虚数の中の君 作:むいてんぺん
______赤い目に、灰色混じりの長髪。
チビな奴が来やがった。
第一印象はそん感じで、その次に「何だこの変な術式」が第二印象。
第三印象は確か、そう。「こいつ弱えな」って思って。
いつの間にか俺の中で俺が思う以上にこいつの存在が広がってた。
初めて会った時に腰まで届くほどに長かった髪は、気づけば肩ほどに揃えるように整えられて。
人形なんじゃねーかって思うぐらいに表情のねー顔は、あの時を境に所々人を小馬鹿にするような、そんで持って何処かここじゃない何処かを見つめている様な表情がデフォになっていて。
ただ変わらねーのは、その身長ぐらいで、見かけ以上に、その身に宿る呪力の質が、量が、そのモノが変容していた。
それを見て、もしこいつの何かが弾けたら、それを止められるのは俺にしか出来ない事なのかもしれないと漠然とした予感がひしひしとこの身に伝わって。
”約束だよ?“
今まで見た事の無かったそいつの初めての
俺を呪縛する、
俺の前に立つ彼女を見据えながら、そう漠然とした過去の情景が脳裏をよぎった。
☆
悟は最強になった。
任務も全て一人でこなす、硝子は元々危険な任務で外に出ることはない。必然的に私も1人になることが増えた。
「夏油くん、夏油君。どうかなコレ」
「……確かに呪霊のようだ、けれど呪霊じゃない。一つ言えることは、夏目が作ったこの生物のようなものは、呪霊操術の対象内にはならないってことだね」
「んーーー、そっか。なら没だね、良い線行ってると思ってたんだけどな」
そう言って自ら生み出した名状しがたい燻んだ黄金色のソレを、消滅させる。
悟は最強になった。
ならば、彼女は_____夏目鮮花は何者になったのだろうか。
ナニカにはなった、だがそれが何なのか、少なくとも私にはよくわかっていない。
私が知らない“あの日”をきっかけに、今まで取ってつけた様な敬語も、仮面のように徹していた表情も、仕草も、何もかもが変容した。
そして何より、その身に宿す呪力の質も、量も、桁違いに膨れ上がった。
私に並ぶ程に、いや。並ぶどころか______或いは。
唯一、あの最強の近くにいるのが、対等に近しい”場所“に立っているのが。
「_____夏油君?」
「ん、ああ。悪い、少し考え事をしていた」
「そっか」
今まで見たことのなかった、僅かな心配と、それ以上の揶揄うような笑み。
その表情はいつぞやにみた、ありし日の“最強”とどこか既視感を感じるような。
「悩み過ぎないようにね」
「どういう意味かな」
「そのまんま、夏油君は、一人で悩みすぎるから。私か、五条君か、硝子ちゃん。夜蛾先生でも、誰でも良いから相談しなよ」
「……そうだね、ありがとう夏目」
その言葉に込められた、単純かつ明快な感情。その言葉だけは、柄にもなく素直に受け入れることができた。
……自分を見失うな。
確かに悟は最強になった、だからといって私がその最強に置いて行かれた、なんて事を思うのはくだらないことだ。
夏目の変容も、確かに最初こそ戸惑ったが、こうして言葉にしてくれるようになってわかりやすくなったじゃないか。
「硝子ちゃん呼んでお昼ご飯にしない?素麺食べようよ、黒帯のやつ」
「そんな時間か……そうだね。そうしよう」
……
…
誰のために?
