東の隊長就任と沢村の本部長補佐官就任を祝って、同い年三人で飲んだのがひと月前。
急な予定変更でぽっかりと時間が空いたので、思い出したようにボーダー本部に顔を出してみたら迅が待ち構えていた。あれよ、あれよという間に奥まった会議室へ連れていかれたと思ったらあくどい顔をした大人たちが勢ぞろいとはこれ如何に。
「久しぶりの挨拶も無しに一体なんなんですか、俺に面倒みろって」
「言った通りだ。柏木隊員には太刀川の面倒をみてもらう」
中央に座った城戸さんがもう一度繰り返した。
「だから、なんで俺が太刀川の面倒を見なきゃいけないのかって聞いてるんですよ」
コの字型に並んだ机の中央に立たされていると何も悪いことはしていないのにまるで被告人の様だ。
この薄暗さといい、悪趣味な部屋だな。どうせ城戸さんの趣味でしょ。意外とミーハーというか映画オタクというか、悪の組織かよ。
「だいたい太刀川には忍田さんっていう素晴らしい師匠がいるじゃないですか」
「ああ、そうだ。しかし、忍田本部長は本部長に就任したばかりで弟子の面倒をみる時間がない。近々行われる三門市外でのスカウトを含む隊員の増員に注力してもらわないとならないのでな」
「ふーん……で、最近絶賛反抗期の太刀川の手綱を握れる奴がいないと」
「なんじゃ知ってたのか」
「まあね。鬼怒田さんもおひさ、相変わらず隈ひどいね~」
「ったくお前も相変わらずだな、余計なお世話だ」
部屋には城戸さん、忍田さん、鬼怒田さん、根津さん、唐沢さん、それに俺をここに連れてきた迅がいる。林道さんがいないのは支部に関わるような話ではないからだろうか。上層部がほぼ全員揃っているとは、そんなに重大案件なのかこれ。
「私の都合で申し訳ない。だが柏木も以前よりは時間に余裕ができたと聞いている。力を貸してくれないだろうか」
すまなさそうに頭を下げる忍田さんはいいとして、その隣であきらかに気まずそうに目線をそらした沢村を俺は見逃してないからな。
「それに東も柏木は勉強を教えるのがうまいと言っていたぞ」
どうやら俺はたった三人きりの同い年に売られたらしい。
こないだの飲み会で東の隊のこと有望株全部乗せ欲張りセット(ただし味の保証はいたしません)とか、忍田さんの補佐官とか沢村ちゃんと仕事できんのかよと言ってからかった仕返しがこんな形でくるとは。
「柏木隊員が引き受けてくれるなら、何度も提案書を上げてくれている例の件、進めると約束しよう」
「……!」
「詳細は忍田本部長から説明する。では、この会は以上だ」
言うだけ言って城戸さんたちは退席してしまった。
俺まだ返事してないんだけどな。この条件を出せば俺が絶対断らないと思っているのだろう……まあ、その通りだけど。
*
「おお、柏木。ボーダーでは久しぶりだな」
「……東」
忍田さんに案内された部屋で東がにこにこと笑みを浮かべていた。
「やっぱり仕組んだのはお前か」
「ちがうって、俺は別件で忍田さんに用があってここで待たせてもらってただけ」
一言目に否定が出てくる時点で俺がなんの件でここに居るのかは把握してるじゃねえか。ボーダー入隊前からの付き合いになるこの男がただのいい奴じゃないことぐらい、ずっと前から知っている。
「東、待たせてすまないが柏木の話から先に良いだろうか」
「もちろんです」
「ありがとう。では柏木も座ってくれ」
ったく、本日も外面が良いことですね、東隊長は。
「早速だが、柏木は今の慶のことをどの程度把握している?」
「詳しくは知らないですよ。あの戦闘狂がここしばらくランク戦に顔を出してないっていうのは風の噂で聞いていたので、なんかあったんだろうな~程度です」
「そうか……。たしか柏木と慶は入隊時期が近かったな」
「ええ、まあ。東も沢村も俺も現ボーダーが出来たタイミングの入隊です。あの時は今の入隊式みたいな立派なやつは無かったので、どっちが先か後かはわからないですけど」
「面識はどの程度ある?」
「こっちは勿論知ってますよ、有名ですから。あっちはどうでしょうね。俺、入隊からしばらくして卒論と院入試で忙しくてボーダー来てなかったし、落ち着いた後も戦闘ルームよりも開発室に入り浸ってたし、最近はしばらく外にいたので……」
「たしかにその間に入ったメンツとは柏木ほぼ交流ないもんな」
「そうそう。今日も久しぶりに来たら知らない隊員がいっぱいだし、建物の中も違っててびっくりした。そんな時、見知った迅が声かけてきたからって気を抜いたらこれですよ」
未来視のサイドエフェクトを持つ男がさも偶然のように声をかけてきた時点で何かが怪しいことに気が付くべきだったのだ。
「……その迅のことなんだ」
「太刀川が拗ねてる原因ですか?」
「拗ねてると言っていいのかはあれだが、そうだ。少し前に『風刃』適合者による争奪戦が行われた」
『風刃』、旧ボーダー隊員が残したブラックトリガーってやつか。
「それで迅に負けたから拗ねてんの、太刀川」
「いや、違う……慶は風刃に適合しなかったんだ。争奪戦は迅の圧勝で、S級になりランク戦には参加しなくなった」
「なるほど」
口から出たなんの意味もない相槌は三人の上に漂ったまま消えた。
「迅のやつ、こうなることは言ってなかったんですか」
