ガチでクズなトレーナーの物語 リメイク版   作:アグリ

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記念·····日?

 SOS!! SOS!! 観客席の中に、誰かお医者様はいらっしゃいませんかッ!? このウマ娘の頭がおかしいんです!……あ、元からか( ̄□ ̄;)!! ッて、そんな事よりコイツ意味わからんこと言い出したぞ!?……あ、元からか( ̄□ ̄;)!! いや、マジでふざけてる場合じゃないッ!!

 

 まてまてまて、『私のトレーナーになってよキリッ(激似声真似)』だと?これは世に言う逆スカウトってやつでは??

 

 え?なんで??

 

 普通にイヤなんだけど。メチャメチャ嫌なんだけど。絶対嫌なんだけど。

 コイツついに血迷ったか? いくら俺が完璧イケメンで周りの奴らを魅力しちゃうからって限度があるし……つーか、さっきまで俺にクソ煽り入れてた奴が何で逆スカウトしてくんだよ!?

 ひょっとしてあれか───?

 

『私の煽りに全く動揺しないなんて……! こんな人間は初めてだわ。好き、結婚しましょう』

 

 ───こんな人間初めてだわパターン。

 いや漫画かッ!? 漫画だとしてもクソつまらん漫画だぞ?! 意味が分からん。煽りに動じないから逆スカウトとかスカウト基準低すぎだし……

 

 ん~?なら───

 

『実は素直になれなくて……本当は一目見たときから、あなたの事───』

 

 ───俗に言うツンデレだったパターン。

 いや漫画かッ!? どこの売れない少女漫画だよ?! 安直すぎて人気でないだろ……マズいな、本格的に頭が回ってない。まさか、さっきの煽りよりも強烈な爆弾を投下されるとは思わなかったから完全に油断していた。動揺がなかなか収まらない……一回冷静になって考えよう。

 

 じゃ、じゃあ───

 

『クッ!私の煽りに動じないなんて、コイツ生意気ね……! なら逆スカウトで少しでも動揺を引き出させてやる……!!』

 

 ─── 一番ありそうだな……だが、そこまでするか? 例え嘘だとしてもトレーナーをスカウトするってのは、一歩間違えればコイツの競技人生を左右する事だ。

 いくらコイツが頭の逝かれたバカだからって、その事まで考えが及ばないはずはない……が、もしかしたら気づいた上で煽るような、煽りに命を懸ける超絶愉快(笑)な奴の可能性だってある。

 

 ───コイツが煽りに命を懸けるバカか、何も考えていないバカか……見極める必要があるな。真意によっては対処の仕方が大分変わる。取り敢えず、理由を聞き出してみないことには始まらん。

 

「……それは本気で言っているのか?」

 

 素で分からない感じの演技をしながら(本当に素で分からないのに演技とかいう矛盾)相手に問いかける。

 しっかし、なーんで俺が奥手にならなきゃいけないんだぁ~?(キレ気味)

 うん。答えは簡単、コイツがまた余計なことを言い出したせいだねぇ~……そろそろ●そ(ガチギレ)

 

 チッ!! クソ煽りを受け流した次は無駄に気を遣う誘導尋問かよ。俺に変な負担ばっか与えてくるコイツは間違いなく疫病神とかの類いだろうな。南無三。

 

 コイツが爆散しないか結構本気で願っていると───

 

「え?勿論私は本気だよ♪こんなツマラナイ冗談、久住君に言うはず無いでしょ?」

 

 ───さも当然かのように返答するミスターシービー。

 

 だから久住"君"じゃねぇ!久住"様"なッ!! 後、言葉の終わりに一々『♪』をつけんな!!本気なんだったら尚更なァ!!

 

 ····

 

 ·····

 

 ······って、ゑ?

 本気なの? 冗談じゃねぇの?? という事は………コイツ、マジで俺をスカウトしてんの?

 

 !!!!!!??????

 

 普通にイヤなんだけ(以下略

 

(何でダァアアアアア!!? コイツの考えていることが全く読めんぞ!?まさかさっきの言葉は嘘か……?)