☆
「夜蛾先生は、魂ってこの世にあると思う?」
「突然だな。それと敬語をつけろ」
教え子の哲学的めいた質問に何と答えるものかと頭を悩ます。
傀儡操術を使う自分にだからこそ、その質問をしているのか。それとも悟や傑にも似たような質問をした後なのだろうか。
星漿体の一件以降、夏目鮮花という人間への人物像が自分でも掴みかねているのを実感する。
少なくとも例の一件以前は、このような質問を私に投げつける事は無かっただろう。それと敬語。
「俺がその質問に答えるとして、君自身はもう既に答えを得ていると思うのだがな」
「それはそれ。先生の“解釈”が聞きたいんだ」
「……結論から言えば、魂はある。呪術的観点から……わかりやすい例を上げるなら、両面宿儺の指などを何らかの形で取り込むとして、飲み込んだ者が以前までの人物である筈がない。呪物に備わったソレに魂が乗り換えられてもおかしくないのだからな」
「でもソレは、魂って言える?魂とは違う、別の何かの可能性は?」
「否定はしないが肯定する材料はない。脳が術式のブラックボックスであるように、それはおそらく我々人間が完全に解明できるモノじゃないからだ」
「ふぅん……なら、夜蛾先生は、傀儡一つ一つに魂が宿っているって考えてるって事?」
「それについては断言しよう。魂は宿る、確実にな」
この回答に夏目が何を得たのかは分からないが、なるほどと云った様子でそれ以降質問が来る事はなかった。
ただ、小さく呟いたその言葉。
「良かった」
「虚数に魂が無くて」
その言葉に少し、引っ掛かったような。
そんな気がしたのを、思い出した。
☆
「めずらし、サボり?一本いる?」
「んー?任務終わり、欲しい」
喫煙スポット兼サボりスポットにしている私のテリトリーに、いつの間にか友人がやってきた。
あのバカどもを友人って言うのはアレだけど、同年代で同じ女のこの子は友人って素直に呼べる。
夏目鮮花は偶に、こうやって私にもらい煙草する常連だ。
「呪術界の上の人ってクソ過ぎるよね、未成年に呪詛師殺しさせる?普通」
「やーい人殺しー」
「ゴミ掃除でしょ、特殊清掃的な」
夏目鮮花は私の友人だ。
ある日をきっかけに、私だけじゃ無く全ての人に、物事に、事象に、まるで以前とは打って変わって違うような反応をしたとしても、それは変わらない。
ゴミ掃除って言っている時の、抑えられてない笑みが溢れていても、私は気付かないフリをしてあげる。
最近になって確信したことがあるとすれば。
無表情だった頃の鮮花よりも、心の奥にある本音がどこに散りばめられたのか、ほんの少しだけわかりづらくなった事ぐらいか。
「でも3日連続だよ?流石にうざったいよね、そんなに小娘に脅されたのを根に持ってるのかな」
「へぇー、脅したって何したのさ」
「身に覚えがあるものと言えば、私の大事なものに触れたら五条君と一緒に呪詛師になっちゃうぞって言った事かな?」
「おーこわ」
でも少し気になる。
鮮花にとっての大事なものって、何だろうか。
素直に聞いてみるとして、素直に教えてくれるだろうか?
「気になる?」
「んー?」
「大事なもの」
顔に出ていたとは思わないんだけど、鮮花がにやにやしながら聞いてきた。そのにやけ面は少し苦手だ。
鮮花の顔だから良いけれど、それでも嫌にあの高身長バカ(白い方)の表情と重なるから。
ほんと、似てきてるというか。似せてきているのか、無意識なのかよくわかんないけれど。
なんか少し、イラッとする。
「教えてーって言ったら教えてくれるの?鮮花はさ」
「硝子ちゃんならいいよ。クズコンビと違って誰にも言わなそうだし」
そりゃその二人に言ったら絶対言いふらすだろうし。
夏目鮮花の大事なもの、その日私は本人に直接教えてもらった。
