ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

50 / 64
こんにちは、狸狐です

 鳥取に行ってきました。
 ラバウルのこと、戦争のことに触れて、改めて争うことの愚かさと哀しさを考えさせられました。

 さて今回のお話では、私の中の「ねずみ男」とはどういう存在なのかを強く出したつもりです。解釈違いもあると思いますが、よろしくお願いします。











ねずみ男と貧乏神②

 

 

 貧乏神の私には、呪われた力がある。──【()()()()()()不運にする程度の能力】──。これは生まれた時から持っているもので、発動したくなくても勝手に使ってしまう呪い。

 

 他者を巻き込み、自分と一緒に破滅させる呪いの力を人々は忌み嫌った。

 

 

(別にいいけどね)

 

 

 誰かとは居られない。居てはいけない。

 幼いながらにそう思ったし、別に誰とも関わる気もないので構わない。どうせ何もしなくても自滅していく能力なのだから、誰かといても惨めなだけだ。

 

 

 

 そんなある日──

 

 

(やばい…。本当にお腹減った……)

 

 

 普段からちゃんと食べているわけではないが、お腹が空いたらゴミを漁ったり、出店からくすねたりして飢えを凌ぐ毎日を送っていたので今の今まで餓死しかけることはなかった。……貧乏神が餓死というのも可笑しな話だが……。

 

 

(死ぬ……)

 

 

 だが、今回は1週間も飲まず食わず。

 不安が重なり、ゴミを漁ろうとすれば野犬に襲われ、盗もうにもバレてボコボコにされ、怪我をして動けず寝込んだらして、とにかく胃の中に唾液しか入れていない。妖怪、神といえども、流石にキツイものがある。

 

 

 

(……つまんない人生だよな、私って)

 

 

 

 私はゆっくりと目を閉じた。

 一応神だ。死にはしない……。だが永遠に飢餓に苦しむのも辛い。こうなると死にたいと願い続けるしかない。そんな思考に陥る。

 

 

「あなた、大丈夫?」

 

「・・・ん」

 

 

 目を開けると、そこには女性がいた。

 心配そうな表情で見てくる。

 

 

「……大丈夫よ、構わないで」

 

 

 ぐぅうううううううう──!!

 

 

「ぁ〜〜〜っ!?!?」

 

 

 最悪だ。

 腹の音を聞かれてしまった。クールなキャラでやり過ごそうと思ったのに、こんな思いをするなんて。

 

 

「お腹空いてるのね。……はい、これ」

 

「えっ!?」

 

 

 差し出されたのは、食べかけのおにぎりだった。

 まともな食べ物を見た瞬間、口内で過剰なほどに唾液が溢れていくのを感じる。

 

 

「いいの!?」

 

「なんか新作が出たっていうから買ってみたけど口に合わなくて。捨てるの勿体無いし、別に良いわよ」

 

 

 ポイっと渡され、すぐに口の中に運ぶ。

 咀嚼し、飲み込み、食道を通り、胃の中に落ちていくこの久しい感覚に歓喜する。

 

 

「美味しかったぁ。あ、ありがとう……って、あれ?」

 

 

 目の前からその子はいなくなっていた。

 遠くに背中がみえる。

 

 

「・・・」

 

 

 おにぎりを食べ終えた私は決意した。

 名乗ることなく、見ず知らずの自分を助けてくれたあの子を幸せにしたいと。

 

 

「……恩返し、したいな」

 

 

 

 たかだか“食べかけのおにぎり”でこんなに感謝するか?

 

 彼女ならしてしまう。

 

 

「でも私がいたら不幸になる。……だから見守る。あの子に何かするような不届きものには私が取り憑いてやる」

 

 

 生まれてから一度も助けてもらったことのない、施されたことのない彼女にとって初めての経験。腹ではなく満たされたのは心の方であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、到着。……恨まないでよ、これも仕事なんだから」

 

 

 紫苑は里の外へと連れ出される。

 そしてそこで解放された。いまだに身体は痺れて、うまく歩けない。その場でへたり込む。

 

 

「・・・うぅっ」

 

「あんたさ、もう人間と関わるのやめなさいよ」

 

「で、でも有子は……」

 

「でもじゃないわよ」

 

 

 霊夢はしゃがんで目線を合わせる。

 哀れみだとか、馬鹿にするといった気持ちは特にない。ただ話をするために目を合わせているのだ。

 

 

「はっきり言わせてもらうけど、貧乏神を必要とする人はいない。それは分かっているんでしょ?」

 

「分かってるっ!分かってるけど……っ」

 

「別に取り憑かないと死ぬってわけじゃないんだからさ。これ以上関わっても傷つくのはアンタだよ」

 

「……っ、じゃ、じゃあ、霊夢。私の代わりにあの家族を“守って”」

 

「守る?」

 

 

 その言葉に霊夢は反応した。

 

 

「守るってなにから?」

 

「それは……わからない」

 

「はぁ。分からないってあんたねぇ」

 

「で、でも、あの家にはとても邪悪なのが棲みついているのは分かるの」

 

「邪悪ねぇ。それじゃあ何であんたも棲みついていたの?」

 

 

 その言葉に紫苑は下を向く。

 

 

