時は暫く経ち、辺りが夜闇に包まれMi-8の燃料計が半分を切った頃、三人は遂に隠れ家に着いた。
鬱蒼と生い茂る森林地帯に囲まれたその半地下構造の隠れ家は森林という天然のカモフラージュと、天井に被せられたカモフラージュネットと断熱材によってほぼ完璧に隠蔽されている。
《ローザ、ヘリポートを開けてくれ》
リジーが無線でそう頼むと、地上にいた人影がこれまた隠蔽用に設置されていたダミーの木を退かし、ヘリポートが露になった。
とは言っても暗闇でヘリポートはコックピットからでも地上の照明で僅かにしか視認できない。
しかし、リジーは巧みな操縦技能でヘリポートの真上に正確に位置を合わせ降下を始める。
窓越しからダウンウォッシュで暴れ回る木々が上に登っていく姿を見ていると、僅かな衝撃と共に機体は地に着いた。
「ダミル、リジー、クェイシル、よく戻った。もう夕飯の用意はできている」
ヘリから降りて真っ先に視界に映ったのは、黒い厚手の外套に身を包んだ巨人と見紛うほどの巨体だった。
ローザ・ウィザンドゥス、それが彼女の名。
3mは優に超えているであろう巨体の背に追従し、三人は隠れ家の中へと入る。
隠れ家の1階は半地下構造となっており、地下層の存在を悟られぬようダミーの野営施設が置かれている。
使い古された資材、捨て置かれた大量の木箱、散乱するゴミ。
普通の者が見ればただの野営地の跡地だとでも思って通り過ぎるだろう。
その一画にある一際大きな箱。
鉄屑がこれでもかと詰め込まれて重機でも無いと動かせないような重さのその箱を、ローザは片手で軽く脇に退かした。
裏側にあったのは人二人が通れる程度の大きさの落とし戸だった。
「ただいま〜」
「ああ……おかえり、だ」
ダミルが開かれる落とし戸を目前にそう言うと、ローザはこちらに振り返り微笑んだ。
落とし戸の先にあった梯子を下り、振り返れば短い廊下の先に何の変哲も無いように見える扉が一つ。
廊下を渡る前に立ち止まったローザは天井に取り付けられた監視カメラに向けて呼びかける。
「ローザだ、今戻った。セキュリティを解除してくれ」
《了解》
壁に掛けられたスピーカーから野太い男の声が聞こえるとどこからかピッ、と電子音が鳴り四人は歩き出す。
因みにセキュリティを解除せずに渡ろうとすると、壁に仕掛けられた爆薬が動体センサーによって起爆し音速で飛来する数万粒のタングステンペレットを左右から浴びる羽目になる。
扉を開けた先は、薄暗く必要最低限の広さしかない居間のような空間が広がっていた。
あちこちにまた別の扉があり、それぞれがここに住む住人の自室に繋がっている。
今の中央にあるテーブルには既に出来たての夕食が並べられている。
「帰ったか」
既に席に着いていたのは、狼獣人の傭兵「アゥヴラ」。
獣人族は基本的に苗字を持たない。
持つのは他の人間種の国に帰化した者くらいだそうだ。
「イーシュウィルは?」
「研究室でおねんねだぜ」
クェイシルの問いにアゥヴラは背後の扉を指差す。
ここでは、彼女を起こすのは必ずダミルという暗黙の決まりのようなものが存在する。
ローザでさえもこの役は引き受けたくないと遠慮する。
ため息をつきながら仕方なくイーシュウィルの自室の扉を開けるダミル。
真っ暗な部屋の中を進もうとした時、早速足に何かがぶつかった。
エナジードリンクの空き缶で詰まったゴミ袋が散乱しており足の踏み場がまるで無い部屋の中を進み、電灯のスイッチまで辿り着く。
「先生、起きてくれ~飯だぞ飯」
そう言いながら、スイッチを連打した。
ストロボのように高速で点滅する電灯。
起こすときは毎回これをする。
我が隊のカフェインジャンキー変態サイコ野郎はこうでもしないと起きないのだ。
部屋の奥で彼女は椅子に腰かけたまま眠っており、高速点滅によって嫌そうに身をよじる。
漸く起きるかと思った瞬間、ダミルの顔の真横を何かが空を切った。
それは背後の壁を吹き飛ばし止まる。
彼女の尻尾だ。
あともう少しで顔面をピニャータのように叩き割られる所だったダミルは冷や汗を大量に流しながら彼女の方へ歩み寄る。
尻尾がアグレッシブな時は彼女が上機嫌の印だ。
「起きろ起きろ。飯冷めちまうぞ先生」
椅子に腰かけている彼女の肩を掴み、揺さぶる。
「ん…ああ、君か。すまない、いつも世話を焼かせてしまうね」
壁を突き破った尻尾を自身の位置まで引き戻し、椅子から立ち上がるイーシュウィル。
彼女の部屋には大量の電子機器が置かれており、壁にはパソコンなどから抜き取った基盤が吊り下げられ、それ以外には魔術関連の道具が至る所に散乱している。
「ところでダミル、試作型の術器はどうだったかな?」
イーシュウィルはダミルの胸に埋め込まれた物を指さす。
「好調……つったらいいのかな。まあちゃんと動いてはくれたぜ」
「それが聞けて良かったよ。しかし、それは君の固有術式の発現方法が分かるまでの繋ぎだ。不安定な代物だから多用は避けたまえ」
ダミルの返答に満足した様子で扉を開けて居間へと出ていくイーシュウィル。
それに続いて足元に散乱したゴミに気を遣いながらダミルもリビングへと出た。
「ダミル、君は玉ねぎが好きだっただろう。私のを全部あげよう」
「じゃあ俺のトマトとキュウリ食ってくれ」
「交渉成立だ、ほら」
シチューに入っていた玉ねぎを綺麗に仕分け、イーシュウィルはダミルの皿に盛る。
そしてダミルはサラダに入っていたトマトとキュウリをイーシュウィルの皿に全て置いた。
それを見ていたアゥヴラが呆れたように溜息を吐く。
「ダミルは兎も角、イーシュウィル……お前その歳でまだ好き嫌いあるのかよ」
「好き嫌いではないよ。口に入れると舌と喉が拒絶反応を起こすだけさ」
「違いあるかそれ…?」
澄まし顔でイーシュウィルはシチューを口の中に流し込む。
「全く……齢1400を超える魔術の権威がこんな有様とは、世に知れたらとんでもないことになるな」
「ふっ…名も顔も知れぬ魔術師に権威などあるものか」
「自慢げに言うなトカゲ女」
静寂と、時々些細な言い合いを経て6人は夜を過ごした。