虚数の中の君   作:むいてんぺん

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星霜-順-

 

 

 呪術師は基本的には1級〜4級までの等級が設けられているが、特級は「単独での国家転覆が可能である事」が条件とされ、呪術師としては枠外の等級である。

 

 五条悟は言わずもがな、夏油傑も呪霊という半永久的な軍隊を指揮する事が可能だ。

 

 総督部に九十九由基の術式は載っていないが、特級が与えられているという事実は変わらない。その実力は疑うまでも無いだろう。

 

 

 では、五条悟より後に、夏油傑に特級が与えられるよりも少し早く特級が与えられた彼等と区分を同じにする、現代の異能。

 

 夏目鮮花はどの様にして「単独での国家転覆が可能である」条件を満たしたのか。

 

 

 虚数術式、呪術全盛の時代から確かに存在していた術式。名を変え形を変えてきた一族のその相伝。

 

 

 特異性の高い術式による、驚くべき程の情報の少なさ。

 

 それは現代の虚数の中の君(夏目鮮花)を除き、虚数術式の使い手は術式に対する「解釈」が不完全であった事が原因か。

 

 

 覚醒を得た虚数術式の使い手を、1000年以上の月日を”生きている”彼______或いは彼女は、しかし一度もこの目で観測した事はなかった。

 

 

「________何とも、厄介だね」

 

 

 額に縫い目のある”女“は、独り言の様にそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2008年、秋。

 

 

 

 その秋の日は、季節外れの寒い日で、珍しく”たった一人“を除いて、高専の教室に彼らが集まっていた日であった。

 

 

「______高専(ここ)卒業したら教師になる?」

 

「俺……じゃなくて僕が一人強くても意味が無い、だったら将来有望な術師を他でもない僕の手で育てればいい。案外悪くない考えでしょ」

 

「いや、いやいや。五条君が教師とか、生徒の気持ちも考えなよ」

 

「それねー、最悪過ぎて笑える」

 

 

 ______落ち着け、落ち着け俺。今ここでこいつらにキレたらそれこそ思う壺だ……!

 

 

 にやにやと笑う家入(ヤニカス)夏目(イカレバカ)に五条は握り拳を作りながらも既のところで堪える事に成功した。

 

 

「五条は他人に教えるの向いてないでしょ」

 

「はぁ〜?くそみてえな反転術式の説明してた硝子がそれ言えねーだろ」

 

「アレで伝わらないお前()がセンスねー、鮮花もそう思うでしょ?」

 

「あはっ、まあでも良いんじゃない?教師、五条君にしては考えた方法だと思うよ」

 

 

 こいつ露骨に話戻しやがった、五条は一言言ってやりたがったが、こっちの方が都合がいいかと思い直して止めた。

 

 家入硝子は感覚派。五条悟と夏目鮮花の数少ない共通認識だった。

 

 

「僕がなるからには夏目にもなってもらうよ」

 

「えー?私はー?」

 

「医者じゃね?反転術式のアウトプット出来んの硝子だけだし」

 

 

 高専(ここ)の教師ね……。

 

 夏目は思考する、五条が教師になるのはいい、というかこの最強がどう思って何をするのかに異議を唱える事は今後も(・・・)無いだろうし、好きにやってもらってどうぞといった感じだ。

 

 手伝うと言った以上は手伝う事はする、けれども自分が他人に何かを教える職に就く事に、思うことはあった。

 

 

 他人に救われる準備のある人も救えない自分に、果たしてそれが続けられるだろうか。

 

 

「私の分の教員免許も用意しといてね」

 

「それぐらい自分で出来るだろ」

 

「ふーん、五条君じゃ出来ないんだ」

 

 

「誰に物言ってんだよ、僕______最強(御三家)だよ?」

 

 

 裏ルートから教師免許取る気満々過ぎるこいつ。

 

 

 夏目と家入は改めて五条悟(白髪バカ)のクズっぷりを実感した。

 

 

 

