虚数の中の君   作:むいてんぺん

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楚楚-嘲笑-

 

 

 ________2018年9月、七海健人と夏目鮮花が合流するよりも前。

 

 

 あの呪詛師は上層部と繋がっている。

 

 だからこそ私や五条君の行動をある程度把握も出来れば、その手綱を呪術師としての任務っていう形で制御する事が出来る。

 

 呪詛師と繋がっている上層部を1人殺した所で所詮換えが利く、特定した所でトカゲの尻尾切りでしかない、そして殺し過ぎて上層部が機能しなくなるのは五条君に止められる。

 

 柵だらけで苛々するな……?

 

 この縛りを壊すのは簡単だが、私が“私”である内にソレをするのは、止めにくる五条君に対して少し、引け目がある。

 

 本気で私を殺そうとする五条君との呪い合いは少し気にはなるが、それ以前に硝子ちゃんが悲しむ。

 

 だからきっとこの日、私は確実に特級案件の任務を渡されると確信していた。

 

 それを反故する事は簡単に出来ても、ではその依頼を反故した故に起きる不確定の方が私にとっては厄介だった。

 

 何より、その特級案件の任務が、私の暮らしてる________美々子や菜々子を住ませている県内での任務なら尚更。

 

 

 これはあの呪詛師の狡猾な嫌がらせだ、つまりはこう言いたいんだろ?「お前の弱みは知ってるよ」って。

 

 バカだな、それは確かに私の指標だがその指標に、私のソレ(・・)にじゃあお前が直接何か出来るとは私は思わない。

 

 指標を二つ失った事で制御を外した私の方が厄介だろ?お前が出来るのはせいぜいその程度の嫌がらせ。

 

 一度呪い合って大体分かってんだよ、直接自分の手で雑に美々子や菜々子を殺せないぐらい慎重に動く性格してるのは。

 

 

「闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え」

 

 

 だから敢えてその誘いに乗って、こうして特級の情報のある山の中の林に帳を下ろしてやったんだ。

 

 あの呪詛師はしてやったと思っているだろうが、目の前のコイツを片付けた後に七海君の所に虚数で転移すれば良い。

 

 どうせ宿儺の指が欲しいんだろ?それだけじゃなくてあの蔵には色々あるもんね、あはっ……そう簡単に取らせないよ。

 

 

「________初めに言っておくけれど」

 

 

 目の前の溶岩頭の呪霊(一度見た特級)に向けて指を差した後に、私は宣言する。

 

 

「お前一人じゃ時間稼ぎにならないよ」

 

「それはどうだろうな?特級呪術師……!」

 

 

 

 

 

 

 

 ________宿儺の指に換算して最低15〜17本程度。

 

 それが少女の姿をした呪詛師の、自ら呪い合って判断した夏目鮮花に対する評価。対して漏瑚は甘く見積もって7、8本分とそう告げた。

 

 本数にしてほぼ倍、漏瑚自身もまた一度相対した際に感じ取った夏目鮮花の異様な呪力量、そしてその戦闘能力に異論は無く。

 

 だからこそ、夏目鮮花を引き付けろと言われた際にはふざけるなと怒りを露わにした。

 

「まぁそう怒らないでよ漏瑚、勿論私も手伝うからさ。だけど私の姿を気取られる訳には行かないんだ、これだけは絶対にね」

 

「ならば貴様は、どう手伝うと言うのだ……!」

 

「要は時間を稼げれば何でも良いんだよ、戦い方は幾らでもある」

 

 

 ________その為に真人に頑張ってもらったんだからさ。

 

 

 

 戦闘態勢を整えた漏瑚は頭部から溢れんばかりの火礫蟲を生み出し夏目の視界に蟲の軍隊が展開していく。

 

 問題無し________黒い閃光(虚数)による広範囲の質量の放出により蟲の軍隊の殆どを虚数で消炭にしていく。

 

