ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

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こんにちは、狸狐です。

 タイトルから分かる通りの彼女が登場です。
 あと、ねずみ男の過去(捏造)に少し触れますのでよろしくお願いします。

 ねずみ男の過去は、実際はっきりとしていません。
 妖怪と人間のハーフだったり、ねずみ男一族の王子だったり、ネズミしか生まれない島で人っぽいのが生まれたり……とにかく色々あります。

 そのため本小説では妖怪と人間のハーフという所に焦点を当てようと思います。





ねずみ男と貧乏神①

 

 

 

 

 

 

「我らに財を、富を、運をお与えください…。福の神様ぁぁぁ……!!」

 

「「お与えください……」」

 

 

 

『・・・っ』

 

 

 

「よし。とりあえず今日の御勤めは終わりだ。卵と酒、切らしとくなよ」

 

「分かってますよ」

 

「ねえ、お父さん。なんで毎日こんなことやんの?面倒だし、…あと恥ずかしい。友達に見られたら笑われる」

 

「気持ちは分かる。俺だって本気で信じてなんかない。だが、やらないと金は入ってこないと言われているからな」

 

「けどこの子の言う通りじゃない?これだけ裕福になったんだもの。もう祈らなくても十分でしょう」

 

 

 

 

『・・・!』

 

 

 

 

「……そう、するか。まぁ、稗田家まではいかないが俺たちはかなりの名家になったしな」

 

「そうと決まったらこんなの終わりよ」

 

「やったー!やっと終われる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だめ、だめよ…』

 

 

『ああ……っ』

 

 

『ごめんなさい・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫様、今日のお昼はいかがします?私としてはお稲荷さんにでもしようかと思ったのですが…」

 

「私は藍様が作ったものであればなんでもいいです!」ニャー

 

「そうかそうか。ふふっ」

 

 

 場所はマヨヒガ。

 橙を愛おしく撫でながら、藍が主人である八雲紫に尋ねる。何か作業中だった紫は筆を置いて、言った。

 

 

「・・・ねえ、藍」

 

「はい」

 

「たまには皆んなで食べない?お昼」

 

「皆んな、ですか?しかし、いつも私と橙と紫様の3人で食べているではありませんか」

 

「違くて、今日は霊夢とねずみ男も入れて、皆んなで」

 

 

 その言葉に藍の尻尾がピンと立ち、その後ふわふわと揺れ出す。橙はよく分かっておらず頭を傾げたままだ。

 

 

「! 分かりました。橙…、里に行って豆腐屋で油揚げを買ってきてもらえるか?」

 

「お使いですか!やりますやります!」

 

「では私は皆に声をかけてきます」

 

 

 出て行く2人。

 紫はどこか嬉しそうに独り言を呟く。

 

 

「久しぶりに家族で……ね。あっ、そうだ。今日は何かもう一品私が作ろうかしら」

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 しかし、楽しいものにはならなかった。

 場所は博麗神社となり、霊夢から許可をもらい、ねずみ男を呼びに行った際に、彼は里でお年寄りを騙して泡銭を稼いでいるのを発見された。

 

 

 

「お、俺はただ、お年寄りに希望を与えようと──」

 

 

 

 お金は返され、ねずみ男は藍に怒られながら博麗神社に連れて行く。そして邪魔されて怒っているねずみ男を見て、紫が藍に何があったのか尋ねたことにより、食事の前に【説教】が始まったのであった。

 

 

 

 

「ねずみ男。最近のあなたの行動は目に余ります」

 

「うぐっ…」

 

 

 博麗神社の一室。夏の日差しを遮る障子の向こうで、蝉の声がかすかに響いていた。

 畳敷きの部屋。低い机を挟んで向き合うのは、八雲紫とねずみ男。

 その隣では、従者の藍があわあわと焦りの滲む顔で紫を見守り、柱にもたれるようにして座る霊夢は、うんざりした目で茶をすすっていた。

 

 

「もぉーーーっ、早くご飯にしましょうよーー」

 

「れ、霊夢っ、ちょっとこっちに!」

 

 

 いきなり始まった説教。

 久しぶりのまともなご飯を待ちかねていた霊夢からしたらかなりの迷惑だ。事情なんか興味がないので大きな声で文句を言う彼女を別室に連れていく。

 

 

「すまない、霊夢。……私が紫様に言わなければよかったんだ」

 

「そもそもなんで紫はあんなに真面目に怒ってんのよ」

 

「きっと……幼いねずみ男と過ごした紫様としては悪事に手を染めてほしくないから、目を覚ましてほしくて説教していると思うんだ。元より最近のねずみ男は悪いことをしては迷惑かけてばかりだしな」