「ていうか何その一人称、似合わねー」

 

「中身がガキのまんまなんだから意味無いよ五条君」

 

 

「お前らこの後屋上決定。まじでボコボコにする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2009年、一月。

 

 

 

「寂しくなるね」

 

「すいません」

 

 そう言って一つ上の代の“先輩”は言葉のままに、寂しそうに笑った。

 

 胸にちくりとした棘が刺さるのを感じたが、だからといってこの決断を取り下げるには、七海建人()は多くの醜いモノを体験し過ぎてしまった。

 

 高専で学び気づいたことは、呪術師はクソということ。

 

 仮に離反したのが、性格に難はあっても”あっち“と違って多少なりとも尊敬していた先輩(夏油)ではなく。

 

 目の前に立つ、赤い目をした彼女であったなら。

 

 呪術界はより混沌と化していた事は間違いない。

 

 そういう点では、やはり離反してもなお私にとって“あの人“は尊敬していた人だったのだと実感する。

 

 非術師をこの世から無くすという目的があるのは聞いた、それに理解はできないし、共感もしないが。

 

 目的があるというだけ、まだマシだと考えてしまう。

 

 

 ____________これは予想ですが。

 

 

 夏目先輩は己の快・不快のみを生きる指針にする事が出来る人間だ。

 

 一度、その片鱗を見た事がある。

 

 そうしていない理由はただ単純に、そうする理由が無いから、ただこの人は特に理由が無くともそう”成れる“人だろう。

 

 あの任務以降、決定的な何かがこの人から欠如したのは自分にも分かる程だった。

 

 初任務の時に、確かに自分の目で見た夏目鮮花の表情(笑み)を、少なくとも自分はそれ以降見たことはない。

 

 

「困ったら頼りなよ、七海君は私の後輩なんだから」

 

「そうならない様努めますが、確かに五条さんに頼るよりはマシですね」

 

「それはそう、よく分かってるじゃん」

 

 

 別れの言葉は、辞めておいた。

 

 

 

 何となく自分でも分かっていたのかもしれない。

 

 数年後、どんな理由にせよ______一度呪いに触れたこの身は、この世界(・・)に戻ってくるのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2009年、9月。

 

 

 紹介したい子がいると聞いて、ちゃちゃっと任務を終わらせて言われた住所に来てみれば。

 

 

「ね、ソックリでしょ」

 

「ほんとにね、じゃあその子が?」

 

「そっ、伏黒恵くんでーす!」

 

 

 僅かな敵意と、懐疑心に警戒心。まぁ胡散臭い奴からの紹介で、ソレと同じ年の見知らぬ人間が目の前に現れたら、そういう反応になるか。

 

 

 あの天与の暴君に息子がいる事は、五条君から聞いてはいていたが、まさか本当にいるとは。自分の目で見るまでは半信半疑だった。

 

 あれが人を愛すのか、一体何があればそこに収まるというのか。

 

 将来的に筋肉ゴリラになるのかな、いやアレは例外中の例外か。後にも先にも呪力を完全に逸脱した肉体を持つ同じ人間か疑う程の者は。

 

 

「じゃ、よろしくね」

 

「何を?」

 

「夏目は僕よりは暇でしょ?」

 

「五条君が暇な時は私が忙しい事、忘れてるのかな。その年で物忘れは一度医者に診てもらうべきだと思うよ」

 

「は?」

 

「あはっ」

 

 

 五条君は今にも暴れそうな目で睨むけれど、いざ半分本気で呪い合う事は無くなった、せいぜい鬼ごっこが始まるぐらいだ。

 

 五条悟(最強)成長(・・)にまた少し、本当に少しだけ、寂しい感情になる。

 

「……アンタら、漫才なら他所でやれよ」

 

「ふふん?意外と生意気な子?五条君には良いけど私には敬語使おうね」

 

「いやいや、全く逆でしょ。冗談上手いね夏目は」

 

 

 何言ってるのかなこのアホサングラス、常識を何処かに置いてしまったのか。

 

 

「ま、いいよ。十種(とくさ)なんでしょ?恵くんの術式」

 

「せいかーい、良くわかったね」

 

「まぁ……勘?」

 

 

 これから大変だろうな、と他人事のように思った。実際他人事なのだから、間違っては無いんだけど。

 

 禪院家の相伝、その中でも特に優れた十種影法術。御三家の中でも特に有名な術式、知識としては知っているけれど、実際の所どれ程の術式なのだろうか。

 

 この子は五条君に並ぶ程の(呪い)を持つ事が出来るかな?

