虚数の中の君   作:むいてんぺん

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虚数の中の君

 

 

 幸福と不幸は比例する。

 

 

 そんなような意味の言葉を、何処かで学んだ事がある。

 

 自らに起きる不幸を耐え忍ぶ先に、幸福は必ず訪れると言う性善説だったか。全く逆の意味合いだったか。

 

 一つ言えることは、必ずしも幸運というものが、その当人によって幸運と呼べるものであるかは定かではなく。

 

 

 不幸というものが、果たしてそう名付けられたものと呼べるものでないということであって。

 

 

 

 私にとっては。

 

 

 全ての“柵”から解放された”その瞬間“

 

 

 幸も不幸も全てを飲み込んで、初めて世界に降り立ったと実感するような……濃厚な生と死。繰り返される螺旋の一つの歯車、その在り方が。

 

 

 この呪い呪われ、愛し愛される輪廻の中にて。

 

 

 夏目鮮花(私という虚)は覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此方の都合で時期外れの編入という形になった事については、済まなかったな」

 

「私の家庭事情にも問題があるので、大丈夫です」

 

 

 と、少し眉を深くさせながら夜蛾正道と名乗った今日から私の通う高等学校の先生になる人は「そうか」と短く呟いた。

 

 季節は5月、本来なら4月頃に編入する筈だった私は「多少の諸々」が重なって、時期外れに呪術高専東京校に足を踏み入れる事になった。

 

 それについては、まぁいい。生まれた頃から”この世界“にいる以上、私が呪いを払う呪術師としてここに通う事になるのは、言わば定められた運命のようなものだ。

 

 なすがまま、受け入れるがまま私は呪術師としての道を歩むことにした。それを為す意味を考えたことはない、生きることに大した理由もいらないのと同様に、呪術師になる事を否定する理由もいらなかったから。

 

 

「三人、でしたっけ」

 

「そうだ、まぁ……何かと問題児だが、上手くやってくれる事を期待している」

 

「善処します」

 

 

 御三家と呼ばれる呪術界の名門のうちの一人、六眼と無下限術式の抱き合わせと、珍しい呪霊操術の使い手に、反転術式を他人にアウトプットが出来る逸材。

 

 そこに私が入る、ということに多少なりのもやもやを感じるのは生物として正常な反応だろうか。

 

 

 この三人に比べれば、私は遥かに劣るなと失笑してしまいそうになる。

 

 とはいえ、時は進む。この教室の前で立ち往生をした所で何の意味もない。軽く息を吸った後に、私はその扉を開けた______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁ〜〜……っ、ねむっ、つーかさ、いつまでも弱ぇ〜〜よな夏目って」

 

「……貴方達と比べれば誰だって弱いですよ」

 

 

「は?何?そりゃ当たり前だろ、つーか俺と傑と比べようとする事自体が間違ってるっつーの!」

 

 

 にたにたと私を見下ろしながら、その透き通るような青い目で五条悟はあざけ笑う。

 

 この口の減らない悪童を懲らしめてやろう、なんて思った事は何度かあったが、その目も術式も、そしてそれを天才的に扱うセンスを身を持って知れば知るほど、この同級生には今後一生上に立つことも、側に近づくこともないのだろうと感じる。

 

 ……まあ、だからなんだとは思う。私は私の出来る範囲で呪術師として呪霊を祓えば良いのだから。

 

 

「夏目、その目」

 

「……何ですか?」

 

「その何かも諦めました〜〜〜みたいなしんきくせー目、やめろって何度言わせんの?うぜーからすんなよ」

 

 

 その原因その一が良くもまあ、口が回る。

 

 最初こそ敵対心が湧いていたが、入学して半年もなればもう慣れた。口を開けばマウントすることこそ生き甲斐のような精神的に遥かに年下のこの男の戯言には付き合わない事が吉だ。

 

 立ち上がる体力が戻ってきたので、今日の組み手は終わり。そうと決まれば、五条悟と二人きりなど寒気がする、硝子ちゃんに貰いタバコでもしようか。

 

 

「あ、おい待てよ」

 

「……はぁ、なに。何ですか?五条君、いつものように完膚なきまで叩きのめした弱者()にこれ以上何か?」

 

「お前……っはぁ〜〜〜」

 

 

 わざとらしいぐらいに大きなため息をした後、心底面白く無さそうな声で、五条悟は______六眼で見据えた夏目鮮花()に問いかけた。

 

 

