ガチでクズなトレーナーの物語 リメイク版   作:アグリ

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首席の男

 首席………ああ、何て良い響きなのだろうか。

 首席という事は俺はこの年のトップ……トレーナー合格者の中で最も優れているということになる。

 

 つまり───

 

(全員見下せるってことやぁぁぁぁぁん!!!!!)

 

 首席って称号は、同期は勿論先輩共にもマウントを取れる材料になる! そして、首席を見下すようなバカはいないッ! 文字通り一番なのだ!! ヤッホォォォォ最高だぜぇぇぇぇ!

 

『私首席ですが何か?(ドャァ)』

 

 言いてぇぇぇぇ! だがクールキャラの奴がそんなマウント取るわけないしな……

 クソ! 今日程クールキャラを憎んだ事はない……!

 ってか俺凄くね!? 日本で最難関の試験と言われる中央のライセンス試験を首席だぜ!? 一番だぜ!!? 一番!!!

 『"最·優·秀"』って、コトォ↷?!! ヒュ~ッ!!!

 

 

 ───ウザい。とてもウザい。

 しかし久住がここまで調子に乗っているとは夢にも思っていない少女は、更に男を調子づかせる言葉を羅列する。

 

「筆記、面接共に文句なしの一位───素晴らしいッ! 将来有望、ここからの君の活躍が楽しみだ!!」

 

「!……ありがとうございます」

 

 俺の時代、来ましたァ~!!!! 万は下らないであろう受験者の中から、筆記で一位!? どうも、並ぶものなき天才です。

 面接に関しては完全に予想外だが、これも俺のイケメンフェイスの成せる業ってことかな~!? どうも、比類なき完璧イケメンです。

 

「だがこれからが本番だぞ? 担当を見つけてレースに勝てるかは君にかかっているのだからな!!」

(まぁ私の言葉は首席合格した者が慢心しないように気合いを入れさせる為なんだが……こんなこと久住くんは言われずとも当然理解しているだろうな)

 

「ええ、これから更に誠心誠意頑張らせていただきます」

 

 いや、もう俺の努力タイムは終了だよ。担当だって俺が首席とわかれば相手からよってくるはず……よってきた奴らから強いウマ娘を厳選してトレーナーになれば終いだぁ!!!

 

 

 ───流石は口八丁で生きてきた男だ。

 内心の穢れた欲望を全く感じさせない爽やかな返事と、少女の期待を意に介さず裏切る精神性。

 なるほど、確かに虚言に関して久住の右に出る者はいないだろう。

 試験一位通過は間違いなく偉業ではあるが、トレーナーとしての仕事はこれからだ。むしろここからが久住にとって地獄のスタートになるのだから。

 

 だが今まさに期待を裏切られてるとは知らない少女は男の返答を受け、うんうんと満足気に頷いている。

 

「うむッ! 良い返事だ! 君にはこれからトレセン学園で働いてもらう訳だが、トレセン学園内の事はあまり知らないだろう? たづな、久住君に学園内を案内してくれ」

(本当は私が案内したいのだがな……しかし仕事がまだ山積みだし……)

 

「わかりました。では久住さん、私に付いてきてください」

 

 学園の案内か……まぁ初出勤はどこもそんなもんだろうな。

 それじゃ、俺の職場となるトレセン学園がどれ程か見させて貰おうか。

 

 

 

 

 

 

「ここが図書室です」

 

 そこそこだな。この学園の規模感にしては思ってたよりも図書室が小さい……ああ、ウマ娘って基本的に走ることしか考えてない脳筋だから本を読む奴自体が少ないのか。納得

 

 

「───そしてここがプールになります」

 

 いやデカくね?! トレーニングにも使われてるらしいし、図書室よりも使う奴らが多いからか?……いや、そう考えると逆に小さく感じるな。

 トレセン学園に在籍するウマ娘の数は2000人以上。

 だが対してプールに入れるのは70人ちょっとだろう。ウマ娘のトレーニングに使われるのなら、更に入れる人数は少なくなる。

 

 プールトレーニングは予約制なのか?