「私じゃぁ、アレをやっつけられないっ。私は弱いから。……でも、私が取り憑いた相手は()()()()()()。その悪いやつが有子たちに害を与えないために私があの家を離れるわけにはいかなかった……」

 

 

 紫苑は肩を震わせる。

 

 

「あの人達を死なせたくなかった」

 

「はぁ。……これ以上面倒起こされても困るし、見てきてあげる」

 

「ありがとう」

 

 

 霊夢はふわりと飛んで、里へと戻っていった。

 紫苑はその場で何秒か固まった後に、ゆっくりとその場にしゃがみ込む。

 

 

「……これでいいんだ。これで…」

 

 

 自分に言い聞かせるように何度も何度も繰り返す。

 

 

「貧乏神の私に守られるよりも、必要とされる霊夢に守られたほうがいいに決まってる…」

 

 

 紫苑の脳内には、あの有子の言葉。

 目の前で拒絶されたことが今でもビリビリと反響している。だがそれを上回るくらいに助けてもらった思い出が鮮明に映し出されていくのも事実だ。

 

 

「……有子、大丈夫かな。いや霊夢が行くんだもん、私なんかよりも……。私はこのまま消えれば……」

 

「それは違うんじゃねえか?」

 

「!!」

 

 

 霊夢ではない。

 紫苑が驚きつつ振り向くと、ねずみ男と呼ばれる金富家に詐欺を働こうとした者が立っていた。彼はヨォと挨拶をするとひょいひょいと近づき、紫苑の隣に座る。

 

 

「あの時の詐欺師…?」

 

「それは忘れてくれって」トホホ

 

「何の用よ。今は誰とも関わりたくないの、放っておいて…!!」

 

「まぁまぁ、そう言うなよ。話聞いてたぜ」

 

 

 ねずみ男はそう言うと、彼女の顔は見ずに言った。

 

 

「紫苑とか言ったっけ。……紫苑よぉ、このまま消えるのは自由だけど、その前にあの嬢ちゃんのところに行ってやったらどうだよ。守りたかったんだろ?」

 

「……行かない。聞いていたでしょ。有子は私なんかに守られたくないの。当たり前だけどね」

 

「それはあの嬢ちゃんの望みだろうが。お前自身の守りたいって望みにあの嬢ちゃんは関係ないだろうがよ」

 

「その望みを優先した結果がこれよ。恩返しなんて馬鹿なことしなきゃよかった。見守るだけにすればよかった。守ろうとしなきゃよかった。……嬉しいなんて思わなきゃよかった」

 

「そんなの結果論だろう?」

 

「うん、そうだよ。その結果がこれよ。私が自分勝手にしたせいであの子を不幸にした。初めから何もしなきゃよかった……」

 

 

 

 あの家に取り憑いて、あの子達をナニカから守っている間に、どんどん情が湧いた。そして自分がますます嫌いになった。不幸にすることしかできない自分に絶望した。もしかしたら自分の居場所を見つけられるかもしれないと思ってしまった。

 

 

 

「そうか、じゃあお前は結局()()()()()()()()()()()

 

「え」

 

「お前はあの有子に助けられて感謝した。だから今度は自分が感謝されたくなったわけだ」

 

「──違うッ!!そんなんじゃないっ!私は有子を守りたかった!ただそれだけ!」

 

「なら最後まで守り通せよ」

 

「!!」

 

「必要とされていなくても助けに行け。自分のしたい事を優先しろ。周りの奴らなんかどうでもいい。消える前にやると決めたことをやり通せよ」

 

 

 紫苑は唇をグッと噛む。

 

 

「・・・やる」

 

 

 そうだ。

 自分の願いはあの子に感謝されたり、あの子の隣にいたりすることじゃない。助けてくれた有子を守ることだ。

 

 

「やってやる!!」

 

(そう。俺たちみたいな奴は自分勝手でいいんだ。周りからどう思われても好きなことやるんだ。自分に絶望すんじゃねえ──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢が金富家の屋敷へ戻ったのは、日が山の端に沈みかけた頃だった。

 夕闇が庭を染め、軒先の影は長く伸びているはずなのに、この家の周囲だけは、空気が異様に濁って見えた。

 薄く湿った何かが漂い、肌に貼りつく。まるで、生温い泥の中を歩いているような感覚だ。

 

 

「・・・」

 

 

 門をくぐった瞬間、霊夢の鼻に奇妙な匂いがまとわりついた。

 湿った土と、古びた陶器の匂い。そこに、生臭い鉄の匂いが混ざっている。金富家は静かだった。あまりにも静かすぎる。鳥の声も、虫の音も、この敷地の境界で途切れている。

 

 

(まさか本当に何かいたとは…。貧乏神がいたから力をかなり失っていたのかも)

 

 

 屋敷の玄関戸は半ば開け放たれていた。足を踏み入れると、薄暗い廊下の奥から、かすかな音が聞こえてくる。爪で何かをひっかくような畳を、床板を、必死に擦る音。

 

 

 霊夢はゆっくりと進む。

 そして、奥の広間に足を踏み入れた瞬間、息を呑んだ。

 

 

「痛いっ、痛い痛い……っ、いだぁぁぁ……っ!!」

 

 

