弾丸1発で死ぬ先生   作:戦える先生ものが読みたかった

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シャーレのとある一日

 

(久しぶりだな……こっちに来るのは)

 

 サンクトゥムタワーを見上げながら小鳥遊ホシノは過去に思いを馳せた。連邦生徒会長がいた頃、アビドスへの救援を要請したが断られた事を。それ以来こちらの方に来ることはなかったが、今日はシャーレの当番の日だった。

 アビドス対策委員会が正式に承認された後、ホシノたちはシャーレに入る事となった。アビドスのために駆け回ってくれた先生の手助けをしたい、そう考えた皆の意見は一致し、全員揃ってシャーレへと加入した。そして、今日から晴れて当番として働く事となったのであった。

 

(シロコちゃんも来たがってたけど……我儘言っちゃったかな)

 

 タワーの中に入り、エレベーターに乗り込みながらホシノはつい先日のことを回想する。先生にシャーレに加入すると伝えた後、誰が最初に当番として出るか話し合いになった。先生の事を慕っている気持ちを隠すことがないシロコは、真っ先に手を挙げて志願したが、対策委員会の代表としてまず様子を見るとホシノが割り込んだのだ。少し抵抗したシロコだが、ホシノが言っている事が正しいのは分かったのだろう。こうしてアビドスからシャーレへと行く生徒の一人目は小鳥遊ホシノに決まったのである。

 

(あの時シロコちゃんに言ったことは嘘じゃない。先生を疑ってるわけじゃないけど、シャーレは連邦生徒会の影響を強く受けてる組織には違いない。先生にその気がなくても望まぬ仕事をさせられる可能性だってある。柄じゃないけどアビドスの代表として見極めないといけない。でも……)

 

 先生の執務室のある階に着いたホシノは歩き出す。ゆっくりとした歩みで向かいつつ、先ほどの思考を進めた。シャーレの業務の見極め、それが目的だと皆には話したが、ホシノの目的はそれだけではなかった。誰も助けてくれなかったアビドスを守る為、先頭に立って戦ってくれた大人の人。キヴォトスの外から来て、弾丸1発が致命傷になりかねないほどの脆弱な存在。だけど、その大きな身体は、覆す事が出来ないと思っていた問題を真正面から打ち砕いてくれた。そんな先生に恩返しがしたい、そして──近くに居たい。少し飛躍した考えをしたホシノは、頬を多少赤らめつつ執務室のドアを開け放つのだった。

 

 

 

 

「先生、こちらの書類は終わりましたか!?」

「うっ、ちょっとまだ出来てねえ……」

「先生、早く終わらせてくれないと私がサボれないのですが」

「おう……おう……」

 

 ──あれだけ頼もしく見えた巨体は今や見る影も無く小さく見えた。手伝いに来てくれている生徒からの指摘に返答するその姿は先日の堂々とした様子からはかけ離れている。心なしか筋肉も萎んで見える様だ。書類をたどたどしく訂正した男は、ようやくドアを開けたホシノに気が付いたらしい。へにゃりとした声で話しかける。

 

「ホシノ〜〜……助けてくれぇ……」

 

 シャーレの先生、大賀美は情けない声でホシノに助けを求めるのだった。

 

 

 

「あー、ようやく一段落ついたか。今日はホシノが初めて手伝いに来てくれた日なのに、最初から働かせちまってすまねえな……」

「うん……まあ、ユウカちゃん達が仕事を教えてくれたから大丈夫だったよ〜」

 

 先生が机の上にだらしなく伸びる姿を見て、ホシノは先生のイメージを訂正せざるを得なかった。先ほどまで抱いていた頼れる大人の幻想は、書類仕事に四苦八苦する姿を見て木っ端微塵に消える事となった。書類へのミス、処理の遅さ、タイピングだけはやたら速かったが、総合的に見てとても仕事がこなせているとは言えない内容だった。セミナーのユウカを始めとして、万魔殿のイロハがいなければとても終わらなかっただろう。現在、二人は一旦出来上がった書類を連邦生徒会に報告しに行っている為、シャーレの執務室は先生とホシノの二人だけだった。だらけていた先生は椅子からおもむろに立ち上がると、部屋の隅に置かれていたトレーニング器具を使い始め鍛え始めるのだった。

 

「うへ〜休憩中にも鍛えてるの先生〜? 身体壊しちゃうよ〜」

「いや、俺の場合は身体を動かしてないとまいっちまうからな……そんなに負荷を強くしてねえから十分に休憩はしてるぜ」

 

 先生はミレニアムのスミレに監修してもらったトレーニング器具を動かしながらホシノに回答する。負荷は強くしていないと言ってはいるが、器具には並のキヴォトスの人間なら動かす事すら出来ない程の負荷がかかっている。実際、スミレもこの強さでトレーニングをする先生を見て、思わず驚愕してしまった程だ。苦も無い様子でトレーニングをしている先生を見て、思わずホシノは笑ってしまった。