 予めそうくると予想していた漏瑚は袋を取り出して中にあるものを空から地面へと乱雑に落とす。

 

 

「________ふぅん……」

 

 

 視界が晴れ、次の瞬間に現れた“それら”に夏目鮮花はほんの少しだけ、眉を顰めた。

 

 夏目の視界の隅で嗤う呪霊を横目に、夏目はそういうことかと冷静に状況を見定める。

 

「え?なに、ここどこ?」

 

「は?は?」

 

「えっ、あれっ?寝てたような」

 

「なんだよこれ、なんかの撮影?」

 

 

 ________それは人だ。

 

 数にして40〜60人程度。

 

 そのどれもが漏瑚の仲間である真人が魂を弄り、そして呪霊の協力者である少女の姿をした呪詛師が共作して「今この瞬間に元の姿形に戻る」ように“改造“を加えた、一時的な無為転変、その遠隔操作。

 

 呪詛師が示し、そして真人がその道を辿る。そうすることによって出来上がったこの“人間爆弾”は非術師の日常を守る為に動いている呪術師にとって極めて有効。

 

 まさに時間稼ぎ。

 

 虎杖悠仁ほどのお人好しじゃないだろう、だがどれだけ非情であろうとも、人間の形をした、否。正真正銘人間そのものを、如何に夏目鮮花と言えども殺す事は出来ない。

 

 

 呪詛師はそう思考した、真人もまた人間から生まれた呪霊であるからか、その案に賛成した。

 

 そして漏瑚もまた、一理あるなと理解を示した。

 

 

 ________夏目鮮花、如何にお前の実力が高かろうと周りに非術師が居る状態でその広範囲の術式による質量の放出は出来んだろう。

 

 非術師を巻き込み兼ねないほどの範囲技、呪詛師ではなく呪術師である以上、貴様自らの術式で非術師を殺す事はしない筈。

 

 貴様ら呪術師が想定している“犠牲”は、貴様(夏目)に殺される犠牲ではないだろう!

 

 

 人間爆弾による、非術師の投入。

 

 “障害”を生み出し、ヒット&アウェイに徹しながら時間を稼ぐことに専念する。

 

 呪詛師は術式を使わない近接戦闘ならば劣勢だとしても限り限りで漏瑚一人でも踏ん張れると考えていた。

 

 その一点だけで言えば、ほんの僅かにも満たないまでも漏瑚が夏目鮮花に深手を負わせることの出来る唯一の活路だという事も。

 

 精々この状況を悩め、そしてこの状況になった時、貴様は一体何をする________そう漏瑚が自らの領域を“纏い”ながら、夏目鮮花の次の行動をその目で捉える。

 

 時間にして数十秒だろう。

 

 混沌と化した山奥の林の中で、帳の中に侵入した人間の姿をした、正真正銘の人間を夏目鮮花は見渡して。

 

 視線の先にいる祓うべき呪霊、漏瑚をその目で捉えた後に。

 

 その手を向けて、黒い閃光を生み出した(・・・・・・・・・・)

 

「________な」

 

「邪魔」

 

 

 一瞬の空白、その空白は漏瑚の行動の一手を遅らせた。

 

 迫り来る黒い閃光は非術師諸共巻き込むように展開され、放出される。

 

 放出されたソレは漏瑚共々、非術師(人間)は虚数によってその形を死人に変える。

 

「きゃ、きゃあぁぁぁぁ?!」

 

「な、なんだよ!なんだこれ!」

 

「五月蝿いな」

 

 阿鼻叫喚。

 

 自らが産んだ地獄を、虚数によって構築されたこの世にない質量を持つ“ナニカ(式神)“を生み出し、非術師を虚数に引きずるように取り込んでいく。

 

 突如非術師の地面が落とし穴の様にぼっかりと穴が開き、虚数に飲み込まれていく。

 

 夏目鮮花はそれらを全く為に介さず、その目はただひたすらに「祓うモノ」だけを追っている。

 