 

「では、次は───」

 

「───ん?」

 

 俺がそう納得していると、庭に不自然な切り株を見つけた。

 

「たづなさん、あの切り株は……」

 

「あぁ、あの切り株は生徒達の『レースで負けて悔しい』などの嫌な思いを吐き出して発散する場です」

 

「……なるほど」

 

 へぇぇぇ良いこと聞いたわ、ストレス発散に来てるやつ見て笑っとこ。

 

 

 

 

 ───後にウマ娘よりも愚痴を吐きに来ることになる久住であった。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ここの設備は最近になって新しくしたもので───」

「なるほど」

 

 ふぅん、クッソどうでもいいわ。

 

「この施設の職員さんが数ヶ月前に辞めてしまって───」

「大変……だったようですね」

 

 ふぅん、クッソどうでも(以下略

 

「これはトレーナーさんが泊まるとき専用の寮になっていて───」

「……この壊れた扉は……?」

「掛かってしまったウマ娘が破壊しました」

 

 ふぅん、クッソどうでも……よくないな?! おい!?俺も泊まるかもしれんのに安全面の方はどうなってんだッ!?

 

「ここが食堂になっており───」

「大きい場所ですね」

「はい、トレーナーとウマ娘が共同して使えるようになっていますから」

 

 ……え?マジで??俺飯は一人で食べたい派なんだけど。

 

「そしてここは───」

「……すごいですね」

 

 まあまあだな………ってか、なんか長くない? 学園案内長くない?? もう5時間くらい経ってるんだけど?

 

「続いては────」

 

 えっ、案内まだ続くん?

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 ハァ……ハァッ……!!

 

 

「───では、学園の案内はこれにて以上になります」

 

「(ッ!! よ、ようやくかよぉぉぉ……!)ありがとうございました」

 

 俺はあれから更に数時間の間、この緑女に学園の様々な設備や場所を案内……いや、これは学園案内ではない。案内という名を冠した苦行……拷問だった。

 

(学園案内が長すぎて後半から記憶が曖昧だ。もう緑女が何を言っていたか思い出せない……ってか、思い出したくない)

 

 この学園は俺にそう思わせるほど広い。

 どのくらい広いかと言うと、案内の時間だけで日が沈み、空が薄暗くなるレベルだ。

 そう、マジで迷うレベルで広いのだ。

 伊達に日本トップの養成所じゃねぇな……

 

「一応一通り見て回りましたが、どうでしたか? トレセン学園は」

 

 ……あんな長時間喋り続けていた筈なのに、何でコイツは平然とした顔で俺に反応を求めてこれるんだ? お前ホントに人間か?

 つーかこんなに時間が掛かったのも、この緑女のクソみたいな世間話&雑談が死ぬほど長かったせいだかんなッ!?

 コイツのどうでもいい雑談にいちいち相槌や反応を示していたおかげで、俺は後半になるにつれ『すごい』『なるほど』『素晴らしい』しか言わないbotになっていた。

 

「……聞き及んではいましたが、ここまで広いとは思ってもみませんでした。

 充実した設備に、優秀なトレーナー……全く隙のない養成機関。流石は日本最高峰と言われるトレセン学園ですね」

 

「ふふっ、そうでしょう? トレセン学園にはウマ娘育成に関する、あらゆる面のスペシャリストが揃っていますから♪」

 

 学長から久住の厳しい評価基準について聞いたことがある。久住は、どんな相手だろうとも不備を見つければ容赦なく意を唱える……と。

 そんな久住から、まさに『べた褒め』という言葉が当てはまるほどの高評価を受け、たづなは自分の事のように嬉しそうであった。

 自分が好いてるものを誉められて嫌な気分になる者はいないのだ。

 

 ───さて。突然だが、久住は『私の親、実は◯◯◯なんだよねー』や『私、◯◯◯と友達なんだよね~』系の人間が大嫌いである。

 本人の偉業ではなく、他人の力や威光をまるで()()()()のように話す輩が心の底から嫌いなのだ。ちなみに、自分の偉業を自慢する輩も久住君は死ぬほど嫌いである。

 

 ……何故唐突にこの話をしたのか疑問に思っている方も多いだろう。いや、もしかしたら察しの良い方はすでに気づいているかも知れないが───

 

 

(チ゛ィ゛ッ゛ なーんで緑女がドヤ顔してんだぁッ?!! 別にお前を褒めた訳じゃないからな!!……いや、なんなら学園も褒めてないわッ! 端的に事実を言ってるだけだし?

 は? 広いからなんなの? 設備が充実しててもウマ娘の質がダメなら、豚に真珠、猫に小判、ウマ娘に高い設備だから!?

 優秀なトレーナー? はぁぁぁぁ!? あんなクソ簡単な筆記と、クソガキ理事長(笑)が面接官の試験を突破した"だけ"のトレーナーが優秀?? ハッ!! へそが茶を沸かすわ!!)

