虚数の中の君 作:むいてんぺん
______2017年。
この年は高専の頃の記憶を良く思い出す年だった。彼ら二人の再会、現代の異能の羽化、その片鱗。12月の冬。呪術師対呪詛師の、互いの生存戦略を賭けた呪い合い。
私という
ただ一つ、確かなことを言うなら。
「……良いよ、おいで」
気まぐれ。
彼が置き忘れたその
☆
______同年、4月。
出会って直ぐに思った私の夏目鮮花に対しての第一印象は、ソレだった。
「ゲホッ……っ、くそ……!」
「期待外れ、天与呪縛って聞いたから蓋を開けてみれば……こんなものか」
「み、下すんじゃ……ねえよ……ッ!」
「生意気だね。五条君にはタメ口で良いけど私には敬語を使おっか」
そこにその人物が立っていた、聞いたことがある。有名だ。
五条悟と同じ年に特級呪術師に成った異能、夏目鮮花。
二年前に高専の講師になったにも関わらず、請け負う生徒は自らが気に入った生徒のみ。
気に入られた生徒の殆どは、彼女に教えられる前と後で飛躍的に実力を伸ばす、そんなような噂もある程。
この人に教えを受けて貰えるのかと思った次の瞬間、この人の呪力が“変質”していき______反射的に呪具を構えて。
先手はどうぞ。と明らかに舐めたその言葉に一太刀浴びせてやると思ったのも束の間、確かに振るった槍は軽く片手で流されて、気付けば私は鈍い腹痛を受け倒れ込んでいた。
学生の私より背の低い体格からは考えられないほどの速さ、その打撃の重さ。並外れた呪力のコントロール、その質量。
その一挙手一投足を何一つ目で追う事も体で感じ取る事も許されなかった。
「入学したての学生、弱くて当たり前だね。
「どう言う意味だよ……」
「あはっ、所で君は双子だったりする?」
「だったら何だ……っ!」
「あぁ、そういうことね______
直感。
この先の言葉を聞いてはならないという、危機感。
咄嗟に。私の口から
「はいストーーップ!夏目やり過ぎ〜、念の為見に来て良かったよほんと」
「加減はしたけど、もう立てる筈だよ」
言われて立ち上がって睨み返したくなったが、あの見下ろす様な赤い目を見る気にならなかった。
次に五条先生の方を睨んでみれば、このバカ目隠しは「?」なんて表情で私を見つめてきやがる。
「僕言ったよね、一般人並みの呪力の天与呪縛の子だって」
「天与呪縛の子としか聞いてないから期待したんだけど」
「あれ?そうだっけ、え〜っと……真希、メンゴ!」
……クソ殴りてえ。
じゃあ何だ、あれか?私はもしかしたら過大評価された状態だったからあの重たい拳で殴られたってことか?ふざけんなよこの目隠し。
「真希ちゃんだったっけ」
「……そうだよ」
「“そのまま“強くなりたいなら大変だよ、ついてこれる?」
その言葉の真意までは分からなかった。
その時の私はメガネも無いと呪霊も見えない私に、これから先呪術師としてやっていけるかとかの覚悟を聞いているのかと解釈して。
「当たり前だろ」
そう一言、夏目鮮花に宣言した。
☆
______同年、6月。
「飲み比べ?ハハッ、良いけど金次ィ______僕、最強だよ?」
確か、こんな言葉から始まった。
呪霊ぶっ祓って熱の引かないうちに、五条さんを見かけたから前々からやってみたかった事を言ってみれば、五条さんは快く受け入れた。
サシ飲みも熱いが連れてってって聞かねえ綺羅羅も連れて
今日も一日お疲れ様、乾杯!そんな音頭で始まって_______
十分もしないうちに五条さんは潰れた。
「あー気持ち悪……僕下戸なの忘れてた」
「えぇ……?!まじっすか五条さん、言ってくださいよ」
「見栄って大事じゃない?綺羅羅もそう思うよね」
「そんな青い顔で言われても……」
あの最強にこんな弱点があるとは思ってもいなかったぜ、いやまじで今日一驚いた、これ学生で知ってんの俺だけじゃね?