意外というべきか、そう思っていたんだっていうちょっとした驚きというべきか、まぁでも悪い気はしないかなとも言うべきか。
それが壊れた時、鮮花はどうなってしまうのか。どうなるのか。
そうなった時、私だけでも味方で居続けるようにしよう。
夏目鮮花が私の手を振り払わない限り、私は彼女の手を払うつもりはない。
友人だから、理由はそれぐらい。
それぐらいで十分でしょ、私達はさ。
☆
「久しぶり、お母さん」
二年ぶりに実家に戻ってきた。
理由はまぁ色々あるのだけれど、この辺りでそろそろ「区切り」を付けないといけないって思ったから。
私はもう柵に囚われることはない、だから、その柵を。私に枷を嵌めた、嵌めようとしたこの家に、遅かれ早かれ何かしらの行動はしようと思って、それが偶々今なだけ。
「あはっ、驚いた?でもお母さん、私は最初から______ずっと最初っから、こうだったよ。きっとお母さんの子宮の中にいた頃から、ずっとね」
私が”こう“なる事を恐れて柵を作ったのだとしたら、それはきっと悪手だったのかもね。
……そうでもないのか、精霊に近い特級呪霊と、立て続けにあの筋肉ゴリラみたいな呪術師殺しによる、生と死が廻り回っていた濃厚な三日間が無かったら。
私はまだ
「お母さんに聞きたいのは一つだけ、夏目家の秘宝は何処?他の人にも”お話した“けど、皆知らなかった。お母さんが知っているんでしょ?」
少しだけ、嘘をついた。
本当はもう幾つか聞きたい事がある、くだらないことだけれど、やっぱり私も子供だから、気になってしまうことはある。
お父さんは何で同じ呪術師に殺されたのか、とか。
何であんなにも私の感情を封じて、人形のようにしたのかとか。
貴女は私を産んで良かったのか、とか。
気になることはある。
でもやっぱり、それは聞かないことにした。
「教えなくてもいいよ、虱潰し探せば見つかる。その過程で”何が起きても“、誰も何も気付かない」
「虚数で生まれる呪力に残穢は起きない、この世に存在しない物質が、この世に留まる道理はないよね?」
虚数術式の解釈を真に理解してから、私はこの術式を愛するようになった。私の願いを叶える力、その象徴。
それでもまだ、足りないのなら、それは私自身の呪力、その精密操作。練度の他に。
過去、同じ術式を扱っていた人間が肌身離さず持ち歩いていたという文献に書かれていた、夏目家の秘宝、その呪物。
それが足りないのだろう。
「もう私を縛るものは何も無いよ、選んでお母さん。私に貴女を殺させないで?」
……良かった。
それがどれだけ私にとっての「無」であったとしても、何一つの「愛」が感じられなくても。
自分の肉親を手に掛けたくなんてない。だってそれは、たぶんそれは。
私にとって
☆
「どんな女が
「可愛くて同い年、ドライに見えてそうでもない、煙草吸う感じの未成年?」
「すっっごい具体的!」
初めて会うタイプの人で、あの日以来に、私の全身という全身が「勝てるかどうかわからない」と告げる程の呪力の質に、私は内心で言い様の無い感情を抱いた。
高専の先生にこんな人はいなかった、外部の呪術師なのは確定で。
多分、このお姉さんが私や夏油君、五条君よりも先にその頂に登った人なのだろう。
「改めて……君が夏目鮮花ちゃんかな?」
「そうだよ、九十九さん」
「おっと、知ってたかい?」
「そりゃ勿論、だって九十九さんの任務の皺寄せ、大体夏油君か私に来るし」
少し意地悪く言ってみると、九十九さんはどんよりした空気で「なんかごめん……」って呟いた。
話してみると、事前に思っていた以上に話がしやすい。九十九さんがこっちの会話に合わせてくれているのも理由の一つかもしれない。
噂以上に親しみやすいのは良かった。
「私は原因療法がしたいんだ。呪霊を狩るんじゃなくて。呪霊の生まれない世界を作ろうよってこと」
