ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

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 こんにちは、狸狐です。
 ゲ謎、テレビでやりましたね。やはり面白かった!!
 どこまでやるのかと思ったらノーカットとは素晴らしい。これからももっと繁栄して、鬼太郎文化を永遠に継承してほしいなと思います。

 ではでは本題ですが
 前回の話に名前だけでました彼女が今回の主役でございます。加えてリクエストで頂いた妖怪を出すつもりですので、当ててみてください。









 


本居小鈴の苦悩①

 

 

 

「あちぃいいっ、なんでこう夏って暑いんだろうなァ。それにこの湿気。ジメジメでベタベタ……。日陰に入っても風も吹かねえし」

 

 

 ねずみ男は、息を切らしながら山の中を彷徨っていた。

 金儲けしようにも暑くてやる気が起きず、だからといって金があるわけでは無いので腹は膨れない。とにかく涼しくなろうと避暑地を探しているわけだった。

 

 

「あー、ぼぉーっとする。クラクラしてきた。ちくしょお……、このクソ田舎にプールも海もねえし……。おえぇぇぇ」

 

 

 とりあえず適当な日陰に腰掛ける。

 汗を拭うが止まらない。なんだか視界がチカチカしてきた。吐き気も。これは世にいう『熱中症』なのだが、死ぬ寸前のねずみ男が気づくことはないだろう。

 

 

「もっ、もう、ダメだ…。俺っちは死ぬんだ…。なんて儚い命だろうか、我が人生」ガクッ

 

「やれやれ」

 

 

 朦朧とする中、首筋にひんやりとした感覚が走る。

 目を開けるとこの前会ったばかりの犬走椛であった。彼女も額に汗を流し、更には衣服も濡れて透けていた。

 

 

「お、おめぇわ……」

 

「ほら、飲みなさい」

 

「さ、さんきゅ…」

 

 

 手渡されたのは瓢箪で、手にとって分かる冷たさに感動する。そしてきゅっ、ぽん!と栓を抜いて、中のものを飲んだ。

 

 

「んぐんぐ……ぷっはぁ〜〜〜っ!!いやー!うはははっ、生き返ったァッ!いやー助かった!地獄に仏とはこのことだよっ、(もみじ)ちゃん」

 

「感謝はいりません。我々の領土で死なれても困るだけなので助けただけです」

 

「そ、そーかい。ごくっ」

 

「・・・それでまた山に用ですか?あまり部外者に立ち寄ってもらいたくないのですが。前回の件もありますし」

 

「前回の件……って、百目のことかぁ!?」

 

「ええ。あの後、異変を聞いた天魔様から叱られたんですよ!」

 

 

 椛はねずみ男をギロリと睨みつけ、文句と愚痴をぶちまける。

 

 

「“なぜ哨戒天狗なのに怪しいものを見つけられなかったのか”って……。理不尽ですよ!!大体っ、貴方が山の中で怪しい壺を見つけて開けたことがきっかけなのに、その壺を事前に見つけられなかった我々にも責任があるなんて──」グチグチグチ

 

「やめてくれよ。俺だって被害者なんだぜ!百目のせいで俺は誘拐犯扱いされて……、今じゃあ里の中を歩けば子どもたちに石投げられるんだっ!信用ガタ落ちだよ!!」トホホホ

 

 

 ねずみ男は裾で目元を覆い、泣くフリをしながら水筒に何度も口を運ぶ。

 

 

「本当に悲しんでます?」

 

「悲しんでる悲しんでる。もう心が折れて大変なのよっと、ちょいと失礼。喋りすぎて喉が渇くぜ。んぐっ、ぷは〜っ!いやー、それにしてもこの水、美味えな。どこで汲んだんだ?」

 

「はぁ…。それは“玄武(げんぶ)の沢”という場所の水です。河童の領土ですが、その河童の上司である我々天狗は好きに利用して良いので、毎日ここで汲んでいるんです」

 

「玄武の沢、ねぇ……!」

 

「はっ。ま、まさかっ、また何か迷惑をかけるつもりじゃないでしょうね!?」

 

 

 そういって警備用の刀を抜こうとする椛。

 ねずみ男は慌てて止める。

 

 

「違うわい!そこで涼もうと思っただけだよ。別に入っても良いんだろ?」

 

「構いませんが・・・。本当にそこで何もしないのでしょうね?」ジロリ

 

