ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

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こんにちは、狸狐です。

 お久しぶりです。
 新年度に向けて仕事が忙しくなっており、目が回っております。空いた時間に100文字ずつ書いたり、時間ある時にがっつり書くなどしていて、こんなにかかってしまいました。申し訳ない…。








決められない男

 

 幻想郷の昼は、どこまでも穏やかで心地よい。

 空は雲一つない青空が広がり、柔らかな風が里を吹き抜けていく。

 市場は活気に満ち、人々の笑い声や商人の威勢のいい掛け声が飛び交っていた。

 

 そんな中、ネズミのように地面を這っている男がいた——。

 

 

「ひひっ、儲けた儲けた」

 

 

 人々が何をしているんだと、話はかけずに、ただ冷ややかな視線を送っているがどこ吹く風。気にすることなく彼は笑い、そして手のひらいっぱいに土だらけの小銭を広げていた。

 

 

「小銭がよぉく落ちてるぜ。足元にお宝があるっていうのに気にしないとは随分と呑気なもんだ」

 

 

 手のひらの上の宝物たちを一枚一枚、丁寧に丁寧に数えて、脳内のそろばんをパチパチと叩く。あっという間に合計金額を計算し終えた。

 

 

「全部で707円ってところだナ。さぁて、昼飯は何にすっかなァっと」

 

 

 里を練り歩き、二つの店の前で立ち止まる。

 一方は湯気を立てる蕎麦屋、もう一方は香ばしい焼き鳥を売る屋台。握りしめたお金を使って、どれだけ腹を満たせるか勝負の時。焼き鳥屋の前に立ち、店の看板に貼られたメニューを見る。

 

 

「・・・焼き鳥と生ビールのちょい飲みセットが600円」ゴクリ

 

 

 生ビールと焼き鳥。さぞ美味いだろうなと生唾を飲む。すぐにでもお店に飛び込んで頼みたい気持ちをグッと抑えて、隣の蕎麦屋のメニューを見た。

 

 

「ゲゲゲェッ!蕎麦とミニ親子丼のセットが700円だってぇっ!?き、決まりだ!酒は飲みたいけど我慢だ、我慢っ!今は腹をパンパンにしてやる!……足りなかったらその時は食い逃げでもして。キキキキ」

 

 

 ガララと戸を開け、店内を見渡す。

 お昼時だったのでかなり賑わっている。そりゃあ蕎麦と丼が食えるセットが700円なら、腹を空かした労働者たちにとってここはオアシスだろう。ガツガツと食えて、サッと仕事に行けるのだから。

 

 

「らっしゃい!ラッキーだね、兄ちゃん。カウンターが一席空いてるよ!」

 

「ういー。へへっ、待たずに食えるぜ」

 

 

 カウンター席にドカッと座ると「蕎麦と親子丼セットね!」とすぐに言った。店主は「あいよ!」と、さっと答えるとすぐに鍋を振るった。

 

 

「早く来ないかなぁ〜、どぅふふ」

 

「えぇと、うんとォ……」ブツブツ

 

「ん?」

 

「かき揚げ蕎麦も良いんだけどなぁっ、たぬき蕎麦もいいし、米もいいよなぁ。もぉおお〜〜っ、何でこんなにメニューがあるんだよっ」ブツブツ

 

 

 自分よりも前に座っている男がメニューを見ながら、何やら文句を言っている。額に汗を浮かべて、かなり焦っているようだった。

 

 

「お客さん、いい加減決めてくれないかなァッ!もうそこに座ってから3時間も経つんだからさ!」

 

「だから待ってくれよ!こんなに品数があるそっちが悪いってのにぃ!」

 

「ふざけんなよ!くっそ忙しいってのに水ばっかり飲みやがって!そんなに決められないってなら決めなくて良いよ。出てってくれよ!」

 

「なんだと!客に向かって!」

 

 

 喧嘩が始まる。

 座っていた男は立ち上がり、料理をしていた店主は手をとめた。お互いに拳を構えて睨み合っている。

 

 

「まーまーまーまー」

 

 

 そんな2人の間にねずみ男が入った。

 彼は髭をちょいちょいと動かして、2人を諭すように言った。

 

 

「喧嘩はよせ、腹が減るだけだ」

 

「「!」」

 

「つまんないことで争うな、2人とも。こんなの頭使えば簡単に解決する問題だ。店主さんよ、とりあえず“かき揚げ蕎麦”と“天丼”、たぬき蕎麦にカツ丼もくれ。それをこのお客さんに出してやんなよ」

 