「……いや、迅も迅で争奪戦の前はかなり不安定でな……。なんとも」
「思春期野郎ばっかで大変ですね、ほんと」
あいつらの歳を考えれば思春期で当たり前なのだけど。ボーダーという特殊な環境の中にいると大人びた奴らが多いからたまに忘れそうになるんだよな。
「それで確認したいんですが、俺は何をすれば」
「ああ、いま慶はボーダーに寄り付かないだけじゃなく、どうやら学校にもあまり行っていないようでな、ご両親から私に連絡があったんだ。このままだと高校を卒業できないかもしれない……」
少し言葉を止めてうつむきながら「ご両親と約束したんだ。慶がボーダーに入る時、必ず高校を卒業させると」と忍田さんは言った。
たしか太刀川の入隊は中三か高一の頃だったはず。第一次侵攻があり、いくら元々お世話になっていた忍田さんが居るからと言って、こどもをボーダーに送り出す親の気持ちを思うと、せめてということだろう。
「唐沢さんが学校と交渉してくれて、サボった分は特別テストで各教科規定の点数以上をとれればOKとしてくれることになった。その勉強を柏木にはみてほしい」
「期間限定の家庭教師みたいなもんですね」
「ああ」
「ただ、そもそも太刀川自身にテストを受ける意思がないので勉強させるのも難しいということですよね」
「……その通りだ」
「となると、勉強をさせる前に太刀川をまずはやる気にさせないといけないのか……」
「俺からも頼むよ、柏木。太刀川はボーダーにとって必要な奴だ。今のままだときっとどっちもダメになってしまう」
「……正直、俺は自分の人生なんだからボーダー辞めるも、高校行かないも太刀川の好きなようにすればいいと思ってます。中学校ならまだしも高校は義務教育でもないわけだし。ボーダーにしたって、太刀川ひとり失うだけで立ち行かなくなってしまう組織じゃ、きっとこの先うまくいかないとも思う」
俺の言葉に二人はなんとも言えないような複雑な表情を浮かべた。それほど太刀川がいる意味というのがボーダーにとって大きいのか。太刀川のことは人から聞く程度にしか知らなかったが、ちゃんと一度調べてみる必要がありそうだ。
「心配しなくても今回の達成条件、絶対にとりにいきたいのでやりますよ、全力で」
「ひとまず忍田さんから太刀川を呼び出してもらえますか?」まずはそこからだ。
*
忍田さんからの呼び出しから一時間後、同じ部屋で俺と太刀川は二人きりで向かい合っていた。
一応制服は着ているが、どっかでサボっていたのだろう。勉強道具など何も入っていなさそうなペチャンコの鞄を持って現れた。
とりあえず席には座らせたが、俺が黙ったままでいると「俺になんか用」と不機嫌であることを微塵も隠さず太刀川が呟いた。
「うーん、まずさ俺のこと知ってる?」
「……東さん沢村さんと同い年の幽霊隊員」
「お、あってるあってる」
『幽霊隊員』という言葉には若干トゲを感じるが、この程度上層部とやり合うのに比べれば子猫の爪とぎレベルだ。
「一応歴はそれなりなんだけど、ちょっと他でやることがあってな。柏木世奈かしわぎせなだ、よろしく」
まずは友好な関係を築こうと握手のつもりで手を差し出した。
「やる気ないならさっさと辞めろよ」
おお、なるほど。こういう感じか。
ふっと高ぶりそうになる心をすぐに落ち着かせる。
「そういう自分はやる気あんの? 最近、めっきりここで見かけないって聞いてるけど」
「……」
「もう少しすれば立派に幽霊隊員の仲間入りできるんじゃねえの」と続けると、太刀川はこの部屋に入ってから一度も合っていなかった目を合わせてにらみつけてきた。
だいたい俺は別に面倒見のいいタイプなんかじゃないのだ。東の言う、勉強を教えるのが上手いっていうのも大学で単位がやばい奴から泣きつかれて対価を決めた上で教えてやっただけで、善意で面倒みるようなタイプではない。
「なんだよ、ほんとの事だろ」
「あんたには関係ねえだろ」
「数時間前まではそうだったんだけど、今は理由があるんだよなー。お前の面倒みろって頼まれてな」
「……忍田さんから?」
「忍田さん含む上層部から」
忍田さんだけではないことを告げるとほんの少し気まずそうに太刀川の顔がくもった。こいつは忍田さんだけなら甘えてもいいと思っているところがありそうだ。
「とりあえず学校の方はボーダーが交渉してくれて、特別テストである程度点数とれればなんとかなるってよ」
もちろん今後の態度次第ではあるだろうけど今回のサボった分は帳消しにできる。一体どういう調整をしたんだか……むやみに聞くのはやめておこう。
「ボーダーの方は――」
「嫌だ」俺の声を遮るように太刀川が言った。
「学校なんてどうでもいいし、ボーダーだって……」
その先の言葉を続けられないことがなによりの答えだろうに、何を嫌がっているのだろうか。
「……とにかく嫌だ!」
そう言うと、何かが爆発したように太刀川は立ち上がり、体を出口へと向けた。とっさに腕をつかんで引き留めようとしたが、小さく「トリガーオン」という声が聞こえたと思った瞬間にはあっという間に部屋を飛び出されてしまう。あわてて廊下に顔を出したが、太刀川の背中ははるか向こうに小さくなっており、その姿が見えなくなるまで俺はただただ見つめることになった。
「逃げ足馬鹿はええな、おい」