こんにちは、狸狐です。
この話を書いてて、自分でも改めてしっかりとゲーム依存や読書離れについて調べたんです。そうしたら昨今子どもの読書離れは減少してて、大人の方が読んでないらしいです。へーって思いました。
因みに筆者としてはゲームは賛成派です。
自分もやってますし、楽しい、ストレス発散になります。今ではゲームのオリンピック的なのもありますし。ただやり過ぎると危ないよってだけですから。
まぁ、結局本には本の、ゲームにはゲームの良さを見つけられるといいですよね。どちらか一方が悪いとかは違いますし。
では、どうぞ──
──真夜中。
幻想郷の人里は、月明かりと虫の声だけが支配する、静かな眠りの中にあった。
一人の男が、寝苦しさにうなされていた。肩で息をし、寝返りを打つ。そのまま起き上がって、ため息をつきながら縁側へ出た。湿った風が頬をなでる。
「暑い…。眠れん…。もう少し涼しくなるまでビビッチで時間を潰そうかな」
この男が今ハマっているのは【ウルトラねずみブラザーズ】というねずみっぽい顔をした男が悪者に囚われたお姫様を助けに行くというシンプルなゲームだ。ビビッチの発売と同時に、カセットと呼ばれる物も付いてきた。1人一つ好きなのを選べるとのことでこれを選んだ。
(あのステージがどうにもクリアできないんだよな。でも絶対にクリアしてやる。待っててくれよ、にと姫。助けに行きますからね)フンッ
適当に選んだつもりだが、大当たりだ。今までは眠れない時は借りた本を読んでいたが、そんな物よりもこっちの方が断然楽しい。もう本には戻れない。
(早くやりたいっ)
そう思い、ビビッチを取りに行こうとする。
「……あれ?」
足元に、何かが擦れる音がした。ざわっ、と草をなでるような音。視線を落とすと、そこには── 一筋の“文字”が、蠢いていた。
墨のように黒く、筆で書いたばかりのような濃淡を持った経文が、するすると地面を這っていた。文字が繋がって、一本の帯のように揺れ動く。それはまるで、蛇のようだった。
「ひっ……な、なんだ……!」
男が慌てて後ずさるより早く、その経文は足首に巻きついてきた。乾いた音を立てて、次々と脚を這い登ってくる。冷たいのに、どこか湿っている。だがそれ以上に──重い。
「離せッ、離れろ……ッ!」
もがくが、文字たちはぬめるように滑り、男の腕、胸、首へと這いまわる。そして次の瞬間、一文字が皮膚に沈み込んだ。
「っ、あがっ……が、ああああッ!?」
目を見開いた男の眼球に、経文が“にじむ”ように溶け込んでいく。眼の奥が焼けるように痛い。耳にも入り込んでくる。意味のわからない経文が、内側から男の意識を喰い破ってくる。
無限界乃至無意識界無無明
混濁した記憶と呪詛が、洪水のように流れ込んでくる。ぐちゃぐちゃになる。頭が、心が、ぐちゃぐちゃになる。男は最後に呻き声をあげたまま、崩れ落ちた。
「ふはぁ〜。ちょっとあなた、何事よ。うるさくて起きちゃった…じゃ……な……えっ!?」
縁側で倒れている夫を発見した妻。
急いで駆け寄り、素人ながらに呼吸と脈を確認する。生きていることを確認すると落ち着きを取り戻す。
「良かった……。ちょっと、ちょっとあなたっ…。どうしたんです?」
「うぅぅぅ……ぁ……ぁぁ…」
口をパクパクさせて、何かを伝えようとしていた。
声が出ないのか、とても辛そうだ。
「どうしたの?」
そっと口元に耳を近づける。
「ぁぁ……舎利子色不異…」
「え?──あ゛ぁぁぁっ、あだま゛がぐる゛じぃ…っ!?あ、ああ、…観自在菩薩行深……!!」
※
翌日──
彼女はさっそく修理し終えた守敏経文をディスプレイに置いた。あんなにボロボロで、破れて字が霞んでいたものが小鈴の手によって美しく復活したのだ。
素人にとってはなにが書いてあるのかわからない未知の巻物だと考えたため、貸出は声をかけられた時にして、基本的には展示のように見せておくことにしたのだ。