「あったりまえだ!オイラがそう何度も悪いことすると思うなよ!!ふんっ」

 

「分かりましたよ。とりあえず場所を教えますので、本当に何もしないでくださいよ?」

 

「おう、ありがとうな」

 

「では──」

 

 

 

 

 場所を教えてもらい、とにかくまっすぐ進んでいく。

 水を飲んだので元気になった。足取りも軽い。

 

 

「ん?水の音がするぞ」

 

 

 歩いて約1時間。

 水の音がするので走る。辿り着いた先には柱状の岩壁に囲まれた美しい沢が待ち受けていた。

 

 

 ここは「玄武の沢」

 

 妖怪の山の中でも、ひときわ水と緑に恵まれた避暑地として密かに知られている。谷底には透き通った流れが走り、木々の根が川へ向かってうねるように伸び、光苔が洞穴の奥でほのかに光を放っていた。

 澄んだ水の中を小さなサワガニがすばしこく動き、どこからかセミの鳴き声がかすかに聞こえる。空気はひんやりとしていて、どこか懐かしい土と苔の香りが鼻をくすぐった。

 

 

「うっへぇ〜〜……涼しいぃ……!こりゃ天国だ……!よし、ではさっそく…」

 

 

 毎日来ているローブを脱いで、すっぽんぽんになるとザブンと飛び込んだ。その気持ちよさと来たら天にも昇る心地で、暑さが一気に吹き飛びいつまでもここにいたくなるような気持ちになっていく。

 

 

「サイコー!!鬼太郎たちもビックリするだろうな、こんな綺麗な沢を見たら。今の日本に綺麗な自然は残ってねえもんなあ〜。見せてやりてえな〜〜っと」

 

 

 クロールに、背泳ぎ、平泳ぎ──。

 適当にざぶざぶと泳いでも誰にも文句は言われない。ある程度泳ぐとご満悦という顔で上がり、草の上に寝転ぶ。日陰の下、水辺の近くでそよ風に揺られていると気分も安らいでくる。

 

 

「ふー……待てよ、ここを民営化すれば金持ちになれるんじゃ……。いや、やめやめ。人間たちには勿体ねえや」

 

 

 そんなことを考えていると最近寝苦しくて睡眠不足だったからか眠たくなってきた。だんだんと目を細め、心地の良い至福のうたた寝に入ろうとする。

 

 

「すこし寝ようかなぁ……。ぐぅ…ぐぅ……」

 

 

 

 

 

 ──が。

 

 

 

 

 カチャッ、ピピッ、ウィーン……ガチャン!

 ドンッ、ドンッ、フシューーーッ!

 

 

 

 突然、何か作業か工事をしているかのような音が響いてきた。

 

 

「……がっ!?うるせぇなぁ!」

 

 

 眠気をかき消され、顔をしかめるねずみ男。

 苛立ちを抑えきれず、立ち上がると音の鳴る方へ向かった。そこでは幻想郷に似つかわしくない機械をいじる少女が額に汗を流して、何かを作っているのだった。

 

 

「あのガキだな。俺の安眠を妨げる賊は……。よーし、ここは大人としてビシッと叱ってやらねえとな」

 

 

 ねずみ男はトウッと少女の前に降り立つと、声を張り上げた。

 

 

「おいコラーッ!ここは静かにする場所だろーがッ!!」

 

「誰?」

 

 

 すると、岩の陰からガチャガチャと工具の音がして、緑の帽子とゴーグルをつけた小柄な少女がひょっこりと顔を出し──その顔が一瞬で真っ赤に茹で上がった。

 

 

「うぎゃああああああ〜〜〜っ!?!?変態ィィィ〜〜ッ!!」

 

「変態って・・・あら俺真っ裸、見ちゃイヤーンッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕を組み、未だに頬の熱の冷めないにとり。着ている黒色のタンクトップからは汗の匂いと鉄屑の油の香りが漂っており、炎天下の下でどれだけ集中していたかがすぐに分かった。一方で、いつものスタイルになり頬に紅葉の痕が残るねずみ男。

 

 

「おー痛え。思いっきり引っ叩きやがってよ…。とほほっ」

 

「うるさい、この変態め。私のことを襲おうなんて百万年早いんだよ」

 

「待ってくれよ。俺は別に襲おうとなんてしてねえよ。俺が気持ちよーく眠ろうとしている時に、アンタがガンガンゴンゴンとうるせえから注意しようとしただけだ」

 

