのだろう。素朴な微笑ましさに、口元が緩みかける。

 

 だけど私は、彼女に何と声を掛けるべきか逡巡した。

 

 正直に言えば、華のある容姿のマリナがモデルをしている所は見てみたい。アルバイトや学外で仕事を持っている生徒も少なくない。かと言って、全肯定して彼女の背中を押してあげるには、少々危険でもある。

 

 だけどマリナは、一歩前へ踏み出そうとしているようだ。ならば、その支えになってあげるのが先生の役目というものだろう。

 

「やってみたい?」

「わ、私は美人なんだろう? 先生がそう言うなら、やってみても……」

 

 自信満々になろうとして、後味のように照れが残っている。気まずそうに頬を掻く様子に、容姿を褒められるのに慣れていないのが見て取れた。

 

「こういうのって、まずは面接して、色々なことを互いに取り決めて……っていう所から始まるから、まずは先方への連絡かな」

「…………」

 

 じっ――。

 マリナの目力が私を見据えていた。

 

「わ、分かった。なら、名刺の連絡先に電話してみようか。一旦私がかけてみるから」

 

 数分後、資星堂のスカウト担当の社員は、マリナの申し出に大喜びだった。普段はレッドウィンターにいる関係で、当番の仕事から帰る前に面談をしてしまおう、という、なんともスピード感溢れる展開になった。

 

 話が大きく前に進んでマリナも顔を綻ばせていたが、次第にその表情が曇っていく。

 

「その……先生」

「やっぱり、不安?」

「面接もそうなんだが、こ、こんな所まで、一人で行ける気がしないんだ」

「……付き添うよ。心配しないで。業務の確認もできたし、行こうか」

 

 外はそろそろ日が落ちかけている。肌寒さに備えてコートを羽織ると、同じく外出の準備を整えたマリナが、そそくさと隣に立ち、ずっと前からそうしていたとばかりに、手を握ってくる。

 

「別に手を繋がなくても大丈夫なんじゃないかな」

「い、いいじゃないか! こうすれば見失うことはないだろう!」

「マリナ。シャキッとして。いつもみたいに堂々と立ってごらん」

「! ……あ、あぁ」

 

 そう告げると、ようやくマリナの立ち姿に美しさが戻った。

 

 

 * * * * *

 

 

 面接の結果、マリナはアルバイトをすることになった。マニッシュな雰囲気を纏うモデルを求める先方と、チャレンジしたい彼女の需給が一致した形になる。

 

 数週間後、用事があってレッドウィンターを訪れると、中心街の百貨店に、広告塔になったマリナの姿がデカデカと貼られていた。根回しはさせてもらったが、事務局からも承認が下りたようで、一安心だ。

 

 待ち合わせ場所で佇んでいると、ご本人が横断歩道の向こう側から駆けてきた。

 

「綺麗に映ってるね」

「そうだろうそうだろう。私は美人だからな。さぁ、事務局まで案内する」

「道は覚えてるんだけどね……って、手を繋ぐ必要はなくない?」

「こうしないとはぐれてしまうだろう。さぁ」

 

 マリナは安堵と自信に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

 終わり




前書きの繰り返しになるんですが、感想あれば是非下さい。創作者はいつでも評価に飢えています。
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