 

 ________それは呪霊である漏瑚の目を以ってしても、理解し難い光景だった。

 

 呪術師が非術師を、人間が同じ同胞である人間を自らの術式で”消していく“。

 

 一人また一人と虚数という海に沈んでいき、夏目鮮花にとっての”障害“が消えていく。

 

 そうして消していった残骸は、しかし本来ある筈の呪力の“残穢”すらも残さず、まるで最初からここに人間は居なかったかの様に処理(・・)された。

 

 

 それ即ち「殺戮」それが夏目鮮花の選んだ答。

 

 

「お前らバカだよ。私が他者を顧みると思ってるの?」

 

 

 人と思えない所業に、呪霊である自分が微かに恐怖する。

 

 そして恐怖以上の、理由の分からない怒りが漏瑚の胸を支配する。

 

 人という地位を呪霊に置き換えるといった目的を持っているからこその怒り。

 

 同じ種の同胞すらも殺すのかと言う、憤り。

 

 

「________貴様は、呪霊以下の人ですらない化け物だな」

 

「あはっ、まるで人みたいな物言いだな?呪霊」

 

 

 心底、夏目鮮花は呪霊をバカにして薄く笑う。

 

 五条悟であっても非術師を殺さない様に守るだろう。だが夏目にはソレ()は通用しない。

 

 こう生きると決めた以上、夏目はその感情を捨て去った。己の快、不快。その指標以外のモノは何者であっても夏目鮮花を妨げる事は出来ない。

 

 その性質を誰よりも理解しているのが七海健人であり、誰よりも制御出来ているのが五条悟である。

 

 その両方が機能しないこの瞬間、もはや夏目鮮花を止められる者は居ない。

 

 

「ほら来いよ、来ないなら私から行くぞ?」

 

「ぬ、ォ________!」

 

 

 展開された虚数が姿を変える、この世に無い質量が鋭い刃の様に漏瑚に襲い掛かる。

 

 色も形も無いそれに漏瑚は耐える他の術が出来ない、身体が大きく削り取られていく、このまま受け止め続ければやがて細切れにされる。

 

 飛び退きその場からグラウンド状に周りながら炎の放出を展開しようとして、目の前に虚数で出来た式神が襲いかかる。

 

 手を突き出し炎を放出させると同じタイミングで、虚数で出来た式神が夏目の姿形に”置き換わる“、置換________虚数による転移の応用。

 

 放出された炎に対して夏目鮮花は手を前に出して放出された呪力のうねり、その炎が一定の所まで到達し、そして消え続けた。

 

 その現象を間近で見た漏瑚の思考がある結論を弾き出す。

 

 

 不可解、だがそうとしか考えられない。

 

 

 ________この女ッ!よもや、まさか!

 

 

「はいお返し」

 

 瞬間、寸分違わず夏目鮮花の手から放出されたその炎は紛れも無く自分自身の術式そのもの。

 

 漏瑚は回避を試みようと体を捻らせようとして、自らの体が動かない事に気付く。

 

 白いキャンパスの中心だけポッカリ穴を開ける様に、空間をナニカが支配していた。

 

 それは夏目鮮花の構築した術式順転の最奥。

 

 虚数というそこにあってそこにないモノの、到達点。

 

 

「虚飾・宙」

 

 鏡の様に迫る自らの術式、そして虚飾・宙による空間そのものの束縛。その全てを漏瑚はその身に受け________頭部を除く他全てが虚数によって消え去った状態で地面に転がった。

 

 その無残な姿になった呪霊を、夏目鮮花はただただ無機質に、しかし何処か楽しそうに見下ろしていた。

 

 

「ごっ、ごァっ……!」

 

「祓いきれてない?……あぁ、咄嗟に自らの肉体の周りに空白の領域を展開したか?確かにそれなら単純な呪力による防御を上回るかな」

 

 

 見下ろし語る、夏目鮮花の姿をその目で見上げながら、漏瑚は理解する。

 

 

 自らの感情(恐怖)、だがそれ以上に、この夏目鮮花という呪術師の、その歪な在り方を。

 

 ________宿儺の指に換算して凡そ倍程離れた実力差、しかしこうも差があるものなのか。

 

 一体何を捨て、何を得ればこうなれると言うのだ。

 

 

 これを人と呼んで良いのか、こんなものが、人だと言うのか?

