「はぁ……」
「会長お疲れ様でした」
「ああ……ここまで気を張ったのは久し振りだな……」
生徒会室に戻ったルドルフは、深い溜め息を吐きながら椅子に腰を掛けていた。
疲労の様子が窺える生徒会長の姿に、アイラインが特徴的な凛としたウマ娘『エアグルーヴ』が労いの言葉をかける。
「どうでしたか? 噂のトレーナーとやらは」
噂のトレーナー。数日前にトレセン学園に入ってきた新人トレーナー。すでに学園中に広まったそれは、生徒会長であるルドルフの耳にもすぐに入ってきた。
例にすると────
いわく、常に周囲を寄せ付けないオーラを纏う孤高の存在である。
いわく、学生時代全ての生徒に敬わる存在であった。
いわく、彼を盲信するファンクラブがある。
いわく、水をワインに変えたことがある。
いわく、彼はイエスキリストの生まれ変わりである。
いわく、イエスキリストは彼である。
いわく、彼こそが神である。
いわく、かの学長と週一で連絡する仲である。
いわく、学長の婚約者である。
いわく、最近理事長に寝取られたらしい。
いわく、緑の女性とは旧知の仲なので一番親密な関係である。
いわく、否定ッ!!そんな嘘をつくな。
いわく、↑いや君もね。
いわく、いわく、いわく────
「……なんだか長くないか?というか、最後の方なにか混ざってなかったか?」
「ま、まぁ噂のトレーナーを知る方々に聞いた話ですので、多少の差異はあるでしょう……」
「多少なのか?それは……いや、話が脱線しそうだがら答えなくて良い」
なんだが後半から知っている方々の個人的なものがあった気がしたが、深堀してはいけない気がする。その者達の名誉のため、それは見て見ぬふりだ。
「まぁ、そうだな。実際に顔を会わせ、言葉を交わした身からすると……まったくの"未知"だな」
先程はシービーに『偶然見かけた』と言ったが、それは誤りだ。本当は偶然などではなく、噂のトレーナーが食堂にいるタイミングを見計らい、あたかも偶然を装って話しかけた。つまりは必然。
何故そんなことをしたのかと問われれば、噂の真偽を確かめるためだろう。いくら嘘と分かりきった噂であろうと、
ルドルフは先程の事を思い出しながら言う。だが余りに単刀直入だったためかエアグルーヴの頭には疑問符が浮かんでいた。それをルドルフも理解しているのか、言葉を続ける。
「彼は噂に聞いていた通り……いや、それ以上のトレーナーだったよ」
「あの……それはどういった意味でしょうか」
彼の噂はとても多い。その大半が真偽不明なものばかりだが、その中には教授潰し、金欠ケチ男、腐り肉で2時間トイレ、夜中に奇声をあげながら丑の刻参り……等、どう考えても虚偽の噂も存在している。
そんなあからさまな作り話を鵜呑みにしている者なんて居るはずもないが、そのような噂が数多く流れているため、どの噂のことか判別出来ていないようだ。
「
「それは……!」
自分の非を認め次に繋げようとする精神。
あの正確無比なメニューを短時間で作り上げる能力。
そして、異常ともいえる担当からの信頼。
何より────
「彼から発される雰囲気……ただの与太話だと思っていたのだがね」
「事実であった……と?」
「間違いなく事実だろう。私ですら彼に近づくときは気を張ったものさ」
彼は凡人では近付くことすら許されないオーラを放つらしい。
近寄りがたい雰囲気、というのはエアグルーヴも何度か感じたことがある。レースを走る直前のウマ娘が発する鬼気迫る雰囲気は、到底近づきたいとは言い難い。そしてレース中にもなればその気迫は更に増す。
しかし、その圧を上回る雰囲気を常時出し続けている男が居るそうだ。
「私が思うに、彼は無意識にオーラを出している。彼と雑談に興じている最中でも、彼の雰囲気が穏和になることはなかった」
「……失礼ですが、常に会長に敵意を向けていたから……という可能性もあるでは?」
「無い─────と、言い切れないのは辛いところだが、私はその可能性は低いと見ている」
私は心の底から皆の幸せを願っている。だが、その行為を偽善として嫌う者がいることも知っている。私とて、こんな具体性のない願いを皆が理解してくれるとは思っていない。
けれど、これは私の憶測になってしまうが、彼はおそらく私と同類だ。
────彼もまたウマ娘の幸せを願い、その責務を一人で請け負おうとしている。
私が彼を見て最初に感じた印象はそれだった。
何故そう感じたのかは自分でも分からない。でも、彼を見て私は感動したんだ。
溢れでるオーラや威圧的な雰囲気ではなく、その誰とも群れずにいる姿が、誰にも理解されない願いを持つ私と重なって見えた。その時の私は感動のあまり感嘆の声を上げそうになってしまった。私以外にも、この願いを持つものが居たんだと。
「私の友人は、随分素晴らしいトレーナーに出会ったようだね」
友人の幸せな姿を見て、少し羨ましいと思ってしまう。
志を共にし、悩みや苦悩を話せる相手というのは貴重な存在だ。私のような立場にある者ならば尚更だろう。
「ああ、私も…………」
────叶うのならば、私もあのような全幅の信頼を置けるトレーナーに出会えますように。
(!? なんだ、今とんでもない悪寒がしたんだが……?)