「弱いままなら部屋の隅で隠れてろよ、夏目」

 

 

 

 

 ……今でこそだが。

 

 五条悟という人間を知った後に、あの時の言葉を噛み砕くなら。そこにあるのは七割の侮蔑と、三割の心配だったんだろうか。

 

 

 クソの下戸を詰め込んだような口の悪さと性格をする存在だったが、その根は何処までも善性の“ソレ”なのは、あの頃の私も何となく分かっていた。

 

 だからもし、何かの歯車が正しく回ったのだとしたら、その言葉を言葉通りに受け入れてこの呪い呪われる世界から足を洗ったのかもしれない。

 

 少なくとも、あの時はいつでも、いつだって。私はその選択肢を選ぶことが出来たのだから。

 

 

 では何故選ばなかったのか、そんな陳腐な言葉に持ち合わせた答えは。

 

 

 きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日もまた、呪霊を祓った。

 

 単独で任務に当たる事もあれば、あの最強のどっちかと組む事もあった。そしてその日は、最強の片方の、少しマシな方と任務を共にした。

 

 一級程度の呪霊の討伐、私一人だとやもすれば生死をかける必要のある呪霊だとしても、最強の片割れと組めば総じて四級……は言い過ぎだとしても、3級程度の呪霊へと成り果てる。

 

 目の当たりにするその規格外に、何かがざわつく。そのざわめきも暫くすればすぐに落ち着くのが、私がこの癖しかない奴らと上手くやれているコツなのだろうか。

 

 

「……夏油君、それ。どんな味とかあったりするんですか?」

 

 

 手持ち無沙汰になった私の、ふとした何気ない疑問。その言葉に呪霊操術の術式を使う同級生、夏油傑は飲み込もうとしたソレの手を止めて、私を見据えた。

 

 

「はは……気になるかい?」

 

「少しは、私は呪霊を食べないので」

 

「夏目だけじゃなく、凡そ全ての術師はこんなもの食べないだろうね」

 

「……そうですね」

 

 その言い方で、なんとなく分かった。

 

 その様子に「つらくないですか?」と言いかけて、やめた。

 

 

 夏油君より弱い私が言った所で何も響かないだろうしなにより、その言葉は、夏油傑の何かに触れるようで、心地が悪いものだったから。

 

「帰り、ケーキ買いに行きましょう。そういう気分なので」

 

 

 だから少しだけ言い方を変えて、そう口にしてみた。

 

 

「______何というか、夏目は。私や悟のことを嫌ってると思っていたんだけど、そうでもないのかな?」

 

「ウザいし、極力関わりたくないし、ウザいしめんどくさいしウザい奴だとは思ってますよ、特に五条君は会う度に」

 

「三回言うほどウザいかな……」

 

「だからって嫌いじゃないのは確かですね、勿論好きとか絶対にあり得ないので、申し訳ないですが、近付いて欲しくないです」

 

「何で私は振られたことになっているのかな」

 

 

 ……そう。

 

 嫌いじゃない、嫌いじゃなかった。

 

 夏油傑が無自覚に私を傷つけても、五条悟が明確に私を傷つけても、本当に触れて欲しくないものだけにはこの二人は絶対に触れない。触れたことが無かった。

 

 だから嫌いになれなかった、なろうとしても、一過性のその場だけの感情だった。

 

 それを優しさと言うには棘があり過ぎたし、思いやりと呼ばれるものとも違ったが、人肌のような暖かさがほんの僅かでも存在していたのは事実だった。

 

 だからその時は、二人の邪魔にならない程度には強くなるぐらいはしようと。

 

 

 そんな風に思った事もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一本いる?」

 

「……じゃあ、もらって良いですか?」

 

 

 一向に授業に現れないその人物を探ってみれば、案外学校の敷地の中にいて、隠れながら煙を吐いている家入硝子に誘われるまま、体に害を溜めるその葉っぱの詰め合わせに口をつけた。

 

 五条悟と夏油傑が問題児筆頭なら、家入硝子もまたプチ問題児ではある。ただ彼らと違うのは、うざくないしめんどくさくもないし、一緒にいて何もストレスがない、この学校の中の唯一の清涼剤のような人物だ。

 

 私の短い人生の中でも限れられた「安堵」は、時折甘えてしまいたくなる程に。

 

 

「そーいやさぁ、この前の鮮花、大変だったんだよー」

 

「……準一級呪霊との交戦の後の私ですか?」

 