「うわぁ…なんかご利益ありそう」
飾ってわかる美しさと神々しさに舌を巻く。
小鈴は半分冗談混じりに、その経典に対してパンパンと手を叩いてから、頭を下げる。
「また本の人気が出ますように……。へへっ、なんてね。頭下げて叶うならこんなに苦労はしないもんね」
がたっ…。
何か音がする。独り言を言っていた小鈴は我に帰り、音のした方を見た。いつの間にか中年の男が一人、無言で棚を眺めていたのだった。幽霊のように青い顔をしながら何かを唱えるように口を動かしている。
「・・・」ブツブツ
「えっ、お客さんっ!?あ、ああっ、いらっしゃいませ!」ニコニコ
手を伸ばして、2冊の本を手に取る。
小鈴と目を合わせぬまま、黙って貸出帳に名前を書いて、お金を出してそのまま出ていった。一度も小鈴とは口を聞くことはなく、どこか不気味ではあった。しかし金も払ってくれたので文句はない。
「あ、ありがとうございました〜。あっ、いらっしゃいませ〜!」
今度は若い女性が訪ねてきた。目の下には隈があり、ふらふらとおぼつかない足取りで店内をうろつき、一冊の小説を選んで帰っていった。
その後も大勢ではないが、ぽつり、ぽつりと、鈴奈庵を訪れる人の数が増えていった。明らかに様子がおかしい人も混じっていた。眠っていないような虚ろな目。幽霊のように青白い顔。ところどころ、言葉も通じていないようなそぶりさえあった。
それでも、小鈴はその様子に心配になりつつも、人がいる鈴奈庵にことが嬉しくなっているのだった。
閉店の時間──
最後のお客さんを見送り、暖簾を下げる。久しぶりに疲れたなーと体をググッと伸ばしてから、貸出帳を見る。
「こんなにもみんな借りてくれた。前まではこれが普通だったけど、人が来てくれるって嬉しー!」
よっ、と立ち上がり、守敏経文の元へ。
「もしかしたら、貴方のおかげかもね……。ありがとうございますっ。あ、あともし叶うなら……これからも皆んなが鈴奈庵に来てくれますように。ずっと本を好きでいてくれますように……っ」
再び頭を下げる。
お願いをしたら叶えてくれた…のかもしれないので、とりあえず。ついでに新しい願いを言った。困った時の神頼みのようなもので叶わないのは分かっているが言うだけ気持ちが落ち着いていく。
とっとっとっ……。
「ん?誰?」
誰もいないはずなのに店の中で足音がする。
とても軽い。
大人ではないのかもしれない。子どもかな?
「もう閉店の時間ですよー」
そう声を出しながら、店の中を歩く。
小鈴が歩いていると反対側から再び部屋の中を走る音。かさかさ、こそこそ、とっとっとっ…。
「もしかして泥棒?」
小鈴はなるべく慎重に、足音を立てずに音のする方へと近づく。
「・・・っ」ゴクリ
『ナイナイナイ』『ステキステキ、ナイナイナイ』『コッチナイ、アッチ』
「何あれ・・・?」
小鬼だった。
小鬼の群れが本棚の本を一つ一つ調べている。
「妖怪の本泥棒ね…。よーしっ」
小鈴は箒を手に取ると、振り回しながら小鬼へと駆けて行った。
『ギギッ!?』
「こらーーっ!!」
『ニゲロニゲロ!』
「待てー!」
小鬼たちは蜘蛛の子散らすように逃げていく。
小鈴はその中の1匹に狙いを定め、逃げる背中を追いかける。小鬼はそのまま一つの本棚に飛び込み、消えた。残りの2匹もいつの間にか本棚に吸い込まれるように消えていった。
「消えた…。もうなんなの、鈴奈庵で妖怪沙汰とかやめてよね…。安心安全、楽しく本と出会えるのがここの売りだってのに。ほらー、どこ行ったー?」
本棚に近づき、裏に隠れたのかもと動かそうと手を伸ばす。
『待て』
「ひっ!?」
今度は女の人の声だ。
小鈴の手は引っ込み、少し本棚から離れる。
『
そう聞こえると本棚からパァーッと光の粒が出て、小鈴の前で固まっていく。それらは積み重なり、一つの形となって現れた。
「なっ、なっ・・・!?」
「妾は
