虚数の中の君   作:むいてんぺん

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墓暴き-解-

 

 

 ______2018年、1月。

 

 自宅に帰ったら産んだ覚えのない娘が出来ていた。

 

 

 ……なんて冗談だけど。

 

 

「まあ好きにしていいよ、部屋も余ってるし、私も鮮花もあまり此処に帰らないし」

 

「良いの?その……私たち、呪術師から見たら、敵でしょ」

 

「鮮花が良いって言うならいーんじゃない?」

 

 

 姉妹二人の私を見る瞳の中に好奇と疑惑が交差する。呪術師って言われればまあ否定はしないけれど、私がやる事は反転術式による呪術師の治癒。

 

 争い事には極力関わってないし、呪詛師がどうこう言われても私に被害がある訳じゃないなら正直如何でも良いってのが本心。

 

 それにこの姉妹、まだまだ未成年でしょ。善悪の区別はこれから付ければ良いんじゃない?まぁ引き取り手がその指標を教えるかは微妙だけど。

 

 

 ______夏油君の置き土産を拾った。

 

 

 そう言われた時は少しびっくりした。夏目はそういうのを拾わないと思ってたから、どういう心境の変化なのか気にならないと言えば嘘になるし、機会があったら聞いてみよっかな。

 

 

「自己紹介まだだっけ、家入硝子、夏油からなんか聞いた?」

 

「ううん、夏油様は聞いた事以外、自分の事はあんまり話さなかったから」

 

「へぇ。じゃあ思い出話でもするか、暇だし」

 

「昔の夏油様……?気になる……っ!」

 

 

 私らしくは無いけれど丁度良いし、そういう気分だったから話でもしようと思ったら、一番に金髪の子の方が食いついた、黒髪の子の方も興味津々らしい。

 

 ふぅん……アイツ(夏油)、慕われてんだ。

 

 そりゃそうか、この二人だろ、夏油が鏖殺したきっかけになったの。詳しく聞いてないし予想でしかないけど、胸糞の悪い事が起きてたんだろうな。

 

 勝手に相談もしないで勝手に死んだ。五条に相談できないなら鮮花も、私も居たろ。

 

 相談された所でウケるって茶化すぐらいしか出来ないけどさ。

 

 

「最初に言っとくけど、多分幻滅するよー?」

 

 

 私から見たアイツらの話、この姉妹二人はどう思うんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、2月。

 

 

 

「良いんじゃない?別に止めないよ、秤君が決めた事ならね」

 

 

 秤君には珍しく真剣そのものと言った表情で「話があります」と言われて聞いてみれば、その内容は高専(ここ)を離れると言った内容だった。

 

 夏油君が起こした百鬼夜行、秤君は京都の方に派遣されて呪霊相手に大立ち回りをしたらしい、まぁそれぐらいはやってくれないとね。私が生徒の中で特に力を入れて教えているのは秤君だし。

 

 その際に保守派と一悶着あったみたいだけれどそんなものは些細な事だ、古臭く黴臭い私の嫌う呪術師の集まりではあるが、一度した脅し(・・)にビビってる連中だ。

 

 五条君の圧力もある、秤君の足を引っ張りたかったんだろうけど無駄だよ、させる訳ないでしょ。

 

 

 ……まあそれがあってもなくても、秤君の中で何かしら思う事はあったのかな。

 

 

「すんません、っすけど……“熱”には逆らえないんで」

 

「私は誰も縛らないよ、君も同様。その上で言うけれど、困ったら呼びなさい、良いね?」

 

「……っ、あざっす!」

 

「連絡もしてよ?五条君より先にね、わかった?」

 

「う、うっす……」

 

 ______言って気づいたけど、七海君がこの呪いが巡る世界に戻る時に、私に話すより先に五条君に連絡を入れたの、未だに根に持ってるのか私。

 

 未だに納得出来てない、七海君に聞いてみても「すいません」の一言しか言わないし、全く困った後輩だ。

 

 五条君よりマシって言ってたのもしかして嘘だったりする?普通に傷付く、失礼過ぎるでしょ私に。

 

 まぁいいや、過ぎた事をいつまでも言うのは違う。

 

 

「______じゃあ、最後の授業(・・・・・)。秤君の持つ全力でどれだけ私に迫れるか、証明して」

 

「了解っす……いや、でも少しぐらい手加減してくれても良いんすよ夏目さん」

 

「するよ?勿論。だから私を本気にさせてね」

 

 

 好戦的な笑みを浮かべながら秤君は独特の掌印を結ぶ、何度か見せてくれた領域展開の合図、知る人は知っている……弁財天の印。

 

 秤君の生得領域が展開されていく。

 

 やっぱり早いな、領域の強度は兎も角、動作から展開までの純粋な速度だけで言えば五条君にも引けを取らないんじゃないか?

