虚数の中の君   作:むいてんぺん

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星霜-転-

 

 

 ______2013年、9月。

 

 保有している拠点の一つ、その住処にて偶然か必然か。

 

 その日は夏油傑()が自らの心に正直に成った日と同じ月日だった。

 

「まぁ、かけてよ」

 

「いわれなくても」

 

 座り心地の良い椅子に彼女は座る、まるで我が家の様に振る舞う様は彼女らしくあって、彼女らしくない。

 

 なんとも懐かしい気持ちになるのと同時に、そうした彼女の様子に新鮮さすらも感じる。

 

 あれから……大体5年ぐらいか、幾つの月日が経とうとも未だに昨日の事の様に詳細を思い出せる。

 

 数年ぶりに見る彼女の姿は記憶の中にいた彼女とはほんの少しだけ違っていた。その少しの差が、自分もまた年を取る人間なのだなと実感させる。

 

 ほんの少し変わったとしても、何処か遠くを覗き込む様な赤い瞳は何一つとして変わっていない。

 

 遠くを覗き込む様な目、その視線の先にいる私に、恐らく答えを得て私に会いに来たであろう夏目鮮花(元同級生)は、果たしてどの様な答えを持って来たのだろうか。

 

「知ってる?五条君、高専の教師になったんだよ。笑えない?」

 

「風の噂で聞いたよ……悟が教師か、生徒は苦労するだろうね」

 

「私が生徒だったら絶対転校してるねー」

 

「くく……硝子はどうだい?元気にしてるか?」

 

「私と一緒に住んでるって言ったら驚く?」

 

 

 一瞬、思考が止まった。

 

 ……そうなる事もあるのか。いや本当に驚いた、私から見た硝子はどちらかというと一人を好む性格をしていると思っていたんだが。

 

 夏目と硝子が仲が良い事は知っていたけれど、同棲する程だったとはね。

 

「勘違いしてたらだけど、恋愛的なやつじゃないよ?」

 

「私がそこまで俗物的に物事を考えると思うかい?」

 

「ううん、でも今揶揄おうとしてたの分かったよ」

 

「はは、バレたか」

 

 

 夏目とこうして他愛の無い話をするのは高専にいた頃でも中々無かった事だから、新鮮だ。

 

 星漿体任務のあの日以前の夏目は自分から行動する意欲が著しく欠けていたように思えたし、以降は私も夏目も忙しくなった。

 

 呪術師と呪詛師、交わる筈のない立場だというのに、ここ数年の中で一番気楽な時間なのかもしれない。

 

 存外、自分が思うよりも私は人間的なのだろうか。

 

 級友との会話を楽しんでいる事に気付いた。

 

 

「夏油君はどうなの?上手くやれてる?」

 

「ぼちぼちかな。新しい家族との時間は悪くないよ」

 

「可愛らしいあの姉妹?」

 

「美々子と菜々子の他にも、もう何人かいる。時間があるならこの後紹介しようか?」

 

「んー、いいや。急に挨拶だけしにいっても、なんか変じゃない?」

 

 

 さて。

 

 そろそろ、本題に入ろう。

 

 互いにそう思ったのだろうか、私が姿勢を変えたのと同じ様に、遠くを見ていた夏目の目が、少しだけ近付いたような気がした。

 

「夏油君が非術師を鏖殺したその後すぐ、私は当時の上層部の連中を鏖殺した。気付いてた?」

 

「予想はしていた。だが本当にそうだったのか、そうか……それを、悟は?」

 

黙認した(・・・・)

 

 

 その短い一言に込められた感情(呪い)。その言葉を放つ時のその表情は、過去に見た人形の様に無関心を押し殺したような、あの日の夏目鮮花の姿を彷彿とさせた。

 

 五条悟と夏目鮮花との間にどの様なやり取りがあったのか定かではない。一つ言えるのなら、悟が私には出来なかった事を、夏目には出来たという事実。

 

 捨てた筈の感情が、心の片隅で顔を覗かせた。

 

 その感情を祓うように、言葉を紡ぐ事にする。

 

「それで……特級呪術師、夏目鮮花。君はどんな答えを得たんだ」

 

()君は共犯者だ。彼がそうある以上私は五条君の近くにいる事に決めた」

 

 

「____________そうか」

 

 

 少しだけ、ほっとした。

 

 微塵たりとも後悔はしていない、反省する必要性すらもない、私が成そうとしている事に意味もあれば意義もある、大義ですらある。

 

