ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

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こんにちはっす、狸狐です!!

 今回もじっくり書きました。
 楽しんでくれたら幸いです。

 後書きにネムノについて詳しく書いてあることがありますので、最後まで読んでくれたら嬉しいです。




















甘い話にご用心③

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

──遥か昔。まだ「ネムノ」という名前さえなかったころ。

 

 ある深い山の中の村に、幼い少女がいた。

 年は七つか八つ、まだ母の手を離れるには幼いはずなのだが彼女の母親は近くにはいなかった。代わりにボロボロの衣服を着た男たちと、皺だらけの気味の悪い婆がいた。男たちは少女に手を合わせ、老婆は木の実を潰して絵の具のような粘性のあるものを作っていた。

 

 

「めでたいのお」「ありがたいのお」「めでたいのお」「ありがたいのお」

 

「お…、おっかぁ…に会わせてけろ……」ガタガタ

 

「ならぬっ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

「お主は山神様に捧げる贄なのじゃ…。村人を救う希望なのじゃ。逃げることは許さぬぅぅぅぅ……!!」

 

 

 この村には古くからの儀式があった。

 豊作を祈るため、災厄を避けるため、若い娘を“山の神”に捧げること。それは「祭り」と呼ばれ、飾り立てた籠に()()()()()()()()()を乗せ、山の奥深くへ運ぶというものだ。

 

 

 

 

“山の神は、女神様じゃ。女神様の唯一の楽しみは女子を虐めること……。憂さ晴らしを送って、我々に怒りを向けさせないため”

 

 

 

 

 その年、村は干ばつに見舞われ、田畑は干上がり、人々は飢えにあえいだ。つまり村人の中から生贄を出さなければならないということを意味していた。

 

 

 やがて、静かに誰かの名前が呼ばれた。

 

 

「……◯◯」

 

 

 少女の名だった。

 

 

「喜べ。山の神様に選ばれたのはお前じゃ」

 

「──!な、何と光栄なことだべ。のぉ、○○……」

 

 

 老婆が言ったとき、隣にいた母の顔は笑っていた。

 これは名誉なことだ。

 そして絶望した。母親は自分よりも村のことが大切なのだと知ったから。泣いて叫んでも、逆に怒られた。

 

 そして今は捧げるために準備をさせられている。

 婆が言うには──“山の神は美しい女を嫌い、醜い女を好む”とのこと。だからこうやって醜くされているのだ。

 

 

 

「よし出来たべ。いいか、◯◯。丑三つ時になったら連れて行く。それまでは好きにしたらええ。……だがな、逃げたら分かってるな?お前の親が死ぬことなっからな?」

 

 

 

 老婆に忠告された後、少女は家に帰った。

 最後の時間は生きてきた家で過ごしたかった。

 

 そして、玄関に立った時、彼女は見てしまった。

 言葉とは裏腹に、泣き崩れた顔を、背を向けて隠した母の姿を。そう、母親は決して喜んでなんかいなかったのだ。だが掟には逆らえない。抵抗しても、逃げても、無駄だと分かっているから。

 

 泣いて送るよりも、笑顔で送ろうとしたのだろう。

 

 

「・・・はっ、○○っ。ど、どした?」

 

 

 少女に気づいて、涙を拭う。

 悟られないように気丈に振る舞う母を見て、少女は決めた。

 

 

「…うち、行くべ。おっかあ、今までありがとぉ……」

 

「◯◯……っ、あ、ああああ…っ!!」

 

 

 

 

 

 時は来た。男たちが籠を持ってやってきた。

 体は震えていたが、足取りは真っ直ぐだった。

 そして籠の中に入る。誰かのせいにするでもなく、神を呪うでもなく、ただ淡々と。

 

 もう覚悟を決めていた。

 

 山の奥、誰も知らない深い深い場所へ──。

 少女は、ひとり籠に乗せられ、置き去りにされた。

 