「勝手に私らの敷地内に入ってきて、うるせえの何のって偉そうにいうな!」

 

「お前らの敷地内ぃ〜?……ん?そういや椛ちゃんがここは河童の領土って……え、おい、嘘だろォッ!?お前、河童なの!?」

 

「当たり前だ。どこからどう見ても河童じゃないか。まさかこの私、河童の『河城(かわしろ)にとり』を知らない世間知らずがいたとはねえ」

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の『河童(かっぱ)

 外の世界の河童とは違い、人にかなり近い姿をしている。だがきゅうりが好きだったり、相撲が好きだったりと共通点もある。

 

 だが、ここの河童たちは外とは違い、種族同士の協調性がなく仲間意識も薄い。自分優先で強いものに巻かれることを好む。そして何より技術力に目がない。

 

 彼女たち河童は、幻想郷のエンジニアとも呼ばれるくらいに機械に関心を持っている。時間があれば発明をし続けており、技術革新の背景には必ず河童があるとも言われている。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁいいさ。私は新発明で忙しいんだ。アンタが敵じゃないのは分かったし、興味も失せた。じゃあね」

 

 

 そう言って、にとりはスパナを取り出して機械を再度ガチャガチャと弄り出す。大小のネジ、レンズ、液晶らしき板、回路のようなものまで──まるで秘密基地のような作業場だ。

 幻想郷に来て、こういう現代的なものを見たのが久しぶり。ねずみ男はその発明に興味を持ち始めた。

 

 

「なぁなぁ、新発明って言うけどどんなの作ってんだい?」

 

「・・・まさか、興味ある?」

 

「あるある!」

 

 

 

 それを聞いて、さっきまでのムスーッとした表情がなくなり、得意げな表情を浮かべる。

 

 河童たちは発明すること、それを世間に発表し自分たちの技術力を見せつけることが大好きだ。

 

 しかしここの連中ときたら機械だとか技術革新に興味がない。空を見上げて雲が動いているのを見ている方がいいみたいな輩が多く、どれだけすごい発明をしても関心を持たれない。だからこうやって興味を持たれると素直に嬉しくなってしまう。(単純(チョロい)とは言ってはいけないよ)

 

 

 

「しょ、しょーがないねえ。どうやらここの古臭い連中とは違うようだし教えてあげるか」フフン

 

 

 手を止めて、にとりは石の上に座ると気持ちよさそうに話し始めた。

 

 

「前に、何か面白いものを作りたくてアイデアを得るために香霖堂を覗いた時に外からのすごい技術に出会ったのさ」

 

 

 そう言って、にとりはボロボロのゲーム機を取り出した。

 ねずみ男も見たことあるもので、かの有名な会社が作った携帯ゲーム機だった。

 

 

「それは・・・!」

 

「知ってんのか。そうさ、これは外の世界の娯楽の一つで、映像や音が出て、持ち運びが簡単だからどこにいっても遊び続けられる物でね。私は衝撃を受けたよ。そして作ってやろうと思ったのさ」

 

「それがこれだな・・・」

 

「へへへ、これは試作品。見て分かる通り、デカい。これじゃあ家庭用だ。もっと小さくするために色々やっているのさ。これを作った時には技術革新を軽んじる連中は腰を抜かすだろうさ!」

 

 

 その時、ねずみ男に電流走る──

 

 

「んふっ、んーふふふふっ!!」

 

 

 熱で沸騰していた頭の中は冷たい水でリセットされ、体内に溜まっていた毒素は汗でデトックス。この高温多湿な環境は正にサウナと同じで、冷たい水で整い、復活した彼の脳みそはフル回転。

 

 

「きたきた来たよっ!ビジネスチャンスが!」

 

「な、なにさ」

 

「おいっ、にとり!これは“金”になるぞ!」フハッ

 

 

 にとりは、ふっと考え込むような顔をした。

 

 

「……!確かに需要はあるかもね。娯楽に飢えてる人間は多いし」ニヤリ

 

「だろ?そうと決まったら、オレと組もうぜ!お前が作って、俺が売る。俺は外の出だから、ゲーム機はめちゃくちゃ詳しいぜ。俺の知識も全部やる!そうなりゃあお前さんは幻想郷に革新を起こせるし、俺様はがっぽり儲けられる。ウィンウィンじゃないの!」

 