 

 

「早速やってみよっか恵くん______呪いについて、授業をしよう」

 

 

 頑張ってね、恵くん。

 

 最強(五条悟)に置いていかれない様に、強くなる「手伝い」はしてあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2009年、12月。

 

 

 秋田県某所、如何にも呪霊が発生するだろう廃墟に、帳を下ろして、呪術師としての仕事を始める。

 

 呪いを祓う、何度も繰り返した呪い合い。

 

「不完全、けれどもこの廃墟自体が生得領域、呪霊に心があるというのも何とも滑稽な話だけれど______確かに特級案件(私向けの)だ」

 

 

 私の心の濁りを祓う為だけの行いは、けれどもほんの少しだけではあるけれど、アイツ(老害)らにとって痛い薬になってくれたのだろうか。

 

 あはっ、そんな訳無いか。変化を認めない凝り固まったあの烏合が、私一人の行動だけで変わるというのなら、夏油君はああならなかった。

 

 

「精霊の類の呪霊、呪物を取り込み呪いを急激に肥大化させた呪霊、信仰が呪いに反転した荒御魂の呪霊。人の心から生まれた特級仮想怨霊と呼ばれるソレ」

 

「これで5体目、お前はどの類の呪いなのかな_____呪霊」

 

 

 私の言葉が終わると同時に生得領域が変化する。

 

 積み重なる様な動物の、或いは人体の骨、がしゃがしゃと音を立ててい得が形成されていく、戦場の跡地の様なそれは、餓者髑髏と言うに相応しい。

 

 術式を付与した生得領域を、呪力で具現化する行為、呪術戦の極致。

 

 

「運が無かったね呪霊、もう一年も在ればそこそこ厄介な類の特級に成れただろうに」

 

 

 虚数術式に限る話じゃないけれども、領域展開後の焼き切れた術式は私の明確な弱点だ。

 

 術式頼りの呪力こそ、私が最も得意とする舞台。

 

 虚数を行使する時の私の呪力コントロールは、六眼を持つ五条君に勝るとも劣らないと思っている。

 

 純粋な呪力量は五条君よりも上の筈だ。とはいっても五条君に呪力切れは無くても、私には有る。

 

 私の底が何処から何処までなのかを知っているのは、この現代に一人だけだが。

 

 その反面純粋なフィジカルは天与の暴君という例外や現代最強と成った術師と比べると劣る。

 

 やや癪だけれども私には五条君ほど体術のセンスはない、性別的な観点は術師にとって影響がないのは知っている。

 

 なら単純な肉体の強度が違うのか、その理由について幾つか考察できる事はあるが、それはさておき。

 

 

 虚数術式の明確な強みの一つは、自らの呪力が底を尽きない限り魂すらも“そこにあってそこにない”事象(虚数)へと成る事が出来ること。

 

 私の心臓の反対、肺に位置する所に存在する夏目家の秘宝。その呪力の外骨格により実質的な死を回避する方法を、私は可能にすることが出来た。

 

 五条君ほどの規格外を除けば、私は領域を展開しなくとも強い。

 

 尤も領域の押し合いに自信がないのかと問われれば、鼻で笑ってしまいそうになるほどの愚問だと答えるが。

 

 

「あはっ……試してみる?どっちが強いか」

 

 

 手印________両の指先を揃え、掌中に空間をもたせて合わせる。

 

 私を含めて四人しか知らない事だけれど。

 

