「…………ふむ」
パソコン画面を眺めながら、一言呟く。
俺はトレーナー室にて、昨日行われたメイクデビューのログを見返していた。
先日はレース観戦中に居眠りをしてしまったことで、レースの全容が全く掴めていなかった。だが、その後の会話で追い込み戦術が使えなかった事だけは把握している。
……まぁ、逆にそれしか把握していないわけだが。
『さぁやって来ました!メイクデビュー、東京レース場芝1600です!!』
『さぁ、ウマ娘たちがゲートに入ります』
『スタートしましたッ!』
『─────11番ミスターシービー! 現在
『さぁ、まもなく最終コーナーに入ります。集団の後方から続々とウマ娘が上がってきます』
『おおっと!? ミスターシービー仕掛けた!後続との差をぐんぐんと離していきます!!』
『ミスターシービー、ゴールイン!!!! 9バ身差をつけ、メイクデビューはミスターシービーが制しましたッ!』
「なるほど……」
ログを見終え、思索に耽る。
どうやら俺が予想してたよりも周りとの差は大きかったようだ。
まさかこんな形で散々鍛えてきた追い込み戦術が破綻するとは、IQ1億の俺とて流石に予想外だった。
(ま、勝てんなら何でも良いんだけどさ)
とはいえ、次のレースはメイクデビューを勝ち抜いてきた奴らが相手だ。時期的にも今回より更に仕上げてくるウマ娘だらけだろうし、今みたいな楽な走りは出来ないだろう。
カツラギエースとかいう主人公も出てきたことだし、今後についてガチめに考えるか……
「ねぇ、久住くん。これって君の私物?」
…………結構ガチめにコイツとの担当契約を破棄出来ないか考えるか。
「シービー、授業はどうした?」
「君に会いたくて抜け出して来ちゃった♪」
終わってんなコイツ。
いや百歩譲って授業抜け出すのは良いが、何で俺ンとこ来んだよッ!? あと俺のコップ返せ!! そのコップちゃんと私物なんだからよォ!
「シービー授業はちゃんと出席しないと駄目だろう」
「ん~……そうなんだけどさ、授業って聞いてて退屈なんだよね。前までは抜け出すか寝るかして乗り気って来たから」
いやそれ乗り気ったって言えねーから!!
お前は俺を見習え。俺が学生のときは授業中寝るなんてことは一度もなかったし、驚くほど綺麗な姿勢で授業を受けていたことで有名だったんだぞ? そしてノートも完璧。あまりの完成度に教科書より教科書ってことで学内で名が轟いていた……はずだ!
「それに最近は四六時中君のこと考えちゃうし……あ、久住くんがトレーナーと兼任して先生になってくれれば全部解決じゃん」
シービーが名案と言わんばかりに口を開く。
何が「解決じゃん」だッ! 俺が先生だったらお前の評価マイナスにしてるわッ!! どうすんだ、これで俺んところにクレームきたらよォ!? 『あなたと契約してからシービーが授業を抜け出す頻度が高くなってるんですけど、どうしてくれるんですか?』とか言われたらさぁ!
「勉学は学生の本分だろう? トレセン学園といえどそれは変わらない。それに、わざわざ授業を抜け出さずとも俺は基本トレーナー室にいる。……ただ、会いに来るのなら授業が終わってからだぞ?」
じゃねーと俺のストレスがマッハだ。
まだまだ若いってのに、胃薬は御免被る。ただでさえトレーナー業務とお前の対応で疲労がたまってんのによぉ。これ以上俺の負担を増やすな!! 俺はお前が思ってるよりも暇じゃねーんだよ!
