お久しぶりです。
一月から早く新しい話を投稿しようと思っていたのですが、尋常じゃない仕事の量に追われていました。何がひどいって私の能力がかなり低いので仕事を終えるのにめちゃくちゃかかった事や、熱が下がらないなどがあり、もうめちゃくちゃ。
4月から新しい人が来るからしょうがない。
この時期はどこも忙しいですから……。
今回はかなり季節感ずれてますので、よろしくお願いします。一応一月から準備はしていたのですが2月末までは書く手も止まっていました。
迷いの竹林の奥、結界に守られた永遠亭。
薬棚の間を縫うように歩きながら、八意永琳はため息をひとつ吐いた。──“またか”、と。目の前の障子の向こうから、ここ数日聞き慣れすぎた音が響いてくる。
「はぁ!?今のヘッド入ってたでしょ!判定ガバすぎ!クソ、芋ってんじゃねえよっ、前出ろ前!」
銃声、爆発音、そして明らかに荒れていく口調。
永琳は障子を開けた。
「フーーー!!完全勝利ィッ!よっし、もう一戦!!」
暗い部屋。
画面の光に照らされる蓬莱山輝夜は、完全にゲームの世界(天才・八意永琳が作ったブレイステーション。略してブレステ。そしてやっているのはレインボーソックスである。もちろん相手はコンピューターであり、相手のレベルに合わせて強くなる人工知能付き)に没入していた。姿勢は前のめり、指は高速で動き、目は鋭い。
「……輝夜」
「今忙しい!」
「この一週間ずっと忙しいわね」
永琳は腕を組み、冷ややかに言い放つ。
「最近、テレビに齧り付きっぱなし。言葉遣いは荒れるし、生活リズムは崩れてる。暇つぶしのために作っただけで、貴女をこんな風にする為に作ったわけじゃないんだけど」
「不老不死だもの。問題ないでしょうが」
「身体はね。でも“心”は別」
「ん??」
永琳がリモコンを手に取る。
輝夜がそれに気づいた瞬間──
「ちょ、待っ──」
ブツン。
画面が暗転した。
「──あああああ!?私のトロフィー全回収エンドの夢がぁぁぁ……がふっ」
輝夜は頭を抱え、数秒呻いたあと、ふっと息を吐いた。
「……まあ、いいけど」
「意外と素直ね」
「だって
輝夜は立ち上がり、軽く伸びをする。
その表情は明るかった。
「どこに?」
「ゲーム続けたらもっと怒られるし、今度は外に出て暇つぶし。あーあ、久しぶりに妹紅と殺し合いたいけど最近来てくれないのよねえ……」
「それに勝る楽しいことでも探してきなさいな」
「うん。そうするよ」
輝夜は着物を整えながら、ふと考えるように視線を天井へ向けた。
「……永琳も行く?」
永琳は首を横に振る。
「私は行かないわよ。診療があるもの」
「そ。じゃあ行ってくるわね」
輝夜は障子を開け、外の光の中へ踏み出す。
竹林を抜ける風が、久しぶりに頬を撫でた。
「夕飯までには帰ってきなさいね」
「はーい」
軽い調子でそう言って、輝夜は歩き出す。
不老不死の姫は、退屈を理由に閉じていた世界から、気まぐれに一歩外へ出た。
それは彼女にとっての気晴らしであり、そしてこの後に起こる“何か”の、静かな始まりでもあった。
※※
「1週間程度じゃ里の様子も変わらないか。妹紅を探して揶揄おうかなぁ」
里は冬の午後の匂いをしていた。
雪解けでぬかるんだ道、薪の煙、遠くから聞こえる子どもたちの声。輝夜は歩きながら、ふと立ち止まった。道端の石に腰かけ、空を睨みつけている少年がいた。
「ん?」
「……はぁ」
ため息が、白くほどけた。
輝夜は気まぐれに声をかける。
「よっ、少年」
「?」
