ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

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 お久しぶりです、狸狐です。
 いや投稿にここまでかかってしまった。実は仕事がかなり忙しかったのに加え、インフルA、Bと戦い、瀕死状態になっていました。くたばってはいないので死神はまだのようですな。
 皆さんも体にお気をつけて









 皆さん、中国とか、チベットとか、そういう言葉を聞いてパッと思い付くものはなんですか?

 私はもう鬼太郎に出てくる仙人たちです。
 鬼太郎世界において【仙人】というのは最強格の一つ。妖怪よりも強いイメージです。そしてよく耳にするのは中国やチベットの山奥で何百年も修行をしていて──。

 という流れ。
 あまり仙人を出す機会が無かったので出せることが嬉しいですな。オリキャラは無しで、鬼太郎に出る仙人たちを出したいと思います













我々は進む

 

 

「一体…、どこまで進めば……、私を修行してくれる奴がいるっていうの……」ゼェゼェ

 

 

 霧が深い。

 昼なのか夜なのかも分からないほど、空が白く濁っていた。木々はみな、息を潜めたように立ち並び、鳥の声ひとつしない。博麗霊夢は険しい山道を進みながら、唇を噛んだ。目的はあっても道はない。頼りになるのは、かすかな勘だけ。

 

 

「あーもう、何なのこの山。登っても登ってもキリがない……っ。それに……」

 

 

 軽くジャンプしてみるがすぐに地面に着地した。

 

 

「なんで飛べないのよ!!地道に歩くなんてアホらしいっての!」

 

 

 そんな独り言を漏らした瞬間だった。

 

──ぺたっ、ぺたっ

 

 何かが、後ろをつけてくる音がした。

 霊夢は振り返る。

 

 

「へっ、へっ、へっ…」

 

「・・・犬?」

 

 

 そこにいたのは、一匹の黒い犬。

 どこにでもいそうな野犬のはずなのに、その存在感は妙に濃い。

 

 

「この山に来て初めて生き物を見た…。野良犬なんて居るのね、修行の聖地にも」

 

 

 霊夢が歩き出すと、後ろから同じ足音がついてくる。そして霊夢が止まると犬も止まった。

 

 

「……」

 

 

 犬は小首を傾げた。

 その瞳は、どこか人を小馬鹿にしたように笑っている。

 

 

「ついてきたって餌なんかないわよ」

 

 

 そう言って歩き出すが、犬は尻尾を軽く振りながら平然と後をついてくる。霊夢は足を止めた。

 

 

「……ちょっと。何が目的?」

 

 

 犬は答えない。

 ただ、前足で地面をカリカリと掘ってから、掘った箇所をトントンと叩き、霊夢を挑発するように低く吠えた。

 

 

「ワン」

 

 

 霊夢は眉を吊り上げた。

 そして犬が地面を掘った箇所を見るとバ・カと書かれていた。完全に愚弄され、舐められていることはわかった。

 

 

「……あんた、文字書けるなんて賢いようね。でも意味は分かってんの?」

 

「ワンッ」

 

 

 二度吠えた。

 まるで「その通りだ」と言うように。

 

 

「……こいつ」

 

 

 苛つきながら、霊夢は軽くお祓い棒を構える。「ただの犬じゃない」──そう直感で理解した。動物というのは基本的に本能で動く。だからこそ誰かを揶揄うなんて人間みたいに()()()()()はしない。

 

 

「どこの山にもいるのね。相手との実力差もわからない奴が。……まぁ、いつも通り、かるぅく祓ってあげましょう」

 

 

 一瞬、風が走る。

 霊夢が地面を蹴り、犬の背後を取る。お祓い棒がうなりを上げて振り下ろされ──当たることなく空を切った。目にも止まらぬ速さで、犬の姿が霧の中に消えていた。気づけばすぐ脇を、犬が悠々と歩いている。

 

 

「くっ、くくっ」

 

「……っ、避けた!?」

 

 

 犬はちらりと霊夢を見上げ、まるで笑ったように舌を出す。

 

 

「ワフ」

 

 

 その何気ない仕草が、あまりにも挑発的だった。

 

 

「……本気でやってやるわよ」カチン

 

 