人は見かけに寄らないっていうか、飲めるクチだと思ったんだがなぁ
綺羅羅と目が合う。これどうするよ_____いやいや、私に聞かれても困るよ。
「メンゴ、吐いてくる」
うおおまじかこの人、くっっそ爽やかな声でトイレ向かったよまじかよ。こんな正直に吐いてくる人も中々居ねえよ。
「珍しいものを見ている……」
「私も……金ちゃんこの後どうするー?」
「店変えて二人で飲み直すかねぇ……」
「良いね、私もついてって良い?」
「勿論っすよ夏目さん……夏目さん?!」
なんか気づいたら五条さんが座っていた席に夏目さんが座っていた、さっきまで居たみたいに普通につまみ食べてるし。
普通にびっくりした、びっくりした綺羅羅が俺に抱きついてきた……良い匂いすんなこいつ。思わずケツ揉んだ、睨まれた。
てかいつ見てもどういうからくりなんだこれ。一度聞いてみたことがあるけど、虚数でそこに自分が居た事に再定理するとかなんとか言われても正直よくわかって無いんだよな。
「夏目先生は何でここに?」
「五条君に呼ばれたから?で、今これどういう状況?」
「五条さんが酒吐いてくるってトイレ行きました」
「あはっ、飲んだのあいつ、飲めないのに?ウケる、滑稽だったでしょ」
うおお、めちゃくちゃバカにして笑うじゃん夏目さん。珍しっ。
ていうかあれだな、何というか、いやまぁ成人してるのは分かってるけど、背が低いからか此処にいるのが場違いに見えるな。
それ言ったら俺も綺羅羅もそうなんだけど、夏目先生はそれよりもなぁ。
そのこと言葉にしたらタコ程殴られるから言わないけど。
「夏目先生は飲めるの?」
「あはっ、試してみる?負けたら奢りね」
「そこは払ってくださいよ、まぁ負けるつもり無いっすけどね……っ!」
丁度良く届いた二杯目、ウィスキーと炭酸水で割った上物、熱を感じる匂いが俺を刺激していく。
外食は振る舞ってもらったことはあっても、こうして飲みの場に来てくれるなんて今日の俺はツイてるぜ、〆にパチ打ちに行こう。
普段お世話になってる人だけれど、そう簡単に負けてやらないぜ?いざ勝負。
飲み直しの二杯目、喉を通して刺激が迸り______
「寝顔かわい……」
パシャリと写メりながら綺羅羅がそう呟いた。
……いやいやいや、あれだけ自信満々で10分もしない内に寝たんだけどこの人、マジ?
五条さんも夏目さんもめちゃ酒弱いじゃん……ってか五条さんいつまでトイレ行ってんだ、帰ってこないんすけど。
「どうしよ金ちゃん」
「……家入さん呼んで如何にかして貰おう」
因みに。
家入さんはめちゃくちゃ飲めるクチだった、ていうか俺も綺羅羅も潰された。
あの人やべえ。
☆
______同年、8月。
「憂太も強くなってきてさぁ、性格も前向きになった。このまま育ってくれたら面白い事になりそうだよ実際」
「あはっ、秤君も一級術師はまず行くね。領域展開を前提とした術式、珍しいけれど乗ってる秤君は京都高を含めた学生の誰よりも強い」
「来年は恵も遂に高専デビュー、僕に届くかも知れない子達がどんどん入ってくる、嬉しいねぇ」
「よかったね」
「話は変わるけどさぁ」
いつもと変わらない様子の鮮花と生徒に見せる姿とはやや違う様子の五条が話している。その話をてきとーに聞きながら、動かす手は慎重に動かす。
会話こそ世間話のようなものだが、目線は私の……正確には寝かされている生徒に向けられている。
鮮花は兎も角、五条は内心穏やかじゃないだろ。
全く派手にやられたな……今年の三年生の生徒、準二級呪術師のこの子は任務中、予定外の呪霊と交戦、戦闘自体は勝利したものの、片腕は無惨なものだし内臓も幾つか潰れてるし。
鮮花が見つけてなかったら“間に合わなかった”、医者として人体について勉強してなかったら反転術式を使っても難しかった。
禁煙したとはいえこの瞬間は煙草を咥えたくなるよ本当。
「______完全に呪霊に食われた右腕以外は治ったよ」
「……そっか、硝子でも部位欠損までは無理?」
「元の腕があればくっ付けられたけど、完全に無くなった腕を生やすのは私には無理」
「硝子ちゃんが無理なら誰でも無理だし、この子はこれまでか」
「乱入して来たのは一級相当の呪霊だった、それを倒して生還した______頑張ったよ、誰でも出来る事じゃ無い」
「死んでいく呪術師よりよっぽどね、起きたら五条の奢りで焼肉行かせな」
本当に、死んでいく呪術師と違ってこの子は生きて帰ってこれた。呪術師としての生涯は此処で終わったかもしれないけれど、いい事なんじゃない?