「はッ────!」
謎の悪寒が走ると同時に、唐突に前方から突風が吹いた。
たった今俺の目の前を爆走で横切ったのは疫病神ことミスターシービー。そして現在地、『神社』。
言っておくが、断じて神に祈りに来たわけではない。
なんでも、ここはトレーニングをするには持って来いの場所らしい。結構な数のトレーナーがここをトレーニング場として利用してるんだと。このクソ長い階段が、根性と脚力を鍛えるには効果的ってことなんだろう。
しかし、もしこの神社に神なんてのが居るなら随分と可哀想な奴だ。なんせ家の玄関に汗ダラダラの血眼になったウマ娘が全速力で突っ込んでくるんだからなぁ(笑)。まぁ、俺は神なんて信じちゃいねぇーがな。こちとら無神論者なんで。俺を差し置いて神とか言われてる罰だな。
ってか、ある意味、俺こそが神みたいな感じじゃね? (←は?)
この国宝級の顔面に加えて聖人君主並みの性格してるし、もはや神より神してるー、みたいな? (←ウザ)
よし、まず俺が神になったら幸せな奴らは全員呪ってやろう。俺より幸せな奴がいるなんて誰が許せる?そんなカス共がのうのうと生活しているのを見過ごしてしまって良いのか? 否!! 断じて赦していいはずがないッ!!! ンな奴らは全員食あたりで苦しんどけ!!
「予想以上に速くなっているな。この短期間で」
「メニューが的確だったからね。なんだか、日に日に速くなってるって実感があるんだよ」
「それは良かった、君の努力の賜物だな………だがメイクデビューまであまり時間がない。この調子でトレーニング、続けていこう」
「うん、了解」
しかし、メイクデビューに関してはマジで時間ねーんだよなぁ。俺の見立てでは、だいぶ余裕をもって勝てる実力なんだが、何事にも(俺を除いて)絶対はない。無敗の三冠!!とか言っておいて初戦で負けるなんてお笑いもんだからな。俺がコイツの担当じゃなかったら腹抱えて爆笑できるんだが、現実は非情だ。
現に俺はコイツの担当だし、無敗の三冠(笑)とかいう馬鹿な夢を仮にでも追うことになっちまった。…………夢ならば良かったのに。
まぁ、そんな目標に賛同しちまった以上は、メイクデビューなんて初歩の初歩で負けるなんてのは俺のプライドと評判に関わってくる。G1レースで負けるならともかく、初戦で負けて、はいお仕舞い。とはならないのだ。
そんな結末を避けるため、ここ最近はコイツを徹底的にシゴいている。妥協は許さん。俺のプライドと評判のためにもッ!!
「もう一本、行けるな?」
「!! もちろんッ!」
そう返事すると先程登ってきた階段を駆け下りていった。
────無理とか言ってたらブン殴ってたわ。
◆
「これがメイクデビューの出走者か……ふむ」
んー……よし、特段目立った奴はいないな。ってか一番人気か……他の出走者に警戒されるかもな。アイツの脚質は追い込みだし、徒党組まれて下手に進路塞がれるとヤバいか……?
