ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

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こんにちは、狸狐です。

 今回の妖怪クイズ難しかったでしょうか。
 多分正解者は一人くらいかな?

 fgoが遂に終わりました。リリース当初からやっていた身としてはかなり悲しいです(感想は書けません)







狼は満月の夜に見られるのか? ②

 

 

 

 

「それじゃあいいっすか。最後の確認ですよ」

 

『わーってるよ』ボリボリ

 

 

 ねずみ男は手にした資料を妖怪に見せながら説明を続けていた。

 

 

「別れさせるのは今泉影狼と、一緒に暮らしている人間の男。先生は脅して別れさせればいいんですから、それ以上はやらないでくださいね」

 

『別れたら、業務終了だろ。そうしたら俺が女を好きにしていいよなぁ?』

 

「え、ええ…。けど殺しとかはダメっすよ。足がつくんで」

 

『はいはい。じゃあ行ってくるぜ』

 

「お気をつけて〜〜」

 

 

 

 

 

 同時刻──。

 影狼の家では、リュグナーの包帯を取り、傷の具合を確かめる影狼がいた。

 

 

「ど、どうかな?」

 

「・・・うん。もうバッチリね。傷は完全に治ってるわ!」

 

「やった!」

 

「それにしても妖怪に襲われたっていうのに傷の治りがこんなに早いなんて凄いわね」

 

「昔から怪我してもすぐ治るんだ。体質なのかな」

 

「ふーん…」

 

 

 包帯を捨て、新しい服を取りに行く。

 リュグナーもベッドから起き上がり、身体をグッグッと動かしていた。寝たきりだったので体がバキバキと硬い音が出る。

 

 

「カゲロー」

 

「ん?」

 

「これから僕はどうすべきかな?」

 

「え?」

 

 

 その言葉に固まる。

 赤蛮奇の言葉がよぎったのだ。だがリュグナーは窓から外を眺めて続けた。

 

 

「もし、もし可能なら僕は君と一緒に幻想郷のことを知っていきたい。ここが忘れ去られたものが来る世界だというのなら外に居場所がないって事だし。ここを第二の故郷にしたいんだ」

 

「・・・!」

 

 

 ばっと振り向く。

 リュグナーは照れくさそうに言っていた。

 

 

「ど、どうやら、僕、君に惚れちゃったみたいで……。そ、その、ダメ…かな?」

 

「・・・っ」

 

 

 嬉しい。

 必要としてくれることに、好きだと言ってくれたことに。

 

 だが無理だ。

 今はこの姿だから言っているのかもしれない。もし、あの姿を見てしまったのなら、好きという気持ちは嫌悪へと変わるに決まっている。お互い傷つかないようにするためには諦めるしかない。この気持ちを──。

 

 

 

「馬鹿ね。何言ってんのよ」フフッ

 

「ぼ、僕は本気で……!」

 

「妖怪と人間、付き合うなんて無理なのよ。ほら治ったんだから里に送ったげる。あと霊夢のところにも連れて行かないとね。帰れないわよ?」

 

「………うん」

 

 

 

 

 赤蛮奇のいう通り、なのかもね。

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 山道は、次第に人の手が入った景色へと変わっていった。踏み固められた土、切り払われた低木。遠くに、里の気配がある。影狼は歩きながら、何度も無意識に後ろを振り返っていた。

 

 

「・・・」チラ

 

「はぁっ、はぁっ…」

 

 

 リュグナーは、少し遅れてついてくる。

 足取りはまだ覚束ないが、それでも必死についてこようとしている。

 

 

(……放っておけない)

 

 

 それが、出会った時の彼に対する最初の感情だった。

 弱っている者を見ると、身体が先に動く。守る。導く。危険から遠ざける。狼として、妖怪として、骨の奥に刻まれた衝動。

 

 でも──

 

 

(今はそれだけ、じゃない)

 

 

 あの日の夜。

 囲炉裏の火。

 眠そうに瞬きをしながら粥を食べる姿。不安そうに、それでもこちらを信じて向けてくる目。

 

 気づけば、彼が無事に眠っているかを確かめていた。

 気づけば、外の気配に耳を澄ませていた。

 

 

(守りたい……)

 

 

 その感情に、名前をつけるのが怖かった。

 赤蛮奇(ともだち)の言葉が、胸の奥で蘇る。

 

──「妖怪と人間は、分かり合えない」

 

 そして、もっと古い記憶。

 満月の夜。抑えきれず現れた獣の姿。伸びた爪、牙、荒い息。人の部分は無くなり体毛が濃くなる。

 

 

【気持ち悪い】

 

 

 そう言われた瞬間の、胸の冷え。

 

 

(また、同じになるんじゃないか)

 

 

 リュグナーは人間だ。

 弱くて、優しくて、何も知らない。もし満月の時の真実(わたし)を見たら。もし、この身体を見たら。

 

 

(私は──)

 

 

 足が、ほんの一瞬止まる。

 

 

「カゲロー?」

 

 

 声をかけられ、はっと我に返る。

 

 

「……ごめん、大丈夫よ」

 

 

 嘘だった。

 大丈夫じゃなんか、なかった。ただ里はもう近い。ここまで来れば、彼も私も深く関わらずに、傷つかずに生きていける。

 

 

(それが、正しい)

 

 

 そう言い聞かせながら、歩き出した、その瞬間。

 

 

「・・・ん?」クンクン

 

 

 風に乗ってくる空気の中に、微かに混じるものがある。湿った土でも、獣でもない。動物の血と膿のような体液が混ざった嫌な臭いに鼻が反応した。

 

 影狼は無意識に息を浅くする。

 嗅覚を研ぎ澄ませると、その臭いは断続的に、だが確実に近づいてきていた。

 

 

(……何かがついてきてる?)