 

「大して長く一緒にいたわけじゃあないんでしょ。そんなに気になるもんかしら」

 

「霊夢、そういうものに時間は関係ないんだ。長くいても冷め切った奴らもいれば、少し知り合っただけなのに蕩けるような関係もある。仮に霊夢も悪の道に落ちたのなら、紫様はああやって怒ってくださるだろう」

 

「その感覚がよく分からないわ」

 

「まぁ、とにかく私は説教を短くしようと思う。悪いがもう少しだけ待っててくれ。お詫びは必ずするからな」

 

 

 

 場面は紫とねずみ男に戻る。

 紫はねずみ男に真剣に語り出す。まるで親子のような姿だ。

 

 

 

「まったく……。どうしてあなたは、みんなに面倒をかけないと気が済まないのかしら?」

 

 

 紫は扇子を閉じ、机の上にカツンと置いた。目は真剣そのもので声には冷たさが混じっている。

 

 

「あなたはすぐに権力者に媚び、人の弱みに付け込む。平気で噓をつき、やってはいけないことを進んで行う。働かないで楽することばかり、お金に困れば盗みに詐欺三昧。怒られても反省したふり。・・・このままじゃいけないと思わないの?」

 

「ち、ちがっ──」

 

「違くありません」

 

 

 言い訳をしようにも紫に封じられる。

 ねずみ男が目を逸らすと、紫の眉間のしわが深くなった。

 

 

「紫様、もうそのくらいで……」

 

 

 横から藍がそっと止めようとするが、紫は構わず続けた。

 

 

「貴方が……」

 

 

 これ以上はいけないと思いながらも、彼には良い人生を歩んで欲しいと願っている。ならば言うしかない。

 

 

「貴方が辛い思いをしてきたことは知っている。けど、今は違う。環境は良くなりつつあります。それだというのに過去に拘り続けるなんて虚しいわ」

 

「……っ」

 

「ねずみ男、今からでも遅くないの。お金とかの執着を捨てて、真面目に働くの。そしたら皆んなもあなたの事を──」

 

 

 ぎり、と歯を食いしばって聞いていたねずみ男。

 しかし彼の中で何かが切れた。

 

 

「好きになってくれるっていうのかよっ。お、お前に……っ、お前に……俺の、何が分かるってんだ」

 

 

 その声には低く沈んだ怒りが混じっていた。

 

 

「ねずみ男……っ」

 

 

 ねずみ男は目を合わせようとしなかった。その顔はとても辛そうで、苦しそうで、見ていて辛いものだった。

 

 

「恵まれたやつに俺の気持ちなんか分かってたまるか!!」

 

「ね、ねずみ男、落ち着いて──」

 

 

 藍が部屋に入り、慌てて制止するが、ねずみ男の感情はもう止まらなかった。

 

 

「飯ご馳走してくれるって言うから付いてきたのに……っ。くだらねえ説教や安い同情されるなんて不愉快だ!もうお前らなんか知るかってんだ!!」

 

 

 机の縁をドン、と拳で叩き、そのまま出て行った。霊夢が「うわ、畳に傷つけたら掃除させるからね」と呆れ顔で言い、藍はおろおろと。紫は黙って聞いていた。紫は何も言わなかった。ただ、その紫の瞳だけが、どこまでも静かに、ねずみ男の背中を見つめていた。

 

 

「ま、待て、ねずみ──……」

 

「どうすんのよ、行っちゃったじゃない」

 

「・・・」

 

 

 紫は少し俯いてから、頭をさっと上げる。

 

 

「ごめんなさい。雰囲気壊しちゃって。楽しい席にするはずなのに説教しちゃうなんて…。主催者がこんなんじゃダメよね〜」

 

「紫様」

 

「よしっ、お昼にしましょうか。橙が帰ってくる前にお皿とか並べておきましょう。霊夢、どの棚にお皿置いてる?」

 

「あー、大皿はそこで・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 ねずみ男には幼少期の記憶は無い。

 忘れてると言っても良いだろう。

 しかし、大体7歳の頃、つまり物心がつく頃からはしっかりと覚えている。

 

 

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 物心ついた時にゴミだめの中でねずみ男が1番初めに思ったのは、それだった。

 

 自分には親はいない。

 自分には仲間はいない。

 友達も、兄弟も、恩人も、何もかもいない。

 

 

 なら、どっちかのところに行けば良い。自分も誰かといたいんだ──。

 

 

 

