タマゴのカラを割らないでっ! ―彼女づくりのサポートはしてくれるのにできなかったら皆殺しってマジ?― 作:すうどんたくろう
8/15(土)
墓参り当日を迎えた。俺は叔父さんが運転する車に乗って、南区藤野にある国広家、従妹の有希の天海家のお墓に向かっている。有希は、俺の両親や叔父さんが気遣って話しかけてきたのに対し、簡単な受け答えをするだけで、基本無言だった。これでも、年々ましになってきてはいる。ただ、叔父さんに対してだけは、まだ柔らかい返答をしていた。――――有希は叔父さんの残念な言動については心底軽蔑しているが、そこを除けば非常に感謝もしている。
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国広家、天海家の墓参りを終えた後、全員で近くのお店で昼食を取った。その後、有希は叔父さんの車に乗ろうとせず、一人で帰ると言い出して、車から離れていった。――――これも毎年恒例だ。そうして、有希の姿が見えなくなった後、両親は、
「よし、じゃあ大人たちだけでちょっとカフェで茶でも飲むか。なあ与一?」
「うむ、じゃあ行くか。――――遼は有希についていてやれ。」
そういって、俺を残してどこかに行ってしまった。―――なお、これは一人になりたい有希をそっとしておこうという気づかいだ。ただ、一応地元でないところに一人で置き去りにするのは問題だ、ということで、俺が最終的に付き添って帰る、というのが慣例となっている。俺は近くを一人でぶらぶら散歩したあと、川に隣接した大きな公園のベンチに腰を下ろした。周りに誰もいないことを確認してから、カバンの中から竜崎を取り出して、胸ポケットに差し入れた。実は墓参り中に何度もコールされていたのだ。
「―――――天海有希の両親について、尋ねてもいいか?」
「―――――できれば、俺の口からはあまり説明をしたくない。有希本人から聞いてほしい。あまり気持ちのいいものではないから。」
竜崎は、なるほど、と相槌を打った後、黙りこくってしまった。思えば、こいつに有希のことをあまり説明していなかった。そもそも、従妹が叔父の家に同居していること自体普通じゃない。でも、こいつはそこにツッコんでこなかった。―――――なんでだ?なんで今更聞く?
20分くらいかそれ以上経った後、俺は腰を上げて、公園の奥へと進んだ。そこには川岸へとつながる道がある。俺は小道を迷いなく進んでいった。砂利道を進み、川岸につくと、大きな石に座っている有希がいた。彼女は遠くの山を見ていた。今日、有希の髪はいつものサイドテールではなく、下ろしている。ふと、横風が吹いたとき、有希の髪は派手にたなびいた。有希は、乱れた髪をかき上げた時、視界の端に俺の姿が映ったのか、こちらを一瞥した。そうして、すぐ視線をそらし、再び遠くの山を眺めた。俺は、そんな有希に近づいていった。
「――――お母さんたち、山が好きだったんだよなあ――――」
十分に近づいたとき、有希はそうつぶやいた。
「・・・・・・有希は山をどう思うの?」
「兄さん、それ聞く?」
有希は初めてこちらに振り返った。瞬間、風が横殴りに吹いたが、荒れた髪も気にせずに、キッと俺を見据えた。その顔は悲哀に満ち、一歩間違えれば泣き出してしまいそうな、まるでひびの入ったガラス玉のような―――――そんな感じだった。
「両親の殺された場所を好む人なんて、誰もいないでしょ?」
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有希の母親は、国広三兄妹の末っ子で、地質学者だった。よくフィールドワークで山登りをしていた。父親もそんな母親に連れられて、よく山登りしていた。有希が物心ついたときには、簡単な難易度の山なら、一緒に登っていたようだ。有希は山が好きであった。
有希が5歳の夏、事件は起こった。
ある平日、有希の母はまだ未調査の山に登頂した。研究を進めるために、リスクをしょって進める必要があった。有希の父は有休をとって、母に同行した。1人よりも2人のほうが安全だから、という考えだ。ヒグマが出るリスクはどうやら低かったらしい。知り合いの学者が言うには、その山は生息地から外れるらしい。有希はその日、幼稚園に登園していた。いつもなら父親が迎えに来るのだが、その日は父親も山登りするから、迎えは当時暇していた叔父さんが行っていた。夕方には迎えに行く、と聞いていたから、有希と叔父さんは二人で叔父さんの家で両親を待っていた。だが、玄関のインターホンが鳴る気配はなかった。さすがに不審に思った叔父さんは、知り合い各所に連絡した。けれど、全て空振り。叔父さんは警察に連絡して、その日から有希の両親の捜索が始まった。