 

 

 耳が、次に反応した。

 吹き荒れる冷たい冬の風の音に紛れて、猿のような足音。あまり感じさせない重さと、確実に距離を詰めてくる気配。

 

 背中の毛が、ぞわりと逆立つ。

 

 

「ねえ、カゲロー?本当にどうしたの?様子が……」

 

「しっ!静かに…」

 

 

 低く、短く。

 鼻先に、再び臭いが刺さる。今度は、強くはっきりと。

 

 

「・・・上!?」

 

 

 樹上。

 耳が、空を裂く微かな空気の揺れを捉えた。瞬間、影狼は踏み込み、リュグナーを突き飛ばすように後方へ弾いた。

 

 

「うっ!?」

 

 

 吹き飛ばされるリュグナー。

 それと同時に、森の影がリュグナーが立っていた場所に落ちてきた。枝も音も立てず、長い腕と脚を持った猿が地面に着地する直前、その目が影狼を捉え、歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

『みーーーっけ♡』ウキキ

 

 

 妖怪の山で見たことがない異質な存在。

 舐め回すかのように影狼を見る妖怪。こいつにはリュグナーの存在は映っていないだろう。

 

 

『話で聞くよりも可愛いじゃん。そのケツも安産型だし、俺のベビィを産むにはピッタリじゃあん』

 

 

 軽い。冗談の延長のような声。

 影狼は一歩前に出て、爪を立てる。牙が覗き、喉の奥から低い唸り声が漏れた。

 

 

「何、お前……!!」

 

『おっとっとォ〜〜。そう怒るなよなァ。冗談じゃん。……俺は、ええと……赤蛮奇(ろくろくび)に依頼されてやってきましたぁ〜、別れさせ屋グッチューの従業員でぇす』ウッキキキ

 

「ろくろ首……?依頼?別れさせ屋?何を言って……」

 

 

 巨大な猿は細長い小指を耳の穴に突っ込みガリガリと穿りながら答える。

 

 

『いやね、お前ら二人の関係が気に入らない奴に依頼されてさ』

 

「気に入らない奴……って、それ、まさか!?」

 

『おーっと、これ以上は依頼主の個人情報になるんでぇ……秘密ってことで。よし、早速だけど二人には別れてもらいますよ。影狼さん、その男ともう関わるな?おけ?分かったら離れろ、いいな?』

 

「ふざけるな、お前には関係ないだろ!」

 

『・・・ん〜〜〜〜』

 

 

 巨猿はひょい、と首を傾げる。

 その瞬間、影狼の視界から“消えた”。反射的に身を捻る。長い腕が鞭のようにしなり、彼女の肩をかすめて地面を抉った。土が爆ぜ、破片が散る。

 

 

『メスの分際で意見するな』

 

 

 声は、背後。

 影狼は歯を食いしばり、肘を振るう。だが拳は空を切り、代わりに足首を払われた。

 

 

「あっ……!」

 

 

 倒れる前に体勢を立て直すが、そこへ蹴りが飛んでくる。

 重い。獣の筋肉が、容赦なく叩き込まれるとヒューヒューと空気の抜ける音が口から出た。

 

 

「か、ぁ……っ」

 

『うっききき、狼って聞くから強いと思ったが、所詮は(メス)。オスの俺に勝てるわけがなかったな。……で、もう一度聞くぞ?』

 

 

 体を丸めて苦しむ影狼に近づき、顔を覗き込みながら問う。

 

 

その男(ソイツ)のこと考えるのやめる?付き合おうとか、変な気は起こさない?……自分の意思で答えてもらわないとさぁ、別れさせ屋としてはダメなわけよ。俺の初仕事でもあるし、早く決めてくれない?』

 

「……ぁえ…ぅ、うぅ……」

 

『おい、質問には答えろよォ。俺は言うこと聞かない女にはお仕置きしたくなるんだよなァ…』

 

 

 ぎゅううう……ッッ!!

 巨猿は倒れている影狼の足を踏みつけた。ぐりぃっと乗ると、影狼の細い体にかなりの体重が乗り、骨が軋む音がした。

 

 

「あ゛あ゛ぁぁぁっ!?」

 

『ほら、早く答えないともっと酷くしちゃうよ』

 

 

 足を退けて、ゆっくりと影狼の顎を持ち上げた。

 その時だった。

 

 こんっ……。

 

 

『アん?』

 

 

 小石をぶつけられた。

 巨猿はポリポリと頭を掻きながら、投げてきた相手を見る。

 

 

「や、やめろ!!」

 

 

 リュグナーが、震える足で前に出てきていた。

 

 

「彼女に触るな……!」ガタガタ

 

「りゅ、ぐな……げぼっ、ごほっ……!!」

 

 

 影狼の目が見開かれる。

 出てくるな、隠れてて、……言いたいのに肺が潰れて声が出ない。パクパクと動かすことしかできず、ただそれでも逃げるように言い続けた。

 

 

「ぼ、僕たちがっ、何したって言うんだ。こ、こんなことを言われる筋合いはない。か、彼女を離さないなら、よ、容赦しないぞ」ガタガタ

 

 

 猿は一瞬きょとんとした後、吹き出した。

 

 

『ぷっ、ぶひゃひゃひゃっ!!そんな震えた足で俺にセッキョ?セッキョ?ぶひゃ、うひゃひゃひゃ、ちょっ、腹痛ァッ!!……あ〜〜、待てよ。そだ、お前で良いじゃん』

 

 

 猿はゆっくりと歩きながら近づく。

 どう頑張っても、自分からは人間は逃げることができない。余裕の狩りである。

 

 

『おい、ガキ。もうあの女とは関わるな。・・・妖怪と人間が恋愛できると思ってる?』ウキキ

 

「お前が決めるな!!」

 

 

 拳を振り上げて、怒りのままに猪突猛進。

 次の瞬間、猿の視線が鋭く変わる。一直線にリュグナーへ手刀を繰り出す。

 

 

「やめろっ!」

 

『お?』

 

 

 影狼は反射で動いた。

 考えるより早く、残った力をすべて脚に込める。

 

 飛んだ。

 

 体当たりだった。

 全身でぶつかり、猿を横倒しにする。二人は地面を転がった。

 

 

『チッ。うっぜぇっ……。おいおいおいおい……』

 

 

 猿はすぐに起き上がろうとしたが、その一瞬、影狼が上に跨る形になる。だが、重さも力も足りない。分かっていた。この一撃が効いていないことくらい。それでも影狼は、歯を食いしばって叫んだ。

 

 

「リュグナー!!走れ!!里に行け!!」

 

「で、でも──!」

 

「いいから!!早く!!」

 