【こいつ、半分妖怪の血が流れているんだとよ。ねずみみたいに醜い顔しているねぇ。忌み子、全く汚らわしい】

 

【おお、ねずみ。住むところのないお前を村に置いてやるだけ感謝しろ。この親無し。穢れめ。お前は奴隷なんだ。働かねえなら飯抜きだぞ】

 

【おい!酒井さんの息子さんが妖怪に襲われたんだってよ】

 

【ねずみっ、お前の妖怪(なかま)がやったんだ。どうしてくれるんだ?】

 

【皆んな。こいつで憂さ晴らししよう。なーに、こいつは妖怪の仲間なんだから死んでも誰も悲しまねえよ】

 

 

 

 

 

 ここに居場所はなかった。

 殺される前に逃げた。

 人間のところがダメならば、自分を妖怪と呼ぶのなら、自分の居場所は妖怪の方なのだろう──

 

 

 

 

 

【おお、臭い。人間臭くて敵わんわ】

 

【混ぜもんのくせに俺たちの森に来やがって。そんなに妖怪の仲間になりたいなら、手足片方ずつ切り落とそうか?ケケケ】

 

【おい!人間たちが鎮守の森の木を切りやがった。山天狗様の住処を荒らしやがったぞ】

 

【昔からあの森は人間が入ってはいけない決まりがあったのに。人間ってのは平気で約束を破る。混ぜもん、どう責任取るつもりだ?お前の人間(なかま)がやったことだろう!?】

 

【皆んな。こいつを殺して、あの村に死体を投げ込もう。これ以上荒らしたらどうなるか、この混ぜもんを使って教えてやろう】

 

 

 

 

 

 ここにも居場所はなかった。

 殺される前に逃げた。

 そして、誰もいない場所で悟った。

 

 

 

『自分の居場所は何処にもない』

 

 

『どっち付かずの半妖怪、混ぜ物に居場所なんか無い──』

 

 

 

 場所を変え、場所を変え……、居場所を探して生き続けた。しかし彼はどこに行っても石を投げつけられた。妖怪と人間が敵対していた時代に生まれた異質な存在を受け入れる場所はこの世には無かった。

 

 

 死にたい。

 死にたい死にたい。

 

 死にたい・・・?

 

 なんで、なんで俺が死にたいなんて思わなきゃいけないんだ?俺が何かしたか?いやしてねえよ。ただ親が人間と妖怪なだけ。どっちとも違うだけだ。黒でも白でもなく灰色なだけなのに。

 

 死ぬのは俺以外だ。

 

 もう誰も信用なんかしない。自分さえ良ければ良い。

 

 

 

『俺は何がなんでも生き抜いてやる。どんな手を使ってでも、他の奴よりも偉くなって、いつか皆んなに俺の存在を示してやるっ!!』

 

 

 

 人の弱みにつけ込み、権力者に媚びへつらい、常に下剋上を狙い、簡単に裏切る友達や仲間などよりも、誰に対しても平等に、そして裏切らない金だけを信じる。

 

 

『俺は負けねえ』

 

 

 これがどちらからも石を投げつけられ、必要とされずに、孤独に生きていた“ねずみ男”という存在が10年も満たないというのに生まれた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そうさ。俺は今までも、これからも1人なのさ。……けっ、誰かと一緒に食う飯なんかより、1人で食う高級ステーキの方がいいに決まってるぜ」

 

 

 

 ねずみ男の脳内にある夢見る機能が動き始める。

 これはどんなに嫌なことがあっても、辛くても、悲しくても、それらを上回るくらい楽しいことを考えることができるのだ。きっと一種の自己防衛本能なのだろう。現実は変わらないが自分にとって都合のいい世界だけが見える素晴らしい世界が見え、生きる活力となる。

 

 

 

「にひひひっ。さーてどこかに困ってるやつは居ねえかなァ。金儲け金儲け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ、人里の外れ。

 かつては誰かが住んでいたであろう空き家の前に、妙な立て看板が掲げられていた。

 

──《怪奇現象専門事務所 あなたの不幸、妖怪のせいかも!?》

──《ご相談無料(初回限定) 退魔・浄霊・運気向上も承ります》

──《所長:ねずみ男(実績多数)》

 

 看板の下には、怪しい提灯とチープなのぼり。

 中を覗けば、店内には紙でできた護符や、誰が書いたかわからない霊符、そして大量の“ありがたそうな石”が棚に並んでいる。そしてカウンターの向こうでは、この店の店長であるねずみ男が胡坐をかいて鼻をほじっていた。

 

 