 星ひとつ見えない夜。

 霧に包まれた冷たい風が、頬を切るように吹いていた。

 

 

「おっかあ……」

 

 

 けれどその中で、少女は泣かなかった。

 母の涙を見ていたから。

 

 

「おっかあ。おっかあ…。…大好きだよ。だからどんだけ離れても、うちらは……」

 

 

 震えながら、小さな体を抱きしめるように丸くなる。

 寒さも、空腹も、恐怖も──全部、飲み込んで。

 

 

 醜い……醜い…

 

 

 やがて、山に棲む“なにか”が、彼女に手を伸ばした。

 

 

 もっと醜く…もっともっと醜く……

 

 女として生きてはいけないほどの怪力を…… 三歩下がれないほどの脚力を…… 守ってやりたくなるような愛らしさもないほどの肉体を…

 

 お前は女として誰からも愛されない…… この世の女は醜く生きろ… 生き続けろ……

 

 

 それが妖となる始まりだった。

 人の心を残したまま、山姥となった少女は、決して忘れなかった。母の手の温かさを。

 

──それが、「坂田ネムノ」という妖怪の始まりだった。

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

「・・・はっ!?」バクッバクッ

 

 

 ネムノは飛び起きる。

 どうやら少し気を失っていたようだ。

 

 

「く、そ…。何やってんだ……。クソが…。けど寝れたおかげで身体が動く……!!」

 

 

 身体の傷は完全には癒えていないが、不思議なことに傷口は塞がり出血は止まっていた。異常な速さで傷が治っていたのだ。ネムノは別に驚かない。なぜ傷の治りが早いのか原因は分かっているから。

 

 

(人間たちは言う。……山の神に呪われた存在“山姥”、と)

 

 

 

 

 

 

 

「呪いなんかじゃねえ。うちにとっては約束を守るための力だべさ。──待ってろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血の匂いが立ちこめる森の奥、追い詰められた子どもたちは小さく身を寄せ合い、肩を震わせていた。百目は、無数の目玉を揺らしながら、一歩ずつ近づいてくる。地を踏みしめるたびに、ぬちゃり、と粘ついた音が響いた。

 

 

『ぶるぅうううあああ……っ!逃がさなぁぁぁぁい…っ!!』

 

 

 百目の力の源は、目玉だ。

 それも若ければ若いほど力は高まっていく。百目の全身の目玉は十年くらい経つと劣化していき、それに比例して力も弱くなっていく。だからこそ人間の子どもの目が必要なのだ。

 

 

「ね、ネムノさんと戦っていたんじゃ・・・。ま、まさかっ、負けたのか……!?」

 

『目玉ぁぁぁ……っ、目ぇぇぇえ…っ!!』

 

(こ、このままガキを見捨てれば俺は助かる──。助かるけどッ……、もしあの山姥が来たら見捨てたことを責められて殺されるぅ…。けど百目に楯突いても殺されるぅぅぅぅ〜〜〜っ!!どうしたら、どうしたらァァァ───)

 

 

 ねずみ男は子どもたちをかばうように立ちはだかった。いつものふざけた笑みは消え、額に脂汗を浮かべながら、ぎこちなく腕を広げる。子どもたちはねずみ男の後ろでガタガタと震えていた。

 

 

「すっ、すばらしい〜〜!流石は百目先生っ!あんな山姥、敵じゃないですよね!!」

 

「おじさん…?」ウルウル

 

 

 立ち塞がったかと思うと、ねずみ男は手を擦り始めた。

 貼り付けた笑顔で百目に擦り寄る。

 

 

「でっ、でも、こんなか弱い子たちよりも博麗霊夢っていうめちゃくちゃ強い霊力を持つガキがいるんですよ!そいつの所に連れて行きますから、我々は見逃してくれませんかっ!こんな弱い子どもの目玉なんか手に入れても意味ないっすよ!ねっ、ねっ!」

 