 

 声は掠れ、喉が裂けそうだった。

 リュグナーは、泣いていた。何度も首を振り、それでも最後に影狼を見つめる。

 

 

「カゲロー!!う、ああああああああーーーーっ!!」

 

 

 叫び、そして背を向けて走り出した。

 猿は地面に押さえられたまま、声を立てて笑った。

 

 

『無駄な抵抗、ご苦労さん』

 

 

 次の瞬間、影狼の身体が弾き飛ばされる。

 拘束を解いた猿が、そのまま流れるように肘を叩き込んだのだ。影狼は木に背を打ちつけ、崩れ落ちた。その衝撃は凄まじく、白目を剥き、気を失った。

 

 

『・・・ん〜〜〜、まぁ大切な女見捨てて逃げるってことは別れたってことだよな。うっききき、ならこれで任務達成』

 

 

 猿は影狼の前に立ち、軽く首を鳴らす。

 何とまあその顔は満面な笑みであった。

 

 

『フリーになったのなら、俺の嫁にし〜よっ!さぁて、さっさと孕ませようっと』

 

 

 影狼は、静かに持ち上げられ、森の奥、この猿妖怪の住処へと運ばれていった。その背後で、リュグナーの足音だけが、必死に遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 里の境が見えた瞬間、リュグナーの足は止まった。

 もう、走れなかった。膝から崩れ落ちるように地面に座り込み、両手で顔を覆う。肩が、何度も大きく揺れた。

 

 

「……僕だけ……」

 

 

 声にならない声が、喉の奥で詰まる。

 自分だけが、無事で。自分だけが、ここにいる。あの時と同じだ。自分は助けられてばかりだ──。

 

 影狼は、森に置いてきた。叫び声も、苦しそうな息も、全部。

 

 

「僕がこの世界に来たせいで…。何が異世界転生だ……。自分は何もできないし、守ってもらってばかりで、大切な人が傷ついて……!!何が惚れただ。こんな僕が幸せにできるわけがないんだ……!僕はクズだ…」

 

 

 指の隙間から、涙が落ちる。

 地面に染みを作りながら、止まらなかった。その様子に、最初に気づいたのは里の人間だった。

 

「……誰だ、あれ?」

「見たことない服だぞ」

「外の人間か?」

 

 ざわざわと、人が集まり始める。異質な存在。見慣れない顔。好奇と警戒が入り混じった視線が、容赦なく突き刺さる。リュグナーはそれでも泣き続けるのだった。

 

 

「カゲロー…っ、かげ、ろぉっ、ううううう!!」

 

 

 その騒ぎを、少し離れた場所から眺める影があった。

 赤蛮奇だ。

 

 

「……ふーん」

 

 

 腕を組み、ちらりとその青年を見る。泣き崩れる姿を見て、口の端がわずかに上がった。

 

 

「別れさせ屋は脅かせば本性がすぐわかるって言ってたけど、その通りね。自分だけ逃げてきたようね。……だっさ」

 

 

 妖怪と人間。どうせ長くは続かない。これで良かったのだ。きっと影狼は自分の命優先で逃げた彼に幻滅しているだろうが、自分の知ったところではない。

 

 

「ほらね。影狼。私の言った通りでしょ。人間と妖怪は幸せになれない。分かり合えないのよ」

 

 

 愚かなり、赤蛮奇。

 あなたの愚行で影狼が、今どうなっているか。その原因が自分にあるかもしれないなんて、夢にも思っていなかった。

 

 その時だった。

 

 

「おいおい、なんだこの騒ぎは。喧嘩か?」

 

 

 人混みを割って、魔女の姿をした女性が現れる。霧雨魔理沙だった。彼女は状況を一目で察し、リュグナーの前にしゃがみ込んだ。魔理沙の姿を見た瞬間にリュグナーの瞳は丸くなる。

 

 

「外来人か。こりゃあ、また厄介な時期に迷い込んじゃったもんだぜ」

 

「・・・魔女!」

 

「へぇ、魔女を知ってんのか。なかなか教養のある外来人だな!」

 

「あ、あの……」

 

「分かってるぜ、皆まで語るな!ここは幻想郷っていう場所で、簡単に言えば、そうだなァ……。うーん、なんて教えてあげれば良いんだ。こういうのは霊夢がいつも教えてたからな…」

 

「し、知ってます!ここが幻想郷っていうのは!」

 

「なぬっ!?教養があるレベルじゃないぜ!すごいな、めちゃくちゃ物知り博士なんだぜ?」

 

「ち、違くて──」

 

 

 拙い言葉で、必死に説明するリュグナー。森での出来事。影狼に助けてもらい、一緒に生活していたこと。そしてその影狼が連れ去られたこと。自分が何もできなかったこと。話を聞くうち、魔理沙の表情は完全に変わった。

 

 

「……なるほどな」

 

 

 帽子のつばをぐっと押さえ、立ち上がる。

 

 

「任せな。この幻想郷最強の私、霧雨魔理沙さんが何とかしてやる!」フンス

 

「助けに……行ってくれるんですか……?」

 

「へへっ、親友(ライバル)と約束したんだよ。幻想郷の平和は任せろってな!それにその影狼は私の知り合いだ。話を聞いて無視するなんて私にゃできないぜ」

 

 

 その言葉に、リュグナーは初めて顔を上げた。魔理沙は彼に手を差し伸べていた。彼は手を取り、そして魔理沙が跨る箒に自分も乗った。

 

 

「よっしゃ!助けに行くぜ!場所を教えてくれよな!!」

 

「は、はい、って、うわあああ!?」

 

「悪いけど飛ばすから、舌噛まないで教えてくれ」

 

「んな、無茶な!!」

 

 

 

 

 そのやり取りを、少し離れた場所で赤蛮奇は、聞いていた。

 耳を疑う。

 

 

「……攫われた?」

 

 

 胸の奥が、ひやりと冷える。

 

 

「……まさか……」

 

 

 思い出す。

 別れさせ屋のねずみ男に頼んだ依頼。彼は言った、腕の良い用心棒を使うと。もし、その用心棒が影狼に手を出したのなら。嫌な予感が、一気に現実味を帯びる。

 

 

「影狼……!!」

 

