ガチでクズなトレーナーの物語 リメイク版   作:アグリ

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食堂にて

 ────昨日の童貞暴露事件を乗り越えた俺は、ストップウォッチ等の必要最低限の機材を持ってグラウンドに居た。

 

 今日も今日とて一張羅のスーツを着こなし、胸には中央トレーナーであることを示すバッジが日光を反射してキラキラと輝いている。

 本日の天気は晴天。普段であれば晴れやかな気持ちで出勤する社畜どもをバカにしていた事だろう。だが、今の俺の心は曇天どころか深夜二時。加えて軽く台風が到来している。

 

「契約書も問題なし……よし、これで俺は正式に君のトレーナーとなった」

 

「やった♪これで正式に私と君は一心同体……ずっと一緒だね」

 

「(その例えやめろや、どっちかで言ったら一蓮托生の方が近いだろーがよ)……そうだな。トレーナーになったからには全力で君をサポートさせてもらう」

 

 ───そしてその原因というのも、体操服に着替えたクソ娘もとい、歩く公然わいせつが目の前に居るからに他ならない。……おい、お前もっと離れろや、なんでそんな距離近いんだよ。少し前屈みになれば接触するほどに近いんだけど……まぁ、コイツの距離感がバカな事は一旦置いといて話を戻そう。

 

「うん。私も君の期待に応えられるよう頑張るからさ、これからよろしくね」

 

「(……ああ、始まったんだな。地獄が) こちらこそ、よろしく頼む」

 

 前回のおさらいだが、コイツのほぼ強制スカウトによって、俺は嫌々ながら……本ッ当に嫌々ながらコイツのトレーナーになってしまった。

 原則として一定の時間が経たなければ解除できない決まりがある以上、契約書も承認され正式にトレーナーと認められた今、すぐには契約を解除出来ない。ってか、契約してソッコーで解除したら俺の方に問題があると思われる可能性があるし。

 

 となると残された選択肢は一つだ。

 

(もう担当契約は結んじまったんだ。俺の印象的に担当契約を解除するなんて論外だし、コイツの様子を見るに、当分はコイツからその手の話題は出してこないだろう)

 

 もうここまで来たら割り切るしかない。せいぜいコイツにレース勝たせて、俺の楽々高収入生活の糧にしてやる。

 幸いコイツの実力は折り紙付き、昨日の走りが出来れば今の段階でもG2クラスなら良い勝負になる。更にトレーニングを積ませれば、まず負ける事はないだろう。

 そして適度にG2、G3のレース走らせて、あわよくばG1も勝っちゃってー! みたいな!!? したら俺の懐に入ってくる金もガッポガッポでグッヘッヘ~!! それに、いきなり初年度からG1ウマ娘を育てたとか、最高にマウントを取る材料になる!! 

 

 『あれ? ボクチン初年度からG1勝ったんですけど~トレーナー歴が圧倒的に長いであろう先輩方なら勿論G1勝ったことー……え!?まだ一度も無い?! あっ、なんかすいませーん。こんなにトレーナー歴が長い()()()()()先輩方を差し置いて()()()ボクチンが先に"G1"取っちゃってー、ここは先輩方の顔を立てたほうが良かったですかねぇ~?』

 

(ホッホ~ッ!! 最高だ! 懐が暖まる上にマウントまで取れるなんて最高すぎる!!)

 

 しかし、どのレースに出るかはウマ娘本人の意志が尊重される。トレーナー側がレースの出走を無理強いすることは出来ない。

 もしコイツがG1レースに興味が無かった場合、俺の計画は瓦解するが……まぁ、そこは問題無いだろう。豚もおだてりゃ木に登るって言うし、もしコイツがG1に興味がなくても適当に口八丁で誘導してやれば良いだけだ。

 

「じゃあ、まずは君の目標について聞かせてほしい」

 

「え? えっと久住君とゴールインする事かな」

 

ハッハッハ!! おいマイケル! コイツはどうやら俺と対話できる次元に居ないみたいだぜ~☆

 

「…………悪いが、トレーナーはレースに出走することは出来ないぞ?」

 

「あははっ! ねぇ、君ってやっぱり天然だよね。可愛い♪」

 

 ···········あ゛?

 

 おいゴラ!このクールの具現化みたいな俺のどこに天然の要素があるってんだァ!?。

 あんな天然キャラとかいう免罪符ついただけのアホでバカな奴らと一緒にすんなや。俺が今まで演じてきたクールキャラは、その対極の存在なんだよ。

 冷静沈着·頭脳明晰·鋭敏にして聡明なクールキャラと、バカ·アホ·ドジな天然キャラとでは、天と地の差だろォーがッ!!

 

(はっ!?いかんいかん、冷静になれ。こんな戯れ言くらい華麗に流せなければ、この先コイツの相手なんて………あ、ヤバ。想像しただけで目眩してきた)

 

「聞き方が悪かったな。君が勝ちたいと思っているレースについて聞かせて欲しい」

 

「あー、勝ちたいレースか~……」

 

(…………妙な沈黙だな。コイツもしかして目標が無いのか? ならば好都合。特に目標が無いのであれば、コイツがG1レースに出走するよう簡単に言いくるめる事が出来る)

 

 

 久住の予想は正しい。

 実際今まで目標なんて特に考えたことも無かったシービーは、久住の問いによってようやく自身が走りたいレースについて考える機会を得たのだ。

 ただ、もともと皐月賞や日本ダービー等の称号に興味が無かったシービーからすれば、久住の質問は非常に難しいものであった。

 事実、青く光る空を見上げ、口に手を当て深く考え込んでいる姿がその事を雄弁に物語っている。

 

 

「(しゃーね、フォローしてやるか) なに、目標がなければダメと言うわけでもなし────」

 

 

「────全部、かな」

 

 

(……………はい?)