「んーふふふふっ、里の連中たちの家にこの店のビラをポスティングしてきたし、何人かは来るだろうネ」

 

 

 彼の背後には雑に印刷された名刺の山。

 「所長」と書かれた札を胸にぶら下げ、やけに自信満々な笑みを浮かべている。

 

 

「ここだよね…?」

 

 

 するとその時、ガラガラッ、と襖が開き、ひとりの女が入ってきた。

 擦り切れた着物に、疲れ切った表情。だがその身のこなしには、元・良家の娘らしい気品が残っている。そして彼女の手にはポスティングしたあのチラシが握られていた。

 

 

「……ここは、『怪奇現象専門事務所』……で、よろしいですか?」

 

「んふふふふっ!はいはい、ようこそいらっしゃいましたっ!私こそが怪奇現象専門事務所の所長であるビビビのねずみ男!」

 

「ビビビの…?」

 

「ええっ!ビビビのねずみ男でございやす!──うへぇっ、超美人!」

 

 

 ねずみ男は瞬時に顔を引き締め、営業スマイルを全開にした。

 相手を値踏みするようにちらりと見る。歳は二十代半ば、見た目に反して育ちの良さが滲んでいる。顔はかなりの美形で、ねずみ男は心の中で犬のように舌を出す。

 

 

(う、美しい〜!でへへへへへぇっ!)

 

「あ、あの、私の顔に何か…」

 

「あっ、あー!いやはや、これはどうもすいません!そ、それで今日は如何しましたか?」

 

「実は妖怪退治をしてほしくて……」

 

「妖怪退治!私の1番得意なことでがす!さぁさ、詳しく教えてください!」ニヒヒヒヒ

 

 

 女は静かに頷くと、畳の上に座り、遠い目をして語り出した。

 

 

「……私は金富有子と申します。ほんの少し前までは、家も裕福で、何不自由のない暮らしをしていました。着たいものは着られたし、食べたいものも食べられました。両親はとても優しくて……私が困るようなことは、何もなかったんです」

 

 

 そこまで話したところで、有子は一度目を伏せ、言葉を選ぶように唇を噛んだ。

 

 

「……でも、ある日、突然お金がなくなってきました。父が借金の保証人になったり、母が怪我をした際の入院費がとても高かったり、とにかく不幸が重なって。悪いことが起きるたびにお金が減っていくのです」

 

 

 ねずみ男の目がほんのわずかに光る。

 金持ちで哀れなお嬢様。助けたら、金持ちになり、美人と結婚できるかもしれない。

 

 

「……お金がなくなっていくんです。どんどんなくなっていく。働いてもすぐ消える。まるで“何か”に邪魔されているようで……。絶対におかしいのです。妖怪のはずに違いありません。このままだと……底をついて、私は……」

 

 

 そこで、有子の声は震えた。

 涙を流すことも忘れてしまったような、乾いた顔だった。

 

 

「助けてほしいんです。どうか、お願いします……」

 

 

 ねずみ男はキリッとした顔で、有子の肩へ腕を回す。

 

 

「ふふふっ、任せてください!私はね、金持ちと美女のお願いだけは必ず叶えることにしているんです」

 

 

 彼の脳内ではすでに計画が進みつつある。

 どうせただ単にツいていないだけ。適当に祓ったふりをして金をせしめた後に、上手く言って有子さんと付き合えるかもしれない。

 

 

「本当ですか!有子、嬉しい……」スリ

 

「むっほほほ!ではではさっそくやりましょ、やりましょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れかけた頃、ねずみ男はすっかり草臥れた屋敷の一室にいた。畳は湿ってカビ臭く、襖はところどころ破れている。壁には、かつての栄華の名残とも言える豪奢な額縁がかかっていたが、中身の絵は外され、埃だけが残っていた。

 

 

「有子、あれは大丈夫なのか?法外な値段を請求されるんじゃないの?」

 

「博麗の巫女とか、守矢の巫女の方が良かったんじゃない?」

 

「博麗神社まで安全に行けるわけないし、守矢神社にお願いすると無理やり入信させられるって聞くもん。ここまできたらあんな藁にも縋らなきゃ」

 

 

 ねずみ男が準備をしている間、後ろでは金富家族はひそひそと何かを話している。準備は一応終わったが、とりあえず目を盗んで、バレないように家の中を見て回る。盗めるものがないか物色し始めた。

 

 

(何か金目のもんはねえかなぁ…。ん?)

