ガチでクズなトレーナーの物語 リメイク版   作:アグリ

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CBとは

 私は母に憧れていた………いや、今だって憧れている。

 

 私の母はレースで大活躍した名バだった。私はそんな母に憧れている。

 

 

 

 ────私は、走るのが好きだった。

 家に居るときは雨だろうと関係無しに外で走っていたし、学校に居るときも私は常に走りたくてうずうずしていた。ウマ娘だからっていうのもあるけど、私の走りに対する欲は他のウマ娘達よりも強かったのは間違いないと思う。

 母はそんな私を見て、過去に自分が走ったレースの録画を見せてくれたことがあった。画面に映る私の母は、他のウマ娘達を圧倒的な強さで引き離し、勝利を手にしていた。その時の母の顔は喜びで満ち溢れていて、観客も母に喝采と歓喜の声をあげていた。

 

 その姿を見たとき、私も母のようになりたいと……母が見ている景色を見てみたいと思った。

 

 私はその映像を見て以来、より一層レースに熱が入り、様々な子達と模擬レースをするようになった。

 私は母譲りの才能もあって、同年代の子達には負け無しだった。だけど、私の欲はそれだけじゃ全然足りなかった。上級生の子達や、大人のウマ娘達……時にはテレビに出てるような現役のウマ娘に勝負を仕掛け、競いあった。

 勝った時はとても嬉しかったし、負けたときは地団駄を踏むくらい悔しかった。

 

 ただ、勝った時も負けた時も"走るのが楽しい"という気持ちがあった。

 

 

 

 ───転機が訪れたのは私が中等部に上がり、親にトレセン学園の入学を勧められたときだ。

 

 そこはレベルの高いウマ娘達がトレーナーと一緒にレースに勝つため切磋琢磨する場所らしい。

 私はその話を聞いた瞬間、目を輝かせながら入学すると母に宣言した。

 今よりももっと強いウマ娘達と真剣勝負ができる場に、私はウキウキと、私にも『トレーナーと一緒に夢を追う事ができるかもしれない』という期待があった。母には「そんなに甘くはない」と言われたけど、正直どうでもよかった。むしろ、俄然『壁を超えてやろう』というやる気が出てきたくらいだ。

 …………そんな私に母は若干呆れてたけど。

 

 

 そして、トレセン学園に入学してからは想像していた以上に充実した時間だった。

 母の言ったように全国から優秀なウマ娘達を集めているだけあって、トレセン学園はまさに魔境って感じだった。今までとはレベルが違う同年代のウマ娘達がいっぱい居て、高そうな設備が沢山置いてあった。

 だけど、そんな場所でも私の才能と実力は他のウマ娘達よりも秀でていたらしい。模擬レースはほとんど負けなしだった。

 

 競い合うことのできる友達や現役G1ウマ娘の先輩達。そんな人達と一緒に走ったり、たわいもない雑談をしながら食事をしたり、本当に楽しい日々だった……

 

 

 

 

 

 『"一体いつからだろう"』

 

 

 ────何故だか、心が燃えない。

 

 自分の異変に気づいたのは、ある日突然ってわけじゃなくて友人に指摘されて気づいたって感じだった───

 

 

『……君は、走っていて楽しいのかい?』

 

 私がトレセン学園でいつも通り模擬レースを行っていたときの事。走り相手になってくれた友人が突然私に向かって、そう言い放った。

 私は唐突すぎる友人の言葉に困惑していた。だが同時に、彼女の顔を見て私は目を丸くした。

 

 ───だって、その時の友人は普段の凛とした態度を崩さない()()()()としての姿じゃなくて、ただ寂しそうな表情を浮かべる一人の友達としての姿だったから。

 

 

『何言ってるの?楽しくなかったら今もこうして走ってないよ』

 

 当時の私は友人の言葉をただの冗談と思って軽く返したけど、その言葉は不思議と頭の中に残っていた。

 多分すでに私は心の何処かで、その言葉の意味を理解していたんじゃないかな。

 

 私が言葉の意味に辿り着くのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 言葉の意味を理解して、改めて自分の心と向き直ってみれば、私の心は余りにもチグハグだったんだ。