「人が人である限り、それは不可能だと思う」
「どうかな?全人類から呪力を無くすか、全人類に呪力のコントロールを可能にさせれば、可能だと思わないかな」
それは______と言おうとして。
言葉を失う。
だってそれは確かに、机上の空論染みたものであっても、実現出来るか否かを度外視すると。不可能とは言えなかったからだ。
だけどそれは。
やっぱりそれは。
「呪霊が居ないのはダメだ」
「それはどうして?」
「この
「興味深いね、術師と術師が争い合うと?」
「だってそうでしょう?古来から今に至るまで、人間同士で争い続けて、呪い続けているんだから」
それが私の、九十九由基の問いに対する答え。
この日限りの授業の、私なりの回答例。
「……私とは合わない、でも納得出来なくもない。君と話せて良かった、夏目ちゃん」
「もう行くの?」
「夏油君や五条君とも話したくてね、何処にいるか知らない?」
「んー……夏油君ならさっき_________」
……九十九さんには一つだけ嘘をついた。
嘘をついたというより、もう一つの本音を口に出さなかったというべきだろうか。
善や悪などの指標で動くことを辞めた私にとって、呪霊はこの
呪霊が居なくなれば他でも無い私自身が、呪霊から術師に矛先を変える。きっと私はそうするし、そうなれば誰かが止めてくれない限り止まらない。
……何処かで破綻するとしても、もう少しだけでも良いから、私はまだそうなりたくない。
大事なものがある内は、そうありたい。
☆
「夏目、お前だけ?」
「珍し…帰って来てたんだ」
心底驚いたような表情で俺を見てくるこいつ、クソうぜえ。ちょっと無下限で悪戯してやろうと思ったら、それを予想していたのか周りに虚数で作った極薄のバリアを展開しやがった。
壊そうと思えばぶっ壊せるけど……まぁいいや。少し疲れたし。
「最近、二人には会ってる?」
「二ヶ月前に飯食い行ったろ、忘れまちたかー?」
「ぜーんぜん会ってないじゃん、もしかして忘れられちゃった?かわいそ、あはっ」
「……お前久々にボコしてやろーか?」
「簡単に出来ると思うならどーぞ、そのサングラスの修理費ぐらい出してあげるよ」
……っはああ。
コイツ、いつからこんなになりやがった?
まぁ時期は分かってる、俺が反転術式で全回復するより先にやり合ってたのは、この六眼で捉えてた。
夏目鮮花の「虚数術式」、呪力の核心に至ったあいつの術式の解釈を、俺の目は見た。
負けることはぜってー無いだろうけどめんどくさいのは確かだろうな、少なくとも日頃のクソ緩い任務よりは確実に面倒くさい。
あーやだやだ、俺が大人にならねーといけねーのかなー……ッ!
「任務減らしなよ」
「余計なお世話だっつーの」
「あはっ、勘違いした?五条君の心配なんてするわけ無いでしょ」
「喧嘩だな?喧嘩だよな?マジで容赦しねえぞ夏目」
「顔が良くてもこの性格だからほんと最悪だよね」
よしキレた。マジで泣かす。こいつなら大した加減も要らねえし、何なら赫ぐらい使っても良いだろ、良いよな?よし決めた。
「グラウンド出ろよ、泣かして土下座して謝らさせてやる」
「あはっ……まぁいいや、丁度
結論だけ言えばその日は、マジでキレた夜蛾先生が途中から乱入して来て俺も夏目も連帯責任、反省文30枚。泣ける。
分かっていても虚数術式の厄介さは想像以上だったが、だからと言ってあいつに無下限を突破させる事はさせなかったしまぁ俺の勝ちだろ。
ちょっと内心焦ったのは、あいついつの間にあんな体術出来るようになってたんだって所、前まではフィジカル勝負したらクソ弱かったくせに。
まぁでもこれは絶対言わねえけど、まぁまぁ本気でやり合えるのなんてあいつと傑ぐらいだから、楽しめたってのは事実。
……つーかあいつ。
俺に結局何が言いたかったんだ?