 

 

 彼女の発した言葉には重みがあった。

 飄々としていた先程までと違い、彼女の本気の表情が一帯に重くのし掛かる圧を生み出していた。

 そして久住の言葉に被せるように彼女は話を続ける────

 

「走るレース全部に私は勝ちたい。一度たりとも負けたくない。

 歴史上誰も達成したことがない『無敗の三冠ウマ娘』……私は、その称号が欲しい」

 

 先ほどまで唸り声を上げながら目標について悩み込んでいたとは思えないほど、貪欲な望みを露にするミスターシービー。

 歴史上誰も成したことのない『無敗の三冠』という、全てのウマ娘にとって雲の上とも言える称号。

 彼女はそれが欲しいと臆面もなく言い放ったのだ。

 彼女には一切の動揺もなく、まさに大胆不敵。まるで「無敗の三冠なんて大したことでもない」と言っているかのような、涼しげな顔をしていた。

 そして相対する男もまた無表情を貫き、無敗の三冠という言葉に動揺を見せなかった。

 

「久住君は無謀だと思う? 無敗で三冠を取るなんてさ」

 

 シービーが男に問いかける。

 中央のトレーナーならば"不可能"という言葉は絶対に使わないだろう。

 例えどれだけ無茶な目標や願いだとしても、ウマ娘が本気で目指しているのならば全身全霊でサポートする事は間違いない。───しかし、本人も認知していない深層心理では『不可能·無理』という想いがある事は否定できない。いくら聖人に近いトレーナーといえど人間なのだから当然だ。

 

 ……では、聖人に近いトレーナー達ですらそうなら、真性のクズである久住はどうなのか───

 

 

(うん、絶対ムリだと思う)

 

 

 まぁ、言わずもがなだ。

 

 

(いや、もう……なんかコイツってスゲェわ)

 

 常に他をバカにしている久住も、一周どころか百周くらい回って感激していた。というより、呆れていた。罵る事も忘れて、ただただ呆れていた。

 

「いや、決して無謀だとは思わない。君なら十分に可能だろう」

 

  どの口が言っているのか。内心絶対無理と断言しておいて外面では可能性を示唆している。この男の面の厚さは計り知れない。外面だけを見れば、ウマ娘の可能性を信じている良識的なトレーナーなのだろう。しかしそれは仮初の姿なのだ。実際は性悪で自己中なナルシストという本当に残念な男。

 だが、もっと懐疑的な意見が飛んでくると思っていたシービーからすれば、あまりに平然と告げられ少し拍子抜けといった感じだ。

 

「あれ、私から言っといて何だけど、現実的に考えて無茶だとは思わなかったの?歴史上誰も成した事が無いのにさ」

 

「(うん、だから絶対ムリだと思う) 君の才能なら申し分無い。後は君の努力次第だろうが───俺の全てをもって、君の目標達成に助力する」

 

「───ッ!! あははっ! 久住君の全てをもって、ね。……うん、期待してるよ。とっても」

 

(俺はお前に期待してないけどな)

 

 どうやら久住の言葉がお気に召したようだ。顔を上気させ、頬をほんのり赤くする。

 

 

まぁ、私は目標というより通過点なんだけど

 

 

 はぁ……またワケわかんないこと言ってやがる。しかも小声で。

 緑女のときもそうだが、小声だろうとこんな近距離で話せば普通に聞こえてんだって。え、トレセン学園の奴等って小声で喋れば絶対相手に聞こえないとでも思ってんの? 小声ってそんな万能じゃないから。声に出してる時点でアウト判定だから。人間様の聴覚舐めんな。まあ、面倒そうだから聞き返さないけどさ。

 

 というか、こんなおままごとしてる暇はないんだよ。時間は有限、さっさと流して話し先に進ませんぞぉー。

 

「その為にも、まず今から君のタイムを測らせてもらう。このタイムは今後トレーニングメニュー作成の参考にさせてもらうから、いま出せる全力で走ってくれ」

 

「うん、了解。じゃあスタート位置についてくるから、私の走ってる姿、ちゃんと見ててよ」

 

「ああ、当然だ」

 

 トレーニングメニュー作る為なんだからあッたりめェーだろーが! お前の方こそ俺の給料懸かってんだから手ェ抜いたらタダじゃ置かねェかんなッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺の全てをもって君の目標達成に助力する』

 

「あははっ♪」

 

 ターフの上を驚異的スピードで駆けているが、彼女の頭では久住に言われた言葉がずっと反響していた。そして反響させるたび、どんどん笑みが深くなっていく。

 

「そっか、手伝ってくれるんだ。私の目標を、君の全てで」

 

 無敗の三冠……これは彼女の本当の目的ではない。

 だが、無敗の三冠という目標が嘘というわけでもない。

 

 『────私は目標というより通過点なんだけど』

 

 言葉通り、シービーにとってはただの通過点なのだ。

 無敗の三冠など、久住の傍に居るために必要な途上でしかない。

 

『久住君は無謀だと思う? 無敗で三冠を取るなんてさ』

 

 シービーは()()()()()()()()がなんと答えてくれるのか確認したかったのだ。例え返ってくる答えが解りきっていたとしても。

 

(私が無敗の三冠と言ったとき、彼からは疑惑の視線を全く感じなかった。久住君は本当に無敗の三冠を取れると思ってる。それだけ私の事を信じてくれてる!)