「ところで、久住くんは今なにやってるの?」
────シービーがそう疑問を呈してくる。どうやら俺が先程からウマ娘の名簿と今期のレース映像を流し見していることに疑問を感じているようだった。
「今期デビューしたウマ娘の情報を整理していたところだ。念には念を、というやつだな」
まぁ正直、今んとこ強敵になりそうなのは数人のみだが……大器晩成型がいるかもしれんし、調べといて損はないだろう。
「へぇ…誰か強い子、いた?」
「俺の見立てでは、今のところカツラギエースと、このメジロのご令嬢だな」
カツラギエースについては語る必要もないぐらい主人公だし、メジロの娘もそこそこ速い。シービーが負ける可能性があるのは現時点ではこの二人が有力だな。
とはいっても、もしかしたらレースが被らない可能性だってほんのちょっと残って……ないな。クラシックレースなんだから出てこないわけないよなぁ……。
「そういえば、私のクラスにも居るよ。メジロのお嬢様」
「ああ……確かメジロラモーヌ、と言ったな」
名簿に載ってたわ。あのどっからどう見ても成熟してる女な。あれが10代とか何の冗談だ? あの見た目と雰囲気で制服着てるとかもう完全に
実力もまぁまぁ高いらしいが、見た目のインパクトが強すぎてもう覚えてないわ。もはや走ってる姿よりもリムジンとか乗ってる姿の方が容易に想像できるな。
つーか、コイツがクラスメイトの名前覚えてるとか珍しいな……いや、逆に覚えてない方がヤバいんだけどさ。それにルドルフやエースのことも覚えてたし、やっぱりクセ強同士って共鳴すんのか?
「昨日もリムジンで登校してたし、ラモーヌの家ってそうとうなお金持ちだよね」
いやマジで乗ってるんかい。
っざけんなッ! 俺が毎朝歩いて出勤してんのに、ケツの青いガキがリムジンで登校だとッ!?
チッ!! シンボリの家もそうだが、なんでトレセンには金持ちの家系が多いんだよ?! 七光りどもが! やっぱりウマ娘は血筋ゲーってことか? なんてシビアな世界だッ!
「メジロ家はレース業界における名家だ。その影響力は大きい……トレーナーを志す者は皆耳にしたことがあるほどにな」
「確かルドルフの家もそうだよね。なんか気品って言うの? が、私らとは全然違うんだよね~」
だろうな。この前食堂で鉢合わせたとき、ついでに食事の動作を見てみたが、マナーや箸使いが完璧だった。ありゃ幼少期から教え込まれてんだろうな。
(けどまぁ、俺も完璧なんだけどな!!)
『クールイケメンは食事においてもイケメンでなければならない』
この信念(プライド)のもと、子供のときから独学で食事マナーについて実践してきたからな。軽んじられる可能性のある欠点は全て改善してきた。
イケメンであることに胡座をかかず努力を怠らないこと。
これが完璧たる由縁だ、覚えとけ。
────まぁ話を戻すが、ラモーヌに関してはデビュー時期違うし、別に調べなくても問題はないだろう。わざわざ無駄な労力を使う必要もないしな。
「ともかく、今あげた名前はこれからぶつかる可能性の高い相手たちだ」
「うん、分かった。でもなんか、負ける気はしないね」
「……自信があるのは良いことだが、慢心は禁物だぞ?」
前々から言ってはいるが、俺は無敗の三冠なんて無理だと思っている。まぁ、極論負けても構わない。そもそも実際に負けるのは俺じゃねーしな。ただ問題は、敗北にもそれ相応の格がある、という事だ。
G2やG3のレースは格が低い。言ってしまえば普通に勝てるレースだ。しかしG1レースにまでなると格が大きく違う。G1レースで負けても仕方ない、しょうがないって評価になる。だからG1レースで負けることに関しちゃ、別に許容範囲と言える。
俺の不安材料は負けた後だ。慢心や油断する奴らはだいたいプライドが高い。そしてプライドが高い奴ほど折れたときが非常に面倒臭いのだ。
つまり、その事象がシービーにも当てはまる可能性がある、ということ。何故シービーが無敗の三冠を目指しているのかは別に知ったこっちゃないが、もし負けたとき、コイツがどうなるかは俺にも想像つかない。
だから今のうちに「今回は負けるかも知んないよ?」と思わせておく事で、本当に負けたとき少しでもダメージが下がるように矯正しているところだ。
心にクるのは上げてから落とされたとき。なら、最初からハードル下げとけば「まぁ、仕方ないか」程度で収まるかもしれないからな。
今やっている慢心を取り除く事もその矯正の一環だ。契約してから今に至るまで慢心はダメだと口酸っぱく言い聞かせてある。
「あ、そうだ久住くん。今から二人で買い物しに行こうよ!」
────すると、良いことを思いついたと言わんばかりにシービーがソファーから身を乗り出して言い放った。そして、それと同時に俺の作業の手も止まった。
コイツは突然何を言っているのか。つか、今は授業中だってことを忘れてるんじゃあるまいな?
