ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

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こんにちは、狸狐です。
扁桃炎でぶっ倒れています。辛いです。



────



 地底のモニターを遠くから見るねずみ男。
 彼の表情はいまいち晴れない。


「どっちを応援したらいいか分かんねえよ〜。早く決まってくれよ〜」


 この状況に怯え切ったねずみ男は勝敗の行方で着く方を決めようとしていた。幻想郷にかなり長くいるが、ここへの情は皆無である。


「見極めろ、俺様。ピンチの時こそ冷静に!判断を間違えるな……」

「ぶつぶつぶつ……」

「ん?」

「ぶつぶつぶつぶつ……」


 いつの間にか、ねずみ男の隣に見たことのない女性が立っていた。エルフのように耳が尖り、目は緑色。妬ましそうに爪をかみかみしながら、何か小声で言っている。


「妬ましいっ、妬ましいわ。どいつもこいつも私を除け者にして……。のびあがりも、死体の群れも、私のところへ来ようとしない。こんな時だってのに勇儀は私を呼ばないし」ブツブツ

「ひぃいい…!!」

「ねえ、新入り」

「は、はい!?」

「見てたわよ。あんたのこと。そうやって隠れてるなんて妬ましい。私なんて隠れていないのに誰にも相手してもらえない。みんなから相手してもらえるなんて私にはないのに。ずるい、ずるいでしょ」イライラ

「支離滅裂!誰か助けてぇ〜〜!!」












vs.餓鬼道の鬼髪

 

 

 

『うーっ、あーっ、だめだ。やっぱりモヤモヤするよぉ。あの人が頭の中にぃぃぃ…!!』

 

「ねえ。これから始まるのよ、命のやり取り。そんな状態で私を楽しませられるの?」

 

『……あ、ああ、う、うん。うん。そうだよ。そうだよね。早くこの人殺そ。そして男を殺しに行こ』

 

「だめだ。支離滅裂。・・・まるで蝦夷鳥兜(えぞとりかぶと)の花言葉みたい」

 

『あと何人。男を殺したら、モヤモヤしなくなるのかな〜〜〜〜!!』

 

 

 そんな両者の間に戦いのゴングは鳴らない。乾いた地面と岩肌の間にスゥ…っと夜風が吹くなか、誰が決めるわけでもなく静かに戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 

『──ひゃは!!』

 

 

 先行は鬼髪だ。

 脈絡もなく、突然殺意を込めて、軽やかなフットワークから一気に間合いを詰めながら顔面へ指を指す。幽香の目玉へ渾身の突き攻撃。その動きを目で追いながら、幽香はやっと始まったことに歓喜する。

 

 

「ふふ」

 

『え』

 

 

 幽香は躱した。

 それもあえて当たるか当たらないかのギリギリで。幽香は心の底から楽しんでいるのだ。命のやり取りを。

 

 

「これよ、これ」

 

『げばっ!!』

 

 

 避けながらのカウンター。

 回避しながらの顔面への蹴り。長い髪の毛がクッションとなり、岩をも砕く彼女の蹴りの威力を弱めてくれたおかげで致命傷にはならなかったが、鬼髪の顔面の穴全てからは出血が見えた。

 

 

「やっぱりこれよ。最高よ」

 

『!?』

 

 

 カウンターを食らわし、吹っ飛ぶ鬼髪を逃さない。すぐに間合いを詰めた幽香の距離はかなり近い、いやゼロといってもいい。そのまま胸へと手を伸ばして、一気に力を入れた。鬼髪の長い髪の毛の間にある顔面が歪む。

 

 

『がふっ!!』

 

 

 皮膚を貫き肉と骨を握る。

 ぐしゃっと肋骨が砕け、血を吐き出す。返り血に頬を染める幽香と対照的に真っ青な顔の鬼髪。幽香は顔面についた返り血をペロリと舐めるとぶるりと震える。

 

 

「弾幕ごっこじゃ味わえない、このヒリヒリとした感覚。手のひらから伝わる生命力。気持ち良い。今度、紫に弾幕ごっこの廃止を言ってみようかしら……ねえっ!!」

 

 

 

──ブシャアア……!!