『・・・』

 

「もちろんこの私がアイツを騙しますから!他にも霧雨魔理沙とか、吸血鬼の姉妹とか強いガキっていうのはわんさかいるんですよ。悪い話じゃないですよ〜」

 

 

 精一杯の抵抗。

 自分に子どもを守る力なんてない。なら子どもと自分の命を守るために圧倒的に強い霊夢たちを売るしかなかった。それにこの話に乗ってくれれば、霊夢がなんとかしてくれると信じていた。

 

 

(頼む。乗ってくれ……!)ちらり

 

 

 そっと百目を見る。

 百目はぎょろりと全ての眼を開き、ねずみ男を睨んでいるのだった。

 

 

「やっぱりダメぇ?」

 

『ダメだ。()()()()()()()()()()()

 

「交渉決裂ぅっ!誰か助けてぇえええ〜〜〜っ!!」

 

 

 今度こそ終わりだ。

 逃げられない。

 いや逃げようとしても、あの距離をこんな短時間で移動してきたのだから逃げ切れるはずがない。死を覚悟した、その時──

 

 

『──っ』

 

「お助けぇええ〜〜〜』ガタガタ

 

『・・・なにぃ?』

 

 

 ねずみ男なんか見ていない。百目の全身にある目玉が向く視線の先。そこから濃い闇の奥から、ずるりと布を引きずるような音が聞こえてきた。

 

 ──ずしゃっ。

 

 血のにじむ足跡とともに、現れたのは、全身ボロボロのネムノだった。彼女の肩には深い爪痕、至る所に打撲の痕が生々しく残っていた。だが出血はしていない。そして、その目はまだ生気を宿していた。

 

 

「待て──」

 

『くたばり損ないがァァ……』

 

「子どもらに……指一本でも触れたら、承知せんぞ……!」

 

「い、今だ」

 

 

 その声は掠れ、足元は危うかったが、二本目の包丁は確かに敵を見据えていた。ねずみ男はその背を見つめ、呆然としたまま子どもたちを引き連れて、再び走り出す。

 

 

「走れぇええ、ねずみィィィーーーッ!!」

 

『逃がさねえって言ったろうがァッ!!』

 

 

 百目の目玉数個がプルプルと震えたと思うと、ポンっと飛び出した。その目はねずみ男たちを追尾したが、すぐに動きが止まった。そして探し回るようにクルクルとその場で回り始める。

 

 

『なにィッ!?』

 

 

 なぜそんな挙動をし始めたのか?

 理由は簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして代わりに白く半透明な膜のようなものが広がっていった。目玉はその膜を突破して探そうとするが、これ以上進めない。

 

 

『何だこれはァッ!?』

 

「へっ、誰が行かせるかァ」

 

『これは……結界…?この一瞬で儂らとガキどもを引き離したのか?』

 

「正確には──()()だべ。正真正銘のな」

 

『なんだとォォォッ!?』

 

 

 百目は叫ぶ。

 

 

『ば、バカな、聖域だぞ。穢れの塊である妖怪が作れるわけがないっ!!』

 

 

 

 彼女には肉体とは別で唯一無二の能力があった。生まれつき持つ誰にもない力。それは──【聖域を作る程度の能力】。ネムノは聖域を妖怪の山の中に創り出し、外界に興味を持っていないので、誰とも関わらずにその中で暮らしていた。

 

 聖域とは、つまり誰にも犯せない神聖な場所のこと。外からは入れない、内からは出られない。悪意のある物は跳ね除けてしまう。

 

 妖怪とは善悪関係なく穢れた存在であるため、本来は聖域を形成することはできない。だが彼女ならば空間を作り出すことができる。よって攻撃が来てもこの中に入れば安全であるのだ。

 

 唯一の弱点を挙げるなら、聖域の中には必ずネムノが居なければならないという所だろう。

 

 

 因みに──門吉が入れたのは心が清いからである。

 