小鈴の前に現れたのは美しい着物を身に纏った可愛らしい少女だった。紫色の着物、ぱっつん黒髪、白い肌。しかし幼い姿とは裏腹にどこか大人びているように見えた。
「ふ、文車って、あの文車?」
「お主がどの文車を想像しているかは知らぬが、一つしかないじゃろう」
【文車妖妃】
文車とは、平安時代で非常時に本や手紙を入れて運ぶための箱車のことを指し、彼女はそれの付喪神である。当時は恋文や恋本などを文車に積んでいたとされ、その情念から生まれたのではないかとも言われている。
「文車って車輪がついてるはずでしょう?でも貴女が出てきたのは本棚とか、本からよね?」
「そこが気になるのか。やれやれ…さらっと流せば良いものを。まぁ、疑問には思うか。良かろう、説明してやる。……この本棚の材料は元々は使われなくなった文車だったのじゃ。持ち主が捨てようとしてな。妾もついにここまでかと思った時に、とある職人が新たな姿にしてくれたのじゃよ」
「なるほど……って、違う違う!聞きたいの間違えたー!……ごほんっ、文車妖妃とか言ったわね。なんで私のこと知ってるの!?」
「そりゃあ小鈴が生まれた時からここにいるからの!」フンス
「じゃあ鈴奈庵で何をしようとしていたの!?」
それを言われてドキリとした顔。
あからさまに目を逸らし、話したくなさそうな雰囲気を出す。
「そ、それはのぉ〜」
「まさかあの小鬼たちを使って、本をめちゃくちゃにしようとしたんでしょ。本棚にされた腹いせに!」
それを言われるとギリィっと怒りの形相を見せた。
「違うわ!妾は探していたんじゃ!主の書いた小説を──」
「はい?」
怒ってつい言ってしまった。
頭を抱えながら文車妖妃は言う。
「あっ、言ってしもうた…」トホホ
「な、なんで、私が小説を書いているの知ってるの!?」
「妾はここにずっとおる。普段は姿を消して、この鈴奈庵を歩いて、本たちとお話をしていたのじゃが……、ついこの間、主が小説を書いている姿を見てしまっての。つい後ろからそぉーっと覗いてしまったのじゃ」
「う、う、うそぉぉ……!!」プシューーー
読まれたくなかった黒歴史。
自分で書いて自分で完結して自分で満足する究極の自己満足を、まさか読まれていたなんて。あんな下手くそな文章、他の文豪たちが読んだらゲラゲラ笑って、晒してしまうかのような文を──
「は、恥ずか──」
「最ッッッ高じゃった!!」フンス
しかし、小鈴の絶望とは裏腹に文車妖妃は鼻息荒く興奮していた。目はキラキラさせ、手をグッと固めてぴょんぴょんと跳ねている。
「あんなにキュンキュンしたのは何百年ぶりだったか!妾は年甲斐もなく興奮した!胸がときめいた!アオハルじゃっ!!」フンフンフン
「えっ、えっ、えーーーっ!?恥ずかしいよ!お世辞なんかやめてよ!!」
「お世辞などではない!妾は猛烈に感動したんじゃ。主がいくら否定しても、妾の気持ちは否定できん!もし誰にも読ませていないなら妾が
顔を真っ赤にする小鈴。
顔を近くの本で隠して数秒間フリーズ。暫くしてからそぉーっと顔を出して文車妖妃を見た。
「そ、そんなに良かった?」
「勿論じゃ。妾は様々な本を読んできたが、恋愛ものがこの世で1番好きなのじゃ。ドキドキキュンキュンたまらんっ!……ちなみに妾が1番嫌いなのは策略巡らすくそ頭デカジジイが出るようなのは嫌いじゃ……。人の心に付け入ったり、人の弱みにつけ込んだりするようなのが特にな!!」
「そ、そう」
「しかし、ちゃんとは読めていなくて……その、こっそり読もうと思い、探させたんじゃ…。最初はどういう始まりなのか、続きはどうしたのか気になって……。でもふあんとして正しくない姿じゃから言いたくなかったんじゃ…」ゴニョゴニョ
「……しょ、しょうがないな!」
「へ?」
「ファン第一号に特別読ませてあげますか!特別読み切りを!」
そう言うと、小鈴は照れながら手帳を取り出した。