 

 

 「領域展開______坐殺博徒」

 

 

 脳に秤君の術式のルールを理解させられる。私はギャンブルを好んでしないけれど、秤君と星君に連れられて行ったパチンコ屋は結構楽しかったな。

 

 さて______魅せてみなよ、秤君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、3月下旬。

 

 

 夏目さん……私の(・・)、私達のお姉ちゃんに受け入れてくれた日から、私の見る世界は少しだけ変わった。

 

 あれ程憎いと思っていた非術師()が、前よりも気にならなくなっていく(どうでもよくなる)感覚。

 

 夏油様と一緒に、私達と行動してきた家族(・・)以外の呪術師に対する感情も、今ではそこまで嫌悪感はない。

 

 これが変わるって事なのかな、菜々子はそんな私にちょっとだけ嫌な顔をするけれど、そんな私を受け入れてくれているのもわかる。

 

 少しだけ、私も罪悪感のようなものを感じる、ずっと私達の気持ちは一緒だって思ってたのに、これからはちょっとずつ、違っていくのかもしれないから。

 

 でも私はそうしたいって思う。

 

 夏油様を殺した五条悟を許す事は一生無いけれど。

 

 私達を受け入れてくれた夏目お姉ちゃんには好かれたいって思うから。

 

 

 だから先ずはそんなお姉ちゃんに好きな食べ物を振る舞ってみようと思った、菜々子も賛成してくれて。お金は……夏目さんが残してくれているものだけれど。

 

 夏目さんと同棲していて、偶にお家に帰ってくる家入さんに夏目さんの好物を聞いてみると、甘いものが好きなのを知った。

 

 なら手作りのケーキとかどうだろう、奈々子と相談しながらケーキ作りの材料を買って。

 

 その帰り道。

 

 

「喜んでくれるかな……?」

 

「それより私達で作れるかな?料理なんてした事ないよ」

 

「そ、そうだけど……でもラルゥは気持ちが大事って言ってたよ?」

 

「まぁそうだけどさぁー」

 

 

 この会話だけ切り取れば、私も奈々子も今時の女の子になれているのかな。

 

 夏油様が居たらなんて言葉をかけてくれるだろう、なんて。そう簡単に割り切れない気持ちが、私の気持ちの中に入ってくる。

 

 ……だめだめ、今は。暗い気持ちになるのは良くないって、私と菜々子で約束したんだから。

 

 

「……あ!」

 

「わっ、何?美々子」

 

「せっかくだからプリクラ撮れば良かったー……」

 

「確かに〜……夏目さんが暇な時に一緒に行ってもらおうよ」

 

「そうだね……!」

 

 

 菜々子の方を見て笑いかける、菜々子も私に、ほんのちょっとだけ陰を落とした表情で笑いかけてくれた。

 

 ……夏油様がいない日常は、やっぱり寂しい。

 

 でも、これからは______そんな風に思いながら歩いている私に。

 

 

 危機感。

 

 気付けば周りに非術師(一般人)が居ない。何かに誘導された様な感覚、意思と反して違う所に足が進んでいた。

 

 私が反応するよりも早く、隣にいた菜々子が携帯を取り出して私を含めてシャッターを切る。

 

 その刹那、狙いを澄ましたような銃弾(脅威)が私達の居た所に跳弾した。

 

 拳銃で頭を狙っていた。確実に殺すつもりで私達を狙ったそいつ(禿頭)が現れた。

 

 

「はぁ?何処行きやがったガキ共(三百万)

 

 

 ______呪詛師!そんな、何で?!

 

 私達を狙う理由______まさか、いやでもそんな、だとしたら来るのは呪術師じゃないの?

 

 秘密裏に殺そうって事?意味わかんない、予想が出来ない、ただ一つ事実なのは確実に私達を狙ってるって事。

 

 最悪っ!けれど私達だって、見た目通りのか弱い女子だと思われたら心外なんですけど……!