「そーそー、もー少し戻るの遅れてたら、何かしらの臓器ダメになってたよ、絶対」

 

「それはまぁ……ごめんなさい」

 

「二度ととは言わないけど、やめてよね、ああなるの」

 

 

 煙の流れに泳ぐような言葉の、最後は少しだけ、硝子ちゃんは真剣な言葉だったように聞こえた。

 

 あの日は酷かった、情報と違う呪霊、何らかの概念を孕んだ、簡易的な領域すらも扱う呪霊。

 

 死ぬつもりは決してなくとも、死を覚悟する必要がある程に、濃厚な死を前に黒い閃光______黒閃を偶発的に生み出すことが出来ていなければ、私はきっとあそこで死んでいたのだろう。

 

 それでも少し遅かったら危うかったのだと言うのだから、つまりはそういうことだ。私は出会った不幸と共に幸運にも恵まれていた。

 

 

「……この煙草、そんなに好きじゃないです」

 

「あははっ、わかるー。私もあんまり好きじゃない」

 

 

 禁煙しよっかなー、まぁまだ辞めないんだけどねー。なんて言いながら、その日は夜蛾先生に見つかるまで硝子ちゃんと授業をサボってた。

 

 

 それは確かに____淡い、青い思い出の一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした、七海君。初任務でこれだけ動けるなら、私を越すのも時間の問題ですよ」

 

「はぁ……それは少々、いやかなりお世辞では。夏目先輩」

 

「お世辞なんかじゃ無いですよ」

 

 呪術高専東京校に入学して一年、私に二人の後輩ができた。

 

 一人は目の前にいる七海健人君と、今頃は高専で授業をしているであろう灰原雄君。

 

 同級生のあのカス共二人と比べれば二人ともとても良い子だ、灰原君は接してて気持ちがいいし、七海君は素直で程良い関係を保つからやり易い。

 

 特に七海君は、間近で見た呪術のセンスは目を見張るものがあった、術式も悪くないときたら、それこそ最強の二人には私と同じく届く事は無いだろうけれど。

 

 数年掛ければ私を越していく背中なのだろうなと、漠然と思った。

 

 

「帰り、何か食べていきましょう。奢りますよ、七海君」

 

「いえ、そこまでして頂くのは……」

 

「呪具を除けば、それぐらいしかお金を使わないので、持て余すのも嫌ですし……ね?」

 

「はぁ、では……有難く奢られておきます、夏目先輩」

 

 

 そう頭を下げる七海君に見えないように、私は柄にもなく「作ることをしない笑み」が溢れた。

 

 強くなって欲しい、私を越して、そのさらに先まで。そうすれば、私より先に呪い呪われて死ぬことがないのだから。

 

 

 そんなような感情が私にあるのを。

 

 私は私以上に、他人に対して何かを思う気持ちが深いのを。

 

 この日この時、改めて自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーくそ……だからぁ悪かったよ鮮花。これで良いだろ」

 

 

 五条悟が、私が心底楽しみにしていた限定のプリンを食べた。

 

 高専の冷蔵庫に入れていた私も私だが、他に保存できる様な場所もなく、運悪く立て続けに任務が重なったから食べる暇もなく。

 

 仕方ないのでちゃんと「食べない様に」と張り紙をしていたにも関わらず。

 

 この外道はそんなものを意に介さず、余すことなく全て胃袋に入れやがった。

 

 

「そうですね」

 

「……え、ほんとに?」

 

「はい、だから五条さん。もういいですよ、好きな様に、いつもの様に何処へなりとも、どうぞ」

 

 

「いや絶対キレてんじゃん……」

 

 

 

 キレてるに決まってんだろ、ふざけんなよ。

 

 もし私にこの男をどうにかする力があるなら、私に自制心が無ければ、我慢を覚えていなかったら。

 

 あゝ、本当に……怒り(呪い)が止まらない。

 

 

「代わりの買うからさ、それでいいよな?」

 

「そうですね」

 

「……いや本当に悪かったって、気付かなかったんだよ」

 

「そうですか」

 

「どうすりゃ良いんだよ傑……」

 

 

 

 

「……何あれ」

 

「さぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 焼け焦げるような痛みが右腕に強く広がる。

 

 視界に映るは、呪霊。その数は一、だというのにその身に宿る呪いは“ソレ”に届き得るほどに。

 

 なんて事ない二級呪霊の討伐が、何だってこんなことになるのか。

 

 一度ある事は二度も三度もあるというのか、あったとしてもこんな仕打ちはあんまりだろう。

 