 

 ────シービーの速度が上がる。

 

(彼の信頼に応えれるよう────有り余る"愛"を"速度"に)

 

 ────シービーの速度が更に上がる。

 

 

 

 

 

 ふむ。シービーは信頼と思っているが……

 

 いやいや、久住が誰かを信じるとか、そんな異常事態起こるはずがない。単純に疑惑すら抱かなかっただけ。絶対無理と、一切の望みを感じていないだけだ。

 

 『信』という言葉が付くものは大抵久住には当てはまらない。当てはまるのは『自信』とか自己愛に関するもののみ。それ以外の言葉など久住にはもったいない。

 

 

 

 …………え、こんなやつがトレーナーでいいんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

(うーん、なかなか速いな。選抜レースの時より速いんじゃないか?)

 

「しかし無敗の三冠ねぇ……ま、G1レースに出る事は確定したんだ。無駄手間が省けただけ良しとしよう」

 

 アイツは無敗の三冠なんて妄言を吐いていたが、まず三冠すら無理だろうな。

 三冠の夢を抱いた奴は数知れず、膝から崩れ落ちた奴も数知れずだ。

 将来に希望を持ったアホなガキ共が、三冠という夢を掲げターフの上を走り、現実という名の壁に直面し絶望するのだ。

 

 つまりは無理ゲー。三冠ってだけでもバカみたいな話なのに、無敗って……コイツは歴史に名を残すな、悪い方で。

 

「ってかアイツ、本気で走ってんのか? ずっと笑顔なんだけど」

 

 そういや昨日の選抜レースも笑いながら走ってたな。イカれてる奴らは全員そうなのか? なら、今後はレース中に笑ってる奴はスカウトしないようにしよ。

 というか、これからはアイツを反面教師として、アイツと類似点が多いウマ娘とは関わらない方が良いな。また今回みたいな事が起こるかもしれん。

 

「はぁ……アイツもそろそろゴール付近だし、切り替えるか」

 

 それに卒業までの辛抱だ。アイツとは担当とトレーナーっていう付き合いだけだし、できる限り関わらないようにすれば……まぁ、俺のストレスも多少は軽減するはずだ。

 

 

 ん? まって、今のってフラグじゃね?

 

 

 ~~~~

 

 

 ~~~~~~

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

「ふぅ……」

 

「シービー、お疲れ様」

 

 うっすらとだが、汗で衣服が滲んでいるシービー。

 そしてその彼女にタオル(当然学園の備品)を渡す久住。

 

「ありがと。ね、どうだった? 私の走りは」

 

「(え、そこそこまあまあ) ああ、見惚れるほど素晴らしかった」

 

「っ!」

 

 久住に感想を求めるシービーであったが、期待通り……いや、期待以上の言葉を聞く事ができ喜びに身を震わせる。そして同時に、面と向かって『見惚れる』と言われたシービーの心は、今にも溢れんばかりの"愛"によって弾けそうになっていた。

 

「…………君はズルいよね。ホント」

 

 頬を赤くしながらタオルを受け取り、汗を拭う。

 自分はこんなにも動揺しているのに、彼の心は平常時のまま。それをシービーはズルいと思ってしまう。

 だがシービーのズルい発言の真意をなに一つ理解していない久住は、無視して話を続ける。

 

「君の走りは大まかに把握できた。……ただ、一つ聞いておきたいことがある」

 

「ん、なに? 何でも聞いてよ」

 

 シービーは聞かれる質問がなんなのか皆目検討もついていないが、惚れた男からの質問とあって自分に答えられる範囲であれば、文字通りどのような質問にも答える気のようだ。

 

 ……けれど────

 

 

「その足を庇うような走り方────つま先……いや、爪か」

 

 

 ────シービーにとって、この問いは聞かれたくない類いのものであった。

 

 

「……あー、分かっちゃうんだ。やっぱり」

 

 

 余裕綽々だったシービーの表情に影が落ちる。

 

 

「新米だが、一応トレーナーなんでな」

 

「気付かなかった人も多かったけどね……うん、君の言う通りだよ。私って昔から爪が弱くてさ、つま先に負担が掛かるとすぐ痛めちゃうんだ。

 だから今まではつま先に負担が掛からないよう、専用の靴や走り方を工夫したりしてたんだけど……まさかこんなに早く言い当てられるなんてね。────いつ気づいたの?」

 

「昨日のレース時の走りに違和感があったからな。とは言っても、確信したのはさっきの走りでだが……」

 

「そっか……ねぇ、誤解しないで欲しいんだけど、隠そうとか、君を騙そうとか、そんな事を思ってたわけじゃないんだ」

 

 先程からシービーの顔色が優れなかった理由はそれだろう。

 自ら打ち明けるのではなく、言い当てられる形になってしまった。それはトレーナーにすら隠し通そうとしたのでは……そう考えてもおかしくはない。

 