 

 

 

 さらに肉が抉れ、血のシャワーが舞う。

 鬼髪は目を充血させながら叫ぶ。

 

 

『く、そがぁっ!!』

 

 

 鬼髪はそんな幽香の手首に肘を打ち、関節を外す。手の力が緩まった瞬間に距離を離す。

 

 

「あら」

 

『ぎぃいいっ!』

 

「離れるなんて寂しいじゃない」

 

『くぅっ!!』

 

 

 一気に距離を取り、追撃から逃れようと10メートルほど幽香から離れた。・・・はずだった。幽香は関節をはめ直し、地面を蹴って、その空いた分の距離を詰める。明らかな実力差。絶望的なほど高い壁。鬼髪は詰められた瞬間にそれを察する。

 

 

「楽しみましょうよ」

 

 

 遂に武器“日傘”を振り上げた。

 直撃することはなく、地面を転がることで何とか回避する。

 

 だが──。

 

 次の瞬間に両者は再び交錯していた。転がり、受け身を取った姿勢の鬼髪にもう一撃を放つ幽香。鬼髪は体を回転しながら脚を開き、一撃を回避しつつ躊躇なく自ら前に出て幽香の側面に入り、危機回避をする。

 一瞬油断し、何か一つ間違えれば幽香の日傘は鬼髪を“叩き潰された蚊”のようになっていただろう。それくらい凄まじい一撃だった。

 

 

「ふふふふふふ!!」

 

 

 そうしてすれ違う形になった両者。

 すぐに幽香は振り向きざま、日傘を振り、鬼髪の首を刈りにいった。

 

 

「!」

 

『・・・ひひ』

 

 

 反応が遅れたのか?

 鬼髪は避ける事はしなかった。そのまま日傘が顔面に直撃する。

 

 いや、当たる直前に腕が止まった?当たることはなく腕を動かしたときに発生した風で髪の毛がふわりと動いただけで済んだ。彼女の見せた慈悲か、同情か、幽香が自分よりも圧倒的に弱い鬼髪に対して何かを思い、手を止めてくれたのか?

 

 

──ギチッ…、ギチギチィッ……!!

 

 

 いや全て違う!!

 幽香自身も気づかなかった。彼女の四肢に髪の毛が巻きついていることを。それらが幽香の動きを止めたのだ。

 

 

「あら、・・・動かない」

 

『くひひひ。奥義……蜘蛛(くも)糸縛り』

 

(髪の毛なんかで?)

 

 

 

 

 

 幽香よ、髪の毛を侮ってはいけない!

 人体の中で髪の毛は筋肉や骨よりも遥かにしなやかで硬い鋼鉄並みの強度を持っているのだ。

 

 髪の毛は一本で約150gの物を持ち上げられる。成人の持つ髪の毛の量は大体10万本なので、理論上全てを使えば、15トンの物を持ち上げられる事が出来るのだ。加えて髪の毛は引っ張り、抜けるまでの間に強度がかなり増す。某隣国で髪の毛をトラックを結んで引っ張る動画などがあるが、あれは実際に我々にもやろうと思えば出来る芸当なのである。

 

 

 そんな物を自由自在に操るのが彼女、鬼髪の能力。

──『千手髪(せんじゅがみ)』である。

 

 手足のように髪の毛一本一本を操る。伸縮自在に長さも調節可能だ。この地味に見える能力だが、人体の持つ最多最強の武器を操れるのはかなりの脅威であり、妖怪として肉体がかなり強化されているのだから15トン以上を持ち上げたりするのは余裕であろう。

 

 

 

 

 

『ひひひひひひぃっ!!』

 