 

 再びコイツの表情を見てみる。

 今度は表情や瞳、声のトーンに至るまで、綻びがないかを念入りに詮索していく───が、コイツの言葉に嘘や偽りは見えない。もし、これが演技で嘘だったとしたらコイツは俺の眼を欺くほどのレベルに達している事になる。

 

 この俺でも見抜けない演技。それが意味することは一つ、このクソ娘の演じる力は俺と同じレベルってことだ───

 

 

 俺の観察眼と演技力は、いわば矛と盾。

 クールキャラを演じながら生きてきて数々の能力が培われてきたが、そのなかで最も成長した能力といえば、間違いなく観察力と演技力の二つだろう。

 印象を上げるため、周囲の目を気にしながら生活していくうちに培われた『眼』と、誰にも本性を晒さずクールキャラを演じ続けた結果完成した俺の『演技』───最高の眼と、最上の演技。

 俺の『眼』は相手の嘘と演技を見破り、『演技』は本性を隠し相手を騙す。

 

 俺が持つ最高の矛を防げるのは、俺と同等の盾を持つものだけ。

 

 

 ───だが、幾らなんでも俺の人生の集大成である盾と同等のものを、こんな小娘のガキが持っているとは考えにくい。

 

(……ッて、結局ヤバい事には変わってねぇッ!!目的は…目的は一体何なんだ!? 今まで培ってきた眼と俺の脳細胞を総動員して見破れぇえええッ!!!)

 

 あの言葉が冗談でも嘘でもないのなら、コイツの目的は煽り以外の目的があるって事だが……クソッ! 俺の眼は嘘と演技はわかるが、本心まで辿り着くには普通に考察が必要なんだからな!!? 

 取り敢えず、今は話しながら少しでも情報を集めるしかない。

 

「……何故俺なんだ? 俺と君が出会ったのだって、つい先日……君ほどのウマ娘がよりにもよって新人の俺をスカウトするなんて、余りにも君のリスクが高すぎる」

 

「…………」

 

「昨日も言ったが、俺は今年入ったばかりの新人。当然担当を持った事も無ければトレーニングや体調管理等は知識として知っているだけで教えたことなんて一度も無い」

 

 実績も経験もない新人トレーナーをスカウトするというのは一種の賭けだ。正常な頭をしていれば今年入ったばかりの新人に未来を託すなんて絶対にしないだろう。スカウトされずデビューが出来ないウマ娘であれば話は別だが、いま目の前に立っているのは三冠が期待されているウマ娘だ。引く手あまたなコイツには関係のない話だろう。

 

「(なんなら、こっち来るまでの間に死ぬほどスカウトされてたしな) それに対して、今まで君をスカウトしていた周りのトレーナー達は幾人ものウマ娘を育て上げてきた実績と経験のあるベテラン達だ」

 

「…………」

 

「今日ここに来ているトレーナーの他にも、俺より遥かに優秀なトレーナー達が君をスカウトしたいと思うだろう。

にも拘わらず、それを蹴ってまで新人の俺をスカウトする理由がわからない……」

 

 自分と周りとを比較し、自らの価値を下に見せることでコイツの利益となる点───今後の人生に関わる程のリスクを背負ってまで、コイツが俺をスカウトしてきた理由を聞き出す。

 

 その為に俺がコイツの真意を探るために発している言葉の数々。

 それらは当然我が人生において、いっさいッ!! 一ミリもッ!!! 思った事は無い。今発した言葉は、客観的に見て"普通のクールキャラ"ならば周囲からどう想われているのか、見られているのか───これらを客観的な視点で捉えれば適当な理由なんていくらでも出てくる。

 

 

「……ふふっ、あはははっ!」

 

 すると、先程まで男の言葉を遮ることもなく静かに聞いていたシービーが、突然ダムが決壊したように笑い始めた。

 

 

 ······はい???

 

 

「ねぇ、久住君。君は自分を低く見すぎだよ」

 

「確かに久住君のトレーナーとしての実力はまだわかっていないかもしれないけど、心配する必要はないと思うよ。既に君は一人のウマ娘を救ってるんだからさ」

 

 何故だかコイツの口調には毎回俺に対する信頼のようなものを感じる。普通なら気にするはずの言葉すら、全く意に介さないようだ。

 

 え、なんで???

 

「君はこれから数々のウマ娘を救うトレーナーになる───私が保証するよ、結構人を見る目には自信があるんだ」

 

「君は……一体、何を言って……?」

 

 『ウマ娘を救うトレーナー』 迷いなく自信満々に断言した。必ずそうなると確信しているのだろう。

 

 え、なんで????