「ま、まさかこれが・・・!」
「恥ずかしいけど、私の文で喜んでくれるなら」
「うっひょーーー!今からぱーていーじゃー!」
「読み終わったら、ここ置いてて。私はそろそろご飯だから」
「うむ!」
初めての読者。
初めての感想。
ドキドキして、それでもちょっと嬉しくて。そんな気持ちを抱いたまま両親の元へと行った。
「では、さっそく・・・」
文車妖妃は小鈴の小説を読む。
時間が過ぎるのを忘れるくらい夢中に読み続ける。しかし、これは未完の作品。すぐに終わってしまった。
「〜〜〜〜〜っ、ぷはっ!!良すぎて呼吸するのを忘れとった…!いいのぉ、この青く、穢れのない作品は……。やはりいつの世も恋愛こそ至高よのぉ……。けど惜しい、惜しいのぉ。なんでここで終わるんじゃ。あの三角関係の結末はどうなるんじゃ〜〜〜っ!!」フワフワ
こうなると早く感想を伝えたい。
それがファンというものだ。しかし、小鈴は帰ってこない。夕飯を食べて、風呂にでも入っているのだろう。
「口でなくても、手紙なら……」
筆を取る。
さて、感想を書こうとした時に──
「・・・!」
『度一切苦厄舎利子色不異空──』
コトンと筆を落とす。
文車妖妃は膝をついた。体全身から妖力を吸われている。自分だけじゃない。あの巻物に他の妖魔本たちのもつ力もどんどん吸収されていく。
「この感覚……っ、この前急に力が抜け、眠くなったことがあったが……。あの巻物が原因か…っ、くそ……!!感想を伝えられずに何がふあんじゃ……、うぐっ」
抵抗してもあの巻物の力の方が上。
文車妖妃の力がどんどん吸い込まれていく。彼女の体がさらに幼く、さらに小さく──
「無念じゃ……っ」
一方で、小鈴は家の中で両親を探していた。
しかし誰も居ないので出掛けているのだろうと考えていた。2人がいつ帰ってきてもいいように、風呂を沸かし、食器を並べ、米は炊いといた。
「まだ、かな・・・」
どれだけ待っていても帰ってこない。
小鈴は立ち上がる。
「仕方ない、こんな時は読書でもして時間を潰すかな」
鈴奈庵へ戻る。
文車妖妃がまだ本を読んでいるのか、それとも別な本を読んでいるのか。そおっと覗く。
「!?」
そこで小鈴は見た。小さな、小さな妖精のようなナニカを。机の上で苦しそうに
「ゥゥ……、クラクラすりゅ……。あっ、小鈴…っ」
「あ、貴方は、誰っ!?」
「ほぇっ!?わらわぢゃっ、文車妖妃っ!」
「ちぃちゃくなってる!?」
自分の持っている手帳よりも小さな、そしてデフォルメされた文車妖妃が小さな手足をバタバタとさせているのだった。
「どうしたのっ、こんなになっちゃって」
「わらわのことはいいからっ!はやくここから逃げりゅじょ!」
「な、なんで?逃げるってなにから?お父さんお母さんもまだ帰ってきてないし……」
「わけはいいからっ!」
ふわふわと浮きながら、妖妃は小鈴の裾を引っ張る。
だがあまりに非力。小鈴は微動だにしない。妖妃は頬を赤くして一生懸命にここから逃がそうとするが彼女には伝わらない。
「もういい加減に──」
その時だ。
ピシャリと鈴奈庵の戸が開き、二つの影が飛び込んできた。
「「!?」」
「お助けぇええ〜〜〜っ!!」ジタジタ
「早くっ、早く隠れようっ!盟友ぅ!」バタバタ
ねずみ男と河城にとりの2人であった。
彼らは鈴奈庵の奥、つまり小鈴たちの家の方へと逃げようとした。だが妖妃を振り払った小鈴が2人の前に壁として立つ。
「な、なんなのあなた達っ!この鈴奈庵は静かに読書をする場所です!」
「あ、あんたっ、ここの店長さんかいっ!?頼むよ、匿ってくれ!」
「何を言ってるの?」
「じ、じつは───」
※※
少し時間は遡る。
時刻は夕飯時の前、場所は人里──。
「暴れるなっ!!」
「離せぇっ、離せっ!ゲームの邪魔するな!!」
人里では少し騒ぎが起きていた。
包丁を持った男を慧音が組み伏せ、人集りができている。原因は簡単なことで──