「あ、ああ」

 

「ちょっ、おい待て。何勝手に決めてんだよ!」

 

「どうせお前みたいな奴はあと何時間経っても決められねえよ。とりあえず美味そうなの四つくらい頼んだから、全部食っちまえ。それなら選ぶ必要はない」

 

「う、うぐ、確かに、分かった…」

 

「残したら俺が食ってやっからさ。な?」

 

 

 頷く男。

 その陰でねずみ男はほくそ笑む。

 

 

(ラッキー。正直、絶対に食い足りねえと思ってたんだよ。どうせ食い切れるわけねえし。残ったやつを食ってやろう〜っと)

 

 

 その後、ねずみ男の分が届き、あっという間に平らげた。もちろん全然腹は膨れていない。そして隣の彼の分もすぐに四つ届いた。予想通りにかき揚げ蕎麦を食べ終えると“もう入らない”と言わんばかりに苦しそうな顔をしているので全部食べてあげた。

 

 

「ふぃ〜食った食った。悪いな、奢ってもらって」

 

「いいや、こちらこそ喧嘩を止めてくれてありがとう。あの時はイライラしてたから店主と怒鳴り合えたけど、僕は弱いんだ。喧嘩になってたら怪我じゃ済まなかったと思う」

 

「そう?なら良かったよ、へへへ」

 

 

 とても気前のいい男だ。そういえば服装や見た目もかなり良いものを身につけている。かなりの金持ちなのかもしれない。髭がビビビと動くのを感じた。男はねずみ男の隣でいつの間にかしゃがんでいた。

 

 

「あぁ、それにしてもなんで僕ってこうなんだろうなぁ」

 

「飯食った後に辛気臭い顔するなんて、悩みかい?ここでせっかく出会えたんだ。俺なら聞くぜ。ええと……?」

 

「・・・」

 

 

 男はねずみ男の笑顔を見る。

 にっこりと笑う彼の顔を見て、ぽろっとこぼれた。

 

 

曖村(あいむら)…。僕は曖村」

 

「俺はビビビのねずみ男ってんだ。それで教えてくれるかい、曖村の兄さんよ」

 

「実は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は決められないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 子どもの頃から何も決められない。

 

 勉強の時は、どの鉛筆を使おうか悩むことから始まる。例えば、この鉛筆を使った時に芯が折れたら、なんで悩んでしまうから決められない。だから文具をまず一つにした。

 

 遊ぶ時はさらに酷かった。誰と遊ぶのか、何して遊ぶのか、僕じゃあ決められない。だから常に親に居てもらった。初めは親がいても皆んな気にしなかったが、年齢とともにいつまでも親といる僕からみんな離れて行った。

 

 

 大人になってもこれは治らない。むしろ酷くなったと思う。

 

 

 果物を買おうとして、リンゴと梨のどちらにしようか迷う。

 どっちも美味しそうで、どっちを選んでも後悔しそうで、結局、何も買わずに帰ることもある。

 

 食べ物だけじゃない。

 仕事を頼まれたときも、ちょっとした選択を迫られるたびに、心が縮こまる。「間違えたらどうしよう」 という思いが、僕をがんじがらめにする。だからすぐに勤めてもクビにされてしまう。

 

 彼女ができたことがあるが、この性格のせいで1週間は持たない。主体性がないとフラれて終わるんだ。

 

 

 選ぶことが、決めることが、──『怖い』

 

 

 もし間違えたら?

 もしもっといい選択肢があったら?

 もし誰かに「そんなのも決められないのか」って笑われたら?

 

 考えれば考えるほど、足がすくむ。

 そして、いつの間にか——誰かが決めてくれるのを待つ。

 

 

 誰かに決めてもらったほうが楽だから。

 

 

 

「お使いもできない、仕事もない……。だから家に閉じ篭もるようになって、でも…、でもなんとかしたくてっ」

 

「だから今回外に出たんだな」

 

「あの蕎麦屋に入るのも、お店の前で2時間も入ろうか悩んでいる僕を見兼ねて店主が呼んでくれたから入れたんだ。で、でもやっぱり僕には無理だ。決められないんだ……っ!!」

 

 

 涙が出る。悔しい、情けない。でも自分には何もできない。決められない。そんなことで、と笑われるかもしれないがそうなんだから言い返せない。誰も分かってくれないんだ。

 

 

「・・・っ」

 

 

 

 ぽんっ

 

 

 

「!」

 

 

 泣く曖村の肩を優しく叩いた。顔を上げると、ねずみ男は全く笑っておらず、むしろ本当に心配そうな顔をしているのだった。

 