「そんな顔して睨まれたら空が可哀想よ」
少年はびくっとして顔を上げた。
年の頃は十かそこら。頬が赤く、どこかのほほんとした目をしている。
「あ、えっと……考え事してて」
少年は帳面を差し出す。
表紙には大きく『冬の自由研究』と書かれていた。
「寺子屋の宿題なんです。でも、何やればいいかわからなくて」
輝夜は覗き込み、ふむ、と頷いた。
「自由研究──。自由なのに、一番困るやつか」
「はい……。みんなは雪とか、氷とかを研究するらしいんですけど、ぼく、勉強苦手で……」
少年は気まずそうに笑った。
「被ると僕のレベルの低さが浮き立つし、ただ他のは思いつかないし」
輝夜はくすっと笑う。
「馬鹿ね。被るなんてどうでもいい。自分の興味のあることを追えばいいのよ」
「興味あるもの。……あるけど……ぼくに無理ですよ。調べるのも、まとめるのも苦手だし、第一ぼくの興味あることを調べるなんて不可能だし」
その言葉は、どこか諦めが混じっていた。輝夜は空を見上げ、少しだけ昔を思い出すような顔になる。輝夜は指先で空をなぞるようにしながら、軽い調子で言った。
「昔さ、五人の男が結婚してくれって私に言ってきたことがあったの」
「ご、5人!?」
ぱちくりと目を瞬かせる。
「冗談だと思う?」ニマァ
「そ、そりゃあ……いや、けど、お姉さん、めちゃくちゃ美人だしな…」
「正直ね、うりうり」
輝夜は笑い、少年の頭を撫でながら続ける。
「それでね、私は条件を出したの。私の指定したものを持ってこい。持って来たら結婚してあげるわってね」
「指定した物?」
「火にも燃えない“火鼠の皮衣”、龍の首にある宝玉、燕が持つ子安貝……だったかな」
少年は口を開けたまま固まっている。
「……ぜ、全部無理じゃないですか」
「普通はね」
輝夜はそこで、少しだけ真面目な顔になる。
「でもね、人間って不思議なもので。無理だ、できないって思うと、考えるのよ。工夫して、失敗して、工夫して、失敗して、何度も何度も思考して、そして前に進もうとする」
「・・・」
「結局、誰も本物は持って来られなかった。本物そっくりの物を工夫して作って持って来たわ。きっと必死に考えて、動いて、挑戦したんだと思う」
輝夜は少年を見る。
「だから思うのよ。──人間っていうのは、無理なことも、工夫して乗り越えようとする面白い生き物なんだって」
少年はしばらく黙り込み、やがてぽつりと言った。
「……じゃあ、ぼくにも」
少年は空を見上げる。
「ぼくは、星を調べたい」
「星!いいじゃない」
「はい。冬の星、すごくきれいで……。もっと近くで見てみたいんです。ただ光っているだけじゃない。どんな形なのか、どんな姿なのか、知りたい!」
輝夜は楽しそうに笑った。
「それ、とてもいいわ」
「でも……やっぱり、どうやって見ればいいんだろ……」グヌヌヌヌヌ
輝夜は立ち上がり、指を一本立てる。
「そんなの簡単。作ればいいのよ」
「え?作るって…?」
「──望遠鏡!」ビシィッ
「ぼう、え…?」
「遠くのものを見るための道具、ってところね」
「作れるんですか!?」
輝夜は振り返り、いたずらっぽく微笑む。
「“できない”を、“できないまま”にしない。それが人間でしょう?……それにこのお姉さんが手伝ってやるから、大船に乗った気でいたまえよ!少年!」
冬の星空の下、一人の少年は、初めて「できるかもしれない」という気持ちを胸に抱いた。そして輝夜は、久しぶりに胸を弾ませていた。
(暇つぶしが見つかった…!私もモノづくりは初めてだし、面白くなるわ!!)