「乗った!!あっ、因みにだけどね私は革新を起こすのも好きだけど、金儲けも大好きなのさ。分け前はもらうからね!」

 

 

 ねずみ男はにやりと笑い、がっちりとにとりの手を握った。

 

 

「良い性格してるんじゃない!」グヘヘ

 

「それはお互い様!よろしくね、盟友!」ゲヘヘ

 

 

 二人は光苔の淡い光の下で笑い合った。

 こうして、幻想郷では似たもの同士による新たな“娯楽革命”が始まろうとしていた──。

 

 

 

 

 

「「わはははははッ!!」」

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の人里に住む者たちに昔、射命丸文はこんなインタビューをしたことがある。“あなたにとっての楽しみとは?”……そう聞かれると殆どの人々は口を揃えて言った。“鈴奈庵(すずなあん)”だと。

 

 

 

「僕たち、まだ平仮名を習ってないから本なんて読めないと思っていたけど……()()姉ちゃんが読み聞かせしてくれるから本が好きになったんだ」

 

「俺は昔から、こーいう顔だろ?何かあるとすぐに疑われるくらい悪い人相なんだ。だからどこ行ってもお断り。だけど小鈴ちゃんは好きなだけ読んでくれって。門前払いしなかったのさ。今じゃ毎週2冊ずつ借りてるぜ」

 

「あそこはなくてはならない店だな。子どもたちに読み聞かせをしてくれるんだ。寺子屋に来たがらない子も来れるようになったんだ」

 

「うちら主婦の娯楽の一つよ」

 

「老後の楽しみでな〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷 人里。

 そこにひっそりと構える貸本屋「鈴奈庵(すずなあん)」。

 ここは数少ない憩いの場の一つであり、老若男女問わずたくさんの人々が利用している。幻想郷内で作られた本の他に収集した外来の本も扱っており、それが人気の一つになっている。

 

 他にも本の販売や印刷、製本も行っており、幻想郷内での小説家や色々な執筆活動を生業としている人間たちにとって大切な場所なのだ。子ども達も大好きな場所で週に一回、里の子どもたちを招いておとぎ話の朗読会を催してくれるので保護者や寺子屋の先生たちにも感謝されている。

 

 

 

「ありがとうございました!また是非読んでくださいね!」

 

 

 

 そしてこの鈴奈庵の店番『本居小鈴(もとおりこすず)』も鈴奈庵が人気の一つの要因である。

 鈴奈庵はとある人間の一家が営んでおり、彼女はそこの一人娘。鈴がついた髪留めでツインテールにしており、市松模様の着物を身につけたハイカラさんのような格好である。

 

 彼女は生まれた頃から本と関わってきたので、物心つく前からの愛読家である。今では彼女がここを切り盛りしており、性格は本を傷つける輩は絶対に許さないという正義感を持った少女なのである。。

 

 

 いつも大盛況な鈴奈庵。

 幻想郷の皆んなは読書も、鈴奈庵も大好きだった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、ある日を境に鈴奈庵へ通うものは減っていくことになる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(最近、私には悩みがあります──)

 

 

 

 

 

 朝の光が障子越しに差し込み、店内の本棚をやさしく照らしている。和紙の匂い、墨の香り、木の軋む音──小さな世界の中で、本居小鈴は静かに溜息をついた。

 

 

「……今日も、誰も来ないなあ」

 

 

 カウンターの帳簿には、数日前からまったく変化がない。貸出欄も返却欄も空欄のまま。パラリとページをめくる音が、ひときわ寂しく響いた。

 

 

(来るなら、もうとっくに来てる時間なのに)

 

 

 かつては開店と同時に大人も子どもも駆け込んでいた。「続きまだ?」「探偵のやつ貸して!」とそんな声が響いていたはずなのに、今は鈴の音ひとつ鳴らない。 

 

 理由はわかっている。

 最近、幻想郷中の子どもたちの間で爆発的に流行している“アレ”のせいだ。

 

 

 

「……ビビッチ」

 

 

 

 突如、幻想郷に流行した外の世界の娯楽──【ビビッチ】。

 名前は分からないが、ねずみのような顔をした男がゲーム機を持って露店を開いていたことがキッカケだった。

 

 “いつでもどこでも持ち運べる未来の携帯端末ゲーム機”というキャッチコピーで現れ、最初は怪しんでいた人々も、試しに手に取ってやってみた結果老若男女関係なく取り憑かれたかのようにのめり込んでしまうのだった。