 

「辛かったろうなぁ…」

 

「ねずみ男、さん…」

 

「俺の予想だが、それは・・・“妖怪”の仕業だ」

 

「妖怪──!?」

 

 

 ねずみ男はボロボロの紙切れを取り出し、渡した。

 かなり臭うソレには・・・

 

 

「『怪奇事件なんでもござれ…?』…こ、これは?」

 

「俺の仕事はな、怪奇事件専門の妖怪弁護士、ビビビのねずみ男様ってんだ!その異常な優柔不断さ、明らかに妖怪【どっちつかず】の仕業だ」

 

「ほ、本当!?」

 

「少し高いが、俺なら祓えるぜ」

 

 

 ねずみ男は手を差し伸べた。

 曖村は縋るように、その手を握りしめる。

 

 

「た、頼みます!!この優柔不断が治るなら幾らでも出します!親は呉服を営んでいて、金はある方なんです!」

 

「分かった。俺の仕事は先払い制だから、それじゃあ、とりあえず30万持ってきな」

 

「さ、30万…っ!?」

 

「友達料金として本当は100万のところを半額以上まけてやるからな。ほら、親に頼んで金持ってこい。そして生まれ変わったお前を見せつけてやるんだ」

 

「す、すぐに!」

 

 

 急いで取りに行く。

 ねずみ男はその背中を見て、下衆な笑みを浮かべる。

 

 

「毎度〜〜。うひひひひひひ」

 

 

 そう。

 彼に助ける気持ちはない。

 

 

「金持ちの引きこもりってのは常識がなくて笑えるぜ。知らねえやつから金を寄越せなんて言われても間に受けるなってんだよ」

 

 

 鼻くそをほじりながら笑う。

 

 

「まぁ、これも社会勉強ってことで。うひひ、儲け儲け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里の人気のない場所に曖村は走っていた。

 

 

「はぁっ、はぁっ……!お金、持ってきました」

 

 

 30万という大金を握り締めて、走ってきた曖村。ねずみ男は、というと、先程とは違い、白装束を身につけており、どこか神々しさも感じる。

 

 

「よっし」

 

 

 ねずみ男は札束を受け取ると枚数を数える。

 ぴったりあることを確認すると、すぐに服の中にしまう。

 

 

「ピッタリ〜♪じゃあさっそくお祓いを始めようか。ほれ、そこに座ってくれ。あと上脱いでおけな」

 

 

 ねずみ男はそう言うと、曖村は全てに従う。

 その間に大きい壺を持ってきた。中には土色で、どろりとした液体が入っているのだった。

 

 

「それは?」

 

 

 ねずみ男はそれを掬って、見せる。

 

 

「これはな神聖な地から取れた土を、聖水で混ぜた、魔除けの泥!どっちつかずっていう妖怪はな、これが大嫌いなんだよ。これを背中に塗って魔除けの呪文を唱えれば、お祓い完了さ」

 

「は、はい…」

 

 

 上裸になった曖村の背中に、さっそく泥を塗りつける。その冷たさと気持ち悪さで一気に鳥肌が立つ。そりゃあそうだ。これは神聖なものなんかじゃない。ただの泥。そこら辺の土を掘り、壺の中で川の水と混ぜて作っただけなのだ。

 

 

「う、うぅっ」

 

「気持ち悪いか?それは妖怪が嫌がっている証拠だ。我慢しろよ」

 

 

 べちょ…っ、ぐちょっ

 背中はもう泥だらけ。ねずみ男は更に蝋燭を取り出して、曖村の背中に乗せて火をつける。

 

 

「ハァ〜ッ!チョンチョロチョーンのチノチノペ〜!あっぱらぱぁ〜のほっほっほーい!」

 

「う、うぅっ」

 

「とんとことーんのすーあんこー。だ〜〜いさんげ〜ん〜!ぽん!ろん!ちー!!」

 

 

 何やら訳のわからない言葉を叫んでいる。

 

 

「・・・最後にぺっ、ぺっ、ぺーっ!」

 

「うわっ!?」

 

「儀式中に動くでないぞ。はぁ……これで終了。あとはもう家に帰って眠るんだな」

 

「ど、泥はどうしたら!」

 

「近くの川で洗ってこいよ」

 

 

 曖村はすぐに近くの川で泥を洗い、さっきまでいた場所に戻る。しかしもうどこにも彼の姿はなかった。

 

 

「ねずみ男さーん!!……あれ、帰っちゃったのかな。はぁ、いいや。僕も帰ろ」

 