そんなときに担当と外出して遊んでました、なんてトレーナーとしてアウトだから。
それに、どーせ『ねぇ、お願い。これ買って~トレーナー大人でしょ~?』みたいに学生の立場を利用して俺から金を奪う魂胆なんだろ? ぜってぇーヤダね!誰がお前に金を使うかよ!!調子にのんなッ!
「そうだな……次のレースで勝ったら。というのはどうだ?」
「へ~、デートはそのご褒美ってことね。やる気でてきた」
俺の言葉に納得したのか、シービーが嬉々としてソファーから立ち上がった。
ふっ! バカが!! レースの賞金額に比べれば買い物にかかる浪費なんて些細なもの! それに何かと理由をつけて先伸ばしにすれば、コイツも買い物の約束なんてすぐ忘れるだろ。
「それがご褒美と言えるかは分からないが……ただ予定するレースも近い。ならレースを終わらせてからのびのびするのが良いと思ってな」
「んー、それもそっか。確か次のレースって……」
「黒松賞だな」
黒松賞────1600の芝。
「そのレースに備えて、近いうち模擬レースを組もうかと思っている」
「へー、誰と?」
「そうだな────」
『模擬レース』
文字通り、クラスや世代関係なしにレースが組める、いわば本番に限りなく近い併走。
とはいえ実力の低いウマ娘とレースしても、ただシービーが無双して終わるだけだし……さて誰を誘うか。実力のある奴らで言えば、
(アイツらに頼むのも癪だしなぁ~)
俺のプライド的にアイツらに併走を頼みに行くのは癪に触る。
シンボリのクソガキは生徒会長なんて役柄だし、なんか模擬レース受ける代わりに一つ貸しとか言われそうだ。
メジロの年増は……上から目線で物事語ってきそうだからヤダ。シービー以上に俺のストレス値が振り切りそうな予感がする。
カツラギエースは本番のレースで当たりそうだし、こっちの手の内を晒したくない。それに模擬レースを組むにはカツラギエースのトレーナーと仲介する必要がある。だが、わざわざ格下トレーナーのとこ出向いて模擬レース頼むとか、俺のプライドが許さないから無理。
まぁ、それらを踏まえると……一番お手頃なのは─────
「あら♪今日もイケイケね、シービーちゃん!」
「君もね、マルゼン」
レースで当たる心配がなくて、実力もあって、おまけにシービーと親好があるマルゼンスキーに落ち着いたってわけ。もうほとんどOGみたいなもんだしな、見た目的にも。
「マルゼンスキー、模擬レースの申し出を了承してくれたこと、感謝する」
「ノンノン! そんなに畏まらないで。あたしも久し振りに本気で走りたかったところだから♪」
「まぁ、マルゼンに併走頼むウマ娘なんてそうそう居ないからねー」
「それ、あたし的には寂しいんだけど!」
毎レース圧勝。その隔絶した実力から、ついた呼び名がスーパーカー。
そんな奴にそこいらのウマ娘が本気で戦えるか、なんて無理な話だ。むしろ
とはいえ、今はそんなバケモンみたいな相手が必要だ。
この模擬レースの目的は格上の相手を想定した仕掛けの調整。
─────そしてシービーの自信をへし折ることだ。
「距離は1600の芝。休憩を挟みつつ、5本走ってもらう。良いか?」
「おけまる水産!」
「オッケー」
………コイツ本当に学生か?実は俺より年いってても驚かんぞ。
準備運動中のシービーに手招きをする。
すると、それに気づいたシービーが小走りで近付いてきた。
「なに、どうしたの?」
「シービー、今回の相手は経験や場数が大きく違う。今は勝利に重点を置くよりも、とにかくマルゼンスキーから技術を盗むことを重視しよう」
「はーい。……でもさ────勝っても良いんでしょ?」
「ああ、無論だ」
お前さぁ……その自信どっから沸いてくんだよ。
自信過剰ってコイツの為にあるような言葉だな。
────なお、先程の言葉が全部自分に返ってきていることに久住は気づいているのだろうか?
◆
「ふっ!」
私はいつもどおり先行してレースを展開する。
少し後方にはシービーちゃんが足を溜めて様子を伺っていた。
(やっぱり、デビュー戦のときのように末脚を活かして最後に差しきる気ね。
でも、あたしのペースについてこられるかしら?)