ただ辺りを見渡すと夕暮れ時になっており、輝夜のお腹もグゥっとなった。輝夜は照れながら、お腹をさする。
「あっ…はは……、た、ただ明日からにしましょう。もう夕飯になるし」
「じゃあ明日…。よろしくお願いします、お姉さん」
「うん、またね。少年」
※※
翌日。
しっかりと朝ごはんを食べて、身支度を整えた輝夜は少年と合流する。
「エネルギーチャージしてきた?さっそく望遠鏡を作るわよ」
「はい!」
意気揚々と言ったものの、輝夜は数秒後に腕を組んだ。
「……で、どう作るのかしら」
少年はきょとんとする。
「し、知らないんですか?」
「知らないわよ。私は作らせる側だもの」
「あんなに自信満々だったから知ってるものだと」
「いいか、少年。大切なのは知ってることじゃなく、やろうとする気持ち。知識は後からついてくるもんなのよ」
悪びれもせず言い放つ。
ともあれ、まずは調べ物だ。二人は里の本屋“鈴奈庵”へ向かった。辿り着き、木の扉を開けると、紙と墨の匂いが広がる。店番をしている少女、“本居小鈴”が顔を上げた。
「いらっしゃいませー」
輝夜は棚を見渡す。
長い年月を生きている輝夜だが、実を言うと、ここに来るのは初めてである。幻想郷にたくさんの本が置いてあるのは二つあり、一つは紅魔館のパチュリーが所有する地下の図書館。そしてもう一つは人里の鈴奈庵である。知識はあるものの、来たことはないので、どこにどんな本があるか全く分からない。
「何かお探しでしょうか?」
「えーと、星を見る道具について書かれた本あるかしら」
「随分と限定的な……」ウーム
棚には妖怪退治の記録、幻想郷の歴史書、薬草の図鑑、和歌集。そして外の世界から流れ着いた外来本。よってジャンルは結構偏っている。“化学”や“光学”といった体系だった学問書はほとんどない。
「星についてなら天文学の本なんでしょうけど……。生憎、ここには星の神話の本はあっても、天文学の本は無くてですねぇ。……あっ、そうだ!妖妃ー!“ぬの棚、35の1”を持って来てー」
すると執事の格好をした“妖妃”と呼ばれた高身長の女性が本を抱えてやってくる。
「お待たせいたしました。お嬢様」
「ありがとう」
小鈴は受け取り、数少ない工学の本を開く。
中を覗く少年と輝夜。書いてあるのは難しい単語と宇宙には関係ないものばかりである。
「え〜…色々な鏡や虫眼鏡ならありますけど……」
輝夜はため息をついた。
「ん〜〜他を当たるわ。ありがとうね」
「申し訳ございません。いつの日にか揃えておきますね…」
少年が不安そうに言う。
「やっぱり、無理だったのかなあ……」
輝夜は棚から手を離し、少し考える。
「……いや、そうか。知識を得られないのなら、知識がある人に聞けばいい」
くるりと振り向き、にやりと笑う。
「幻想郷には発明家がいるわ!」
少年は首を傾げる。
「はつめいか?」
「川に住んでる河童よ。道具作りが大好きな子」
「か、河童!?妖怪ですよね。まさか門の外に出るんじゃ…」
「出るわよ!」
「えぇ〜〜!?外は人食いの妖怪がうじゃうじゃいるんですよ!危ないですよ!」
「大丈夫。こう見えて強いから。何が出ても守ってあげる!さーー行くわよ、少年!」
怖がる少年の手を引き、笑顔で出ていく輝夜。
小鈴はお客さんを見送ってから、自分よりも大きくなっている文車妖妃に近づき、見上げながら言った。
「あんた、最近流れて来た“執事×お嬢様の恋愛本”読んだでしょ」
「お嬢様の書く妖愛に負けず劣らず、最高でございました♡」
ここ最近気づいたことだが、文車妖妃という妖怪は読んだ本によって身体が変化するらしい・・・。
※※
川のせせらぎが、冬の空気に静かに響いていた。川辺の岩場で、金属を叩く軽い音がする。