まぁ、もしそうなったら大外から抜けるしかないか。トレーニングの成果か、脚力も以前より上がっているし大外からでも問題はないはずだ。
「ふーん。全員初めて見るウマ娘だね」
そう俺が思考しながら新聞を眺めていると、突然横から割り込んでくる下等生物が現れた。そう、悪のウマ娘ことミスターシービーだ。
「……シービー、この子は君と同じクラスのウマ娘じゃないか?」
「あれ、そうだっけ? 私、名前覚えるの苦手なんだよね~ 顔を見ればわかるかもだけど」
(チッ!! 相変わらず記憶力ねーなァ!? あと俺の視界に入ってくんなッ! 新聞見えねーだろーがよォ!)
コイツの記憶能力がカスなことは、これまで接してきた期間で嫌というほど理解させられた。コイツはクラスメイトの名前どころか、頻繁に会話している奴らの名前も覚えていない。
言ってしまえば、コイツは両極端なのだ。興味の湧かない相手のことは全く覚えようとしない。名前を聞いても秒で忘れる。逆に、興味のある奴のことはソコソコ覚えている………あんま両極端じゃねーな。片方に尖りすぎだな。
「シービー、もしかしたら集団が終盤まで団子の可能性がある。そのときは────」
「大外からでも捲りに行く、でしょ? 大丈夫、君が教えてくれたことは全部覚えてる」
むしろ覚えてなかったり極刑もんだよ。俺がわざわざ時間かけてチマチマ教えてやったんだからな。
………にしても─────
「明日、いよいよメイクデビューか……」
「ふふっ、なんだか私より緊張してない?」
「まぁ…な。なにしろ担当の初戦だ。間近でその実力を見てきたとはいえ、どうしても緊張してしまってな……」
「もう、心配性だな~ これまで君が最高のメニューを組んでくれたんだ。もっと自分の力を信じてよ」
いや俺のトレーニングメニューが完璧なのは知ってるけど、問題はお前だよ、お前。
俺がいくら完璧なメニューを作ろうと、コイツが少しでも調子を崩したり、ペースを乱したりすれば全てが瓦解する。今までの俺の苦労は水の泡だ。
はぁ、不安だ………もしコイツが負けたら─────
『あれ? 首席の天才トレーナーさんがなぜ未勝利戦に? え?デビュー戦で負けた!? あー、やっぱり天才なのは試験の時だけでしたか。育成に関しては凡人だったと……あぁ、すいません。別に皮肉を言っている訳じゃないんですよ?(笑) ただ、事実を述べただけでして……おっとすいません、私これから重賞レースのために新しくメニューを作りませんと……いえ、自慢ではありませんよ? ではまたクラシックで会いましょうか、
──────キェッ、キ゛ィエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッ!!!!
ふっ!? ふざけるなよぉおおおおッ!!!! 俺は天才にして首席! 完璧イケメンである俺を見下すなど、断じて許されることではないッ!!
「────シービー。メイクデビュー、絶対に勝つぞ」
「お? なんだかやる気だね。トレーナー」
当然だ!! 俺の辞書に敗北の文字は────無いッ!!!!
◆
「コンディションはどうだ?」
「バッチリ♪ もしかしたら過去最高かも?」
「ふむ、最高のコンディションをこの日に合うよう調節してきたからな。ミスが無いようでなによりだよ」
「へー! さっすがー。予想通りじゃん」
ふっ、当然だろ。だって俺だぜ? これでコンディション悪かったらお前に問題があるわ。
……にしても、寝不足だ……昨日は不安で不安でろくに眠れなかったからなぁ。負けたときのことを想像するたび、あの煽り声が聞こえてくるせいで一睡もできなかった。
だが寝不足だとしても、トレーナーとして言わなければいけない言葉がある。
なんでも、言い伝えによれば担当のレース前には"これ"を言うことで緊張と不安を和らげるらしい。まぁ、そんなんで和らぐ緊張と不安なんてカスに等しいが、一応先人の知恵を試す良い機会だろう。
「あ、そろそろ時間だ。もう行かないと」
「─────シービー」
「ん、どうしたの?久住くん」
「レース、楽しんでこい」
「ッ! オッケー♪」
いや、お前これ建前だからな? これでマジで楽しむだけ楽しんで負けたらブチ殺すぞ。ちゃんと勝てよなァ?