 

 私はあの中で誰よりも早くこの極地に至っている(領域展開を可能にした)

 

 

「領域展開______」

 

 

 

 私の深層風景。術式を付与した生得領域が特級呪霊の生得領域を覆い隠し破壊していくのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2010年、春

 

 

 呪術高専東京校を卒業した。

 

 卒業したからといって、呪術師としてやる事は変わらない。けれども青い青春の時代は、遷ろうように過ぎ去る。

 

 高専での私の喜怒哀楽その全ては。

 

 きっと恐らくここで過ごした青春に勝る事は無いのかもしれない、そうであってほしいとすら願う。

 

 五条悟が、日に日に大人になっていく様に、私もまたそれに近付いているのだろうか。あの性格(クズ)のまま成長していく事を大人になっていくと言って良いのか微妙だけど。

 

 一人の時の五条悟が、自らに正直になった夏油傑が自由な様に。

 

 柵の無い私もまた自由。そう在れと他者ではなく自分で決める、そういう生き方をあの日から、これからも続けるのは確かだ。

 

 だから私はまだ“大人”になるのに時間がかかるのかもしれない。

 

 

 とはいえ、一先ず。

 

 

 私は隣で煙草を吸っている私と同じ卒業生に、前々から言おうと思っていた事を切り出した。

 

「ねえ硝子ちゃん、提案があるんだけど」

 

「んー?」

 

「一緒に住まない?」

 

「おっけー」

 

 

 そんな軽いノリ、二つ返事で了承してくれたことに私はそんなに驚かなかった。

 

 夏目鮮花と家入硝子の関係性は、これぐらいの気安さが丁度良いのかもしれない。

 

 少なくとも私は、そう思っている。

 

 

「で、何処住む?タワマン?」

 

「でっかいの丸々買おうよ、お金は私が一括で払うから」

 

「さっすが特級術師〜」

 

 

 ____________結論から言うと、私は直ぐに高専の教師になる事はしなかった。

 

 秘匿された空間な以上、高専の教師が正式な教員免許が必要であるか否かはそれ程定かじゃない。

 

 だから五条君は卒業して直ぐ、教師としての道を歩もうとしているし、私もそれに続いてやっても良かったけれど。

 

 私に人を教える職が出来るのか。未だにその答えを得ていない。

 

 五条君から直接言われた頼み事は手伝うつもりだ。現に恵君には少なくとも月に一回、時間の余裕が有る日に呪力のコントロールや戦闘の教えを叩き込んでいる。

 

 つい先日、三級程度の呪霊なら祓えるだろと小学生の彼を連れていった。結果はまあ、そこまで望ましい結果にはならなかったのが残念だったけれど。

 

 今の私が自分の意思で“そこ”に収まろうとは思わなかった。

 

 そのことを察しているのかいないのか、五条君は言葉以上の行動を私に取らない。

 

 

「五条君は任務でどっか行ったけど、二人で卒業パーティーでもする?」

 

「人の金で焼肉食べたい」

 

「そう言えば夜蛾先生に卒業祝い貰ってないね」

 

「そうじゃん、一番高い店に連れてってもらお」

 

 

 _______隣で笑い合っているこの子には、どれだけ私の心の底の本音が分かっているんだろう。

 

 そこに何となく触れたくなって、硝子ちゃんから貰った最後の一本を灰皿に捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2011年、9月。

 

 

「分かりきった事を聞くが、返答は?」

 

「100%お断り、二度は無いよ。私は五条君より“気が早い”から」

 

 

 御三家の中の一つ、禪院家。その本山。

 

 才能と力を尊ぶ統制された戦闘一族と言っているが、ならず者と何処が変わらないと言うのだろうか。

 

 そんな烏合の術師と、私が番えと?

