タマゴのカラを割らないでっ! ―彼女づくりのサポートはしてくれるのにできなかったら皆殺しってマジ?― 作:すうどんたくろう
5-1-1 あの罵倒をこんなに恋しく思ったのは、後にも先にもこの時以外ないだろう
ロビーでずっと待っている気にもなれず、俺は病院の外に出ていった。さすが北大だ、観光地になっているだけある、広大な自然が多い。俺は病院からそう遠くない工学部前まで歩き、正門前のベンチに座って、風で揺れる木の枝葉をぼんやりと見ていた。
―――――明らかに、普段の静乃とは異なっていた。それはまるで、小学生のころの、汚れを知らないときのような・・・。それはまるで、高校生の記憶がすっぽり抜け落ちてしまったような・・・。
記憶喪失だったらどうだ?そんなの漫画の世界だけだと思っていた。ここはどこ?私は誰?そこから物語が始まり、最後に記憶を取り戻してハッピーエンドがオチ。その度に、『なんだまたいい話で終わりかよ。もっと心を抉るような話はないのか』なんて思ってたこともあった。ただ、それはあくまでも二次元の話で、リアル世界でそんな突飛な話は見たくないし望んでいないんだって、今ひしひしと感じている。・・・頼むから杞憂であってほしい。教室にいたはずなのに、気が付いたら病院にいるのだから、混乱してるだけ。あとで病室に戻ったら何食わぬ顔で俺をなじって欲しい。あの罵倒をこんなに恋しく思ったのは、後にも先にもこの時以外ないだろう。
ふと、記憶喪失とは何かを調べようと思い、ポケットに手を伸ばしてスマホを使おうと――――――したが、電源が入っていなかった。思えば、昨日の晩からずっと開いてなかったような・・・。なんてことを思いつつ起動すると、不在着信が一件、LINEに新着メッセージが来ていることがわかった。電話の方が緊急性が高いので、電話主を調べたら・・・非通知ゆえにわからなかった。1時間前に電話をかけていたようだ。全く気付かなかった。
・・・そうだ、こんなときこそ、自称神の竜崎に意見を求めるべきじゃないのか?告白券なんて記憶操作を行える代物を持っているくらいだ。かなりそこら辺に詳しいんじゃないのか?俺は急いで竜崎に電話をかけた。持っていてよかった、あいつの連絡先・・・。だが、何回コールしても出なかった。あきらめてスマホをしまおうとしたその時、スマホから着信音が聞こえてきた。みると、非通知着信であった。だれだ?
「はいもしもし。」
『竜崎だ。さっきは連絡ありがとう。訳あって携帯電話は使えなくてね。』
「はあ―――――――それより聞きたいことがあるんだがいいか?重大な話なんだ。」
『――――私の用事より緊急そうだ。とりあえず話を聞こう。一体どうしたの?』
「神の力とやらで、記憶喪失の患者って治療できるのか?」
俺は単刀直入に聞いた。
『ん?ああ、症状にもよる。記憶喪失の原因はいろいろあるからな。医学で片付く内容なら治療することは可能だ。もっとも、私は医者じゃないから専門的なことはわからない。ただ、そういうのに詳しいやつを知っているから、詳しい診断をすることは可能だ。――――それが緊急で聞きたいことなのか?』
思った通りだ。やはり、神の世界は、我々の世界よりも医学が進んでいる。ただ、超常現象で治すというよりは、科学的に対処、という感じがするが・・・。
「ん?あ、ああ。静乃がなあ。朝はいつも通りだったのに、午後に入ってずっと寝てると思ったら、気を失ってて、ついさっき目が覚めたんだけど、どうやら記憶喪失に陥っているらしくてさあ。」
『萩原静乃がか・・・まあすぐに治ってくれるにこしたことないなあ。』
「・・・え?」
竜崎の突き放す言葉に、俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。
『―――――気持ちはわかるが、私たちの力で治療するのは難しい。仮に治療するならば、こちらの世界にある道具を用いなくてはならない。だが大掛かりな装置なんだ。そちらの世界に持ち込めない。告白券のように手のひらサイズのものとはわけが違うんだ。となると、こちらの世界に彼女を連れ込むしかないのだが・・・それは本来してはならないことなんだ。』
「してはならないこと?この前告白券使うためにそっちの世界とこっちの世界を繋げて、一瞬だが俺もそっちの世界に行ったじゃないか。」
そう、俺は一回、竜崎のいる世界に行ったことがある。もっとも、目隠しされていて外観を見たことはないのだが、渡ることはできたんだ。ほかの人でも同様のことができるはずだ。
『物理的な問題ではない。制度の問題だ。あれは君だから出来たことなんだ。神の世界の存在を知っていて、かつ我々が肩入れしている君だから。――――まあ、展開によっては、萩原静乃なら連れ込むことも不可能ではない、だろうが・・・』
神の国は秩序が整っているところなんだと改めて思い直す傍、静乃を治療することについて完全に拒否をしていないことから、望みが再度沸き起こり、少し気分が楽になった。
『基本的に、その世界に属してない人間が他の世界に行き来することはできない。それを可能にしてしまったのが我々―――――って、この話は今はいいな。とにかく、単なる病気なら治療するつもりはない。そもそも記憶喪失なのか?この話の続きをしたいなら、まずは彼女の容体を詳しく教えてくれ。』
「そ、それは一理ある・・・。」
俺は、彼女が取り乱したから一旦病室を出ているだけ。現状把握がまず先だ。竜崎が言うことはもっともだ。原因がはっきりわかれば対処はできる、だがその原因が今は全く分からない。症状さえも、わかっていない。