 この馬鹿げた理想を成就させる事に自分は全力になれる。

 

 だけれどこの道に親友を、友人を、級友を巻き込みたいと思えなかった。

 

 その理由は探す必要もなければ、言葉にする必要もないが。

 

 

「ごめんね、私は夏油君を手伝えない」

 

「良いさ、わかりきっていた事だからね」

 

「だからって呪術師らしく、なんて先の言葉は言わないよ。私の指針は私だけのものだ」

 

「つまり?」

 

「“友人”としては仲よくしようって事、たまに遊びに来て良い?」

 

「……はぁ、君さ。どうかと思うよ本当」

 

 

 都合の良い事を言う夏目に呆れた。呪術師としての責務を果たさず、呪詛師である私と仲良くしよう?

 

 悟が夏目の事をイカレバカと呼称しているのを思い出したよ、いや本当にその言葉通りだなと思う。

 

「嫌ではないんでしょ、実際」

 

「ははっ……今日は、これぐらいにしよう」

 

「また来るよ?」

 

「菓子折りの一つぐらい用意した方がいい、それが世間の常識だよ。夏目」

 

 

 憂を断つなら、今ここで呪い合い、打ち勝つのが正しいのだろうか。

 

 虚数術式、確かに厄介だ。反転術式も使える以上瞬間的な火力で押し切るか、長期戦を展開するか。

 

 フィジカルは弱かった記憶があるがそれは当てにならないだろう、呪力量も悟より多いと本人から聞いた事がある。

 

 特級呪術師の肩書きに偽り無し、けれども勝算が無いわけではない。”あの“最強と戦うよりも遥かに。

 

 何れ衝突するであろう未来の障害。

 

 それを此処で取り除く、その選択肢は……違うな。

 

 それは違う。

 

 

 じゃあまた(・・・・・)、そう言って彼女は私の視界からゆっくりと姿を消した。

 

 その後ろ姿に、何気無く手を伸ばして____________ああ、そうか。

 

 

 あの時の悟は、こんな風な感情だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2014年、秋。

 

 

 六眼と無下限術式の抱き合わせ、覚醒を果たした現代の最強。仮にこの最強に手傷を負わせるとするなら、どうすべきか。

 

 大前提、無下限術式をどうにか突破しないとお話にならない。幾つかの方法で、最もわかりやすいのはやはり呪具か。

 

 といっても私以上にトラウマになったであろう、術式の強制解除の効果を持つあの呪具は五条君が念入りに破壊してしまったが。

 

 このプランは一旦ボツ。なら他には……領域の仕組みを使ったアプローチか。

 

 自らの術式を流し込まない、空っぽの領域を展開させ、その領域に無下限術式を流し込ませる様にして術式を中和すれば、術式頼りの防御は意味を成さないのではないか。

 

 口では言うがその仕組みの例を私は知らない、それにこのアプローチには大きなデメリットがある。

 

 術式が付与されていない領域を展開したまま、自らの生得術式を使う事ができないこと。

 

 それ即ち、虚数術式を封印した状態で五条悟に挑む______論外。無謀にも程がある。

 

 このアプローチも失敗。ならまぁ結局の所、私が六眼と無下限術式を攻略するのなら。

 

 虚数術式による純粋な術式勝負か、僅か一瞬でも必中必殺の領域展開を成功させるかの二択か。

 

 

「どーしたー夏目?さっきからずっと僕のこと下から睨んでるけど、まさか……見惚れた?」

 

「顔が良いのは認めるけどね」

 

「えっ、まじで見惚れたの?」

 

「あはっ。天地が裂かれても絶対に無いし、ナルシスト過ぎて気持ち悪いし、その目隠しクソダサいから辞めた方がいいよ」

 

「おっけー喧嘩売ってたってことね、ごめんごめん。夏目チビだから全然気付かなかったよ」

 

 身長が低い事を気にしているわけでは無いが、私は無言でクソダサ目隠しバカの足先を踏みつけるも、当然の様に無限に阻まれた。うざ。

 

 

「あっれ〜?結構気にしてる?今から牛乳飲んでみる?1センチぐらいは伸びるんじゃね?まっ、僕に追い付くのは無理だろうけどね、ハハッ」

 

「五条君に泣かされたって呪術界の表も裏にも言いふらして回るとして、誰が一番困るだろうね。やってみる?まずは硝子、次に夜蛾先生、その後は恵君」

 

「ハハッ______結構マジに困る事やろうとしてる?」

 

「謝って」

 