 よりにもよって、最近準一級呪術師になったっていうのに。

 

 

「くっ――――そ、ほんとっ、最悪ですね……!」

 

 

 全身の痛み、特に右腕は使い物にならない程に鈍い、確実に折れているし、繋がっているのか外れているのかよく分からない。

 

 救援は見込めない、仮にもこの業界に本格的に入ってから一年以上経って気づいたが、ほぼ全てが終わった後に到着している。

 

 その例外の最強の二人が私を救援しにきてくれれば話は別だが、運の悪い事に彼ら二人は別の任務______たしか、数時間前の今日に天元様の星漿体だとかの護衛任務を任命されたとか言ってたっけ。

 

 そんな重要な任務を遂行してる中で、こっちに来る余裕も無いだろうし、連絡も来ないだろう。

 

 今までひやっとしたことや死にかけた事は何度かあったが、今日と言う今日こそは死ぬのかもしれないと、冷静に脳が【死】を算出していく。

 

 

【哀れな、抗う事を辞めぬとは】

 

 

「呪霊風情が……喋らないでくださいよ……不愉快ですから______ッ!」

 

 

 来る烈風が私の体をゆうに吹き飛ばす、呪力を纏った風が私の全身を切り刻む、突き飛ばされてコンクリートの壁に衝突した背骨が折れる音がした。

 

 言葉を発するほどの呪霊、仮にも準一級まで磨き上げた私の力が届かないはずだ。十中八九この呪霊は二級、一級などの非じゃない。

 

 それらの理から外れた、上澄みの呪い_____特級呪霊。

 

 

 私は死ぬのか。

 

 死ぬのだろうか。

 

 何者にもなれず、ここで。

 

 成し遂げたい目的もないまま、ここに。

 

 夢も希望もないまま、大地に。

 

 

「____________ふ、ふふふ」

 

 

 笑えてきた。

 

 私は何故生まれたのだろう?

 

 一般的な、良くも悪くも平均的な呪術師の家系に生まれ。

 

 流れるままに生きて、流されるままに呪術師になる事になって、気薄な自我が全ての物事に“どうでもいい”と見切りをつけたまま漠然と。

 

 私は一体何者だったのか。

 

 

 ……酸素が薄くなってきた。

 

 今際の際だというのに、心のどこかで淡々と死を受け入れるようなこの心は、本当にどうしようもないなと……また笑えてきた。

 

 

【脆弱な魂よ、無に還るが良い】

 

 

 認識できたのはその言葉。

 

 もうどうでも良くなってきた。

 

 だから。

 

「____いいよ!やってやるよ、私もお前も、”この世界“も壊れちゃえばいい!あははっ……!あはっ、あははははっ!」

 

 

 朧げなその記憶の、その先の。

 

 たった一つの明確な私の【答え】

 

 唯一の活路、限り限りのその王手(・・)

 

 

「領域展開」

 

 

 その日______世界を(呪い)で閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 世界を閉じた、その3日後。

 

 体を引きずるようにして高専に戻ってきた、辛うじて生き残った私の、その目に映ったそれは、弾けるような感覚を消し飛ばすには十分過ぎて。

 

「なに、これ」

 

「あ?なんだお前」

 

「なにこれ、って、言ってるんだよ……!」

 

「なにって______ああ、そういうことね」

 

 

 呪術高専のその内側、天元様の結界の膝下にて。

 

 3日前に下らないやりとりをしていたはずの同級生、最強の片割れのよりクズな方の五条悟。

 

 

「五条悟は俺が殺した」

 

 

 その「死体」を見下ろすように立つ、全く呪力の感じられない異質な人間の、その人物。

 

 

「______ッ!」

 

 

 生と死の交わる、そんな濃厚な死闘で戦った感覚が、目で追う事を許されない圧倒的な暴力を紙一重で回避する事に成功した。

 

 それは私にとっては明確なチャンスで、相手にとっては明確な“隙”だ。

 

 

 

「おいおい、まじかよ」

 

「領域展開______!」

 

 間近に見える、暴力の化身、それに対して領域を展開することで私は_______

 

 

 

「はい、お疲れ」

 

 

 私は……?

 

 

 あれ、なんで。

 

 確かに領域展開は成功した、その筈だったのに。

 

 どうして倒れるのが私なんだ……?