 

 

 

「はぁ……まさか大人まで来なくなるなんて…。静かすぎて……図書館というより、物置みたい」

 

 

 静かに並ぶ本棚を見渡す。

 毎日掃除をしているので埃はないが、この場所には使われていない気配が、空気に滲んでいる。背表紙をそっと撫でながら、小鈴はつぶやいた。

 

 

「……もう飽きられちゃったのかな」

 

 

 

 その瞬間──

 

 カツン、と本棚の奥で音がしたような気がして、小鈴はハッと顔を上げた。だが、誰もいない。気のせいだったかもしれない。

 

 

 

「・・・ダメダメ。司書である私がそんなこと思っちゃ本に失礼よ。……こんな時は“アレ”の続きをしよっと…」

 

 

 

 そうして彼女は、棚の奥に隠すように置いてあった一冊の手帳をそっと引き寄せた。実は小鈴の趣味は小説を書くこと。本当は誰かに読んでもらいたいけども、気恥ずかしさがあり、家族にさえ内緒で綴っている自分だけの物語。悩んでいる時はこれに没頭するに限る。

 

 筆を手に取り、しばらく机を見つめていたが、やがて一息ついて、するすると筆先が動き出す。

 

 

「……いや、この展開だとな…」ブツブツ

 

 

 筆が走るたびに、消しゴムで文字を消すたびに、表情が少しずつ和らいでいく。現実から目を背けるわけじゃない。ただ、この静けさを受け入れながら、自分の世界を築いているのだ。

 

 

(えーと、この後は──)

 

 

 鉛筆が止まる。

 さて、ここからどうしようか。悩みに悩む。本を読んでいて自分もこんな風に素晴らしいものを作りたいと思ってやってみるのはいいものの、思いつかない。

 

 

「産みの苦しみねぇ……。今日はここまでかなぁ」

 

【続き……早く書いて……】

 

「!?」ビクッ

 

 

 お客さんだッ!自分の世界に入っていた小鈴はハッと我に帰り、急いでノートを閉じて、いつもの店番としての顔になる。

 

 

「いっ、いらっしゃいませ……って、あれ?誰もいない?気のせい?」

 

「なに独り言言ってんのよ」

 

「うにゃあああっ!?……な、なな、なんだっ!阿求(あきゅう)か、ビックリさせないでよ」ドキドキ

 

「なんだ、とは随分な言い草ね」

 

 

 入ってきたのは知り合いだった。

 おかっぱ頭で、若草色の着物と花が描かれた袖を重ね着をした気品を漂わせる少女こそ、この幻想郷の中で一番の名家『稗田家(ひえだけ)』の当主『稗田阿求(ひえだのあきゅう)』である。

 

 因みに小鈴とは友人関係であり、よく本を借りにきたり、雑談したりする仲である。

 

 

 

「本を借りに来たんだけど〜?お客様にそんな態度していいのかな〜」

 

「わ、悪かったよ。けどそっちだって驚かしたじゃない!お互い様でしょ」

 

「驚かしたぁ?あなたが1人でぶつぶつと何か言っているから、どうしたのと聞いただけでしょう」

 

(あれ?この反応、嘘じゃない?じゃあさっきのは私の幻聴・・・)

 

 

 長い付き合いだ。

 友人が嘘をつく時はよくわかる。だが今この反応を見る限り、何か嘘をついているようには見えない。

 

 

「……ごめん。この連日の暑さで頭がボーッとしてたのかも」

 

「そう。この時期には熱中症が起きやすいんだから気をつけなさいよ。じゃあいつも通り、何冊か借りてくから」

 

 

 そう言って、彼女は奥の本棚へと進んで行った。

 

 

 稗田阿求には、とある使命がある。

 今は詳しく説明しないが、彼女はその使命を達成するために、さまざまな文献、資料、知識が必要としていた。だからこそ中と外の本が集まり、借りられる鈴奈庵はうってつけだった。勿論、知識の収集だけではなく友人である小鈴との会話も目的ではある。

 

 

 

「・・・こんなものかな。じゃあお願いね」

 

「はいよ。ひぃ、ふぅ、みぃ……、えっ、たったの5冊?珍しいわね」

 

「本当はもっと借りたかったんだけど、読みたいのが見当たらなくて。大体読んじゃったからかも。新刊はある?」

 