両親と思しき人が見つかったと連絡が入ったのは一週間後の朝。有希の両親が登頂した山、そこで二人分の死体が見つかったのだ。これは有希から聞いたのだが、警察からすべての話を聞いたとき、叔父さんの眼は、とてもみれたものじゃないそうだった。5歳ながらにして、ひどいことが起こってしまったのだと理解したのだろう。まあ無理もない、自分の妹が無残な姿で見つかったのだから。それに加え、有希に両親が亡くなったことを告げなくちゃいけなかったのだから、目も当てられない。なお、この話は、道内で大きなニュースとなって報道された。ただ、事件は実に不可解で、父親は上半身が見つからなく、見つかった下半身は司法解剖の結果、切断されたとしか思えないらしい。ただ、その切断方向は不明とのこと。普通、ものに刃を入れた場合、投入口は刃が食い込むことによってせん断が開始され、ものの切り終わりは力に負けて破断に至るから、言ってしまえばバリが出るらしい。ただ、それが一切なく、どこから切断し始めたのかがわからないとのこと。で、そんなことが可能な凶器は見つからなかった。母親も不可解で、ナイフが胸元に刺さったまま、仰向けに倒れていた。これは明確な殺人だ。
犯人はほどなくして見つかった。事件が起きた晩、その山の近くの電車のホームで、人身事故があったらしい。体はぐちゃぐちゃに潰れていて、辛うじて残っていた右手の指紋を採取して、ナイフについていた指紋と照らし合わせてみたら一致したという。つまり犯人は有希の両親を殺し、そのあと自殺をしたということだ。救いのない話だ。父親の死因も、母親が殺された理由も、10年たってもいまだ未解決のままだ。
この事件が起きてからしばらく、有希はずっと沈んだままで、今日のような状態が常であった。あの天真爛漫さはうそのようで、学校にも行けていなかった。当時の静乃とはまた違った影を見せていた。あのときのあいつは破滅という言葉が適していたが、有希は絶望という言葉で表すのが適当であったろう。
誰が有希を養うか、もしくは養子に出すかという話が俺の父親と叔父さんを含む親戚間で起こった。そこで名乗りを上げたのが俺の叔父である国広与一である。彼は独身で子供がいなく、けれど子供を欲しいと思っていた。これならみんな幸せな結果なんじゃないかと、叔父は力説していた。まわりの親戚たちも、正直この案しかないと思っていた。多忙な有希の両親は、よく叔父さんの家に有希を預けていたので、有希にとってもこれが都合よかったらしい。
叔父さんや俺ら家族の懸命な努力により、有希は徐々に元気を取り戻し、現在のようにハイテンションな彼女に戻った。だが、この悲劇はまだ閉幕していない。有希が当時のことを詳しく知ったのは、中学生になってから。当時の事件についての特番がテレビで組まれ、偶然にもそれを見てしまった。そして知ってしまった。だから、死者を弔うこの時期、無念の中死んでいった両親に想いを毎年馳せるから、こうして気持ちが沈んでしまうのだった。
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「私は母を殺した男を許せない。できることなら、その男に詰め寄って、問いただしたい。どうしてそんな事をしたのかって。けれど、その男は死んでしまった。だからせめて、その男の親族にあって、その人はどんな人だったのか聞きたい。けれど、それも叶わない。」
有希は空を見上げてそう言った。有希も色々調べたようだが、何もわかっていなかった。俺も協力して調べたことがあった。このことは週刊誌にも取り上げられており、一般的な報道はされつくしていると考え、ゴシップでもいいから、と藁にも縋る思い出オカルト雑誌を調べていたところ、ふと気になることを書いているものがあった。なんと、事件当日、とある身元不明の女の子が警察署に預けられていたそうである。娘を持つ父親が、娘を警察に預けて犯行に及んだのではないか、なんてことが書かれていたが、ほんとかどうかは知ったことではない。それに、その女の子が誰かはわかっていない。記事によると記憶喪失で何も覚えてないらしい。都合のいい設定だな、なんて思って、その週刊誌を当時はすぐごみ箱にぶち込んだ。
大きく伸びをした後、ぱんっと自分の頬を両手で叩いた。その時の有希の顔は少し赤くなっていたが、さっきまでの悲哀に満ちた顔ではなく、いつものハイテンションの有希の顔であった。
「――――――よし。落ち着いた。もう大丈夫!さ、帰るよ。私についてきて!」
有希は元気よく医師から飛び降りて、俺へ駆け寄ってきた。
「よし、じゃあ帰りますか。といっても、またバスだけどな。」
「しゃーなし!」
そして、俺らは二人並んで最寄りのバス停へと足を向けたのだった。