 

 つくづくふざけている。前以て五条君が私に制止の言葉を言っていなかったら、この会を設けた禪院の呪術師を衝動に任せて殺していた。

 

 尤も殺していないだけで、制裁はしたが。

 

 この場所ははっきり言って不快でしかない。私が嫌う類の呪術師(・・・)しかいない、正直に言えば今直ぐにでも全部壊したいと思うぐらいに。

 

 こんなものは私の世界(呪い)にはいらない。何よりも不快なのが、愛も情も何もかもがない私の実家(夏目家)に似ている所。

 

 本当に、めちゃくちゃに壊して(呪って)やりたい。

 

 

やるか(呪い合うか)?当主として抵抗はさせて貰うぞ、特級呪術師」

 

「当主は”まだ“マシらしいし、良いよ。残す意味も出来た」

 

「ふむ……?甚爾の息子か」

 

「賢い人だね、年の功ってことなのかな」

 

 

 禪院家26代目当主の禪院直毘人、五条君を除けば、最速の呪術師らしいこのおじいさんは成る程、当主たる視野と思考を携えているらしく。

 

 私の逆鱗、行動の指針を短時間の会話である程度察する事が出来ていた。

 

 

「時に特級、双子の姉妹を養子にするつもりは無いか?」

 

「あはっ、何それ。どんな子?教えてよ」

 

「弱い、緩い。しかし向上心はある、禪院で無いなら“そこそこ”の術師になっただろうよ」

 

「へえ。まぁ______高専に来るなら育ててあげるよ、五条君とね」

 

「フッ、五条の坊め、教師になったと言うのは真の事だったとは」

 

 

 全く油断も隙もない狸のような人だ、間違いなく今のはこの家の問題を私に押し付けようとしていた。

 

 このおじいさんと話すのは悪くないけれど、この敷地の空気をこれ以上吸う気にならない。

 

 話は終わり、もしまたこの場所に私が来るとするならそれは、当主が恵君に成り変わった何十年後かの未来か。

 

 自らの分別を弁える事すら出来ない術師が、他でもない私に“柵”を作ろうとした時だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2012年、2月。

 

 

 

 京都某所。

 

 日差しの強い日に、なんて事ない任務、ちょっとした頭痛に昨日少し飲み過ぎたな、なんていう日。

 

 そんな日に突然「あ、これ私死んだかも」って事が起きるのは、呪術師をやっていて、珍しいことじゃない。

 

 たまたまその日が私じゃないだけで、この日が私の番だったってだけ。そんな風に冷静に物事を捉えられるくらいには、広がる痛みと引き換えに私の脳は冷静だった。

 

 一応これでも準1級呪術師としての実力はあるつもりだったのだけれど。ちょっと、なんて話にならないぐらい、私の術式と呪霊の相性が悪かった。

 

 まあだからって簡単に死んでやるつもり無いし、そもそも勝負はここから?死んでも祓ってやる、やってやる。

 

 そうやって自分を鼓舞して体に呪力を巡らせると―刹那。

 

 

 圧倒的な黒い質量が流星の様に呪霊の頭上に飛来して、霧散。

 

 

「助けにきたよー、歌姫先輩」

 

 

 ____________泣いてる?

 

 

「泣いてねえよ!ごじょ……、って、貴女は確か」

 

「初めまして、自己紹介は……要らないか」

 

 

 既視感。

 

 

 それは確か、呪霊が居る古い屋敷のような建物に入って、気付けば2日も経っていたらしいあの時の、五条悟の姿。

 

 姿形も、性別すらも違うというのに何処か人を小馬鹿にする様な笑み―その雰囲気が、過去の記憶の中で出会ったかの様な、そんな既視感。

 

 学生時代、終ぞ出会うことの無かった東京の後輩の、四人目のその人物。

 

 いつかに硝子が「強いていうなら、まぁー……親友?」と少し照れ臭そうな顔をしながらその子について教えてくれた事を思い出す。

 

 ここではない何処かを見ている様な赤い目、身長は低いのに、何故か見下ろされてる様な視線。

 

 特級呪術師、夏目鮮花がそこに立っていた。

 

 