(私の攻撃を避けつつ髪の毛を伸ばし続けて、巻き付けていたんでしょうね。私が気づかないように。一本ずつ丁寧に・・・。ただの気狂いでは無いのか)

 

『私ぃっ!あ、あなたに幾ら殴られても…、千切られてもっ、ひひ、…ちっとも痛くなんかない、わ!!』

 

 

 しゅるるるるると音を立てながら、近くの岩壁に髪の毛を巻き付ける。低い(りき)み声を発するとベギリと音を立てて、壁が崩れる。髪の毛の束の間には鋭い岩の破片が絡まるとあっという間に髪の毛が凶器へと完成した。

 

 

『あの人にうっ、うう、裏切られたときの心の痛みに比べたら、全然痛くないの。ねえ、分かる?分からない?理解る?理解らない?好きだったのに裏切られた人の気持ちが分かる?』フーッフーッ

 

「だから興味ないわよ、色恋なん──がっ!!」

 

『じゃあ分かろうとしようよ!!』

 

 

 凶器が振り下ろされる。

 幽香は抵抗できずに真正面から殴られた。直撃する暴力、飛び散る血飛沫。痛みにクラクラしながらも正面を見ると鬼髪はぶつぶつと独り言を言いながら、髪の毛を動かし続けていた。

 

 

『うん、うんうん…。そうだよね。きっと分かってくれるよね』

 

 

 言い終えると再び髪の毛を動かす。右、左、不規則に瓦礫で何度も殴られる。尖った破片が突き刺さり、皮膚を裂く。平たい部分で柔らかい部分を殴打する。白い肌が赤くなったり、青くなったりと変色していった。

 

 

「……?」

 

 

 攻撃が急に止まる。

 額から流れる血が目の中に入り、不意に閉じてしまう。

 

 

『何、目閉じてんのよ。見てよ。これ見て。目を開けてよッ!!』

 

「あぁ…」

 

 

 髪の毛が幽香の瞼の肉を動かし、無理やり閉じかけていた目を開けさせる。そこには先程ぶら下がっていた3人の男の死体のうちの1人がいた。首を絞められ、苦悶の表情を浮かべながら死んだのだろう。

 

 

『うん。大丈夫。大丈夫だからね。恋したことなくても大丈夫。だって同じ女の子だもん。分かってくれるもんね。私たち同じだもんね』

 

「・・・」

 

『あのねあのね、私あの人、圭一(けいいち)くんが好きだったの!全部好きだったの。圭一くんはね、いつも寝る前に可愛いねって言ってくれるの。雷が怖くて震えている時に頭を撫でてくれたの。泣いてるとずっとそばに居てくれるの。朝から晩まであの人が忘れられないの。これが恋だって気づいたわ。ねぇ、興味なくても分かるわよね。好きって想い、私の気持ち、こんなに言えば理解るわよね?』

 

「……はぁ」

 

『でもそれ以上に裏切られたときが頭から離れない!頭の中がモヤモヤするの。圭一くんを殺してもダメなの。だから殺すの。殺さなきゃいけないの。この世の男、全部殺したときにだけ、モヤモヤから解放されるの。ねえ、だからさ、お願い。お願いだから。邪魔しないでよ!抵抗すんなよ!アンタを殺さないとさ、男を殺しに行けないんだよ!!』

 

「……くだらない」

 

『は?』

 

 

 傷だらけの幽香が放った一言に鬼髪はキレる。

 鼻と鼻がくっつくくらいに顔面を近づけ、ギョロリとした目玉で幽香を睨みつけるが、幽香は怯えることなく、遠くの方を見ていた。

 

 

「せっかくの闘いがこれじゃあ興醒め。何度も言うけどあんたの恋愛話なんか微塵も興味ないの。ねぇ、喋る暇があるならもっと攻撃してきなさいよ。楽しくないじゃない」

 

『は?は?はァッ?』

 