 

 

「それがうちにはできるんだべ…」

 

『こんなものっ!!』

 

 

 爪で引っ掻いたり、殴ったりする。

 しかし膜には傷一つつかない。

 

 

『な、なにぃ』

 

「ふん。お前の幻の聖域なんかとは違う。本物は何があっても壊せない。……ここから出て行きたかったらウチを殺していけ」クイッ

 

『儂には時間がないというのにィッ。ぐぅうううっ、……今度こそ完全に息の根を止めてやる!!』

 

「そうなるのは貴様だべェッ!!」

 

 

 声を荒げて、ネムノが地を蹴った。

 大地が軋み、満身創痍とは思えぬ速度で肉迫する。だが、それを迎える百目の顔は、もう笑っていなかった。

 

 ギチ、ギチギチギチギチ……!

 

 その身に潜む無数の目が、同時にぎょろりと動いた。

 瞳が光る。空気が歪む。そして百目の目玉が光った。

 

 

『くらえ・・・』

 

 

 瞬間──ネムノの周囲が歪んだ。

 視界がぶれる。足元の地面が波打ち、グニャグニャと曲がりくねって色彩が点滅していく。ネムノは知らないと思うが、その光景は例えるならば絵画だ。その絵画の中を走っているような錯覚だ。

 

 

「っ、ぐっ……!ぶった斬って…うわっ、くそ……っ」グワングワン

 

 

 足元を掬われたようにバランスを崩し、ネムノは転倒しかけながらも片腕で受け身をとって着地する。視界の歪みは収まらない。木々がぐにゃりと曲がり、岩が左右に引き裂かれるように見えた。

 

 

『どうしたぁ?儂をぶった斬るんじゃ無かったのか?』

 

 

 百目があざ笑う。

 酔っ払ったような感覚がネムノの神経を侵していく。それでも、ネムノは片膝をつきながら顔を上げた。

 

 

「こいつの能力、訳わかんねぇ…っ!」

 

 

 包丁を地面に突き立て、体を支えながら立ち上がる。その気迫に、百目の目のいくつかがぴくりと揺れた。百目はギロリと睨みつけると右手のひらをネムノに向けた。そして手のひらに付いている目玉がビカッと光った次の瞬間、空が爆ぜた。

 

 

『これならどうだ?』

 

 

 真紅の閃光が百目の瞳から放たれる。それはまるで熱線。地面をえぐり、空気を灼き、ネムノへと一直線に伸びる。

 

 

「──ッ!」

 

 

 ネムノはとっさに飛びのくも、脇腹を掠めた熱が肌を焼く。焼け焦げた布と皮膚の匂いが鼻を突いた。痛い、痛いが……それは諦めるわけにはいかない。山姥は何があっても約束を守る。そう心の中で叫び、自分を鼓舞した。“百目の次の動きは───”

 

 

「な、ど、どこに!?」

 

 

 そう思った瞬間に目の前から消えた。

 あの一瞬で?

 百目は見た目とは裏腹に素早いが、一瞬で目の前から消えるなんて絶対に出来ないはず・・・

 

 

『後ろだ』

 

「──ぐぅっ!?」

 

 

 背中に爪が突き刺さり、そのまま投げ飛ばされる。

 ごろごろと地面に転がり、何とか起き上がろうとした瞬間に悟る。“身体が動かない。もう突進ができない。身体が悲鳴を上げている”。すでに息は荒れ、片足は完全に引きずっていた。

 

 

『ふん。衝撃を受け流したか。しぶとい。本当にしぶとい……。だがその傷じゃあ次はない』

 

「どうやって……はぁっ、はぁっ…後ろに…」

 

『ふん、冥土の土産だ。教えてやる。この儂の目玉一つ一つには、それぞれ能力を持っているのだ』

 

 

 

 

 百目の能力【百ノ災禍(わざわい)

 