 

 物心が付いたときから走ることが大好きで、もはや走るのは私の日常の一部だった。だから疑問にすら感じていなかった。

 当然今の私も変わらず走る事が楽しくて、大好きで、レースで勝ちたいのだと……そう思っていた。

 

 "けど、私は自分の事を何も分かってなかったんだ"

 

 勝とうとしているし、本気を出しているつもりだけど……だけど心の底から勝とうとはしていない。

 友人は私の心の歪さを見抜いていたんだろう。

 

 

 ───それを自覚したときから、私は全力を出せなくなった。

 

 

 正確な時期は分からないけど、理由なら分かる。

 私が『全力』を出せなくなったのは、『勝ちたいと思っていない』事を自覚したからだろう。

 ウマ娘がレースを全力で走っているのは、勝ちたいって思いの他に、全力で走ることに楽しみを見いだしているからだ。

 勝ちたいと思わないなら全力を出す必要がないし、走ることに楽しみを見いだせないなら走る必要もない。

 

 ───そうだ、私はもう走ることに楽しみを見いだせないんだ。

 

 昔は感じていた「勝ちたい」って勝利への渇望が……レースへの熱い思いが消えかかっている。

 だから負けても悔しいって思いが湧かない。だって全力で走ってないから、本気で走ってないから、勝敗に興味がないから。

 全力を出して負けるんなら悔しいだろうし、次の事を考えて更にトレーニングに勤しむんだろう。

 

 

 『でも私は違う』

 

 

 全力を『出そう』としているのに『出せない』。

 負けたときに感じるのは『悔しさ』じゃなくて『気持ち悪さ』。

 勝ったときに感じるのは『嬉しさ』ではなく『虚しさ』。

 

 昔感じていた勝ちたいって熱い思いは一体どこに行ってしまったのだろう……

 

 

 心が熱くなる勝負がしたい。

 また昔のように全身の血が躍動し、持てる力の全てを出して競い合う。そんな心踊る勝負ができれば……そうすればレースへの熱も戻るかもしれない。

 

 だけど別に走ることが嫌いになった訳じゃない。幼少期ほどじゃないってだけで、今でも走ることは好きだ。

 特に雨の中を走るのは気持ちが良い。雨が降るとついつい外に出て濡れながら走ってしまう。

 

 ……それに、雨は私が抱えている悩みも一緒に洗い流してくれるから。

 

 

 

 

 そんな私に二度目の転機が訪れたのは雨の日だった。

 

 

 

 大雨の日、私はいつも通り雨に濡れながら学園まで向かっていた。

 

「やっぱり雨の中走ると気持ち良いな……」

 

 道にある水溜まりを踏み、雨を一身に受けながら走る。そうすると心にある違和感を忘れられてスッキリした気分になる。

 

 この日の私は雨の中走ることが出来てかなり上機嫌だった。

 まぁ、学園に着く頃には服はびちょびちょで、校門に居たたづなさんに怒られちゃったけど……

 

 

 

「……あれ?」

 

 びしょ濡れのまま自分の教室に向かっていると、教室の中が異様に騒がしいことに気がついた。

 

(どうしたんだろ?)

 

 頭に疑問符を浮かべながら教室に入ると───

 

「あっ! シービーちゃん、おはよう!!」

「おはようシービー……あなた、やっぱり雨のなか傘もささずに走ってきたの??」

「ま、今日は大雨だったから、こうなるだろうとは思ってたけどね~」

「はぁぅ……雨に濡れたシービーさんも美しいです……」

 

 私に気づいた子達が挨拶をしてくれた。びしょ濡れの私に数々の視線が集まってくる。呆れた視線を向けている子や、惚けた視線を向けている子など様々だ。

 まぁ私が雨に濡れながら登校するなんて、いつもの事だから殆どの人は気にしていないみたいだけど。

 

 

 

 ……あぁ、嫌だ。この空間に居ると息が詰まりそうになる。

 みんなが想像する"ミスターシービー"を()()()()()()()()()のも、()()()()()()()()と友達ごっこをするのも、()()()()()()にフレンドリーに話しかけるのも、全部が嫌だ。