 そうならぬよう、近いうちに自分から話すつもりだった。だが、先程の問答によってその機会を失うどころか『指摘されたから白状した』ような状況になってしまった。つまり指摘しなければ今後も黙っていた、と捉えられても不思議じゃない。契約早々そのような印象を与えることは、シービーにとって最も避けたかったことだ。

 ────シービーは久住から信頼を失うことを何よりも恐れているのだから。

 

「なに、心配するな。もとより隠すつもりが無かったのは理解している」

 

 しかし久住はシービーの心情を察してか、不安を払拭するように言う。

 そして、いまだ不安の色が浮かぶ彼女の瞳から一切視線を逸らさずに言葉を続ける。

 

「それに、その程度気づけないようじゃ君のトレーナー失格だろう?」

 

────久住はさも当然の様に言っているが、事前情報なしでシービーの爪に気づくのは並大抵のことじゃない。

 確かに爪の負担が小さくなるよう走り方を工夫してはいるが、シービーの走法は正しいフォームに限りなく近い。中央のトレーナーですら見逃してしまうほど、シービーの走りには癖が少ないのだ。事前に情報を知り、注意深く観察してようやく違和感に気づける程度の、本当に些細な癖。

 それを二度の走りを見ただけで確信へと至れるのは、高い観察力と、自分の眼に絶対の自信があるからだろう。

 

 

「……ふっ、あっははは! そっか、よし! 君の期待に応えれるよう頑張らないとね!」

 

「頼もしいな。では今後は爪の事も含めてトレーニングを作成しよう。

 ただ……無敗の三冠を狙うのなら、トレーニングメニューは相当過酷なものになるだろう」

 

 久住は少しいい淀みながら口を開く。

 久住の言葉はむしろ当然のことだ。どんな天才であろうと、生半可なトレーニングで無敗の三冠になれるほど甘いはずがないのだから。

 

「もちろん、覚悟の上だよ。それに君と一緒なら、私は何処までも行けるさ」

 

「ふむ、随分高く買ってくれるな……だが、そうだな」

 

 

 

「一緒に打ち立てよう。無敗の三冠という前人未到の大記録を────」

 

 

 

(よし! 言質とったかんなァ!? 死ぬほどキツいメニューにしてやんよォオオオオ! 合法的にいじめれるなんて、トレーナーの本領発揮だぜーッ!!)

 

 

 終わってる。

 

 

 

 

 

 

 《トレセン学園·食堂》

 

 トレセン学園の生徒や職員の多くが利用する場所である。

 マンモス校なだけあって食堂の広さも尋常ではない。

 しかし、よく食堂の広さに目を向けられがちだが、驚愕すべきは内装よりも料理を作り提供するシェフの方だろう。

 

 ウマ娘の食事量は伊達ではない。小柄な娘が成人男性の倍近い量を食べている、なんて事はざらにある。

 そしてこの学園には2000人以上のウマ娘が在籍している。その殆どが食堂を利用し、バカみたいな量の料理を注文しているのだ。それだけで普通の料理人であれば余裕で逃げ出しているだろうが、トレセンの料理人達は一味も二味も違う。

 調理スピードはもはや人間ではなく、味にも抜かりがない。さらに注文された料理は材料が切れぬ限り必ず提供する。まさに料理のスペシャリスト。

 

 トレセン学園で働く者たちはみな”超”優秀なのだ。

 

 

 そんな戦場と呼んでいい昼時。

 お腹を空かせたウマ娘達が一斉に集う時間帯────しかし、この日はいつもと違っていた。

 いつもならば食堂にウマ娘達が長蛇の列をなし、厨房はとっくに戦場と化している頃だが、今日その行列は見られず、厨房も昨日に比べ非常に静かであった。

 

「────ねぇねぇ、あの人って新人さんかな?」

「分かんない……けど、今まであんな人が居るなんて聞いたことないよ」

「んー……声かけたいけど、オーラが強すぎて近づけない……」

「……ひょっとして、あの人じゃない? シービーさんが直接スカウトしたっていうトレーナーさんって!」

「あー! イケメンで、オーラがヤバいトレーナー……聞いてた噂と確かに同じだわ!」

 

 

 しかし静かながらも、耳を澄ませば僅かにヒソヒソと話し声が聞こえてくる。

 それは噂好きな年頃であることも関係しているだろうが、ヒソヒソと話している大半の者たちは、共通して"ある"話題のことであった。

 

 

(うーわ。昼時だから、ウマ娘共も増えてきたな)

 

 

 ────その原因であり、ウマ娘の視線の的になっている男は、一人隅の方で黙々と食事をとっていた。

 周りの学生達は男の方をチラチラ見ながらも、決して近づこうとはしていない。けれど、大半の者たちの箸が止まっているのを見るに、男への興味を隠しきれていないのが分かる。

 

(牛丼か……いや、カツ丼もありか?)