マルゼンスキーのペースに付いていくだけで足を使いきってしまう娘も多い。
────マルゼンスキーの脚質は『逃げ』だと世間では認知されている。
だが本人は別に逃げているつもりはない。ただ自分のペースで走っているだけ……しかし、全ての能力が桁違いなのだ。
速度もスタミナも、他のウマ娘とは比較にならない。だから自然と逃げ、という形になってしまっているが、マルゼンスキーからすれば終始自分のペースを維持しているだけ。けれど、それで逃げきれてしまうほど周囲とは圧倒的な差があった。
(とはいえシービーちゃんも中距離に適正があるし、スタミナ切れなんてしないでしょうけど!)
付かず離れず、まるで獲物を狙う肉食獣のような気迫を背後からヒシヒシと感じる。
模擬レースだと油断していると一瞬で喰われる。そう思わされるほど本番さながらの威圧感だった。
ちゃんとした勝負は久し振りだ。もともと光る才能はあったが、トレーナーがついてから見違えるように成長している。あたしの知っているシービーちゃんなら練習だってサボりそうなものなのに、実際は嬉々としてトレーニングに励んでいると聞く。
普段は気分じゃないーとか言って授業そっちのけで何処か行っちゃうのにね~?
「でも、負けないわよッ!!」
あたしとてウマ娘。わざわざ手を抜いて負けるなんて、はなから選択肢にないのだから。
~~~~~~~~
~~~~~~
~~~~
「いやー、やっぱり速いね。マルゼン」
「シービーちゃんも速くなったわね! 最後差されちゃったわよ!!」
成績としては、あたしの三勝二敗で終わった。
すでに引退したとはいえ、まだまだ他の子たちに負けているつもりはなかった……現に、いま一線で戦っているウマ娘たちにも引けを取らないだろう。
ましてやシービーがいくら現役とて、まだデビュー戦しか走ったことのない成長途中のウマ娘だ。
─────にもかかわらず、現時点であたしを上回るほどに強くなっている。
(末恐ろしい子ね……)
間違いなくこれから先、更に強くなるだろう。
「……シービーちゃん、随分変わったわね」
それにあの走りは完成されつつある。
彼女は後方から、ずっとあたしの息が上がるタイミングを窺っていた。
感覚だけで走っていた前までとは違い、ちゃんと考えて走れている。加えて元より彼女に備わっていた天性のレース勘。この組み合わせは脅威になるだろう。
(も~! 同じ時期にデビュー出来なかったのがホント残念だわっ!)
もし彼女と同じ時期にデビューしていたら、良いライバルになっていたかもしれない。
そんなもしもの世界に夢を馳せながら、シービーと会話している男に目を移す。
(シービーちゃん、良いトレーナーさんに出会ったわね♪)
あのトレーナーの噂は聞いている。もはやトレセン学園では彼を知らぬ者の方が少ないだろう。彼がトレセン学園にやって来たこの短い期間で、すでに学園で強い存在感を放っていた。
そしてそんな彼を生徒会が放っておくはずもなし。責任感の強いルドルフであれば尚更、もうすでに彼と接触しているはずだ。なのに彼を放置しているということは、悪意や害がないと判断したからなのだろう。
(遠目から彼らが会話しているところを見ているけど、シービーちゃん、凄く楽しそうに話してるわっ! もう、青春ね~!! でもトレーナーさんの方は……表情全く変わってないわね。あれがデフォルトなのかしら?)
レースへの関心が薄かったシービーがここまで変わったのは、間違いなくあのトレーナーと何か関係があるのだろう。
どんな関係なのか、どういう経緯で出会ったのか、部外者である自分には知るよしもないが、ただのウマ娘とトレーナーという関係性だけでないのはあたしにも分かる。
シービーとはそこそこ長い付き合いになるが、その記憶を遡っても彼女があそこまで誰かに懐いている姿は見たことがない。
(でも、あれは良い変化……なのかしら?)