 

 ………そして、何よりもそんな事を考えてしまう自分が嫌だ。

 

 

 『"一体いつからだろう"』

 

 かつて友達だった存在が、いつの間にかどうでもいい存在になってしまったのは。

 

 『"一体いつからだろう"』

 

 今の私を隠し、過去の私を演じるようになったのは。

 

 『"一体いつからだろう"』

 

 他人に興味を示さなくなったのは。

 

 

「みんな、おはよ♪ さっきまで教室が騒がしかったけど何かあったの?」

 

 ───だけど、そんな感情を押し殺し、私は今日もミスターシービーを演じ続ける。

 

 私は皮を被りながら、最初に抱いていた疑問を問いかけた。

 

「あれ?!シービーちゃんは見なかった?なんか超イケメンな人が通学路に居たの!!」

「そうそう!今日は学園中その話題で持ちきりだよ~!」

「……ふぅーん?」

 

 ……それだけ?確かに私達は思春期真っ盛りの女の子だが、それだけで教室があんなに騒ぐとは考えにくい。

 

「興味なさそー!本当にビックリするぐらいのイケメンだったんだから!」

「まぁ、実際興味ないしね~」

 

 元から顔は重要視する方じゃないし、どれ程のイケメンだろうと今の私が興味を持つとは考えられない。

 予想以上に拍子抜けした答えが返ってきた事で、頭を切り替えようとしていると───

 

「とか言ってぇ~、実際に見たら一目惚れするんじゃないの?」

「でも確かに、シービーが人を好きになるとこ全然想像できないんだよねー」

「なんか、縛られない自由人って感じがするもん」

「カリスマ性というか、オーラがあるよね」

「…………」

 

 ───"縛られない自由人"か。違う、違うよ……私は過去の自分に縛られて、自分の心に囚われて、自由なんて呼べるようなものは全くない。カリスマやオーラなんて、ただのハリボテだ。

 

「オーラと言えば、あの人の雰囲気激ヤバじゃなかった!?私、恐れ多くて近づけなかったもん!!」

「当然だって。他の生徒達だって話しかけるどころか近づく事すらできなかったわよ」

「みんな超距離とってたもんね~」

 

 会話を聞いているなかで、私は一つの疑問が解けた気がした。

 

「もしかして、みんなが今日学園に来るのが早かった理由って……」

「あ~それね。みんなその男の人を先回りして観察してたら、いつの間にか学園に着いてたんだよねぇ~」

「…………」

 

 私は絶句した。

 どうでもいい人達だったのが、関わっちゃダメな人達にランクダウンした。

 

 ……だけど、それと同時にもう一つの疑問が生まれた。

 

「え?先回りしてたら学園に着いたの??」

 

 それはおかしい。先回りしていたと言うことは、その人の目的地は───

 

「そう!それ!!何で先回りした先がトレセン学園だったのか!そんなの、一つしかないじゃない!!」

「彼の目的地がトレセン学園だってことよッ!!!」

 

 なるほど、皆が騒がしくなっていた原因はこれか。

 

「彼の胸にトレーナーバッチがついていたとの情報もあるわ!」

「それに、彼が理事長室に入っていくのを見たという目撃情報もね!!」

「私達はこれらの情報から、彼が今年入ったトレーナーだと予想しているんだよ~!!」

「熱い!!もしそうだとしたら熱すぎるわー!!!」

 

「「「ヒュュュュュウ!!!!」」」

 

 

 ……この学園は、私が思っていた以上にヤバい子達が多いのかもしれない。

 

 でも───

 

 

「……もしかしたらその人が……」

 

 

 ───そんな私の呟きは、授業開始のチャイムの音と共に彼方へと消えていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日の選抜レース不安だなぁ……」

「わかるぅ……私にトレーナーできるかなぁ……」

「モウダメダァオシマイダァ」

「あの超美形のトレーナー! あの超美形のトレーナーが良いッ!!」

「はぁ?!それは高望みとかのレベルじゃないわよ!?」

「「「シメんぞテメェ"ェ"ェ"!!」」」

「ちょっと?!女の子が出していい声と言葉じゃなかったよ!?」

 