「やっと身体が起きてきたんだから。ほーらー早くー」

 

『あんた……、大嫌いィッ!!』

 

 

 一気に地面を蹴って後ろへ飛ぶ。

 その移動と同時に男の死体を幽香の頭部へと叩きつけた。幽香の頭は揺れて、叩きつけられた死体は粉々に砕け散る。血肉のシャワーが降り注ぐ中で幽香は笑う。

 

 

「そうそう、それでいいのよ」

 

『くぅ……っ!!』ギリリ

 

「どうしたのよ。手が止まって──ぅっ!」

 

 

 四肢に巻きつく髪の毛の力が増していく。

 加えて、首にも髪の毛を巻きつけて力を込めることで、抵抗させずに絞殺できる。だが今回の場合は手足をそのまま千切り取って、絞殺するきだろう。

 

 

「がぁっ、ぁぁっ……!!」

 

『殺してやるゥゥゥ…!』

 

 

 巻きつけられた肌の色が紫色へと変わる。血が止まったせいだろう。酸素が脳へと回っていかない。意識が遠のいていく。

 

 

『同じ女の子なら分かってくれると思ったのにィッ!私のためにさっさと死んでくれると思ったのにィッ!!』

 

「ぐぅ…ぅぅぅ……っ、ふ、ふふ……、ご、うかく、よ!!」

 

 

 ブチッ…!

 

 

『!?』

 

 

 なんの音だ。

 いや、まさか、そんなはずはない。

 鋼鉄製の私の髪の毛から今の音が出るはずがない。

 

 

「あは、は、ははははははっ!!」

 

 

 ブチッ、べリべリベリィッ…!!

 

 

『ひぎゃああああ〜〜〜っ!?!?』

 

 

 幽香が、首と四肢を思い切り引っ張る。一瞬だけ鬼髪の頭が伸びたと思ったら、皮膚ごと髪の毛が引き抜かれる。頭から血が吹き出し、肉が見える。

 

 

「合格よ、合格っ!その殺意が見たかったのよ!男のことなんか忘れて、私を殺そうとした真っ直ぐな殺意!命のやり取りをしたかった!!やればできるじゃないッ!」

 

『ぎぎぎぃ……っ、え、ええ、ええっ、大丈夫ぅっ、大丈夫よっ、あの人にやられたことを考えれば…、こんなの屁でもないんだから』ガタガタ

 

 

 鬼髪の髪がぐんぐん伸びていく。

 ただざっくばらんに伸びるのではなく、下へ下へと垂直に落ちていく。ストレートで長い髪の毛が全身を包むと、鬼髪自身をグルグル巻きにしていった。

 

 

「?」

 

髪質変化(いめちえん)……!“角隠し”ィッ!!』

 

 

 長い髪は黒い鎧へ。

 頭のてっぺんから爪先までをガッチリと包み、ラバースーツのような姿となる。顔は隙間が空いているくらいでちゃんとは見えない。呼吸は荒いようだ。

 

 

「良いわよ。飽きさせないでね」

 

『殺すゥゥゥ……』フシュー

 

 

 鬼髪はそう一言を発すると、疾走の勢いそのままに猫の如く足のバネで岩場に跳躍した。さらにその岩壁を走るようにさらに跳躍し、一瞬にして幽香の後ろにしなやかに着地した。振り向きざまに幽香を狙う鬼髪の指先は鋭く尖っていた。

 

 

『コロスゥッ!!』

 

「くふふ」

 

 

 ぷしゅっ。

 幽香の腕から血が噴き出る。腕を盾にして、鬼髪の攻撃を受け止めたのだ。しかしなんたる鋭さだろうか。硬い彼女の肌を貫いてしまった。ただ幽香は怯むことはなかった。

 

 

「いいわいいわっ!髪の毛を全身で包み、バネのように伸縮させることで身体能力を上げたのね!」

 