『さぁやって来ました!メイクデビュー、東京レース場芝1600です!!』
「ふぅ…………よし」
メイクデビュー。多くの一般客がいる前で走る、私にとっての初めてのレースだ。もしかしたらターフに立ったら緊張するかもと思ったけど、私の鼓動は変わらず正常だった。なんなら選抜レースの方が緊張していたとさえ感じるほど、今の私は自信に満ち溢れている。
元々自分の走りに自信がなかった訳じゃないけど、久住くんと歩んできた今までの時間は、これまで以上に私の走りに自信を持たせる要因になっていた。
『────シービー。君なら勝てる』
君がいるから。私の自信の根幹には常に君が居るんだ。彼がトレーニングをつけてくれて、その彼が勝てると言っている。それだけで私の自信に繋がる。私の不安など、彼の一言で吹き飛んでしまう。
「でも、慢心はダメ。絶対に」
彼からも口酸っぱく言われている。慢心はどんなウマ娘でも負ける原因になる……ってね。メイクデビューだからって油断せずに、全力で挑む。これは久住くんと交わした約束の一つだ。私にとって絶対に守るべき約束。
「ん~……! よし、行こうか」
私は枠順は8枠だった。まぁ、どこの枠でもやることは変わらない。後方について、最後の直線で一気に仕掛ける。それが私の走りだ。
『さぁ、ウマ娘たちがゲートに入ります』
ふふっ、記念すべきデビュー戦。このレースが私と久住くんの第一歩になる。私の使命は久住くんに勝利を届けること。
─────そして、世界に私達の存在を知らしめることだ。
『スタートしましたッ!』
「ふっ────!」
(よし、スタートは問題なし。後は後方について戦況を─────って、あれ?)
『─────11番ミスターシービー! 現在
(うーん、彼からも実際のレースは何が起こるか分からないって言われてたけど……まさか、
最近は追い込み戦術を主軸としたトレーニングだったし、レース展開的にも後方からのが走りやすくはあるんだけど……これ以上速度を落として後方まで行くとなると、逆にペースが乱れて余計な体力を使っちゃうかもしれない。久住くんも自分のペースは大事だって言ってたし、このままレースを続けるのが正解かな?
本来はこのメイクデビューで私の
(──────っと、慢心はダメだよね。少し冷静にならなきゃ)
今は脚を溜めてるウマ娘も当然いるだろうし、最終コーナーに入ったら仕掛けてくるはず。いくら持久力があったとしても、そこで差しきられずゴールに辿り着けるかはまた別の話だ。ここで気を抜けば敗北に繋がる事だってあり得る。
(んー、後を見た感じ、足を溜めて気を伺ってるのは二人かな?)
多分その二人以外は無理してこのペースを維持してるって感じだ。
もう最終コーナーに入るし、その二人が仕掛けるのを待つべきか………
『さぁ、まもなく最終コーナーに入ります。集団の後方から続々とウマ娘が上がってきます』
─────いや、違う。それは以前までの走りだ。今の私は違う。
彼が見てるんだ、仕掛けるのを待つなんて奥手なことはしない。
追い込みの本分は最後の直線。今はとても追い込みとは言えないが、直線勝負であれば負ける気がしない。足も残ってる、体力もある。なら、仕掛けるべきは─────今!!
「はッ!!」
「「「────ッ!!」」」
『おおっと!? ミスターシービー仕掛けた!後続との差をぐんぐんと離していきます!!』
やっぱり他のウマ娘たちは反応できてない。もう足も残っていなかったんだろう。
となると、反応してくるとしたら足を溜めてた二人だけど─────
「くっ────!」
「追い付け……ない……!!」
─────反応できたとしても、直線勝負なら私の方が速いッ!