前まであった
(……気のせいであってほしいわね)
シービーがレースに関心を示し始めたというのに、何故か言い容れぬ不安を覚えながら、二人のことを眺めるのだった。
◆
《ショッピングモール・1F》
ショッピングモールにて、ある男女が多くの人目を引いていた。
─────片や100人中100人が振り向くほど美しい顔立ちをした女性。
ウマ耳に緑のリボンを付けた彼女から漂う飄々とした雰囲気のせいか、不思議と彼女に目線が向いてしまう。
─────そして片やスーツを着こなしている男性。
その凛と整った目鼻立ちと、スーツであることも相まって『ザ・仕事人』という雰囲気を醸し出していた。
そんな二人が談笑する姿は、まさに一級の絵画のようだ。
「ふふっ、こうして二人で買い物って何だがデートみたいだね♪」
「そうだろうか?」
(ああ゛?やめろよ、鳥肌立つわ。孤高なる俺と愚鈍なるお前が恋人とか、不釣り合いにも程があるだろ。そもそも、
残念だが、すでに周りからはそういう関係だと思われている最中だ。
シービーは言わずもがな、久住も顔に関しては超一級品なのだ。そんな二人が仲良く歩いている姿は、まさにお似合いのカップルでしかない。
………まぁ、当の本人が知れば憤慨すること間違いなしだが。
そして久住が言うように、休日に担当とショッピングなんて普通であれば何かしら理由を付けて断っていただろう。
こうして買い物に付き合っているということは、そういうことだ。
────結論から言えば、シービーは黒松賞を圧勝した。
後方に構えて最後に末脚を生かして差しきる。
まるで追い込みのお手本のような勝ち方だった。
……ただ、久住にとって唯一予想外だったのが、シービーが約束を忘れる気配が全くなかったということ。「そりゃあ当然だろう」とも思うが、この見通しの甘さこそが久住クオリティーなのだ。
(そういやこんな約束もしてたな、もはや俺が忘れてたわ。とはいえ、黒松賞の賞金が一部入って来たからな。今の俺は金持ちだぜ! ふっ、金銭に不安がないってのは良いな。自然と心に余裕ができる。今なら何が来ても広い心で許せる気がする。)
「あ、あの服久住くんに似合いそうじゃない?」
「……そうか?(いや、イケメンは何着ても似合うって相場が決まってんだから当然だろ────って高っ! ボッタクリか!? 上着だけで4万?ぜってー買わねぇ!!)」
「あ、こっちも良いかも。んー買っちゃおうかなー」
(………まぁ、とはいえ一部。コイツの方がもっと貰っているわけで………なんだろ、現実って残酷だな。)
非情な現実に嘆きながら、虚空を見つめるのであった。
(この際だし、俺も何着か買っとくか? 流石に外出にスーツってのもなぁ………)
ちょうど俺も服はあと何着か欲しいと思っていたところではあった。
こう見えて俺はほとんど私服らしい私服を持っていないのだ。
両親が亡くなってから残された遺産と保険金だけが頼りだった当時の俺にとって、服装選びは一に値段、次点でお洒落さだったからな。まぁ俺が着れば全てオサレな服装に早変わりするから、基本的に値段か。あと俺が通っていた高校の制服がそこそこセンス良かったのもあって、外出にはかなり重宝してたのも私服が少ない要因か。
────付け加えると、俺が今スーツを着ているのにも理由がある。
あくまでこれは仕事の一環だと言うことを暗に周囲に伝えているのだ。
もしこれが私服であったなら、それは単に『プライベートで担当とショッピングしにきた奴』という、字面だけ見れば未成年淫行に引っ掛かりそうになるが、スーツを着ていることによって『あくまで"仕事"として担当のショッピングに付き合っている奴』になるのだ!
(ふっ、我ながら完璧な印象操作。これが俺の成せる技……か。しかし、いざ服を選べってなるとかなり悩むな。俺に似合う服が多すぎて、どれを買うべきか……)
「あなたにはこれが合いそうだけれど」
(ん、タキシード? おい、どこの執事だよ)
ただまぁ似合いはするだろうな。だって俺だし。タキシードを着た俺……おっほー!想像しただけで惚れちまうわ!! タキシードはクールで紳士という印象を持つ服装だ。そこに俺のイケメンパワーが加えられて、それはもぉうとんでもなーい事になるだろうな。
「私の家に予備がたくさんあるから、着たかったら言いなさい」
予備がたくさん?