 

 なんかコイツの信頼異常に厚くね!? つか、「君のこと知ってますよ」感がウザすぎるッ!! 昨日会ったばかりな上に、お前俺の(表面上は)善意、無駄にしたよなァ? 勘違いにも程があるわッ!

 それに、「既に君は一人のウマ娘を救ってる」? 一体何を言ってんだ?俺はウマ娘を救った事も、救おうと思った事もないぞ??

 

 どゆこと???

 

「あぁー、やっぱり気づいてないんだね……まぁ、その話しは後でもいいかな。今はもっと重要なお話の最中だし……」

 

 え゛なんでよ!? 無駄に焦らすなってッ!

 伏線か?? 伏線なのか!? 後回しにされる説明は九割がた伏線じゃんッ!! そういうのが一番怖いって俺知ってるからな!? さっさと白状しろよ!

 

 

 ───クールキャラを演じるための見本として、俺はかなりのアニメや漫画を観てきた。

 俺が観始めた目的は、そこに登場するクールキャラ達を研究し、クールキャラとしての演技をより完璧にするための参考程度に……と、当初はそんな軽い気持ちだった。

 

 結果として俺は沢山の学びを得たが、同時に物語には必ずと言っていい程ある"伏線"の存在を知った。そして、その後に回収される伏線の重要性も理解した。

 

 伏線の内容によっては俺にかなりの負担がかかる。

 今でさえ神経すり減らしてんのに、これ以上の負担は御免蒙る。さっきの話が後回しにされる前に俺の話術で絶対しゃべらせて───!

 

「───ねぇ、久住君のハジメテ、私にちょうだい」

 

 

 

 ······───ヽ(^○^)ノパァ

 

 

 

 笑える程動揺している男、久住。

 混乱した久住の脳内は、目的として有り得る様々な可能性を探すことで()()()()()()()()()()を正しく認識できていなかった。いや、正しく認識できたとしても今は完全にシービーに風向きが向いている。今の状況を脱することは、少なくとも彼女の言葉に動揺した時点で不可能なものになっていた。

 

 

「久住君は今まで虚しかった私の人生に光をくれた。冷めきった生に熱を与えてくれた、私を救ってくれた」

 

 胸に手を当て、大切な思い出を包み込むように手を握っている。

 昨日のことを思い返しているのだろう。語る彼女の声からは暖かさが感じられた。優しく微笑むその表情からも幸せな思い出であろう事は見て取れる。

 

 ───しかし幸せそうな顔から一変して、表情に影が落ちる。

 

「でも私は強欲なんだ……一度希望という光を与えられてしまったら、もうそれなしでは耐えられない。黒く虚しい世界には、もう戻れないんだよ……」

 

 彼女の声色と表情は、まるで自身が犯した罪を告白する罪人のようだった。

 

「だから、お願い……今度は生きる"意味"を、光を私に与えてほしいっ……。私を……助けて……!」

 

 シービーは溢れ出そうになる涙を堪え、言葉が途切れながらも男に懇願し、助けを求めた。

 

 学校の友人どころか血の繋がった母にさえ頼らず、他者を信用も信頼もしなかった虚しく孤独なミスターシービー。

 年齢が上がり大人に近づいていくにつれ、この世の物事に対する熱や興味が薄くなり、全ての光景か虚しく映るようになった。彼女は恐怖した事だろう………

 

『近い将来、自分は本当に感情も何も無い人形のような存在になってしまうのではないか?』

 

 "成長するごとに失われていく感情"

 

 "それと比例するように色褪せていく世界の色"

 

 これらの精神的な異常が、先の考えに現実味を帯びさせる。

 ───だが、それを恐怖すると同時に、()()()()()()()()()()()自分も居た。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを自覚してしまえば、もう自分の事すら信用できない。いつの間にか自分自身への不信によって、遂には自分の事すら信用できなくなってしまった。

 

 "このままでは本当に人形のようになってしまう"

 

 自分が完全な人形になってしまう前に、信用と信頼を寄せる事のできる"心の拠り所(運命の人)"を早く見つけようと焦り始めた時、あの男と出会ったのだ。

 久住と出会った事で再び色が蘇り、かつて無い感情の高ぶりによって、運命の人だと確信するに至った……つまり、一目惚れである。

 そして、形はどうであれシービーは自分が存在する意味を見出だそうとしている。

 