 

 

「死ね……」

 

「あァ______?」

 

 

菜々子の術式の効果が切れると同時に人形の首に鞭をかけて首が吊られるような体勢になる。

 

 咄嗟に反応する禿頭、拳銃が向けられる、このままだと撃たれる。そんなことわかってる、でも此処にいるのは私だけじゃない。

 

 カシャ______シャッターを切った音。菜々子の術式が禿頭の動きを止める、隙だらけ。発動条件は整った。

 

 実体化した縄が禿頭の首を絞めて吊り上がっていく。

 

 驚愕の表情をする禿頭と目が合う、殺せる。慈悲なんかしない、私達をこいつは殺そうとした、死ぬ理由はそれで十分。

 

 

「うげッ、グッ______う、オォ……!」

 

「しぶといな……!死ねよ……私達から何も奪うな……ッ!」

 

 

 迸る怒り(呪力)が私を支配する、せっかく、せっかく私達が夏目さんに少しだけでも恩返しが出来るかもって時に。

 

 感情が止まらない、人形を握っている手から血が出始める。

 

 ふざけるなよこの禿頭、早く死ねよ、この世から居なくなれ、消えろッ!

 

 

「______みこ、美々子!もう死んでるよそいつ」

 

「……っ、死んだ?」

 

「それより早く逃げよう、まだ他にも居るかもしれない、呪術師にも見つかっちゃダメ!」

 

「う、うん」

 

 まだ呆然とする私の手を握って焦った様子で菜々子は走り出した、私も釣られて走り出す。

 

 冷静になった思考が、疑問を浮かべた。

 

 あの呪詛師……聞き間違いじゃなかったら私達の事を300万って言ってた。雇われてる、一体誰に?

 

 呪術師の内の誰か?散り散りになった私達(家族)を狙う理由は確かにそうかも、けれど呪詛師と手を組む?態々?

 

 違和感。私達を殺すとしても、そんな回りくどく殺そうとする理由は何?夏目さんがいるから?だとしたら、夏目さんが私達を受け入れてくれたことを知っている人物になる。

 

 家入さん?まさか、ありえない。

 

 五条悟?……いや、きっとそれも違う。

 

 状況がわからない。

 

 何か______何か、よくない事が起きている。

 

 夏目お姉ちゃん……何処にいるの?

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、同月同日、同時刻。

 

 

 

 ______違和感。

 

 ここ最近の私に振られる特級案件、まぁこれは良い。五条君が海外に向かってる以上その寄りが私に向かうのは分かる。

 

 夏油君が死んで、野に放たれたままの幾つかの力のある呪霊を対処出来る呪術師はそう居ない。

 

 面倒だがそれだけ、それだけならまだ「鬱陶しいな」で済ませられた。

 

 けれども今日に限って私に下る任務がどれも海外行き。流石に何かの意図を感じる。

 

 調べてみれば高専の生徒に下る任務の幾つかが明らかに等級が合っていない。

 

 ______違和感。

 

 上層部のやり方にしては強引過ぎる。私に嫌がらせをするにも限り限りの領域をこうまで巧みに調整出来るのか?

 

 思考の違和感は、やがて一つの答えに辿り着く。

 

 その答えに辿り着けば話早い。五条君が日本に居ない今を見計らったこのタイミング。

 

 夏油君の遺体が目的か?だとしたら、残念だったな。

 

 

 この世界に夏油傑の遺体は存在しない。

 

 

 火葬よりも確実に。虚数術式によって夏油君の遺体は虚数の中に眠らせた。

 

 私がそうした。形式上夏油君の墓は作ったけどその墓の中に彼はいない。

 

 この事を知っている人間は私以外に居ない、五条君なら何となく察する事が出来るかもしれないけれど、美々子や奈々子の二人には今後も教えるつもりは無い。

 

 死後、彼の遺体が何者にも暴かれないように、利用されないようにした。

 

 一部の頭の足りない腐り切った上層部の連中が夏油君の遺体を使って研究しないとも限らないし、呪詛師の中に死体を扱う術式を持つ者が居たら利用されるかもしれない。

 

 一時的に死者を蘇らせ従属させる祝詞を使った術式を使う呪詛師が居ないとも限らない。

 

 夏目家の呪術師の中には時折、死という概念を絡めた術式を使う者も過去にいた。

 

 

 夏油君はもう眠るべきだ。

 

 その安眠を脅かそうとする行いを私が見過ごす訳がない。

 

 

 彼の置き土産を預かってる以上、尚更。

 

 

 

「______本当に厄介だな、君は……!」

 

 

「お目当てのものは見つかったか?墓荒らし、お前は殺す(祓う)よ」

 