『こいつ…っ!!』

 

 

 爪の猛襲。流れるような斬撃。ピンと張り詰めた毛は竹をも切断できるなんて噂もある。幽香の全身には切り傷がどんどんと増えていく。ガードする幽香の腕を押して、距離を取ると回転しながら空を舞う。そして踵をぐんと振り上げた。踵落としの姿勢になる。

 

 

『“旋毛(つむじ)落とし”ッッ!!』

 

「たまんないっ、たまんないわよっ!!でも──」

 

『うわっ!?』

 

 

 そんな踵をを掴まれる。

 そのままぐるりと一回転したと思ったら、正面から硬い地面に叩きつけられた。

 

 

『ぎゃっ!!』

 

「いまいち火力が無いのよねえ。スピードがあってもこれじゃあつまらないわよ」

 

『こ、この……きゃああっ!?』

 

「こんな風に乱暴にしてよ!!」

 

 

 踵から手を離してはくれなかった。

 再び持ち上げられて、壁や地面に叩きつけられる。持ち上げて叩く。何度も。何度も何度も。殴打殴打殴打殴打……っ。

 

 

「ん?」

 

 抵抗されないことに違和感を感じて、手を止める。見れば意識が飛んでいたのか脱力していた。

 

 

『あ、あ"………」ダラン

 

「はぁ〜あ」

 

 

 そのまま投げ捨てられた鬼髪。

 全身に巻き付いていた髪の毛は解けて、中の方が見えた。白目を剥き、気を失っている。何度も叩きつけられたことで脳が揺れまくったのだ。いくら硬い装甲を身に纏っても、内側からやられたのなら意味はないだろう。

 

 

「もう終わり?違うでしょう」

 

 

 気絶しているのだ。

 だが、髪の毛だけはうねうねと動き、髪の毛が角や牙のような形となり、最終的に巨大な鬼の顔の形となった。鬼の顔は唸り声を上げる。

 

 

『チグジョオォォォオ〜〜〜ッ!!』

 

「やっと()()が出てきた」

 

 

 

 

 

 

 【鬼髪(きはつ)

 

 女の人の想い……、とてつもない憎しみや悲しみ、そして嫉妬……が髪の毛へと宿り、鬼となる。髪はその無念や想いを晴らすべく、動き、永遠に伸び続け、人を殺し続けるのだという。

 

 つまり()()()()()()()()()

 鬼髪とは、“髪の毛を自由自在に操る女の妖怪”──ではなく、“髪の毛が妖怪となってしまった女”ということだ。妖怪と化した髪の毛は彼女の心と複雑に絡み合うことで一心同体の存在となっており、彼女は鬼髪の力を借りて戦っていたわけだ。『千手髪』も彼女がそういう能力があると思っているだけで、実際は彼女の動きや思考に合わせて、鬼髪が行動しているだけなのである。

 

 

 

『コロセ、コロセコロセ』ブツブツ

『コロス、コロスコロス』ブツブツ

 

『よくもぉよくもぉ……!!恵奈をやってくれたなあああ…!!』

 

 

 ぶつぶつと独り言を言っていたが、あれは彼女が髪の毛と会話していたのである。幽香はその様子を見て、大体のことは察していた。…が、野暮なことなのでそのままにしていたのだ。

 

 

恵奈(えな)ぁぁぁ…、恵奈ぁぁぁ……。寝てたら殺せないぞぉ。起きてくれよぉおおお……!!』

 

「……ぅぅぅ…」

 

『えぇええ〜〜なぁああ〜〜っ!!』

 

 

 どんなに鬼髪が呼びかけても目覚めない。

 自分の身体が動かなくなり、本体である鬼髪がついに目覚めて、彼女の代わりに行動を始めた。

 

 

『俺は殺し足りないよぉおお〜〜〜っ!!』

 

 