 

 

 ───久住は、案内の疲労感を吹っ飛ばすほどにキレていた。

 

 恐らく先程のたづなの反応が、それらの逆鱗に触れてしまったのだろうが……久住の地雷が何処にあるのかまるで分からない。

 たづなの返答は、例えるなら『自分の好きなものを共有したい』に含まれるのだろう。もしかしたら超卑屈な久住君は、それを自慢と捉えてしまったのかもしれない。

 

 ……久住は一度心を清めた方が良い。穢れすぎだ。

 

 

「───ですが今日からは久住さんもこのトレセン学園の一人です」

 

 ……え? いや何でいきなり真面目な雰囲気出してきてんの?お前高低差激しいな。

 あと俺を中央の凡人共と同じにするなよ。俺は『"首席"』だぞ? 周りとは"格"が違うんだよ。

 だからお前ももっと這いつくばれ、俺を敬え、金品を捧げろ。さすれば汝は若干の幸福感を味わえるであろう。保証はしないけど。

 

「それも、ウマ娘と最も近くで対話し、教え、導く存在……この学園にとって最も重要な役割を担うことになります」

 

 そうだな。ウマ娘が生み出す利益を最も多く搾取し、稼ぎ、自らの利益とする存在……俺はこの学園で最も楽に稼げる役職になったのだ!!

 フッハッハハハーッ!!!!笑いが止まらんな~!

 ガキ共からむしり取った金で己の私利私欲を満たすなど、俺に合った最高の仕事ではないか!?

 

「……あなたには大きな重圧がかかることになるでしょう」

 

 え? ああ、もしかしてガキ共から搾取するのが心苦しいんじゃないかと心配してるのか?だが、それは要らぬ心配だ。

 

「そんなもの、私がトレーナーを目指したときから既に覚悟の上です」

 

 俺とて鬼ではない。無知なガキ共から搾取するのは確かに憚られるが、そんなものトレーナーを目指したときから覚悟はしていたよ。俺は心を鬼にして職務を全うするさ。

 あ~心が苦しいなー(棒) 本当は俺だってやりたく無いんだよ?でも仕事だし、しょうがないよなー(棒)

 

「……そうでしたね。不躾なことをお聞きして申し訳ありませんでした」

 

 ふむ、女の顔から安堵の感情が読み取れる。やっぱり心配してたのか。

 にしても、なかなかに綺麗な謝罪だ。あのクソガキ理事長の秘書って言ってたし、日頃から謝ること多いんだろうな。同情するわ。ザマァねぇーぜ。

 

 

 ────たづなが安堵の感情以外に、先の言葉から()()()()()()()()()()()事に久住は気づかなかった。

 

 

「───久住さん、初年度の予定は決まっていますか?」

 

「……いえ、特には」

 

(初年度、かぁ……)

 

 新たにトレーナーになった者達は、チームのサブトレーナーとして経験を積む者や、初年度から担当を持つ者など様々だ。

 しかし初年度から担当を持ったとしても、いきなり担当ウマ娘を勝たせられる者は少ない。

 初年度ともなれば担当は勿論、トレーナーすら中央レースを経験したことが無いのだから当然だろう。

 

 トレーナーとして腕を上げるには実際に経験するのが一番だと言うが、ウマ娘側にとってはそうではない。トレーナーに二度目があっても、ウマ娘にとって二度目は無いレースだってあるのだ。

 例としては日本ダービーだろう。ウマ娘にとっては一生に一度しか走れない夢の舞台だ。

 それが自分の不手際で担当に泥を塗る……なんて、あってはならないことだ。

 

 そうならないよう初年度のトレーナー達は、ベテラントレーナーの元で数年間サブトレーナーとして実際のレースを経験し、学んでから自分の担当を探す者が多い。

 

 

「でしたら、近々選抜レースがあります。一度足を運んでみては?」

 

「……選抜レースですか」

 

 サブトレーナーとしての経験は必ず役に立つ。だからたづなも初年度のトレーナー達にはサブトレーナーになる選択肢が存在する事と、そのメリットを伝えている。

 

「久住さんは首席といえどまだ新人……そこで担当を見つける必要はありませんが、もしかしたら久住さんがこの子のトレーナーになりたいと思えるような、良い子が見つかるかもしれません。」

 

 

 だが───

 

 