 百目の持つ全ての目玉にそれぞれ別の力があり、それを自由に扱えるという能力である。つまり簡単に言えば、百目は百個の能力があるという事だ。

 

 例えば、ビビビーランドという虚構やネムノの平衡感覚を狂わせたのは、【幻惑の魔眼】。

 相手を閉じ込める【封鎖の魔眼】。

 包丁を曲げて使えなくさせたのは、どんな物質もぐちゃぐちゃに曲げて歪ませる、【歪曲の魔眼】。

 目玉を飛ばして、その目玉に体をワープさせることができる【転移の魔眼】。

 なんでも貫通する光線を発射する【貫通の魔眼】。

 

 

 この他にまだまだ複数能力を所持している。だからこそ自称ではあるが、妖怪の王を名乗ることができるのだ。一応だが1つの目玉はネムノによって潰されているので、百目が現時点で使えるのは99の能力である。

 

 

 

 

 

「ばけもんが……っ」

 

 

 ネムノは距離を取ろうと這いつくばりながら離れようとするが、無駄な抵抗とはまさにこのことだろう。虫みたいな姿をしている背後で百目が咆哮を上げる。

 

 

『終いだ。全てを消滅させる……【破壊の魔眼】で貴様は粉微塵だァッ!!』

 

 

 地が、空が、世界そのものが軋む音を立てた。

 集約していく魔眼の力は、視界を赤黒く染め、周囲の空間を削り、裂き、圧縮し、崩し始める。高エネルギーの塊が目の先に生まれた。それを解き放てば、ネムノは骨さえ残らないだろう。

 

 

『今度こそ死、ね、うっ、がぁっ──』ドクンッ

 

 

 しかし、一瞬にしてその塊は消え去った。

 震える身体に百目は両膝をつき、目を血走らせる。

 

 

『ぐぅ、ぐあっ、あ゛ぁっ、ぁぁぁ……っ!? ま、まさかアァァァ……ァ…ッ!!』ドクンッドクンッ

 

 

 百目の身体が、泡立つように崩れ始める。だが、完全には溶けきらない。百の眼は爛れ、体表から垂れ落ちた肉の隙間から、骨のようなものが露出してなお、あの異形の輪郭は保たれていた。

 

 

「な……にが…起きて…」

 

 

 

──最強の力には、代償が伴う。

 

 実はその最強すぎる魔眼には欠点があった。

 それはひとつ使えば膨大な妖力を喰らい、ふたつ使えば肉体に軋みが走るものだった。だから連続使用は体に毒であり、封印で劣化しきった古の妖怪の体にその代償は耐えきれるはずもなかった。

 

 だが“若い目”さえ手に入っていれば変わっていた。肉体も若返り、能力の連続使用もある程度耐えられる。しかし実際は、子どもの目は手に入れられなかった。

 

 

『ぶるぅあああっ、ぶるるるっ、チクショオォッ! クソォォォーーーッ!!』

 

 

 だからこそ──百目の体が崩壊し始めてきた。

 

 百目の叫びは怒りか、恐怖か、それとも悔恨か。

 その巨体は内側から膨れ、爛れ、溶け出す。ぶちゅっ、びゅっ、ぶしゅっ……。まるで瞳そのものが体内で暴発しているかのようだ。

 

 

 

「よぉ分からんが……、今の内だべ…!刃符【山姥の鬼包丁研ぎ】!!」

 

 

 悶え苦しんでいるのなら今がチャンス。

 ネムノの握る包丁が音と煙を出して、赤く染まっていく。シューッと高音に熱さられていき、火花まで散っていく。

 

 

「はあああぁぁぁーーーっっっ!!」

 

 

 この技はネムノが包丁を握っている間に包丁の持つ切れ味、攻撃力等々、様々なスペックを向上させる。その研がれていく熱量(エネルギー)はなんと恐ろしいのだろうか。ネムノの手のひらの皮が破けて、血が吹き出していく。しかしネムノは痛いからと手放さない。

 

 

(足りねえべ。もっと…、もっともっと……!!こいつを最高のものにっ、百目をぶった斬れるくらいにっ!!)