 寝ている恵奈の髪の毛がさらに伸びる。

 彼女が気を失ったことにより、鬼髪が主体となっているのだろう。太くグングンと伸びて増毛していく髪の毛は次第に巨大な腕の形となる。恵奈の頭の上には巨大な鬼の顔と右腕が髪の毛で形成されていた。

 

 

『うおおああっ!!砕けろ!』

 

「んふ♪」

 

 

 巨大な拳が幽香目掛けて落ちる。

 ズドンッと大きな音がするが、幽香は潰れず、日傘で拳を受け止めた。そのパワーと衝撃で地面が陥没する。この威力に流石の幽香も血が混ざった唾を吐き出してしまう。

 

 

「そ、う、そう…!それでいいのよ…!!本気で…フーッ…殺しに来なさいっ。私も全力で殺ってあげるからァッ!!」

 

『ヌゥウウウ…ッ!!』

 

 

 段々と幽香が押し始める。

 勇儀にも勝利したことのある幽香ならばこの程度で潰れるはずはない。しかし、鬼髪も負けてはいない。押す力を強めるために増毛していく。いつの間にか左腕も形成され、両腕でグンっと押し始めた。

 

 

『ぶっ潰れろぉおおっ!!』

 

「!」

 

 

 

 ぐしゃっ。

 幽香が潰れた。両の拳を持ち上げると腕が曲がってはいけない方に曲がりながら、潰れていた。目や鼻、口からは出血をしてはいるが、微かに胸が動いているのをみると死んではいないようであった。

 

 

 

『・・・足りないっ、足りないっ、満たされないィッ!!もっと誰かを殺したいィッ!』

 

 

 恵奈の感情から生まれた妖怪。

 満たされない欲求。

 殺意しかない鬼髪が誰かを殺したところで、その欲が尽きることはない。

 

 

『恵奈、起きてくれェェ。仕事終わったよぉ。お前がいないと俺は動けないんだ。お前が起きるまでここにしかいられないんだ。あー…頭からアイツが忘れられないよ。忘れたいよ、忘れたいぃぃ…。早く、早く里に行って殺し尽くそうヨォ……!!』

 

 

 じゃぎん。

 

 

『……あ?』

 

 

 鬼の腕がぶっつりと切断された。

 地面に落ちると腕の形になっていた髪の毛はバラバラの状態になる。

 

 

『お、俺の(うで)がぁぁぁっ!?い、いい、一体誰が……っ!!』

 

 

 髪の毛で出来た目玉をギョロギョロと動かす。

 居た。

 自分の足元に小さな人影が、叩き潰したはずの風見幽香が、満身創痍のくせに満面の笑みで立っていた。鬼髪の視線に気づくと幽香は埃で汚れたくらいで壊れていない日傘の先端を向けた。

 

 

「昂ってきたぁ。うふふふふ──!!」

 

 

 骨が折れていたはずだが筋肉で無理やり腕を固めている。外れた関節ははめ直し、傷だらけだと言うのにそれを感じさせない。

 

 

『こ、こんのぉぉぉおっ!!』

 

 

 切り口から毛が伸びていく。

 鬼髪は無限に増毛できる能力がある。髪をいくら切られたところでダメージにはならないが、鋼鉄製の髪をこうも易々と断髪されるのはプライドが許せない。

 

 

増毛大拳(ぞうもうたいけん)ッッ!!猛者(もさ)潰しィィィッ!!』

 

 

 拳が更に大きくなる。圧倒的な質量の塊が頭上に落ちてくる。辺り一面に影が広がっていく。あれはもう拳ではなく、隕石だ。

 

 

「いい、いい…!良いィィィ……ッ!!」シュッ

 

 

 幽香は走る。

 早い。これはまるで韋駄天だ。

 ブーツだというのに光並みのスピードで走る。安定しない地面を走り、壁を走り、斜めに倒れた岩へと駆け、拳へと飛んだ。日傘に妖力が集約され、巨大な光の大剣となる。

 