 

 赤蛮奇は、踵を返した。

 向かう先は、ねずみ男のもと。あの別れさせ屋の場所に。そして自分のせいで、友達が酷い目に遭っているかもしれない、その真実を確かめるために。後悔と怒りを胸に抱え、赤蛮奇もまた、奴の向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「んふふふっ、またまた依頼が入って幸せだなぁ♡もっと世の中の恋愛が拗れちまえ。そうすれば俺は潤うもんねぇ。にっひひひ」

 

 

 札束を数えながら喜びねずみ男。

 赤蛮奇の件を終えてから、何故かお客が増えてきた。たくさんというのは無いが確実に入ってくる。そして価格設定を自分で好きなように動かせるので最高なのだ。

 

 

「あのバカ猿がいれば俺は安全圏で他人の修羅場が見れて、稼げて、もう最高!うひゃうひゃのひゃ!」

 

「ねずみ男!!」

 

「ぐわっ!?」

 

 

 しかし、その幸せな雰囲気も終わりを告げる。

 息を切らして店に飛び込んできた赤蛮奇にひっくり返る。ねずみ男はぶつけて出来たタンコブをさすりながら起き上がる。

 

 

「こ、これはこれは赤蛮奇さん!先日はどうも!残りの27万の支払いの方ですねぇ。ま、待ってまし──」

 

「影狼が攫われた」

 

「は、はい?」

 

「アンタは脅かすだけって言ったよね?でも、さっき影狼のパートナーが言っていたわ。大きな猿が影狼を何度も殴って、そして何処かに連れてったって!どういうことよ!!」

 

 

 胸ぐらを掴まれ、苦しそうにするねずみ男。

 バタバタともがくが、非力な彼ではその手から抜け出すことはできない。

 

 

「し、知らねえよ!俺はちゃんと脅かすだけって言ったぞ!あいつが勝手にやったことで、俺は関係ねえよ」

 

「アンタ、責任者でしょ!」

 

「責任者も、脅かす役も、全部その猿だよ!俺は奴に命令されたんだよ、別れさせ屋を始めて店番をしてろって!うぐっ、苦しい……」

 

「ふざけんな!そんな無責任なことがあってたまるか!」

 

 

 その言葉を聞いて、ねずみ男は赤蛮奇を思い切り払い除けた。よろめき後ろに下がる彼女を睨みつけ、首元をさすりながら言った。

 

 

「げほっ、無責任?けっ、お互い様だろうが」

 

「ふざけんなっ!どこが同じなのよ!?」

 

「お前だって、あの子のためとか綺麗事言って、よく分かりもしない相手に別れさせるようにお願いするなんて、無責任にも程があるんだよ!頼まれてもないのに他人の問題を解決してやろうなんてただの自己満足だ!人の恋愛事情にずけずけと首突っ込んでる奴が俺に説教なんかしてんじゃねえ!!」

 

「そ、それは……っ」

 

 

 わかさぎ姫の言葉と重なる。

 言い返せない。

 真っ暗になっていく。視界の中の闇が語ってくる、全て、全てお前の蒔いた種じゃないか、と。

 

 

「・・・」

 

 

 絶望する赤蛮奇。

 ねずみ男はそれを尻目に店じまいの準備を始める。

 

 

「あの馬鹿。勝手に暴走しやがって。こうなるなら、あんな奴と組むのはもう終わりだ。もっと安全に楽に稼げる仕事を探そーっと」

 

「待って」

 

「ぅえ?」

 

「……あなたの言うように、これは私の自己満足で、それを無理やり影狼に押し付けた結果がこれよ。なら私が助けなきゃいけない……!」

 

「だ、だからなんだよ!」

 

「その誘拐犯のいる場所分かるんでしょ!案内して!」

 

「え、ええぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の奥。

 人の気配が途絶え、獣の匂いだけが濃く沈殿する洞穴。最初に辿り着いたのは赤蛮奇とねずみ男だった。魔理沙たちの方が早く出発した。だがスピードはあっても場所は知らないので辿り着くには時間がかかる。一方でねずみ男は場所を知っている。ならば先に辿り着くのは道理だろう。

 

 

「……ここだよ」

 

 

 岩壁と歪んだ木々に囲まれた、洞穴のような住処。

 中から漂ってくるのは、湿った土と獣臭、そしてかすかに血の匂い。赤蛮奇は迷わず首を飛ばし、暗闇の奥を覗き込む。

 

 

「!!」

 

 

 見つけた。

 縄のような蔓で縛られ、大の字に固定されたまま器用に柱に括り付けられた影狼の姿を。

 

 

「……っ!」

 

 

 声にならない声が喉で詰まる。毛並みは乱れ、身体には無数の擦り傷。それでも、まだ生きている。

 

 

「影狼……!」

 

 

 赤蛮奇は飛び込もうとするが、ねずみ男が腕を掴んだ。

 

 

「待て待て待て!あの猿が隠れてるかもしれないだろ!」

 

「放しなさいよ!!」

 

 

 怒鳴り返し、振り払う。

 そして縛られている影狼に駆け寄った。

 

 

「影狼っ!」

 

「・・・っ」パチッ

 

 

 声に反応して目覚める。

 だが視界が朧げなのか、近寄る人影を巨猿だと勘違い。悲鳴と共に抵抗し始め、その度に縛っている部分がギチギチと音を立てて締め付ける。

 

 

「んっ!んーーーーっ!!」バタバタッ

 

「影狼っ、私、赤蛮奇よ!」

 

「ん……!?」

 

「今外すから待ってて!」

 

 

 武器である小さなナイフでまず口に嵌められている植物の根のような部分を切り、さらに右手に絡みつく植物に手を伸ばす。

 

 

「赤、どうして」

 

「ごめんなさいっ、私のせいで。こんな事になると思わなかったの……。私、友達が少なくて……、こんな自分と仲良くしてくれる影狼とわかさぎ姫を大切にしたくて……っ」

 

 

 涙が溢れ、視界がぼやける。

 震える手でナイフをゆっくりと下ろした。

 

 

「貴女がまた辛い思いをするんじゃないかって、勝手な判断で別れさせ屋なんかに……。けど全部私の自己満足だった……。影狼はとっくに辛い過去を乗り越えていた。怯えていたのは私だった……!ごめん、本当にごめんなさい……」ボロボロ