 そこには、金富家の家族がいた。

 だが、皆が皆、まともな姿ではなかった。床や柱にもたれかかり、口をだらりと開け、焦点の合わない目で宙を見つめ、身体中を掻きむしっていた。そして呻き声と荒い呼吸を繰り返していた。

 

 

「これは呪い?……いや、“祟り”の一種か」

 

 

 霊夢の視線が、ふと父親の腕に向かう。ぷっくりと盛り上がっていた。そして盛り上がったものが皮膚の下で動いている。そのままゆっくりと肩から肘へ、肘から手首へと這い、皮膚を内側から押し上げながら通り抜けていく。血管が押しやられ、不自然に浮き上がり、筋肉が波打った。

 

 

「……何よ、これ」

 

 

 霊夢の声が低くなる。

 

 他の家族にも、同じものが這っていた。娘の頬の裏側を、蛇のような輪郭がゆっくりと通り抜ける。目蓋の下を横切るたび、眼球がぶるりと震え、白目に赤い血管が走った。母親の喉元では、何かがぐいっとせり上がり、皮膚を突き破らんばかりに盛り上がっては、すっと沈む。

 

 

「ぅげぇっ、ぐぎぃっ……!!」

 

 

 父親が霊夢を見た。だが、その目は助けを求めていた。口を開こうとしたが、声は出ない。代わりに、口腔の奥で蠢く影が舌を押しのけ、唾液と共に鉄臭い液を零した。

 

 

──ずるり

 

 

 全員の体内で、その何かが同時に動いた。筋肉が波打ち、皮膚の下で輪郭が絡み合い、溶け合う。それはまるで、無数の蛇が肉の中で絡み合って巣を作っているかのようだった。

 

 

【不愉快、実に不愉快……】

 

 

 声は、どこからともなく響いた。壁からではない。天井からでもない。それは、彼らの体の中から、直接空気に染み出すようにして発せられていた。

 

 

「どうやら、とんでもないものがこの家に巣食っていたようね」

 

 

 霊夢は即座に御札を構えた。

 次の瞬間、家長の背中の皮膚が膨れ上がり、ぶちっ、ぱんっと音を立てて割れた。その裂け目から“金色の輪”を首に巻いた、巨大な蛇の顔が、ぬらりと覗き出した。霊夢をその二つの目で見て、呟く。

 

 

 

【不愉快極まれり……】

 

 

 一見すればただの蛇。

 しかし、霊夢にはその蛇の正体は分かっていた。

 

 

トウビョウ憑きか。厄介な物を持っていたのね、この家は」

 

 

 

 

 トウビョウ──。

 別名は『土瓶神(とんぼがみ)』とも呼ばれる妖怪と神の中間、妖怪神と呼ばれるような存在である。

 

 このトウビョウの最大の特徴が、【飼育】できるというところだ。トウビョウを土製の瓶に入れて軒下で飼育することで、莫大な富を得ることができるまさに福の神のような力を持っている。

 

 

 ただし注意点が一つある。

 それは、妖怪であると同時に神様としての側面を持つトウビョウを蔑ろにしてはいけないという点だ。“毎日”感謝の言葉と卵、酒といったお供物を捧げなければならない。どんな理由があったにせよ、忘れてしまえばトウビョウは怒り狂い、飼い主を激しく祟ると言われている。

 

 

 

 

【巫女。神に仕えるものが(カミ)に敵意を見せるとは不敬である】

 

 

 巫女見習いの時、霊夢は紫から体術、神様との繋がり方、そして座学として妖怪のことを勉強させてもらっていた。その際に、巫女として憑き物祓いは依頼としてくることが多いからと言われており、全てとまではいかないが憑き物の種類や特徴を教えてもらっていたこともあり、トウビョウ憑きのことは知っていた。

 

 

 

【不敬、故に不愉快】

 

 

 霊夢は両手をすばやく合わせ、指先から白光を広げた。

 御札の文様が宙に浮かび、幾重もの結界となって彼女を覆う。蛇の影はその境界で弾かれ、霊夢の肌には届かない。光と闇がぶつかり合い、火花のように散った。

 

 

【……なるほど。ただの無礼者ではない、ということか】

 

 

 トウビョウは首をもたげ、舌を長くのばして笑った。

 

 

「あんたが神?笑わせないでよ、蛇」

 

【いや訂正しよう。お前はただの無礼者だ】

 

 

 

 

 

 トウビョウの能力──『禍福(かふく)

 幸福と禍を人にもたらす能力である。丁寧に大切に扱われると人に幸福をもたらし、蔑ろにされると人に禍をもたらす。それらは全てトウビョウの判断によるもので、トウビョウの機嫌や感情に全て起因する。

 

 

 

 

 

【だがな巫女よ。我は寛大ぞ。その不敬、許してやる】

 

「は?」

 

【我は人間たち全てを皆殺しにするだとか、祟るとか、野蛮なことをするつもりはない。我は善なる神ぞ。故に善なる者同士が争う道理なし】

 

「善なる神さまなら、この人たちを祟るのやめなさいよ」

 

【無理だ。この者たちは我を崇めると誓ったのに、金持ちになった途端に崇めるのをやめたのだ。神は都合の良い道具ではない。許せん、すぐにでも祟ろうと思ったが、なぜか急に()()()()()故、暫くは動けずにいたがやっと動くことができる】