 

 

「化け物め……!」

 

「あはっ________今更?」

 

 夏目の今の感情は「呪霊(コイツ)は不快」のただ一点。

 

 ただそれだけに、そうだからこそ、夏目鮮花という人間は”強者“で。

 

 

 そしてそれは、その思考自体は千年前に確かに存在していた、呪術界の嵐、時の台風呪いの王(両面宿儺)に限り無く酷似していた。

 

 

「じゃあ祓うけれど、遺言は?」

 

「貴様に語る事など何一つとして無い……!」

 

「あっそ」

 

 

 頭部のみを残した漏瑚に放たれる、黒い閃光。

 

 放出した黒い閃光が漏瑚の頭部を抹消する。

 

 

 よりも先に(・・・・・)、その黒い閃光が漏瑚よりも前の地面に不自然に“落下”する。

 

 

 一瞬の空白、夏目鮮花の脳内で溢れ出す、あの日の時の呪詛師の術式________重力!

 

 瞬間広範囲を飲み込むような津波がこの山の真ん中で展開される、それを対処するよりも先に目の前の死にかけを祓い切るのが優先だ。

 

 その判断は確かに正しかったがしかし、漏瑚は咄嗟に自らが頭部のみにも関わらず、頭部から生み出した火礫蟲を即座に爆発させ煙を放射させる。

 

 その僅かなノイズにより件の呪詛師の術式、その重力が夏目鮮花の空間毎押し潰すかの様に上から飛来する。

 

 その呪力のおこりを感知した夏目は即座に上へと黒い閃光を放ち、重力の質量と虚数の質量とで相対させる。

 

 

『領域展開________蕩蘊平線』

 

「________ッ領域展開、虚心坦懐!」

 

 呪霊のその声の様な、或いは音の響きが夏目の耳に入った。

 

 ここであの呪霊を逃す?ふざけるな、笑みを消した夏目は縛りを使わない領域展開を展開させる。

 

 自らに課した縛りを無視したとしても強化される値が無くなるだけで、元々夏目鮮花の領域展開は五条悟以外の者に押し負けた事は無い。

 

 即ち縛らなくても元々強く、呪詛師の領域ならまだしも呪霊相手に領域勝負で負けると思ってはいない。

 

 だからこその判断、実際それは正しく、瞬く間に領域同士の押し合いを夏目鮮花は制していき________だからこそ、領域に意識を取られたその隙を呪詛師は見過ごさなかった。

 

 海の様な荒々しい水面が呪詛師の姿形の輪郭を隠しつつ、その呪詛師が一瞬の隙を突いて漏瑚の頭を回収する。

 

 無論ただで見過ごす夏目じゃ無い、領域の押し合いを進めながら虚数の斬撃をその一点に集中して向かわせる。

 

 だけじゃ無い、虚数で造られる玉蟲色の奇怪なソレを放出させ、だがソレよりも早く呪詛師は「何か」を取り出して展開する。

 

 ソレは呪具だった、未確認の展開式の呪具、一方的な空間転移を可能とする六芒星の固形。

 

 即座にソレを虚数によって破壊する、しかし________それよりも先に、助太刀に来た呪霊が起こしていた筈の領域展開が解除され。

 

 

 辺りには何も残される事は無かった。

 

 

「________あーあ……」

 

 

 苛立ち混じりに、夏目は破壊した呪具を再度虚数で粉々にして見つめつつ、夏目は瞬きを複数した後、感情をリセットした。

 

 

「さて、向こう(七海君)はどうなってる……?」

 