「ビビッチをやらせろぉっ!今日もログインしないと報酬が貰えないんだよぉ〜っ!!」バタバタ
「うるさいっ、たかがゲームで母親を殺そうとするなんて──」
そう、ビビッチだ。
この若い男は働き盛りで筋骨隆々だったが、仕事で怪我をしていた。自宅で療養している時にビビッチと出会い、今では怪我が治っても言い訳をして外には出ず、寝ることなくゲームばかりやっていた。
それを心配した母親に邪魔されて、男は狂ったように怒り、殺そうとして今に至る訳だ。
「おい、この男を永遠亭に!」
「・・・はい」ボソボソ
近くの屈強な男に引き渡す。
「またか。ビビッチが流行ってから暴力沙汰が増えてる。どうにかしないと……」
なんとこれが初めてではないのだ。
今、里の中では暴力沙汰、引きこもりの件数がかなり増えている。ビビッチを手にして3日すると個人差はあるが確かに人々はおかしくなっているのだ。
「・・・由々しき事態ですわね」
「!」
慧音の背後から突然何者かが話しかけてきた。
ビクッとしてから振り向くと、なんと八雲紫が冷たい目をして立っていた。その隣では式神─八雲藍─が傅いている。心臓を射抜かれるようなその冷たい視線に慧音といえども震え上がる。
「も、申し訳ないっ、里の守護者ともあろうものが、たかがゲーム如きの異変を止められないとは……」
「いえ、別に責めるために来た訳じゃないわ。ただこのゲームの持つ異常性を危惧しているだけ」
「と、言いますと・・・?」
紫は落ちていたビビッチを手に取る。
あの男が使っていたものだ。
「これは依存性を高める毒を出す仕組みがあるようで……。幻想郷を内側から壊す気なのかしら……」
「・・・っ、こ、こんなもの一体誰が」
「分かりきっているでしょう?」
「え、えーと……、ビビッチ……ん?ビビ……、ビビビ…、はっ!まさか!」
バキンッ──
紫の手の中でビビッチは粉々となった。藍は眉間を押さえて呆れていた。
「そう。あの子よ」
「あのおバカ…」
「・・・けど、あの子1人で出来るわけがない。協力者がいる。まぁ、分かりきっていますがね」
「どうして気づかなかったんだ…。奴らを見つけて止めなければ──」
「いえ、ここは任せなさい。あなたと藍でビビッチの全ての回収と処分を」
「御意」
「しょ、承知しました」
そう言うと、紫は隙間へと消えた。
目の前からいなくなると慧音は安心したのか、大きな安堵のため息をついた。
「こ、怖かった…。もっと怖くなる前にさっさとやらねば」
「ではやりましょう」
2人はそれぞれ家に周り、ゲーム機の回収に回る。
とある家に慧音は入る。
シンと静かで、陽の光が入らないように窓も閉じ切っていた。夏の暑さもあり夜分だとしても蒸し暑い。
「・・・?」
誰も居ないのか、そう思いつつ奥に入る。
「うおっ!……なんだ、いたのか?」
3人家族。父母、そして息子1人が居間で立っている。何かをする訳ではなく、ただただ直立しているのだ。足元でビビッチが激しく点滅しているが見ようとはしない。
「お、おい、大丈夫…」
両親の頭だけが動き、慧音を見つめた。
さらに子どもが慧音の足元に抱きつき、頭を太ももに埋めた。
「……な、なんだ。どうした?」
その言葉に答えるかのように、子どもはゆっくりと慧音を見た。
「!?」
子どもの目玉の中には文字が張り付いていた。
白目の上に黒い色の文字がベッタリと。それらが虫のように動き回り、子どもの体内を蠢いていた。
「照見五蘊皆空」
「こ、これは、ゲームのせいなんかじゃないっ!?取り憑かれて──、はっ!!」
振り向けば、背後には5、6人の男女。
その中には先程母親を殺そうとした若者と、その若者を永遠亭にまで連れて行ってくれたはずの男も混ざっていた。
彼らも子どもと同様に目の中で文字が蠢き、無心にお経を何度も唱えて立っていた。
「「「羯諦羯諦波羅」」」
