弾丸1発で死ぬ先生 作:戦える先生ものが読みたかった
「委員長! 今すぐその変態から離れてください! その男は女生徒の目の前で裸を見せびらかして悦に浸る変態です!」
行政官、天雨アコは立板に水の如く捲し立てる。アコの言葉を聞いた先生とヒナは苦い顔をせざるを得なかった。全裸でこそ無かったが、アコの言葉に間違いはないからだ。先生も先ほどの狂乱を思い出したのだろう。暗い顔をして落ち込んでいる。アコは普段は優秀だが、ヒナが絡む案件だと目が曇りがちになるという欠点があった。誤解を解くべく、ヒナが一歩前に出て、話しかける。
「アコ……その件は誤解だった。先生は確かに筋肉を見せびらかしていたけど、他の生徒達が悪ノリしていた様なものなの。だから、皆、武装解除をして」
「委員長?! もうすでにその男に手篭めにされたのですか……!? 許せません……! 総員、構え! 委員長を救出します!!!」
敬愛の対象であるヒナの言葉すら届かないほどストレスを溜めているのだろう。アコは周りの風紀委員に命令し、銃撃を開始しようとするが、周りの風紀委員達は及び腰だ。その様子を見て、更に激昂しようとするアコの前に、いつのまにか先生が立っていた。長身故、見下されている様な気分になったのか、アコが頭上の先生を睨む。だが、すぐにその目を丸くする事となった。先生が深く頭を下げたのだ。
「忙しい中、迷惑をかける様な事をして、すまない。俺が調子に乗っていたのは事実だが、ヒナに手を出す様なことはしてねえ。どうか、信じてくれねえか?」
「あっ、えっ、そっ、そのぅ……」
敵対していると思い込んでいた相手からの潔い謝罪に、アコの勢いが止まる。元々、風紀委員会の中でもNo.2の立場だ。冷静になり、普段の聡明さが戻ってきた様で、自分がどれほど暴走していたかに気が付いたらしい。先ほどまでの勢いは穴の空いた風船の如く萎んでいった。
その姿を見て、隣に来たヒナもため息を吐く。思ったよりも風紀委員会全員に負荷がかかりすぎていた様だ。この後、皆に休憩を与えようと決意し、周りの狼狽えている部員達に撤収を命じる。そうして、勘違いによる一件は終息を迎えるのだった。
「アコ、何か言うことは?」
「はい……大変申し訳ございません……」
「言う相手が違うんじゃない?」
「うぐっ、…………はい」
ヒナに指摘されたアコは、改めて先生に向き直ると、渋々謝罪を述べた。苦虫を噛み潰した様な顔をしているが、誤解により暴走したのは事実だ。きちんと先生に対し、謝罪を述べる。その謝罪を受け先生は、戦いにならなくて良かったと言葉をかけ、微笑んだ。二人の姿を眺め、ヒナはホッと息を吐いた。最悪なファーストコンタクトだったが、どうやら今後も関係は繋いでいけそうだ。連邦捜査部のシャーレを敵に回して良いことなど何もない。落ち着いた場所で再度話そうと、先生達は風紀委員会の部室へと歩き始めるのであった。
歩きながら、先ほどの事情を話す。内容を聞いて呆れた様な顔をするアコだが、先ほどまでの様な怒りはない。冷静になれば、敬愛するヒナが全裸でポージングをキメるような相手に負けるはずがないのだ。先ほどの自分の発言は、ヒナを侮蔑するにも等しいとアコは自覚し、二度と同じ過ちを繰り返さない様にと心に誓うのであった。
「先生! 無事でしたか!? お怪我はございませんか?!」
「おお! チナツか! 先日はどうもありがとな。俺が誤解させちまう様な事をしちまってたせいで、アコが叱ってくれたんだ。撃ち合いになったわけでもねえから大丈夫だぜ」