 

 

 遂に来た──。

 真っ赤に染まった包丁が金色に光輝く。

 

 

「できたァッ!!今度こそ、ぶった斬るッッ!!」

 

『ぶるぅああああアァッ!!儂の身体がぁぁぁ……!目が、目が欲しいぃぃぃ……!早くッ、儂をここから出せぇぇぇえい!!』

 

 

 

 百目は呻くように呻き、顔面の数個の瞳をぐにゃりと歪ませた。その体は今にも崩れ落ちそうだった。皮膚の表面は裂け、膿が噴き出し、眼球のいくつかは虚ろな白濁に包まれている。もう百目は体を保っていられない。

 

 だが──まだ時間はある。

 ネムノに破壊の魔眼さえ当てさえすれば勝てる。そしてすぐに転移の魔眼で子ども……いや、もう今の目玉を取り替えられるのなら大人でも構わない。

 

 

 

『ブラアァッ!!』

 

 

 吠えるように叫ぶと、百目の体が、再び妖力を纏って膨れ上がる。

 

 

『穿てッ!【貫通の魔眼】!!』

 

 

 百目の胸元に開いた一つの目が、鋭い光を放った。

 光線が地をえぐる。ネムノは力を振り絞って飛び跳ねた。光線は彼女の足元をかすめるように通り抜ける。

 

 

「っく……あっ!?」

 

 

 飛び跳ねた際に気づく。

 自分自身を目玉が囲んでいたのだ。百目は自由自在に自分の体に備わっている目玉を飛ばすことができる体質で、飛ばすだけではなく遠隔操作も可能なのだ。

 

 

『かかったな゛あぁ……っ、ぶるぅああっ!今さっき放ったのはお前を空中に飛ばすためのブラフだ。当てる気など毛頭ないわ!これが本当の狙いだ』

 

「このやろ──」

 

『【全方向貫通の魔眼】ッ!!』

 

 

 ガン◯ムで例えるならばファン◯ル。

 目玉から一斉に貫通レーザー光線が放たれた。もし貴方ならこの状況どうするだろうか?

 

 何とか避けようと軌道を読もうとする?防御姿勢を取る?・・・きっと何かしら方法はあるだろうが、ネムノの取った手段は──

 

 

 

「あ゛ぁぁぁっ!!!」ジュゥゥッ

 

 

 躱さないことだった。

 肩に穴が空く。頭が貫かれないようにできる限りの抵抗はしつつ、あとは全て食らった。この状況で変に思考を巡らせて焦るより、食らってやる。耐えてやると覚悟を決めたのだ。

 

 

「この程度効ぐがぁぁぁーーーっ!!」

 

 

 次の瞬間、真っ直ぐに貫く光線がネムノの胸を撃ち抜く。

 更には足を、腕を、腹を、背中を──

 

 

「まだまだァッ!!」

 

 

 息が荒く、血が口元を染めても、ネムノの瞳は曇っていなかった。

 

 

「がふっ…、ま、…まだ、だべよ」

 

 

 服は焼け焦げ、皮膚は裂け、至る所が軋んでいた。

 それでも、ネムノは前を向く。──百目は目の前から消えようとしていた。いやあの動きは消えるのではない。

 

 

『転移の魔眼……!!』

 

 

 百目はネムノの背後にいた。

 後ろで待機させていた目玉に身体を飛ばしたのだ。背中に爪を突き刺した時のように、一撃必殺の最強の技を至近距離で当てるために──。

 

 

『今度こそ終わりだアァァァァッ!!破壊の──!!』

 

 

 頭部に浮かぶ目が赤く染まり、破壊の力が集中していく。破壊の魔眼はその名の通り直撃すれば、全てを破壊し、確実に殺せる技だ。溜めるまでは少しかかるが、この距離ならば多少離れられても避けられない。