___________あぁ、今でもふと、この日の記憶が過ぎる
もっとちゃんと、夏目の言葉を聞いておけば良かったって。
そうすれば、別の未来もあったんじゃないかって。
☆
「ごめんね」
物言わぬ死体に、私は小さく呟いた。
七海君の証言曰く、なんて事ない二級呪霊の討伐、だというのに、一級相当の呪霊と遭遇。
産土神信仰が本当なら土地神、一級の中でも上澄みの呪霊。七海君と灰原君じゃあ、手に負える呪霊じゃない。
私がもう少し早ければ死ぬ事は無かったかもしれない。少なくとも死なせる事は無かったかもしれない。
私に出来る事は、死の間際の灰原君の言葉を聞いてあげる事ぐらいしか、それぐらいしか出来なかった。
「十中八九、
確信がある、最近の任務の振り分けが露骨に物語ってる。五条君を筆頭に、夏油君や私を遠ざける様に遠くへ飛ばしているのは分かってる。
枷が、柵が。縛るものが、それらが形となって見え始める。
それは捨てたろ、捨てたんだ。私はもうそんなものに縛られない。
縛られるぐらいなら、柵に囚われるぐらいなら。
「______やめた」
思考を変える。
一番落ち込んでいるのは私じゃない。
……七海君、辞めちゃうかなあ。
辞めて欲しいのか、欲しくないのか。自分でもわからなくなってきた。
☆
______呪いの絶えない声が続く。
何故、どうして、辞めて。混沌と化して阿鼻叫喚が奏でられるこの空間に、だけども私の心には虚しく響かない。
兎にも角にも、彼は自分の中で「答え」を見つけたのだ。
見つけてしまった、それだけなんだ。
「派手にやったね」
「……どうして、ここにいるんだ」
双子の子供を連れている夏油君は、即座に臨戦態勢を整え始める。
私は手を両手にひらひらとあげて、好戦の意思がない事を伝えると、少しだけ夏油君の構えが緩くなった。
「……笑うかい?」
「ううん。気持ちは分かるから」
「
「そうかもね」
気付いてたよ、ずっと前から。
知っていて私はその変異を見逃した。だってその方が、夏油君は苦しまないから。
それは善じゃないだろうし、じゃあ悪なのかは、人によるだろうけれど。
私の言葉では止まらないのは分かっていたから、五条君が―
でも五条君は夏油君の優しさに無自覚に甘えていたから、いつまでもお互いが真剣に話す事をしないまま、こんなふうに決壊した。
でもだからって、五条君が悪い訳じゃない。それは絶対に違う。
私らしく言うなら、運が悪かった。悪い日がずっと続いて、幸運が来る前に壊れてしまった。
ただ、それだけの話だ。
「私は、この子達を保護して自分の気持ちに正直になろうと思う。止めるかい?」
「止めないよ」
「……そうか、そうだろうね。夏目は……そう言うと思っていた」
私を見て、怯えるように見つめてくる四つの視線。
この子たちの視線に合わせて、手のひらに呪いを込める。
私の術式が、虚数が形を成していく。この世に存在しない花の形を浮かび上がらせれば、怯えていた目の中に、喜びと好奇心が混じったのを確認した。
「私も手伝ってあげようか」
「それはだめだ。夏目には理由がない」
「理由なんて幾らでも、呪霊の数程作れるよ」
「それでもだめだ。夏目が背負うものじゃない」
「夏油君だけが背負うものでもないよ」
その言葉を聞いて、夏油君が何処となく嬉しそうな表情を一瞬だけ見せたのを、私は見過ごさなかった。
それを言うのが私でも、夏油君にとってはほんの少しでも心が軽くなる言葉だったのだろうか。
それでも止めることは出来ないと断定出来るほど確信しているのは、こうなってしまったからか。或いは私じゃない、彼にとってたった一人の
その答えは私には分からない。
「気持ちだけは、受け取っておこう。夏目はまだ、帰る場所があるだろう?」
「……どうだろうね。でもそこに夏油君がいないのは、寂しくなるな」
「だが、私はこれから為す事を、自分の手で止めるつもりはない。答えは______もう決めた」
「そっか」
正直に言うと。
私は酷く迷っていた、夏油君ほど非術師が嫌いな訳でもない、けれど夏油君のやろうとする事の先にある未来に、私がやりたい事があると思ったのも確かだった。
呪霊の無い世界を作りたい訳じゃ無い、その過程で生まれる、呪術界の“改革”。
術師と術師の争い、私はそれに着目した。
「何年後かにまた、この続きを話そう。だからそれまで道半ばで死なないようにね」
「そうだね______ああ、それが良い」