 

 

 

 紫苑の力だ。

 貧乏神である彼女が家自体に取り憑くことで、トウビョウの力も奪っていたのだろう。つまり、紫苑がいたおかげで金富家の連中は今まで被害を被ることはなかったのだ。だがそうとは知らずに引き剥がしたせいでトウビョウが力を戻し、目覚めたのだ。

 

 

【無礼、不快、不敬、失礼、非礼、不敬虔、冒涜……。故に不愉快極まれり。決して許す道理なし。この不敬による心の傷は彼奴らの死によって癒される】

 

 

 三人の内側の皮膚が再度盛り上がり、うねうねと蠢き始める。全員が痛みにのたうち回り、悲鳴が上がる。その様子を見て、舌をちろちろと動かして笑う。

 

 

「いだいいだいっ!!」「ぎゃあああああ」

 

【ふふっ…愉快。故に幸福。……だが、未だに許しはしない。…死ぬまで苦しめなければならない。馬鹿者どもの悲鳴こそ我が福音】

 

 

 霊夢は鼻で笑う。

 

 

「小さっ」プッ

 

【・・・なに?】

 

「人間ってのは間違いだらけって神様なら知っているでしょ。…それなのにたった一つ間違いを許すことができない自称・神サマの度量って小さいから笑っちゃったわ。あんた、神様向いてないわよ」ケラケラ

 

【ふっ、不快…ッ、不快ッ、不快不快不快ッ!!】

 

 

 

 家中の瓶が揺れ出す。

 トウビョウの怒りとリンクしているかのようだった。

 

 

「なに?怒った?神様なら笑って流しなさいよ〜。自称、カ・ミ・サ・マ!」

 

【貴様ァァァッ!!】

 

 

 

 トウビョウの怒りが霊夢に向く。

 金富家のことから意識が外れると、彼らの皮膚は元に戻った。

 

 

(よし。これであの人たちは傷つかない。あとは……倒すだけ)

 

 

 霊夢の御札が宙を舞い、幾条もの光弾となって広がった。

 赤白の閃光が夜を切り裂き、蛇の巨体を包み込む。

 

 

【無駄だ】

 

 

 トウビョウはとぐろを巻き、黄金の輪を震わせた。

 輪から広がる波紋は黒い霧となって霊夢の符を食い破り、次々に弾幕を無力化していく。爆ぜる音とともに光の雨が散り、畳の間は閃光と闇の交錯する戦場と化した。

 

 

「伊達に神を名乗ってるわけじゃないか」

 

 

 霊夢は眉をひそめ、次の符を構える。

 

 

不敬罪(フキゲン)

 

 

 トウビョウの祟りがくる。トウビョウの影が裂けていき、数百匹の蛇影となる。蛇影が一斉に霊夢を目指し襲いかかる。まるで墨を流し込んだように黒い影が蠢き、霊夢の結界に牙を立てた。

 

 

「この程度……!一気に決める、霊符『夢想──』」

 

 

 霊夢は躊躇なく空へ飛び上がり、袖を翻す。空中に浮かぶ護符の輪が炸裂し、蛇の群れを光で焼き払う。爆炎が走り、焦げた匂いが漂った。そして高速詠唱からの必殺技を放つ準備をする。

 

 だが、その隙を突いて――。

 

 トウビョウの巨体が疾風のように迫った。

 鱗のきしむ轟音、畳を砕く衝撃。巨大な蛇の首が鞭のように振り下ろされ、霊夢は腕で御札を抜きざまに防御する。符が盾のように輝き、衝突の余波で家屋の梁が折れた。

 

 

【我を封印するためには詠唱が必要。だがそれが命取り】

 

「……っ!」

 

 

 霊夢は後方へ吹き飛ばされ、柱に叩きつけられながらもすぐ立ち上がる。トウビョウはとぐろを解き、蛇体を絞め縄のように振り回した。壁が砕け、床が裂ける。弾幕戦から一転、肉体での圧殺戦に切り替わったのだ。

 

 

「くそっ。封印札が粉々に……んっ」

 

 

 霊夢の太ももに蛇の影が噛み付いていた。

 どくどくと体内に邪悪な何かが流れ込んでいくのが分かる。

 

 

「……っ、やられた」

 

 

 霊夢は瞬時にお守りを抜き、紙片を鋭い刃のように振り下ろした。光を宿した御札が蛇を真っ二つに裂き、赤黒い血煙が弾ける。影が散り散りに散っていく。

 

 

【無理に動くな。お前の身体には我の祟りの力が染み込んでいる。辛いぞ】

 

「──うっ、ぐぅっ」

 

 

 脂汗が吹き出す。

 皮膚と肉の間を蛇が這っている。血管とか筋肉とか神経とかを無視して無理矢理に体の中を巡って、這っている。これはかなり、かなり──

 

 

「い……っ、きっつぃぃなぁ……、これぇっ」

 

【……おおぉ、耐えるのか、流石は巫女。だが本心は辛かろう?……遠慮するな。我の前で泣け、叫べ、恐怖しろ。お前の悲鳴が我の喜びの源となる】

 

 

 霊夢はその言葉に対して、笑顔で返す。

 脂汗がダラダラ、膝はガクガクと震えながら舌をぺろっとだして挑発した。

 