「うっ、最近は収集サボってたから新刊はない……」

 

「残念。じゃあ代金はこれで。もし新刊が入ったら教えてね」

 

 

 阿求が帰った後、小鈴は大きなため息をついた。

 最近は小説を書いてばかりで、外来本の収集だったり、壊れかけている本の修復作業だったり、そう言った仕事をやっていなかった。

 

 

「んーーー、これ以上のお客さんが来るとは思えないなぁ。香霖堂でも覗いてくるかー」

 

 

 思い立ったが吉日。

 1日というのは短いのだから、何かやろうと思ったらあれこれ考える前に動いたほうがいい。

 

 

「お母さーん、出掛けてくるー。お店は閉めとくー」

 

「はーい。気をつけてねー」

 

 

 台所から了承の返事が来た。

 両親も最近の集客率の低下に頭を悩ませており、父は客が来ないなら自分が行こうと初心者にも読みやすい本を箱に詰めてセールスのように家を一軒一軒回っているので家にはおらず、母は暇すぎて料理にハマっていた。

 

 

「よしっ、香霖堂に出発!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように香霖堂へ新しい本の入荷を覗きに行くつもりだった。

 けれど、足を進めるごとに、いつもの穏やかな里の風景には、何か異質な空気が漂っていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 通りの角を曲がったとき、小鈴は立ち止まった。

 

 

「ハイスコア〜。ひひひっ」

 

 

 道端に座り込んだ若い男が、何かを握りしめ、夢中で画面を見つめていた。手には小さな携帯端末──「ビビッチ」がビカビカと激しい光を放っている。

 

 

「すごい……レア出た……」

「は?死ねよッ、くそッ!」

「ヘタクソが…」

 

 

 通りのあちこちで似たような声が飛び交っている。子どもたちは集団で端末を囲み、無言で画面を連打していた。老人たちすら例外ではない。腰を丸め、目をぎらつかせて、乾いた指で操作している。

 

 

(なによ、これ…)

 

 

 目元には濃い隈が浮き、肌は乾燥しきって粉を吹き、髪は脂っぽくぼさぼさと乱れていた。誰もが寝不足で、焦点の合わない目で端末を見つめている。

 

 

(え・・・)

 

 

 小鈴はぞっとしたように足を止めた。

 ある母親が赤ん坊を膝に抱きながら、端末に夢中になっていた。赤ん坊は泣いているのに、母親は気づきもしない。泣き声がどこか虚しく響いていた。

 助けようかと迷っていると、洗濯をしていた近所の方が心配してやってきた。泣いている赤ん坊をあやし、ゲームに夢中な母親を注意すると、母親はなにか罵声をあげてから赤ん坊を抱いてどこかへ行ってしまった。

 

 

「……」

 

 

 胸の奥に、冷たいものがじわりと広がった。

 小鈴は小さく息を吐いて、再び歩き出す。香霖堂までの道が、今日はやけに遠く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、森近さん」

 

 

 軋む戸をくぐると、かすかに香木と紙の匂いが鼻をくすぐる。乱雑なようで整然と並んだ棚には、外の世界から流れ着いた雑貨や器具が並んでいた。

 

 

「やあ久しいね、小鈴。元気だったかい?」

 

「ええ。おかげさまで」

 

「君が来たということはお目当ては“アレ”だね」

 

「流石、お見通しですね。それで何か新しい物が流れ着いていませんか?」

 

 

 森近霖之助はその答えに笑顔で返す。

 そしてカウンターの奥から、一巻の布に包まれた細長いものを取り出した。

 

 

「巻物……?」

 

 

 小鈴は思わず顔を近づけた。古びた布の表面には、ボロボロではあるが和紙が丁寧に貼られている。傷は目立つがそれほどではない。

 

 

「先月くらいに見つけてね。修復できるところはしてみたんだが、僕じゃ完璧とはいえない。君の方が得意だろう?」

 

「ふふっ、そうかもです」

 

 

 手に取った瞬間、全身に悪寒が走る。

 そして小鈴は心の中で歓喜する。

 

 

(これは妖魔本の類──!!)キラキラ

 

 

 小鈴のもう一つの趣味は、妖魔本の収集!