 

 自らを虚数に変換し________帳が降りたその頃には、破壊された自然環境だけを残して。

 

 夏目鮮花は七海健人の元へと向かうために、その場から文字通り“居なくなって”いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________戦略的撤退、とはお世辞にも言えないね。

 

 

 少女の姿をした呪詛師、便宜上「羂索」の名を持つ少女は、そう内心で思いながらつい先程の出来事を思い返す。

 

 使い捨てるつもりのなかった空間移動の呪具も捨て、最後の最後になるまで夏目鮮花の前に現れないと決めていた心情も捨て。

 

 ただひたすらに逃げると言う行為だけを思考し、自分の姿形、その輪郭だけは悟られない様に徹し、漏瑚を回収する。

 

 夏目鮮花が非術師の命を欠片ほど気にしていないという事は分かっていたつもりだった。だがそれでも人間である以上、少なくとも即座に殺害する事は無いと思ったが故の仕掛け。

 

 その初手に放った仕掛けがまさかあの速度で破綻するとは思わなかった、これは完全に羂索の失態であり、夏目鮮花という呪術師の在り方を誤解していた。

 

 あれはただ、呪術師側に居るだけの呪霊に近い思考を持った「呪詛師」だ。

 

 寧ろアレ(・・)を一体全体どうやって呪術師側に繋ぎ止めているのか。

 

 囮や盾といった行動が全くといって良いほど通用しなかった、改めて羂索は考える。どれ程自分と近しい仲だろうとも夏目鮮花は、ソレが自分にとって邪魔になった時、無慈悲にも殺すだろう。

 

 

 凡そ人の思考では無い________羂索は改めて、ソレに気付かされた。

 

 

「……助けに来るとはな、呪詛師」

 

「________ん……?あぁ、少し違うね。正直に言うとさ、()漏瑚に死なれると五条悟を封印する計画に支障が起きるんだよ」

 

「ふん、礼は言わんぞ」

 

「要らないよ、そのつもりで拾ってきた訳じゃない。それに今回は、私の作戦にも問題があった」

 

 

 いつもよりも素直に、ただひたすらに本心を語る目の前の少女の姿に漏瑚は違和感を覚える。

 

 軽薄な形はそこになく、いつもの余裕ぶった笑みもなく、ただひたすらに無表情に思考の海に浸る。

 

 いやおそらく、これこそがこの呪詛師の本来の姿。我々呪霊に仮初に見せていた姿形はもはやそこには無かった。

 

「……はぁ、宿儺の指を含めた呪物は諦める他ないかもね」

 

「なんだと?」

 

「予定通りなら帳が降りて約4分。それが漏瑚が稼いだ時間稼ぎだ、いや責めてる訳じゃない。初手の作戦が破綻したんだ、それは良い」

 

「……儂が弱かった、それだけだ」

 

「自らを卑下するな、1000年生きてきた私から見ても漏瑚はマシな部類だ。天井を見上げる事に意味は無いよ」

 

 

 実際、漏瑚の術式の火力だけを見れば夏目鮮花にダメージを与える事は可能だと憲索は見立てている。

 

 しかし天性の呪力コントロール、虚数術式によるこの世に存在しない質量の壁がその攻撃を無に還してしまう。

 

 重力という質量は本来目に見えないのにも関わらず、呪力の起こりだけで存在を捉え相殺させる事実から見て、漏瑚と夏目とでは呪力操作の熟練度が違い過ぎる。

 

 だからと言って漏瑚が弱いとまでは羂索は思っていない。他の術師相手なら大した抵抗もさせないままその術式で焼き殺せるだろう。

 

 獄の番に領域展開も加味すれば、高専側で明確に戦いと呼べるモノを展開する事が出来る呪術師は乙骨憂太か九十九由基ぐらいか。と言うのが羂索の推定。

 

 

 