 

「イヤヨ」

 

【強がりおって】

 

「強がる…?違うわ、私は強いのよ。蛇にはそこら辺分からないか……つっ」

 

【ふっ、不敬……っ、我を喜ばせることもできぬとは愚かなり!!】

 

 

 トウビョウがさらに大きくなる。金富家ももう崩壊した。瓦礫と大蛇の猛攻を防ぎつつ、この家の人間たちを護符を動かし、移動させ、避難させる。

 

 

(怒れ、怒れ…。私を見ろ。あの人たちではなく、私を──)

 

 

 霊夢は結界を張り直しながら後退していた。護るための結界。人間たちを護るための。だが、押し寄せる蛇影は止まらない。加えて、トウビョウの巨体がうねるたび、瓦礫が飛び散る。霊夢は何度も札を投げ、棒を振るったが、一方的に押される。皮膚の下を這う蛇が体内を傷つけていく。

 

 

(……やっば、避難させられたから良かったけど、今の状態では能力も使えない、封じるのもままならないわ。祟りの力で身体中の霊力が奪われていく)

 

 

 しかし、チャンスはある。

 トウビョウが家を崩壊させた。きっと騒ぎになる。そうなれば慧音が、魔理沙が、誰か来てくれるはず。

 

 

(私が死んでも代わりはいる。里さえ守れればそれでいい。それこそが最善。最悪なのは私が気を失うか、死んだ際に被る里への被害──)

 

 

 肩で息をし、霊夢は唇を噛む。祟りの圧は、巫女の霊力すら蝕んでいた。もし一瞬でも気を抜けば金富家と同じく、体内を食い破られる。

 

 

「何とか持たせ・・・」

 

頭高不快(フメイカイ)──】

 

 

 ブシュッ──。

 霊夢の皮膚が裂けた。手の甲から肩まで、つま先から腿の付け根までぱっくりと裂けて、血肉が噴き出す。

 

 

「がァッ、ぁあぁぁぁ……ッ!?」

 

 

 霊夢はついに倒れた。

 すぐにでも立ち上がろうとするが動こうとするたびに全身にぢくぢくとした痛みが広がっていく。苦しむ霊夢を見て、トウビョウは口をぱっくりと開けた。

 

 

【飲み込んでくれるわ───】

 

 

 

 

 

 その時。

 

 

 

「わ、わわわっ、ひぃぃ……!」

 

【……んぁ…なんだ貴様ァッ】

 

 

 場違いなほど情けない悲鳴が、闇に割り込んだ。髪をぼさぼさに乱した少女──依神紫苑。みすぼらしい服の裾を引きずりながら、震える声で叫んだ。

 

 

「あ、んた、何しに……」

 

「た、助けに……っ。えとえとえと、え、ええいっ!」

 

 

 彼女はふらつきながらも、トウビョウに向かって駆け出し、その身体に飛びついた。

 

 

【なんと愚か。この程度で我を止めら、ぁ──?】

 

 

 次の瞬間、トウビョウの動きがぎこちなくなった。

 

 

【な……に……?】

 

 

 蛇の巨体が、まるで力を失ったかのように崩れ落ちる。振るうたびに畳を割っていた尾は空を切り、祟りの霧は薄れていく。鱗の光沢が鈍り、黄金の輪はひび割れを生じていた。

 

 

【我の神性が・・・?馬鹿なッ、我の力が!?離せ、離せ小娘ぃっ!!】

 

「怖い怖い怖い怖い・・・っ、でもォッ……!!」

 

 

 紫苑はその暴れる背中に必死しがみつきながら、泣きそうな顔で叫ぶ。

 

 

「負けないっ!…どんなにあんたがすごい神でも、ひっ、ひひっ、このまま貧しくなることに怯えて死ね!」

 

 

 霊夢は目を見開いた。

 紫苑の体から漂う“弱さ”が、トウビョウの祟りを打ち消している。そして忘れていた。あまりに情けなく、あまりに頼りない存在である貧乏神の持つ力は“あの八雲紫”さえも倒すことができるということを。

 

 貧乏神の本領は直接戦うことではない。ただ「憑く」だけ。それだけで、あらゆるものの全てを弱体化させる。そう、全てをだ。

 

 

「・・・身体が!」

 

 

 スーッと身体が軽くなる。

 祟りの力が軽減されていき、霊夢の身体に自由が戻ってくる。

 

 

「窮鼠猫を噛むってネ。よっ、霊夢ちゃん」

 

「ねずみ男…。あんたが紫苑を?」

 

「別に〜〜。ただ俺はアイツがウジウジして迷ってたから気持ち悪くてよぉ。迷うくらいなら自分の好きなことをしろって言ったまでだ」

 

「でも、助かった」

 

「早くやっつけちまいな。俺も、あのガキも、あんな化け物は倒せねえ。だけど霊夢ちゃんならやれんだろ」

 

「言われなくても──」

 

 

 霊夢は御札を束ね、渾身の力で結界を編み上げた。

 八方から光柱が立ち上がり、巨蛇の体を縫い止める。

 逃げようともがくトウビョウの動きは、紫苑の不幸を浴びて空回りするばかり。

 

 

「穢れを祓い、この地を清め、我の手の中で抱かれて還れ──」

 