 霊夢は立て続けに札を放つ。

 札が空中で炸裂し、紫電の閃光が走る。しかし犬は舞うように跳び、ひらりひらりと避けていく。

 

 

「わん」

 

 

 地面を蹴る音が軽い。

 まるで霧そのものを踏んでいるように、音がしない。霊夢の頬をかすめて風が通る。その直後、犬の爪が彼女の背後すれすれを掠めていた。霊夢は思わず息を呑む。

 

 

「……こいつ」

 

 

 次の瞬間、犬はもう数メートル離れた岩の上に座っていた。

 まるで「どうした、本気を出すんじゃなかったのか」とでも言うように、静かに尾を揺らす。霊夢は唇を噛みしめ、深く息を吸った。

 

 

(絶対にぶちのめす)

 

「わふっ、無理無理。お前にゃあ儂は倒せんよ」

 

「!?」

 

 

 誰だ。

 突然、響く声に霊夢は驚き、そして警戒する。しかし誰もいない。辺りを見渡すがあの犬何もいない。

 

 

「まさか…」

 

「博麗霊夢。お前の実力はよくわかった」

 

 

 あの犬が喋っていた。

 辺りに立ち込める霊気が風となって吹き抜け、霧がえぐられたように裂ける。黒犬の影が伸び、膨らみ、人の形を取っていく。黒い狩衣に身を包み、白い髭を長く伸ばした鋭い目をした仙人。霊夢よりも頭一つ分ほど背が高く、その瞳には底のない静けさが宿っていた。

 

 

「──大したことないな」

 

 

 霊夢は目を見開く。男は霊夢をじっと見下ろす。その視線には、犬の時と同じ“試すような軽さ”があり、その奥底には人離れした威厳が混じっていた。

 

 

「八雲紫は骨のある奴だと言っていたが、彼女は過大評価し過ぎしていたようだな。まるで才能無し」

 

 

 声は低く、よく通る。霧の中でだけ妙に響いた。

 霊夢はむっとして拳を握った。

 

 

「初対面で失礼じゃない?まだ全てを見せてないのに弱い奴だと決めつけるなんてさあ」

 

「犬の姿の儂に触れることもできなかったんだ。才能無しと決めつけて何が悪い?」

 

 

 足元の霧が、彼の霊圧に押されてわずかに退く。

 しかし霊夢も馬鹿にされっぱなしは腹が立つ。

 

 

「なら証明してあげる。犬の姿で油断したけど、今なら遠慮なくその顔面に拳骨ぶち込んでやる」

 

「油断する()がある時点で一生かかっても触れられんわ、傲慢な小娘」

 

 

 一触即発。

 2人が再度見えようとした瞬間──霧の奥で、ズン……ズン……と重たい足音が響いた。

 

 

「そこまでぇぇぇーーーっ!!」

 

 

 大きな声と共にぬらり、と巨大な影が霧を割って現れる。

 巨大なガマガエルの背中に乗って、巨大な数珠を首にかけた髪のない仙人が、笑いながら近づいてきた。

 

 

「妖犬!貴様ァッ、この馬鹿者がァッ!また修行しに来たものを虐めたのかァッ!!」フンスッ

 

 

 ドゴォン!と大げさに一歩踏み出すたび、大地が震えた。しかし雰囲気は妙に陽気で、さっきまでの緊張感が崩れ落ちるほどだ。霊夢は若干引いた目で彼を見上げる。妖犬と呼ばれた老人は渋い顔で言った。

 

 

「……お前の登場は毎度騒がしいぞ、蝦蟇」

 

「はっはっは!お前が暗すぎるんじゃい」

 

 

 蝦蟇は霊夢の方をくるりと向き、笑いながら言った。

 

 

「すまんな、博麗霊夢。こいつはとにかく陰険で意地が悪いんだ」

 

「ふん、意地が悪いは余計だ」

 

「本当のことだろう。必ず来る奴の前で煽り、馬鹿にして追い出す。意地が悪いだろうが。……お、おおっと!すまんっ、それで霊夢よ、八雲紫からは聞いている。とりあえず此処では話すもんも話せん。儂ら()()が集まる場所がある」

 

 

 霊夢はとある言葉に反応した。

 

 

「仙人…?貴方はまぁ、確かにそう見えるけど……」チラ

 

 