 

 しかし多くのウマ娘が臆してしまい、なかなか声をかけるに至らない。それもそうだろう、この男は歴戦の猛者達ですら物怖じしてしまうほどのオーラを常時垂れ流しているのだから。

 

 そもそもの話、久住の交遊関係は著しく限定的なのだ。まず同年代に友人は居らず、後輩なんてもっての他。久住とまともに会話が出来るのは、理事長·学長·緑の秘書·ヤンデレ────等々、それなりの胆力を持った選ばれしアベンジャーズ達だ。そんな一癖も二癖もあるアベンジャーズくらいしか話しかけることが出来ないのであれば、中央の一般ウマ娘が話しかけれるはずも────

 

「あなたが久住トレーナーかな?」

 

「(ん? 誰だコイツ) ああ、そうだが……確か君は」

 

 おっと? 料理をおぼんの上にのせ、久住に話し掛けたのは栗毛のウマ娘。

 服装を見るにトレセン学園の学生であることに間違いはないだろう。しかし彼女の纏う雰囲気は、他の学生達とは到底似ても似つかないものであった。

 そう、幾度の戦いを勝利してきた戦士のようでありながら、貴族のような高貴さも持ち合わせている。

 彼女を例えるなら─────皇帝。

 

 

「───トレセン学園生徒会長のシンボリルドルフだ」

 

 

 『トレセン学園の生徒会』

 事務執行を取り扱う執行部であり、イベント企画の立案·運営を担っている。そしてその影響力は大きく、URAにすら口添え出来るほど。

 つまり────

 

 (権力持ちのクソガキ2号じゃねぇーかアアアアッ!!!!)

 

 おいふざけんなッ!! この学園はガキに権力与えすぎなんだよ! 権力持て余してんのか?? なら俺が喜んで貰ってやるよ!

 しかもシンボリって名門家とか言われてるとこじゃね? ハッ!! ボンボンのクソお嬢様じゃねぇーかよ! さっさと去ね!! ってか逝ね!!!(中指ビシッ)

 

「久住トレーナー、隣いいかな?」

 

 え?絶対無理。金持ちのお嬢様を隣に座らせるなんて、わたくしのお衣装が香水臭くなってしまいましてよッ!!

 ってか、他にも席めっちゃ空いてんだろうが! そこら辺とかスッカスカだわ!!! 無理無理、お前が俺の隣に座るなんて5000兆年早いんだよ! 大人しく地べたに這いつくばってな!!! ペッッ!!

 

「………ああ、いいぞ」

 

 

 ……べ、別に、断った後の報復が怖いとかじゃ…ないんだからねッ!!(ツン…デレ?)

 

 

「それで、俺に何か用か?」

 

「なに、用というほどでもないさ。……ただ、噂になっている新人トレーナーを一度見ておきたくてね。こうして足を運んだ次第さ」

 

 は? 噂? 何それ、俺の耳には入ってないんだけど……あ、噂ってイケメンな新人教師が来たーみたいな女子高のノリか。まぁ、俺がトレーナーになって数日経つんだ、そんな噂が立つのも当然だな。────さて、どんな言葉でもてはやされているのか聞かせて貰おうじゃーないか!

 

「シービーはこの学園ではかなりの有名人でね。まだデビューこそしていないが、コアなファンもいるほどなんだよ」

 

 うわ最悪そっちかい。良い噂じゃなくて悪評じゃねぇーか。

 

 ……ッてか、 え゛!? あんな奴にファン……だとッ!? 目と頭腐ってるんじゃないか?

 大勢の前で人の童貞暴露する奴のどこにファン付く要素あんだよ………アイツのファンとか絶対ロクな奴じゃないな。関わらんとこ。

 

「そんな彼女が逆スカウトしたという話は、既に学園の中では大きな話題になっているんだ。今まで散々スカウトを断ってきた彼女が今になって逆スカウトなんてしたのだから、当然と言えば当然なのだろうけど……」

 

「なるほど、そういう事か」

 

 あーね、言ってしまえば身持ちの固い学園のアイドルに彼氏が出来た。みたいな感じか…………いや誰が彼氏だよ。この例えは止めよう。最悪だ。

 

「だが、私としては少し安心したよ。もしかしたら、シービーはこのままトレーナーをつくらないんじゃないかと心配だったからね」

 

「……それは、生徒会長としての心配か?」

 

「…………いや、一人の友人としてだよ」

 

(嘘つけッ!! どうせ生徒会長だから素行不良生徒の対処だって任されてんだろォ!? 『悩みの種が一つ減ってチョベリバ~、ついでに問題児の相手はトレーナーに任せれるから更に負担激減でマジ卍~~』って思ってんだろ!)

 

 いや、久住ならばルドルフが嘘をついていない事くらい分かるだろうに、何故そう決めつけるのか。……あとなんで太古のギャル?

 

 久住は嘘と言い張っているが、ルドルフの言葉に嘘は見られない。

 少し言い淀んでいたのは、おそらく生徒会長として、と言われたことに何かしら思う事があったのかもしれない。

 全てのウマ娘の幸福を願う彼女は、生徒会長という仮面を常に被っている。生徒会長として、皆の上に立つものとして、彼女は弱みを見せまいと気を張り続けているのだ。

 

 完全に理想や思いは久住と対極に位置している。まさに陰と陽。

 しかし、その生き方に関しては、非常によく似ていた。

 どちらも完璧であろうと仮面を被り、周囲に侮られないよう気を張っている。内面の差はともかく、二人は意外に似た者同士なのかもしれない。内面はともかく。

 

 

「そういえば、シービーは何処に? 今日はあなたと練習していると聞いていたのだが……」

 

 どうやらルドルフは、話題に上がっているウマ娘の姿が見えないことに疑問を感じているようだ。

 午前中にコースを走っている姿を見たとの情報があったため、てっきり今も一緒に食事を取っているものと思っていたのだが、肝心のウマ娘の姿は見えなかった。

 

 

「………ああ、シービーは────」

 

 

 

「────ねェ? ナニしてるの?」

 