「ぜーーーーったい嫌だね!じゃ、僕任務行ってくるから______痛っぉ?!」

 

 

 クソダサ目隠しマネケバカが逃げる前に術式が付与されていない領域を拳に纏わせて思いっきりグーで腹を殴る。

 

 おお……思った通り無下限を突破出来た。腹抱えて結構痛そうにしてる、結構ダメージ入るじゃんこれ。

 

「お……っおまえ、お前さ。ほんとマジで一回ボコボコにしてやろうか……?」

 

「とか言って口だけの癖にー」

 

「今回はマジでやろうか迷ってるよ実際……!はー、なんだ今の拳。術式付与してない領域か?」

 

「正解、デメリットは術式が使えなくなること、不便過ぎるから今みたいな事でしか多分やんない」

 

「くっそ、まじで数年ぶりに無下限突破されたよ。暴力女は今時流行ねーぞ」

 

「はは、懲りてないなこのバカ」

 

 私がファイティングポーズをすると、五条君は面倒くさそうに私から距離を置いた。その減らず口が全ての原因なんだが。

 

 

「……それじゃ、来年から頼むよ。教師の件」

 

「私が見込み有りって思った子にしか教えないけどね」

 

「一先ずそれで良いよ」

 

 

 来年に私は高専の教師になる事に決めた。

 

 まあ恵君の他に、京都にいる歌姫先輩から外部顧問的に呼ばれてたり、夏油君の所に遊びに行くついでに双子姉妹に授業をしたりと、色々してたけれど。

 

 少し長く保留にしていたけれど、自分の意思で高専の教師をすることにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ______2015年、3月。

 

 

 それは生物と呼ぶには悍まし過ぎて、異質すぎた。

 

 黒色の人型、精神を揺さぶる様な不定形の物質……この世に存在しない筈なのに、確かにこの世に存在する、ナニカ(虚数)

 

 その不明瞭な人型が数にして三体______

 

 

「玉犬!」

 

 

 白色と黒色の犬の式神を呼び出す、数的有利はコレで五分五分、影から刀の呪具を取り出して、迫り来る脅威に肉薄した。

 

 刀を振るう、黒い人型が真似をする様に腕に位置する部位を刀の様なものに変質させ交差する。

 

 呪力を刀に纏わせて強化する、鍔迫り合いの均衡が優劣になる。

 

 このまま押し切れる!確信と共に刀を押し込むと動作と同じく、黒い人型の口に該当する所から、黒色の塊が生み出される。

 

 危機感。

 

 すぐさまその位置から離れるのと同じく、黒い閃光がその場所を破壊するように飛来した。

 

 玉犬を呼び寄せて一度態勢を整える、片腕の部位は切り落とした、式神が一体の討伐に成功している、人数有利。

 

 そこまで強くはない、けれどあの黒い閃光といい、油断はできないのは事実、戦法を変える必要があるか?だとすれば、どうやって攻略を____________

 

 

「考え過ぎ」

 

 

 体を軽く押されて体勢が崩れた、軽い衝撃なのに体全体にかかる重力に逆らえないまま尻餅をつく。

 

 顔を上げれば、いつものように変わらない目をしたまま、俺を見下ろす女。

 

 ______数ヶ月に何度か現れてはこうして戦闘訓練、呪術についての術を俺に教える、夏目鮮花。

 

 五条悟と同じ特級呪術師がそこにいた。

 

 

「大蛇で薙ぎ倒す、脱兎で時間を稼ぐ、影に保有している呪具を使う。即座に思い付くだけで三通りはある選択を、どうしてそこまで悩むかな」

 

「っ、式神の切り替えを迅速にするにも呪力のコントロールが難しいって言ってるでしょ……」

 

「そもそも、準二級程度に調整した私のアレ(虚数)を一撃で祓うぐらいできない?」

 

 

 そう簡単に出来るわけないだろ……!毎回毎回思うが、この人は加減しているつもりでもこっちは必死だっつーの……!