それはもうタキシード集めが趣味の変態か、どこぞのお嬢様くらいだろ。
「……………ん?」
そこまでいって、ようやく違和感に気づいた。
はて、いま俺に話しかけている者は誰だ?
声を掛けられてすぐ手元のタキシードに目が移ってしまったから、相手の顔を確認していなかった……まあまずシービーでないことは確かだ。声が違うし、何よりあいつがこんな上品な喋り方するわけ無い。
何者か確認すべく、恐る恐る顔を上げると────
「あなたならモーニングコートも似合うでしょうし、燕尾服もぜひ着てもらいたいわね」
「────メジロラモーヌ?」
「……あら、私のことをご存知だったのね」
『メジロラモーヌ』
まだ未デビューながら、その高い実力と魔性の雰囲気によって学園で頭角を現しているウマ娘。……そして、俺の関わりたくないリストに入っているウマ娘でもある。
(よりにもよって会いたくなかったウマ娘の一人とショピングセンターで鉢合わせだと!? なんて最悪な偶然だよ。この店にはもう二度と来ねぇ。)
「君は有名人だからな。メジロの至宝と謳われる君の走りは、不思議と周りを魅力する」
「あら、お褒めの言葉ありがとう。けれど、あなただって有名人でしょう。ねぇ?────鎖に繋がれていた彼女を解き放ち、更に強固な鎖で繋ぎ直した新人トレーナーさん?」
(ふむ、コイツは………何を言ってんだ?)
はぁ………もしやコイツ"意味深ワード垂れ流しババア"か?
『私、知ってますよ』感を漂わせ、度々物語の核心に迫ったセリフを呟く老害のことだが………マルゼンスキーのときも思ったが、お前ら本当に外見と実年齢合ってる?
なんの情報もなしにラモーヌと出くわしたら敬語で喋る自信あるわ。だって、どう見ても老齢の女なんだもん。
「あなたは気づいているのかしら?彼女に付けた鎖は、あなたの身を滅ぼすことになるわよ」
だから鎖ってなんなんだよッ!
…………いやまぁ、確かにそろそろ国家権力によって物理的な鎖で繋がれそうではあるか? 俺の家まで着いてこようとしたときは流石に警察を呼ぼうか迷ったし。
「それとも、それすら受け入れて見せると?」
いや~、いくら寛大な心を持つ俺とてストーカーを受け入れるのはキツいでしょ。受け入れるくらいなら大人しく警察に引き渡すね、俺は。
「それは慢心か、本当に受け入れられる器があるのか……ふふっ本当に興味が尽きないわね」
ってかシービーはいつ戻ってくんだ?
いい加減ラモーヌと二人きりってのも疲れるんだけど。なんか、ずっと一人で意味深ワード垂れ流してるし、こいつ人と会話する気ないだろ。もうそこの壁見て話してろよ。
「ところで、貴方は今お一人なのかしら?」
「いや、一応連れの子がいる。今は少し外してるがな」
まぁ、簡潔に言ったら便所だ。ぷっ、シービーが『ちょっとお花摘みに行ってくるね~』などと、まるで恥じらう乙女のようなことを言ってたのには思わず笑うとこだったぜ。大勢の前で人の童貞バラす奴が今さら乙女キャラに路線変更なんて無理がありすぎるわ。
「ふーん……あなたなら我がメジロ家に招待しても問題なさそうね。お婆さまも気に入ってくれるでしょうし」
「彼は私のだよ────ラモーヌ」
あ、戻ってきた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
修羅場。まさにそう言い表せる状況であった。
戻ってきたシービーが目にしたのは、自分のトレーナーが誰かに話し掛けられている姿。
(あれは……ラモーヌ?)