 それと同じ様に、先程確かにこの後輩が生み出した黒い質量に押し潰された筈の呪霊も、立ちあがろうとしているのも。

 

「って、後ろ!」

 

「ん……?へえ、頑丈じゃん」

 

 

 呪霊が再生していく、この呪霊は一部分を祓っても祓っても再生する、反転術式とはまた違う呪霊の特性。

 

 こちらの攻撃が決定打にならない、だから長期戦になっていき、保有していた呪力に底が見えて焦っていた。

 

 私も加勢しようとして、その様子を横目で見ていたその子は手で制した。

 

「そこで見てて、歌姫先輩。結構限界でしょ?」

 

「……っ、まあ、否定はしないわよ」

 

 夏目鮮花が“目には見えないけど、確かに呪力”のそれを呪霊に向ける、抵抗を許さないまま呪霊が細切れになる、再生する。

 

 大地が“今まで見たことのない形“に変形し拘束された呪霊に、いつの間にか持っていた“黒い質量のある剣“を投げ、呪霊の中心部が祓われる、再生する。

 

 

「再生能力、大方自然の概念が呪霊と化した。見たところ一級の上澄み、そんな所?正のエネルギーを直接与えるか、呪力切れが起きるまでほぼ無敵。強いじゃん」

 

「まあけれど、種が判ればもうお終い。私の虚数は等しく祓う」

 

 

 彼女は笑っていた。

 

 心の底から楽しそうに、呪霊を祓っていく。その姿は本来なら頼もしいと感じないといけないのに、私の心にはただただ、純粋な一つの感情。

 

 ______恐怖、その感情が、大きく膨れ上がっていく。

 

 

「虚飾・(そら)

 

 

 静かにそう口にした瞬間、呪霊を中心に空間が歪んでいく。白いキャンバスの中心だけポッカリと穴を開ける様に、空間が“ナニカ”に支配される。

 

 そのナニカが音もなく、色もなく、ただ「最初からそう」であったかのように、数秒にも満たない僅かな時間で、けれどもじっくりと念入りに、確実に。

 

 呪霊が消えていく(祓われる)

 

 やがて全てが終わる頃には、その呪霊は最初から居なかったのだ、と言われても納得してしまう程に痕跡すらも残さずにこの世から消し去った。

 

 

 ___________これが、彼女の力(虚数術式)

 

 

 一体全体、術式をどう解釈をすればこんな芸当が可能なのだろう。私が今見た事は、これは本当にあった事なのか?

 

 五条とは別の意味で圧倒的、不定形で不明確、確実なのは呪術師としての“ナニカ”が遥かに違う。

 

 今漸く実感した。彼女は紛う事なき特級呪術師だ。

 

 

「______あっ……!助けてくれてありがとう、夏目ちゃん」

 

「どういたしまして、歌姫先輩」

 

「うん、ええっと……」

 

「そうだ、お昼食べた?」

 

「え?いや、食べてないけど」

 

 ……ていうか敬語つけろや。なんて言ってもこういうタイプは絶対つけない、長年の感覚がそう告げてる。

 

「じゃあ、歌姫先輩の奢りで」

 

「え、はっ?ちょ、勝手に……!」

 

「ダメなの?」

 

「〜〜〜……ッ!い、良いけど……?!」

 

 

 こ、この女〜〜〜!確かに上目遣いはかわいい、かわいいけど……っ!私の奢りが決定したのを素直に喜んでる顔も良いけど……!良いけど〜〜〜……っ!