 

 

「運が悪かったな、ここに来るのがもう少し遅かったら会う事も無かっただろうよ」

 

 

 

 世界を(呪い)で閉じた3日後。

 

 私は世界(呪い)に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 五条悟を攻略し、星漿体を殺し、呪霊操術の使い手を戦闘不能にした。

 

 仕事を終わらせた伏黒甚爾は一息ついた後に、そそくさと高専から離脱しようとしていた。

 

 一仕事終わらせた達成感と、莫大な報酬をどう使うか、それを元手にして今度こそ競馬で一山でも当てようか。

 

 そんな妄想と共に、この場を去る。

 

 

 そう足を踏み出して______危機感。

 

 天与の暴君の、未来予知とも言うべき直感が、いつの間にか自らの背後に立っている存在に気が付いた。

 

 幽鬼の様に希薄、それでいて、確かにそこに存在していた______先ほど自らの手で喉を切り裂いてやったはずの、女。

 

 

「あ?お前、さっき殺しただろ」

 

 

「ふふ……」

 

 

 幾度と味わった、生と死。

 

 繰り返される螺旋、その刹那にある呪力の確信。

 

 限り限りの生命、幸も不幸も全てを飲み込んだこの身の最後の柵。

 

 夏目鮮花にとっての最後の柵とはなんだったのか、今となってはわからない、ただその柵を、自ら解放したその瞬間。

 

 

 夏目鮮花(虚なる者)は覚醒した。

 

 

「……反転術式か!」

 

「あは……!せいっかい!」

 

 「負のエネルギー」である呪力を掛け合わせることで「正のエネルギー」を生み出す術。

 

 その極地、呪力の核心を、死に際のその僅かに満たない間で、夏目鮮花は会得した。

 

 

 蓋をしていたものを全力で開けたような、縛られていたものを全て取っ払った、そんなような。

 

 

 解放感。

 

 今なら、何にでもなれる。

 

 夏目鮮花は今この瞬間、初めて世界に降り立ったと実感した。

 

 

 

「私の術式は“虚数術式”、呪術においてありえるが、物質界にないものを創り出す術式……簡単にいうと、この世に存在しない物質を生み出すことが出来る」

 

 

 術式の開示。

 

 伏黒甚爾は即座に動き出す、その速度はあの五条悟ですら早過ぎると定義する程で、夏目鮮花には目で追うことすら困難極まるほどの速度。

 

 その速度で逆手に持った天逆鉾を夏目鮮花の喉を今度こそ切り裂く。

 

 

「______ァあ?」

 

 

 確かに、切り裂いた。

 

 だがそれは、夏目鮮花であって“夏目鮮花”ではない、呪力の肉袋。呪力の塊が泥の様に地面に零れ落ちて、消える。

 

 

「この世に存在しない虚数、口で言うのは簡単。でもそれって一体何?なんて、今までの私はこの術式の定義が出来ていなかった」

 

「でもさあ、気づいたの……この世界は何ものでもあって、何ものでもない(・・・・・・・)!この世に存在するものは、同じようにこの世に存在しないって!」

 

 

「だから______こういうこともできる」

 

 

 声のする方に振り向けば、そこには掌印を結んだ夏目鮮花がいた。

 

 危機感。

 

 己の感覚を信じ伏黒甚爾は全力で防御体勢を整えた。

 

 瞬間。

 

 

「あはっ!」

 

 

 生み出された無数の虚数が形を成して伏黒甚爾へと”迫る“、それは言うなれば呪力の塊、その圧倒的な“未知の質量”

 

 黒い閃光の破壊光線が伏黒甚爾に衝突した。

 

 

 

「______はっ、なるほどな。同じ空間に全く同じ人間は存在しない。でもお前はそれを可能に出来る、さっきのはそういうからくりか」

 

 

 瓦礫の山の中から、その持ち前の天与の肉体と、天逆鉾による受け流しによって軽傷程度に抑えた伏黒甚爾が現れる。

 

 その姿を見据えた夏目鮮花は心底楽しそうな笑みで迎える。

 

「そうだよ……?でももっと、もっとできる気がする、試させてよ。“同級生殺し”さん……?」

 

 

「はっ、タダ働きなんてごめんだね」

 

 

 回れ右、即時撤退。

 

 驚く程早い身のこなしで即座に伏黒甚爾は離脱を決行する事にした。これ以上の戦闘は金にならないし、何よりこの目の前の女の術式開示が正しいのだとしたら、女の呪力が尽きるまで戦い合う事になると予想した。

 

