No.1アタッカーのお目付け役   作:砂ハラ

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「あのクソ餓鬼……」

「はは、だめだったか」

「だめだったかじゃねえよ」

 

 あのまま太刀川には逃げ切られ、鬱憤のたまった俺は東の家に麻雀仲間の冬島さん諏訪と一緒に流れこんだ。

 東の家は警戒区域にほど近いマンションで、ひとり暮らしにしては余裕のある間取りのため、たむろするにはぴったりなのだ。

 警戒区域近くの家は中々借り手がつかないらしく、格安の家賃でまあまあの広さの部屋を借りることができる。

 ボーダーのおかげで三門市を出ていく人間はかなり少ないと言うが、それでも警戒区域のすぐ近くに住もうと思う人間は俺たちのように感覚がくるってしまっている人間だけなのかもしれない。

 

「久しぶりにトリオン体で爆走した――――――」

「柏木さんの隊服姿、久々でしたね」

「まあ、柏木は開発室にいる時は基本換装してねえもんな」

「そうそう、俺は冬島さんみたいにトリオン体で馬鹿みたいに徹夜とかしてないんで」

 

 冬島さんがうるせえと言いながら買ってきた缶ビールを流し込む。

 大学の同級生の東と俺、俺が開発室によく顔を出すうちに親しくなった冬島さん、東のところの隊員と同期入隊でボーダー隊員の中では比較的年の近い諏訪の四人はいつからか時間が合えばこうして一緒に飲んだり、もっぱら一緒に麻雀をやる仲になっていた。

 東に麻雀を教えたのは俺で、諏訪に麻雀を教えたのは東だ。その癖、勝率は歴には関係ないのだからやるせない。まあ酒を飲みながらやる麻雀なんてそんなものだろう。

 とりあえずと家に着くなりビールを開けて座り込んだ冬島さんと俺とは違い東と諏訪は台所でなにかを準備してくれているらしく、いい匂いが漂ってきた。

 いつもなら俺も少しは手伝うところだが今日は慣れないことをして疲れていたのと、東に売られたことにまだ若干ムカついているので、今日はこのまま先にくつろがせてもらおう。

 

「あんだけ走り回ってたのに、よくお前ら怒られなかったよな」

「追いかけはじめる前に沢村づてに忍田さんには連絡いれてたからね」

「さすが柏木、抜かりないな~」

「まあね」

 

 次いでに俺を売りやがった沢村にも「今度な」と釘を刺しておいたので、それはもうきちんと伝えてくれたことだろう。

 

「太刀川、あれでも防衛任務はサボらずちゃんと出てるんだぞ」

 

 台所で何かを炒めながら東が言った。その隣では諏訪も頷いている。

 

「そうなんすよね、ただ前は任務が終わればその辺にいる隊員捕まえてランク戦に繰り出してたのに、最近はすぐいなくなるし、必要以上に誰とも話さないんですよ」

「……ふーん」

 

 

 *

 

 次の日、俺はさっそく太刀川のことを知るべく、ボーダー内にある過去の訓練や対戦の映像データが閲覧できるコーナーにいた。

 こうして記録を残すようになったのは少し前からなので入隊当時のものは残ってはいないが、太刀川の対戦の履歴は想像をはるかに超える量が出てきた。それだけあいつが毎日をここで過ごしてきたということなのだろう。

 一日じゃとても見切れない量なので、時系列で古いものから目についたものを流し見していく。

 太刀川慶。高校三年生。忍田さんの弟子で弧月二刀流。ボーダーに入る前は剣道をやっていたらしい。

 映像を見ながら、ここに来る前に顔見知りの隊員たちに聞いてまわった太刀川についてのコメントを思い出す。

 

『とにかく強い』

『強い』

『とんでもなく強い』

『馬鹿だが強い』

 

 それしかないのかよと思いながら聞いていたが、この映像たちを見ていると納得せざるを得ない。上層部がわざわざ俺に対価を払ってまで引き留めようとしているのも、昨日の忍田さんと東の表情の意味もわかる気がする。

 いまのボーダーの隊員でこれに敵うやつはそうはいないだろう。

 映像の中の太刀川は二刀の弧月を自由自在に操りながら縦横無尽に駆け回っていた。真正面からの力業の攻撃、ときにはフェイントを入れながら相手を崩し、勝利をもぎ取っていく。

 どの映像の中でも昨日の会議室でみせたような顔はなく、心の底から楽しそうだった。

 

「なるほど、ね」

 

 

*

 

「よお、迅。忙しいとこ悪いな」

「よく言うよ、昨日のことで脅してきたの柏木さんじゃん」

「まあまあ、頼みごと聞いてくれたら俺をドナドナしてくれたことにはチャラにしてやるって」

 