 

 退屈な授業が終わると、クラスの子達はすぐに明日の事を話し始めた。

 朝の話題は少し落ち着いたようだが、皆朝のテンションから打って変わって、不安で落ち着かない様子だ。

 何せ明日は"選抜レース"、こんな状況になるのも必然と言えるのかも。

 

 

 『選抜レース』

 

 数々のトレーナー達に実力を示し、観戦に来ているトレーナーにスカウトされることを目的とした場だ。

 トレーナーとは、担当ウマ娘に合った戦術やトレーニングを考案し、助け合い、寄り添う存在だ。勿論相性の有無もあるが、居るか居ないかでは素の実力や精神的余裕がかなり変わってくる。

 G1レースで勝てるようになるには才能や努力の他にトレーナーの存在は必要不可欠と言っても良いほど、トレーナーはウマ娘にとって非常に大きい。

 だから皆トレーナーにスカウトされるべく必死になるのだ。

 

「クッ!……でも、シービーちゃんは不安とか無さそうだよね」

「そりゃ当然でしょ!シービー様は完璧なんだから!!」

「まぁ、シービーは引く手数多だからねぇ~。この間の模擬レースでもスカウトされてたし、不要な心配かな?」

「……いや、そんな事もないよ」

 

 確かに沢山スカウトはされるけど、私は何も感じなかった。私の眼には興味の欠片も湧かない存在としか映らなかったのだ。

 でも、出来るなら今回の選抜レースで私のトレーナーとなる人を見つけたい。

 

 私のトレーナー……一体どんな人になるのだろう?

 

 私にトレーナーができるなんて全く想像できないけど、トレーナーが居なければ中央レースに出られないし、中央レースに出られなければ心熱くなる勝負なんて夢のまた夢。

 だから何としてもここでトレーナーを見つけて、中央レースに出場する。

 私にとってトレーナーはレースに出場するための一つの手段でしかないのだ……でも強いて言うなら、あまり深入りしてこない放任主義のトレーナーが良い……かな?

 

「え~?シービーちゃんなら絶対に大丈夫だよ~!」

「うんうん!……ってか自分の事心配した方が良くね!?私らは結構ヤバめじゃない!!?」

「たっ……確かに……!」

「トレーナーの人と必ず相性が良いとは限らないからねー」

「"現実はそんな甘くない"ってことよ」

 

「…………」

 

 ……周りの会話を聞いていると不安になってくる。

 

 そうだ、現実は甘くない。私の実力が他の子より優れている事は自覚しているけど、同時に私が気性難なのも自覚している………私は他のウマ娘とは大きく違う感性を持っているってことも。

 

 そんな私にトレーナーなんて出来るのだろうか?

 

 これから、私の隣に立つ人が現れるのだろうか?

 

 ………もしかしたら、この先もずっと私の隣に立つ人が───

 

「相性抜群なトレーナーなんて、まず"()()()()"でしょ~」

「そうよねぇ……そろそろ"()()()()()()()()"よね」

 

 ───『現れないかも』

 

 そう考えると一気に不安と恐怖が押し寄せてきた。

 

 このまま、私は一人で走り続けなければいけないんだろうか?孤独な道を?勝ち負けすらどうでもよく思えてしまった道を?私一人で……?

 

 

 やだ

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!

 

「ねぇ!」

 

「ッ!!」

 

「ねぇ大丈夫?何度呼びかけても返事なかったし……顔色も悪いよ?気分悪い?」

「だ、大丈夫大丈夫…………ごめん、ちょっと走ってくる」

「え?!流石に急すぎない!!?」

「って言うか外大雨だよ!?明日に支障でちゃうって!やめときなよ!!」

 

 周りから大勢の制止の声が聞こえる。でも、気づけば私はそんな声を無視して外に走り出していた。

 

 

 

「ハァ……ハァ……! 雨に打たれれば……ッ!こんな思いだって、消えるはず……!!」

 

 この思いを消そうと雨に打たれながら、ぬかるんだコースの上を我武者羅に走り続ける。

 ………けど、一度頭に浮かんでしまった思いは消えない。むしろ更にその可能性を考えてしまう。なぜだか涙がでてくる。

 

「ッ!?きえない……! 何で!? いつもなら………いつも……なら?」

 

 恐怖と不安でぐちゃぐちゃだった私の頭に、一つの疑問が浮かんできた。

 

 

 ───"いつも"って何? いつも、私は何を消そうとしていた?