 霊夢は横目で妖犬と呼ばれていた男を見た。

 視線に気づくとフンとそっぽを向く。

 

 

「ははは!八雲紫から聞かなかったか?この山には仙人しかおらんぞ。と、言うても3人しか残っておらんがな」

 

「3人。じゃあ、あと1人いるのね」

 

「ああ、今は研究中だから来ていないがな。とりあえず大蝦蟇の背に乗りなさい。案内しよう」

 

「うっ……」

 

 

 この巨大なガマガエルの背中に乗る──。

 かなり気持ちが悪いが、それ以上に歩き過ぎて疲れているのも事実。もっと歩くか、楽を取るか、考えるまでもない。

 

 

「よろしく……」

 

 

 乗ってみる。

 ヌメヌメで、イボイボしていて気色が悪い。ひんやりとしていて何より匂いも臭い。小さなカエルは余裕だが、ここまで大きいとゾッとしてしまう。ガマが歩くたびに湿気で霞が揺れ、重く沈んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧がふっと割れた。そこには開けた空間があった。だが、修行場のような施設は何一つない。あるのは、ぼろぼろに崩れた石碑、誰かが昔住んでいたらしい土台だけが残った建物跡、そして中央にぽつんと口を開けた古びた井戸。

 

 ただそれだけがあった。

 

 

「……ここが?」

 

「何もないと思ったか?」

 

「まあ」

 

「何もない、いや、儂らは求めないだけだよ。仙人っていうのはそういうもんさ」

 

 

 蝦蟇仙人が軽く指を鳴らし、ガマたちが井戸の周囲にぴょんぴょんと集まる。そして一斉にゲロゲロゲロゲロと合唱を始めた。蝦蟇仙人も井戸に近づき、底へと声をかける。

 

 

「出てこーい。例の子が来たぞー」

 

 

 声が沈む。

 底まで反響し終えるが、何も返事はない。霊夢は井戸に近づく。縁に触れると、石はひどく冷たく、乾いていた。底は暗く、何も見えない。この奥底で仙人が生きているとは思えなかった。

 

 

「・・・死んでんじゃないの?」

 

 

 霊夢が井戸の縁に手を置き、そっと覗き込んだ瞬間だった。

 

──ぶわああああっ!!

 

 闇の底から、まるで何かが呼応したように、植物の蔦が一斉に伸び上がってきた。細いのも太いのも、ねじれたのもまっすぐのも、ありとあらゆる蔦が絡み合いながら柱のようにせり上がり、霊夢は思わず一歩後ずさる。

 

 

「なっ、なぁーーー!?」

 

 

 蔦はさらに勢いを増し、渦を巻くように井戸から噴き上がる。その先端の巨大な葉がぱっと開き、まるで舞台の幕が上がるように揺れた。その葉の中心に、ひょいと足を組んで座っていた男がいた。

 

 

「眩しいぃのぉ…。井戸に戻りたいわぁ……」

 

 

 ぼさぼさの髪、気怠げな目つき、よれた服。顔にはカビや鉱石のようなものが生え、目の周りの皮膚が捲り上がっている。まるで何十年も井戸の底で暮らしてきたかのような風貌。彼は葉の上で伸びをすると、あくび混じりに霊夢を見下ろした。

 

 

 

「……一緒に井戸の中に行かんかぁの。巫女ちゃん」

 

「ナンパはやめろ、井戸仙人」

 

「ほほほほほほ。妖犬は手厳しいのお」

 

「どれ」

 

 

 遂に仙人たちが揃う。

 3人の中で一番体格のいい蝦蟇、誰よりも腰の曲がっている井戸、そして強面の妖犬が霊夢を見る。

 

 

「ようこそ、修行者たちの聖地カイラス山へ」

 

「儂らの使命はお主に仙術だとか、霞の食べ方を教えるわけではない。仙人にするつもりはないからのォ。……お主には()()()()()()()。明日からビシバシ鍛えるから宜しくのぉ」

 

 

 蝦蟇、井戸がそう言うと、面倒くさそうに妖犬が続く。

 

 

「待て。勝手に話を進めるな。俺はこいつを鍛えるのは反対だ」

 

 

 妖犬だけは歓迎しなかった。

 蝦蟇と井戸はやれやれと呆れ、霊夢はこの態度に嫌気がさす。

 