 そんな自分一人の世界に籠っていた彼女が、自ら助けを乞うほどにまで変化した。

 ……そう考えれば良い変化に捉えられるかもしれない。だが、現在彼女の心に起きている変化は全くもって良いものではない。むしろ悪化したと言っていいだろう。

 異質で不可解な変化をしてしまった彼女の心は、更に深い闇に踏み込んでしまったのだ。

 

 『久住君のために』

 

 彼女は久住無しでは生きられない。シービーは、久住の存在を生きる意味として確立してしまった。彼女の中で久住の存在は希望であり絶対なのだ。

 そして希望の確立によって、もはや彼女の中で他者への興味やレースへの欲求が完全に消え去った。

 

 もう誰が手を差し伸べたとしても変わることはないだろう。

 それほど深い闇に堕ちてしまったのだ。

 "久住のためなら何でもする"……彼の言葉一つあれば、自身の生を断ち切ることすら躊躇わない。

 あの男と接触し、会話してしまった時点でこうなる事は確実だった。あの男は災害のようなもの、決して変える事ができない未来と思った方が良い。

 だが、シービーにそれが幸か不幸か問えば、間違いなく良かったと───幸福だったと答えるだろう。

 

 しかし、男の内心を知っている者からすれば───

 

 

(な、なんでいきなり俺の童貞を奪う話になってんだァッ!!?)

 

 

 ───それは不幸だったと答えざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

 なぜ俺がど、どどどど、ドッ!!……ふぅー、落ち着け───コイツ、なぜ俺が童貞だと知っているッ!!? エスパーか? それとも預言者!?……いや、人の童貞が分かる預言者とか逆に何者だよ!? 嫌がらせくらいしか使い道ないだろ…あれ?じゃあ結構役に立つな………いやいや!!今はそれより童貞とバラされた事の方が問題だ! コイツ、マジでふざけんなよッ!! しかも公衆の面前でバラしやがってよォ!! え、どうすんの?マジでどうすんの!?

 

 ……………コイツを殺す??(長考の結果)

 

 くッ!でもコイツを殺しても俺が童貞だとバラされた事実は変わらない!!!どうすれば?!

 

 ……………ここに居る全員殺す??(長考の結果part2)

 

 だが、ここに居る人数は少なく見積もっても千は越えている。しかもウマ娘共も結構多い……チッ!!殺すには数が多すぎるし分が悪い。

 つーか、そもそも童貞の何が悪いん?(誰も悪いとは言ってない)

 純血を守ってるだけじゃん??そんなにヤってる奴が偉いんか?下半身に頭支配されてる奴のが偉いのかァ!? あぁッ!?(逆ギレ)

 というか、俺の場合は自分が究極の存在すぎて周りに居る下等な存在に欲情できないだけだが??お前らは猿やオラウータン見て興奮すんのか!?

 つまり何が言いたいかというと、俺からしてみれば、お前らは猿やオラウータンと同列の……いや!それ以下の存在って事だよ!!

 

 

 逆ギレに加えて相手も貶す……しかも逆ギレしたのが自分の勝手な被害妄想と偏見の結果だというのが何ともクズだ。擁護のしようがない。

 

 

 コイツを何とかしつつ観客の奴らから俺が童貞を大暴露されたという認識を取り除く……ん?普通に無理じゃね?コイツの対処だけでもヤバいのに、3000人以上の観客から俺の童貞大暴露事件を隠蔽しなきゃいけないって事だろ??……\(^o^)/オワタ

 

 普通に詰みじゃない?キツくない?無理じゃない?終わったくない?

 

 

 ────久住、突然のハジメテ発言に動揺しすぎてシービーの独白を全く聞いていない。悲しき物語をガン無視して自分が童貞であることを何としても隠蔽しようと必死な主人公……こんなに主人公の座が相応しくない男も珍しい。

 

 

「───君に何があったのか、俺には分からない」

 

 まずい……非常にマズイッ!! 今まで演じてきたクールキャラという完璧な外面に、童貞なんて要らん属性を付け加えられたら……ッ!

 

『久住様……クールで完璧…なんだけど………』

『うん……美しくて完璧なイケメン…なんだけど………』

 

『『童貞なのよねぇ~~』』

 

 ギァア゛ア゛ア゛ア゛ア!!!!!

