弾丸1発で死ぬ先生 作:戦える先生ものが読みたかった
カイザーコーポレーション。キヴォトス全土を股にかける超大型企業だが、当然本社が存在する。天を衝くかのごとき高層ビルは、訪れる者にその威光を示すだろう。だが、その日は少し様子が異なっていた。
本社一階の窓口、受付をしているロボットの男性は、目の前にいる男の存在が信じられなかった。大々的に発表こそされていないが、軍事部門の者が連邦捜査部であるシャーレと衝突したとの噂は聞こえてきていた。そして、その衝突した相手は銃弾1発で死ぬ程度の存在だが、最前線に出て生徒達と共に戦ったということも聞いていたのだ。
その男が今、受付の目の前にいる。驚愕している様子のロボットに向けシャーレの先生、大賀美が声をかけた。
「今日約束をしていた大賀美だが……アンタらの理事はいるか?」
まるで出来の悪いロボットの様になった受付の案内を受け、先生はエレベーターに乗り込む。元々持ってすらいないが、持ち物に武器はなく、先日エンジニア部から貰い受けた手甲や脚甲も無い。完全に徒手空拳の状態でカイザーの本社に乗り込んだ先生は、大人しくエレベーターが目的の階に着くのを待った。
しばし経った後、軽快な音と共に扉が開く。目の前の廊下の奥には一つの扉。ゆったりとした歩みで扉へ向かい、三度ほどノックを行なう。相手からの返事があった事を確認すると、重厚そうな扉を押し開け中に入った。
扉の中には完全に武装した兵士数名と彼らを率いる将の様なロボットの男性、そして先日ホシノに砕かれた顎が目立つカイザーの理事が座っていた。先生は武装した兵たちなど眼中にないかの様に声をかける。
「よう、先日ぶりだな。少しだけ話をしに来たぜ」
先生の言葉に反応する声は無い。どうやらホシノの拳は発声に必要な部分を砕いてしまったらしい。理事の代わりに隣に控えていた将の様なロボットが返答を返す。
「ふむ、理事はまだ言葉を話す事が出来ない様だ。私が代わりに挨拶を返そう。私はジェネラル、カイザーPMCの将を務めている。お会いできて光栄だよ、先生」
「おう、丁寧にどうも。知ってるとは思うが俺は大賀美だ。今日はそこのソイツと話をしに来た」
ジェネラルからの言葉に返す先生。ぞんざいに扱われた事を察知した理事は、怒鳴り出したくなる様な雰囲気を出したがそんな事には意にも介さず理事の対面のソファに座る先生。座った矢先、徐に話を切り出した。
「手短に言う。今日俺が来たのはお前らがどこまでやるか確認するためだ。砂漠でも話したが、俺の優秀な生徒たちのおかげでアビドスが昔から払い続けている借金の利子がおかしい事は分かってる。お前らはそれを受け入れるつもりはあるのか?」
先生の話す口調はあくまで静かだった。少なくとも表面上には先日見せた様な怒りは無く、ただ確認したいと思っている様子だ。だが、周りを囲んでいる兵士たちは得体の知れない悪寒を感じた。まるで火山が噴火する直前の様な不吉な予感を孕む静謐さ。そんな張り詰めた雰囲気の中、理事は手元にある端末を操作する。すると先生の目の前に小型のホログラムが現れた。どうやら手元の端末と連携して言葉を出せる様だ。そのまま声の代わりに理事は回答を行なった。
『答えはノーだ。前回も言ったが当時の生徒会と交わした契約だ。何の問題も無い。それに……お前たちはこの私に傷を付けた。許すわけが無いだろうが!』
先生とホシノによる二度の殴打を得てさえ、理事の姿勢は強固だった。どうしても引くつもりは無いらしい。その姿勢を見た先生は決定的な言葉を放つ──
「そうか、分かった。交渉はここで終わりだ。お前らは潰」
「少々待ってもらっていいかな?」
先生の言葉が言い切る直前、傍にいたジェネラルが遮った。先生からの鋭い目線を受け止め、ジェネラルは言葉を返す。
「社内の事ですまないが、今ちょっとした人事が出たようでね。少しだけ時間をもらっても構わないだろうか」
「…………」
無言で肯定した先生を横目に、ジェネラルは理事へと向き直る。そしてそのまま言葉を続けた。
「我がカイザーコーポレーションの理事、先ほど貴方が理事の座から降りる事が正式に決まった。今日からは職階は無くなり、平の社員として営業を頑張ってもらいたい。以上だ」
『…………は?』
呆然とした様子でジェネラルからの言葉を聞いた理事は、目の前で起こった事が信じられないかのように端末を動かした。ホログラム上では理事からの疑問の言葉が浮かんでいるが、内容を一顧だにすることも無く、ジェネラルは周りの兵士たちに命令した。
「理事、いや
ジェネラルに従い、無言で部屋から理事を追い出そうとする兵士たち。ようやく現実を理解したのか、喚き出そうとする元理事。だが、暴れている状態では端末の操作もおぼつかず、意味をなさない単語だけがホログラム上に浮かび上がる。何より鍛え上げられた兵士たちに敵う道理もない。そのまま元理事は、部屋の外へと強制的に排出されるのだった。