 羂索にとってはただの事実のそれ。しかしその言葉を受け取った漏瑚に、見知らぬ感情がじわりと浮かび上がるのを感じる。

 

 

 ________一体なんだ、これは。

 

 

「夏目鮮花の空間移動のからくりは幾つか考察している。その中で虚数と虚数の移動、或いは置き換えに時間という概念が絡まないのなら……今回の計画はほぼ失敗、最悪の場合嘱託式のテストも確かめられないな。いや、それは最悪ぶっつけ本番でも……」

 

「っ待て、その場合真人や花御はどうなる!」

 

「真人に関しては問題ない、けれど花御には最悪の場合、真人が逃げ切る代わりに留まって貰う事を事前に言っている」

 

「なんだと、貴様ッ」

 

「責めるのはやめてくれ、実際それは起きて欲しくないんだ、君達の勝利と同じ様に、私の勝利には君達の生存が必要不可欠なんだよ」

 

 

 ________半分本心だ。

 

 羂索のこの言葉は半分本心である、時代を百年二百年と進めれば、そこに夏目鮮花はいないだろうし五条悟もとっくに寿命で死んでいる筈だろう。

 

 自分が殺されない(祓われない)限り本当の意味での敗北はない。

 

 だとしても、”この時代において“は、呪霊との共闘無くして勝利条件は果たせない。

 

 全ては夏油傑という羂索にとって条件の整った最高の肉体を手に入れる事ができなかった故に。

 

 だからこそ、まるで精神が1000年前に戻ったかの様に、その原因の発端である夏目鮮花に対して向ける感情だけは嘘偽りない、腹の底から出た怒りに包まれているのだ。

 

 

 ________思考戦でこの私が……読み合いで負けるなんて、本当に久しく無かったよ、こんな事。

 

 

 忘れていた感情が溢れていくのを感じる。

 

 それの名前をもはや羂索は思い出す事はないと思っていたが、あぁ確かに________これは、悔しさだ。

 

「先に謝っておこう漏瑚、今回は私の責任で良い」

 

「……ふん、謝罪は良い。それは真人達が無事に戻ってさえすれば、最早どうでも良い」

 

「そうか」

 

 

 何故こうも対策されたのか、羂索が思い当たる節といえば、やはりあの異常なまでの勘の良さ、そして観察眼だ。

 

 他者を顧みる事のないのに異様な迄に他者を識り読み解くあの眼、六眼といった特殊な眼でも何でもない、ただの天性の贈り物。

 

 天与呪縛と言われた方がまだ納得行く、未来視に近いのではないだろうかと羂索がうんざりしながら思考する。

 

 ……いや、だとしても直前で気付けた可能性はあった。

 

 そもそも夏目鮮花が素直に特級案件の依頼を受諾する所から疑うべきだった、後々の行動に規制が掛かるとしても、夏油傑の残したソレ(・・)を殺しに掛かるべきだったか?

 

 思考は止まらない、だがどれも結局の所答えは出ない。

 

 そして時間だけが過ぎて行き_______予定の時間を少し過ぎたタイミングで、陀艮の作り出した領域内に何者かが入る気配を感じる。

 

 

「おつかれ〜、って、あははっ!頭だけになってんじゃん漏瑚〜!」

 

「真人!無事だったのだな……それに」

 

『互いにボロボロですね、漏瑚』

 

 

 身体の凡そ半分を削られた花御の肩を抱えながら真人は和かに笑みを浮かべる、特級呪霊二人は生存を果たした。

 

 その事実に、羂索は本心からホッとする。一先ずは最悪の出来事は回避出来た、花御も祓われていない。

 

 本当に最悪の場合、真人が祓われ、この時代では二度と計画を進めることが出来ない事が決定される可能性もあったからだ。

 

「お疲れ真人、そしてごめんね二人とも。今回は私のミスだ」

 

「ハハッ珍しぃ〜、本気(マジ)で思ってんじゃん、魂が震えてんぜ?」

 