 

 ムリムリムリムリ!!!! 死ねる!! そんなこと言われたら死ねる!!! っていうか言った奴を殺すッ!!!!

 なんとしても、なんとしてでも! 俺が童貞だということを隠蔽してやる。

 

「君が何故俺を選んでくれたのか分からない」

 

 ココ!! 『選んだ』じゃなくて『選んでくれた』と言ったのは地味に工夫ポイントだぞ!

 こういう地雷みたいな奴は、上からじゃなくて下から接したほうが爆発する確率を下げる事ができる!……はずだ、多分。

 公共の面前で一度爆発した爆弾が再起動しないよう慎重に処理を進める───さながら今の俺は爆発を解体するコナン君だな。

 

「そして、俺が君を助けれる保証も自信もない」

 

 俺の勝利条件は『童貞を隠蔽する』&『逆スカウトを回避する』事の二つ。

 

「だが、助けを求める子を放っておけるほど非情になるつもりもない」

 

 しかしコイツの話をガン無視しても俺の印象が悪くなるだけだろう。

 ならばコイツの話を利用して、ハジメテなのが《男女の仲》ではなくトレーナーとしての《職務》がハジメテだと置き換える方向に舵を切るか。

 

「何分()()()()の担当、頼りないトレーナーになるだろう」

 

 そして───『だから君のトレーナーになることは出来ない。だが、俺が手伝える範囲なら手を貸そう』───この一言を言えば俺の勝ちだ。

 さっきは《スカウトするつもりがない》と少し曖昧な答えだったが、今度は《君のトレーナーになれない》と言い切っている。まぁ、その代わり手を貸すと言ってしまう事になるが、無情なトレーナーという烙印を押されて印象を悪くしないためだし、必要経費として我慢しよう。

 流石にこれでもスカウトしてくるような鬼強メンタルは持っていないだろう。…………持ってないよね?

 

 

「だから君の───「え、それって……! 私のトレーナーに……君の傍に居てもいいって、こと?」

 

 ·····

 

 ········

 

 ···········

 

 え、ん? ん~~~?

 

「いや、だから君の───「やったッ! これからは毎日一緒だよ? 朝も夜も、ずっとず~っと、ね♪」

 

 シービーが歓喜の涙と笑みを浮かべながら久住に抱きついてくる。

 レースを走った後だからか、好きな人と密着しているためなのかは分からないが、シービーの体温は驚くほどに高まっていた。

 現在の天気は晴天。それも先程までとは違い陽光が射してきているなか、高体温のシービーと直に触れている久住の額には汗が滲んでいる。

 

 普段であれば、ここで悪態の1000や2000ポンポンと出てくる久住の口も、今は鳴りを潜めているようだ。………いや、久住は察してしまったのだろう。

 嬉し泣きしながら抱きついてくる女の子───そしてその光景に万雷の拍手を贈りながら様々な感情のこもった目で見てくる周りのトレーナー達。

 

 ────完全に自分は詰んだのだ。

 

 

(ぼ、暴発したぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!)

 

 こんな空気感のなか『はァ? 何チョーシのってんだ?! お前ごときを担当するほど暇じゃねェんだよ!!』なんて言えるはずもないだろ!? 俺の印象的にさぁ!

 

 

 完全に彼女の悩みを聞き入れて、理解して、受け入れて、共に歩んでいくことが確定しちゃったような雰囲気だ。

 こんな雰囲気のなか『君のトレーナーにはなれない』と言い出せるほど久住も空気が読めない訳ではない。むしろ空気を読み続けて、ここまで印象を高く保ってきたのだから。

 

 ────いかに口八丁で生きてきた久住も、これ以上自分のメンツを守りながらシービーのスカウトを断るのは不可能だろう。

 であれば久住の選択は二つに一つ。

 自分のメンツを守り、これから始まるであろう地獄を取るか……今まで保ってきた印象を捨てて、地獄を回避するのか───

 

 

 

「…………俺で良ければ、よろしく頼む」

 

 

(ちくしょう……何でこんなことに……!)