 

 

「ッ!!」 (な、いつの間に……!? 気配を全く感じなかった)

 

 背後から聞こえた声にルドルフは勢い良く振り返る。

 ウマ娘の耳が人の聴覚より優れているのは常識だ。だが、その聴力をもってしても至近距離に近づかれるまで全く気付かなかった。

 加えて男の周辺には人が居ない。遠くの方から若干話し声や物音は聞こえているが、ウマ娘の聴力にかかれば大した問題にはならない。にもかかわらず、声を掛けられるまで気付くことが出来なかった、というのは、ルドルフとしては信じがたい事であった。

 

「………来たか、シービー」

 

「うん、おまたせ♪久住くん。ところで────()()()()()()()と何してるの? ルドルフ」

 

「あ、ああ、偶然食堂で彼を見かけてね。折角だから噂の彼と話がしたいと思い、隣に座らせてもらった次第さ」

 

 圧だけで人一人殺せそうな雰囲気を醸し出しているシービー。

 ルドルフは、今まで一度も見たことがない友人の姿に尻込みしていた。

 傍から見てこの状況を表すと、寝取られ現場を目撃した彼女(シービー)と、知らずのうちに寝取ってしまった被害者(ルドルフ)といった感じだろうか。……うむ、全く状況が分からない。

 

 ただ一つ確かなのは、ルドルフの本能が大音量で警報を鳴らすほどには、危機的状況だということだ。

 

 

 (チッ!! コイツが来るまでに飯を食い終わらせとく筈だったのに……クソガキ2号のせいで全く飯が進まなかった……どうしてくれんだテメェ?! あっ、これ美味っ! 腐っても日本最高峰の養成機関、飯のレベルも最高峰ってことか……明日は牛丼だな)モグモグ

 

 

 ─────そして危機的状況のなか、当事者は呑気にご飯を頬張っているのだった。………何をしているこの男は。

 

 しかし呑気な思考回路をしている当事者とは違い、すぐ隣では一触即発といった雰囲気であることに変わりはない。

 シービーの口元は笑みを浮かべているが、それが本心からきた笑みでないのは一目瞭然だ。心の奥底では今にも爆発しそうな感情をギリギリ理性で抑えているのだろう。

 

 その友人の激情をルドルフも感じたのか、ルドルフの額には冷や汗が滲んでいた。

 今のシービーはいつ爆発してもおかしくない危険な状態だ。

 

「少し目を離した隙にもう狙われてるなんて、久住君はモテモテだね。……でもまさか、最初に狙ってきたウマ娘()が私の友人だなんて思わなかったよ」

 

 そんなことしないと思ってたんだけどな~───などと軽口を叩いてはいるが、その視線はとても友人に向けるようなものではない。というか、人に向けるものじゃない。

 

「い、いや、待ってくれシービー! 別に私は狙っていた訳じゃない! 単純に彼と一度言葉を交わしてみたかったんだ」

 

 そうルドルフは弁明するが、シービーはいまだに半信半疑なようだ。

 目を細め、隠す気もなく疑いの視線をルドルフに向けている。友人といえど、好きな男を寝取った疑惑のある女の言葉を素直に信じられないのだろう。

 シービーは確認を取るように久住に問い掛ける。

 

「………………本当に?」

 

「ああ、勧誘紛いなことはされていない。ルドルフとはただ世間話をしていただけだな」

 

「─────()()()()?」

 

 ………久住、地雷を二度踏む。

 

 何気なく放った久住の言葉によって、少しばかり良い方向に向かっていた雰囲気が再び重くなる。

 そして先程よりも更に低い声でシービーに名を呼ばれ、ルドルフはビクリと肩を震わせる。

 

「へぇ、ルドルフのことは名前で呼んでるんだ? 私はまだ一度も呼ばれたことないのに?」

 

 

 ……あー、そういやそうだな。呼称の方が呼びやすかったから忘れてたわ。

 ん~、これは少し不味いか? コイツのトレーナーになったのがつい昨日の事とはいえ、担当のウマ娘を一度も名前で呼んだことが無いというのは、俺の印象に関わってくるな…………なんかクソガキ2号が見るからに驚愕!って感じの顔を俺に向けてるし、やっぱりこういうトレーナーは少ないのか。

 

 (チッ!ここで印象を落としたくはないな……)

 

「…………そうだったな。君のトレーナーを担ったというのに……先の事に目を向けるあまり、目先の事を失念していた。……これではトレーナー失格だな。すまない」

 

 こういうのは謝罪の速度と、どれだけ違和感なく言い訳を混ぜられるかで大きく変わってくる。

 変に分かりやすい言い訳を長ったらしく話すよりは、分かりづらい言い訳を一言二言挟みつつ、潔く非を認めて謝った方が相手の怒りボルテージも多少は下げられる。

 

「これからも何か不満が有れば言ってほしい。君に相応しいトレーナーになれるよう日々精進していくつもりだ」

 

 んで改善していく意欲を見せる、と─────完璧だな。

 これが社会人の基礎だぞクソガキ。本当ならお前の呼び方なんて疫病神とかで充分だからな。俺の優しさに感謝しな。ケッ!!