 

「サイッッッ…コウッ…よ!!幻想『花鳥風月』ッッ!!」

 

『無駄なん / だよおおおおっ??』

 

 

 拳から腕、腕から顔面にかけての大切断。

 そのまま斬撃は空へと舞い、夜空にかかる雲も真っ二つに分かれた。

 

 

『ば、かなあ、ぁぁぁ……ッ!?!?だが、無駄だ。すぐにぃ…、再生してやるからなアァァァ…』

 

 

 鬼の形を形成していられずに崩れる。

 切断された箇所が焼け焦げ、再生しようにもなかなかにできない。だからか根本からグングンと伸びて元の形に戻ろうとする。そんな鬼髪に対する幽香の傘は未だに光を帯びている。

 

 

『再生してや──』

 

「恋符マスタースパーク」

 

『!!』

 

 

 

 ビュン・・・ッ。

 

 

 

『が、があ、ああああ………・・・ 』

 

 

 

 魔理沙のマスタースパークよりも3倍ほど太い極太のレーザーが鬼髪を焼いた。焦げ散る髪の毛がチリチリと音を立てて落ちる。10メートルほどの巨大な鬼が一瞬にして消え去り、恵奈と呼ばれていた女性はショートヘアーになっていた。

 

 元来、マスタースパークは風見幽香の技であった。強さに貪欲で真っ直ぐな魔理沙はその技に憧れた。そのため風見幽香に必死に頼み込むことで指導をしてもらい、魔理沙なりのマスタースパークを得られたというわけだ。

 

 

 

「はぁ〜〜〜っ、楽しかった!思い切り殴ったり、逆に骨を折られるなんて久しぶりっ!血湧くなー!興奮治んないっ」ニコニコ

 

 

 最近戦えなかったストレスを発散できたのか、かなりサッパリしていた。弾幕勝負や花を愛でることもストレス発散にはなるが、風見幽香という妖怪は本来は凶悪な戦闘狂。戦いの中で咲く一輪の花はこういう場でこそ輝くのだろう。

 

 

「ん?」

 

「う、ぅぅぅぅ……っ、あ、あれ、私は……、ガァッ!?頭が痛い。割れる。痛い痛い…」

 

「そりゃあ頭の皮膚が剥がれているんだから痛いでしょうね」

 

「あ、あなたは……ぐぅっ…」

 

「それで、ほぼ人間になっているけど、どうする?続ける?」ニチャア

 

「く、くそがぁ…。馬鹿にしやがってぇぇぇ……っ」

 

 

 立とうとするが足に力が入らない。

 鬼髪の方も髪の毛がうねうねと動いて、かなり弱っているようだ。再生や成長のスピードがかなり遅くなっている。強化や耐久面がかなり落ちている。

 

 

「あの人を、圭一さんを……、許さない…!」

 

「・・・」

 

「私を裏切ったあの人を忘れない!!頭の中にあるのはそれだけなんだよォォォ…、私の中にあるのはその気持ちだけなんだよぉぉぉ……!!」

 

「さっきから思ってたけど……。可哀想」

 

「うるせえええっ!」

 

 

 

 

 父も母も火事で死んだ。

 一人ぼっちだった。

 

 遺産だけ残った。

 けどそんなものよりも家族に帰ってきて欲しかった。

 

 孤独が辛かった。

 そんな私を心配してくれた。

 

 好きと言ってくれた。

 両思いだった。

 子どもだってできたのに。

 

 なのに。

 なのになのに。

 

 知らない女と寝てた。私を裏切った。殴られた。蹴られた。遺産も取られた。

 

 許せない、許せない許せない。ユルサナイ・・・!!