呪いから離れられる、これ程幸せなことはないだろ。
呪術師に悔いのない死はないんだしさ。
「で、夏目。僕に隠し事してない?色々」
「いっぱいあるよ、最近だと一年生の子達に五条君は下戸だから酒入りのチョコとかプレゼントすると良いよって言った事」
「夏目の仕業かよアレ……!」
「ははっ、ウケる」
「下戸なのが悪いよ
「お子ちゃまみたく寝るよりはマシだと思いまちゅけどー?」
売り言葉に買い言葉、全くこの二人、成長した気になってるかもしれないけれど、全然変わって無いな。
ま、変に変わるよりは全然マシか。なんだかんだ私もこのやり取りを聞くのは苦じゃないし、昔みたいに実力行使しない分安全だし。
二ヶ月前は良かった。鮮花の寝顔見れるの珍しーんだよね。酒飲んで寝るとあんまり起きないのもポイント高い。
「先月、棘と憂太が向かった任務に二重に帳が降りた。その後に準一級レベルの呪いの発生……直接現場も確認した」
「んー……?もしかしてそれ、夏油?」
「硝子それ当たりー」
当てずっぽうだったけれどまじかー、今になって?何のために?
……はぁ、今年は忙しくなりそ。
「僕が傑の呪力の残穢を間違えるわけない。5人の特級の一人、百を超える一般人を呪殺し呪術高専を追放された最悪の呪詛師……確実に関わってる」
「三月の時から予想はしてたんじゃ無いの?夏油君にとって
「してたさ、僕が言いたいのはそこじゃ無い。夏目さぁ______」
「会ってない?傑に」
「如何だろうね?」
……あー、鮮花のこれ。この感じ、五条が察せるかは知らないけど、私には分かる。
会ってるなー、確実に。
☆
______同年、10月31日。
ビルの最上階、その上から見下ろせば何処までも
全く嫌になる、全部殺してしまいたい、この猿共が呑気に生きているその裏に、私達がどれほどの血を流していると、今もこうして此処とは違う所で、今まさに呪霊と呪術師が戦っていると?
「悪いね、奈々子と美々子の我儘に手伝わせてしまって」
「別にいいよ、仮装した二人の写真いる?結構可愛く撮れたんじゃ無いかな」
「是非とも欲しいね、額縁に飾っておこう」
「あはっ、親バカめ」
「くくっ______親心というのはそこまで悪くないね」
あの
あの二人も未だ未成年、ああいった
葛藤していた私にタイミング良く、級友だった元同級生が何処からともなく現れた。
タイミングの良さに、何処かで見ていたんじゃ無いかとすら思ってしまうね。彼女の術式なら出来ないと言えないのも問題だ。
悟のようにある意味わかりやすい最強らしさが無いというのもいやはや、厄介というか何と言うか。
「二人は何処に?」
「ラルゥだっけ、あの人に任せて先に帰した」
「そうか、まぁそうするか……この先の会話に、二人は居ない方が良い」
時は来た。
猿の時代に幕を下ろし、呪術師の楽園を築く時が。
先ずは手始めに呪術界の要、呪術高専を落とす……いや、呪術高専を落とすというのは少し違うか。
今のまま本気で殺り合ってもこっちの勝率は三割程度だろう、呪術連まで出てきたら2割にも満たないだろうね。
だかそのなけなしの勝率を9割9分引き上げる手段が一つだけある。乙骨憂太を殺し、特級過呪怨霊折本里香を手に入れさえすれば、“
_________だがそれは、目の前に相対しているこの厄介極まりない元同級生を度外視した場合の計算だ。
悟に対して家族の一人が時間稼ぎを出来たとして、では夏目も時間稼ぎが出来るかと言われれば、それは余りにも酷と言うものだ。
「……夏目、来たる12月24日に我々は百鬼夜行を行う」
「それで?」
「君は邪魔過ぎる、だからと言って此処で
「そもそも負ける気ないんだけど」
「だろうね、悟と違って君は
「同じ
______手持ちの特級呪霊に
私が
ここで夏目鮮花を殺して、減らした呪霊を数年掛けて取り戻し、態勢を整えた上で、乙骨憂太を殺しに行くか。
いつ乙骨憂太が折本里香を失くすかの時間制限がある以上それは難しい。時間が経てば経つ程、呪術師として成長し、折本里香を扱う力も増すだろう。
この絶好の機会を逃すには、些か条件が整い過ぎている。
「私が邪魔なら