 迅とは開発室で顔見知りになり、会えばわりと気軽に話す仲だ。

 

「……いいけどさ、これ太刀川さんと約束でもしたの?」

 

 言わずともこいつにはすでに俺が何をしようとしているかが見えているらしい。

 

「いや。でもこれが一番あいつの興味が引けると思ったんだよな、ただの勘」

「ふーん、勘ね」

 

「よし、じゃあ早速やりますか」

 

*

 

「太刀川、戦闘ルーム寄ってけよ。おもしれぇもんが見れるかもしれねーぞ」

 

 いつも通りなにもなく防衛任務を終え、さっさと引継ぎを済まそうとしていたところで諏訪さんに呼び止められた。

 その表情があまりにも愉快そうだったのが気になり俺は久しぶりに戦闘ルームへと向かった。確かにそこはいつもよりも人が多くざわめいていた。

 その原因はすぐにわかった。戦闘ルームの様子を写す大画面に迅がいた、しかも風刃を使っている。

 こないだの風刃争奪戦のことは参加者も多かっただけに、隊員たちの間でもかなり話題になっていた。その迅が模擬戦をしているとなればこの騒がしさもわかる。

 相手は誰だ? と入口からより画面全体の見える方へと移動して、俺は驚くことになった。

 迅の相手は幽霊隊員の柏木さんだったからだ。

 柏木さんの手には弧月が握られている。あの人、アタッカーだったのか。

 東さんと沢村さんと同い年の柏木さんのことは直接話したことはなかったが、よく会話の中で登場するので知っていた。

 戦闘ルームでは見たこともなかったその人が今、迅と戦っている。

 所属の歴から考えると強いとは言えないが、なかなか様にはなっている動きのように思える。しかし迅と風刃の前には歯がたたず、何本も何本も繰り返しやられていく。

 ブラックトリガーにノーマルトリガーで挑むなんて無謀だ――。

 それでも俺は不思議とふたりの戦いから目をそらすことができなかった。

 そのまま数十分はたった頃、二人がブースから出てきた。気づかれる前に立ち去ろうとしたが、先に迅に見つかってしまったようだ。というか見えてたな、あいつ。

 

「太刀川さーーん!」

 

 わざとらしい迅の大声に横に居た柏木さんもこちらを向いた。柏木さんの目が自分を捉えるのに気まずさを感じた。この人から逃げるためにボーダーを走り回ったのは、つい最近のことだ。

 

「おう、この間ぶり」

「……なにしてんの」

「何って、模擬戦」

「あんたアタッカーなの?」

「いや俺、全部一通り使える器用貧乏なのよ」

「それで、迅、しかも風刃と?」

「そ、俺も風刃適合外なんでね、こうやって戦ってもらって性能理解しておこうかと思って」

 

「俺も」という言葉にこの人も俺が風刃を起動できないこと知っているのだと思った。

 

「なんのために?」

「俺の目的のため」

「目的って」

「教えなーーい」

「……」

 

 柏木さんと近づく距離にすぐ逃げられるよう、ぐっと足に力をいれたが、あっさりと俺の横をすり抜けて行った。

 

 それから毎日のように柏木さんと迅は模擬戦を続けた。ブラックトリガーを使用するS級はランク戦には参加できないのでポイント移動なしの純粋な模擬戦。結果は相変わらずだった。やってもやっても柏木さんは風刃に切られていくばかり。

 そんな二人の様子を俺は眺めつづけた。誰かに話しかけられることもなく、モニターに映る二人の戦闘をただ見ていた。

 迅がいない日もあった。そういう時、柏木さんは過去の映像を見ながら訓練を行っていた。研究を重ねて戦うタイプなのだろう。くる日もくる日も結果は変わらないのに柏木さんは戦いつづけた。

 

 そんな日々が一週間ほど過ぎたころ、ブースから出てきた柏木さんの前に俺は立っていた。

 

「なんか用」

 

 はじめて柏木さんと会った日、俺が最初に投げかけたのと同じ言葉だ。あの時の俺とは違いこの人の表情からはなんの感情も感じられないが。

 

「……あれじゃだめ。考えて動いてちゃ迅には勝てない」

「はあ?」

「あんた、こう動くって決めて動き出すタイプだろ。迅には未来視がある。頭の中で次の動きを決めれば決めるほど未来は確定するんだよ、だからあいつと戦う時は考えないほうがいい」

 

 柏木さんの戦い方はなにかを試しているような、ただ戦っているのではなく迅に積極的に色んな風刃の使い方をやらせようとしているような動きだった。様々な攻め方を試して、その結果を検証してるような動きをする。

 だからこそ未来視に読まれやすい。柏木さんの中で試したい動きが決まってしまっているほど、未来視と風刃の餌食になる。

 最初はなんとも思っていなかった。でもずっと見ているうちに自分の中にもどかしさを感じていた。俺ならこう動くのにって、いつしかそれが我慢できなくなって声をかけてしまった。