「久住さんは、ウマ娘の夢を叶えたくてトレーナーになったのでしょう?」

 

 だが、久住なら───あの学長と理事長が太鼓判を押している久住ならば、初年度から担当を持たせても問題は無いだろう。と、たづなは久住に抱く期待から、担当を持つことへの後押しをしているのだ。

 

 サブトレーナーになるか、担当を持つか……本来は長く悩む場面だ。

 

 

 (ま、俺は『首席』だし問題ないだろ。サブトレーナーなんてやってたら収入が減るし、何よりコキ使われるのも癪だからな。)

 

 

 ……まぁ、それは一般的なトレーナーに限る話だ。

 担当より自分の給料を優先するこの男からしてみれば、考慮の余地もなく後者であった。

 

 

「はい、ウマ娘の夢を叶える……私がトレーナーになった理由ですから」

 

 ヨッシャッ! この場で選抜レースについて聞けたのは僥倖だな!

 選抜レースには当然俺も行くッ!! なにせ担当次第で俺の将来的な給料が決まるんだからな! 良さそうな奴がいたらソッコースカウトじゃッ!!! 全ては金の為!!

 え?ウマ娘の夢を叶える? はっ? なにそれマズそう。

 俺はウマ娘が夢叶えてキャッキャしてる姿よりも、夢途絶え絶望に打ちひしがれる姿が見たいんだよッ!! 逆にウマ娘の夢なんて誰が叶えたいんだ?

 

 

 ───お前を除く全トレーナーだよ。

 ここまで内と外が食い違っている人間も居ないだろう。外面ではウマ娘の夢を叶えたいとほざきながら、内心で金の亡者と化している。

 更には絶望に打ちひしがれる姿が見たいとか……どこの悪役かと問いたくなる。多分情けないことを言いながら殺される三下ポジだ。

 

 しかし、そうとは知らないたづなは男の返答を聞き嬉しそうに微笑みを浮かべていた。

 

「ふふっ、貴方ならそう言うと思っていましたよ」

 

「そう……でしょうか?」

 

 は? 何その俺のこと解ってますアピール。後方彼女面か?お前今日が初対面だろうが!……え、初対面だよな?緑女みたいな全身緑の衣服で固めてる女なんて記憶にないし……まぁ、見てたとしても緑女なんて忘れてるだろうけどさ。

 

やっぱり……いえ、最後に明日からの日程についてですが───」

 

 え『やっぱり……』って何?! もしや何処かで会っていたフラグか!? ってか、その声量で聞こえてないと思ってんの?二十代の聴覚舐めんな。バッチリ聞こえてるわ!

 ……けど聞き返したところで話を濁されるのがオチだな。これ系のフラグは有耶無耶にされて終わるパターンがお約束だし……

 

 

「───と、なっています。何かご不明な点はありますか?」

 

「(ん~……ん? あ、ヤッベー全部聞き逃した)いえ、大丈夫です(キリッ」

 

 しまった。フラグに夢中でコイツの話全く聞いてなかった……ま、俺の聴覚センサーにヒットしてないって事は特段重要なことは言って無いだろうし別にいっか。というか話を聞いてなかったとか思われても癪だしな。

 

 

 ……実際に聞いていなかったくせに何を言っているのだろう?二十代の聴覚を舐めるなとか言った矢先にこれである。何が『いえ、大丈夫です(キリッ』なのか。これは舐められて当然だ。

 

 

「では、これで本日の日程は以上となります。」

 

 よ゛しッッ!!!!やっと終わったー

 だが結局フラグの件は謎のままか……なんか、いつ爆発するかも分からない爆弾を抱えてる気分だな……。

 ……まぁ、ようやく初日が終わったんだ。気を取り直して、さっさと家に帰って上手い飯でも食って───

 

「あの、どうですか?親睦会ということで、この後二人でお食事でも……?」

 

 ………ふぅーー……突然なに言ってんだコイツ?

 あぁ、これはあれか?よく聞く社会人あるあるの一つ、お誘いという名の強制連行か?

 

 緑女と二人で飯とか────

 

 

『ああ、なんか酔ってきちゃいましたぁ……あ~足元がふらついてまともに歩けないなー(チラッ すみませんが、私の家まで送ってくれませんか?私の家に高いお酒があるんです。着いたらまた一緒に飲みましょうよ。もちろん"()()()♪"』

 

 

 ───うん絶対やだ。 コイツと飯とか無理。しかも”二人”で? うん、超無理、お持ち帰られる気しかしない。

 それに俺学園案内の時も(心のなかで)言ったよな!?俺は飯は一人で食いたい派なんだよッ!!