「はぁッ!!」
更に加速し、そして─────
『ミスターシービー、ゴールイン!!!! 9バ身差をつけ、メイクデビューはミスターシービーが制しましたッ!』
「はぁッ…はぁッ……勝、った………?」
「「「お゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ!!」」」
ゴールの瞬間、途方もない歓声が沸き起こる。私はその歓声を聞いて、ようやく自分が勝ったという自覚が芽生えてきた。
「やった……勝てた……!」
自信はあった。勝てるとも思っていた。ただ、こうして実際に勝利を掴むと、喜びと共に安堵の感情がわいてくる。
私はその感情のまま久住くんが居る観客席の方に視線を向ける。
ゆっくりと彼の目が開かれ、視線が交差する。すると、彼は小さく親指を立ててグッドポーズをしてくれた。いつもの冷徹な表情ではなく、その表情は若干ではあるが緩んでいて、これが彼なりの喜びの表現なのかもしれない。
「ははっ♪」
彼の違う一面を見れたことで『好き』『愛らしい』といった感情が爆発しそうになる。だって、あまりに感情の表し方が不器用すぎるではないか。これが、あまり顔にも行動にも感情を見せない彼なりの喜びの発露なのだとしたら、なんて愛らしく、不器用な人なのだろう。
そして再び決意する。
『彼に支えてもらうばかりじゃなく、彼を支えられるように』
『まだまだ未熟だけど、いつかは彼の隣を堂々と歩けるように』
『不器用な彼に、少しでも寄り添えるように』
──────そして、このままレースを勝ち続けて無敗の三冠になれたらなら……彼に想いを告げられるように。
(ふぁ~あ……ヤッベー完全に寝てた………ん?なんかアイツめっちゃ笑顔でこっち見てくんだけど……なに、勝ったの? まぁ、負けてあんなに笑顔なわきゃねーか。取り敢えずポーズだけはしといて……後でレースのログ見返そ)
尚、乙女が決心を固める一方、当の想い人は担当の初戦にて爆睡していたのだった……─────シービー、ホントにこんな奴で良いんか? 世の中こんな男より性格良い人たくさんいるぞ?
(はぁ……一応迎えにいってやるか。あまり担当に無関心すぎても評価が下がりそうだしなー。本当トレーナーって難儀な仕事だぜ~)
自己中心的な考えから寝起きの体を動かし、担当の元に向かうべく重い腰をあげる。久住という男は、例えどれほど嫌いな相手であったとしても、自身の評価に影響するのであれば全力でご機嫌取りをするような男なのだ。……プライドが高いのか低いのか分からない男である。
「すっげ~!!!! なんつー走りだよー!さすがあたしのライバルだな!!」
────すると前方に、席から身を乗り出して興奮気味に声を荒げているウマ娘が目にはいった。
ポニーテールに黒鹿毛、耳にはメンコと赤い飾り紐をつけている。加えて服装の制服はトレセン学園のものであり、少女がかなりの実力者であることを示していた。だが……
(チッ!! うるせー奴だな。距離近いんだから声のボリューム落とせや! ってか、まず声に出すなッ! バカでけぇー声で独り言とか……そういうの世の中ではなんて言うか知ってるか? ヤベェー奴って言うんだよ! もし周りに誰も居ないんなら良いが、後ろ見ろ!後ろ!! クールでイケメンなお兄さんが居んでしょーが!!!! 迷惑極まりないッつーの!)
……久住からすれば興味の対象にならないようだ。というより、自分以外には興味がないのか。
─────しかし、そのウマ娘が今後久住たちの障壁となるのだが、それはまた未来のお話。
「お疲れ、シービー。良い走りだった」
まぁ、そもそもレースを観てないんだが……多分良い走りだったんだろう。コイツの顔超ニコニコしてるし、少なくても悪い走りではないはずだ。
「ありがとう、久住くん。でも追い込みが全く出来なかったから、ちょっと消化不良かなー」
「……………?」
は? どういうこと? お前が追い込みを使うって言うから、重点的にその戦術のみを鍛えてたんだぞ。なのに追い込みが出来なかった? ────シメんぞテメェ。
ただ、ここで迂闊なこと言って俺が担当のレース中に観客席で爆睡してたことがバレたら終わるし……当たり障りない言葉で誤魔化そ。
「それは………しょうがない事だ。君が自分で考えて、レースを勝利したことに意味がある」
「ッ!……ちゃんと見ててくれたんだ」
ッ!? え、ちょっと、それはどういった意味ですの? まさか────俺が寝てたのバレてますん?