 

「ここに入れた時点で権利はあるだろう。何をそんなに気に入らないんだ」

 

「決まっている。こいつは今まで来た巫女の中で一番傲慢だからだ」

 

 

 心が騒がしい──。

 一体どういう意味なのかは分からないが馬鹿にされているのは分かる。

 

 

「儂はそっちの方が好みなんじゃがのぉ。どの子よりも儂好み。偉そうな女はエエのぉ。ほほほほほ…」

 

「お前の好みなどどうでもいいっ!……博麗霊夢と言ったな」

 

 

 霊夢を指差して続ける。

 

 

「お前は自分の強さを信じて疑わない傲慢な女だ。今までかなりの戦いをしてきただろうが……、その勝利は実力で勝ってきたと思うか?」

 

「当たり前でしょ。力があるから勝てるのよ」

 

「全く違う。……お前は運で勝ってきただけだ。断言する。今のお前では今後勝ちたい相手に絶対に勝てない。そしてお前は自分の態度を改める気はないだろう。そんな奴に修行する価値なんてない」

 

「……あんたに1発も入れられなかったから認められないって言えばいいでしょうが。(どいつ)もこいつも……私がラッキーで勝ってきたってうるさいのよ!!」

 

 

 霊夢は全てを出した。

 護符、お祓い棒、陰陽玉──。霊夢が本気で妖怪たちを狩りに行く時の装備であった。

 

 

「だったら勝負しなさい。私の持てる全てをぶつけてやる」

 

 

 蝦蟇は妖犬に言う。

 

 

「──だ、そうだが?」

 

「いいだろう。だが、お前の相手は俺の弟子だ」

 

 

 弟子を寄越す。

 その言葉にさらに霊夢のプライドが傷つけられる。

 

 

「──このジジイっ!!」ブチブチッ

 

 

 霊夢は激昂したことはない。

 だがこの前の敗北により、感情が表に出てきやすくなった。口悪く罵るが妖犬は気にすることはない。

 

 

「では、始めよう──。来い」

 

 

 そこに立っていたのは、2メートル半ほどの巨体。

 全身を覆う毛並み、分厚い筋肉、獣のような爪。しかしその顔は鬼そのものだが獰猛ではなく、どことなく従順な瞳をしている。

 

 

『ゴウゥゥゥ……!!』

 

 

 妖犬仙人が腕を組んだまま言う。

 

 

「こいつに勝てたら認めよう」

 

「こんなとろそうな奴に負けるかっての!!」

 

「言葉より行動で示せ」

 

 

 淡々とした声に押し返されるように、霊夢はお祓い棒を握りしめる。鬼は挨拶するようにコクリと頭を下げると、のそのそと前へ出た。その動きはとてつもなく遅い。

 

 

「悪いけど眠りなさい!!」

 

 

 霊夢は一直線に飛び込み、お祓い棒で側頭部を狙って叩きつけた。ゴンッと鈍い手応え。だが鬼は微動だにしなかった。寧ろ攻撃されたことに気づいてさえいない。

 

 

『?』

 

「なっ!?」

 

 

 今度は接近し、脇腹へ、膝へ、顎へと打ち込む。

 動きは鈍く、的も大きい。避ける必要すらない。急所を当て放題のはずなのに。

 

 

「いっつ…!?」

 

 

 霊夢の拳の皮が剥け、肉が露わになる。攻撃を与えているはずなのに自分の体が傷つく。痛む拳をグッと堪え、霊夢が息を荒くする間も、鬼はただ見つめるだけ。攻撃を受けているという自覚すらなさそうな、重い沈黙。

 

 

「物理がダメなら……」

 

 

 焦りが胸に広がり、霊夢は距離を取って再び構える。

 その瞬間だった。

 

──ビュン!

 

 

「っ……!?」

 

 

 霊夢の頬を、細い線のようなものがかすめた。遅れて、乾いた風切り音が耳を裂く。切り裂いたのは透明な唾液が糸を引いた“肉の塊”である舌だった。

 

 

「!」

 

 

 舌が、まるで投げ縄のようにしなり、地面に叩きつけられていた。鬼は口を半開きにし、巨大な舌を地面へずるりと戻す。その仕草の遅さとは裏腹に次の瞬間に──バシュゥッ!!!