 

 

 

 ______庵歌姫()夏目鮮花(彼女)との初邂逅は、こんな感じ。

 

 いつの間にか彼女に対して抱いた恐怖は、後にも先にもあの瞬間だけ。

 

 何で“そう”思ったのかすら、もうよく覚えていない。

 

 正直、あまり思い出したくもない。

 

 自分の後輩に、身の毛もよだつ程の恐怖を感じてしまった、なんて。

 

 先輩として立つ瀬がないでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2012年、ある日の夜。

 

 

「ただいま」

 

「おかえりー」

 

 

 その日は珍しく、ここ一年で一番楽な日だった。

 

 正直私が出る程でもない呪霊を祓って、そのままお菓子の詰め合わせを持って恵君と、そのお姉ちゃんをしている津美紀ちゃんに振舞って。

 

 恵君に授業、今回は調伏をテーマに教えた。何が起きても私がいる以上まぁ何とかなると思って結構無茶をさせたけれど、実際何とかなったからよし。

 

 授業終わりには結構本気の殺意篭ってる目で見てきたけど、頭を撫でて頑張ったねってよしよしすれば宥められる事を最近知った。

 

 それ以外に特筆するような出来事も無く。

 

 私と硝子ちゃんが住んでいる、殆ど私のお金で買い取ったタワマンの2階の一番広い部屋に帰ってきた。

 

 最初は最上階に住んでたけど、私も硝子ちゃんも飽きるの早かったな。

 

 

「そーいえば、医師免許取ってきたよ」

 

「ほんと?おめでとう……え、2年で?」

 

「そ、2年で」

 

 

 なるほど、ズルしたな?硝子ちゃんらしいっちゃらしい。私もそうだけれど、まともに資格とか免許とか取る気無さすぎでしょ。

 

 まあでも、そっか。

 

「今年から?」

 

「正式には来年?あーやだなー、忙しくなるんだろうなあー」

 

「寂しくなっちゃう?」

 

「私が?まっさかー」

 

 

 ソファーに座ってる私に、硝子ちゃんが後ろから抱きついて来た。一緒に住み始めてから、たまにこうしてされるがまま抱きつかれてる。

 

 私と同じ匂いがする。それもそうだ、使ってる入浴剤同じだし。

 

「鮮花はどーすんの、やるの?教師」

 

「ああ、うん。そうだね、そろそろ決めないとね」

 

「嫌なら私から五条に言ってあげようか?あいつ、鮮花には強く言えても、私には強く言えないだろ」

 

「べつにいーよ、嫌って訳じゃないし」

 

 

 そう、嫌ではない。

 

 恵君に何かを教えている時、こういうのも案外悪くないなと思い始めた。私の言葉で、教えで、日に日に成長を感じるのを見届けるのは、悪くない気分だ。

 

 だってそれは、裏を返せば私のやっている事は「間違いじゃない」という事になるから。

 

 ______肯定感、この感情は他人が居て初めて成立することに、恵君への特訓を得て私は気付く事が出来た。

 

 

「そろそろ会いに行くべきかなぁ」

 

「誰に?」

 

「もう一人の方のバカ」

 

「傑?会えんの?」

 

「まぁ、探せば居るでしょ」

 

 

 何年後かにまた、この続きを話そう。

 

 そう私は言葉にした。

 

 その言葉の責任をそろそろ回収しにいかないとならない。

 

 あの時と違って私の答えはもう決まっているのだから。

 

 

「煙草、吸う?」

 

「一本だけね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2013年、9月。

 

 

「あれ……あの時の、お姉さん?」

 

「どうしてここにいるの?」

 

 警戒と疑惑。そんな二人に、あの時の様に目線を合わせて虚数で作った花を咲かせてみれば、あの時と似た様に、その目の警戒心が和らいだ。

 

 

 あはっ……覚えているものなんだね。まだまだ小さいけれど、可愛らしく育ってる。

 

 痛々しかった姿は無くなって、傷ひとつない綺麗な顔。

 

 良かったね……ちゃんと、愛して貰ってる。

 

 夏油君は自分の感情に素直になっただけで、その本質は何も変わっていない、彼女達を見て私はそう確信した。

 

 どんな風に愛して貰って、どんな風に育って、どんな風に成長するのだろうか。気にならないと言えば嘘になる。

 

 

 けれど今は、それよりも。

 

 

「こんにちは、夏油君いる?」

 

 

 あの時の話の続きを始めよう。

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