 

「────では改めて、よろしくシービー」

 

「っ! あ、あはは、面と向かって言われると少し恥ずかしいね………でも、うん。私の方こそよろしく、トレーナー」

 

 シービーは顔を赤くしつつも男の言葉に返答する。

 どうやら全て丸く収まったようだ。

 先程まで命の危機にさらされ、どうなることかと危惧していたルドルフは、無事シービーの誤解が解けたことに安堵の息をもらす。

 

「う、うん、何やら誤解も解けたようだし、シービーも食事にしようじゃないか」

 

 

 しかしその動揺を悟られぬよう、切り替えつつ食事を続けるのであった。

 間違いなく今回最も悲惨な目に遭ったのは彼女であろう。可哀想に。

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

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 ─────それから渋々ルドルフの相席を了承し、三人で食事を食べ始めてから少しして、久住らは談笑に興じていた。

 

 

「あ、久住くん。一応鏡で確認したんだけど………その、変、じゃないよね?」

 

 乙女にとって身嗜みは重要だ。好きな男の前であるならば特に。

 シービーはタイム測定の後、かいた汗や泥にまみれた服を一新するため過去最速でシャワーを浴び、軽く身だしなみを整えて食堂まで来たのだ。

 その行動も全ては愛した男に好意を向けて欲しいからに他ならない。

 

 ……だが、久住にそんな乙女心が分かるはずもない。

 

 

(へぇー、鏡を見て確認したんだ…………薄々感じてたけど、お前ってもしかして節穴?)

 

 いや、あたまあたま。その物理法則無視して乗ってる帽子を見て、お前は何も思わなかったの? その謎の帽子を着けている自分を鏡で見て何も感じなかったの?「あ、これ着けて公共の場に行くのは恥ずかしいな」ってならんかったの?

 めっちゃチェックミスじゃん。頭にどでかい爆弾乗ってますけど。え?これ言ってあげた方が良い感じ? 頭に万有引力が適用されてない謎の物体乗ってますよって言ってあげた方が正解なの?

 

「ああ、いつもと変わらず綺麗だぞ」(皮肉)

 

「え、あ、ありがと……」

 

 そう言うとシービーは顔を下げ、静かに食事を再開した。よく見るとシービーの頬が赤くなっているのが分かる。

 

「おお……! 凄いな、君は。あのシービーがこの様な反応を見せるとは、驚いたよ」

 

「そうなのか……?」

 

 は? え、いや、コイツいつもこんな感じじゃね? まぁコイツと会ったの数日前だけど。だが少なくてもこの数日の間でこんな感じの反応は死ぬほど見た。いや、もう本当に。その表情もう見飽きたから。デジャブだから────って、ん?

 

 

「────ああ、そうだ。シービー、メイクデビューの事だが…………君の思うように走ると良い」

 

 すると、一転して久住は思い出したように突然デビュー戦の話に切り替えた。

 デビュー戦ともなれば、本来はもっと真面目に話し合うものだか、その空気間は談笑しているときと変わらず、まるで『コンビニ行くけどなんか欲しいのある?』みたいな軽い感じだ。

 

「へぇー、作戦とかは無し?」

 

 しかし、シービーは突然の話題転換に驚きもせず『ファミマ行くけどチキン買う?』と、久住と同じノリで返す。ふむ、もうすでに若干息が合っているようにも見えなくもないが、本人にこんなことを言えば確実にキレ散らかすのだろう。

 

「ああ。実際のレースは何が起きるか分からない。変に作戦立てて思考の幅を狭めるよりは、自分の思うように走って経験を積んだ方が良い」

 

「その……不躾かもしれないが、それは私も聞いて良い内容なのかい?」

 

 対して、あまりに緩い空気間に動揺を見せるシンボリルドルフ。

 いくらデビューがまだ先とはいえ、無関係のウマ娘が作戦会議の内容を聞いてしまっている。もしかしたら、その情報を他者に流す可能性だってあるのだ。もちろんルドルフは絶対にそんな事しないだろうが、先程顔を合わせたばかりの男がルドルフの人柄を知るはずがない。

 今回のルドルフの指摘も、少し不用心な新人トレーナーに危機感というものを学んで欲しかったからだ。

 

 ────だが、久住は何食わぬ顔でルドルフの指摘を受け流す。

 

 

「問題ないだろう。どちらにせよ、これはシービーだから出来る事でもある。何も知らないウマ娘がデビュー戦でそんなことをすれば、ただ負ける確率が大きくなるだけだが────

 

────シービー。選抜レースのとき、何か掴んだ感覚があったんだろう?」

 

「────君って、本当に凄いね」

 

 

 コイツの過去の模擬レースを記録されている範囲で見返してみたが、何故かその全てで先行を使っていた。

 もちろん敗北もあったが、コイツの実力は非常に安定していた。

 

 ────"だからこそ、格上相手には通じなかった"。

 

 しかし選抜レースのときは一転して追い込みを使った。普通はその程度、気にも留めない事だが……追い込みを使った時の爆発力は、間違いなく今までの走りよりも頭一つ抜けていた。

 最近の模擬レースでも先行を使っていたのを見るに、追い込みを使った経験は浅い。にもかかわらず、あの速度。

 

 そこで確信した────コイツの適正は追い込みだ。

 

 

「でも、大丈夫?知ってると思うけど、私には圧倒的に経験値が足りてない。もしかしたらって事も有るかもよ?」

 

「────その不足を、これから埋めていく」

 

 すると、その言葉を待っていたと言わんばかりに、久住は手元に置いてあったそこそこ分厚めの冊子を彼女に渡す。

 