先生の言葉を聞き、チナツは胸を撫で下ろす。先ほどは無理にでも現場に着いていけばとも思ったが、無事、誤解は解けた様だ。ゲヘナ学園に誘ったのは自分であったので、少々責任を感じていたが、先生がゲヘナに悪感情を抱いていないと確信できたので、チナツはホッとするのであった。
「改めて、私は風紀委員長の空崎ヒナ、他は幹部だけ紹介するけど、右から天雨アコ、火宮チナツ。もう一人銀鏡イオリという生徒がいるけど、今日はゲヘナの外に違反者を追いに出ているわ。これからよろしく、先生」
挨拶を受けた二人も改めて、先生に一礼する。先生も礼を返し、シャーレの先生だと自己紹介を行なった。ヒナの一声で休憩を取ることになったので、コーヒーを飲みながら、一同は会話を弾ませるのであった。
「俺は今、色んな生徒に困ったことはないかって聞いて回ってるんだが……ここは色んな問題がありそうだな」
「そうですよ! 今日も朝から急に万魔殿の奴らが仕事を振ってきて……! 朝からやってるのに全然減らないんです!」
アコの悲鳴の様な声を聞いて、先生は難しい顔をする。事務処理が不得手なのもそうだが、話に聞く万魔殿が非常に厄介な組織だからだ。権力を笠に着て好き放題やっているらしいが、一応は投票で選ばれたらしく、正規の手続きでは生徒会長の座から下ろすことが出来ない。そもそもゲヘナには政治に興味のある生徒などほとんどおらず、風紀委員会は嫌われている為、力で追い払ったとしても今以上の混沌が待っているだろう。イロハにはその様な様子があまり見られなかったので、おそらく穏健派に属しているのだろうと考え、なんとかイロハに議長の羽沼マコトを制御してもらえないか頼んでみる方向で話をしてみると、先生は彼女らに伝えるのであった。
他にも、ゲヘナ生が他校の生徒や他の区に迷惑をかけている事が多いので、取り締まりに行くのが大変だと言う話や、風紀委員会の戦力を多くをヒナが担っているため、周りから舐められやすいなどの問題を聞く。先生は、今後、学区外で迷惑をかけている生徒を見かけたら、シャーレの生徒でも鎮圧できる様に手続きを取ることや今度時間を見つけて風紀委員達を鍛える事を約束した。
(不思議ね……もう皆と打ち解けてる)
先生がアコやチナツ、他の生徒達と話している様子を見ながら、ヒナはぼんやりと思う。アレだけ最悪の出会い方をした割には、アコは先生に随分と気を許している様だ。チナツも先生がシャーレに着任したその日に共闘したおかげだろうか、先生を見つめる目には親しみを感じさせる。その理由を考えていたヒナは、話を聞く先生の姿を見て、少し理解が出来た。先生はこちらを真っ直ぐに見てくれるからだ。
全てを解決してくれるわけでは決してない。むしろ、不器用な一面も目立つだろう。だが、先生は生徒の悩みに真剣に向き合い、考えている。その姿勢が自然と伝わっているのだろう。解決には至らずとも、自分の味方をしてくれる事が分かれば気持ちは軽くなる。まるで樹齢何千年にもなる大樹の様だ。体重を預けても、決して倒れることはないであろう安心感。太い枝葉は、厳しい日差しを遮ってくれる。そんな印象を与える人だと、ヒナは感じるのであった。
「おっと、そうだ。少しヒナと二人きりで話していいか? ちょっとした話があってよ」
「私? もちろん良いけど……」
不意に話を振られたヒナは、驚きつつも先生からの誘いに乗る。委員長に変な真似をしたら撃ちますとのアコの言を背後から聞きつつ、先生とヒナは部屋の外に出る。先生は周りに誰もいない事を確認すると、しゃがんで目線を合わせながらヒナに尋ねた。
「変な事を聞くが……ヒナは風紀委員の仕事をやりたくてやってるか?」