「いたいた」
「あ、あれが、河童」
そこにいたのは、小柄な河童の少女。
帽子の下から覗く青の髪、腰には工具、足元には見慣れない機械の部品が散らばっている。集中しすぎて周りの音が入ってこないようなので輝夜は少し声を張った。
「河城にとり!ちょっといいかしら!!」
金槌の動きが止まり、河童が顔を上げる。
「ん?……おや」
少し驚いた顔で目を細めた。
「これは珍しい客だね。こんなところに人間の子どもと月の姫様が来るなんて」
「余計なことは言わなくていいわよ」
輝夜は軽く肩をすくめた。
「ちょっと相談があってね」
少年が少し緊張しながら、ぺこりと頭を下げる。
「ぼく、星太って言います。冬の自由研究で星を調べたくて……」
「星太か。少年の名前、そういや聞いていなかったな。……じゃあなくて!にとり、実はね──」
輝夜が続けて説明する。
里で出会ったこと、星の研究をしたいこと、望遠鏡を作ろうと考えたこと、そして資料が見つからなかったこと。
「だから発明家の貴方に頼もうと思ったの。力を貸してくれない?」
にとりは腕を組みながら、ふんふんと頷いていた。
「困ったら博麗の巫女とか、霧雨魔理沙とかに頼って、私は天狗たちに仕えるトンチキ集団だと笑う奴らがいる中で、私に頼ろうってのが気に入った!見る目がある!本当ならきゅうり100本貰うところだけど……」
そして背後の機械の山を指差す。
「今回は
がちゃごそと箱を漁り、一本の筒を取り出した。金属の筒にレンズがはめ込まれた、立派な望遠鏡。
「ほら。これなんかどうだい?」
「うわあああ!!」
星太の目がぱっと輝いた。
だがその瞬間。
「だめ」
輝夜があっさり言った。
にとりがきょとんとする。
「?」
「それじゃ意味がない」
星太も戸惑った。
「でも……すごい望遠鏡ですよ?」
輝夜はしゃがみ込み、星太の目を見て言う。
「少年。もらうのは簡単よ。でもね、自分で作ることにこそ価値があると思うの」
静かな言葉だった。
「苦労して、試して、失敗して。そうしてできたものは、誰かにもらったものとは全然違う」
星太はしばらく望遠鏡を見つめ、それから小さく頷いた。
「……分かった」
その様子を見ていたにとりは、ぽかんとしていたが、やがて、にやりと笑った。
「いいねぇ」
工具を肩に担ぐ。
「そういう考え方、すごく好きだ。私だって誰かから貰った発明品より自分で作った物の方がいい。それが分かっていたのに水を差すようなこと言って申し訳なかったね、
望遠鏡を箱に戻し、代わりに地面に木の枝で図を書き始める。
「望遠鏡に必要なのはまずガラス製のグラス。次に素材は何でもいいから筒。あとは虫眼鏡。……自分たちで作ると決めたんなら、これらを集めるんだ。いいね?」
「うん」
星太は真剣に聞いている。
「そして、材料を集めてここに持っておいで」
にとりは工具箱をぽんと叩いた。
「そしたら工具を貸してあげる」
そして指を一本立てる。
「さらに作り方も教えてあげるよ」
星太の顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか!?」
「もちろん。自分の手で1から発明しようとしたのを邪魔したお詫び。これからは盟友なんだから遠慮なく来なよ」ヘヘヘ
輝夜は満足そうに頷いた。
「さあっ、集めに里に戻るぞ!少年!」
「うん!」
※※
同時刻、玄武の沢近くにて──
空腹だと唸る腹をさすりながら歩く2人の影があった。1人は服などに「請求書」「差し押さえ」「督促状」といった札が大量に貼られている女の子、もう1人はネズミ色の布切れを被っただけのおっさん。
「「腹、減ったぁぁぁ……」」
そう、依神紫苑とねずみ男であった。