 

「頭を上げて」

 

「……ん」

 

 

 怯えながら頭を上げる。

 こんな思いをさせてしまったんだ。絶縁と言われても仕方がない。しかしそれを直接言われる事に怯え、震えが止まらなくなる。

 

 

「私、まだあの時のこと乗り越えられてないんだ」

 

「え?」

 

「満月の日になるたびにね、毛が濃くなった私を馬鹿にした男たちの顔が今でも忘れられないの。だから満月の日は部屋に篭ってる。……全然乗り越えられてないよ」

 

「じゃあ、リュグナーは?大丈夫なの?」

 

「リュグナーには私と居ないほうがいいって言った」

 

「わ、私のせいで…」

 

「いや、元からうまく行かなかったはずだよ。そんな事よりも──」

 

 

 影狼は包み込むような温かい笑顔で、そして微笑みながら言った。

 

 

「こんな目に遭ったし怖かったし、痛かった。でも、私のことを思ってやってくれたことっていうのは伝わってる。だから許す。……ただ何か今度奢ってよね」ケラッ

 

「影狼……!」

 

 

 だが幸せは続かない。

 洞穴の奥から、絶望の足音が響いた。

 

 

『うっききき、ねずみ男。こいつらと何してんの』

 

 

 闇から現れたのは、あの猿だった。

 長い手足をぶら下げ、にやにやと笑いながら。ねずみ男の身体から一気に滝のような汗が吹き出す。そして引き攣った笑顔になった。

 

 

「──先生ぇっ!(やまこ)先生!!」

 

 

 ねずみ男は叫ぶが早いか、踵を返した。

 そしてそのまま猿の方に駆け寄ると、悪そうな顔をしながら赤蛮奇と対面する。

 

 

「ねずみ男……!?」

 

「玃先生、大変ですよ!クレームです、クレーム!我々の事業に文句言いに来た不良娘がやってきましたァァァ!」

 

『クレームだとぉ?』

 

「はいィッ!私は店を守るために戦ったんですがね、暴力を振るってきてェ、その挙句に先生のことも害しようと……!しかもっ、しかもですよ!玃先生が連れて行ったお嬢さんまでぶんどる気ですよ!!」

 

『ほお』

 

「暴力を振るい、嘘をつき、私をここまで無理やり連れ回す。いやぁ、恐るべきはカスタマーハラスメント!怖いですねぇ、消費者って。金を払えば自分は偉いと勘違いしているんですから。今度は土下座を強要させてきますよ」ぶるぶる

 

 

 赤蛮奇の叫びも虚しく、ねずみ男は敵に寝返った。何があっても優先すべきは自分の命。いつだって強いものの味方。ねずみ男は心の中で(ごめん!仕方ねえから許してね)と思いながら、敵に擦り寄る。赤蛮奇一人となってしまった。

 

 

『ぶひゃひゃひゃ……。大変だったな、ねずみ男。あとは任せな』

 

「はいィィ」ニヤリ

 

『テメェ!この玃様の別れさせ屋に文句(クレーム)とは良い度胸じゃねえか!!良い機会だ、テメェもそこの犬っころと同じように()()()にしてやるぜ』

 

 

 

 

 

 (やまこ)

 

 中国、そして日本の岐阜県などに伝わる猿の妖怪である。他にも玃猿(かくえん)、黒ん坊という呼び名もあり、猿が数百年生きることでこの妖怪になると言われている。

 

 この妖怪には、珍しい特徴がある。

 それはオスしかいないというものだ。その為、繁殖するために山から人里に降りてきては女を誘拐し、孕ませ、産ませることで種を増やしていくのだ。

 

 

 そして玃の能力は女性尊厳無視(オール・ゴウカン)

 

 孕まされた女は産むか、産まないかの選択を迫られる。【産むを選択した場合は、元いた場所に帰ることができるが玃の子をしっかりと育てないと病死する】、【産まない選択をした場合はその女がオスの玃になってしまう】という呪いがかけられる女性からしたら最悪の能力である。

 

 

 

 

 

 

「孕み…っ!?…お前ふざけんなよ……っ、友達を返せぇええっ!!」

 

 

 次の瞬間、ぶつりと鈍い音がして、赤蛮奇の首が自らの胴体から切り離される。それだけでは終わらない。宙に浮いた首が、ひとつ、ふたつ、みっつ──、瞬く間に増え、最大数の九つにまで分裂する。それぞれの口には、いつの間にか短刀が咥えられていた。

 

 

『うき?』

 

 

 刃の鈍い光が洞穴の闇を裂いた。

 

 

「──飛頭セブンズヘッド!!」

 

 

 七つの首が前衛、残る二つが死角を突く形で、三次元的に玃へと襲いかかる。壁、天井、床、あらゆる方向から、首が矢のように飛ぶ。

 

 だが。

 

 

『きっしょ』

 

 

 玃は、気持ちの悪そうな表情と侮蔑の言葉を吐き捨ててから、長い腕を振り回した。掴む。叩く。投げる。一拍も置かず、首が撃ち落とされていく。

 

 

『気持ち悪い小蝿は掃除だな』

 

 

 石壁に叩きつけられた瞬間、赤蛮奇の首は霧散した。血も、悲鳴もない。ただ、存在そのものが砕け散る。

 

 

「く……っ!」

 

 

 残った首が距離を取ろうとするが、それも無意味だった。

 

 

『ほいほいッ!」

 

 

 玃が地面を蹴る。

 一気に間合いを詰め、空中の首をまとめて薙ぎ払う。ばしん、ばしん、ばしんと次々と消えていく赤蛮奇の分身。最後に残った本体の首が胴体へ戻る暇すらない。

 

 

『胴がガラ空きだぜ!!』

 

「──っ!!」

 

 

 腹部に重い一撃。

 赤蛮奇の身体は宙を舞い、洞穴の壁に叩きつけられた。

 

 

「赤!!」

 

「が……は……」

 

『んーーーっ、柔かあ♡抱き心地ありそうな身体だ。……でも首抜ける女は趣味じゃねえし、キモイから、お前は孕み袋にゃあしねえよ。その代わりに一生奴隷な』

 