 

 

 ねずみ男はとあることに気づく。

 

 

(この家、色んなところに瓶があるな……)

 

 

 部屋の隅、机の上、棚の上、廊下に敷き詰められている土製の瓶。よく我々が見るようなガラス製の瓶ではなく、古墳から見つかりそうな口が大きくどっしりとした瓶だ。大小関係なく家の中一面に置いてある。

 

 

「ふぅむ」

 

 

 ねずみ男が一つ手に取り、中を覗く。

 何か乾いているものが見える。

 

 

「なんだこれ?」

 

「ああ、それですか」

 

「うひっ!?」ビクゥゥ

 

 

 突然父親に話しかけられて変な悲鳴をあげるねずみ男。

 父親は笑いながら続ける。

 

 

「それは我が家を幸福にしてくれる福の神様なんです」

 

「ふ、福の神?」

 

「実は私たちの家はもともと貧乏で、どうにか金持ちになりたいと思っていたんです。そんな時に知り合いのお婆さんからこの土瓶を貰いましてね。なんでも、しっかりと御勤めを果たせば、この瓶の持ち主は裕福になるとのことで」

 

 

 ねずみ男はその言葉に反応した。

 

 

「裕福にぃっ!?」ムハッ

 

 

 しかし、父親は首を横に振りながら言う。

 

 

「有難い限りですが、もうお勤めはやめましてな。これ以上裕福になっても金は使いきれませんからな。また少し減ったら拝もうと思いますよ。ははは!」

 

「羨まし……ゲフン…うーむ、大丈夫なんですか、そんな風に扱って」

 

「まぁ何も起きてはいませんし大丈夫でしょう。それで始められそうですか?」

 

「あ、ああ!はいはい!準備OK。始めますよ」

 

 

 ねずみ男は、思考を切り替える。

 お札を何十枚もばらまき、懐から取り出した鈴をシャラシャラと振り回す。

 

 

「妖しきものよ……。金富家の運を蝕みし、忌まわしき者よ……。この正義の光の発生源たるねずみ男のもとにこの家から去れいっ!去れいっ!去れいぃぃぃぃっ!!」

 

 

 効果音代わりに火打石をカチンと鳴らし、白い粉を燻して煙を出す。線香の匂いと混ざって、室内はますます怪しくなる。家族たちはオオッと歓声を上げた。

 

 

「抵抗するか、悪しき者よ!はぁ〜〜っ!ナンマンナンマンアンバラヤ〜〜〜ッ!」

 

 

 畳に正座していた有子は、緊張した面持ちでねずみ男を見つめていた。

 その視線を感じながら、ねずみ男は内心ほくそ笑む。

 

 

(よしよし、もうちょい演技して──)

 

 

 ──が。

 

 風が吹いた。

 

 屋敷の中に、夏だというのにあり得ない冷気が流れ込む。襖ががたがたと震え、飾り棚の上の茶碗がカタリと音を立てて揺れた。

 

 

「…ん?」

 

 

 次の瞬間──畳の隙間、暗がりから、にゅう……と細い手が現れた。

 

 

『ウ、ウゥゥゥ…っ』

 

「ナァっ!?」

 

「きゃあぁっ!?」

「な、なんだあれは」

 

 

 青白い肌、虚ろな瞳──

 薄暗がりの中から現れたのは、ボロボロの服を纏い、まるで乞食のような少女だった。

 

 

「で、で、出たぁぁぁ〜〜〜っ!?本当に出たっ!!出ちゃったよぉ〜!」ヒィイイ

 

「ねずみ男さん!?」

 

 

 あんなに強気だったねずみ男の怯える姿を見て、怪しむ金富家。一方で少女はねずみ男に指差して言う。

 

 

『この家は私のだ。さっさと出ぇ〜〜てぇ〜〜けぇえ〜〜〜っ!!』

 

「は、早く、ねずみ男さん!追っ払って!」

 

「そ、そんなこと言われても俺様には──はっ!」

 

 

 ねずみ男の全身にアイデアという名の電流走る。

 ねずみ男はばっと立ち上がると、その少女妖怪の元に擦り寄り始める。

 

 

「妖怪さん!俺と手を組みませんか!」

 

『えっ』

 

「ねずみ男さん!?」

「あ、あんた!何してるんだ」

 

 

 ねずみ男の思いついた作戦は妖怪側につくというものだった。

 少女妖怪は未だについていけていない。ねずみ男はそれでも怒涛のごますりを始める。

 

 

「私と手を組んで、このままこの家の財産全て吸い尽くしましょう!にひひひひ」

 

「ねずみ男さんっ、私のお願いを叶えてくれるって」

 

 

 それを聞いて、ねずみ男は申し訳なさそうに言った。

 

