ガチでクズなトレーナーの物語 リメイク版   作:アグリ

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一目惚れ

 私は、ある日……と言っても、もう正確な時間もわからないほど前から心をさらけ出すことはしなくなった。

 "塞ぎ込んだ"と言った方が正しいのかも。

 友達や家族にまで心に壁を作るようになってしまった。まるで心が凍ったように、何を言われても心に響かない。本来なら『嬉しい』とか『嫌だ』って感じる言葉を言われても何も感じない。……私の心は本当に凍ってしまったのだろう。

 だけど、そんなこと言って心配かけたくないから常に笑顔でいた。

 本当の思いを隠して、人当たりのいい娘(過去の自分)を演じ続けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「君は……」

 

 そんな私に声をかけてくれた男の人。

 胸元を見るとトレーナーバッチがあるのが分かった。トレーナーになった者は全員付けているバッチ。私だって、まだ選抜レースすら走ってないけど模擬レースを見ていたトレーナーに何度かスカウトされたことがある。

 『君の足なら三冠も夢じゃない』なんて事も言われたけど、どれも心に響かなかった。

 ────いつからか、走ることへの情熱を忘れてしまった私からすれば、ダービーや皐月賞なんてどうでもいい……今の私が求めてるのは、私の心に"本当の意味"で寄り添ってくれる『心の拠り所』なのだ。

 

 拠り所ができてから、初めてレースへの情熱を向けることが出来る。

 

 

「明日は選抜レースだぞ。雨の中走っていたら体を壊すかもしれない。それに、その顔……何があった」

 

 

 ───でも、この人は違う。

 

 他のトレーナー達とは何かが…………。

 

 この人の瞳は赤く輝いていて、その目を見ていると私の心を見透かされてるような気さえする。……いや、多分見透かされてるんだろうな~

 

 

「『助けてやる』なんて無責任なことは言えないが、泣いている理由を聞いてやることはできる」

 

 

 私がここにいる理由や、今私がどんな気持ちなのか───

 

 

「思いを口に出すだけで、気持ちは晴れるものだぞ」

 

 

 何故か、異様にこの人の言葉が心に入ってくる。

 

 あぁ、心が……今まで溜め込んだ思いを吐き出してしまいそうになる。寂しさや虚しさも、この人なら満たしてくれる気がする。私の枯れてしまった心を包み込んでくれる人。

 

 この人は、言い方は悪いけど他のトレーナー達とは違う。他のトレーナーには無いものを持っている……と思う。

 勘だけど、私の勘はよく当たるんだ。

 

 ───この人になら私の弱い部分をさらけ出しても、ちゃんと受け止めてくれる。

 

 一種の確信だった。だけど……

 

 

「ん~、誰とも知らない人に喋る話はないかな」

 

 

 ……私は素直になれなかった。

 

 

 ───あれ?もしかして私、超失礼な事言っちゃった??

 

 

 背筋が凍る。雨に打たれて冷えた頭が、自分がした過ちを即座に自覚する。

 

 この人に今まで誰にも話せなかった私の本当の心を知って、その"全てを包み込んでほしい"。そう思うと同時に、"私の情けない所は見せたくない"という二つの相容れない感情が湧き上がってきた。

 他の人と話してても一切湧いた事のない感情。一度も感じたことのなかった知らない感情に、私は戸惑って咄嗟に言い放ってしまった。

 

 冷や汗が止まらなくなる。

 この人は私のことを心配して雨の中声をかけてくれたのに……第一印象がこれじゃ、いくらなんでも酷すぎる。

 

(き、嫌われちゃったかな……?)

 

 無性にこの人のことを意識してしまう。嫌われたくない、良く思われたい。そう思った結果の強がりだった。完全に性格の悪い嫌な奴になっちゃったけど……。

 

 こんなに素で喋る事が下手なのは、友達や親との会話すら演じてたからだろう。皆が想像する『ミスターシービー』を演じていたことで、自分の素を出して喋ることに慣れていない。

 

(私はなんで……ッ! はぁ、何で素直になれないかな~……でも、なんだろう?すごくドキドキする……?)