もしかして『なんかコイツ澄まし顔でカッコつけてるけど、レース中に爆睡してたよね? バレてないと思ってんの?』的な事を遠回しに皮肉ってんのか!? いや、ヤバイヤバイヤバイ。かなり洒落にならないやつだって! ってか観客席見る余裕あんならレースに集中しとけよッ!(逆ギレ)
「おーい!! シービー!」
あぁ? 誰かが手を振りながら小走りでこっちに駆け寄ってきて………いや、速。小走りってスピードじゃねーわ。
「君は……?」
「あれ、エース?」
ん、デカイ声で独り言を言ってたヤバイ女じゃん……シービーの知り合いかよ、やっぱヤバイ奴同士は惹かれ合うんだな。つーか、今大事なとこなんだよ話し掛けんな!! コイツが俺のノンレム睡眠に気づいたかどうか確かめなきゃいけないんだからよォ!
「シービー!!さっきのレース凄かったな!なんか余裕ある感じだったし、前にあたしと模擬レースしたときよりも超速くなってんじゃんかッ!」
「ま、最高のトレーナーがついたからね。当然っちゃあ当然かな」
……………俺蚊帳の外なんだが。
「……あ、紹介するね。この子は
「ッ!! ウッス! よろしくお願いします、シービーのトレーナーさん!あなたの話はいろいろと聞いてます!!」
カツラギエース……あー、 シービーの模擬レースのログにやたらと映ってたやつか。確か模擬レースの4割くらいはコイツと走ってたはずだ。で、シービーがちょくちょく負かされてた相手の内の一人でもある。
………あれ、コイツは時期的にシービーと同期だったはず……え、もしかしてライバル枠か!?
「俺はトレーナーの久住だ。こちらこそ、よろしく頼む」
「は、はいッ!!」
取り敢えず俺は手を差し出す。握手の構えだ。エースもそれを理解したのか、答えるように手を握ろうとして────
「ん……?」
「えっ……?」
────シービーに止められた。
シービーが俺の手を握り、エースの腕を掴んでいた。そして俺の手は適度な力でニギニギされているのに対し、エースの腕はミシミシと音をたてていた。
「イデデデッ!? ちょ、シービー痛いって!」
「あ、ごめん」
ハッとしたようにエースの腕から手を離す。が、俺の手は離されていない。おい、お前ニギニギ続けんな。俺の手も離せや。
「おいシービー突然どうしたんだよー?」
「ん? いや、ちょっと許せなかったからさ」
いや、どういうことだよ。え、これ俺だけ理解出来てない感じ? 実は目で通じあってる的な?
ん? あ、カツラギエースも理解出来てないわ。めっちゃ疑問の色が浮かんでるもん。
(……じゃあ単純にコイツの頭がオカシイってことじゃねーかよ!)
腕擦りながら恨めしげにシービーのこと見てるし……おい、これで罰則とかないよな? ウマ娘の負傷につき、『担当の罪はトレーナーの罪。つまり監督不行き届きです。はいこれ罰金』とかないよな!?
いろいろ問題視されてる昨今、何が原因で被害届出されるか分かったもんじゃない……よし、話題を逸らそう。
「カツラギエース……そういえば君はもうデビューしていたんだったな。デビュー戦の映像見させてもらったよ」
「ぇあ、ええッ!? シービーのトレーナーさん、あたしのこと知ってたんですか!?」
「今期のデビュー戦の映像は全部目を通していてな。そのなかでも君の走りは他のウマ娘にない輝きがあった。だからより強く印象に残っていたんだ」
「………………」
(なんならデビューしたやつ全員の名前と脚質も覚えてるからな。だって、未知の強敵がいたら怖いし!)