 

 数年前、変な髪色をした男が現れてから一ヶ月後ぐらいに、この人は俺の前に現れた。

 

 それから数ヶ月に数回、不定期に現れては半ば一方的に、殆ど強制的にこういった事が行われる。

 

 はっきりいってこの人は最低だ。「三級呪霊ぐらい大丈夫でしょ」と言って俺を樹海に平気で放り捨てる。

 

 呪術関連での俺の回答がこの人にとって外れだったら「恵君は自分が賢いと思ってるバカだね、ばーか。特に視野が狭い」とか言って煽ってくるし。

 

 五条悟よりはマシだけど、本当にマシなだけだ。あの人もこの人も互いに「こいつより遥かに自分の方が優しい」とか思ってそうな所もムカつく、大して変わらねーよ。

 

 

「五条君から体術学んでるんじゃないの?なのに無駄な動きが多過ぎるのは、その思考のせいだよ。判断速度をもっと早くしなさい」

 

「言われて出来るならとっくにやってますよ……!」

 

「言われなくてもやるんだよ、死ぬよ(・・・)?」

 

「……っ、すいません」

 

それ()。それがダメ」

 

 咄嗟に出そうとした悪態を、怒りと共に腹に呑み込んで謝れば、この人は銃に見立てた手で俺を指差して、即座にダメ出しする。

 

 ……ああくそ、これ長くなるやつだ。

 

 

「生意気にもキレるか、今みたいに謝ろうか迷ったでしょ。最初に思った方をなんで辞めたのかな」

 

「……アンタ蹴るだろ」

 

「蹴るよ、生意気な恵君が悪いから。でも蹴られるとわかってるなら、それに対して防ぐ行動も出来るよね、似た様なこと三回は言ったよ」

 

「防げるような威力にして下さいよ」

 

「あはっ、それはやだ」

 

 

 なんでだよ。

 

 くそ、言ってることは正論なのが余計タチが悪い。この人が言ってることは理解出来るし、実際それは的を得ているのだろう。

 

 普段の行いが戦闘時にも響く、だから常に速く動ける様にしろって事だろ、わかってんだよ。

 

 

「使役出来る式神が増えて選択肢が増えて、綺麗に戦いたくなった(完璧な戦法を考えた)?子供だね。恵君」

 

「うっせーな……!」

 

「あはっ、忘れてたけど小学校卒業おめでとう。早いものだね、いつの間にか私より背が高くなっちゃってさ」

 

 

 そう言って俺のことを見下ろしながら手を向けて、俺の頭を撫で始めた……この人は最低だし、絶対に何処か致命的な所がズレてる。

 

 ただ気付けば、この人は俺を見る様になってた。その視線に込められた感情(呪い)を俺は学んでないけれど。

 

 ムカつく事に、あんまり不快にならない。

 

「って、いつまで撫でてんだよ!」

 

「ごめんごめん、今日の夕飯は外食にしようか。津美紀ちゃんも連れてね」

 

 立ち上がって体勢を整えると、また新しく姿形を変えた黒色の生物のようなナニカ(虚数)がこの人の呪力から生み出された。

 

 今度は一撃でぶっ壊してやる……!

 

 気合い(呪い)を込めて、その黒い人型に迫りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2015年、10月。

 

 

 私にしては珍しいと思うが、久しぶりに面白いと感じる術式を持つ人間に出会った。何ともまぁ上層部(老人共)が嫌いそうで、五条君(バカ)が好きそうな術式。

 

 私は五条君と違ってバカじゃないけれど、嫌いか好きかと言われれば、後者と答えるだろう。

 

 その術式を持った中学3年か高校生かの男の子は、突然現れた私に警戒するように構えた。

 

「何モンだよ、アンタ」

 

「呪術師。君が今戦って祓った奴―呪霊、それを祓う人間……まあ、何となくわかるでしょ」

 

「……それで?勝手に殺したから何か罰金でもあんのか?それとも逆に金くれたりするのか?」

 

「残念、二つとも違う。君さ、推薦入学って言葉惹かれない?」

 

「推薦?まじで?」

 

「大マジ」

 

「うおおっ……!中卒を馬鹿にしてた奴らを見返せるじゃねーか…!!」

 

 

 良い感じに性格も呪術師に向いている、呪霊と戦っていたのも見ていたから言えるがセンスも良い。

 

 高専入学当初の私じゃ勝てないんじゃないだろうか、体術だけ使った夏油君といい試合が出来そう。

 

 高専の教師になったとは言ったが、いまいち私が教える気にならない子達で退屈していたんだ。

 

 

「君、名前は?」

 

「秤金次、こよなく熱を愛する男だぜ」

 

「秤君、呪い呪われる循環の世界、其処に興味はある?」

 

「熱いじゃねえか……ある!」

 

 この子からしてみれば、急に現れた得体の知れない人間、けれども刹那も迷わず秤君は楽しそうに笑って、私の問いに答えを返した。

 

 この子はあの”最強(五条君)“に並ぶ事ができるかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2016年、5月。