 

 霊夢は空中に舞い上がり、最後の御札を抜いた。

 紅白の衣が風をはためかせ、トウビョウを囲うように陰陽の印が現れた。そして霊夢の鋭い声が夜を裂く。

 

 

 

「霊符『夢想封印』ッ!!」

 

 

 

 御札が閃光を放ち、蛇影を貫いた。

 耳をつんざく絶叫とともに、トウビョウの巨体は霧散し、闇へと溶けていく。家中にあった全ての土瓶は砕け散る。残されたのは、瓦礫の上にへたり込む紫苑と、荒い息を吐く霊夢だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、霊夢は御札をしまい、深く息を吐いた。残されたのは静けさと、焼け焦げた匂いだけ。その静けさを破ったのは、痛む体を引きずりながら、霊夢の元へ駆け寄る金富家たちの声だった。

 

 

「……助かった……!」

「博麗の巫女様……!命の恩人です……!」

 

 

 霊夢のもとへ駆け寄り、涙ながらに頭を下げる。彼らの顔には感謝と安堵が浮かんでいた。だが霊夢は眉をひそめ、短く答えた。

 

 

「別にこれは使命だから。それよりも礼なら……私じゃなくて、あの子に言いなさい」

 

 

 そう言って顎をしゃくった先には、力尽きて地べたに座り込んでいる紫苑の姿があった。髪は乱れ、涙と汗でぐしゃぐしゃだ。ねずみ男が紫苑の隣に行き、何か談笑でもしていた。霊夢にとって紫苑が取り憑かなければ、トウビョウを封じることはできなかったので礼は彼女にいうべきなのだろう。

 

 

「・・・え」

 

 

 しかし、金富家たちは顔を曇らせ、互いに視線を交わした。

 やがて、有子が低く呟く。

 

 

「……貧乏神に礼なんて」ボソッ

 

 

 拒絶と恐怖の視線が紫苑へと注がれる。

 しかし紫苑はあの時と違い、妙にスッキリとした顔。それは自分のやりたかったことが出来たから。

 

 一方で、有子の言い方にムッときたねずみ男は紫苑の背中をポンと叩くと、有子の元へとズンズンと進んでいく。

 

 

「な、なんですか…」

 

「有子さん。実はな、紫苑(コイツ)、すごい不器用な奴みたいなんだよ」ヘヘヘ

 

「?」

 

 

 ねずみ男は笑いながら言う。

 怒鳴るとか、説教とかをするのかと思ったが違かった。

 

 

「自分がいると周りが不幸になるって誰とも関わらないようにしてたんだ。だけど、有子さんが食べ物を恵んでくれたから、コイツなりに恩を返そうとトウビョウからお前の命を守るために家に取り憑いたって訳なんだよ」

 

「……っ」

 

紫苑(コイツ)が貧乏神だとか関係ないじゃんか。助けてくれたんだ。お礼なんか別にいらねえが、紫苑への当たりをもうちょい優しくしてくれてもいいんじゃねえかな」

 

 

 紫苑はねずみ男の言葉に心が揺れた。

 初めて自分を守ろうとしてくれる人がいた。そしてこの人は有子との関係を良くしようともしてくれていた。有子は一瞬押されるが、直ぐに強い口調で言い返した。

 

 

「うるさい!!」

 

「!?」

 

「別に助けようとなんて思ってない!あれは、そこら辺に食べ物を捨てる姿を友達に見られると私の作ったイメージが壊れちゃうからソイツにあげただけ。野良犬に残飯あげるのと一緒よ。……貧乏神だって知ってたならまず関わらなかったわよ」

 

「お、落ち着け…っ」

 

「ゴミ上げて感謝されてもウザいんだよ!!大体、詐欺師が偉そうに言ってくんなよ!」

 

「うぐっ!?…こ、このっ」ズボシッ

 

 

 ねずみ男は怒鳴り散らかそうとしたが、紫苑はねずみ男の袖を引っ張った。そしてねずみ男に聞こえるくらいの声で言った。

 

 

「……もう大丈夫。自分の望みを叶えられてすっきりした。ありがとう、ねずみ男」

 

「で、でも、…わーったよ。余計なお世話だった。その顔見れたなら俺はもう何も言わねえよ」フン

 

 

 そう言って紫苑は有子に近づいた。

 有子は今の発言で怒ったのではないかと怯える。後ろで見ていた家族も怯えて動けなかった。

 

 

「有子…」

 

「な、なによ!私は悪くないわよ。私は──」

 

「有子、ばいばい」

 

「え」

 

 

 そう優しく、この場にいる誰よりも優しく小さな声を残し、紫苑は立ち去った。有子は恨み言を言われると思っていたので衝撃を受ける。彼女の背中は、月明かりの中でひどく小さく見えた。

 

 

「・・・」

 

 

 ねずみ男は紫苑を追いかけた。

 その場は霊夢と金富家だけとなり、霊夢は暫く黙っていたが、大きなあくびをすると、ふわりと飛んだ。

 

 

「まぁ、終わったから帰るわ。これからは変な物に頼らず、真面目に働くことね」

 

「え、ああ、はい…」

 

 

 

 ねずみ男や貧乏神は去り、霊夢は帰り、福の神だと思っていた蛇の妖怪も消え去った。何も残っていない瓦礫だけを前にして金富家は、これからの現実に直面する。

 

 

「・・・」

 

「これからどうしよう……」

 

 

 

 彼らがこれから当たり前の日々を取り戻すことができるのかは本人次第。しかし一度楽を覚えた人間というものはこれからずっと真面目に働くことはできるのか?