しかし、この男はついさっきまで未知の強敵筆頭であろうカツラギエースの存在を完全に忘れていたのだ。シービーから名前と模擬レースの情報を経てぎりぎり思い出した程度のあやふな記憶でしかない。
つまり何が言いたいのかというと─────覚えたとて思い出せなければ意味がないよねってことだ。
「……ところで、君は何しに来たんだ?」
「あっ!そうだ、ここに来たのは……おい!シービー!!あたしはあんたに宣戦布告しにきたんだッ!」
「宣戦布告……?」
え、今どき真正面から宣戦布告とかマジか。ってか、やっぱりコイツ何かしらの恨み買ってたのか。まぁ、俺の見えないところで勝手に殴り合って共倒れしろ。もし共倒れが無理でもシービーだけはボコボコにしてくれ。
カツラギエース、俺はお前を応援するぜ! 頑張れッ、カツラギエース!! 俺の恨みの分も殴っといて!!!
「へー……それは私に向けた宣戦布告?それとも────
「えっ?」
は!? おい巻き込むなって!どう考えてもお前個人に向けたもんだろーが。ほら、カツラギエースも戸惑ってるし……!
「じゃ、じゃあ……あんたらに向けて宣戦布告だッ!!」
流されんなよぉおおおッ! なにシービーの口車に乗ってんだよ!もっと自分の意思を持てよッ!! あれだな、お前熱血主人公タイプだな? クールキャラの対極に位置する存在にして、俺の嫌いなタイプだ……!
「なら、負けるわけにはいかないね、久住くん?」
「…………そうだな」
クソッ! 俺のキャラ的にこういうのは断りにくいんだ……!
そもそも俺はトレーナーだぞ? なんで担当のいざこざに巻き込まれなきゃいけないんだよ。
「おう!シービーを倒すのはあたしだ!………だから、あたし以外には負けんじゃねーぞ!! じゃあな!!」
な!? 捨て台詞吐いておきながら最後に俺にお辞儀して去っていきやがった……礼儀正しいのか悪いのか分かんない奴だな。
しかしカツラギエースか………
「シービー、彼女は強くなるぞ」
「え、エースが?………まぁ、エースは今でもかなり速いからね。このまま行けばG1にだって手が届くかも?」
「ああ、彼女の走りをよく見ておくと良い。もし彼女を甘く見ていると足をすくわれるかもしれない」
「…………へぇー。君がそこまで言うなんて珍しいね」
いや、だって──────あいつ、どう見ても主人公じゃん。
わざわざライバルである相手を讃えつつ、自分の意志も曲げない。そして無駄に熱血で天然バカ。もう役満だろ。ザ・王道主人公って感じだ。多分あいつは少年ジャンプ出身だろうな。
そして主人公ってのは、なんやかんやあって最後は勝つっていう不条理の塊みたいな存在だ。もし今後シービーの障壁になりえるとしたアイツだな。間違いない。
「もしかしたら、本当に良いライバルになるかもな」
ナ○トとかドラゴン○ールだって熱血主人公のライバルはクールキャラだし、ライバル枠は基本クールって相場が決まってんだ。
まぁ、問題としてはコイツがクールキャラではないところだが……誤差みたいなもんだろ。トレーナーがクールイケメンなんだし、担当だって間接的にクールと言えなくもないはずだ(?)。
「…………?」
横目でシービーの姿を確認する。
すると、なんだか眉間にシワを寄せて、見るからに不機嫌オーラを出している姿が目に入った。
「─────ねぇ、久住くん。さっきからエースの話ばっかりじゃない?レースを走ったのは私だし、そのレースに勝ったのも私。そして君の担当だって私だよ?」
うわっめんどくさッ!! 急にメンヘラ女みたいなこと言い出してきたな。
お前あれか? メールとか5分以内に既読つかないと不安になるタイプか? クソダルいんですけど!
しかし生憎だが俺にその攻めは通じん。
メンヘラの標準装備は自虐と束縛だ。一般男性ならばメンヘラ女のクソ自虐とうざい束縛によって精神をすり減らすことだろう。だが! 天才超人である俺は、その持ち前の受け流し力(成功率10%)と、強固な意志(笑)によって、その攻めを回避することが出来るのだ!!