 

 

 

 ────この日、最高最強タッグ(シービー視点)と最低最悪タッグ(久住視点)が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぅ!? もう担当が決まったのか?! いや、私も久住君の眼を信用していないわけじゃないが……その、もう少し慎重にだな……?」

 

 理事長室にて、偵察に向かわせていた部下からの報告を受けた秋川やよいは、その内容に驚愕した。

 秘書である駿川たづなから選抜レースについて話したとは聞いていたし、彼の反応から選抜レースに顔を出す可能性が高いことも聞いていた。……だが、まさか選抜レース初日にいきなり契約を取り付けてくるとは予想もしていなかった。

 

「はぁ……疑問!! それで、彼が担当に選んだのはいったい誰なんだ?」

 

 やよいはトレセン学園に在籍する生徒全てを記憶している。

 数千に及ぶ生徒達の顔を全て記憶しているだけでも驚異的な記憶力だが、やよいは其だけではない。一人一人の性格や脚質、レースの勝敗に至るまで"本当に全てを"記憶している。そして、それは去っていったウマ娘達も例外ではない。

 やよいからすれば誰だろうと名前を聞けば直ぐに顔が浮かんでくるだろう。────しかし、次に部下の口から出てきた名は、トレセン学園に居る者であれば大半が耳にしたことのある名前であった。

 

 

「………なに? 久住君が選んだ相手はあのミスターシービー(破天荒な娘)だと?」

 

 その破天荒な性格と未デビューながら現役のウマ娘と変わらぬ実力を持っている事でトレセン学園でも非常に有名なウマ娘だ。

 しかし基本理事長室に籠って雑務をこなす秋川やよいと、その性格から全校集会にすら不参加なミスターシービーとでは会うこと自体が難しかったようだ。

 秋川やよいがシービーに会ったのは過去に一度のみ。だが、それでも彼女の事は一際印象に残っている。

 ………それは、やよいの類いまれな観察眼によって彼女の内に秘めた感情を看破してしまったが故に、だろう。

 

 ────彼女の心はあまりにも歪だ。

 

「なるほど、確かにあの子には何かしら処置が必要だと思っていたが……久住君は彼女のチグハグな心を見抜いたか」

 

 自分の愛する男の姿を思い浮かべる。

 自身と遜色のない眼を持ちながら、誰よりも優しい心を持った男の子。(と、やよいは思っている)

 

「……ならば久住君が放っておけるはずも無いか」

 

『命をかけます』

 彼はウマ娘の為にそう言い切った男だ。見てるだけだった私とは違い、彼ならば何か彼女に変革をもたらす事が出来るのではないか?

 ────そう期待させるだけのナニカが、彼にはある。

 

「今回の契約であの子に何か変化があれば良いが……」

 

 

「───その心配は無いかと」

 

「む? たづな、それはどういうことだ?」

 

 彼への想いを口にしていたとき、その言葉を否定して理事長室に入ってきたのは、秋川やよいが最も信頼する部下である秘書·駿川たづなであった。

 恐らく扉越しに少女が口にしていた独り言を聞いていたのだろう。

 本来は盗み聞きに近しい行為だが、やよいは別段その事について責める気はない。むしろ、やよいの真っ当な不安を彼女が否定できた理由の方に興味が向いていた。

 

「こちらも詳しくは把握しきれていませんが、なんでも今回契約を持ちかけたのは彼女の方からだったそうですよ」

 

「なんとッ!? 数々のスカウトを断ってきた彼女が逆スカウトとは!!」

 

 てっきり彼の方から口説き落としたのだと思っていたが、逆に口説かれる立場だったとは……やはり彼は今までのトレーナーにはない何かを持っているのだろう。

 

「はぁ……彼は我々の常識を覆してくる男だな」

 

「ええ、まったくです」

 

 ため息混じりに愚痴をこぼす両名だが、その顔は分かりやすく緩んでいて、互いの言葉に悪い意味が含まれていないことは一目瞭然であった。

 

「だが、そうか……もう既にあの子は、彼との出会いによって変化し始めているのだな」

 

「彼女のことは、久住さんに任せて問題ないでしょう」

 

「そうだな………ん? たづな、昨日の学園案内で何かあったか?」

 

 やよいの眼はたづなの変化を見逃さなかった───

 

(彼への態度が変化している?)

