「はッ、はッ、はッ────」
今後の目標を『無敗の三冠』に定めてから少しして、私は数度目のタイムを測っていた。
久住君から励ましの声を貰ってからというもの、どうも調子が良い。後ろめたいことが無くなったからなのか、久住君から期待されていると知ったからなのかは分からないけど。
「はぁ……はぁ────ふぅ……ねぇ、タイムどうだった?」
「上々だ。4度目にしては非常に安定したタイム……流石だな、毎度素晴らしい走りだ」
「やった♪ じゃ、次はそのタイムを越えれるよう、もっと速く駆け抜けて見せるよ」
ターフを駆け抜け、いまだ息が整っていない私に、久住君は声を掛けながらスポーツドリンクを手渡してくれる。
これも私の調子が良い要因だ。今日初めて知ったけど、久住君はかなりの褒め上手だった。私が走る度に様々な言葉で褒めてくれる。だから私ももっと褒められたくて更にやる気が出る。
現に、『また褒められたい』という欲が私の足を再びスタートラインへと向かわせていた。
しかし、そこに待ったの声がかかる。
「……いや、君も大分疲れたまっているだろう。今回はここまでにしておこう」
「えっ、私まだまだ走れるよ? 疲れだって少し休めばすぐに────」
「体を休めるのもトレーニングの内だぞ。無理して体を痛めては目も当てられないからな」
「────ッ」
久住君の冷静な言葉が私に突き刺さる。
確かにその通りだ。久住君の期待に応えようと張り切りすぎてしまった。実際に疲労もたまっているし、このまま無理をすれば、いずれ体を壊すのは目に見えている。
「……そう…だよね」
反省だ……私も彼のように冷静な思考が出来るようにならなきゃいけない。
彼の瞳はずっと私を見据えてる。その表情からは怒っているのか呆れているのか全く読み取ることができない。
「……だが、タイムは好調。息の入りも速い。そこにその気概があれば、君は間違いなく速くなる。誰にも負けない程にな」
「えっ?」
突然の久住君からの言葉に、私の頭には疑問符が浮かんでしまう。これは励ましてくれている……のだろうか?
内容だけを見れば励まされていると言える。でもそれにしては彼の表情は全く変わっていないし、声のトーンだっていつも通りだ。
……ひょっとしたら、久住君はちょっと不器用なのかもしれない。自分の感情を表情や声色に出すことが苦手なのかも───そう考えると、彼の不器用な優しさに愛らしさを感じてしまう。
「ふふっ、ありがとう。久住君」
長々と言葉を紡ぐのは野暮ってものだ。一言感謝を告げるだけで、私の気持ちは伝わってくれるだろう。今はそれで良い。
彼は変なところで鈍感だから、言葉に出さなきゃ気づいてくれない。昨日の告白でも彼は私の気持ちに気づく素振りはなかったし、いつか私の好きが"そういう意味"だってちゃんと伝えられるようになるまでは、今はこれで良いんだ。
「じゃあ今日の練習はここまでかな。んー、こんな早く終わると思ってなかったから、この後のことなにも考えてないや」
「─────」
「ねぇ、久住君はこの後どうするの?」
「…………そうだな、俺はこれから昼食にしようと思う」
「え、ホント!? じゃあ私も行く!」
興奮のあまり食いぎみに返事してしまったけど、それは仕方ないことだと思う。
昼食ってことは食堂に行くのだろう。昼食時には食堂に大勢のウマ娘がやってくる。けど彼の周りには人が寄ってこない。つまり自然と私と久住君の二人きりになるはずだ。
────久住君と二人きりでご飯を食べる。これってつまりデートなんじゃない?
その考えに至ったところで、ふと自分の姿を見てみる────運動着。さっきコース上を走ったことで多少の土が付いている。そして何より……
(ちょっと汗ヤバ、私いま臭くないかな……?)
……私は今、汗をかいてる。
こんな状態で久住君とデートなんて出来る訳がない。以前なら全く気にしていなかったが、今の私は恋する乙女なのだ。先程から匂っていないか気が気でない。今すぐにでもシャワーを浴びたい気分だ。もし久住君に臭いなんて言われたら耐えられる気がしない。
「あー、じゃあ急いで着替えてくるから、久住君は先に食べてて!」
一刻も早くこの場から離れるため、私はそう言い残して脱兎の如く駆け出した。────もしかしたら、この瞬間の私はさっきのタイム測定の時より速かったかもしれない。
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(大丈夫……だよね?)
私は鏡の前で自分の姿を確認する。帽子よし。髪よし。服装よし。
シャワーを浴び終えてからもう幾度となく確認しているけど、これから彼と会うと考えるたび鏡の中の自分に視線が移ってしまう。帽子も髪もいつも通りだし、服だってトレセン学園の制服なんだから、おかしなとこなんて無いのに。
「ッ────よし!」
でも、このままじゃいつまで経ってもここから動けない。こんなことで久住君を待たせるわけにもいかないし、自分に喝を入れて足を動かす。
(─────って気合いを入れたのは良いんだけど……なにこれ?)