ナンパかと一瞬ドロドロとした感情が溢れかけたが、その女性がラモーヌであることを視認すると、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
ルドルフのときのように興味本意から声を掛けた可能性も十分にあると理解したからだ。
────加えて、ラモーヌはレースが関わること以外あまり関心を示さない。
浮世絵離れた魔性の雰囲気のせいであまり知られてはいないが、ラモーヌはかなりのレースバカなのだ。であれば、最初からナンパだと断言するわけにはいけない。
「あなたなら我がメジロ家に招待しても問題なさそうね。お婆さまも気に入ってくれるでしょうし」
あぁ、これはナンパだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あらシービー、あなたが同伴者だったの」
「まぁね。そういう君は、私のトレーナーになんの用かな?」
「ようなんて無いわ。ただ興味が湧いたから声を掛けただけ────けれど、予想より面白い殿方だったわ」
(いや俺なんも話してないんだけど。最初に口八丁で煽てただけなんだけど)
「それじゃあ、私はお邪魔でしょうし戻るとするわ。……あぁ、さっきの話、着たくなったら言いなさい。我がメジロ家は優秀な者を忌避しないから」
「そんな時はこないから。早く帰ったら?」
しっしっ、と嫌そうに眉間にシワを寄せ、帰りを促す。だが全く気にしていないのか、ラモーヌは妖艶な笑みを浮かべながら去っていった。
ただその場は、まるで嵐が通り過ぎたかのように大きな爪痕を残していった。
「はぁ……まさかラモーヌが他人に興味を持つなんて、意外というか……なに話してたの?」
シービーが怪奇そうに訪ねてくるが、久住とて何も理解していない。
災害のように突然現れ、大きな爪痕を残して去っていっただけなのだ。
「────強いて言えば、忠告……だろうか」
「ふーん…ま、たいして気にしなくていいんじゃない?」
「そうだな」
そもそもラモーヌが言ったことを何も理解していないのだから、気に留める以前の問題である。
「そうだ、シービーはもう買うものは決めたのか?」
「ん?そうだね……これかな」
そう言って手に取ったのは、ライトブラウンのジャケット。
────それは偶然か、それとも狙っているのかは分からないが、久住が持っている服と似通っていた。
(まぁ、シービーの前でスーツ以外の格好は見せたことがないし、十中八九偶然だろう………え、偶然だよな?)
しかし、もし私服で並んで歩けば間違いなくペアルックだと思われるだろう。
久住も当然その事に気付き心のなかで顔をしかめるが、そこは追求しなかった。ただ、クローゼットに眠っているジャケットはもう二度と陽の目を浴びることは無いだろう。
「そうか、なら────」
『『待って!』』
(ッ!!?)
速く買って帰ろう。そう言おうとした最中、久住の脳内に天使と悪魔が現れた。
『これは好感度を上げるチャンスではなくて? これを貴方が買ってプレゼントという形にすれば好感度も上るし、周囲からも金銭に余裕のある完璧クールイケメンだと思われること間違いなしよ。』
(天使?! た、確かに天使の言う通りだ……むしろ、ここでスルーすれば「久住は女心の分からないケチ臭いやつ」と思われる可能性があるのか!? クソっ!ここは評判を良くためにも奢るしか────!)
『いいえ違うわ。一旦冷静になって考えてみましょう?
貴方は数ヶ月間この娘と接してきて、好感度が低いなって思ったこと一回でもあった? むしろ、しつこいぐらい懐かれていたでしょう。これ以上好感度を上げるために無為に財布の中身を使う必要はないわ。
でも確かに、好感度って言うのは高いまま維持されるとは限らないわ。いくらあなたが完璧クールイケメンでも、あなたに嫌悪を抱くウジ虫が沸く可能性を否定することはできない。でも、この瞬間に奢らなかったくらいで好感度が下がるようなゴミであったなら、その時は殺ってしてしまえば良いだけよ。
それより自分のために使った方が何億倍も有意義なのではなくて?美容に使ったり、服を買ったり、美味しいものを食べたり……貯めるのも良いわね。この先の貯蓄は大事よ。
なのに、ここでこのクソ娘にお金を使ってしまったら一生後悔するかもしれない。この出来事が今後ちらつくのよ。貴方に精神的苦痛を与え続けている不届きものにプレゼントを渡すなんて、神が許しても貴方は許さないでしょう? それは決して間違いではないわ。当然のことよ。
貴方に苦痛を与えるなんて、完璧な料理に野糞をぶちまけるかの如き愚行なんだから。
加えて、この娘は今レースの賞金があるわ。それも、貴方よりも大金を貰っている。ねぇ、ただの小娘が貴方よりもお金を貰ってるなんて不条理、赦していいの?