「これって…………」

「今後のトレーニングメニューだ」

「え、いつ作ったの?」

「タイムを測定した後だな」

「………さっきじゃん」

「ッ!?」

 

 驚嘆……という以外に言葉が見つからなかった。久住を盲信し、愛に溺れているシービーですら未だに信じられていない様子だ。ルドルフにいたっては食事の箸を止め、その冊子を凝視して全く動かなくなってしまった。

 両者は半信半疑といった感じだが、現にここに実物が有るのだから事実であることを疑う余地はない。……のだが、如何せん現実離れし過ぎている。

 

 シービーはタイムを測定してから食堂に着くまで、たいして時間はかかっていない。

 確かにシャワーを浴び、少し身嗜みに気を使いはした………だとしても、1時間も掛かっていないのだ。

 

 この冊子の厚みは到底一時間以内に完成するものではない。

 

「あ……ちゃんとタイムのことや今後の走法についても細かく書いてある」

「……メニュー内容もとても理にかなっている……まさか、本当に……?」

 

 先程話した爪に負荷をかけない走り方や、追い込みを主軸としたトレーニングメニュー等、様々な情報がその冊子には記載されていた。

 ルドルフも横目でメニューを確認し、思わず「成る程」と相槌を打つほどの完成度であった。しかし────その出来故、目を通すほど疑念が増していく。

 

「疑ってすまないが、本当にこの内容を1時間もかけずに完成させたと?」

「ああ、そうなるな。だが、走り方の癖は昨日のレースで分かっていたし、後はトレーニング内容を考えて、紙にまとめただけだぞ」

「なっ……! まとめただけって………」

 

 久住の言葉に絶句する。目の前に居る男は、まるでこれが普通のことであるかのように答えたのだ。歴を積んだトレーナーであっても徹夜して完成するかどうか、というレベルの物を今年入ったばかりのトレーナーが────

 

 

「あははっ! ねぇルドルフ、久住君は私達の予想を上回った。ただそれだけの事じゃない?」

「いや、しかし────」

「もともと私達が推し測れるような存在じゃないんだよ、彼は♪」

 

 ルドルフは更に問おうとするが、シービーにより遮られてしまう。

 遮られたことで消化不良気味のルドルフに対し、シービーはニコニコと笑みを浮かべ声を弾ませていた。

 

「オッケー、久住くん。君の言うとおり、メイクデビューは思うがまま走ってみるよ」

「ああ、シービー。君なら問題なく勝てるだろう」

「ふふっ、任せてよ」

 

「(ん? あの、また私空気じゃないか? あ、いや、別に構わないんだが……)」

 

 二人の世界を構築し、蚊帳の外に追いやられた生徒会長シンボリルドルフ。

 今までされたことのない扱いに少し疎外感を感じつつも、空気を察し、出来るだけ大気と一体化しながら箸を進めるのであった。

 

 

 後に、輪に入れないことがこんなにも寂しいものだとは知らなかったとルドルフは語る。

 

 

 

 

 

 

(あッぶねぇぇぇ! ()()()()()()メニューちまちま作ってて良かったー! 俺の予想が外れてたらまた一から作り直しになるところだったぜぇぇぇ………だが『俺、何かやっちゃいました?』をやれたのはデカイな!!)

 

 ……まぁ、確かに久住は優秀ではあるだろう。しかし、中央トレーナーですら一日かかるものを一時間以内で作れるほど、この男はそこまで超人ではないのだ。

 トレーニング内容を考えて紙にまとめただけ? 確かにそうだろう。だが、その作業をしたのは()()()()()のことだ。

 

 普通であればタイムを測定し、担当と入念に話し合ってからメニューを作り始めるのが一般的だ。

 これから最も効果が出るトレーニングは何か、目標のレースまでに仕上がるかどうか、担当ウマ娘の強みや弱み……などなど、実際に見て話し合わなければ分からないことがたくさんある。

 

 ────それを怠るということは、全く意味のないメニューになってしまう可能性があるということ。

 

 

 しかし久住が作ったメニューはルドルフが感嘆の声をもらすほどの完成度の高さであった。────いったい何故か?

 

 この男は『予想』したのだ。選抜レース時の走りからシービーの強みと弱みを見抜き、何が足りていないのか、今後どのようなトレーニングが最も効果的なのかを大まかに予想した。

 

 ────つまり『"勘"』である。

 

 ちなみに、どのレースを走るかは不明だったためレースまでに仕上げられるか……というところは省いて考えていた。だが無敗の三冠という規格外の目標と合わさって、良い感じにそれっぽい内容となっていた。

 

 ────すなわち『"奇跡"』である。

 

(もし予想を大きく外していたらこのメニューは破棄すればいいし、逆に当たっていれば『俺、何かやっちゃいました?』が出来るという寸法さ……あれ、俺天才では?)

 

 

 いえ、ただのバカです。

 

 

 

 

 




次回予告!!

なんと約10カ月もの間失踪していた作者!!!
予想以上に内容が浮かばず延びに延びきってしまった投稿期間!!
そしてウマ娘大量実装により音もなく消えた福澤諭吉と渋沢栄一!!
公開された劇場版!!!
仮病で会社を休み映画館に足を運ぶこと実に6回!!!
同僚に遭遇した作者!!!!
顔を背ける作者!!!!
声をかけられた作者!!!!
無視する作者!!!!


次回『作者死す』デュエルスタンバイ!!!



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