 

 素直になれない自分を内心で自虐しながら、親や友達に向ける感情とは違う未知の感情に困惑していた。

 

 

 今思えば、それが一目惚れというものだったんだろう。

 

 

 初対面、それも一言目から拒絶的な言葉を発してしまったのだ。嫌われたとしてもおかしくない。

 私はこの後訪れるかもしれない未来に怯えながら、彼が嫌な顔をしてないか恐る恐る男の人のほうを見る────けど私の心配は杞憂に終わった。

 

「! すまない、自己紹介を忘れていた」

 

 彼は嫌な顔をするどころか、申し訳なさそうな顔をしていた。

 私はあんな拒絶的な言葉を言ってしまったのに……薄情な奴だと思われて当然な態度だったのに……この人は自分に非があると思っている。

 

(そんなわけないのに……)

 

 常に無表情だった顔に、しおらしさが加わった。

 その顔を見ていると心が締め付けられる。あんな態度をとってしまった自分が許せない。

 ───そう思ってるのに、新たな一面を見れて嬉しくなっている私がいる。

 

(こんな顔するんだ……何か可愛い)

 

 無表情な人かと思ってだけど……

 

「俺の名は『久住かいと』。最近トレーナーになったばかりの新人トレーナーだ」

 

 私の目を見て自己紹介する姿に胸がドキッとしてしまう。あの赤い瞳で見られると、どうも全力で走った後のように鼓動が速くなる。

 でも、それすら心地良い。

 

("久住かいと"──この人の名前……なんだか心に響く。心は凍ってしまったはずなのに……)

 

 この人の名前を忘れないように心の中で反響する。

 そして反響する度に、私の心を被っていた氷が溶けて熱を持っていくのが分かった。

 

 ────それに呼応するように私と彼の間に光が差し込んでくる。

 先程まであんなに降っていた雨が嘘のように止み、雲に覆われていた曇天の空から太陽が顔を出していた。

 

 その景色はまるで私の心を表しているようだった。

 

(いや、それより早く謝らなきゃ、だよね)

 

 つい先程やってしまった私の酷い言動を謝罪するべく行動にでる。

 

「あの、さっきはごめんね……私も気が動転してて」

「いや、何も自己紹介せずに話しかけた俺が悪い。警戒するのは当然のことだ」

 

 なにも演じてない私の本心からの謝罪だった。だけど彼は非があるのは自分だと言い、私の謝罪の言葉を受け取らない。この人は本当に自分の方が悪いと思っているのだろう……トレセン内にいるのは生徒を覗けば従業員だけだし、トレーナーバッチを付けてるから怪しいなんて思うはずないのに……それに、さっきのは警戒じゃなくて知らない感情に戸惑って適当なこと言っちゃっただけなんだけどなぁ……

 

「それに今日会ったばかりの赤の他人である俺に理由を話すのは気が引けるだろう。すまない、配慮が足りなかった」

「ッ!?やめてよ!悪いのは私なんだから……」

 

 また謝罪させてしまった……悪いのは私で、この人は全く悪くない。

 

 ───でも『赤の他人』と言われたとき無性に悲しくて、胸が締め付けられたように苦しかった。まだ私達の仲は『今日会っただけの他人』なんだと、その現実を突き付けられた気がした。

 

 

「俺が居ると、逆に邪魔になってしまうな……じゃあ俺は行く。その濡れた服と髪、ちゃんと乾かして体を暖めて寝るといい。明日は選抜レースなんだから体には気を遣うようにな。それじゃ、明日頑張れよ」

 

 彼はそう言って立ち去ろうとする。

 この学園のトレーナーならば、もう二度と会えないなんて事は無いだろう。いくらトレセン学園が広いとはいえ、彼ほど目立つ存在なら探そうと思えば容易に見つけることは出来るはずだ。

 ……けど、この出会いは久住君と更に()()()()になるためには、これ以上ないチャンスだ。

 

「待って!!」

 