 

 もしくは、また何かに頼るのかもしれない。今度は間違えないようにと自分自身に念押しして。

 

 だが人智を超えた存在に頼ると、必ず良くないことが起きる。

 これだけは忘れてはいけないだろう─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふらふらと村の外れに歩き出し、人気のない崖へと向かう。

 月明かりが白く照らすその先は、深く暗い谷。落ちれば二度と戻れない。紫苑は立ち止まり、眼下の闇を見下ろした。風が吹き上げ、髪を大きく揺らす。

 

 

「・・・」

 

「……紫苑」

 

「・・・ふふ、はははっ!」

 

「紫苑?」

 

 

 ねずみ男の予想と反して笑っていた。

 お腹を抱えて愉快そうに。

 

 

「いつも、いっつも、誰かのことばっかり気にしてたけど、自分の好きなこと出来た!きもちーーー!」

 

「まぁ、そうだけどよぉ」

 

「満足したーー」

 

「なんかキャラ違くない?」

 

 

 

 ひとしきり笑い、そしてだんだんと静かになる紫苑。

 落ち着いたところでねずみ男は言った。

 

 

 

「これからどうすんだよ」

 

「・・・」

 

 

 2人で夜空を見上げた。

 現代と違い、幻想郷の夜空は美しく、どこまでも星が広がっていた。しばらく見つめてからぽつりと言った。

 

 

「満足したし、もういいや。なんか色々と面倒くさくなっちゃった。またいつもみたいに一人で生きるよ」

 

「ふーん、まぁお前が決めたことならいいけど。でもずっと一人ぼっちは寂しいんじゃねえか?」

 

「…」

 

「わりぃ、でもなんか今日のお前見てたらそう思っちった」

 

 

 1人でいいと我慢していた紫苑よりも、自分の心に素直に従う紫苑の方がキラキラして見えた。

 

 

「俺はよ、全部投げ出しちまうのはまだ早いと思うな」

 

「けど私は……」

 

 

 ねずみ男は笑って言った。

 

 

「さっきスッキリしたって言ってたじゃねえか。……周りなんか気にすんな。貧乏神なんだし取り憑きたい家があれば取り憑けばいいし、気になる奴いるならそいつに取り憑くのもいい。好きに生きれんだぜ?……好きに生きて、自分の思ったことやってるお前すげえいい顔してたぞ」

 

「・・・急に何よ」

 

「俺だって半妖だ。この世の中で半端者に居場所はない。分かってるんだ」

 

「ねずみ男も?」

 

「でも俺は諦めねえぜ。居場所がねえなら無理やり作ってやる。誰よりものし上がって、世界一の金持ちになって、めちゃくちゃに強くなって、俺がこの世で一番偉くなる。人間からも妖怪からも崇められてやる!俺はその願いが叶うまでは絶対に人生投げ出さねえ」

 

 

 ねずみ男の過去は知らないが、紫苑は感じた。彼もまた自分と同じように孤独で生き続けてきたのだろうと。

 

 

「だからお前もそうしな。自分だけが幸せになることだけを考えろ」

 

「……」

 

「幸せになれる居場所を自分で作るんだ。今日みたいにワガママに生きれば作れるさ。他人の気持ちなんか無視しろ。世の中に見捨てられたゴミみたいな俺らが幸せになるには、周りなんか気にせずに自分中心で好きなように生きればいいんだ」

 

「……っ」ポロッ

 

 

 涙をこぼす。

 いつも誰かに迷惑かけまいと一人で生きていた。

 

 

 だがこの男は言った。“自分中心に生きろ”と。

 自分が誰かに言われてきたのは「貧乏神は近づくな、誰とも関わるな──」といった拒絶の言葉。だが、彼だけは違った。彼だけは私のことを肯定してくれた。

 

 

 そして自分中心に行動してみた。なんと心が晴れることか。こんなにスッキリしたのは初めてだ。

 

 

 でも、もっと楽に、心の中をスッキリさせたい。

 本音を出したい。この人に聞いてもらいたい。私の本音は──

 

 

「私、誰かに必要とされたい……」

 

「!」

 

「もう周りのやつの機嫌とか態度とかどうでもいい!私は誰かといたいっ!!必要にされたいっ!」

 

「そうそう。それでいいんだ。本音曝け出して、自分の願いを叶えるために生きるんだ。迷惑かけずに生きてるやつなんかいねえんだし、これからは自分の好きなように───なはっ!?」

 

 

 

 堰を切ったように涙が溢れ、紫苑は声をあげて泣き出したかと思えば、そのままねずみ男の胸に飛び込んだ。彼の胸の中で、紫苑は子どものように嗚咽を漏らし続けた。

 

 

 

「は、はは、離れ……、ちぇっ、もう好きにして…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っは!もう朝か」

 

 

 木々の間から差し込む柔らかな光に、ねずみ男は目を覚ました。

 鳥の声が響き、谷に朝靄がかかっている。

 