 

 

 

 

 

 

 ______さぁて、どうしたものかな。

 

 

 夏油傑の遺体があるであろう墓は天元の結界とはまた違った神聖な所にある、呪いが発生し難く、一般人には秘匿されたとある教会。

 

 特定するのに夏油傑が死んでから数ヶ月、ちょっとした苦労はしたけれどそれぐらいだ。

 

 五条悟が夏油傑の遺体を夏目鮮花に任せたのは知っている。

 

 五条悟が私の行動を気取り、邪魔をする確率は限りなく低いだろう。そういう時期を見計らった。

 

 

 ならば私の障害はただ一つだけになる。

 

 

 夏油傑の体を乗っ取る際、七割程度の確率で夏目鮮花と対峙する事になると予想はしていた。

 

 教会を運営しているものを殺せば夏目鮮花はほぼ確実に現れるだろうと踏んだ。

 

 だから細心の注意を払って二重三重にも帳を張って潜入した。

 

 勿論それだけじゃない、何をきっかけに邪魔が来るか不明な以上、立てられる対策は出来るだけ立てる、それに越した事はない。

 

 総監部及び上層部にいる息のかかった老人を使った連日連夜続かせた任務。夏目鮮花が異常と判断する余裕を削る、特級相当の呪霊での足止め。

 

 その上で海外に向かわせる任務。

 

 夏目鮮花が海外行きを拒絶した場合に備え、高専生徒に危険度の高い任務を行かせて更に余裕を剥ぐ。

 

 それに加え、呪詛師を釣って夏油傑の残した置き土産(あの姉妹)にも刺客を放った。質が悪い呪詛師だったので高確率で失敗するだろうが、しないよりはマシ。

 

 出来る事はした、だというのにこの女はこうして目の前に現れた。

 

 驚愕すべきはこの特級呪術師、確かに邪魔をしたというのに呪力の凪が何一つ変わっているように見えない。

 

 一体どう言うからくりだ?五条悟(最強)じゃないんだ、流石におかしいでしょ。

 

 出来うる限りの小細工をしたというのにこれ程の呪力量、厄介にも程度があるだろう。何かあるな(・・・・・)

 

 

 やるべき事はした、その結果がコレとは正直予想外だが、結局最後に私が夏油傑の肉体を取り換えればそれで良い。

 

 夏油傑の肉体で逃げに徹すれば如何とでもなる。そう踏んだからこその強行。

 

 

 だが一体誰が予想出来る?既に夏油傑の遺体はこの世界に無く、虚数という夏目鮮花の術式の中に眠っているなど。

 

 

 一体全体、私の予想のどこまでが内でどこまでが外なのか。

 

 兎にも角にもこうなるなら______いっその事この女を殺して奪えば全てが解決するんじゃないか。

 

 どの道これからの世界にこの障害は厄介過ぎる、これ以上邪魔をさせられたくない。

 

 戦闘用の肉体じゃないんだけどね(虎杖香織の肉体だけれど)

 

 

 存分に呪い合おうじゃないか……!

 

 

「お前の魂を虚数に誘ってやるよ、盗人」

 

「お断りしようかな、墓守______!」

 

 

 お手並み拝見。

 

 先ずは「見」から始めるべく呪霊を呼ぶ______千年前からコツコツと呪術師や呪霊と契約してきた、その名残。

 

 幾つかの切り札を切る事は想定内、これもその一つ。

 

 呪霊操術が無くとも契約してきた呪霊を呼び出し協力を促す事は出来る、尤も効率も悪いし呪力は食う、自由もそれほど利かない等々不便でしか無いが、仕方ない。

 

 等級の出し惜しみはしない、特級相当から行く。

 

 呪霊が私の手印に答え現れる……人々の信仰、その堕ちた神の呪い。

 

 その呪霊に夏目鮮花は手を向けて銃の手の形になる、既視感。

 

 

 何処かで似たような術式を見た事が無いか?確か、あれは______なるほどそういう事か……!

 

 

 即座に自らも回避行動、万が一を考えいつでもこの肉体に刻まれている術式を使えるように気は抜かない。

 

 次の瞬間驚くべき速さで呼び出した特級呪霊が切り刻まれる。

 

 ______予想通り似てる(・・・)、その過程は違うだろうけど、いやはやなんとも……。

 

 しかし流石に特級相当、傷を深く負いながらも炎を展開し、その業火球が夏目鮮花に向かって放たれる。

 

 規模感にして直撃すればタダでは済まないその炎の塊を、ソレは冷めた表情で見つめながら______

 

 

「そら、お返し」

 

「そうくるかい?なるほどウザいね」

 

 

 鏡のように跳ね返えされた、いや違う……!文字通り鏡、その性質を付与したナニカに炎が当たった?