 

 ───昨日までには無かった彼への信頼が生まれていることに。

 

 それ自体は良いことではあるが、信頼というのは数日で築かれるものではない。

 たとえ彼の話を事前に聞かされていたとしても、実際に会ったのは数日前……たづなに至っては昨日の事だ。

 であれば、昨日の学園案内のときに何かあったと考えるのは当然の事だろう。

 想像できる可能性の数々に、少女は恐る恐るたづなに問う───だが、返ってきた答えは今日一予想外のものだった。

 

「"昨日"というより、数年ほど前に少し……」

 

「えッ!? 数年前に彼と会ったことがあるのか?! おい、たづな!!」

 

「ふふっ、乙女の秘密です♪」

 

「まて! 答えろ、たづなー!!」

 

 

 

 両名を知るものは新たな時代の到来を予見し────

 

 

 

 

 

「そうか、シービーが……!」

 

「……会長なんだか嬉しそうですね?」

 

 会長と呼ばれた高貴な雰囲気を纏っているウマ娘『シンボリルドルフ』と、深紅のアイラインと鋭い目つきが印象的なウマ娘『エアグルーヴ』が談話に興じていた。

 どちらも学生とは思えないほど大人びているが、その服装を見ればトレセン学園の生徒だと分かる。

 

「ああ、嬉しいとも。他者への興味が著しく薄かった彼女が、まさか自分からスカウトしに行くとは……まさに奇想天外だよ」

 

 ルドルフは歓喜の気持ちを隠そうともせず、心なしか声も弾んでいた。普段のルドルフを知っている者からすれば、さぞ目を疑う光景だろう。

 

 ───しかし、それほど今日起きたことは周囲に衝撃を与えたのだ。

 

「……確かに意外でした……あの傍若無人を絵に描いたような方が、スカウトしている様を想像できません」

 

 過去に面識でもあるのだろうか? エアグルーヴが苦い顔をしている。

 元々鋭い目付きなのも相まって凄いことになっているが、別にエアグルーヴはシービーの事が嫌いなわけではない。ちゃんとシービーへの尊敬や畏敬の念はある……のだが、それ以上に苦手なのだ。

 規律を重んじるエアグルーヴと自由奔放なミスターシービーでは、単純に相性が悪い。

 ルドルフもこの事を認識しているため深く言うつもりはなかった。

 

「ふふっ、それは私もだよ。だが場に居合わせた生徒達によれば、だいぶ熱烈なアプローチだったらしいぞ?」

 

「ご冗談を………何か情報伝達にミスがあったのでは?」

 

「私が直接生徒達に聞いたんだ、間違いないさ」

 

 思わず苦笑してしまう。まさか情報を疑われるとは……だがシービーを知る者達からすると、それほど今回の件は信じ難い話だったのだ。

 それこそ、ルドルフ自身も当初この話を聞いたときは、所詮取るに足らないただの噂だと思っていたほどに。

 

 『彼女は他者に興味を示さない』

 

 自由奔放、常識に縛られない、つかみどころがない───ルドルフから見ても確かにその通りだと思う。しかし、ルドルフが彼女に感じた最初の印象は「いつの間にか消えてしまいそうな存在」だった。

 それを"自由奔放"の一言で片付けてしまえばそれまでだが、ルドルフにはそれが出来なかった。彼女と過ごす時間が長くなるにつれ、どうとも言えぬ不安感がルドルフの心に積もっていく。

 生徒会長である以前に、一人の友人として彼女のことを気に掛けていたのだ。

 

 ────だが、その友人に間違いなく変化が訪れている。

 

 

「"久住かいと"……今年入った新人トレーナーか……」

 

 

 

 片名のみを知るものは、友人を変えた未知の存在に興味を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。久住君、これからは一緒に暮らそうよ♪」

 

「(…………殺人罪って何年くらい刑務所にブチ込まれるんだっけ?)」

 

 

 そして、この二人がこれから世界に波乱を巻き起こすことになる。

 

 

 

 

 




一万文字越えました。そして気がついたら前回の更新から一ヶ月以上経ってました。時間が経つのは本当に早いですね、うん。

スゥーーー……いや本当にすいませんでしたぁぁぁぁ!!!!
書きたいことを一話に纏めようとしたら思ってた以上に難しくて時間がかかってしまいました。
恐らく誤字脱字あると思うので、見つけた方はご報告お願いします。


面白いと感じて頂けましたら高評価、感想の程よろしくお願いします。
執筆の励みになります。


 《追記》

シーザリオ可愛ィィィィ!!!!!! アビャビャビャビャ!!



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