 

 

「───ッ!!」

 

 

 しかしネムノは見切っていた。百目が転移をしたあとは必ず相手の背後に移動することを。

 

 だから避けるのではなく、百目の懐に飛び込んでいた。ネムノはわずかに腰を低くし、全身の力を包丁に集中させた。百目の顎であろう箇所へ、踏み込み──

 

 

『まがふゥッ!?!?』

 

 

 包丁がねじ込まれる。

 その一撃は、もはや包丁と呼べるものではなかった。包丁を超えたもの、名刀だ。研ぎ澄まされた刀から生み出される魂を込めた山姥の一閃は、何よりも重く、鋭かった。

 

 

「刃符──!!」

 

 

 そのまま横へ引き裂く。

 

 骨が裂け、眼球が潰れ、筋肉が裂かれてはね飛ぶ。

 血と膿と妖気の混ざった汁が四方へ飛び散った。

 それでも、ネムノは止まらない。

 

 

刃こぼれするまで切り刻め(オオゲツヒメ)ェェェーーーッ!!」

 

 

 腕を、腹を、首を、脇腹を、喉元を、脚を──

 その全身を容赦なく、何度も何度も、斬り刻む!!

 

 

「シャアアァァァーーーッッ!!」

 

 

 ガキィィィィィンッッ!!

 

 勢いに包丁の柄は耐えられなかった。

 ネムノの強化術は包丁の刃を向上させる物で、包丁自体を強くするものではない。包丁の柄がへし折れた音と同時に、百目の顎が砕けた。その衝撃で後方へ大きく吹き飛ばされた巨体は、聖域の壁にぶち当たるとそのまま崩れ落ち、土煙を巻き上げて遂に地に沈んだ。

 

 

 

『こ、のぉぉぉ……儂が…ぁぁぁ……ぁ… ・ ・ ・  』

 

 

 バラバラになった百目。

 肉片はどろどろと液体になっていったのだった。

 

 

 

 

 

「か、勝った……っ」

 

 

 

 

 ネムノは力が抜けたのか、そのまま膝から崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーとこっちだっけ?えーとえーと!?」アセアセ

 

「お、おじさん、まさか迷ったんじゃ…」

 

「俺だってパニックなんだよぉお〜っ!?」

 

 

 ねずみ男たちは迷っていた。

 元より妖怪たちのための森だ。人間が入れば確実に迷うようになっているのだろう。案の定、彼らは罠に引っかかって、帰れないと喚いている。

 

 

 ──がさがさっ

 

 

 突然、茂みが揺れた。

 全員が震える。

 子どもたちの何人かは抱き合い、何人かは大泣きし、ねずみ男は降伏の証として土下座をして出てくるものを待った。

 

 

「・・・ここにいたんか」

 

「お許しをぉぉぉ〜〜っ、百目さま!!全てはあの山姥に命令されたことでして!裏切る気なんて毛頭……あ、あれ?」

 

 

 頭を上げると百目ではなく、ネムノが立っていた。

 血まみれなのは変わらないが、かなり表情は明るく元気そうだ。

 

 

「ネムノさんっ!生きていたんですね!いやはやお見事!でもね、私は信じてました!ネムノさんがあんな目玉だけの化け物に負けるはずがないって!」

 

「黙れ。貴様が百目の手先だったのは間違いないんだべ。擦り寄ってくんな」

 

 

 ネムノは子どもたちの方を見る。

 子どもたちはすぐに駆け寄ると一斉に頭を下げて、感謝を述べた。

 

 

「「「助けてくれてありがとうございました!!」」」

 

 

 ネムノはその姿を見て一瞬微笑んだかと思えば、すぐに眉間を寄せて睨みつけるような表情になる。

 

 

「ふん。別に助ける気なんか無かったべ。おかあちゃんとお父ちゃんの言うことも聞かねえで遊び呆ける奴らなんてな」

 