 

 

「速っ!?」

 

 

 霊夢は跳んで避ける。

 さっきよりも鋭い、まるで鞭が弾けるような速度。次々と伸びる舌。一本ではない。左右の位置を変えながら、確実に霊夢の退路を塞いでいく。しかし諦めない。魂魄妖夢の刀、魔理沙や射命丸文のスピードよりは遅い。

 

 

「けど早さには慣れてんのよ!!」

 

 

 霊夢の肩の横を漂っていた陰陽玉が淡い光を放ち、カァァァンッと弾いた。

 

 

「速い相手に避けるなんてしない。圧倒的硬さで弾き──」

 

 

 霊夢が息を呑む間もなく、第二撃、第三撃。舌が鞭のように連続して走る。だが陰陽玉は霊夢の意識とは無関係に軌道を変え、緩やかに見えて鋭い角度で迎撃していく。霊夢の武器である陰陽玉は相手の攻撃に反応して、攻撃を弾いてくれる自動防御(オートガード)性能を持っている。

 

 

『シュルルル──』

 

 

 一瞬だが、弾かれた反動で頭の向きが傾く。

 

 

「体勢が崩れたところを狙う!!」

 

 

 護符を飛ばす。

 鬼を中心に宙を舞った後に、護符から護符へと光の線が走り、五芒星を描いた。それは巨大な結界陣となり、鬼はもう外へ出ることはできない。

空気が震え、古い祈りのような音が響く。

 

 

「霊符「夢想封印」!!」

 

 

 鬼の巨体が眩い光に包まれ、ゆっくりと沈み込んでいく。

 

 

「打撃が効かないなら封じちゃえばいいのよ。はっ、大した相手じゃなかったわ」

 

「・・・」

 

 

 笑いながら妖犬を見る。

 しかし、彼は怒ることなく寧ろやっぱりなと呆れた表情になり、そしてため息交じりに言った。

 

 

「はぁ、よぉ見てみい」

 

 

 痺れるような不快な破壊音が響いた。

 封印陣の面が、内側から押し潰されるように歪み始める。

 

 

「え……?」

 

 

 霊夢の声が震えた。

 結界の光がひび割れ、蜘蛛の巣のように裂ける。バキィンッと豪快に破れた。光の欠片が舞い散り、音もなく消える。

 

 

『ゴウゥゥゥ』

 

 

 鬼は変わらずそこに立っていた。

 ただ立っているだけなのに、霊夢の背骨が凍り付くような圧が、さっきより濃くなった気がした。

 

 

「なんで……封印が……効かないの……?」

 

 

 霊夢が後ずさる。

 どんなに陰陽玉で攻撃は防げるとしても、鬼本体には一切通じないのなら倒すことはできない。

 

 

「“今までどんな相手にも勝ってきたんだ、こんな奴余裕だ、弱そうだ、遅そうだ……”。そんな心じゃいつまで経っても勝てるわけがない。……自惚れとは判断を遅らせ、正常な行動を取らせなくする。自分は強いんだと自惚れるのではなく、相手に集中するところから始めなければ意味がない」

 

「相手に…集中……」

 

 

 妖犬のその言葉は決して嫌味などではない。

 焦っていた霊夢は深呼吸をする。そして、今の言葉に改めて耳を傾けて、咀嚼し、自分の中に染み込ませてみた。

 

 

「・・・」

 

 

 落ち着いて相手を見る。

 勝ちたいとか、このままじゃ負けるとか、妖犬への怒り、自分の攻撃が通じないことへの焦り、それらを一度忘れて、心を空にするようにただただ相手のみに集中した。生まれて初めて相手に集中する。その間も舌は迫るが、陰陽玉が防いでくれた。

 

 

 

 過去にたくさんの猛者たちと戦ってきた。

 だが、ここまで集中したことはない。今まではどうせ勝てる、ゴリ押しで行ける、と楽観視してきたし、相手の姿だとか事情とか、抱えてるものなんかに一切目を向けなかった。

 

 

(・・・見ろ)

 

 

 だが今は目の前にいる“鬼”を、霊夢は真正面から捉えた。

 全身を覆う毛並み、分厚い筋肉、獣のような爪。舌が異様な速度で伸び、地面を割る。こんな相手と戦っていたのか。

 

 しかし、その姿が、ゆらり、と揺れた。まるで熱気越しに見る蜃気楼のように、輪郭が歪む。霊夢の眉がぴくりと動いた。

 

 

(……なんで……揺れて……?)