 

 頭はその場で崩れ落ちる。肺の空気が一気に吐き出され、視界が白くなる。四肢が、言うことをきかない。玃は興味を失ったように視線を逸らし、影狼の方へ向き直る。

 

 

「クソ猿ッ!よくも赤に!死ね!!」

 

『おいおい、相手されないからって怒るなよ。ほらぁ……今からたっぷり可愛がってやるからなァ』じゅるり♡

 

「あ、あの〜〜」

 

 

 昂る玃の前にねずみ男が入る。

 

 

『ナンダヨッ!!萎えさせんなよ!』

 

「ええと、お邪魔ですし、僕は帰っていいすかネ?」

 

『いいよ!その首抜け女縛ったら、さっさと帰れっ。ったく、空気の読めねえ馬鹿がよぉ』イライラ

 

「わっかりました〜………ぬぅっ!?せ、せせせ、せんせぇっ!?」

 

『今度は何だよッッ!!!!』

 

 

 ねずみ男は腰を抜かし、指を指す。

 玃もその方向を見た。

 

 

「あ、あれは・・・!!」

 

 

 月光が、差し込む。

 満月を背に、ひとつの人影が立っていた。夜風に髪を揺らし、箒を肩に担いだ魔法使い。

 

 

「霧雨魔理沙ァッ!?!?」

 

 

 ねずみ男が名前を呼ぶと同時に魔理沙は笑う。

 

 

「お前らの悪行はそこまでだぜェッ!!」

 

『ぬゥ?』

 

 

 魔理沙の手に、何かきらりと輝く箱のようなものが──

 

 

「やばっ!?」

 

 

 魔理沙は一切の躊躇なく、八卦炉を前に掲げていた。

 圧縮されていく光が、洞窟内の闇を塗り潰す。熱。振動。空気が悲鳴を上げる。

 

 

「マスタァァァーーーーッ!スパァァァァーーークッッ!!」

 

 

 白熱の奔流が一直線に放たれ、洞穴の奥を焼き尽くした。

 玃は反射的に地を蹴る。長い腕で岩を掴み、身を捻り、紙一重で光の柱をやり過ごす。

 

 

『っぶねぇ。なんつう威力だよっ!?』

 

 

 額から、はっきりと冷や汗が流れ落ちた。

 

 

 

「待って待って待って待って!!イヤァ───────」

 

 

 一方、ねずみ男は逃げる暇すらなかった。閃光に呑まれ、悲鳴も途中で途切れ、黒焦げの塊となって地面に転がる。そのまま衝撃波が、洞窟全体を揺るがす。

 

 

 ゴゴゴゴ───

 

 

 岩が軋み、天井に無数の亀裂が走った。

 その衝撃で影狼を縛っていた拘束具が、音を立てて弾け飛ぶ。

 

 

「……っ!」

 

「カゲロー!!」

 

「リュグナー……!!」

 

 

 急いで駆け寄るリュグナー。

 影狼の側に駆け寄り、二人はギュゥっと抱きしめ合う。数秒間抱きしめあった後に互いの顔を見合わせる。かなり近いが気にならない。胸の高鳴りは洞窟内の轟音でかき消される。

 

 

「ばかっ、なんでこんな危ない場所にいるのよっ」

 

「君は“妖怪と人間は分かり合えない”って言ったけどさ、僕、どうにも諦めが悪くて。君が好きだっていう気持ちを押さえられなかったんだ。それに僕は……君に助けてもらった。だから今度は僕が……って言っても、頼るしかできなかったけどね」テヘヘ

 

「リュグナー…」

 

 

 

 

 

 

「あの……」

 

 

「「!?」」

 

 

 二人の側には赤蛮奇が倒れていた。

 赤蛮奇は気まずそうに言う。

 

 

「そ、そろそろ逃げません…?」

 

 

 この中で一番元気なリュグナーが赤蛮奇を担ぐ。そして影狼の肩を持ちながら洞窟を出た。3人は必死に互いを支えながら出口へ走る。背後では、洞窟が完全に崩壊を始めていた。岩が落ち、土砂が流れ込み、闇が潰れていく。

 

 

 

 

※※

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 外へ──。

 月明かりの下へ、辛うじて飛び出した直後。洞窟は、轟音と共に沈黙した。赤蛮奇はその場にへたり込み、息が荒くなった影狼をリュグナーは少し離れた場所に連れて行き岩に腰掛けさせている。一方で魔理沙はその様子を見ながら八卦炉をひょいと投げてキャッチする。

 

 

「ひゅう♪火力こそ正義だぜ!」

 

「ちょっと!死ぬところだったんだけど!!」

 

 

 土埃まみれの赤蛮奇が怒鳴る。

 だが、魔理沙は笑っていた。

 

 

「悪ィ悪ィ!けど、元気な奴はこのくらいじゃあ死なないから大丈夫だぜ!」

 

「何よ、その根拠は!」

 

「そりゃあ、目の前を見れば分かるぜ……」

 

「はぁ?何を言って………はっ!?」

 

 

 瓦礫の隙間から、一本の腕が這い出る。

 続いて、汚れた顔。裂けた口元から覗く歯。そう、玃だった。瓦礫の中から全身は傷だらけ。だが、その目は魔理沙を、はっきりと敵として捉えていた。

 

 

『ユ…ル、サナ……イィィィ…ッ!!』

 

 

 低く、憎悪のこもった声。

 

 

『俺はただ嫁が欲しかっただけなのに、そこの女は俺のガキを産むはずだったのに、邪魔しやがって!!クソどもがァァァッ!!』

 

「……そうか。そういう理由なら遠慮なくぶっ飛ばせるな!」

 

 

 玃がギリギリと歯軋りをしてから魔理沙を指差す。

 

 

『絶対に許さねえ。お前は孕み袋なんかにしねえ。ぐちゃぐちゃの生ゴミにしてやる。待ってんだぞ、狼女ァ……!こいつ殺したら、俺とラブラ………ぶ…?は、おい?マジかよ……!?』

 

「影狼…!」

 

 

 