 

 殺した。殺せた。

 

 

 でも尽きない。この思いは尽きない。

 

 

 

 

 

「可哀想?同情なんか安いマネしやがって。そんなんで私の気持ちが晴れるわけねえだろ!!」

 

「同情?・・・ふん。勘違いさせたなら悪いけど、見ず知らずのあなたにするわけないでしょ。私が可哀想って言ったのは……貴女の中の花に言っているのよ」

 

「は、花・・・?何を言って・・・」

 

「私ね、人の心の中にも咲いていると思っているの。その花の名は人生っていうんだけどね。それは環境、条件次第で簡単に枯れたり、病気になったり、曲がったりしてしまう。そして今のあなたは……鬼髪(かこ)という虫に食われ続けている花よ」

 

「・・・過去」

 

「前を向こうと、成長しようとしているのに食われ続けているから、一向に育たない。寧ろ悪くなっている」

 

 

 幽香はしゃがみ込み、恵奈に手を差し伸べる。

 互いに目を合わせたまま、そして動かない。

 

 

「私が……、私が咲けるわけないでしょう」

 

「咲けるわ。咲けない花なんてない。本人が咲こうとしない限りわね。貴方の場合は、虫を取り除きなさい。もう死んでいる相手に憎しみ続けても無駄なの。過去は過去。今を見なさい」

 

「いま…?」

 

「ええ、今よ。どうせ復讐すべき相手は殺してんでしょ。なら関係ない他人を恨んだところで何も変わらない。そりゃあ幾ら男を殺しても満ちないわけよ」

 

「・・・っ」

 

「今、あなたに残っているのは何かを思い出しなさい。()()()()()思い切り自分の花を咲かせなさい」

 

「そんなの、いるわけ……」

(イナイ。オマエ、ニ、イナイ…。オモイダセ……、アイツニヤラレタ仕打チ……!!)

 

 

 虫が、鬼髪が頭の中に語りかける。

 幽香に倒されたが死んではいない。恨みや憎しみでまた復活できる。その諦めない執着が頭の中に・・・。

 

 

「そう、そうよね。私にはいない。私にいるわけが・・・」

 

 

 過去を振り返り、憎しみを復活させようとしている最中、恵奈の脳裏に我が子の顔が浮かんだ。

 全てを失った自分に唯一残った希望。殺意に囚われかけた時、僅かに残った心を振り絞って、施設に預けたのだ。なんで私はこんな大切なことを忘れていたんだろう。

 

 

「いるわけが……」

(ヤメ、ヤメロ、オモイダスナッ。オレガキエ……!!)

 

「嗚呼、いる。私にはあの子がいる。あの子が…!!」

 

(ヤメ──)プツン

 

 

 鬼髪は完全に消滅した。彼女の中の負のエネルギーがゼロとなったから。恵奈は満面の笑みで幽香の手を取った。

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 恵奈の肉体は消滅していき、骨となった。そのまま骨は地面へと転がり、消えていなくなっていた。妖怪と一心同体になった彼女は長い時間を生き続けた。肉体はとっくに寿命を迎えていたのだろう。

 

 鬼髪。彼女の憎しみから生まれ、その憎しみを永遠に心に巻きつけて、彼女を復讐魔へと変えさせた。

 

 だが解放された彼女は、きっと今、あっちで息子に会えているかもしれない。

 

 

 

 

「・・・えー。お礼を言われなくてもいいのに。私はただ吹っ切れた貴女と闘り合いたかっただけなんだけどな」ガッカリ

 

 

「まぁ、でも」

 

 

「綺麗な花が咲けて、良かったわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼髪vs.風見幽香。

 

 風見幽香の勝利。

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました!

 4期も5期も鬼髪は髪の毛だけの妖怪だったので、今回もそうしました。幽香のあれは改心を促したり、優しさだったりを見せたわけではなく、鬼髪抜きで彼女と戦いたかっただけです。鬼髪とは十分に戦い、大した相手ではないと飽きてしまっていたので、恵奈を狙ったわけです。


 さて次は誰と戦うのか。お楽しみに。
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