 

 

 

 忘れていた訳じゃない。

 

 夏目鮮花という人間の行動原理、その指針は何者にも縛られない自分自身の感情によって決まっている事に。

 

 同級生、あの青い高専での思い出を同じように過ごしていたからこそ僕の言葉に傾くだけで、最終的な判断は常に自分で決めている。

 

 善も悪もこいつにとっては些細な問題で、偶々呪術師だから呪霊にその力を向けているだけに過ぎない。

 

 きっかけ一つで呪詛師になれるだろうにそれをしないのは僕という最強(障害)共犯者(・・・)なのと、硝子がいるからだ。

 

 それが無かったら僕と夏目はずっと前に殺し(呪い)合っている。

 

「何で呼んだか分かってる?夏目」

 

「一年前に七海君が戻ってきた事を言わなかった謝罪?」

 

「はいはいめんごめんごー、これで良い?」

 

「良くない。困ったら私を頼れって言ってたのになー」

 

「ははっ、ウケる」

 

 

 枷や柵を最も嫌い、その矛先が自分に向かうならば、自分が気に入った生徒に向かうのならば。

 

 文字通り破壊する、そんな人間だ。こいつ(夏目)は。

 

 

「先々日に、保守派の重鎮の爺さんが一人失踪した。まぁボケ入ってたし、どっか散歩して呪霊に殺されても違和感はないよね」

 

「可哀そう、年は取りたくないね」

 

「それな、最近僕も学生の頃より脂身食べれなくなってきたよ」

 

「いいんじゃ無い?体型まで崩れたら誇る所何も無くなるよ」

 

「太らないし仮に太っても僕、最強だから______それよりさぁ」

 

 

 

「殺したな、その爺さん」

 

 

 この場所に()と夏目以外居ない、わざわざ高専の敷地内じゃない完全個室の喫茶店に居る。

 

 夏目が今年入学してきた期待の一年、金次の事を気に入ってるのは見て分かる。金次をこの世界に連れてきたのも夏目だ。

 

 僕も気に入ってるし、面白い術式の解釈だなって思ってる。センスも悪くないし数年したら僕が驚く様な事を起こしてくれても不思議じゃない。

 

 だがそれとこれとは話が別だ。

 

 夏目は今、またあの時と同じ様に自分の快・不快のみで行動しようとしている。

 

 

「秤君、珍しく私に隠し事をしてたからさ。強引に聞いてみれば、階級に合わない任務が立て続けに続いたみたいで、まぁ星くんと京都の一年生と協力して全部祓えたみたいけど」

 

「京都?あぁ、東堂ね」

 

「気になったから調べて、見つけて、その後は……あはっ。見ものだったなぁ……」

 

「……変わらねーな、夏目」

 

「五条君は随分大人しく(つまんなく)なったけどね」

 

「お前みたいに生きるよりはマシだ」

 

 

 吐き捨てる様に言った言葉に、目の前のイカレバカは笑った。それは僕に「そんなもの(・・・・・)いる?」とでも言っているようだ。

 

 少し、自分の言動を思い出した。

 

 僕が傑にあの時言った言葉と似ていたからか、鬱陶しい気持ちになってきた、わざとやってんのかすら疑いたくなる。

 

 

「保守派には僕から圧をかけた、これ以上夏目は何もすんな」

 

「どうしよっかな」

 

「休暇、欲しくない?」

 

「私に?」

 

「硝子に」

 

 

 ……効いたな。

 

 夏目鮮花が単純な言葉で止まるならあの時の様な暴走(鏖殺)を起こす筈がない。

 

 僕と夏目が本気でぶつかり合うことも出来ない、それは呪術界どころか、非術師の世界にすら影響する。高専の時に一度やり合った時以上の規模の被害になる筈だ。

 

 呪い合った舞台が天元様の結界の膝下で僕が虚式を、夏目が領域を展開するよりも早く、めちゃくちゃにキレた夜蛾先生が乱入したから止められた。

 

 同じ止め方は出来ない。

 

 ていうか多分、そうなったら僕は夏目を殺す。殺さないと止まらないから。

 

 それは本意じゃない。僕に並ぶぐらい強くなる事を期待している生徒達に、夏目は必要だ。

 

 僕の六眼のような見ただけで対象の術式について分かるような能力持ってない癖に、こいつは他人の術式の解釈をその持ち主以上に広げられる。

 

 夏目の持つ虚数術式の解釈の難度が関係しているのか、一度見た術式への理解は僕より早い。

 