それを身じろぎひとつせずに眺めていたジェネラルは、完全に元理事が部屋の外に出されるのを見た後、先生へと振り返った。どこか明るくすら感じる口調で先生への言葉を再開する。
「お見苦しいものを見せてしまってすまない。話を戻しても良いだろうか」
「……お前が会社の意向を話すって事で良いんだな」
「ああ、理事はいなくなってしまったからな。先ほどの件、結論を言うと先生の話に応じよう。借金については今までの利子の過払い分を当てさせてもらう。今後の利子についても見直すつもりだ。……これでいいかな?」
「随分と気前が良いじゃねえか。また騙して乗り込んで来るつもりか?」
「元理事が大変失礼な事をしていたとは聞き及んでいる。安心してくれ、私が責任を持ってこの話が本当だと約束しよう。これで何とか納めてくれないだろうか」
先生は真意を問うかのように目の前のジェネラルを見つめるが、向こうはロボットであるため表情筋が動く事もない。数瞬見つめ合ったが、わざわざ目の前で理事を解任して見せたように今は争う気がないだろう。そう判断した先生は唸り声の様な息を吐く。そしてジェネラルの目を見て話しかけた。
「良いだろう。あとの細かい事はアビドス高校の面々と話してくれ。今日はそれだけだ」
要件は終わったと言わんばかりに立ち上がった先生は部屋を出ようとする。その背中にジェネラルは声を投げかけた。
「先ほど退出させたあの者の
「別に要らねえよ。俺とホシノが殴っただけで十分だ。だが、また襲ってきたりしたら改めて俺の手でぶん殴る」
先生からの回答を聞き、ジェネラルは一旦頷く。そして今日の会談において最後の質問を投げかけた。
「ちなみに今日、我が社が提案に応じなかった場合はどうしてたんだ?」
「カイザーコーポレーションをキヴォトスから消してた」
淡々と告げた言葉は、常人が言ったのなら大言壮語に過ぎないような響きであったが、纏う雰囲気は一笑に付す事が出来ないほど鋭いものだった。その雰囲気に当てられた兵士たちは思わず先生に銃を向けるが、先生は銃口が向いている事など意にも介さずそのまま部屋を出た。周りの兵士たちは追撃するか目でジェネラルに尋ねるが、ジェネラルは首を横に振って拒否。そのまま何処かへ通信を繋げた。
「こちらジェネラル。シャーレの先生との交渉は終わった。現状はこちらから手を出さなければ向こうから襲ってくる事は無いだろう。やるなら徹底的に準備を整えてからの方がいい、以上だ」
「ええ、ありがとうございます。しばらくはこちらからの手出しはせず、観察に努めようと思います。これからも協力をお願いしますね」
電話口の向こうからは、絡みつくような響きの声がした。通信を切ったジェネラルは自分たちとの協力相手について思う。果たして彼女はシャーレの先生を御しきれるだろうかと。だが御し切れなくても問題はないと思い返す。
(最後に笑うのは我がカイザーコーポレーションだ。せいぜい彼女には利用されているように振る舞うとしよう)
ジェネラルからの通信を切った少女は、端末を置き思考に耽る。かの連邦生徒会長のような超人、それを目指すために先生の存在は邪魔だ。だが、今連絡をもらったように物理的な“力”については相当なものらしい。しばし観察が必要だと結論付けた少女、手持ちのFOX小隊を呼び出す。椅子に深く腰掛け直した少女は手を組みながら一人笑った。
(カイザーもシャーレの先生も利用させてもらいましょう。この私こそが“超人”なのですから)
ピンクの髪をした少女、不知火カヤはこれからの策謀に思いを馳せるのだった。
話し合いの後、アビドスへ向かった先生は、借金の利子の件について、カイザーが来る事を説明した。皆は驚きながら喜んでいたが、先生が一人で敵の本拠地に乗り込んで行った点が気に食わなかったらしく、だいぶ絞られる事となった。だが、先生を叱っているその顔は以前とは違い、だいぶ負担が取れた様だ。思わず微笑んだ先生の顔を見て、叱られてる最中に微笑むんじゃないと少女たちは更なる叱責を飛ばすのだった。
アビドスを出てからは連邦生徒会に向かい、リンやアユムたちに事の端末を説明。アビドスの対策委員会が、生徒会から認められた正式な組織となる様に手続きを進めた。手続きをしている最中、リンは先生に叱責の言葉を放つのだった。
「全く……上手く行ったから良かったですが、カイザーほどの大企業を敵に回す様な真似はこれっきりにしてくださいね」
「それは約束できねえが……まあ、すまねえ。リンにはだいぶ心配かけちまったな」
「心配などしていませんが」
「ああ言ってるけどリン先輩は結構心配してたんだよ? 仕事でも普段しない様なミスなんかしたりして」