格式の高いレースになれば一回の勝利で数百万が入ってくるわ。このまま順調に勝ち続ければ大金がこの娘に入ることになる……けれど、ウマ娘が現役である期間は短いわ。引退すれば、それは収入が消えることと同義。つまり、このままこの娘の金銭感覚をおかしくすれば、数十年後に悲惨な未来を迎えるはずよ。
自分の一時の欲望で自分自身を滅ぼすなんて、とても滑稽なことだと思わない? 対して貴方はこれまで大事に貯めた貯蓄で悠々自適に暮らすの。破滅していく娘を横目で見ながらね。それってとても素敵なことでしょう?
なら貴方がすることは一つ、見るからに高そうな服を買う愚者を心中で笑いながら、レジまで見送ることよ。
大丈夫、貴方は常に正しいのだから。』
(よし、このまま見送ろう。こいつの将来が楽しみだな)
あまりに悪魔が強すぎる久住であった。というか、悪魔のターンが長い。ちょっと読むのも疲れてくるレベルだ。流石久住の悪感情といったところか。………いやまぁ結局は天使も悪魔も久住の思想なのだから、行き着く先は全て自分の利益にしかならないのだが。
「でもさ~記念日にプレゼントくれないのってちょっとだけ下がるよね~」
ふと、身なりの派手な女性達が雑談に興じる声が耳に入ってきた。
彼女達は遥か後方、店内に流れるBGMも相まって到底聴こえるようなものではない。が、地獄耳である久住にとって、そんなもの大した障害になり得ない。少し神経をそちらに向ければ、彼女達の会話が一言一句、ハッキリと聴こえていくる。
「わかるぅ~なんか心のどっかで期待してんだよねー。記念日だから何かくれるかもってさ」
「だから余計なにもなかったときのガッカリ感ヤバいんだよね~」
「「それなぁ~~~」」
面識の無いギャルたちの会話。その言葉を実際に言われたわけではないし、言われることもない。特に気にすることの無い他人の意見だ。むしろその会話を盗み聞きしている分際で、ギャルたちの言葉にとやかく言う事など出来るはずもない。
─────だが、久住はそんなことを気にする男ではないのだ。
(チ゛ィ゛ッ!! プレゼントがなかったら下がるって、所詮はその程度の関係性だったってことだろォ!!? あぁ~いやだいやだ!金で繋がってる関係を信頼とか愛とかで語るクソ共が! 俺は絶対に屈しねぇーぞォ!? 下がんなら勝手に下がってろ!! そのままマントルまで沈んどけやボケッ!)
「なら、それは俺が買おう」
「え? い、いや、流石に悪いって……」
「なに、勝ったからな。俺からのプレゼントだ」
(そう、だからこれはプレゼントを渡すことによって好調のまま次のレースを走れるという高等なる思惑であって、決してギャルの言葉に屈したとかじゃ…ないんだからね!!)
などと宣っているが、全然屈している。
先程の利己的な持論の数々は何処に行ってしまったのかと問いたくなる。
しかし、久住にとってこれは通常運転だ。自分の意見が百八十度変わるなんて日常茶飯事な男は、何より他者からの評価を気にするのだ。手のひらを返すのが早い、とも言う。
(たっけぇええええッ!!!!! はぁ!?俺が着てんのとたいして変わんねーのに値段が倍違うとか詐偽かよ!!)
なお、久住は予想外の出費により結局一着も買わずに帰宅した。
失踪したと─────思たやろ?
お久しぶりです……前回の投稿から早一年以上…………いやもう失踪してますね。
もうこの小説のこと知ってる人なんているのかと問いたくなるレベルで時間が経ってしまいました。何故投稿出来ていなかったかといえば、理由は単純で一時的にウマ娘への熱が抜けてしまったからです。
現在は再びウマ娘への熱が戻ってきたのと、仕事を辞めたことで時間が取れるようになり、またこの駄作に舞い戻ってきてしまいました。久し振りの更新なので、誤字等あると思いますので、報告のほうお願いします。
そして、もしこの駄作の更新を待ってくれている方がいましたら、本当に申し訳ありませんでした。
一応投稿再開になりますので、よろしくお願いします。
ただ、また数ヵ月後に投稿……とかだと、投稿再開とは言えませんので、次は3週間以内に投稿します。覚悟の証として、もし投稿出来なければこの駄作を削除します。ちなみに現在の次話進捗は0文字です。そうですね、とてもヤバいですね。
もし面白いと感じて頂けましたら高評価、感想の程よろしくお願いします。
執筆の励みになります。