 

「なるほど……」

 

 俺の言葉に考え込むように柏木さんは顎に手を当てた。この動作はきっと癖なのだろう、ここ数日見ている間にもなにか考えをまとめる場面では必ずこの動作をしていた。

 

「ほかには」

「え」

「他にもあるんだろ、見てて思ったこと。全部教えろ」

 

 そう言った柏木さんの目はおもちゃを前にしたこどもの様に輝いていた。

 

 

*

 

「あれ、なんすか?」

「ああ、諏訪か。まあ座れよ」

 

 訓練室の様子を伺える自販機近くのベンチに座っている東に諏訪は問いかけた。

 諏訪を隣に座らせて、東は再び訓練室の柏木と太刀川に目を向ける。

 その目線の先ではああでもない、こうでもないと意見を交えるふたりがいる。

 

「柏木さんが太刀川に勉強教えるはずが、太刀川が柏木さんに剣術教えてるように見えるんすけど……」

「その通りだよ。諏訪も柏木が迅に挑んでるのは知ってるだろ?」

「まあ、柏木さんに言われて太刀川に見に行くようにふっかけたの俺ですから」

「そうだったか。太刀川も最初はなにを言うわけでもなく柏木と迅が戦っているのを見ているだけだったんだが、気づいたらああなってた」

「……柏木さんの狙い通りってことですか」

「いや、どうだろな、俺にもわからん」

 

 そしてついにその時はやってきた――。

 

 *

 

「よっしゃーーーー!!」

 

 迅からついに柏木が一本勝ち取ったのだ。何百回のうちの一回だとしても、それは確かに勝利だった。

 

「いやーやっとだよ、やっとコツ掴んだわ」

「やられたー柏木さん、あれどういうこと?」

「ふっふっふっ次の手を考えずに反射で体を動かすなんていう歴戦の手練れがやる芸当、俺には無理なんでな。一度に複数の手を考え続けるほうにシフトしたんだよ」

「ふーん、なるほどね。それで一気に未来が読みにくくなったのか……」

「お前も何度も何度も繰り返すうちに俺の真面目な戦い方になれてただろ? だから余計混乱させることができたったわけよ」

「そうだけどさ、一度に複数の手を考え続けるなんて言葉ほど簡単じゃないでしょ」

「そりゃな、最初はそもそも考えられる手が足りなかったし、戦いながらやり続けなきゃいけないから、常に頭と体が違う動きをしているようなもんだけど……今のでコツを掴んだ気がする!!! 迅、もう一本な」

「はいはい、わかったよー」

 

 再度ブースに入っていく二人。

 勝利した柏木だけでなく、負けたはずの迅の顔も嬉しそうだ。

 それを外から見ていた太刀川は迅とランク戦としていた日々を思い出していた。勝った負けたを繰り返していた日々、太刀川とやり合っていた時にも迅はあの顔をしていた気がする。ここ最近、見ることがなかった顔だ。

 あの日々がとても楽しかった。

 

 太刀川が物思いにふけっていると、突如ブースの扉が開き、柏木が太刀川の元に駆け寄ってきた。

 

「おい」

「え」

 

 太刀川の目の前に差し出されたのは柏木の拳。

 状況が飲み込めない太刀川に早くしろよと言うように柏木は「んっ」と拳を揺らした。そして促されるまま太刀川が拳を合わせると柏木は満足げにほほ笑み、拳を広げた。

 手の中には乱暴に折りたたまれた紙が入っている。そしてそれを太刀川に投げてよこした。

 

「これ、俺の番号な。鳴らしたらちゃんと出ろよ。無視したらシメる」

 

 そう言うとすぐに柏木は再びブースの中へと行ってしまった。

 太刀川はその後ろ姿と自分の手の中に納まった紙をしばらく眺めていた。

 

 

*

 

 迅から一本をもぎ取った次の日、俺は再びあの悪趣味な会議室に呼び出されていた。しかしあの日とは違い、目の前にいるのは城戸さんひとりだけだ。

 

「太刀川はどうだ?」

 

 真っすぐ目を見つめて、一言そう問われた。

 

「……ただの戦闘バカだと思ったら、そうではないみたいです。自分がここに居ることの意味を考えはじめたところって感じですかね」

 

 ここ数日ともに過ごした太刀川のことを思い浮かべる。初対面でのボーダーへの言葉が詰まった様子。剣術のアドバイスをする時に自然に出てくる楽しそうな顔。俺が迅から一本をとった日に拳を合わせた時の表情。

 

「やれそうか」

「うーん……」

 

 どうなるかは正直予想できないけども。

 

「ひとまずやってみますよ」

 

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