 

 少し分かってきた……なるほど虚数術式、仕組みは昔と変わってないだろ。

 

 過去に使われていたのは、自らの影や鏡を使い、虚数単位に作用したあくまでも現実にあって現実にないものを扱う程度の術式。

 

 言うほど強くない、言うほど便利でもない、言うほど自由でもない。

 

 

 しかし夏目鮮花……この女______!

 

 

 術式の解釈がまるで別次元。実在しない虚数という質量を、世界(呪い)というキャンパスに思うがまま、感じるがままに投影していると言うのか。

 

 何より起こしている現象に対してまるで呪力が減っていない。全くふざけた呪力のコントロール、その正確さ、緻密さ。

 

 五条悟(六眼)と違った天性の才能、想定以上に厄介極まりない。

 

 

 契約している呪霊を呼ぶ余裕はもう無い、つくづく夏油傑の体じゃないのが悔やまれる、全くフェアじゃないねこの戦いは……!

 

 

 向かってくる炎の塊をこの肉体が宿している術式にて堕とす(・・・)、視線の先の夏目鮮花の表情の笑みが増したように思えた。

 

 たった一回で気取られた?いや、どの道手札がバレる事を気にしていたら殺される(祓われる)のは確実に私だ。

 

 長期戦は見込めない、長引いて海外にいる筈の五条悟がこの場に来ないと確信は持てない、そうなれば本当に終わりだ。

 

 短期決戦で終わらせる、どれだけ術式の解釈が深まっていようとも、結局の所行き着く呪術の極地はソレにつきる。

 

 

 術式を付与した生得領域を呪力で具現化する行為、即ち。

 

 

「領域展開______胎蔵遍野(たいぞうへんや)

 

 

 両の手の甲をくっつけるようにして手印を結ぶ、私の領域展開に対して______しかし、夏目鮮花は私を見定める様に遠い目で見つめるだけだった。

 

 思考に空白が開く、如何いう事だ。何故領域勝負を展開しない。

 

 いや、幸運だ。余裕かはたまた別の思考か?______私相手にその行いは些か悪手にも程があるだろうに。

 

 不気味な像で囲まれた亡者の魂の柱がこの世界に顕現する。結界を閉じないままに生得領域を展開する。

 

 キャンバスを用いずに空に絵を描くに等しいまさに神業、1000年の月日を生きてきた私のとっておきの切り札。

 

 

「詰みだね、夏目鮮花」

 

 

 ______勝った。

 

 必中必殺の領域展開、今から私の領域に対抗した所で遅い、それより早く私の術式で夏目鮮花を捉える事が出来る。

 

 一体何故領域勝負に持ち込まなかったのか、まさか使えないなんて事はないだろう。自らの領域に自信がないのか?どちらにせよ、幸運だった。

 

 夏油傑の肉体を手に入れられなかったのはもうこの際諦めるほかないが、この先の未来での障害の排除の他に、夏目鮮花の肉体も手に入れられる。

 

 虚数術式という私をして未知の要素の高い術式に加えて、五条悟を封印する為のピースにもなる。

 

 危険を顧みずに来た甲斐はあったかな。

 

 

 私の領域内で、夏目鮮花に向かって放たれる「重力」

 

 

 必中必殺、避けることの出来ない私の一撃は。

 

 

 

 不可解にもその重力を避ける様に動いた夏目鮮花を追尾する事なく、そこへ堕ちた。

 

 

 ……は?

 

 いやいや、何故だ。何で命中していない。

 

 いや待て、何だ______この違和感は。

 

 

 

「虚数術式……呪術においてありえるが、物質界にないものを創り出す術式、それは私自身(一個体)も例外じゃない」

 

「馬鹿な!如何に自身の肉体を虚数で代替した所で、中身に呪力がある以上必中必殺の術を逃れられるはずが無いでしょ」

 

「あはっ、まぁそれも正解。領域の必中を回避するには地面や壁の様な無機物になるしかない、私が生命である以上、虚数で誤魔化すにも限度がある」

 

 

 夏目鮮花に重力を向け放出する、やはり夏目鮮花に届かない、まるで存在しないかの様に必中の標的にならない。

 

 狙いを定めたとしても虚数の黒い閃光と相対する、領域により術式の性能が上がっているというのに、相殺程度に収まるだって?