 空に浮かぶ満月が、雲間から完全に姿を現す。

 銀色の光が、大地を照らした。影狼の身体が、びくりと震える。リュグナーにはどうする事なくただその場でその異変を見ていることしかできない。

 

 

「……っ、あ……月の光!?」

 

「えっ、えっ?」

 

 

 腕、脚、背中。

 月光を浴びるごとに、体毛が濃く、長く、野性を帯びていく。爪が伸び、牙が形を変え、狼としての完全な姿が、否応なく引き出されていく。

 

 

「い、いや……!」ガタガタ

 

 

 影狼は、それに気づいた瞬間、反射的に身を屈め、腕で身体を覆った。なぜ満月の日に家に引き篭もるのか。──信じていた人がこの姿を見た瞬間に蔑んできたから──トラウマが蘇る。

 

 

「影狼!」

 

「見ないで、お願い。見ないで…」

 

 

 赤蛮奇は駆け寄り、周りに見られないように自分の着ているマントをかける。だがもう遅かった。かけられる前にこの場の全員に見られたから。影狼はその場でただうずくまり、泣くしかなかった。

 

 

『うっわ、やば。俺、無理だわ。……毛深い女とかキモすぎて抱く気になりませんわ。ウキャキャキャキャ!!』

 

 

 容姿を馬鹿にして笑う玃。

 赤蛮奇は怒り、魔理沙は走り出す。友達を目の前で馬鹿にされるという行為を断じて許せなかった。

 

 

「クソ猿!黙ってろ!!」

 

『やってみろよ!メス豚ァッ!!』

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

「……見ないで……」

 

 

 声が、震える。リュグナーには見られたくなかった。

 月光の下で、獣に近づいた自分を。

 

 あの過去の記憶が、胸を刺す。拒絶された視線。嫌悪に歪んだ顔。全てが影狼を飲み込む。

 

 

「……っ、う……」

 

 

 その場に膝をつき、影狼は顔を伏せて、声を殺して泣き崩れた。

 

 知られたくなかった。

 リュグナーに知られたくなかった。嫌われる、幻滅される、蔑まれる。この場から消えていなくなりたいと何度も願った。だが悲しいかな。満月は、冷たくすべてを照らし続けていた。

 

 

「影狼……っ、リュグナー、早く離れて。この子を見ないであげて」

 

「……え?」

 

「影狼にとってこの姿は見られたくない傷なの。この子を大切に思うなら見ないで……!」

 

「・・・」

 

「聞いてんの、って、うわ!?」

 

 

 しかしリュグナーは退かなかった。

 寧ろ、赤蛮奇を押し除けて、影狼に近づいた。そのまま震える彼女の手を取る。

 

 

「カゲロー」

 

「……お願い、見ないで。近づかないで。…こんな醜い私に触れないで……」

 

「カゲロー。君は醜くなんかないよ」

 

「嘘よ。あの時みたいに、あの人のように、私を軽蔑して──」

 

 

 

 ちゅっ……

 

 

 

「!」

 

 

 リュグナーは彼女の手の甲にキスをしていた。

 影狼は驚き、彼を見る。リュグナーは狼と化した影狼と目が合うと優しく微笑んだ。

 

 

「君がどれだけ変わろうとも、君のその美しい心は変わらない。いいかい?どんな姿だろうと、カゲロー、君は美しいままなんだ。見た目なんかじゃないっ!僕は君の全てを愛しているんだ!」

 

「……リュグナー」

 

「だから…、だからこそ……!君を侮辱したアイツを許せない…!弱くたって、アイツに一発お見舞いしてやる…!!」

 

 

 震えながらも拳を作り、魔理沙と玃の元へと向かおうとする。

 だがそんな彼の手を影狼は引き留め、代わりに影狼が前に出た。

 

 

「カゲロー?」

 

「ありがとう、リュグナー。こんな私を愛してくれて。……おかげで元気出た。アイツをぶっ飛ばして、私は過去を乗り越える!!」

 

 

 彼はこんな私を見て逃げずに真っ直ぐ想いを伝えてくれた。

 ならば私だって逃げない。

 乗り越えてやる!!

 

 

「カゲロー!」

 

「だからさ、応援しててよね」

 

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、ちょこまかと…!」

 

『ぶひゃひゃひゃ!どんなにすげえ攻撃も当たらなければ意味がない〜!』

 

 

 戦闘中、魔理沙の攻撃が止む。

 魔理沙の攻撃力はかなり上がっている。だが、スピードはなかった。長い手足を巧みに扱い、木々の中を自由自在に移動できる玃に全く当たらない。

 

 

「魔理沙…」

 

「……!…影狼」

 

 

 後ろから声をかけられる。

 振り向けば、影狼の瞳が雲一つない夜空の中央で、静かに、堂々と輝いていることに気づいた。

 

 

「代わって」

 

「・・・へへ!」

 

 

 魔理沙は八卦炉を下ろし、一歩だけ前に出た影狼を見て、何も言わずに道を譲った。その背中がもう迷っていないことを、誰よりも理解したからだ。

 

 

『選手交代?俺に手も足も出なかった雑魚が?』

 

 

 玃はにんまりと笑い、地面を蹴る。

 

 

『調子乗ってんじゃねえよ、毛深いブスゥッ!!』

 

 

 影狼は構えない。

 腰を落とし、爪を地に触れさせるだけ。呼吸は深く、静か。月光を浴びた体毛が、風に逆らうように逆立っている。

 

 

「・・・変身」

 

『ヒャッハァァァーーーッ!!』

 

 

 玃の視界から、影狼が完全に消失する。

 

 

『──っ!?』

 

 

 背後。左。上。

 三方向から、同時に“気配”が襲いかかる。玃が咄嗟に跳び退いた、その瞬間。三つの斬撃が、空間を切り裂いた。

 

 

「──トライアングルファング」

 

 

 影狼の声が、低く響く。

 三角形を描くように刻まれた噛まれた跡が、玃の胴体を浅く、だが確実に裂いた。致命傷ではない。だがその一撃が重かった。

 

 

『いでぇっ!?……な、なな、なんでこんなに速く、強く!?』

 

 

 影狼は静かに答える。

 

 

「知らないの?狼はね、満月だと無敵なのよ。・・・貴方はとっくに狩られる側。怯えるだけの子羊……、いや子猿さん。さぁ、震えなさい。ここからが本当の狩りの時間よ」

 