「その後の問題を度外視すれば夏目の言う事は正しいけれどね、此処で勝利して、その後で敗北したら意味が無い」
「それはそう、じゃあお互いに不可侵の縛りでもする?」
「”ソレ“が君にとって一番の地雷なのは、流石に分かってるつもりだよ」
「なら、如何するの?教えてよ夏油君。貴方の選択を」
___________私なりに考えた事がある。
如何やって悟は彼女を止める事ができたのか、何故硝子はあれ程彼女と親しくする事が出来るのか。
彼女が美々子や奈々子に向ける視線の感情は何か、何故敵対すべき私を見過ごし、今に至るまで高専側に情報を教えていないか。
その答え合わせをする機会が巡って来た。
「1日で良い、邪魔をしないでくれ」
「理由は」
「折本里香を手に入れれば、私はもう一度
「かもね」
「たった一人の
「……そう」
「級友としてお願いしたい。退いてくれ」
短い、けれども長い時間の沈黙が場を支配する。
ビルの屋上に立つ私と夏目の距離はそう遠い所じゃ無い、近くも無いが、互いの位置は”対等“だ。
あの日、互いに向かい合い決別した日が脳裏を過ぎる。
あの日と違って、周りに
此処にいるのは、
「__________仕方ないなぁ……」
心底、つまらなそうに心の底から出た彼女の本音。
微かに笑った後に、遠くを見ているような目が、その時だけは私と言う個人を捉えながら。
吐き捨てるように呟いたその言葉。
……あぁ、成程。
悟が如何やって彼女を止めてきているのか漸く理解できた、それと同時に悟も酷な事をしているなとも思った。
何処までも捨て切った彼女に残っている、ほんの僅かに残した自らが人である為の、夏目鮮花が最も嫌っているモノの正体、その無自覚の”柵“。
「悪いね」
「一度だけだよ?」
______賭けには成功した。
後は……この大義を以てして、変革を成功させるだけだ。
☆
______同年、11月。
「ガッデム!この非常事態に、何という間の悪さ……!」
来たる12月24日、日没と同時に呪いの坩堝東京新宿、呪術の聖地京都に千の呪いを放つ百鬼夜行を行う。
そう宣戦布告して姿を消した傑、その後にすぐさま開かれた作戦会議の後、夜蛾学長は何処かに連絡を入れた後、そう呟いた。
「総監部に夏目鮮花は海外の重要秘匿任務に当たってる、とか言われました?」
「……何か知っているのか?悟」
___________やられたな、クソ。
前々から疑惑はあった、あいつがどれだけ残穢を残さない術式を使えると言っても、行動の違和感や不自然さまでは消えない。
傑の非術師殺しを見ていて止めなかった事は高専の時に夏目本人から問いただして聞いている。その時から夏目は傑の行動自体は肯定的に考えている事は分かった。
最初の違和感はすぐに教員にならなかったコト。これだけなら夏目の事だしって思うだけだったけど。
次の違和感は教員になった事。そのタイミングが不自然だった、夏目ならもっと何事も無い時に突然やる気になると思っていたから。
三つ目の違和感は憂太に対する距離感だ、この違和感は特に強かった。
僕や硝子から見れば分かる、何なら七海も気付けるぐらい、不自然に夏目は憂太と距離を測っていた。
僕同様に将来有能な呪術師に対する期待値が高い夏目が憂太に距離を取る?不自然にも程があるでしょ。
これだけ分かれば分かる、十中八九夏目は傑と何度か会っていた。
「……まさか!夏目は傑の味方をしたと言うのか?」
「それこそまさかですよ、
「では悟、お前はどう思うのだ」
「……僕と傑が唯一の親友の様に、夏目と傑も数少ない級友。ただそれだけのことですよ」
夜蛾学長の顔が辛そうに歪む。感情自体は理解出来なくも無いからか。
僕と敵対はしない、けれども傑とも戦わない。呪術師と呪詛師という関係であるまじきその境界を夏目鮮花は平気で壊す。
何処までも自分勝手な奴だよ。数週間前に前以て総監部に海外行きを承諾させたのを考えるに直近……大体10月後半辺りに言葉を交わしたな。
予想出来なかった事じゃなかったけど……傑の方が行動が早かった、それに尽きるか。
「まぁあいつ一人いなくても大丈夫でしょ、ぼく最強だよ?