 

「悪いな。確かに俺は美人と金持ちに弱いが、もっと弱いのは自分よりも強いやつなんだよ。つまり!俺はいつでも強いものの味方なの」

 

「なんてやつなの…」

 

「だから怪しいと言ったんだ、私は!」

 

「そんなの後の祭りでしょ!」

 

 

 ガヤガヤし出す家の中。

 ねずみ男は妖怪に向かって言った。

 

 

「さーて、先生!こいつらをどうしましょうか?食べます?食べるなら調理は任せてください。こう見えてね、あっしは給仕をやった経験もありますんでね」

 

『え、え』

 

「さぁさ、なんでも申し上げてくださいネ」

 

『い、いや、別に……』

 

「だいたい私はね金持ちってのが嫌いなんすよ。もっと不幸にしちゃいましょ!」

 

『う……、うるさーーーいっ!!』

 

 

 妖怪が怒鳴る。

 

 

『私だってこんな事したくないんだよっ、ばか!関係ないやつはさっさと出ていけぇっ!!』

 

「なはぁっ!?」

 

 

 吹き飛ばされるねずみ男。

 玄関の戸と一緒に吹き飛び、家の前の道に顔面からダイブ。ずずーっとそのまま引きずって、鼻血を垂らしながら起き上がる。

 

 

「ひ、ひでぇええ……」

 

『この家は、この人たちは、私のものだッ!!余所者は出てけッ!』

 

 

 そのまま少女妖怪は煙の如く消えた。

 呆気に取られるねずみ男に、金富家の人々が集まってくる。その顔は怒りに満ち満ちていた。

 

 

「お、落ち着いて!あれは本当の私じゃないんすよっ、そ、そう!あの妖怪の出す覇気に操られちゃって……!!」

 

「落ち着けじゃないよ、あんた…!」

「この詐欺師!妖怪側に寝返るなんて信じられないわ!」

「やっぱり妖怪が私たちの家にいたんだ…。どうしたらいいのよ!?」

 

「え、いや、あはは──。と、とにかく妖怪がいることは確定しましたし!必ずなんとかしますからねっ。とりあえず相談料だけ払ってもらっていいです……うぐぅ!?」

 

 

 父親がねずみ男の胸ぐらを掴む。

 

 

「ふざけるなよっ!この小蝿が!俺たちは金富家なんだぞ。他の奴らよりも上の一族なんだ。豪族っ!なのに、金が無くなって贅沢できなくてっ、他の奴らが哀れんでくるんだ。惨めな思いをしてるんだっ。お前みたいなカスに頼るしかない俺たちの気持ちがどんなに辛いか、分かるのかぁ〜〜〜っ!!」

 

「ひぃいいっ、ごめんなさいっ!!」

 

「この貧乏人がぁぁぁ〜〜〜っ!!」

 

 

 拳を振り上げる。

 そして思い切り、ねずみ男の顔面に──。

 

 

「そこまでよ」

 

 

 拳がぶつかることはなかった。

 ねずみ男の顔面にぶつかるはずの拳は、自分よりも小さい少女が受け止める。

 

 

「ったく、何やってんのよ」

 

 

 白と赤の巫女装束、黒髪をリボンで結い、袖の下からは御札がちらついている。風が一陣吹いた。巫女の裾がはためく。

 

 

「霊夢……!!」

 

 

 博麗霊夢だった。

 

 

「ひっ、博麗の……!」

 

 

 金富家の人々はその姿を見て一瞬どよめく。

 霊夢はちらりとねずみ男を見下ろし、冷ややかな口調で言った。

 

 

「…なに、また問題起こしてたの?あんなに怒られたのに懲りないわね」

 

「……っ、……うるせえ。誰も助けてくれなんていってねえよ」

 

 

 霊夢はため息をついた。

 そして顔を上げ、金富家の面々をきっぱりと見据えた。彼らはなぜそんな詐欺師を助けるのかという懐疑的な目で見てくるが、そんな態度を鼻で笑う。

 

 

「──今回はお互い様。初めからちゃんとしたところに頼まないからこんな奴に騙されんのよ。お金があっても“ココ”が足らないと意味ないでしょうが。一応、里を守る巫女で通っているんだけど、私ってそんなに知名度ない?」

 

 

 霊夢は頭をトントンと叩く。

 

 

「・・・っ」

 

「・・・まぁ良いわ。それじゃあ祓ってあげるから退いてなさい」

 

 

 霊夢はそう言うと、家の中に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いるんでしょう。早く出てきなさい」

 

 