「――――――――わかった。とりあえず、病室に戻って確認してみる。帰宅後にこの話の続きをするでいいよな?」
『ああ、それで構わない。私としても、今回の騒動には興味がある。』
そういって、竜崎は電話を切った。俺はたまっていた通知を消化していこうとした。すると、LINEの一番上には刹那から「もう大丈夫のようですから、戻ってきてください!」とあった。俺は立ち上がって、北大病院に戻ろうとした。するとちょうど、医学部周りのキャンパスで、
「君は確か、国広遼君だよね?どうしてこんなところに・・・」
「あら!リョウ!お元気そでヨシ!」
超絶美人の二人組に出くわした。今、彼女らを相手にする元気は、俺にはないんだけど・・・
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髪を雑にくくり、白衣を羽織った方は式部先生。戸隠さんのお父さんの研究室の准教授だ。30歳にして准教授のポストにつけている化け物科学者である。そして出るとこは出ており、なにより可愛い。その美貌とカリスマ性から、何も知らない学生からの人気もすごいのだが、医学部生からの人気はそこまでらしい。授業は鬼畜で全然単位をくれないし、研究室内ではゼミや報告会での指摘――――正論パンチがきつすぎるとのこと。おかげで、彼女の元には優秀なマゾしか集まってこないんだと。もう一人の長髪長身のモデルのような女性は垰杏タオシンという中国人留学生だ。この方も戸隠さんのお父さんの研究室メンバーで、ポスドクについている。29歳ということもあり、式部先生とはいつも仲良く飯を食いに行っているらしい。そして、彼女らは銀城先輩も属するギャルゲー研究会の顧問/部員であり、垰さんは乙女ゲーホモゲーのほうにどっぷりつかっている。当時は、ギャルゲー研究会じゃなくて、ノベルゲーム研究会に名前を変えたほうがいいのでは?とも思った。彼女はオラオラ系のイケメンがたまらなく好きらしい。なお、式部先生はそういう趣味はないのだが、研究会が出している部誌やシナリオ、キャラ考察をかいつまみ、思考パターンを学んでいるんだと。二人とも脳科学の研究をしているものだから、そういった人間の感情の動き、思考回路には大変興味があるらしい。どちらも、戸隠さんのおつかいで北大に行った時に、偶然知り合ったのだ。
「リョウ!アスカ君と早く合わせて!」
垰さんは俺を見かけるや否や、駆け寄って手をがっしりとつかんできた。前回会ったとき、思わず朱鳥のことを口を滑らせ、写真まで見せてしまって、それ以来彼女は朱鳥に興味津々なのだ。いつか学校まで来てしまいそうで怖いとさえ思っている。なお、朱鳥にはこのことをしゃべっていない。なぜなら、お使いの日以降彼との接点がないからだ。
「勘弁してくださいよ垰さん・・・」
「もう!私のことは杏あんずとよんでって言ってるのに!垰って名前は可愛くないの!」
「年上女性を下の名前で呼ぶのなんて恐れ多いですよ。」
「ははは、国広君も大変だね。」
式部先生は手を白衣のポケットに突っ込んでけらけらと笑っていた。
「式部先生も見てないで助けてくださいよ。マジで今取り込み中なんですって。本来ならこの場にいるのはおかしいでしょう???」
「む、それもそうだね。工学部の銀城君のところに行くならわからなくもないけど、ここ医学部だし・・・どうしてこんなところに?」
「実は――――」
俺は今起こっていることを説明した。同級生が倒れて病院に運ばれたこと、目を覚ますと、記憶喪失のような振る舞いをしていたということ。二人はその話を聞くにつれ、神妙な顔つきへと変わっていった。
「――――――目立った外傷がないっていうなら、精神的なものなんだろうけど、データが少なすぎて考えようがないね。」
「本人がいいっていうなら、調べてみたい。もしかしたら、私の研究がかなり進むかも。」
「ちょっとアンズ?当人たちは深刻に考えてるんだから、興味本位で動いちゃだめだからね?―――――まあいずれにせよ、病院の診察結果に満足できなかったら連絡して。戸隠教授の娘の彼氏が困っているなら、私らも力になりたいし。解明されていない事象はたくさんある。所詮、診察結果なんて、確立された理論に、最も合うやつを当てはめているだけだから。けれど、研究の最先端を進んでいる我々なら、さらに詳しく事象を紐解けるはずだからね。幸い、北山高校とここは近い。萩原さんがしばらく入院するのなら、ここに来る機会もあるよね?お見舞いとかでこっちに来たら、詳しい話を聞かせてほしい。最も、こっちがこらえきれなくて、先生に頼み込んでカルテを見ちゃうかもだけど。」
戸隠さんの彼氏じゃないです、って否定すると、彼女らの好意がひっくり返りそうだったから、素直に「ありがとうございます!」と返事をするのだった。そうして二人から名刺をもらって、すぐさま病院へと戻っていこうと―――――したところで、電話がかかってきた。なんと相手はあの朱鳥。なんつータイミングだよ、と思って電話に出たら、静乃の現状確認の電話だったらしい。そのあと垰さんと朱鳥の間でいろいろあったのち、やっと電話を切り、病室へと今度こそ足を向けたのだった。振り返ると、式部さんは小さく手を、垰さんはオーバーに手を振っていた。――――――脳科学の研究をしている二人とコネができたことを、強く感謝するのだった。そして、朱鳥に祈りをささげた。すまない・・・。