 妖怪が書いた本や魔術的なもの、呪い関連といった“曰く付きなもの”を集めて、読むのが大好き。ただしそれらを使って何かを召喚したり、悪いことをしたりは興味ない。

 

 

「どうもこれ、ただの経典じゃないようだ。読めない文字も混じっていて、詳しいことは分からないけれど、僕の能力でみたところ……これは【守敏経文(しゅびんきょうもん)】という名の経典で()()()()()()()()()()()()…というのが分かった」

 

 

 もっと詳しく知りたいのだけど、と困り顔の霖之助。霖之助は別に考古学者でも古文学者でもないのでそこまでの知識はない。ただ骨董品や外来物を愛するものとしては詳しく知っておきたいのだろう。

 

 一方で、小鈴は違った。

 彼女にとって読めない文字なんて存在しない。

 

 

「ちょっといい?」

 

「勿論」

 

 

 巻物を広げるとそこにはびっしりと漢字……、それも古い字体で書かれていた。小鈴はそれに目を通す。

 

 

「ええと、これは観音菩薩が……」ブツブツ

 

 

 霖之助でさえ読むことのできなかった文字を読み上げる。

 まるで初めから知っていたかのように。

 

 

「流石は、“如何なる文字でも理解できる程度の能力”を持つ者だ」

 

 

 そう、これは小鈴が幼い頃に『すべての本を読み尽くしたい』ことを願った時に目覚めた能力だ。この能力のおかげでどんな本と出会っても必ず読解することができる。

 

 

「……なるほど。書いてあったのは仏様の力と素晴らしさ、民衆への幸せを願ったもの。中身はちょっと妖魔本とは違うけど、見る人によってはかなり価値があるかも!いくらですか?」

 

「お金はいいよ」

 

「えっ、でもっ」

 

「その代わりに、修理してくれたら今度改めて見せてくれるかい?」

 

「! わかりました!ぜひお待ちしております!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 るんるん気分で巻物を持ち帰る小鈴。

 空を見れば夕日が見えた。時間も時間だからか、気づけば先程まで寝っ転がってゲームをやっていた連中もいつの間にかいなくなっていた。きっとお腹が減って家に帰ったのだろう。

 

 

「ただいま〜」

 

「おかえり」

 

 

 家に着くと、父親は風呂に入っており、母親は料理をしていた。食器を並べるのを手伝って、と言われたので巻物をとりあえず鈴奈庵の方へと運んだ。夕飯を食べてから修復して、明日お客が来てくれるためにポップアップを作ろうと考える。全員が食卓に並ぶと、いただきますと手を合わせて言ってから食事を開始した。

 

 

「お父さん、どうだった?本の方は」

 

「全くもってダメだった。皆んな、あのビビッチに夢中で話も聞いてくれない」

 

「もう本は時代じゃないのかしらね」

 

 

 頭を抱える父。諦めかけている母。

 この雰囲気に小鈴の箸も止まる。

 

 

「もしさ、お父さん。もしだけど、このまま本が廃れたら鈴奈庵はどうなるの?」

 

「・・・考えたくもないが、本たちを売ったり、何かと代えてもらったりするようになるのかもな」

 

「え」

 

 

 驚く小鈴。

 まさか命の次に大切な本を手放す選択が出てくるとは思わなかった。そして小鈴の顔を見て、父の代わりに母は言った。

 

 

「しょうがないわよ。私たちは人間だもの。人間は生きていく上で必ず金が必要になってくる。今は貯金があるからいいけど、このまま借りてくださる人が減れば・・・」

 

「でも手放すのはっ」

 

「小鈴」

 

 

 両親の選択を止めようとするが、父は真剣な顔で言った。

 

 

「本にとって1番辛いのは、誰にも読まれないことだ。破れたり、壊れたりしても修理はできる。だけどないくら修理をしても、読む人がいないんじゃ意味がない。本の幸せを考えるなら、読んでくれる人に託した方が幸せなのかもしれないぞ」

 

「・・・っ」

 

「──だが、そうならない為にも明日からまた頑張るぞ!小鈴も店番頼むからな!」

 

「・・・うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいなくなった鈴奈庵。

 たくさんの本に囲まれている中で巻物が1人でにグニャリと動いた。それと同時に他の本たちが共鳴するようにカタカタと揺れ出す。本からは黒い瘴気が溢れ出すと、巻物が吸収していく。

 

 

 

 

 

『色即是空空即是色───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

 今回はゲスト妖怪2人を出すつもりです。
 当てられますかな?フフン

 因みに両者ともリクエストでいただきました。ありがとうございます!


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