 

 とりあえずこのままだと寒い。

 服を着る。

 

 

「いた…っ、ん?」

 

 

 肩にズキリと痛みが走る。

 手を伸ばし触れてみると、どうやら泥を塗られたときか、洗い流した時に切ってしまったのか、軽く出血していた。

 

 

「・・・早く帰ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イヒ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーーーん」

 

 

 朝日が差し込み、目が覚める。

 不思議と頭がスッキリしていた。

 

 

「ねずみ男さんの言う通りだった。なんか、今日…決められる気がするぞ」

 

 

 自信が湧いてきた。

 本当に決められる気がする。なんでも選べる。やってやろうと立ち上がった。そして再びお昼頃に家を出るのだった。

 

 

「・・・きた!」

 

 

 その時が来た。

 腹は空いている。そして目の前にはあの時と同じ蕎麦屋と焼き鳥屋だ。どちらからも良い匂いが立ち込めている。

 

 

「よ、よし…っ、き、決めたぞ」

 

 

 曖村は右に向かう。

 

 

「きょ、今日は焼き鳥屋に…」

 

 

 店に入ろうと戸に手を伸ばした瞬間、体が固まった。不安が、迷いが、心の中にやってきた。その選択でいいのかと語りかけてくる。

 

 

(で、でも良いのか?蕎麦屋は前行ったから、今日は焼き鳥にしようと思ったけど、酒が飲めない僕が焼き鳥屋に行って楽しめるのか?そもそも腹は満たせるのか?蕎麦のほうがいいんじゃないか?蕎麦なら確実に腹を満たせる、いや、でもこの前店主と喧嘩しかけたばかりだし、行ったら嫌な顔をされるんじゃ……)

 

 

 頭の中がぐるぐるしてくる。

 決まらない。

 まとまらない。

 ねずみ男さんにお祓いしてもらったばかりなのにまた迷ってきた。意味がないじゃないか。ふざけるな。

 

 

「おい、そこにいると邪魔なんだよ!」

 

「はっ!」

 

 

 いつの間にか自分の後ろには男二人組が立っていた。

 曖村のせいで店に入れない。

 店に入ろうか悩んでいる時に後ろから急かされ、段々と余裕がなくなる。イライラしてくる。

 

 

「ま、待ってくれ!今入ろうか考えているんだ!焦らさないでくれ!!」

 

「なんだとォ?そんなのどいて考えればいいだろうが!」

 

「だから焦らせるなってば!!」

 

 

 焦らせるな。頭の中がぐちゃぐちゃになる───

 

 

『入れ』

 

「・・・え?」

 

 

 後ろの男の声じゃない。

 誰だ、どこだ。

 この声は一体。

 

 

『いいから入れ』

 

「!」

 

 

 ガララと戸を開けた。

 後ろから男たちが押してくるのでもう出ていけない。流れに流されてカウンター席に座っていた。

 

 

「お客さん、何にします?とりあえず生でいいですか」

 

「え、えっと」

 

 

 すぐにお品書きを見る。

 串だけでも10種類、飲み物はその倍以上だ。居酒屋なのに酒を頼まなかったら変な目で見られるのではないか、かと言って無理してお酒を飲んで倒れたりしたら迷惑になってしまう。

 

 

「えと、えーと、その……!!」

 

「?」

 

『いや、酒は飲めねえ。お茶をくれ。麦茶だ』

 

「あいよ」

 

「・・・へ?」

 

 

 なんだ。

 何がどうして。

 どこからか声が聞こえてきて、僕の代わりにお茶を頼んでくれた。僕の代わりに色々決めてくれた。

 

 

「だ、誰が…!?」

 

「へい、麦茶。それとお通し」

 

「あ、あの!」

 

「お決まりですか?」

 

「いや、ち、違くてっ、このお茶って僕が頼みましたか!?」

 

「・・・そうですけど。お酒飲めないからお茶をくれ、とおっしゃいましたが。……もしかして我々を揶揄ってます?」

 

「い、いえ!ごめんなさいっ、確認したかっただけですっ!」

 

 

 ふんと店主は串を焼き始めた。

 曖村はお品書きで顔を隠し、見えないようにした。どうやら誰かが僕のフリをして頼んでくれているのか?そんな不思議なことがあり得るのか。そう思い始める。

 

 

(幻聴?気疲れのせい?頭が痛いっ、怖いっ)

 

『落ち着けよ、相棒』ボソッ

 

「!?」ビクッ

 

 