 

 よし、帰る(強い意思)

 

「いえ、しかし……」

 

「理事長から任されたのは久住さんの学園案内だけですし、私、このあと暇なんです♪」

 

 あ、これは強制連行だ。この女からは絶対に逃がさないという強い意思を感じる。

 クソッ!何を言い訳にしたら今後の関係悪化を防ぎつつ、違和感なくこの場を脱出できる?!お持ち帰りだけは避けなければ……!

 

「今は雨も強いですし、お店に向かうだけでも負担が掛かってしまうのでは?」

 

「問題ありません。学園から徒歩10分もしない距離に良いお店があります」

 

 ぐふっっ! こ、コイツ用意周到だぞ。

 

「ですが、理事長秘書である駿川さんが体調を壊すようなことになれば秋川理事長に面目が立ちません」

 

「ふふっ、お気遣い感謝します。では理事長から社用車の使用を許可されていますので、車で行きましょうか♪」

 

 ぐへっっ!! コイツ本当に用意周到だな!? ヤバい、もう引き出しがないぞ。いっそ素直に行きたくないって言うか?……いや、そんな事したら今後の関係悪化は確実だ。理事長秘書なんて権力持ちを敵に回せば、新人トレーナーである俺に勝ち目はない。なにより今まで維持してきたクールキャラからも逸脱してしまう。

 

(………あれ?もしかして詰んでる?)

 

 

 いつの間にか王手をかけられていた『三下クズ·久住』

 そして今の状況に静かに笑みを浮かべる『緑の悪魔·駿川たづな』

 

 両者の勝敗は決したかに見えた。───しかし、勝負とは最後まで何が起こるか分からないのが世の常だ。

 

「では───あら? すみません、少し失礼します」

 

「…………(あ?なんだ?)」

 

 どこからか鳴り出した着信音が二人の空間に響き渡る。どうやら、その音の発信源はたづなの携帯のようだ。電話に出ようと、たづなは少し慌てた様子で離れた場所に向かう。

 

 

「はい……はい……分かりました」

 

(うーん、なんも聞こえんな)

 

 何か話しているようだが、その会話は距離的に俺の耳には届かなかった。

 だがアイツの慌て様を見れば、このタイミングでの電話は期待できる。というより、全ての断り文句を潰された俺に残された最後の希望は、あの電話の内容が今の絶体絶命な状況を打破してくれることだけだ。

 

 頼むッ!! 俺はコイツとワンナイトなんてしたくないッッ!!

 

「はい、では失礼します……────ふぅ、申し訳ありません久住さん。お待たせしました」

 

「(きたッ!!) いえ構いません。それより何か問題が?」

 

「問題と言うほどの事では……どうやら山積みになった仕事が終わらず私にも手伝って欲しい。と、先程理事長からお達しがありまして」

 

 あぁ、電話の相手はあのクソガキか。

 けどコイツ仕事を投げられた割にはずいぶん嬉しそうな顔してんな。今の時間帯から更に追加の仕事とか、ほぼ確定で深夜になるぞ……あれか?ひょっとしてドMってやつ? それとも仕事に喜びを感じる生粋の社畜?

 まぁどちらにせよナイスだ!!これでお持ち帰りルートを回避できる!

 

「そうでしたか。それでは、お食事の件はまた後日ということで、本日はここでお別れですね」

 

「そうですね……名残惜しくはありますが、私は此処で失礼します。では、また明日お会いしましょう」

 

「(もうお前の顔なんて見飽きたわ!!当分見たくないッ!)ええ、本日はありがとうございました」

 

 

 

「───お食事の件はまた()()、"必ず"話し合いましょうね♪」

 

 ブゥッッ?! おいアイツ去り際にまた爆弾追加していきやがったな!?お前はボンバーマンか!……いや、女だからボンバーウーマン? それともグリーンウーマン?? え、どっちだ?