貧乏二人組は里のゴミ捨て場から漁った“生ゴミフルコース”を食い尽くしてしまい、里中から生ゴミが消えてしまったので、食べるものが無くなり山に探しに来たというわけである。
「寒いし、腹は減るし……。正月なんて全く楽しくなかったし」
「私たちに季節行事なんて関係ないもんねぇ」グギュルルルル
「次の狙いは節分だな。廃棄の恵方巻きを手に入れるまでは何とかこの山で凌がねえと」
「・・・けどこの季節、山に食べ物なんかあるわけないよぉ」
「おバカ!」
ねずみ男は握り拳を作り、紫苑にぐっと近づいた。
「探し尽くしてもないのに諦める奴がどこにいるんだ!きっとある!きのことか、木の実とか、何かしら食べられるやつが!」
「・・・ねずみ男っ、そうだね。きっとあるよね!」
「ある!!…かも」
ただ根拠はない。
しかしここまで登ったのに収穫無しだと悔しいので苦し紛れに言ったのだ。
「……こうなりゃ、紫苑に水商売なんかさせれば儲かるんじゃ…」ボソッ
「なんか言った?」
「いっ、いや!何でもねえよ!」
そのままドンドンと突き進む。
気づけば山の奥深くに迷い込んでしまっていた。2人とも一応人外ではあるので妖怪に襲われる確率は低い。だが、異様な雰囲気が漂っており、かなり不気味であった。
「お化け出そう…」
「お化けは俺らだろうが」
「で、でも……んっ?」
紫苑が立ち止まり、目を凝らし始めていた。
「んーーーー?」
「なんだ、どうした?」
「なんか変なものが……」
「変なものォ?──あ、あれはァッ!?」
闇の中。
空の光が僅かにでも差し込むと、『それ』はキラキラと輝き、周囲を照らした。それほどまでに眩い物があったのだ。
「棺だっ、金で装飾された棺だぞ、これ!!」
「うっそ!?金!ゴールド!?」
2人は棺に近づいた。
それは素人目でも分かるくらいに美しく金を散りばめられ、宝石で至る所に加工された超一級品。エジプトのピラミッドの中にある王家の棺に似たものだ。売れば一生遊んで暮らせるほどの価値がある物がこんな山奥に
「うひょおぉ〜っ、すげぇよ。マジもんだぜ!!……さすが、幻想郷。忘れ去られたものが流れてくるとは言っても、こういうのもやってくるんだなァ。エジプトのやつだろ、これ。テレビでしか見たことねえよ」
ねずみ男のテレビとか、エジプトとかはよく理解できなかったが、高価なものだとはすぐに分かる。紫苑はキラキラと輝き放つ黄金に触れて頬を赤らめる。
「金に触れる日が来るなんて夢見たい…」ウットリ
「紫苑、これを売れば……ぐっふふ、俺たちゃ大金持ちだ!働かなくても楽できるぞ!!馬鹿みたいに働いてるやつを下に見ながら、ワインの入ったグラスをくるくる、あっ、くるくるっ」ウヒャウヒャノヒャ
ねずみ男はそういうと棺に手を伸ばし、傷つけないようにゆっくりと寝かせた。そして2人でゆっくりと持ち上げようとするのだが、持ち上がらない。非力な2人ではこの重量は持ち上げられず、指が痛くなってすぐに手放した。
「……く、ぐぅっ、ダメだぁ。ねずみ男、無理だよ。売るどころか運ぶことさえできないよ」
「だが諦められるかよ。……きっと中に死体が入って重いんだ。中身は出して捨てちまおう」
「しっ、死体!?」
「ああ。これはミイラっていう乾燥した死体が入ってる棺桶なのさ」
これはどんなに豪華とはいえ棺。
つまり、死者を入れるためのものだ。中身なんかに価値はない。必要なのは外観だけである。
「大丈夫かな」
「何が?」
「だって開けたら死体が出てくるんでしょ?不気味だよ…」
「うーむ、確かに。ファラオの呪いなんて言葉もあったくらいだしなあ」
「呪い……っ、うぅっ、こわぁ」