彼らがお経を唱えると、彼らの口の中から具現化されたお経の羅列が吹き出した。狭い場所なのと相手は里の人間達であるために、判断が遅れてしまい、あっという間にお経に縛られてしまった。
「くっ、離──」
言葉が迫る。
耳、目、鼻、口──。慧音の顔面の穴という穴から脳みそへとダイレクトにお経が染み込んでいく。
「や、め……、あたまっ、こと、ば……っ、ぐちゃ…」
思考が消えていく。
全てがぐちゃぐちゃになる。自分のことも友人のこともぐちゃぐちゃに混ざって蕩けて──
「……ぅ…」
※
玄武の沢──
「ビッ、ビッ、ビビビのビィ〜っと、うひひひひひっ!いやーたった3日で大金持ちになれるとはねぇ〜!俺って天才!」
「私たちは天才、でしょ。盟友」
「わーってるよ!オメェと出会えなければ、こうはならなかったさ。感謝してるっての」
にとりはパソコンのようなものをカタカタと動かして、何かと通信しているようだ。ねずみ男はハンモックの上でジュースを飲みながら笑っていた。
「けどまだまだこれじゃあ足りねえな。もっともーっと稼いでやるぜ。にとり、毒電波のレベルを上げるぞ」
「えー、また上げるの?これ以上やるとゲーム無しじゃ生きられなくなるんじゃない?」
「構わねえさ。大体ゲームに時間を支配されてる時点で生きてるか、死んでるか、分からねえ状態なんだからよ。今更だろ」
「んーー、それもそっか」
にとりは悪い顔をして続けた。
「ゲーム依存してくれれば、こっちは潤うしね。ひひっ、もっと値段を釣り上げても良いかもね」
「ホントににとりは良い性格してるぜ。幻想郷で1番だよ。俺、初めてシンパシー感じてるぜ」
「へへっ、お互い様だよ」
「あとは・・・」
「新たなソフトの開発かい?」
「ケーッケケッ!いや1人でやる時代は終わり。これからは赤外線通信の時代よ〜」
「赤外線・・・っ、おもしろそーーーッ!!早く仕組みを教えておくれよ!」キラキラ
現状、にとりの技術力はかなり高度になっていた。
ねずみ男から仕組みを聞き、発明してみる。外の技術こそ至高である彼女にとってねずみ男の存在はありがたかった。
「よし、まずはな──」
メギァッッッッ──
「「・・・!?」」
にとりが使っていたパソコンが粉砕する。
呆気に取られる2人の前で空間に一つの切れ目ができた。
「「ま、まさか──」」
「ごきげんよう、ねずみ男、河城にとり」
「「八雲紫っ!?」」
幻想郷の賢者、八雲紫が降臨する。
彼女が広げた手のひらを、そっと閉じた瞬間に、玄武の沢にあったビビッチに関する機械がポンポンポンッとリズム良く音を立てて真っ二つに割れていく。
「「あっ、あ、あーーーっ!?」」
青ざめて、悲鳴を上げる2人。
紫の目は冷酷そのものだ。たとえ幻想郷の住人であろうと、たとえ過去に繋がりがあろうとも今回の件を甘く見るつもりはないらしい。
「な、なんでこんな酷いことができるんだよっ!!」
「そーだよ!私たちが何をしたって言うんだよ!」
「・・・」
怒る2人。
紫は怖いが、いきなり現れてこんなことするなんて許せなかった。
「俺はお世話になっている幻想郷の皆様に……、楽しみを…、幸せを与えようとしただけで……!!」グスッ
「幻想郷の技術レベルを向上させようとしただけなのにぃ…っ」エグッ
そんな2人に対して、終始無言を貫いていた紫は一言──
「黙れ──」
「「・・・ッ!?」」
この世が氷に閉ざされたかのような数秒間。
2人は悟る。目の前の最強が本気で怒っていることに。──2人は息を合わせたかのように抱き合い、ガタガタと震え上がる。
「幻想郷の存在維持に、人間は必要不可欠なことは知っているわよね」
返事はせずに頷いて返す。
「人間が妖怪に恐怖し、妖怪がその恐怖を喰らい存在し続けている。つまり
壊れた機械を指差して続ける。