「うぅ…っ」

 

「だから、……次はねえぞ。次やったら3枚に下ろして食ってやる」

 

 

 怯えた子どもたち一人一人の顔を見て、ネムノは言った。

 

 

「これからはお母ちゃんとお父ちゃんを大切にしろ!言うことはしっかり聞け!楽なこと、好きなこと、都合のいいことばかり求めてると……そこを悪い奴に必ず付け入れられるからな!!」

 

「・・・はいっ」

 

「声が小せえ!本当に分かったんか!?」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 

 そしてねずみ男も言った。

 

 

「その通りよ!今回のことを教訓にして、清く!正しく!生きるんだぞ!!──ってイデデデェェッ!?」

 

 

 ネムノはねずみ男の髭をギューーーーっと引っ張る。ねずみ男はあまりの痛さに叫んだ。ネムノはそのまま大きく息を吸うと、耳元に口を近づけて・・・

 

 

「お前が言うなアァァァーーーーッ!!」

 

「あぎゃあああ──────」ビリビリビリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、子どもたちとねずみ男はネムノに連れられて里まで帰ってくることができた。ネムノは決して山からは出ることはなく、里の中に向かっていく子たちの姿を見届けると、山の中に消えていくのだった。

 

 

 

「子どもたちが帰ってきたぞ!!」

 

「なんか汚ねえやつも隣にいるぞ!あいつか!犯人は!?」

 

 

 

 ねずみ男は取り押さえられて、子どもたちは慧音や大人たちに体験したことを話した。ビビビーランドのこと、百目のこと、そして自分たちを助けてくれた山姥のことを。慧音は全てを聞いた上で言った。

 

 

「私もこの幻想郷に山姥がいるという話は聞いたことがあったが、見たことは一度もないんだ。皆んなは幸運なんだな・・・。里の守護者としてお礼が言いたかったが探しに行って会えることはないだろうな。羨ましい限りだ」

 

 

 

 それを聞いて、子どもたちは、自分たちがこうやって無事に帰って来れたことに感謝し、親に感謝し、ネムノに感謝するのだった。

 

 そして、その日以降子どもたちは誰1人として文句を言わずに親への手伝いをするようになった。そして親たちも子どもたちのことを尊重し、あまり頼みすぎないように気をつけたのだったとさ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何も聞こえないっ、それでいて俺様は訳も分からず牢屋に入れられた……。ただ、娯楽施設を作りたかっただけなのに…。ぐすっ、うえーーーん!!諦めねえからなぁぁぁ〜〜〜っ!!」

 

 

 理由はどうであれ誘拐したので一週間罰を受けることとなる。因みに、ねずみ男の耳が治ったのはさらにその一週間後であるのだった。

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました!

 因みに裏話ですが、百目が完全体だった場合ですが、ネムノでは絶対に敵いません。
 そして百目の魔眼とベアード様の眼力は──百目<<<<<<<<<<<<<ベアードです。百目の能力は強いですが、目の力に肉体がついていけません。




 そしてネムノにかけられた呪いの説明です。
 本文中では敢えて詳しく出しませんでしたが、ここではしっかり説明します。

 ネムノのもう一つの能力【山神の祝福(のろい)】

 女を憎む山の神が、ネムノから女らしさ(男性から愛される特徴)を奪う代わりに、【男よりも怪力、男よりも素早く、どの生物よりも傷の治りが早い強靭な体を得る】という呪いを与えられる。よって人ではなくなり、男に大切にされず、守られもしない。


 元より山は女人禁制。それは醜い山の女神が人間に嫉妬するからという伝承から考えました。あまりネムノに悪いことないじゃんと思うかもしれませんが、この身体だと子は産めません。ネムノは母親になることはできないということです。





 次回というか今後の予定は
 秋穣子や、本居子鈴、紫苑などを考えています。
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