 必然的に、長期戦が濃厚。他者を顧みない様に生きる、天与の暴君は一目散に逃走を測る。

 

 

 だが、些か少しそれを決行するには骨が折れる事も伏黒甚爾は予感していた。

 

 

「逃がさないよ?」

 

 

 伏黒甚爾の進行方向にのっぺりとした無色の物質が行く手を挟む、即座に斬り壊そうとして、直感。

 

 この壁は物理的に壊すことが出来そうにない、問題無し。天逆鉾で破壊できる、そうして強引に切り伏せた先で待つ、極小の“黒点”

 

 

 ソレを見て即座にその場を離れると、その極小の黒点が、この世に存在しない質量と重なり爆発する。

 

 生まれる筈がない粉塵が視界を煙たげ始めた。

 

 甚爾の勘がこの場で”呼吸“をする選択肢を止める、この粉塵で生まれたモノを吸ってはならない。剣を振り回す事によって風を作り、呼吸を整える空間を作る。

 

 そこに、「自分と全く同じ武器を持った」夏目鮮花が飛来した。

 

 

「______俺相手にか?」

 

「やらないよっ?」

 

 

 夏目の持つ武器が描き変わる、違う。夏目鮮花自身が「変容」する。

 

 この世に存在しない、全く別の異形。黒色でいて人型、しかし見ているだけで精神を揺さぶる様な不定形の物質。

 

 夏目鮮花が解釈した虚数術式によるこの世に存在しない生物。

 

 その数凡そ8体が、伏黒甚爾を囲む様に現れた。

 

 だがしかし伏黒甚爾にとってそれらは全て、問題なし。

 

 天与の暴君は数秒にも満たない速度で、その全てを斬り伏せ、壊し尽くした。

 

 視界の奥、遠く離れた所に夏目鮮花はその目で甚爾を姿を見定める、その手を銃弾のように翳しながら。

 

 

「あはっ!これからが本命?」

 

 

 危機感。

 

 

 咄嗟に手に持つ呪具で迫り来る“何か”を応戦しようとして_________

 

 

 鮮血が舞う。

 

 

「……ハッ、化け物が」

 

 

 剣を振る、そこに斬撃が生まれる。その過程を省いた“結果”のみがその場に現れる。

 

 不可逆の刃、その剥き出しの斬撃が、捌き切れなかった伏黒甚爾の指、足先の幾つかを斬り落とす。

 

 実際はソレが何なのか、伏黒甚爾は予想でしか答えを得られない。だが彼の予想は実に真実に迫っていた。

 

 

「だがまぁ、ここまで来れば______」

 

 

 

「よぉ、久しぶり」

 

 

 

 既視感。

 

 それは今さっき念入りに殺した筈の。

 

 

「……まじか」

 

 

 五条悟。六眼と無下限術式の抱き合わせ、“現代最強”に為ったその人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチパチ。

 

 拍手喝采。

 

 

 中心に、星漿体だっただろうその子の亡骸を抱えて、彼は誰かが来るのを待つ様に佇んでいた。

 

 誰か、なんてそんなのは言うまでも無いけれど。

 

 

「五条君」

 

「なに?」

 

「代わりにそいつら(・・・・)殺そっか(・・・・)?たぶん私、何も感じないよ」

 

「お前がやるなら俺がやる」

 

「五条君はダメだよ、夏油君に怒られちゃうから」

 

「だからって……お前がやるのは、なんかちげーだろ」

 

 

 私の視線の先の、青く透き通る様な目と目が合った。

 

 なんかちがうのか。

 

 なら、そうなのかな。

 

 

 目で見えなくともわかる。五条悟はたった一人で「ソレ」に成った。今まで二人で均衡を成していたそれを、一人で到達してしまった。

 

 それが良いのか悪いのかわからない、私はもう、そんな“些細な”事で悩むようなものじゃ、なくなってしまった。

 

 善も悪も、今はもうどうでもいい。

 

 ただこの世界に私が生きている事が、心地良い。

 

 

 ああきっと、私も「ソレ」じゃない、別のナニカに。

 

 

「ねえ()

 

「何だよ」

 

「君が止めてね、私を。じゃないと、多分誰にも止められないよ」

 

「……わかった」

 

「約束だよ」

 

 

 

 そういえば。

 

 

 初めて五条君の前で笑った気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年後。

 

 

 

 ______その夏は、忙しかった。

 





一応プロットはある。書き続けるかはんにゃぴ....あんま期待しないでくだち。
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