 

「ん〜先生はあの時言ってた様に強くなろうとしてるんだね。おじさんも頑張っちゃおうかな」

「おう! ホシノは細っこいからな! ホシノが強えのは分かるが俺としてはもうちょっと肉を付けても良いと思うぜ!」

「うへ〜先生みたいにムキムキになると困るよ〜」

 

 穏やかに笑い合う二人の元に書類を届けたユウカとイロハが戻ってきた。二人は先ほどまでへばっていた様子の先生が元気にトレーニングをしている様子を見て、呆れつつも頬を緩ませるのであった。

 

 

 

「そう言えばセミナーの会計ちゃんに聞きたい事があったんだ。ちょっといい?」

「ユウカで良いですよ、ホシノさん。それで聞きたい事ってなんですか?」

「うん、あの後先生から聞いたんだけどミレニアムのエージェントを手配してくれたのはユウカちゃんなんだよね? どうやって先生が困ってるって知ったの?」

「あ、それは私もちょっと知りたいって思ってました。うちには諜報部があるからそっち経由で知りましたけど、ミレニアムでそう言うのがあるって聞いた事が無かったですし」

「あー、ええと……それは……」

 

 ホシノとイロハからの疑問を前にユウカは少し視線を逸らした。そして心の中で絶叫する。

 

(言えるわけが無いじゃないのよ〜! うちの生徒が先生を盗聴してたなんて事!)

 

 

 

 音瀬コタマ。ミレニアムのハッカー集団であるヴェリタスの三年生である。彼女は非常に優れたハッカーの一人であったが少々欠点が存在した。それは盗聴が趣味である事だ。彼女は自分の能力を活かし、よくキヴォトスのシステムをハッキングしてはありとあらゆる箇所を盗聴している問題児であり、今回標的になったのは先生だった。ミレニアムでの顔合わせ後、先生に興味を抱いたコタマは、後日隙を見て先生に盗聴器を付けることに成功。そして暇さえあれば先生の生活を盗聴していたらしい。

 ある日、盗聴器からの音声が入りにくくなった事に気がついたコタマは、先生が向かった先がアビドスの砂漠である事を知る。砂漠でも問題なく動作する様なスペックの盗聴器にも関わらず通信が途切れた事を疑問に思ったコタマは、ハッキングを駆使しそこがカイザーコーポレーションの隠された基地である事を突き止めた。部員のマキやハレにも手伝ってもらい監視カメラの映像を覗き見たところ、兵士たち相手に大暴れする先生の姿を発見する。さらにその後、会議室と思われる部屋でカイザーの理事がアビドスへの攻撃を手配する瞬間を目撃するのだった。

 

「コタマ先輩、これって……ヤバくない?」

「私たちだけで留めておいていいのかな……?」

「……と、とりあえず副部長に相談しよう」

 

 コタマ達はなんとか要点をぼかしながらチヒロに今見た事を伝えたが、当然コタマ達が違法行為を行なって情報を得た事をチヒロは悟る。毎回の如く問題を起こすヴェリタスの部員に頭を抱えながら、チヒロは一つの決断を行なった。即ち、セミナーのユウカに今の内容を伝えるという事をだ。前回、ユウカが先生を紹介した時、かなり気にかけている事を思い出したからだろう。自らの所属している部活の恥部を晒す様で気が引けたが、それでもチヒロは自らの良心に従いユウカに伝える事にしたのであった。

 

「やっぱり……カイザーとぶつかってるじゃないですか先生……チヒロ先輩はどうして私にこの事を?」

「ユウカはこの前からだいぶ気にかけてた様だからね。うちの部員はキッチリ叱っておくから安心して。……それで、どうするの?」

「どうするってそれは……」

「分かってるだろうけどミレニアムとして先生を助ける事は出来ないよ。私たちだけの判断でカイザーほどの企業とコトを荒立てる事は出来ない」

「ええ……分かっています。だけど……!」

 

 言葉を切ったユウカは下を向いて唇を噛む。セミナーの会計として誤った判断は出来ない。その事はユウカも当然把握している。だが、あのお人よしの先生が困っているところは見たくない。二つの相反する感情のせめぎ合いに襲われたユウカは、混乱する頭をまとめようと必死に動かした。だが、感情すら因数分解出来るはずの頭脳は答えを示さず、堂々巡りのまま立ち止まってしまう。だが、このままではいけないと決意を固めたユウカは、セミナーに所属する者として先生を見捨てる決断をしようとした。だが、そんな彼女に横から助け舟を入れる者がいる。

 