 

 

 もう一度、深く息を吸う。視線ではなく、意識で“観る”。恐怖や焦燥を取り除いたその奥、ただ目の前の存在だけを見る。

 

 

 その瞬間──世界が、静止した。

 

 鬼の巨体がぼやけ、皮膚が剥がれ、筋肉が透け──その中心に、硬質な“何か”が浮かび上がる。ゴツゴツした……灰色の形。歪な塊。表面に苔がついた、古い──

 

 

 

 霊夢は無意識に呟いた。

 

 

「……岩……?」

 

 

 揺らめきが完全に弾け、鬼の幻が霧散する。そこにあったのはただの巨大な岩だった。岩肌に風で揺れる草の影が走り、裂け目が“口のように”見える位置に偶然あっただけ。伸びていた舌は、蔓植物だった。陰陽玉が弾いていたのも、ただの蔦。

 

 霊夢は愕然と立ち尽くした。陰陽玉も防御を止め、再びただ霊夢の周りをふわふわと浮くだけに留まる。

 

 

 

「私……岩相手に……本気で……?」

 

 

 

 上空の崖で腕を組んでいた妖犬仙人が、鼻で笑った。

 

 

 

「やっと気づいたか。空の心ではないと気づけぬよ。何かに拘っているやつは永遠に岩と戦うことになる。いいか?儂はお前にその空の心を常に出させるようにさせる。それこそが儂の修行。悪いがその傲慢さと自惚れはここで叩き折らせてもらう」

 

「やれやれ、やっと認めたか」

 

「正体を見破れなかったら本気で追い出す気だったな、あれは」

 

 

 唖然とする霊夢を横目に3人は口を開く。

 

 

「八仙の1人、(くう)の妖犬仙人」

 

「同じく八仙の1人、(ごう)の蝦蟇仙人」

 

(やく)の井戸仙人」

 

 

 我に帰った霊夢は風圧で髪を揺らしながら、その光景をただ見つめた。“ここにいる仙人たちは……全員、私より強い。”そう思いながら、霊夢は息をのみ、拳を握った。本当に、修行が始まるのだ。

 

 

「「「修行を始めよう」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 幻想郷──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最悪っ、最悪最悪……。なんで今夜は()()なのよ!」

 

 

 山の中を全力疾走するのは1人の女性であった。

 赤と白と黒の三色のロングドレスを身に纏い、颯爽と走る彼女の長いストレートな黒髪の間にはピョコンと二つの耳が見えていた。

 

 

「うぅっ、早く帰らないと皆んなに見られちゃうっ」

 

 

 月に照らされるたびに彼女の髪は少しずつ伸びていく。服も変な感じに盛り上がり、内側で何かが蠢いている。それは体毛だった。それが服から外にちょろんと飛び出ると顔を赤くして、中にグッと押し込める。

 

 

「だから満月は嫌いなのよ!毛が濃くなる体質なんてもう嫌ァッ!」

 

 

 

 

 彼女の名は──今泉(いまいずみ)影狼(かげろう)

 

 世にも珍しい日本狼の妖怪【狼女】である。日本狼としての力を最大限に使える種族なのだが、満月の日には体毛が濃くなるという体質を持っていた。これがかなりのコンプレックスで他者に見られることをかなり嫌っている。

 

 なのであまり他者と関わらずに暮らしていたのだが、今日は用事で山を降りており、用事が終わる頃にはすっかり日が落ちており、気づけば綺麗な満月がかかっていた。

 

 

「はっ、はっ、他の奴に見られるのだけは嫌っ!早く帰らないと……!!」

 

 

 この身体を馬鹿にされてしまう。

 恥ずかしい。

 なので早く家に向かう。早く閉じこもりたい──。

 

 

──誰かぁぁぁ……っ!!

 

「?」

 

 

 影狼の耳がピクピクと動く。

 聞き慣れない声──悲鳴に近いものが耳の中に飛び込んできた。妖怪の山で?一体誰が?