 何で教えるの上手いんだよこいつ、僕より下手であれよ。うぜえな。

 

 ……とにかく。

 

 

 硝子を除いて、誰よりもこいつの性質を知っているのは僕だ。

 

 あの筋肉ダルマ(伏黒甚爾)ですら完全に捨てる事が出来ないそれを、夏目が捨てられる筈がない。

 

 

「一ヶ月ね」

 

「さーすがに無理!一週間が限界」

 

「あはっ……まぁ、それでいいや」

 

 

 それにな、絶対に言わねえけど。

 

 傑を止められなかった以上、お前だけは絶対に止めるって決めてんだよ。

 

 話は終わった、手元の砂糖ドボドボに入れたコーヒーを飲んで一息付く。

 

 

 ったく……忙しいね、“最強(・・)”は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2016年、11月。

 

 

 

 私達よりも低い背なのに、いざその人が目の前に立つと、どこまでも距離があるような、触れられているぐらい近くにいるような奇妙な感覚になる。

 

 それ以上に、その人から漂う呪力のソレが、本当にこの人は存在するのか、していないのか錯覚するような。

 

 異質なソレが、いつまで経っても慣れない。

 

「夏目さんだ、こんにちは!」

 

「こんにちは、二人とも」

 

 

 ……私と違って菜々子は慣れちゃったみたいだけど。

 

「夏油様は居ないよ、夏目さん」

 

「そう?まぁいいや」

 

 

 私の座っているソファーの隣に夏目さんが腰掛けた、急に隣に座ってきたから、少しだけびっくりした。

 

 夏目さんは不思議な人だ、夏油様に聞いても「同級生だよ、元ね」としか言ってくれないし、呪術師なのは聞いたから、夏油様の敵……なんだよね?

 

 でも全然戦いたいって思えない、敵対したら敵わないとかよりも、夏油様から引き取られたあの日に、この人は一度も私達に酷い言葉も、眼差しも向けなかったから。

 

 今だって、夏目さんの膝に頭を載せると、優しく撫でてくれる。

 

 心地良い。

 

 嬉しい。

 

 好き。

 

 好きだから、思わず口に出していた。

 

 

「夏目さんは、一緒に居てくれないの?」

 

「寂しくなっちゃった?」

 

「うん……」

 

 

 沈黙、夏目さんは優しそうに笑うだけでそれ以上言葉を紡がなかった。何を考えているんだろう、よくわからない。

 

 ただ、下から見る夏目さんの目が、綺麗だなあって。

 

 魅入られる。

 

 遠くを覗く様な、ここじゃない何かを見ている様な、赤い瞳に。

 

 

「______ずるい!私も撫でてー」

 

「いいよ」

 

「えへへ」

 

 

 微睡かけていた思考が菜々子の声で覚醒する。あぶなかった、ちらりと撫でられてご満悦になってる菜々子を見る。

 

 奈々子と視線が合う、不思議そうに私を見ていた。

 

 ……危なかった、もう少しで夏目さんに「ずっとここにいて」って言ってしまいそうになった。

 

 何か根拠があるわけじゃ無い、だけれど、何だかその言葉を言ってしまった時。

 

 この人(夏目さん)が私を見る目が決定的に変わる様な気がした。

 

 それが良いのか悪いのかわからないけれど、私が夏油様に思う感情すらも変わってしまいそうで、そう思ったら段々と怖くなってきた。

 

 

「……そうだ、夏目さん。せっかくだから遊びにいこうよ。奈々子はどう思う?」

 

「さんせーい!」

 

「良いけど夏油君に怒られない?」

 

「近くならすぐ帰って来れるから、大丈夫……かなぁ」

 

「うーん……多分?」

 

 

 恐怖を紛らわすように言葉を出せばすぐにその感情は無くなった。

 

 私達のお姉ちゃん。夏油様の次に、私達に優しくしてくれた人。いつかこの関係が壊れちゃうのかもしれなくても、それまではこの関係を続けたい。

 

 私は……多分菜々子も、そう思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2017年 3月。

 

 

「完全秘匿での死刑?あはっ、しかも本人が?」

 

「そう、あり得ないでしょ。逆に何人呪い殺されるかわかったもんじゃ無い」

 

「じゃあどうするの?五条君は」

 

「分かって言ってるでしょ夏目ー」

 

 

 

 ______預かるよ、呪術高専でね。

 




ランキング載ってるの嬉しい〜。
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