 

「ふあぁ……腰いてぇ……」

 

 

 ぼやきながら伸びをしたその瞬間──視界のすぐ目の前に、にっこりと笑顔を浮かべた紫苑の顔があった。

 

 

「ギョギョギョッ!?」

「おはようっ、ねずみ男!」

 

 

 まるで別人のように明るい声。その瞳はうるうると輝き、両手は胸の前でぎゅっと握られている。

 

 

「なっ、なんだよ、近いよ、近いって」

 

「私、もう周りなんか気にしない。好きなように生きる。うん、好きなように……。だから私はねずみ男の側にいる。ねずみ男がどれだけ嫌がっても一生ね」

 

 

 きらきらとした笑顔。

 抱きついてきそうな勢いに、ねずみ男は思わず後ずさる。

 

 

「ちょ、ちょっと待て待て待て!俺、“居場所は作れ”って言ったよ。でも俺の隣に居場所を作れって意味じゃねえんだよ!俺以外にしてっ、俺の隣にはお前みたいなガキじゃなくて、グラマラスなお姉様が……うわっ、近ぇ! 顔近ぇ!」

 

 

 紫苑はさらに一歩近づく。

 

 

「えへへ……私は本気だよ?」

 

 

 

 依神紫苑。彼女はいつも周りのことを気にしてきた。

 誰かと一緒に笑い合いたい、一緒にいたい、一緒にご飯食べたい、一緒に寝たい、歌いたい、遊びたい、出かけたい。そんな気持ちに蓋をして、誰にも開けられないように封印した──。

 

 

 だが、彼がそれをこじ開けてくれた。

 

 

 そうだ。どんなに生き方を変えても私は【貧乏神】だ。周りから嫌われるのは当たり前。それなら嫌われてもいい。周りの目なんか気にするな。自分のことを気にしてくれる人の側にいてやる。

 

 自分の居場所は自分で作るんだもんね、ねずみ男?

 

 

 

 

「が、ガキは嫌だっ、こんなガリガリで魅力のない女じゃなくて、ボンッキュッボンのお姉様がいいよ〜!!」

 

 

 

 朝日を浴びながら、今日も彼の受難は続いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





ありがとうございました!
私の中の「ねずみ男」は辛い過去があったからこそ、過去なんかに負けないで必死に生き抜こうとする奴なんですよね。

 だから周りに迷惑かけようが、嫌われようが自分勝手に、そして何があっても生き抜いてやろうとする泥臭い奴なんですよ(でもそのせいで結局は一人ぼっちなんですが……)



 それで、ですねねねねねねねねネネnenene──ジジッ──




「……はぁ、楽しい食事会にするつもりだったのに。…我ながら馬鹿すぎる。母親気取りも大概にすべきだというのに、どうも霊夢とねずみ男の前だと変になってしまう」


 仕事を終えて、立ち上がる紫。
 風呂にでも入ろうと廊下に出る。


(彼はとてつもない苦労をした。そのせいであの性格へとなった。それしか生きる術を知らないから。それなのに否定するなんて最低よ……。はぁ、自己嫌悪すると頭が痛くなるなぁ)


 八雲紫は、己の屋敷でふらりと足を取られ、その場に倒れ込んだ。
 長い髪が畳に広がり、白い指先が小さく震える。


「…がふっ…ああ、これマズイかも……」


 彼女の体は、結界を維持するための無理に蝕まれていた。
 本来ならば一年のうち三ヶ月は眠り、力を蓄えねばならない。
 だが、ここ最近続く妖怪たちの異常な動きに対応するため、紫は眠ることを拒んできたのだ。

 そこへ、襖を荒々しく開け放って駆け込む影があった。


「紫様!」


 式神・八雲藍である。
 紫の姿を見るや、蒼ざめた顔で膝をつき、その身を支えた。


「無理をしすぎましたね……。冬眠を怠れば……」

「……藍……」


 紫は微笑もうとしたが、その唇はわずかに震えていた。
 藍は必死に抱き起こしながら、悔しげに歯を食いしばる。


「休みましょう、紫様。私は見ていられない。幻想郷のために傷付くあなたが……」

「ありがとう。でも……ぬらりひょんが、いつ来るか分からないから休んでなんかいられないわ」


 博麗大結界は外と内を切り離す幻想郷の要。
 【とある方法】で結界は張られており、これがあるから外からは侵入できない。ただしこの結界は強固なものではない。だから外からたまに忘れ去られたものや生き物、人などが入ってくる。

 紫はそれを減らす、または全く入らないように結界の力を強化しているのだ。だが強化し続けるのはかなりの力を消費してしまうので、紫は冬眠しなければならない。


「結界自体は壊せなくても、力が弱まれば敵はきっと入ってくる。これまで入れなかった奴らも。だから私が休むのは許されない──」

「………っ、分かりました。できる限りサポートさせていただきます」

「ありがとう、藍」



 結界の揺らぎは、すでに外の世界に漏れ出していた。

 満月に曇りがかかる。
 月影の中、黒い球体の影がじわりと現れる。

 ──巨大な眼球。

 血走った眼が、閉ざされた幻想郷をじっと睨み据えていた。


『Let’s start the war──。フハハハハハハハハ!!』













  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。