 

 先程の術式の開示だけがからくりじゃないだろ。

 

 必中必殺がまるで機能しない、私の知らない領域対策。

 

 厄介なんて言葉じゃ済まされない……っ!これが覚醒を得た虚数術式の使い手か。

 

 

 やられた。

 

 五条悟程じゃないという先入観に騙された。

 

 不味い、不味いねこれ。一体全体訳がわからない。

 

 

 夏目鮮花、この女______さっきから。

 

 

 呪力を何処に置いてきた(呪力が全く感じられない)!?

 

 

「課題だったよ。だから移植した、体の中に。明治以前……江戸よりも更に過去から秘匿され、一族にのみ伝わる夏目家の秘宝を」

 

「特級呪具『心永(こころえ)(うろ)』、存在しない物質、存在しない人体臓器、虚数術式使いの生命から剥ぎ取った忌まわしき異物。私の呪力の貯蓄機(・・・)

 

 

 まさか。

 

 そういうこと……!イカれてるね虚数使い!

 

 なんて初見殺し、領域対策としてこれ以上のない程の最適解!

 

 

「イカレてるね君ィ!死が怖くないのかい?その行いは生命として逸脱し過ぎだ、破綻しているだろう君!何で生きてんのさ!」

 

「虚数は存在しないから虚数なんだよ。私が生きていようが死んでいようが、ここに存在しているのは(虚数)だ」

 

 

 そう言って夏目鮮花は両の指先を揃え、掌中に空間をもたせて合わせる______手印、領域の合図、このタイミングで?

 

 

「閉じない領域、初めて見たよこんな芸当」

 

「どうもありがとう、お礼に死んでくれないかな……!」

 

「相手の領域展開を受ける事、時間にして1分耐える事、この際相手への攻撃を禁ずる事。相手の領域から逃げない事、身に宿す呪具を開示する事」

 

「______縛りか!」

 

「後出しジャンケンだ、耐えてみなよ」

 

 

 私の領域を閉じる様に展開していく、夏目鮮花の心象風景、虚数術式使いの生得領域。

 

 先程までの世界が虚数に変質を遂げていく、地面であったものが極彩色に彩られる、空間に歪みが生じ始める。

 

 世界が混沌としていく。この世のものであってこの世のものではない世界が広がっていく。

 

 そして等々、その虚数は私の生み出した亡者の魂の柱を喰い破るかの様に侵食し始める。

 

 

 恐ろしいまでの術式の解釈、彼女の力の一端、その極地。

 

 

「領域展開______虚心坦懐(きょしんたんかい)

 

 

「ハハッ……化け物め!」

 

「あはっ!お互い様じゃないっ!?」

 

 

 ______ほぼ互角、けれども着々と私の領域が夏目鮮花の生得領域に侵食されていく。

 

 五つの縛りの上で成り立っている上に術式の開示もある、後出しジャンケンとは良く言ったものだ、過去を含めても異質の領域展開。

 

 

 時間制限付き、だがその前に突破すればやりようはある。

 

 

「これなら如何だい?」

 

「んん______っ?何コレっ?」

 

 

 反重力機構(アンチグラビティシステム)、反転させて重力を生み出しているが順転させた本来の使い方をここで初めて使う。

 

 重力という錘から解放された夏目鮮花に急速に接近し拳に呪力を込めて強打、接触の瞬間に重力の質量も乗せた、この一撃は確実に喰らったはず。

 

 肉弾戦するような体じゃないって思ってただろ、実際そうだよ。だからこそこれは予想外だろ?

 

 

 きっかけが見えた、畳み掛ける他ないでしょ……!

 

 吹き飛ばした夏目鮮花に向かう。その接近を邪魔するかの様に捻れた空間から猟犬の様な一眼の生物(虚数)が襲いかかる。

 

 この程度の烏合で______蹴り飛ばした生物が形を変えて触手のように私に迫り来る、重力で堕とす。

 

 背後からくる呪力の巡りを横目で見る。極小の黒い質量、その閃光を重力で相対する。

 

 咄嗟にその場から跳ぶ、地面に当たる所に亡霊の手のような物質が出現していた。

 

 視線の先の赤い瞳と目が合う、もう回復している?反転術式か、流石に出来るか。

 

 

 考察する暇もないまま、夏目鮮花は心底楽しそうな笑みで私に手のひらを向けた。

 

 

「虚飾・宙」

 

 

 白いキャンパスの中心だけポッカリと穴を開ける様に、空間をナニカが支配していく。

 

 捉えられた。この技は不味い、背筋が冷える直感。

 

 即座に離れようと体を離して、ナニカ(虚数)に遮られる、そのナニカを重力で堕とす、ゴタついた______ッ!