 どこだ。

 どこから声がするんだ。辺りを見渡すが怪しいのは誰もいない。むしろ1人でキョロキョロしたり、ビクビクしたりする自分の方が怪しい。すぐに正面を向き直す。

 

 

『落ち着けってば。俺はお前だ。もう1人のお前なんだよ』

 

「な、何言って」ボソ

 

『選択は俺に任せておけ。悪いようにはしねえよ。それに俺はお前なんだから自分で選んだことになる。今日の外出の目的は果たせただろ?』

 

「ふざけるな…っ、僕は自分で決めてなんか──」

 

 

 トントン。

 お品書きを指でトントンと叩く音。見れば店主がムッとした顔でこちらを見ている。

 

 

「お茶だけで粘られても困るんだよ。串を頼んでくれねえとさ」

 

「あ、あ、はい!」

 

(幻聴の件は放っておいて、と、とにかく注文しよう。え、えと、だめだ。決まらないっ)

 

『もも、皮、軟骨、レバーを焼いてくれ』

 

「あいよ」

 

「ひいっ」

 

 

 まただ。

 また僕の代わりに決めてくれた。それも気になっていたやつをピンポイントに。心を読まない限り、そんなこと分からないっていうのに。

 

 

(もしかして昨日のお祓いのせいで…っ、どうしようっ、僕の中にもう1人の僕が……あぅうっ)

 

「へい、お待たせしました」

 

「ひっ、あ、はいぃ!いただきます、あむ、……むぐん、ごちそうさまでした!お勘定お願いします!」

 

「えっ、あ、あいよー」

 

 

 入店してからわずか15分で退席。

 金を払ってからすぐに撤退する。そして我が家の我が部屋へ逃げるように帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ。なんなんだ、本当に。一体誰が…」

 

『誰が?何度も言わせるなよ、俺はお前だ。もう1人のお前なんだよ』

 

 

 ずきんっ

 謎の声が昨日できた肩の傷に響く。痛い、傷が痛い。そっと傷口に手を伸ばした。

 

 

「──っ!?」

 

 

 柔らかい皮膚の感触はない。ぶつけたのか、腫れているのか、ボコっと皮膚が盛り上がり、全体的にゴツゴツと石のように固く、時折りぬめっと濡れた感触もした。何かある、と確信して服を脱ぐ。そして鏡に映る自分の姿を見て、曖村はひっくり返った。

 

 

「あ、ああ、あああーーーっ!!!!」

 

『何驚いているんだよ。相棒』

 

 

 自分の肩に、人間の顔が出来ているではないか。

 おぞましい。

 昨日できた傷が膨れ上がり、肩の肉に人の顔が浮かび上がっていた。しかも単に“人の顔に見える”のではなく、本当に人の顔がついているのだ。目も鼻も口もある。それらは自分の意思とは関係なくピクピクと動いていた。

 

 

「ぎゃあああーーーっ!?なんなんだよ、これはぁーーっ!」

 

『おいおい、落ち着けよ。会話できねえだろうが』

 

 

 焦る曖村に対して、顔は冷静だった。

 そして恐怖で慌てている曖村の姿を見て、滑稽そうにニタニタと笑っていた。

 

 

「ひぃっ、ひぃっ、誰か取ってぇ……っ、誰かぁぁぁ…、お母さぁぁぁん…っ」

 

 

 あまりの気味の悪さに涙を流す。

 顔はその情けない姿にため息をついてから言った。

 

 

『なんて情けねえんだよ、相棒。今日は俺のおかげで初めて外食できたんだぜ?怖がるんじゃなくて、感謝してくれよ』

 

「うぅ…っ」ガタガタ

 

『いいか?俺はお前の体から生まれた()()1()()()()()だ。優柔不断なお前の陰に隠れていた“即断即決の人格”だ。あまりにもお前が不甲斐ないからたまらず出てきたのさ』

 

「・・・ほんとう?悪い妖怪じゃないのか?」

 

『当たり前だっての!』

 

 

 敵意がないこと、明るく話しかけてくる姿に警戒を解く。涙も次第に止まり、落ち着いてきた。

 

 

『誰しもが腹ん中にもう1人の自分を持っているもんだ。たまたま俺が出てきただけ。他のやつらの中にもいるんだから、何もおかしいことはない』

 

「そ、そう、いうものなのか」

 

『これからよろしく頼むぜ、相棒。()()()()()()()()()()()()は俺に頼れよ。──何があっても、な』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議なことが起きた。

 しかし。

 そこから僕の人生は変わった・・・!!