 私は立ち去ろうとする彼を呼び止める。

 短い時間だったけど、私の心がここまで揺さぶられる事なんてなかった。私の人生を遡っても、ここまで揺れたのは母のレースを初めて見たとき以来だ。

 そんな人生最大級の感情を、この短時間で生み出してしまった。

 もっとこの人と……久住君と一緒にいたい。

 

 ────なら取るべき行動は一つ。

 

 

「ねぇ、久住君も明日の選抜レース見にくるの?」

「ん? あぁ、行くつもりだ。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあさ、スカウトとかも────」

「良さそうな子がいればな。とは言え俺はまだ新人だから、うまく行くかは分からんが……」

 

(ッ!! スカウトするんだ……なら、君のお眼鏡にかなう走りを見せなきゃ、だね)

 

 この人がトレーナーになってくれれば合法的に一緒にいられるし、毎日私のことを考えてもらえる……でも、その為には明日この人を振り向かせられる走りをしなきゃいけない。

 それに幼い頃から思ってた『トレーナーと一緒に夢を追う』。この人となら……いや、この人じゃなきゃ嫌だ。

 とうの昔に忘れていた熱い気持ちが呼び起こされてくる。まだレース自体の熱は戻ってないけど、この人を振り向かせる為ならばやる気がどんどん溢れてくる。

 

 この人だけは絶対他の娘にはあげない。

 

 私の目的は他の娘達よりもずれているのかもしれない。気持ちが重い女だと思われるかもしれない。だけど、私は私だ。運命の人(トレーナー)と出会った今、もう演じる必要はない。

 みんなが想像する『ミスターシービー』に"私が"なるんじゃない。"私こそが"『ミスターシービー』なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋の乙女パワーで自身の障害を変な形で乗り越えてしまった"ミスターシービー"。

 

 心に孤独を抱えていたシービー、そんな中自身の心の拠り所となってくれる人が現れた。

 確かにこの条件下ならば愛が重くなるのも仕方がないと言える。だが本来シービーは自由気ままな性格をしているのだ、ここまで他人に独占欲が湧いたりする事はないだろう。

 それも、こんな短時間で依存とも呼べるほど男に好意を抱いてしまっている。

 シービー本人は一目惚れと思っているが、シービーの感情は"一目惚れ"なんて可愛い物ではない。

 

 何故依存するほど久住に好意を抱いたのか。

 

 その原因は、やはり久住にある。

 久住が周りから妄信的なまでの信頼を常に向けられ続けている原因は、演技が並外れているだけではない。

 

 

 ───久住は人を惹き付ける事に関して鬼才的であった。

 

 

 一種のカリスマと言うものだろう。久住は自分で気づいていないが、常にオーラを垂れ流している。

 その事が絶対的な信頼を向けられる理由に拍車をかけているのだ。

 だが、久住からすれば自分に対する周りの評価は『クールでイケメンな優等生』程度だと思っている。

 しかし、実際の評価は───

 

『物事を完璧にこなし、ウマ娘のために命をかける狂人』

 

『他の人とは一線を画したカリスマを持つ男』

 

『完璧超人』等々。

 

 評価が天元突破している。

 そんな事を一切知らない久住はやり過ぎる。そして周りはそんな久住に魅了され、更に妄信的になっていく。

 

 完全に沼にはまっていた。

 

 久住に依存するほどの好意を抱いてしまったシービーもまた、久住のカリスマに魅了された今回の被害者なのだ。

 

 まぁ、久住本人が自分のカリスマに気づいていないが……

 気づいたら気づいたで、調子にのって面倒な事になるのがオチである。

 

 

 

 

 

 無駄に自尊心が高いくせに、変な所は鈍感な男だ

 

 

 

 

 




間違えてこの話消しちゃたよッ! 本気で焦ったー!! 自動保存様々ですね!!!
自動保存マジ最高!!!!
そして、ようやく記念すべき10話目! あと少しでリメイク前に出していた話数に追い付くことが出来そうです!


それと面白いと感じて頂けましたら高評価、感想の程もよろしくお願いします( ノ_ _)ノ



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