 

 

「な、なに……?」

 

 

 この前の謎の黒い目玉の妖怪の件もあり、幻想郷全体が不安で少しピリピリとしていた。

 

 故にまた同じような妖怪が、今度は森の中に現れたのかもしれないと恐怖した。逃げようかと思ったが、同胞が襲われているのかもしれないと思い、それでも自分の姿は見られたくないので、慎重に誰にも見られないようにソォっと声の方へと向かう。

 

 

「誰かっ、誰か助けてくれぇっ!!」

 

「──に、人間っ!?」

 

 

 見に行った先にいたのは人間の男だった。

 ボロボロな姿に、泥だらけの()()()()()服。そして彼の足をガブッと噛みつく頭が二つある犬の妖怪に恐怖し、叫ぶ姿が目に映った。

 

 

「……人間がなんで…。いや自殺志願者かな。妖怪の山に立ち入るからよ。自業自得ね」

 

 

 山の掟だ。

 弱肉強食のこの山では人間に人権などない。ここではただの餌。動く肉塊なのだ。入ったやつが悪い。

 

 

「悪いけど見捨てさせてもらうわ。助ける義理はないし、この姿を見られるのは嫌だし……」コソッ

 

「痛いっ、痛いっ、誰か助けて……。なんでっ、何もしてないのに……!まだやり残したことがあるのにィッ!!」

 

「・・・っ」

 

 

 見捨てる。そう決めたはずなのに──。

 今泉影狼の足はここから離れようとしなかった。不思議だ。普段なら見ず知らずの人間なんか見捨てるはずなのに、あの男の言葉が、姿が、声が、匂いがどうも心に引っかかる。

 

 

「……あーもうっ」

 

 

 影狼は双頭の犬の前に立つ。

 男の方は気を失っているようだった。せっかくの獲物を取られまいと双頭の犬は男の朝から口を離し、全力で威嚇し、目の前の狼女に牙を向く。

 

 

『ガルルルルゥッ!!』

『ガウッ、ガウッ!!』

 

「ごめんね。せっかく見つけたみたいだけどさ……、そいつ私のだから」ギロッ

 

『『!!』』

 

 

 頭がどれだけあろうが関係ない。

 犬と狼の間には超えられない壁というものがある。野良妖怪として生きてきた犬は本能で察する。この女には勝てないと。

 

 

『『きゃんきゃんきゃんっ』』

 

 

 逃げ出した。

 背を向けて、必死に逃げ出した。それを見て影狼は威嚇を解く。

 

 

「行ったよ。立てる?……あなた、外来人でしょ。こんなところに来ちゃうなんて災難だ……」

 

「・・・」ピクピク

 

「……さーて、とりあえず治療しないと。里に連れてく方が正しいけど……今夜はダメ、無理。里の皆んなにも誰にも見られたくない…。気を失ってるみたいだし私の家に連れていくか…」

 

 

 1人の狼娘が1人の人間を連れ帰るのだった。

 影狼にとって人間を助けることはあっても、自宅へと連れて行ったことはない。しかもこの月の夜に──。それは彼女自身にとっても不思議だった。助けたこの外来人に()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻──。

 

 

 

 

 

「霊夢の野郎が居なくなったから、さっさと金儲けしようと思ったが金になるネタは転がってないもんだねぇ……」

 

 

『あんた、もしかして“ねずみ男”かい?』

 

 

「あ?……ひぃいいっ!?」

 

 

『キキキキ……ッ』

 

 

「僕を食べる気ですか!?ひぃいいっ、僕よりも美味しいやつ連れてくるから食べないでくださいぃぃ……」

 

 

 

『何の話だよ。それより、俺と金儲けしねえかい?キキキ』

 

 

「金儲け……!?」ビビビッ

 

 

『そう。お前だけが一方的に儲かる画期的なビジネスを、よぉ!!』

 

「やりますです!ぐふふふふふふふ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

 仙人たちは全て鬼太郎に登場する仙人たちです。

 傲慢になった鬼太郎を目覚めさせた妖犬仙人。
 邪魅を封じた蝦蟇仙人。
 鬼太郎シリーズの仙人代表、井戸仙人(6期未登場)。彼ら3人と霊夢の修行回はちょくちょく書く感じ

 次回からは今泉影狼に焦点を当てていきます。

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