「……期待しているぞ、悟」
あの頃は追いかける事はできなかった、今はもうそこに迷いはない。傑も同じ気持ちだろう、僕もそれに応えて全力で今度こそ
こいよ傑、数年ぶりに喧嘩してやる。
☆
______同年、12月24日。
……僕は、夏目先生の事をあんまり良く分かっていない。
真希さん曰く「碌でもない奴筆頭」とか、棘君は「シャケ」って言ってたし、でもパンダ君が言うには「本物のパンダみたいに扱ってくる」って言ってたし。
秤先輩にとっては「特にお世話になってる人」らしいし、星先輩も「偏見とか何も無い人」って感じで、人によって接し方を変えている人なのかなって感じの印象だ。
僕に対してもそうだ、真希さんが言った様に碌でもないって感じはしなかったし。
でも皆して「遠い目をしてる」って言ってたのは、僕も同じ意見だなって感じた。
……あと、多分これは流石に自意識過剰だと思うんだけれど。なんか避けられてる様な?って思ったこともある。
けど11月初めぐらいだったかな、まだ夏目先生が海外に向かう前の日だった。
グラウンドで真希さんと鍛錬していた僕に声をかけて「今日は私と戦ってみようか」って言われた。
初めて相対して凄い汗掻いたなぁ……五条先生とはまた違う異質な呪力、そのプレッシャー。
確実に手加減されてるって分かってても、僕の攻撃が一度もまともに入らないし、五条先生は「夏目の体術は僕よりぜーんぜんダメ」とか言ってたのに体術だけで圧倒されたし。
「まぁ持った方じゃない?じゃあ一つ注意点______」
その時に言われた言葉が、ふとこの瞬間、脳裏に過ぎる。
「
……先生はこの未来が見えていたのかな?なんて、どうでもいっか。
今はただ、僕の友達に酷い事をした
めちゃくちゃにしてやるッッ!!