「ゲームは人々の娯楽ため、楽しみのため……と多少は見逃していた。だがあれが齎したものは殺意と孤独。……家の中に閉じ籠り、人が人との繋がりを断とうとしたり、凶暴性が増して家族や友人などを殺そうとしたりする。……このまま続ければ、人間が滅ぶところでした」
「「・・・っ」」ガタガタ ブルブル
「早めに止められたから良かったが、もっと遅かったらどうなっていたか」
紫は指をパチンと鳴らす。
2人の周りには無数の弾幕が美しく漂っていた。
「「ま、待って──」」
「仕置きよ」
玄武の沢で大きな爆発が起きた。弾幕、スペルカードというのは戦闘をしたい者のためにストレス発散作られたお遊び用だ。だが使う者によってはかなりの殺傷力を伴うことがある。
「ほ、ほへ……」
「きゅぅ〜〜〜」
「次は無い──」
紫が目の前からいなくなると──。
「く、くそがぁぁぁ……っ」
「全部粉々。身体はボロボロ。とほほ」
ボロボロの2人は起き上がり、その場に立ちすくんでいた。ねずみ男は地団駄を踏んでいた。
「金持ちになる夢はおじゃんだぜ。・・・許さねえぞ、八雲紫ぃぃ…!!」
「やめなよ、盟友。とりあえず反省しとかないと次は手足もがれるかもよ?」
「ふん、あの女が怖くて金持ちになれるかっての。無理やりゲーム奪った罰は受けてもらうからなァ」
「どうやってさ?」
ねずみ男はニヤリと笑う。
「殆ど人間たちはゲーム中毒になってんだぜ。そんな状態の奴らから無理やり奪ったらどうなると思うネ?」
「・・・まさか!!」
「んーふふふふふっ!暴動よー!ちゃんとしたケアをしねえと奴らは治らねえ。きっと里は今めちゃくちゃ。慧音ちゃん達も手を焼くし、紫の野郎も焦りまくるだろうぜ!」
「うーわぉ」ドンビキ
「このねずみ男、ただじゃあやられねえのさ。さぁてめちゃくちゃになった里の連中見ながら酒でも飲もうじゃねえの!」
※
「問題はここからよね」
ねずみ男の思惑なんて紫が気づかないわけがない。
実の親を殺そうとするくらいに毒された人間達からゲームを没収したらどうなるのか想像はつく。
「・・・?」
里に降りると、予想外にも静かだった。
辺りを見渡すと人々は暴れることはないが、
「2人とも……?」
近づくと慧音は俯いたまま微動だにせず、藍だけがゆらりゆらりと紫の方へと向かっていった。
「藍…?」
「ゆ、紫様っ、お、お逃げくださ、い…っ」
「藍っ!?まさか貴女も毒電波に!?」
様子のおかしい藍。
彼女は自身の頭をぐぅっと押さえつけながら、目を血走らせて言った。
「違い゛まッ、ぎぃっ、人間たちっ、他の妖怪にぃぃ……っ、早く逃げぇええ…… ──究竟涅槃──」ギロ
紫は一気に距離をとった。
そして今この里で起きている異変に気づく。
「……気づけなかった。ゲーム中毒の裏に別の妖怪が潜んでいたなんて。藍に取り憑ける妖怪がそうそういるとは思えない。ぬらりひょんの差金。それとも、何か危険なやつが目覚めた……?」
そう。
紫も、藍も、慧音も気づくことはできなかった。
ゲーム中毒という目立つ問題ばかりに目を取られてしまい、その背後で別のものが誰にも悟られぬように人々を洗脳していたのだ。
「どちらにせよ、藍が敵の手に落ちたのなら加減はできない。とりあえず四肢を落として──」
何か腕の上を動いて──
「!? こ、これは…っ、この力は……っ、御仏の…!!」
痺れる。
この腕に張り付いているものは妖怪にとっての毒。人々を導く仏の力が紫の力を奪っていく。
「藍がやられた理由が分かった。この力はあまりにも……っ、妖怪にとって最悪のもの…!!」
能力を使えば、離れられる。
だが、隙間は開かない。頭が痛い、吐き気も。気づけば里中の人間達に囲まれていた。彼らの口からも経文が。慧音、藍がやられたように、経文に囲まれ、縛られて、腕から上の方へと伸びていくのだった。
「れ、いむ……」
紫は霊夢の名を呼んだ。
人間ならば、力を持った人間ならば経文に対抗できる。しかし、声は届くことはない。そのまま飲み込まれてしまった。
※
「・・・」