「……そうだったな、すまない。そうだな、ご褒美は何が良い? なんでも、は無理だが出来る限り善処するつもりだ」
「えっ、ホントに?」
「……………ああ」
ここで『なんでもは無理』と言っておくことで、金銭の有無や俺の評価に関わるような要求は拒否できるって寸法さ!!………しかし本当かどうかを確認してくる辺り、コイツは何を要求するつもりだ?
俺はコイツの事を理解できた試しがない。そんな未知の相手にいったい何を要求されるのか……全く予想ができないというのは、一種の恐怖ですらある。
どんな要求がきても耐えられるよう、少し身構えながら衝撃に備えていると─────
「じゃあ……頭を撫でて欲しい……かな」
「──────ッ!!」
顔を赤らめながら帽子を取り、そう呟く声が俺の耳に入った。
まったく意味の分からない願いだ。普段であれば脳細胞を総動員し、その願いの意味について深く考察するところだが……今はそんなことより────
(お前……! そのダサい帽子外せたのかッ……!?)
ここ最近で一番の衝撃だった。
俺がコイツのトレーナーとなり数ヶ月ほど経つが、コイツが帽子を外している姿なんて見たことがない。てっきりコイツは帽子と融合していて、物理的に外すことが出来ないものだと思っていたのだが………まさかの衝撃の事実に思考が止まる。
「よくやった。君は俺の誇りだ」
「~~~!!?」
ほぼ脊髄反射で喜びそうな言葉を羅列しつつ適当に頭を撫でる。
帽子のないシービーなど、エビの入っていないエビフライと同義だ。そしてそれがただのフライであるように、シービーもまた顔が良いだけの女になってしまった。重要な個性の消失である。
(とはいえ、このまま脳死で頭を撫で続ける訳にもいかない。いくら俺がトレーナーといえど、見る者によってはセクハラと捉えられかねないからな)
そもそも、こういうのってあんま長く撫で続けるもんでもないし、もういい頃合いだろう。それより俺が爆睡していたって事がバレる前にここから退散した方が吉だな。ボロが出てからじゃ遅い。
「では、そろそろ着替えを……」
「お願い、もうちょっとこのままでいさせて」
「(えぇ? この行動の何が嬉しいんだ? まぁ、俺としては金銭的要求じゃないし楽ではあるが)…………分かった」
~~~~~~10分後~~~~~~
「よし、そろそろ」
「もう少し………ね?」
「(は!? いやもう充分だろ!? もう結構な時間撫で続けてるぞ? 普通こんな撫でるもんじゃねーって。猫でも流石に嫌がるわ!!)…………分かった」
~~~~~~さらに10分後~~~~~~
「すまない、少し右手が疲れてきたんだが………」
「なら、左手で撫でて?」
「(よし、このまま頭蓋骨握り潰そう)…………分かった」
結局このあと30分ほど撫で続けるはめになったとさ。クソが。
前回の投稿から二ヶ月以上経ってる……マジですかい。相変わらずの自分の遅筆に涙を禁じ得ない今日この頃。時間の流れ早すぎでは?
それは一旦置いといて! ウマ娘でもまたもや実装&新キャラの嵐が来ましたね~! ちなみに私は新シナリオ三人の中ではスピードシンボリが癖に刺さりましたね! イケメン女子最高!!!
さて、再び話は変わりますが、オルフェーヴルのビジュって最高すぎません? 加えてビジュアルだけじゃなく、性格やストーリーもとても良いッ!! あのストーリーのオルフェーヴルには、私のヤンデレセンサー的な何かが反応しましたね!
オルフェーヴルヤンデレ概念はアリだと思います。オルフェーヴルのヤンデレもの、誰か書いてください……!
まぁ、そんなこんなで私は元気に執筆を続けております。遅筆すぎて時間の感覚が飛んでしまうことが多々ありますが「それでもいいよー」という方は、次話の投稿まで気長にお待ちください。私はとにかく早く次話を投稿できるように頑張りますので。
もし面白いと感じて頂けましたら高評価、感想の程よろしくお願いします。
執筆の励みになります。