 

 

 

 ───……この男は何を真剣に悩んでいるのか。

 

 

 

 

 

「あ゛ああああ~……」

 

 久住はトレーナー専用の休憩室にて、机に顔を突っ伏し波乱万丈の一日を乗り越えた感傷に浸っていた。

 

「ふぅー、やっと初日が終わった~……」

 

 現在休憩室には誰もおらず、大方他のトレーナー達は担当ウマ娘のメニュー開発や分析を行っているのだろう。

 対して久住は帰ろうにも出社時よりも大分雨が強くなっており、せっかく乾いた一張羅が再び台無しにならぬよう学園で雨が弱まるのを待っていた。

 

 

「はぁ、雨やまねぇなぁ……」

 

 

 男が窓の外を見て呟く。外は未だに強い雨が降っており外に出ている生徒は誰もいない───

 

 

 

 

 

「ん!?誰か走ってね!?」

 

 

 

 

 

 はずだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たづなと久住の言葉の攻防が繰り広げられていた頃、『秋川やよい』は一人の少女には不釣り合いなほど広い理事長室にて、膨大な量の書類を次々と捌いていた。

 

 

「───これが破壊された扉の修復費用で、こっちが柵の修理費用か……はぁ、なんだか年々書類の量が増えてないか?」

 

 やよいは机の上に積み上げられた書類の山を見て深く溜め息を吐く。

 

 やよいの理事長という肩書きは、この学園を運営する上で実質的なトップであることを意味している。だが同時に、学園で起きた問題の責任と解決を求められる地位でもある。つまり、大なり小なり学園で起きた事、これから起こるであろう事が全て理事長である秋川やよいの元まで届くのだ。今山積みになって置かれている書類も、その一部にすぎない。

 

 ───やよいには、少女に背負わすには余りに重すぎる権力と責任が乗っているのだ。

 

 生徒会にも一定の権力が与えられているため、やよいの仕事の一部を担ってくれてはいる。が、それはあくまで一部。やよいに回されている仕事量と比較してしまえば、激務とされる生徒会の仕事も一般の範疇に収まってしまう。

 

「数年前までは私一人で処理できていたが……」

 

 やよいが理事長となった当初は一人で捌けていた書類の量も、今となってはたづなと二人がかりでようやくと言ったところだろう。

 断っておくが、やよいの処理能力が遅いわけではない。むしろやよい一人で十数人分の仕事量を捌くことが可能な程だ。そして秘書であるたづなも、やよいに匹敵するだけの事務処理能力を持っている。

 おかしいのは、この二人をもってしても一向に減らない書類の量だ。

 

「……このまま私とたづなの二人だけでは、いずれ限界が来るだろうな」

 

 思い浮かべるのは、秘書として超が付くほど優秀なたづなの姿だった。

 

「───今頃たづなは久住君と楽しく学園内を歩いているんだろうか……」

 

 そして次に思い浮かべるのは自身の想い人である男の姿。

 たった一日、数十分話しただけ……だが、その数十分間の厚みは恋を知らなかった少女にとって、大きな転機となるには十分であった。

 

「もう完全に日は沈んでしまったか……仕事が無ければ、私が久住君に学園を案内していのだがなぁ……」

 

 重要な案件が残っていたため泣く泣くたづなに学園案内を任せることになってしまったが、本来は自分が受け持ちたかったご褒美(仕事)だ。仕事と呈して好きな人と学園を案内……もといデートができるのだから、やりたいに決まっている。

 

 

「む?学園案内がデート……? ということはッ!?」

 

 やよい理論ではあるが、もし学園案内がデートなのであれば現在久住に学園を案内をしているのは誰なのか。

 

 

「迂闊ッ!!久住君に対して恋愛感情は見られなかったから油断していたッ!!」

 

 やよいは自分が持つ眼にかなりの自信がある。それは驕りなどではなく、中央試験の面接官を務めていたのだから観察眼の精度の高さは紛れもない事実。だからこそたづなに恋愛感情が無いことを見抜き、安心して案内役を任せることができた。

 

 だが案内中に久住の事を好きにならない確証がどこにあろうか?

 トレセン学園は広い。その全部を案内するとなれば、かなりの時間が掛かるだろう。そして案内が長引けば長引く程、それに応じて共に居る時間は増える。自分とは違い、たづなは一日で堕ちることはないと信じたいが、世の中に絶対はないのだ。ましてや日の沈んだ時間帯である今なら良い感じの雰囲気が出ていても何ら不思議じゃない。

 

「もしかして、そのままゴールイン!! なんて事も……!?」

 

 長い付き合いだ。たづなの予想外の行動力についてはやよいが一番よく知っている。

 

「危機ッ!!たづなが行動を起こす前に対処せねばッ!」

 

 

 そうして、やよいはたづなに電話をかけ始めたのだった────

 

 

 

 

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