「・・・」
「・・・え?」
「なにも起きてない?」
めちゃくちゃになった状態を楽しもうと里に来たのにも関わらず、暴動、暴言、紛争、殺人、強盗なんか何一つ起きていなかった。とても静かで人がいるのか分からないくらいだった。
「う、嘘だろ…。何が起きてるんだこりゃあ」
「みんなゲーム奪われて、ぶっ倒れたのかな?」
「まさか…」
少し歩くと、声が聞こえてきた。
大きな、響くような声だった。ねずみ男は思う──“きっと皆んながゲームを求めて暴れているぞ。俺の邪魔をしたからこうなるのサ”──と。
しかし現実は違った。
「た、助けてぇええ…っ!!」
「いやあぁぁぁっ!!」
そこでは2人の男女が襲われていた。
1人は本売りのようで、逃げている時に周囲に本をばら撒いていた。もう1人は女で買い物の途中で籠を持ったままだった。その2人を里の人間達が無表情で追いかける。
「あ、ああ──」
「いや、ぁぁぁ──」
どうやら2人は夫婦のようで男は妻を守るように壁となるが無意味だった。あっという間に人の波に巻き込まれた。抵抗できず、人間達の口から出た謎の言葉に絡まり、取り憑かれていく。
ねずみ男とにとりは顔を見合わせ、抱き合い、ガタガタと震え上がる。
「や、やべぇっ!?な、何が起きてんだこりゃあ!?」
「里の人間達がおかしくなってる。どう見たってゲーム中毒ってわけじゃないよこれは」
「逃げましょ逃げましょ!」
「うんっ!」
しかし逃げても、逃げても、おかしくなった人間ばかり。隠れようにもどの家にもおかしくなった人間達が無表情でただ何もせずに立っていた。彼らはねずみ男たちを見ると、一目散に逃げる。それを何度も繰り返していた。
疲弊しきった2人。ヘトヘトな身体でたどり着いた場所は鈴奈庵の前。にとりはここを指差して言った。
「盟友っ、ここは!?」
「す、鈴奈庵?」
「貸本屋!覗いた感じ誰もいないし、隠れよう!」
「そうね、隠れましょ!それに騒ぎを聞きつけて霊夢ちゃんが助けに来るかもだしな。面倒くさいことは他の人に任せておけばいいもんねぇ〜」
※
時間は今に戻る──。
「・・・と言うわけなんだよ。里中の人間達はもうめちゃくちゃ!不思議なことにここは無事みたいだしよ。霊夢ちゃんが全部解決するまで隠れさせて!ねっ、店長!」
「頼むよ、小鈴ぅ」
「えっ、ま、待って!?その話が本当ならお父さんもお母さんも・・・」
『依般若波羅蜜多故──』
突然、念仏を唱えるかのような声が聞こえてきた。
なんだと驚き、全員が声のする方を見る。そして全員の血の気が引いていく。
「ま、まさか・・・」
「里の人間達がおかしくなった原因って“コイツ”のせいっ!?」
展示されていた巻物が宙を舞い、形が変形して行った。
巻物が、ぬらり、と自らの端を動かす。
布のように広がり、ひとりでに巻かれ、うねり、歪み、膨らみ──
『オ……オオォォォ………!!』
声なき叫びが、鈴奈庵に響き渡る。
目は濁り、けれど見開かれたまま。口は裂け、けれど何も語らず。巻物で出来た四脚があたり一面に広がっていく。全身に経文がびっしりと刻まれた巨大な妖怪が爆誕した。
『オオオオォォォーーーッ!!』
「きゃあああぁぁぁーーーっ!?」
「あれは
ありがとうございました!
経凛々vs.ねずみ男&河城にとり&小鈴&文車妖妃(ミニ)
経凛々は妖怪特攻持ちなので、妖怪相手はめちゃくちゃ強いです。
ゲスト妖怪について──(どちらも五期から!経凛々大好き、見た目)
文車妖妃は前作からの登場でございます。
ただ、性格や口調を少し変えてみました。因みに中身はお婆ちゃん、見た目は幼女。つまりは“のじゃロリ”という属性でございます。
経凛々(見た目を知りたい人は調べてみて!!かっこいい)
今回の敵・・・ではありますが、読者の皆さんに考えてほしいのは、経凛々は一体なぜこんなことをしたのか。そこを想像してもらえると嬉しいです。