 

 体を捻る、間に合わなかった……!四肢がもげた。なんて技。

 

 だるま状になりながらも即座に反転術式で足から治していく、続いて腕を治す、その後隙を狙うように空から降ってくる虚数の質量を、重力で相殺する。

 

 相殺させた感覚が告げる、今の衝突、こちらがやや劣勢になっている。

 

 不味いね本当______領域も剥がれてきた。

 

 

「そろそろ詰み、さようならだね」

 

「さぁ______どうかな?」

 

 

 ビシリ、と言う音が響いた。

 

 領域内では軍配は向こうが上、縛りの効力さえなければこちらが上だっただろうが、足らればの話に終着点はない。

 

 領域内の私の術式効果はもう殆ど機能していない、次の瞬間にも夏目鮮花の領域の必中が私に向かってきてもおかしくない。

 

 だから、賭けた。

 

 領域内で勝てないのなら、領域外に展開した私の閉じない領域の出力を上げて、夏目鮮花の領域を破壊する事に。

 

 

 ガラスが割れるような音が世界に響き始める。

 

 

「は?なんで私の領域が……」

 

 領域内にて私の生得領域が崩壊するのと同じく領域外にて夏目鮮花の領域が崩壊した。

 

 ______思考の隙も与えるものか!

 

 契約した呪霊を呼び出す、私自身も向かう。術式を問わない肉弾戦なら分があるはずだ。

 

 徒手空手、様々な武術を組み合わせた私の暴力に対して、いち早く思考を切り替えた夏目鮮花はだが、やはりワンテンポ私より遅い!

 

 打撃はやはり有効だ、一撃一撃を受け流せきれていない。このまま殺すまで殴る、確実に破壊する、生得術式が治るよりも早く殺す。

 

 まだ早く、もっと早く、そろそろ追い付けなくなっていたんじゃないかい?トップスピードは維持したまま、顕現化させた呪霊の攻撃も参加させる。

 

 私が夏目鮮花の腕を柔術の要領で折り、続けて腹部に打撃を放つのと同時にその場から離れる、呪霊の放った水圧、水風船。強大な波。

 

 ______まだ!姿を確認するよりも早く夏目鮮花に接近する、腕は折った、呪霊の攻撃もまともに受けた。反転術式はできるだろう、だがその隙を与えるよりも早く、攻め続けろ。

 

 

 そうして夏目鮮花に接近し踏み込んだ。明らかに消耗している目、ここに至るまでに初めて見せる無表情、その赤い目。

 

 ______明らかに私を認識している、赤い目と目が合った。

 

 

 衝突。

 

 

「ゴフッ______!?」

 

 

 圧倒的な何かと衝突事故をしたように、私の体はめちゃくちゃに吹き飛ばされる、衝撃が全身に伝わり人形が壊れるかのように体の節々がひしゃげる。

 

 何だ______?一体何が起きた。

 

 反転術式で全身を治し、視線をそこに向ける。

 

 

「あー、危なかった……強いなお前、受肉体か何か?」

 

「そうか。呪力そのものを発散させる様に吹き飛ばしたのか」

 

「正解、かなり呪力減ったよ。けどまぁもう大丈夫」

 

 

 ……時間切れか。

 

 夏目鮮花の焼き切れた術式が復活してきた、私も同様だが呪力の総量がまるで違う。

 

 向こうも底が見え始める程に大分削れたが私もまた同じ、反転術式を多用している分こちらの方が多く呪力を消耗している。

 

 領域展開は出来る、しかし_________

 

 

「今際の際だな、呪詛師」

 

「くくっ……幕切れにはまだまだ早過ぎる」

 

 

 仕方ない。

 

 契約した呪霊、特級相当を数にして五体呼び出す。内から呪力が大きく削られるのを感じる、だけどなり振り構ってられないね。

 

 特級相当五体でも夏目鮮花を殺し切る事は出来ないだろう、けれども私が逃げる時間稼ぎにはなる。

 

 

「逃がさないよ、呪詛師」

 

「逃がしてもらうよ、呪術師」

 