私は答えを保留した、はっきりいうと夏油君の行いに予想はしていても動揺していたのかもしれない。
はっきりとした気持ちをこの場で伝えることが出来なかったし、何より。
「夏油君」
「……なんだい?」
「またね」
「……ああ、また」
さよならは言わない、それが彼と私の別れの言葉だった。
記録2007年9月
■■県■■市(旧■■村)
任務概要
村落村での神隠し、変死。その原因と思われる呪霊の排除。
・担当者(高専3年、夏油傑)派遣から5日後、旧■■村の住民112名の死亡が確認される。
・全て呪霊による被害かと思われたが、残穢から夏油傑の呪霊操術と断定。
・夏油傑は逃走、呪術規定9条に基づき呪詛師として死刑対象となる。
☆
「_________は?」
いつものサングラスも忘れて、五条悟は夏目鮮花のその言葉に唖然とした。
「だからさ、殺しちゃった。上にいる老害共、あの席にいる奴ら全員、虚数の海の中に消して、もう二度と
「何……やってんだ夏目、自分が何したのか分かってんのか」
「私の術式が残穢を残さないのは知ってるよね。だから私がやったって気付かれないだろうけど、五条君には教えとかないとなって」
「そうじゃねえ……!お前、自分の行動の結果がどうなるのか解ってんのかって聞いてんだよ!」
「うん、分かってるよ」
「うん、じゃねえよ!幾ら殺したって意味無い事ぐらい、分かってんだろ!」
「違う。意義も大義も無くても、意味ならある」
「あぁ?!何処がだよ!」
「私の心の濁りが、少しだけでも祓われる」
その表情は、心の底から安心する様な、まるで自らの赤子に微笑む様なその表情は、五条悟が言葉を失うには十分過ぎて。
ただ、そのお陰というべきか、五条はほんの少しだけ冷静に頭が回る様になった。
「……俺以外に言ってねえなら、揉み消せる。無かったことに出来る、夏目がやった事はバカだが、一先ずはそうする。良いな?」
「あはっ……ねえ五条君。その言葉の意味をちゃんと解って言っている?」
「分かってる、分かってるからムカついてんだよ……!お前も、傑も!」
「それなら、私を庇う様な言葉はダメじゃない?」
「約束だろーが、俺がお前を止めるって、そう言っただろ。あの時」
五条悟の、嘘偽りない心の底から出た
その言葉の中に込められた感情に名を付けるとするならば。それこそが夏目鮮花と言う“虚数の中の存在”と、“最強に成った”五条悟との、お互いが結び、お互いを縛る。
“呪い”と言うものなのかもしれない。
「______共犯者だね、
そう言って“笑う”夏目鮮花。だが五条悟の透き通る蒼色の瞳は確かに、その体が僅かに震えていたのを見過ごさなかった。
人形のように無感情だった者はもうそこにはいない、心に虚無を、凪を飼っていたとしても、彼女は誰よりも“自由”であろうとするからこそ、その奥底に芽生えた“本音”を完全に無視する事は出来ない。
そのあり方が五条悟には歪に見えて。
夏目鮮花にとって“今の”五条悟こそが歪に見えているのか、それは彼らにしか分からない事だ。
ただ一つ、五条悟にとって確かな事は。
「……共犯者だっていうなら、俺の______僕の手伝いをしろ」
「それは私に対する“柵”?」
「違えよ……四人しかいないうちの、その中の一人の同級生への頼み事だ」
「私は五条君の隣に立たないよ」
「立たせねえよ、後にも先にも……
____________ああ、良かった。
そういう事なら、私は答えられる。答えたい想いのまま、口に出せる。
私の大事なものは少しだけ欠けてしまった。欠けたものの代わりは無い。どれだけの鏖殺を幾度と繰り返しても欠けたそれは元通りにならない。
だけどまだ、完全に壊れていないなら。
夏油君の言う通り、
「なら______いいよ、手伝ってあげる」
夏油傑や、五条悟が“そう”した様に夏目鮮花はこの日、不安定で不定形、自らの術式の様にここにあってここにない、だけども確かにそこにある自分の生き方を定めた。
定めたそれが離解するまでは、そうする事に定めることが出来た。
☆
記録______2016年11月東京。
同級生による執拗な嫌がらせが原因となり、首謀者含む4名の男子生徒が重症を負う。
特級被呪者及び特級過呪怨霊______呪いの女王と、後の現代の異能との邂逅が為されようとしていた。
と言ったが次は2007年〜2016年での話を書くからまだ0巻内容突入しないですけどね。