「だが死んでる奴に金なんて勿体ねえだろ。生きてるやつが有効活用してやらねえと財宝たちが報われねえさ。ほれ、そっち持て。踏ん張るぞ」
「うん。分かった…」
ねずみ男の話にも一理ある。
死体をこのような棺に入れるには何かしら理由がありそうだが、もう相手は死んでいる。今を生きる我々には当時の慣習、文化、伝統なんてどうでもいい。そう納得し、棺の蓋をずらしていく。
ズッ、ズズゥッ、ギィィッ……
「開いた開いたっ。さーて何が入って・・・ヌハッ!?」
「えっ、どうし──きゃぁっ!?」
『ヌゥン──』
ねずみ男と紫苑は宙に浮いた。
いや、正確には2メートルほど持ち上げられたのだ、棺から飛び出した大きな腕に。そのまま蓋は完全に開き、腕の主がゆっくりと起き上がる。それは3メートルほどの大男、いや包帯でぐるぐる巻きなのでミイラ男である。驚くべきことに頭部が二つあり、四つの目玉がギョロリと動く。同時に辺りには死臭が漂い、幻想郷に存在しない虫がウジャウジャと湧き出た。
「離してぇええ〜〜っ!?」
「助けてぇ〜〜っ!!」
恐怖で引き攣る2人はさらに引き攣った。もう引き攣りすぎて裂けてしまうくらいに。大きな存在はそんな2人にぐっと顔を近づけて言った。
『『我々は王。古代の王。給仕よ、召使よ、我々は贄を欲している。疾く用意せよ』』
「ひぃいいっ、ねずみ男。こわいよぉ…」
「おおおお落ち着けっ!……うっ、へへへ!王様でしたかぁぁぁ…!な、なな、何でも申してください!欲しい物なら必ずやご用意させていただきますよ〜〜!それでその、贄というのは?」
口から出まかせ。命乞い。
生命の危機に反して、ねずみ男は口からぼらっと適当なおべっかを並べ立てる。
『『魔女』』
「へ?」
『『魔女を!連れて!参れぇえええ!!』』ビリビリィッ
その叫びに野鳥たちが逃げ出し、野良妖怪は一斉に逃げ回る。
「ま、魔女ですか!?へへへ…必ずや──むっ!あ、あれは…!!」
ねずみ男の視線の先、上空に複数の天狗たちが集まって来た。彼らは哨戒天狗と呼ばれる山の警備隊であり、先ほどのこの王の叫び声に驚き、賊が入ってきたと気づき、排除するためにやってきたのだ。
(あれは天狗たち!チャーンス!へへへ、死体野郎!お前は終わりだぜ)
『『ん?』』
ねずみ男の思惑通り、天狗たちは降りてきて異形の王を取り囲む。空気を切り裂く影。木の上から黒い影が降り立つ。続いて、左右の枝、岩陰、背後の林──。
次々と現れる日本刀を帯びた哨戒天狗たちだった。その中の1人がばさりと羽を動かして近づく。
「貴様、許可は貰っているのだろうな?ここは我ら天狗の山。不法侵入は許されぬぞ」
『『不敬な。我々を誰だと心得る?我々は王!!許可は我々がするものだ』』
異形の王はねずみ男と紫苑をぼとんと落とす。
2人は尻餅をついた後にすぐに近くの茂みに隠れた。これからここは戦場に変わるだろう。巻き込まれないように直ぐに身を隠したのだ。
「不敬なのは貴様だ。悪いがこれも任務。許可なきものは痛い目にあってもらおう」
一人の天狗が刀を抜いた。それに続いて、後ろの天狗たちの十数本の刀が一斉に抜かれる。天狗たちは無駄のない足取りで円陣を作り、異形の王を完全に包囲した。
『『・・・』』
二つの頭が、ゆっくりと左右を見る。
『蠅虫が』
『集りおって』
天狗たちが動いた。
「斬れ!」
掛け声と同時に、四方から突撃。地面を蹴る音が重なり、十数本の刀が一斉に振り下ろされる。最初の斬撃がミイラの肩を裂いた。続いて腹、背、脚。包帯が裂け、肉が断たれる。
「はぁあああああ!!」
『『・・・』』
斬撃の嵐。
斬り込み、引き、次の者が踏み込み、さらに斬る。訓練された処刑の連携。
「これで終わり──」
ミイラの腕が動いた。
──ドゴォッ!!