 

 これ以上付き合ってられるか、この理の外にいる虚なるモノを殺すには準備が足りない。

 

 まずこの肉体では千日手、領域の必中必殺が効かない以上このまま続けて私が勝てる勝率は四割が関の山。

 

 それに下ろした帳が領域の押し合いで崩壊している。他の呪術師が異変に気付いてもおかしくない。

 

 姿も露見した、この肉体はもう破棄しないといけない、新しい肉体を手に入れなければ。

 

 全く誘い込まれた、散々だよ今日という1日は。

 

 1,000年の記憶の中でもトップに位置するほどに最悪の日だった。

 

 こうなればもう自棄だ、私は逃げる、最悪今年は諦めて五条悟と夏目鮮花が寿命で死ぬまで引きこもってもいい、

 

 今更数百年待つぐらい如何って事ない。はぁもう本当、天元を使って人類を進化させる絶好の機会なのに。

 

 命懸けの逃走劇だ、兎にも角にもこの場を切り抜けないとね……!

 

 

 

 

 

 

 ______同年、4月1日。

 

 

「それで結局その呪詛師逃したって事?」

 

 呑気に海外から帰ってきた目隠しバカに、先月起きた襲撃事件の全容を共有する事にした。

 

 意外そう、というかバカにした表情をしてきた五条君に久しぶりに本気でイラついているのを感じる。この男ふざけんなよ。

 

 

「逃げ慣れてたし、特級相当の呪霊に削られて余裕も無かった。見つけた頃には肉体は捨てられてた。そういう術式なんだろうね」

 

「……ま、ご苦労様。その呪詛師は僕も探す______傑の肉体を使おうとしたんだ、ただでは済ませない」

 

「よろしく、私は疲れたから一ヶ月ぐらい休暇するよ」

 

「いやいや長すぎ」

 

「やだ、それぐらい削られた」

 

「……マジ?」

 

 

 五条君がサングラスを外して、青い目で見つめてきた。その目でわかるだろ、実際かなり疲れた。

 

 閉じない領域、四肢を即座に治す程の反転術式使い、何よりあの手数。今まで呪い合ってきた中で有数の強者。

 

 殺し切れなかった、やられた。

 

 

「近い内また何かある。絶対にね」

 

 

 私の体の中にある呪具心永(こころえ)(うろ)は、自身の身に流れる呪力を退蔵させる効力を持つ呪具だ。

 

 私の無尽蔵にも近かった呪力はこの呪具を体の中に移植させてから数年、コツコツと呪具の内に貯めていたからこそのからくり。

 

 その貯蓄の七割も削られた。それでも五条君と同じぐらいだけれど、同じぐらいだ。

 

 最低でも一ヶ月呪力を溜め込むのに専念する必要がある。それでも七割ぐらいしか元に戻らなそうだけど……。

 

 全く嫌になる、こんな気分は高専の時のあの日以来だ。

 

 

「まぁいいや、僕最強だし。病人ちゃんは存分に寝ててくだちゃーい」

 

「あはっ、夜蛾先生にゴリラ作ってもらいなよ」

 

「は?なんで」

 

「もう一回死にかけないとその性格、治りよう無いよマジで」

 

 

 ……あ、怒った。ざまあみろ。

 

 

 逃げよ、ばいばいバカ目隠し(五条君)

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げ切ったのはいい、けれども削られ過ぎたね。

 

 いや本当にしてやられたよ、コツコツ契約していた上澄みの呪霊をまた集める必要があるね……。

 

 まぁとりあえず、器には予定通り受肉してもらうとして。

 

 その後はどう動くべきかな……いや本当にどうしたものか。

 

 何度目かもわからないため息がこぼれ落ちそうになる。

 

 

「まぁ、なる様になるか」

 

 

 呪霊操術を絡めないサブプランは幾つかある、夏目鮮花の実力も完全では無いが、ある程度掴めた。

 

 やはりアレは五条悟(最強)程じゃない、確かに強者、1,000年の中でも上澄みの中の上澄み。とはいえ私でも勝算はあった。

 

 かの呪いの王(・・・・)ならば、鏖殺してみせるだろう。

 

 

「この借りは必ず返させてもらうよ、夏目鮮花」

 

 




呪霊操術無くてもこれぐらいは出来そう、そんな風に書いてたらメロンパン強くて死なないんだが(想定より文字数増えた)
次の投稿2週間ぐらい間空くかもです。開かなかったら3日以内に投稿します。
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