 

 

 例えば──

 

 

 

「ずっと親に頼っているのが申し訳ない。仕事をしたいけど、何をしたらいいか」

 

『簡単だ。肉体労働にしろ。家から出ないから筋肉もないし、肌が白くて弱く見える。体を変えつつ、金も稼げる。善は急げだ!』

 

「よし、分かった!」

 

 

 

 働けるようになった。

 軽蔑するように見ていた両親が、自分に感謝をしているのを見て、心が不思議とくすぐったくなった。

 

 

 

「ねぇ、こっちとこっち、どっちが私に似合うと思う?」

 

「え!?え、えーと……」

『正直どっちでも似合うけど、敢えて言うならその翡翠色の方かな。美人な君の雰囲気とよく合うよ』

 

「やめてよー!こんな所でー!店員さんが見てるー!」キャッ

 

『ごめん!でも君が素晴らしいのは否定できないから』

 

「もー!……それにしても曖村くん本当に変わったよね。別の人と喋ってるみたい」

 

『・・・なんで?』

 

「前はオドオドしてて、優柔不断で、デートに行っても私が全部決めてたけど、今は私をリードしてくれて……。とっても素敵」

 

「あ──」

『ありがとう。君のためにもっと早く変われば良かったよ』

 

 

 身体も小麦色になり、筋肉もついた。健康体となり自信がついて外にたくさん出られるようになった。そこで別れた彼女に再会して、なんと復縁することができた。

 

 

 

 

「「『「かんぱーい!!」』」」

 

「んっ、んっ、ぷはーーーっ!うめえ!」

 

『サイコーだな!ははっ!』

 

「にしても、曖村って明るいやつだったんだな。知らなかったわ」

 

「それな。ガキの頃は1人でいるのが多かったから知らなかったけど、話してみると楽しいわ」

 

『俺もさ、もっと早く喋っておけば良かったよ』

 

 

 

 友達もできた。

 ずっと避けられてきたけど、違う。自分が避けていただけなんだ。優柔不断な自分を見て、嫌われてしまうのではないかと怖がっていたんだ。友達と話すのって楽しいな。

 

 

 

(あれ?)

 

(楽しい?嬉しい?……あれ?それって誰の感情だ?僕が喋っているわけじゃない。もう1人の自分の言葉に合わせて、体を動かしているだけで…。まるで人形じゃないか。それって本当に僕なのか?僕の人生なのか?)

 

 

 

 

 

 その日の夜

 

 

『なぁ』

 

「!」ビクッ

 

『楽しいな、この世は』

 

「え」

 

『ずっと内側にいたから、お前が羨ましかったんだ。外に出て、誰かと関わり合えるなんて楽しいんだよ』

 

「そ、そうかな。決めることや嫌なことが多いし、僕はあんまりそう思ったことないや……」

 

『なら──』

 

 

 傷はにっこりと笑って言った。

 

 

()()()()()()()()()、お前の人生』

 

「・・・え、何言って」

 

『なんてな!冗談だよ、冗談!ははは!!』

 

「だ、だよね。は、はは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ……?)

 

 足が、勝手に動く。

 腕が、意識しないまま伸びる。

 喉が、僕の意思とは関係なく言葉を紡ぐ。

 

 

『ははっ、ようやくお目覚めか?』

 

 

 耳元で、不気味な声が響く。

 いや、耳元じゃない——これは、僕の身体に張り付いた”もう一つの顔”の声だった。

 

 

『もう遅い。お前はもう、何も決められない。ただ俺の言うとおりに動くだけさ』

 

 

 そう言ったのは、人面瘡。

 ずっと僕の選択を代わりにしてくれた、便利な存在。

 でも、気づいたときには、僕の全てを支配していた。

 

 

「や……めろ……!」

 

 

 抵抗しようとする。

 でも、僕の体は僕の声を無視して歩き出した。違う、こんなの、僕じゃない。この歩き方も、背筋の伸ばし方も、指先の動きさえも——

 

 

『ああ、やっと自由に動ける……!』

 

 

 まるで新しい服を試すみたいに、僕の体が僕を嘲笑う。

 

 

『さて、そろそろ”お前”はいらないな』

 

 

 意識が、霧の向こうへと薄れていく。

 まるで、自分が自分であることを否定されていくように——

 

 ダメだ、ダメだダメだダメだ!