「…………えっ? どうして?」
「いや、ヒナがだいぶ肩肘張って仕事してる様に見えてな。アコもチナツもだいぶ無理はしてそうだが、一番キツいのはヒナだろうと思ってよ。どうだ?」
わざわざ廊下に出たのは、周りに今の質問を聞かせない為らしい。ヒナは風紀委員会のトップだ。トップが仕事へのモチベが無いと周りに知られれば、今後の活動が難しくなる。不器用な気の使い方だったが、先生のやりたいことは分かった。誤魔化すことは簡単だが、真っ直ぐ見つめてくる先生に対して失礼だろう。ヒナは全てでは無いが、本心を軽く語る。
「……やりたくてやってはいるわ。私はゲヘナの生徒が周りに迷惑をかけるのは好きじゃないし、気に入らない。嫌われてるのは辛く思ったりするけど、誰かがやらなきゃいけない事だから。それで、それを聞いてどうするの? 先生」
「そうか、一応やりたくてやってる事ではあるんだな。いや、ちょっともったいねえと思ってよ」
……もったいないとはどういう意味だろうか。まさか、自分をシャーレにスカウトするための口説き文句の一種なのかとヒナが疑問に思うと、先生は軽い口調で答えた。
「もったいねえって言ったのは、ヒナがすげえ強えからだ。俺が見た限りだとトリニティだとツルギ、ミレニアムだとネルぐらいしか肩を並べられるやつはいねえ。そんな稀有な強さを持っている奴が、嫌々やってるってのは自分の強さを落としちまうと思ったよ。モチベーションってのは結構重要でな、俺の経験上、成長にも関わってくるし、自分の力が近い相手なんかとの競り合いの時も効いてくるんだ。それで、一番モチベに良いのはやりたい様にやる事だと俺は思ってる。今のヒナはやりたい事ではあるが、やらなきゃいけない事でもあると認識してんだろ? そこをなんとかすればもっと強くなれると思うんだけどな」
先生の斜め上にズレた様な返答を聞き、ヒナは唖然とする。やりたくないなら風紀委員会を辞めた方が良いなどと言われると思っていたが、先生が気にしているのはヒナの強さとモチベーションらしい。周りから強いと言われるヒナだが、強さにはあまり無頓着だ。そこに目をつけられるとは思っておらず、それ故に意識外から回答が来た様に感じられたらしい。うんうんと唸っている先生を見て、ヒナは思わず笑ってしまった。
「じゃあ先生は、どうすれば良いと思う?」
「そうだなあ、根本的な解決じゃねえが、ご褒美を作ってみたらどうだ?」
「ご褒美?」
「そうだ。例えば、この仕事を終わらせたらなんか美味いもんを食いに行くとか、思う存分爆睡するとか、欲しいもんを買うとかだな。やりすぎには注意だが、自分の好きなことが待ってると思うとモチベも上がるだろ? そうすれば気分が上がるし、嫌なことがあっても耐えやすい。分かりやすいだろ?」
ヒナは先生の単純すぎる回答を聞き、止まる。そんなことは考えた事もなかった。仕事を終わらすことに精一杯で、でもいくら頑張っても先が見えなくて。その状態に慣れてしまったヒナにとって、先生の一言は視界が開けた様だった。
子供の様なご褒美。自分にとってのご褒美は何か。ふと考え込むヒナの目の前には、先生の太く、分厚い手。先ほど頭を撫でてくれた手を、ヒナは無意識に眺めるのであった。
「うしっ! 急に変なこと言って悪かったな。そろそろ部室に戻らねえと多分またアコに怒られちまう。行こうぜ、ヒナ」
「…………ええ」
今はまだ、わからない。先生とは会ったばかりの他人だ。だが、その暖かい手のひらに触れられることはそう悪くなかった──
ヒナは自分の感情にもっと身を任せても良いのかもしれないと思い、先生と部屋に戻ったのであった。