「モモカ!」
揶揄う様なモモカからの言葉を聞き、頬が少し赤くなるリン。明太チップスを食べながらケラケラ笑うモモカは、リンがした失敗を面白おかしく話そうとする。それを見ながらあわあわしているアユムは抱えた書類を今にも落としそうだ。俄かに騒がしくなる様子を見て、先生は先ほどと同じ様に頬を緩めた。着任してまだ間もないが、こうした生徒たちの日常こそ守るべきものだと。決意を新たにした先生は、その太い指で慣れない書類の手続きを進めていくのであった。
夜、サンクトゥムタワーの一室で仕事をしていた先生は、ふと呼ばれた様な気がして屋上に出る。本来ならば誰もいるはずがない屋上には、夜の闇に紛れる様に黒い男が佇んでいた。頭から黒い煙を揺蕩わせた男、黒服は恭しく礼をした後、先生に話しかけた。
「お誘いに乗って頂き、感謝します。少しだけ話をしてもよろしいでしょうか」
「あー、まあ、そうだな。俺からもちょっと言いてえ事があったから丁度いい」
「おや、先生から私に話があるとは。先にそちらからお聞きしてもよろしいでしょうか」
黒服からの問いかけに苦虫を噛み潰した様な顔をする先生。そのまま黒服へポツリポツリと言葉を溢した。
「お前らがホシノにやった事を許してはねえが……お前は嘘を付かなかった。だから、まあ、俺の態度もちょっと良くなかったと思ってよ。その点だけは……すまねえと思ってる」
「ほう……なるほど」
黙り込んだ黒服を見た先生は顔を顰める。黒服はしばしその様な先生の顔を眺めると言葉を吐き出した。
「先日、私は先生を子供の様な考えを持つ大人だと言いましたが……これは誤りだった様ですね。先生は立派な“大人”だった様です」
「褒めてくれた様だがそうでもねえよ。俺はまだ大人になりきれてねえ半端者だが……俺を慕ってくれる生徒たちに顔向け出来ねえような事はしたくねえ。だから、まあ、お前にはそれだけは言っておこうと思ってな」
「ククク……そういう事だったのですね。一応お伝えしておくと前回の事は全く気にしておりません。不幸にも今回は先生と敵対してしまいましたが、共に歩む仲間になって欲しいというのは真実ですので。ちなみに考えが変わられたりは」
「それはねえ」
「ククク……そう言うと思ってました」
呆気なく袖にされた黒服だが、先生からどう回答されるかは理解していたようで落胆する様子は見せなかった。そしてそのまま背を向ける。
「あ? なんか聞きてえ事でもあったんじゃねえのか?」
「いえ、先生の言葉を聞いて理解しましたので本日はここまでとします。あまり根を詰めすぎませんように、先生」
「お前は俺のなんなんだよ……ああ、そうだ黒服」
去ろうとした黒服の背中に声をかける。顔だけをこちらに向けた黒服に先生は笑いながら言った。
「お前はだいぶ素手でもやるようだから時間があったらここでヤろうぜ。生徒たち相手だと気を使うがお前ならぶん殴っても心が痛まねえしよ」
「ククク……先生のような方からそこまで評価して頂いて光栄です。ええ、お誘い頂けたらいつでも」
それではと、黒服は夜の闇に溶けて行った。先生の元から離れながら黒服は先ほどの先生の回答を思い返す。そして質問しなかった疑問を思い浮かべるのだった。
(今日尋ねたかったのは何故、カイザー
黒服は先生の行動の規範を知るために思考を更に深める。
(生徒の見本となる存在がルールを無視してはいけない。つまり、相手がルールを守っている内は自分からの手出しは避けたのでしょうね。だから今日、私にも謝罪をしたという訳なのでしょう。それが大人としての行動だと思っている)
黒服は観察者として先生を思考する。より深く相手を理解する事が出来るように。何処かへ向かった黒服は、その異形と化した頭を動かし探究を続けるのであった。
「なんか変な奴だったな。まあいい」
「おかえりなさい先生! 休憩はできましたか?」
「おう、まあ出来たんじゃねえかな……今回も色々ありがとな、アロナ」
屋上から戻った先生は、シッテムの箱の中のアロナにお礼を言った。機械に疎い先生をサポートしてくれたのがアロナだ。先生からのお礼を聞いたアロナは、小さい背をピンと伸ばしつつ答えを返した。
「スーパーアロナちゃんにとってはお安い御用です! これからも頼りにしてくださいね!」
「ああ、助かるぜ。今後ともよろしくな」
アビドスの問題を一旦片付けた先生は、アロナと二人で笑い合う。次第に更けていく夜の闇とは裏腹に、先生の心は晴れ渡った青空のような心境となるのだった。
アビドス編はようやく完結です。この後はすぐにパヴァーヌ編に入るのではなく、しばらくは生徒たちと過ごす短編を投稿したいと思います。今後もお付き合い頂ければ幸いです。
それと、よろしければで構いませんので、評価や感想を頂けると嬉しいです。よろしくお願いします!