 誰もいない家の中に呼びかける。

 しかし無反応──。

 

 

「あんまり時間かけさせないでくれる。ダルイから」

 

 

 霊夢はある一点を見続けた。

 本来は家族が食卓を囲む場所を。霊夢が見続けると、何もいないはずの空間が揺れる。

 

 

「早くしなさい──」

 

『!!』

 

 

 バチッと稲妻が走る。

 割れる空間、歪む景色。その中央にはいつの間にか、青色の髪の毛、薄汚れたパーカー、至る所に貼ってある“差し押さえ”という紙、裸足でガリガリの体の女の子が立っていた。

 

 

「こんなことが出来るのってやっぱりアンタよね。……依神(よりがみ)紫苑(しおん)

 

『邪魔しないでよ、博麗霊夢……!!何もない()()()から物を取り上げるなよ!この家は、ここの連中は私のだ!』

 

 

 完全に素人並みの構え。

 霊夢はお祓い棒を突きつけて言う。

 

 

「里の人間に手を出したらどうなるか分かっているわよね、紫苑。なに?やられたりないの?」

 

『うるさいっ、ここは私が守る!このーーーっ!!』

 

 

 紫苑が両手を広げ、叫びながら霊夢に突進した。

 その目に怒りが滲む。

 

 

「ふん」

 

 

 霊夢はバッ、と袖をはためかせ、瞬時に踏み込んだ。

 

 

「──っ!」

 

 

 気づいた時にはもう遅い。

 霊夢の手刀が紫苑の肩口に突き刺さるように入り、ガバッと関節技で紫苑を押さえつける。ドンッ!!という音とともに、床に紫苑がねじ伏せられた。

 

 

「ぎゃんっ!?痛っ、痛い痛い痛いッて!」

 

「はい、いっちょ上がり」

 

「私がいないとあの家は、あの家は〜〜〜っ!!」

 

「あんたがいても貧乏になるだけでしょうが」

 

 

 霊夢はあっさりと背中に馬乗りになり、御札を一枚取り出す。

 そして無表情のまま、紫苑の額にピタリと貼り付けた。その瞬間、紫苑の体がビクンと跳ねた。

 

 

「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛~~~~~~~~~~」

 

 

 情けないうなり声とともに、紫苑はぐったりと動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・はっや!?」

 

 

 霊夢がボロボロになった紫苑を家から引きづり出す。

 抵抗する力もなく、弱々しく地面に倒れている。

 

 

「あっらぁ、随分とボロボロね。この子」

 

「まあ、ただの貧乏神だしね」

 

 

 家から引き離された紫苑はゆっくりと起き上がる。

 その姿に怯えつつも、怒りの方が優った金富家の両親が指を指して言った。

 

 

「貧乏神が取り憑いていたなんてな!このダニが!よくもっ、よくも貧乏にしてくれたな!」

 

「私たちの家にこんな不潔なものが住み着いていたなんて……。気色悪いわ…。なんでこういう存在がいるのかしら」

 

「全くだ。誰からも必要とされないくせに!わざわざウチに取り憑くなんて!ごみ溜めの中がお似合いなんだよ、お前みたいな奴は」

 

 

 罵詈雑言を浴びせる2人。

 涙目になりつつ、頭を上げると有子と目が合った。しっかりと相手の顔を見る有子の目は見開く。

 

 

「あなたは──」

 

「ゆ、有子…っ」

 

 

 紫苑は有子の名前を呼び、どうやら有子の方も紫苑のことを知っているような反応をしていた。ねずみ男はそれに気付き、追求する。

 

 

「あら?お二人はお知り合いなの?」

 

 

 その言葉にハッとして、有子はすぐに目を逸らす。

 

 

「知らない…」

 

「・・・っ、有子!早くあの家から離れないと!あの家は危険だっ、呪われているんだよ!」

 

「呪われてるのはあんたでしょっ!貧乏はいやなの!話しかけないで!」

 

 

 冷たく言い放った言葉に下を向く紫苑。

 ねずみ男は話を聞いていて、“落ち着け”と間に入る。

 

 

「まぁまぁ、言い過ぎよ。そこまで怒ることないでしょ」

 

「・・・貧乏神なんてこの世に必要ない。害虫に寄られて嬉しがるやつなんかいない」

 

「お、おお…」

 

 

 霊夢もこの2人の間に何かあるだろうと察するが、別に巫女は妖怪と人間の橋渡しではない。面倒ごとは避けるのがモットーである。

 

 

「ほら、行くわよ」

 

「・・・」

 

 