『クゥッ、黙れぇええっ!!』

 

 

 玃は歯を剥き、長い腕で反撃に転じる。

 しかし、その拳は空を殴った。影狼は速さの質が違った。地面を踏み砕き、空気を裂き、距離そのものを消し去る。

 

 

『ひっ……!』

 

 

 玃が距離を取ろうとした、その刹那、見えた。

 月を背にした影狼を。その姿が、一瞬、巨大な狼の姿に錯覚させる。

 

 

「私は惨めな自分も、辛かった過去も、全部乗り越える。乗り越えてみせる!」

 

『ゆ、許し──』

 

「天狼──」

 

 

 一拍。

 世界が、静止したように感じられた。

 

 

「ハイスピード・パウンス!!」

 

 

 爆発的な踏み込み。

 音が遅れて追いつくほどの超加速。影狼は一直線に玃へと跳躍し、両脚で地を蹴り、全体重と妖力を叩き込む。

 

 

『ぐぼわぁっ!?』

 

 

 衝突。

 玃の身体が、地面に叩き落とされるのではなく、穿たれた。岩盤が陥没し、衝撃波が円状に走る。

 

 

『ガ、……ウガァ…』ガクッ

 

 

 呻き声すら、途中で潰れる。

 影狼は着地と同時に身を翻し、距離を取った。追撃はしない。すでに勝負は決まっているからだ。玃はもう動かない。死んではいないが完全に気を失った。

 

 

「カゲロー!」

 

「リュグナー!私、…乗り越えたよ!!」

 

「うんっ、うん!最高にかっこよかった…!」

 

「リュグナー、ありがとう。……大好き」

 

「ぼ、僕もだ。僕も大好き」

 

 

 妖怪と人間。

 種族は違い、考え方も違う。違うもの同士が一緒にいるためには何よりも相手を理解し、尊重し合うことなのだろう。

 

 抱きしめ合う二人を美しい月は永遠に見守り続けるのだった。

 

 

 

「・・・な、なんか照れるぜ。一件落着したし、帰るかな〜」

 

「おめでとう、影狼」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

「は、初めまして!影狼とお付き合いさせてもらってる、りゅ、リュグナーと申します!」カチコチ

 

「きゃーーー!彼が!影狼の彼氏さん!きゃー!こちらこそよろしくね♪」

 

 

 影狼は、知り合いに彼氏ができたことを報告した。リュグナーは幻想郷で彼女と共に生きていくと決めた。赤蛮奇、わかさぎ姫は祝福し、今夜はご馳走や酒を用いておめでとうパーティーを開催するのだった。

 

 

「・・・良かった。みんなが受け入れてくれて」

 

「人間と妖怪。大変なことがあると思うけど、幸せにね」

 

「ありがとう、赤」

 

 

 改めて謝罪し、お互いに理解し合えた二人。

 強固となった彼女たちの絆は簡単に壊れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴奈庵──。

 暫くして赤蛮奇が通うことは無くなった。あの本を読み終えたからだろう。

 

 

「ふふっ」

 

 

 小鈴は感想箱の中にあった手紙を読んで微笑む。

 差出人は、あの赤蛮奇からであった。

 

 

【妖怪と人間の恋愛はうまくいくわけがない。ただ、うまくいかないからと止まっているよりも、うまくいくために前に進もうとする行為は尊敬する。……皆んながこの本のように幸せになれるとは思わないが、そういう願いが込められている本は素敵だと思う】

 

 

 そっと手紙を閉じて、引き出しにしまうと鉛筆を取り出した。

 

 

「さーてまだまだ書くぞー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、酷い目にあった。霊夢がいなくなったから好き放題できると思ったけど、今度は魔理沙かよ」

 

 

 ねずみ男が服をバサバサとはためかすと黒焦げのカスがボロボロと舞って落ちていく。これらは全て稼いだお札だ。マスタースパークにより燃え滓になってしまった。

 

 

「まーた無一文。なんでこう真面目に働こうとする俺が不幸になるのかなぁ。とほほほ」

 

「おい」

 

「ん?うわぁっ!?」

 

 

 ねずみ男が振り向くと、そこには別れさせ屋に前金を払った人々が怒りの顔で立っていた。

 

 

「いつになったら別れさせてくれるんだ」

「店がないけどどうしたのよ」

 

「「「金返さないなら殺してやるッ!!」」」

 

 

「イヤァ〜〜〜ッ!まだこの世から別れたくないよ〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・っ!!」

 

「どうしたの、カゲロー……うわぁっ!?」

 

 

 

 影狼の家の前には、転がっていた。

 ()()()()()()()()()()()の頭が無惨に。

 

 

 

「うっ、うぇええ…」ビチャビチャ

 

「リュグナー、部屋に戻っておいて。片付けておくから」

 

 

 リュグナーを部屋に戻す。

 玃の頭を地面に埋めると、とある物に気付く。

 

 

「・・・なにあれ?」

 

 

 頭が転がっていた少し先に、見慣れない柱が埋まっていた。

 触れてみると冷たく、そして硬い。鉄の棒が突き刺さっており、柱から枝のように細い鉄の柱が周りに生えており、その先端にガラスの板がたくさんついている明らかに異質な物である。

 

 

「んっ、んーーーっ!……ダメだ、抜けない」

 

 

 引っ張ってみるがかなり深くまで突き刺さっており、抜くことはできなかった。

 

 

「危険性は無さそうだし、放っておいてもいいのかな…?」

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

 まず一つ、恋愛描写本当に書けない。なんで二人がこんなに早くラブラブになるのという質問には答えられません。申し訳ない…

 あと影狼は満月の時に狼女としての真価を発揮するので昼間は全く強くありません。元より草の根妖怪ネットワークの方々は戦闘キャラではなく強く書こうとは思っていませんでした。

 玃も同様です。
 彼が戦った相手は強くないので、必然的に彼が強く見えるように書かれていますが玃もそんなに強くないです。普通にあのまま魔理沙と戦闘を続けていた場合はやられていたと思います……

 幻想郷の新たな仲間、リュグナー。
 彼をよろしくお願いします。
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