「ユウカちゃん、先生は男の人ですし掃除やお洗濯が苦手そうですよね」

「……ノア? 急に何言って……そうよ!」

「……? ああ、そういう事?」

 

 ユウカの横から声をかけた少女、ノアはニコニコと笑いながらユウカとチヒロを見ていた。ノアからの助け舟を受け取ったユウカは高らかに二人に宣言した。

 

「C&Cを手配します! これはあくまで私が勝手にやった事なのでミレニアムおよびセミナーとは関係ありません! ……これで良いですかチヒロ先輩?」

「はー……全くもう。……だけど、そのやり方は嫌いじゃないよ。ユウカがセミナーとして動くならヴェリタスとして止めるつもりだったけど、それならまだ見逃せる。……本当に好きになっちゃったんじゃないの?」

「だから! 好きとかそういう訳ではなくて……! ノアも笑わないでよ!」

「うふふ……ユウカちゃんは本当に可愛いですね」

 

 顔を真っ赤にしたユウカを見て、ノアとチヒロはつい顔を綻ばせる。そして、急ぎC&Cと連絡をとり、アビドスへ助けを向かわせたのであった。

 

 

 

 

「えーと……先生が困っていることを知ったのは……日頃の勘と言いますか……」

「へー、ユウカちゃんはミレニアムなのに勘なんて不確かなものを信じるんだー」

「か、勘もバカに出来ないんですよ! うちの研究では勘とは自らの言語化出来ない感覚を無意識のうちに受け取ってるなんて研究もあったりしますし!」

「ここまで否定するなんて怪しいですねー まあ、手の内を明かしたくないのはどこも同じだと思うのでここらへんでやめておきます。めんどくさいですし」

 

 二人からの追及をなんとか躱せたと内心胸を撫で下ろすユウカだったが、その姿をジト目でホシノが見ていた。おそらく何らかの不法行為が行われたと判断したホシノだったが、そのおかげで助かったのだと思い返す。追及を切り上げたホシノは顔立ちを真面目なものに戻すと、席を立ちユウカとイロハに頭を下げた。

 

「何にせよユウカちゃんとイロハちゃん達のおかげで私は今ここに居れるんだ。──本当にありがとね」

「あっ、頭を上げてください! 私は先生のために手配をしただけなので何もしてないに等しいですし……」

「私もうちの風紀委員会の埋め合わせをする様に言っただけですのでお気になさらず」

 

 深く頭を下げたホシノにユウカは慌てた様に、イロハは気だるげに返答した。だが、そっぽを向いたイロハの頬はほんの少しであるが赤くなっている。直接にお礼を言われた事が少々気恥ずかしかったらしい。それを見たホシノはニヤリとした笑みを浮かべ話しかけた。

 

「いや〜そんないじらしい態度を取られるとおじさんもドキドキしちゃうよ〜 両手に花とはこの事だね〜」

「はあ……急にサボりたくなってきました……先生、お昼寝しても良いですか?」

「だっ、ダメですよ! まだ午後からも仕事は沢山あるんですから!」

 

 イロハのサボり宣言を聞いたユウカは慌てて静止にかかる。今日初めて会った二人だが徐々に性格が分かってきたらしい。アビドス、ミレニアム、ゲヘナと普段なら全く関わり合いになる事がないメンバーを見て、ホシノは不思議な気分に襲われた。

 

(昔の私だったら……会話すらしなかったはず)

 

 それはアビドスに入学してからのユメや、彼女を喪ってからのノノミ、シロコやアヤネ、セリカ達が変えてくれた事だった。他人を信用せず、全てを一人で解決しようとする性格。だが、アビドス生以外の人と親交を深めようと思ったのは──

 いつのまにかトレーニングをやめて近くに来ていた先生は、ポンとホシノの肩を叩く。そして、ゴツゴツとした顔を緩めてホシノに話しかけた。

 

「ホシノも強くなろうとしてるみてえだな。偉いぜ」

「──うん、そうだね」

 

 まだ完全に他人を信用出来る様になった訳ではない。だが、人を信じる事も強さの種類らしい。そう聞いたホシノは言い争っているユウカとイロハを見て、少しずつ知っていくのも悪くは無いと考えた。少しずつ、少しずつ変えていけばいい。そう思ったホシノは二人の会話に混ざって話しかける。そして、その姿を見た先生は、ホシノの成長を嬉しく思い、午後からの仕事に手をつけ始めたのだった。

 

 

 

 

「ホシノ〜〜……これどうやるんだあ……?」

「全く、手がかかる大人だね〜」

 

 再び情けない声を発した先生に、ホシノは笑いかける。分からない箇所を確認しようと先生の近くへ歩いて行く。こうして、シャーレのなんてことのない日は過ぎていくのであった。

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