「いやぁ恥ずかしながら、今回は戦略的撤退とも言えない程にしてやられたからね」

 

『高専の生徒も想定以上でした。まさか生徒の中で領域展開を可能な生徒が居るとは、これも予想外ですか?』

 

「領域だって?まさか伏黒恵?はは、それも予想外……そうか、使えるのか……呪術戦の極地を」

 

 言葉とは違って羂索は予想していなかった訳ではないが、花御の口振から領域の押し合いが出来る程度には洗練されている領域だと推察した。

 

 とするとこのまま成長させ続けたら何れ今は海外にいると聞いている乙骨憂太にも並び得るかもしれない。

 

 面倒事が増えた________顰めっ面を隠そうとせず、苛立ちながら羂索が頭を悩ませた。

 

「おーい、おーい呪詛師〜」

 

「……何かな」

 

 本当に散々だ。

 

 だからこそ、真人の声に頭を上げ、視線の先________真人の手に持っているソレを見て、今までの思考を放棄した。

 

 

「________宿儺の指7本に1〜3の受胎九相図……!まさか、やり遂げたのかい真人」

 

「まぁね!弾けた時に即席で極小サイズの分身を作って扉の中に潜入したのさ、自分自身を作るっていう即席の行動が上手く行ったよ」

 

「ははっ……散々だったけれども、計画は成功したわけだね!」

 

 

 無邪気に少女の姿をした呪詛師は喜んだ。羂索の想定では呪物の回収は失敗したと思っていたからだ、だからこそ生まれた疑問を真人に投げかける。

 

「夏目鮮花には接触したのかい?」

 

「去り際にね、後一歩逃げるの遅かったら危なかったかもなぁ……アイツの術式、魂まで喰らって来た、意味わかんね〜」

 

「そうかそうか……っ、だったら、長距離間での虚数術式を用いた空間移動は、時間の概念が存在している事になる!なら……」

 

「あーあー、今はそういうの良いんじゃない?考えは後にして、とりあえず成功を喜ぼうぜ呪詛師」

 

 

 そう言われて、確かにその通りだと羂索は考えを改める。

 

 ________確かに君に一歩上を行かれたかもしれない。認めるよ、過去1000年を含めても、天元を除けば。

 

 いや天元以上に夏目鮮花、君は()の天敵だ。

 

 だがソレでも真人は計画を遂行してみせた、その事に羂索が”我が子の成長“の様に微笑み、喜ぶ。

 

 

「________でさ、改めて教えてくれない?呼び名、他の呪詛師とも関わる事になって正直呪詛師呼びはなーんか違うんだよね」

 

「おっと……名乗ってなかったかい?」

 

「あれ、名乗ってたっけ……花御〜?」

 

『私は覚えてますよ』

 

「……儂もな」

 

「あ〜〜〜う”〜〜〜」

 

「陀艮も覚えてんの〜?!」

 

 

 ________ククッ。

 

 

 羂索は笑う。

 

 

 全く、らしく(・・・)いこうと言ったのは私だというのに。

 

 いや、違うな?

 

 

 これは________なるほど、そうか。

 

 私がこの肉体を使っているからか、だから肉体が()に干渉するほどに、この手のやり取りにどうしようもなく潜在的な感傷を抱くのか。

 

 何とも面白い。

 

 

「じゃあ改めて自己紹介だ、次は忘れないでよ?真人」

 

 

 その姿形だけを見れば、そこらにいる純粋な女子高生と殆ど変わらない。

 

 ________死んだ筈の星漿体と全く同じ姿形をした額に縫い目をしているその少女、羂索は。

 

 

「私の名前は天内理子、理子ちゃんとでも天内とでも、好きな方を呼んでかまわないぞ?________なんてね」

 

 

 少女らしく笑ってそう言葉にした。

 




感想で言われたけどバレバレでしたね(そりゃあそう)
何事もなければ3日後ぐらいに、なんかあったらまた2、3週間後。
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