 僕は僕だ、僕でいるんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はっ!!」

 

 

 布団から飛び跳ねる。

 

 

「ゆ、夢…?」

 

 

 汗でびちょびちょ。

 肩の傷はイビキをかいている。

 

 

「だ、だめだ。このままじゃ…ダメだっ!!」

 

『ふわぁ〜。ん?おい、どうした!?』

 

 

 傷口の言葉を無視して、走り出した。

 誰か、誰か助けて──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けっ!けっ!なんで俺がこんな目に…」ブツブツ

 

 

 とある日。

 ねずみ男は財布の中を覗きながら、ボヤいていた。騙し取った金でパンパンになった財布はもうすっからかん。一円玉だって入ってはいない。

 

 

「ふー!久しぶりに食べたー!もうお腹いっぱいよ」

 

「へぇ、そりゃあ良かったでござんすね」

 

 

 ねずみ男の隣を霊夢が歩いていた。

 霊夢は満足そうにお腹をさすっている。

 

 

「カツなんていつぶりかしら。やっぱりお肉っていいわね。力が漲って生きてるって感じするわ」

 

「それでも限度があるだろう!?あんなに食うなんて!見ろ、俺っちの財布!軽くなったから風が吹いたら飛んで行っちまうぞ、この野郎」

 

「うっさいわね、男のくせに。大体ね、アンタが大金持ってるのはおかしいでしょうが。どうせインチキでもしたんでしょう」

 

「それがなんだって言うんだよ!」

 

「別に私は正義の味方じゃあないから、持ち主に返せとは今回は言わないわ。でも悪銭身につかずって言うからね。アンタだって黙ってて欲しいんでしょ?なら、文句を言わずに私に使いなさい」

 

「なんてやつだ…!まるで悪魔だ!血も涙もねえ…っ!」

 

 

 そんな2人の前に、とある男が立ち塞がる。

 

 

「・・・何?」

 

(げっ、こいつ…。あの時の……)ソソッ

 

 

 ねずみ男は霊夢の影に隠れ、顔を隠す。

 そう。霊夢が呼び止めた男こそ、ねずみ男が金を騙し取った人物“曖村”であった。バレてはいけないと気配を消す。

 

 

「た、助け……」

 

 

 曖村の瞳に涙が浮かぶ。

 

 

「助けてください!」

 

「え?急に何を──」

 

「僕の体に妖怪が!!」

 

「妖怪?……確かに微かな妖気は感じる」

 

 

 助けを求めた直後、曖村の脳内に言葉が響く。

 

 

【様子がおかしいと思ったが、お前、俺から離れる気か?なあっ、相棒!!】

 

「ぎゃああッ!!」

 

 

 曖村は悲鳴を上げた。肩が締め付けられるような、ちぎられてしまうような激痛が走る。その様子を見て、霊夢は冷静に言った。

 

 

「ねずみ男、この子を取り押さえたまま博麗神社に連れてきて」

 

 

 隠れていたねずみ男は飛び跳ねる。

 

 

「へ、へい!ほら、来い!」

 

「ぐう、うぅっ、貴方は…っ、あの時の…っ!?」

 

「ねずみ男、知り合い?」

 

「ま、まさか…。そんな訳ないでしょう、へへへ。──この野郎!よりにもよって俺を知り合いと語りやがって!霊夢ちゃん!人の同情を引こうとするってことはかなり悪い妖怪が取り憑いているみたいだぞ!」

 

「・・・」ジトー

 

「そんな目で見ない!さぁて、人助け!急げ、急げっと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じっとしてなさいよ」

 

「・・・っ」

 

 

 博麗神社内で曖村は霊夢に服を脱がされていた。もちろん上だけだ。上裸になった曖村の肩には傷があった。その傷口はボコッと硬く盛り上がり、その部分だけが黒くなっている。そして傷は顔のような形にもなっており霊夢を睨みつけていた。

 

 

「こりゃあ…」

 

「“人面瘡(じんめんそう)”ね」

 

 

 

 

 

 

 

 人面瘡

 これは有名な妖怪病の一種である。体の一部などに付いた傷が膿んだり、細菌や妖虫が入ったりする、または傷口に人の念などが入ることで、その傷口に人の顔のようなものができるものである。傷口が人面のようになるのはありきたりだが、なんとこの人面瘡とは言葉を話したり、物を食べたりもできるのだ。

 

 

 この妖怪が出来ても、痛いだけ。しかし最悪のケースがあり、人面瘡と本人が入れ替わってしまうというものだ。滅多にはないが。

 

 

 原因にはっきりしたものはなく、江戸時代には人面瘡に薬を飲ませるとハリガネムシのようなものがでてきた…とか、男が女を裏切った際に、その女の怨念が傷口に宿り、人面瘡になった……等色々な話がある。

 

 

 

 

 

 