☆
______さぁ、ここからだ。
夏油傑は三節棍を構え直して、相対する自らの敵______乙骨憂太と
問答は済んだ、祈本里香の品定めも十分。アレを手に入れられれば、私の掲げる大義に漸く足が付く。
加減はしない、全力で殺す。
______私を止める者は居ない。
「フッ______!」
両者同じ速度で踏み込み、
技量だけで言えば夏油が、けれども祈本里香の変幻自在、底なしの呪力は技量を上回る程の呪力を放出させる。
受け止めるよりは受け流す、そして攻めは豪胆に______そして時に、繊細に。
交差する攻撃に意識を取られた乙骨の足元から呪霊が呼び出される、気を取られた所に向かう三節棍を、身を捩って紙一重で避ける。
素早い反応速度、成る程流石は
再び乙骨の腹目掛けて振り落とそうとして、左からくる脅威に防御姿勢。
全く良い連携をするじゃ無いか______夏油は楽しそうに舌打ちをする、既に乙骨の体勢は整った。
今度はこっちの番だ、好戦的な笑みを浮かびながら再び向かおうとした乙骨は______来たる衝撃を反射的に刀で受け止める事に成功して、吹き飛ばされる。
「夏目の真似事だけれどね、結構便利なんだよ」
自らの術式の奥義、その術の極地。
呪霊操術、極ノ番「うずまき」所持する呪霊を圧縮し、高密度の呪力の塊を放つという、単純ながらも強力な技。
嘗ての高専時代、夏目の黒い閃光を見た時、コンパクトにすれば似た様な事が出来るのでは?と考えてからこの技の使い方を夏油は一新した。
崩れる瓦礫中から乙骨は再び立ち上がる______今のはまともに当たってたら死んでた。
体が反応出来たのは今までの鍛錬の、自らの友達のお陰だ。
この人は強い、確実に。
だけど負けたく無い、
「僕が僕を生きてていいって思えるように______お前は殺さなきゃいけないんだ」
「自己中心的だね、だが自己肯定か……生きていく上でそれ以上に大事なこともないだろう」
夏油は自らの持つ手札を切る。
手のひらを上げ、そこから呪霊を顕現______特級仮想怨霊「化身玉藻前」
そこから今所持している4000体以上の呪いを一つにまとめる______獄ノ番「うずまき」
嘗て、夏目と共に討伐した特級相当の呪霊、海外にて「概念」の術式を持った像の姿をした特級呪霊。
高専時代、
「君を殺す」
そう確信をもって告げる夏油に対し、乙骨は場違いにも呪いの女王に抱き付く。
乙骨は告げる、その
乙骨は笑いかける、心の底から。
「一緒に逝こう?」
一瞬、思考が止まる。
その一瞬の最中で、祈本里香の保つ呪力の波が荒れる。
今まで対峙したことのない程の呪力の波、その質量。
______自らを生贄とした呪力の制限解除!
「そうくるか!女誑しめ!」
「失礼だな、純愛だよ」
「ならばこちらは大義だ」
呪いと呪いが衝突する。
__________ハハッ、すさまじいな……!
虚勢を張るかのように、夏油傑は迫り来る呪力砲を嗤った。
☆
____________勝率は半々。
乙骨君と夏油君が互いに殺し合った時の勝率はそんな感じだと思った。
折本里香の全容は凄まじいの一言、けれども特級呪詛師と恐れられている夏油君もまた
どっちに転んでも納得してた。祈本里香を手に入れた夏油君と
……仮にそうなったとしても、結果は。
「……覗き見すんなよ、夏目」
視線は“そこ”に向けたまま、五条君は私に言葉を放った。
虚数に置き換えた私という個体を、術式反転の術を使って実体化させる。空間と空間の転移、その手法。私はこうして長距離の移動を行なっている。
呪力の繊細な操作を要求されるから、戦闘時に使ったのは天与の暴君と戦った時しか無いけれど。
「おつかれ」
「ああ」
「硝子にはさせたくない、私が弔う……良い?」
「お前が?」
「
「……いや、任せる」
そっか。
寂しそうな五条君の目に、私の感情が少しだけ波打った。
数少ない級友、青い日の思い出の一人、その人物がこうして
今この時だけは私も、昔と同じ表情をしているのだろうか。
「じゃあ、連れてくよ」
「夏目」
「何?」
「______いや、いっか。じゃあ任せたよ」
なんて言おうとしたのだろう。
この戦いに参加しなかった事に対する恨み言だろうか、夏油君と会っていた事を秘密にしていた事に対する言葉?それとも別の事?
……気になった。けれどもそれを聞くのは……野暮かな。
振り返る事なく、迷いない足取りでこの場から去っていく五条君を最後まで見送りながら。
私は夏油君の遺体を丁寧に背負った。
☆
______同年、12月26日。
「……良いよ、おいで」
そう言って、夏目さんは私達を受け入れてくれた。
夏油様に「私にもしもの事があれば夏目を頼りなさい」と言われて、あの作戦が失敗に終わって逃げ延びた私達はけれど、その日から二日経った時、私達の目の前にその人は現れた。
残穢を残してきた覚えはないのに、と考えて。あぁ帰ってきたこの場所は、良く夏目さんが遊びにきてくれた拠点だったと思い出して。
夏目さんは「夏油様を弔った」と言って、その場所を私達に紹介してくれた。
此処に夏油様が眠ってる______夏油様を殺した五条悟を私達は絶対に許さない。
でも、これでも良いって思った。
五条悟は、夏油様のたった一人の親友だから。
夏目さんはこの場所を教えにきただけで、私達を如何する訳でもなかった。
ただただそれだけで、夏油様が居なくなった今の私達に夏目さんが会う事ももう無いのかなって、考えて。
私は寂しくなった。
でも、私よりも寂しくなっちゃったみたいで。
美々子は「一緒に居て」って、そう夏目さんに
「良いの……?」
美々子が縋る様に呟く、その呟きに夏目さんは頷いた。
私たちがこの人の保護下に入る______あぁ、いいことなんだろう、でも夏目さんにとっては、ただ弱点を一つ増やした様なものの筈なのに。
駆け寄って夏目さんに抱き付いた美々子を見る。
……あぁ。
そっか。
でもいいよ、美々子がそれで良いなら。
なら私は______私だけは。
「ありがとう、夏目
そう口にして、同じように夏目さんに近づく。
好き。
だけど、私の一番は夏油様。
これは譲らない______それでも、良い?
そんな気持ちを乗せた私の言葉に、まるで何か、微笑ましいものを見るかのような、若しくはもっと何か、別のものを見ているような感情で。
夏目お姉ちゃんは私の頭を撫でた。
☆
______2018年、6月。
怒涛の2017年が終わりを告げ。
呪い呪われる世界の、その激震。
「素晴らしい、鏖殺だ」
_________呪いの王が脈動する。
感想貰うとやっぱ嬉しいっすね〜。