振るわれた拳が、突進してきた一人の天狗の顔面に直撃。骨が軋む音と共に天狗は空中へ吹き飛び、岩に叩きつけられた。
「ぐ、あああぁぁぁ……っ」
羽根が折れ、起き上がれずにのたうっている天狗に近づく。そして右の頭が、ゆっくり口を開いた。
『焼けろ』
「たす───」
次の瞬間。
ゴォォォォッと灼熱の炎が噴き出した。炎の奔流。地面を舐め、木々を焦がし、天狗を呑み込む。
「うぎゃあ、ああああ、あづい、あっ、あづいぃぃぃ……っ!!!!」
燃え上がる一体の天狗。
その様子を見て、全員の動きが固まった。生唾を飲み、同胞が苦しむ姿に恐怖する。
『まずは1匹』
「くっ、うぅ、怯むな!かかれ!かかれェェーーーっ!!」
1人が恐怖に飲まれる前に全員を鼓舞する。
1人が叫べば他のものも正気に戻り、うおおおおと雄叫びをあげて再度刀を振り上げる。
『貴様らも燃えろ。ゴオオオオーーーッ!!』
炎の渦を天狗たちは避ける。
哨戒天狗は天狗たちの中で下級の存在。だが、だからと言って弱いのではない。修行はどこよりも積んできた。炎の相手を想定した訓練も過去に経験済みだ。
「これは…!!」
しかし、訓練の時よりも炎の勢いはすごく、近づこうにも近づけない。燃えることで同時に発生する煙に肺がやられると1人が羽を大きく動かし指示を出す。
「くぅっ、ひ、退けぇ…!遠距離から攻め──」
ゴンッ…!!
「あ、う…」ジワ
なんだ。
視界が赤くなって──。
ドシン……ッと音を立てて天狗が墜落した。地面に叩きつけられた彼の頭から大量の血が噴き出し、目を潰していた。
「副隊長!!炎じゃない!一体何を!──はっ!?」
相手を見る。
そして気づいた。炎を吐き出す右の頭の隣、左の頭から冷気が放出されていることを。そして──
『凍てつけ』
ヒュウウウウウウ!!全てを凍てつかせる氷の息。青白い冷気が空中を覆う。天狗たちの翼が凍り、空中で動きが鈍る。
「しまっ――」
バキン!!
氷に捕まった天狗が墜落し、地面に叩きつけられる。避けた残りの天狗たちには氷の礫をマシンガンのように連射する。
『ヒュウウウウウウ!!』
「あれに副隊長はやられたんだ。木の裏に隠れろ!全身撃たれて死んでしまうぞ」
しかし、残りの天狗たちは隠れることはせず怒声を上げ、今まで以上にスピードを出し、飛び回る。
「一斉に斬れぇ!」
再び突撃。
三人が前から斬りかかり、二人が背後から飛び込み、さらに空中から急降下の斬撃。刀が閃く。
しかし異形の王が一歩踏み込んだ。地面が砕ける。拳が横薙ぎに振るわれた。天狗が二人まとめて吹き飛ぶ。続けて、王は他の天狗たちの腕を掴む。
『雑魚が』
そのまま天狗を振り回し地面に叩きつけた。
残ったのは木の裏に隠れている天狗のみ。
(やばい……やばい……)
最後の天狗が刀を構えた。
「……隙をついて奇襲を」
だが次の瞬間、ミイラの右腕が木ごと貫いた。最後の天狗も吹き飛び、静寂がやってくる。倒れ伏す哨戒天狗たち。焦げた木々。凍りついた地面。
戦いはわずか数分で終わった。ミイラがゆっくり振り向く。二つの頭が、ねずみ男たちを見下ろす。
『魔女を』
『連れて来い』
ねずみ男は脂汗まみれの顔で微笑みながら言う。
「おお、お任せをぉぉぉ〜〜〜っ!このビビビのねずみ男が魔女を連れてくるでごぜえますです、はいィィィ!!」
そんな光景を無機質なカメラが捉えていた。
ドローンと呼ばれるその機械は、ジィーっとその光景を撮り、そのまま茂みの中に消えていくのだった。
ありがとうございました。
さーて、今回の妖怪はどなたかな?だーれだ!