 

 

 『───そうすると心にある違和感を忘れられてスッキリした気分になる』

 

 雨の中を走っているとき、私は何を忘れていた?

 

 『───トレーナーはレースに出場するための一つの手段でしかないのだ』

 

 なら何故、私の隣に立つ存在(トレーナー)が現れない可能性を考えて恐怖している?

 

 『───私はもう走ることに楽しみを見いだせないんだ』

 

 だったら、何で今も走っている?

 

 ───私は「()()()()()()()()()()」にトレーナーを探していたんじゃなくて、本当は「()()()()()()()()()()」にレースに出場しようとしているんじゃないのか?

 

 足が止まり、何かを思い出すように雨が降っている曇天の空を見る。

 

「私が……」

 

 

 そして、今まで蓋をしていた感情が露わになる。

 

 

「いつも……私が消そうとしてたのは『熱』が入らない事でも、『全力』が出せない事でもない……」

 

 彼女は様々な可能性を考え、ただひたすら自問自答を繰り返した果てに一つの答えを導き出した。

 走ることで、見たくない()()()()()()()()()ミスターシービー。

 自分自身すらその気持ちに蓋をして、気づいていなかった本当の思いが『もしも』を考え、焦りが出たことによって───

 

「私が今まで消そうとしてたのは『心の拠り所』が現れない事への……恐怖?」

 

 ───彼女は自身の本当に消したかった『思い』を自覚する。

 

 幼少の頃を含めても、彼女が本当の意味で心を許した存在は自身の両親のみである。彼女は誰とでも仲良くなれるが、その実、心に若干の壁がある。他者を信用も信頼もできないのだ。

 

 だが、彼女にとって心の拠り所であった父は幼少の時に死に、母には心配をかけたくないという"壁"を作った事で、信頼と信用を置ける相手を失った。

 

 ───今の彼女には"心の拠り所"が無いのだ。彼女の心には『寂しい』、『虚しい』などの負の感情が長年溜まり続け、遂には彼女の心はとても歪で複雑なものに成ってしまった。

 こうして自身の本当の思いを自覚出来たのも、誤魔化しが限界まできたからだろう。実際にその影響が『熱が入らない』という形になって現れている。彼女はこれ以上孤独に耐えられない。

 

 

「あはは……駄目だな、私も」

 

 私がこぼした言葉はとても乾いていて、本当に自分が発した言葉なのか疑いたくなるほど力がなかった。

 本当の思いに何年も目を逸らしてきた自分自身に呆れてしまう。まさか自分でも気づかないなんて……私はここまで駄目な奴だったか?

 

 

 

 私がそう自己嫌悪している時だった。

 

 

 

「何している、風邪を引くぞ」

 

 聞こえてきたのは、雨に濡れながら泣いている女の子にかける声とは思えないほど静かで無機質な声だった。

 

 だけど…………

 

 

「ッ!!」

 

 私は声をかけてくれた人の目を見て驚愕した。

 彼の瞳は炎を宿していて、どこか魅了する目をしていた。───今の私にはない、情熱の籠った目を向けてくれる彼との出会い。

 私はこの出会いを一生忘れることはないだろう。

 

 

 この日から私は……いや、『ミスターシービー』が始まったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こいつ俺の高級スーツびちょびちょにしたクソ女だよなぁぁぁぁ!!? マジで会いたかったぜぇぇぇぇ!!!! ここで会ったが百年目!!シバキ回したらぁぁぁぁ!!!!!)

 

 

 瞳に炎を宿している男は、殺意の籠った目を向けながら復讐の炎に焼かれていた。

 

 

 

 

 

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