 そのまま連れて行かれる紫苑。

 その姿はまるで囚人のようだ。金富家からは軽蔑的な目で見られ、その背中が見えなくなる最後まで罵倒され続けるのだった。

 

 

「ひひひっ、俺も失敬……」コソコソ

 

 

 このままここに居ても、ねずみ男にとって損しかない。金儲けができないなら立ち去って、新たなカモを探せば良い。今日は運がなかったと諦める。

 

 

 そうして離れている途中で、ねずみ男は先程の貧乏神のことが気になっていた。

 

 

 

 

「この世に必要ない、か……。なーんか久しぶりに聞いた言葉だネ」

 

 

 

 彼の足は別の方を向いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで終わったのね。はぁ」

 

「だが、これからはまた金持ちに戻れるぞ」

 

 

 父親は笑って言った。

 

 

「おい、お勤めを始めるぞ」

 

「やめるんじゃなかったの?」

 

 

 奥さんが尋ねると父親はまた笑う。

 

 

「なーに“神様”なんてのは、()()()()()()()()()なんだぞ」

 

「大丈夫ですかねぇ。都合がいいとか言われませんか?」

 

「都合がいい存在を昔から神様というもんさ。それにな、今まであんな贅沢な生活してたんだ。今更働いて稼ぐなんて嫌なのさ。さっさと御勤めを果たして、また金持ちに戻ろう。福の神には頑張ってもらおうじゃないか」

 

 

 そう言って、父親は中央の畳を持ち上げて軒下を覗く。

 そこには一際異質な形をした土瓶があった。色は墨のように黒く、縄目模様が至る所に付いていた。父親は軒下に潜り込むと──。

 

 

「よいしょっと」

 

 

 それを持ち上げて、壁側に置いた。

 その瞬間に部屋の温度が一気に下がったように感じ、夏場だというのにも関わらず三人は身震いをする。

 

 

「・・・な、なんか変な感じね」

 

「き、気のせいだろ。ほ、ほら、御勤めを始めるぞ。お酒と卵を準備しろ」

 

「はい……っ」

 

 

 瓶の前に母親が色々と置き始める。

 白い小皿の上に山盛りの塩、榊と榊立て、瓶子に酒を注ぎ、その近くには卵を並べた。

 

 

「終わったわ」

 

「よし、……ええと、貴方様の求むものを捧げます。捧げますので、見返りをください。我が金富家に再び財を、福を、富を与えたまえ…。財を、福を、富を与えたまえ……。財を──」

 

 

 

 

 

 グシャッ──

 

 

 

 

 

 

「うわっ!?」

 

 

 卵がいきなり潰れた。

 そのまま皿が割れ、榊は砕け、瓶子は割れる。お供えしたものが次々と壊れていく。

 

 

『不敬』

 

 

 声がした。

 低く、しわがれた声が家中に響き渡る。三人はその声に怯え、身を寄せ合う。家の中が揺れ始め、家具は倒れ、食器は割れていく。ただ土瓶だけはそのまま壊れずにいた。

 

 

「な、なにっ!?まさか、また貧乏神がっ!?」

 

「違うっ。こ、これはっ、福の神様だっ!福の神様が現れたんだっ!」

 

 

 ガタガタと大きな土瓶が揺れる。

 見えないが何かが瓶の中から這い出しているかのようだ。

 

 

「福の神様がお怒りになってるっ、なぜそんなにも怒っているのですか!?」

 

 

 返事はない。

 ただただ殺意を向けられ、困惑する。

 

 

「我々が一体何を……!何をしたというのですっ!必要なものは全て供えたというのにぃっ」

 

「手順を間違えたんじゃ…」

 

「そ、それはないっ!ちゃんと言われた通りに……」

 

「じゃあなんでお怒りに゛ぃっ、げ、ばっ──」

 

 

 目の前で妻が泡を吹き始めた。

 目は充血していき、バタバタと暴れ、自分の首から何かを引き剥がすかのような動作をしているのか首の肉を引っ掻き回す。

 

 

「ぎぃっ、ぎ、ぐぅ、ぎぎぃぃっ」バタバタ

 

「お母さんっ!?お母さんがっ!!」

 

 

『不敬。実に不敬。故に我、不愉快なり』

 

 

「あ、ああっ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

 どうやら紫苑と有子の間には何かあるようですが、それが分かるのはまた今度でございます。

 今回のゲスト『依神紫苑』。
 
 そしてもう1人は【福の神】──「◯◯◯◯◯」
 鬼太郎作品には出たことないです。ヒントは土製の瓶、軒下、卵ですかね。日本妖怪です。
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