「ねぇ、いま食堂に────」
「え!?それって────」
「そうかも────」
「行こ行こ───」
(んー?なんだか、みんな慌てたように食堂に向かってるけど……)
食堂付近まで来たところで異変に気づいた。何やら人が人を呼ぶようにどんどんウマ娘たちが食堂に向かっている。昼食に気分が上がるのは分かるけど……なんだか別の目的で食堂に向かっているような─────
(まぁ、きっと昨日のアレが原因だろうけど)
────とは言いつつ、私には理由がなんとなく分かっていた。
ここまで来る途中、昨日の事を噂する声がいくつも聞こえてきた。予想はしていたけど、昨日の一件はトレセン内でかなり広まっているみたいだ。
そんな噂の当事者である久住君が食堂に居るんだから、思春期真っ盛りのウマ娘たちが落ち着いていられるとは思えない。でも同時に、彼に話しかけるほど度胸があるとも思えない。
大方、話しかけたいけど彼の纏う雰囲気に怖じ気づいてるってところかな?
「やっぱりあの人って────」
「ええ、間違いないわよね────」
食堂に入ると、案の定ウマ娘たちがざわめいていた。いつもなら雑談に興じながら料理を食べ進めるウマ娘で溢れ帰っているのだが、今日は違った。確かに何やら話し声は聞こえてくるが、誰一人として食事に集中しているものはおらず、チラチラと目配せしながら静かに盛り上がっている。
予想通り、ここにいるウマ娘たちは久住君の話題で持ちきりなようだ。
(ま、そうなるのも当然か────あ、久住君はあそこかな?)
周囲を見渡せば、座る席がないほど大勢のウマ娘が目にはいる。
だが、一ヵ所異常に空席が目立つ場所があった。そこは一人の男性以外は誰も座っていない空席だらけの異様な空間。食堂には大勢のウマ娘がいる。今だって昼食を持ちながら座る場所を探しているウマ娘が沢山いるにも関わらず、彼が座る周辺には近付こうとしない。
(ホント、何処にいるか分かりやすいなぁ~)
右往左往する大勢のウマ娘たちによって、その姿こそ遮られて見辛いけど、彼の居場所は周りを見れば一発で分かる。他の娘たちも好奇心からか彼の方に視線を向けているし、やっぱり注目の的になっているようだ。
そんな状況を見て、私は少し得意気になってしまう。皆が見ているあの人こそ、私のトレーナーなのだと周囲に言いたくて仕方がない。自慢したくて仕方がない。
そんな気持ちを抑えつつ、彼の隣に行くべく早歩き気味で彼の元まで向かう。
「────え?」
彼のもとに近づくにつれて、人混みも少なくなり、ようやく彼の姿が見える位置まで来たところで、私は気づいた。
────彼の隣に女がいる。
他の生徒に遮られて見えなかったけど、席を一つ挟んで隣、とかじゃない。完全に彼の真横。しかも会話が弾んでいるのか、横の女は楽しそうに笑みを浮かべていた。
(へぇー────どこのウマの骨かは知らないけど、彼に手をだすなん……て…)
…………一拍遅れて気づいた。
頭に血が上って気づくのが遅れたけど、私はその女を知っている。
あの娘は私にとって数少ない友人と呼べる存在『シンボリルドルフ』
未デビューながら生徒会長という大役を担っているウマ娘。幾度となく模擬レースで競いあったこともある。
……何故そんな彼女が彼と一緒に昼食をとっている?
─────熱くなっていた頭が急激に冷えていくのを感じる。
もしかして、狙っているのだろうか?私のトレーナーを。
生徒会長であり、名家の出でもあるルドルフは私以上に知名度の高い未デビューのウマ娘だ。当然スカウトだってされる……が、その全てをルドルフは断っている。つまり今はフリー。私のトレーナーを狙っていたとしても不思議じゃない。
─────再び頭に血が上っていく。
「きゃ~! シンボリルドルフさんと、噂のトレーナーさんが一緒にご飯をお召しになっているわ!」
「眼福ですわ~!」
「尊いですわ~!」
「名画ですわ~!」
周りのウマ娘達は様々な言葉で今の状況を表している。それが気に食わない。久住君の隣に居るのは私なのに、そこに居るのは私のはずなのに────いま彼の隣にいるのは別の女。
心が黒くなっていく。
彼の隣に立つ……私の最終目標と言っていいものを、あの娘はいとも簡単に手に入れている。さも当然のように居座っている。まるで自分の居場所かのように。
許せない。
「あのお二人が一緒に食事を……至高の空間ね」
「ええ、本当にお似合い────ヒッ!!」
は?
そんな訳がないだろう。何を言っているこの娘は。
お似合い?その言葉をかけられるのは私のはずだ。
何故私でなくあの娘がお似合いと言われている?
─────奪われる。彼を
ユルセナイ
『嫉妬』……それも今までとは違う。本来なら抱いてはいけない感情─────"■■"。
(ホント、君と出会ってから初めての感情ばかりだよ)
私はできる限り笑みを張り付けながら、彼のもとまで歩を進めるのだった。