「ちぇっ、もっと未知で怪奇的なのを期待していたんだけどナァ。人面瘡とか有名すぎてつまんねえーの」

 

「でも有名だからこそ対処も知られているわ。薬を飲ませるか、切るかよ」

 

「ならさっさと切り離してやろうぜ。薬とかだと面倒だからな」

 

「いや、そう簡単じゃないの。切っても薬を飲ませても人面瘡はまた出る。永久に除去するためには一個だけ本人がやらなければならないことがあるのよ…」

 

 

 霊夢は気だるげな口調ではあったけど、その目は真剣だった。霊夢は人面瘡が張り付いた僕の肩をちらりと見る。そいつは何も言わない。ただ、じっと僕に貼り付いたままだ。

 

 

「心から切り離したいって思わないと、取れない……」

 

 

 ねずみ男はそれを聞いて笑う。

 

 

「なんだよ、簡単じゃねえか。誰だって気持ち悪いデキモノができたら取りてえって思うじゃねえか。なあ?」

 

「・・・」

 

「お、おい?」

 

 

 曖村は固まる。

 人面瘡(こいつ)がいない人生を考えていた。自分で好きなように生きて、いつも通りの人生を歩めるんだ。

 

 そう、いつも通り…。

 

 

「いつもの僕…?」ガタガタ

 

 

 いつも通り。

 彼女から愛想尽かされて、親からは見放されて、友人からは距離を置かれて、何をするにも自分では決められない、いつも通りの人生。

 

 けど人面瘡が出来てからは家族、仕事、友人、恋人も順調になって……。あれ。皆んなが好きなのは、僕なのか?でもそれって僕の人生なのか?僕が決めていかなきゃいけないんじゃ。

 

 

「あ、ああ、どっちにしたら、どっちに……」

 

「おいおい。こりゃあダメだな。霊夢ちゃん、ビシッと決めてやれよ」

 

「ダメ。決めるのは本人にしか出来ない。自分で決めなきゃ助けられない」

 

 

 

 自分で決める?

 決められるのか?

 どうしたら、どうしたらいい?

 

 

【よく考えろ。俺のいない人生を。1人で決められるのか?また周りが愛想を尽かすぞ。みんなの求めているのはどっちだ?】

 

 

【おおっと悪い悪い。俺から離れたいんだったな。なら自分で決めろよ、なあ、なあっ!!】

 

 

 

 僕はずっと、自分で選ぶのが怖かった。

 間違えるのが怖かった。

 だから人面瘡に選ばせた。楽だった。楽すぎた。

 

 ——でも、こいつがいなくなったら?

 

 僕はまた、あの迷い続ける日々に戻るんじゃないか?

 毎回、選べなくて、足を止めて、後悔して……。

 

 

 

 

「僕は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 1週間後・・・。

 

 

 

 

 

「ねえ、どっちが似合う?赤い帯、黄色い帯?」

 

「そうだなあ。…可憐な君には黄色い帯かな」

 

「やっぱり!私もそう思ってた、ふふっ」

 

 

 熱々な2人の男女を、遠くから眺めるねずみ男。

 腕を組んで不思議そうに言った。

 

 

「初めて出来た決断が“他人に全て決めてもらう”とはなア……。確かに誰かに決めてもらうのって楽だけど……ありゃあねえよなあ」

 

 

 そう。

 曖村は結局、人面瘡を捨てることはできなかった。自分の人生を全て任せるという決断をしてしまったのだ。そして最後は入れ替わった。今、ねずみ男が見ている曖村は【元人面瘡】で、彼の肩の傷が【元曖村】だ。

 

 

「今まで通り優柔不断に生きるっていう人生もあったのに…」

 

「馬鹿なやつ」

 

「まぁ、あれこそ人間の本来のあり方なのかもしれねえな。“人生とは強いものに頼ること”!それを改めて教えてくれたね」

 

「ふん、馬鹿らしい。呆れて何も言えないわ」

 

「いやはや人間っていうのはやっぱり見てて退屈しねえな。キキキキキキ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆さんの中にも優柔不断な方はたくさんいるでしょう。

 そしていつも誰かに決めてもらってはいませんか?

 

 もし、その“誰か”がいなくなったら、あなたは生きていけますか?

 

 

 

 

 

 頼りすぎにはご注意を───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

 そろそろバトルに戻ろうか、いや、もう少しバトルから離れようか迷いますね。リクエストはいつも通り待ってます。

 今のところお二人から貰っていますが、いつどのタイミングで出すかはまだ未定。ごめんなさい。
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