ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

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こんにちは、狸狐です。

 今回は短編集です。
 
 fgoで新シナリオ来ましたね、嬉しい嬉しい

















《短編》有名人

 

 真夜中の妖怪の山。

 昼間は天狗たちの喧騒で賑わう山も、今は静寂に包まれていた。山の中腹に、竹林と薬草畑に囲まれた大きな屋敷がある。赤い屋根、丸い窓、長い回廊、風に揺れる提灯。

 

 そこはとある仙人が住む屋敷。

 人々からは『茨華仙の屋敷』と呼ばれていた。月明かりが庭を照らし、虫の声だけが響く。本来ならば穏やかな夜。そのはずだった。

 

 

 だが──

 

 

「な、ない!!」

 

 

 突然、屋敷の奥から叫び声が響いた。

 障子が勢いよく開く。

 

 

「嘘でしょう!?」

 

 

 廊下を駆ける足音。

 バタバタと部屋を行き来しながら、仙人は顔色を変えていた。

 

 

「どこを探してもない……!」

 

 

 寝室。書斎。倉庫。薬棚。

 ありとあらゆる場所を確認する。しかし見つからない。

 

 

「そんな……」

 

 

 仙人は立ち尽くした。

 普段の冷静な彼女からは想像もつかないほど動揺している。額には汗が浮かび、拳は震えていた。

 

 

「どうして……」

 

 

 窓の外では風が吹く。

 木々がざわめく。

 

 仙人はゆっくりと振り返った。

 視線の先。そこには、丸窓が開いていた。普段は閉めているはずなのに。

 

 

「まさか……」

 

 

 表情が険しくなる。

 盗まれた…?いや違う。そんな簡単な話ではない。彼女は知っている。なくなったそれは()()()()()()()()()()()があることを。

 

 

「まさか……また……」

 

 

 その言葉は夜闇に消えた。

 

 

 

 そして場面は変わる。

 妖怪の山の麓。人気のない獣道。草むらを掻き分けながら、一人の女が現れた。ボロボロだった。全身に包帯を巻き、足は泥だらけ、長い髪は乱れ、身体のあちこちに擦り傷がある。息も絶え絶え。何日も山を彷徨っていたような姿。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 女はふらつきながら歩く。何度も転びそうになりながら。それでも進む。目指す先はただ一つ。遠くに見える灯りのある人里だった。月明かりが女の顔を照らす。

 

 

「着いた……」

 

 

 掠れた声が漏れる。

 周囲に答える者はいない。夜風だけが吹き抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひったくりよ!!誰か捕まえて!」

 

 

 商店街に響き渡る女性の悲鳴。

 人混みの中を掻い潜り、勝ち誇った男が飛び出した。その腕の中には女性から奪った鞄がある。中には財布やら時計やら高級そうなものがあり、これを売って大金持ちだと考えて、脳内で喜んでいた。

 

 

「待ちたまえ!!」

 

「!?」

 

 

 しかし──。

 悪いことはできないもので、目の前にはイケメンで、高身長で、モテてて、性格の良さそうな男が立ち塞がる。

 

 

「悪事は許さない!」

 

「うるせえええ!!」

 

「ええいっ!」

 

「ふぎゃあっ!?」

 

 

 そんな青年を振り払って逃げようとしたひったくり犯。

 しかし、あっという間に捕まって、一本背負いでノックアウト。のびる犯人と、人々に英雄のように褒め称えられる青年。そしてそんな活躍を記事にしようと空から舞い降りた鴉天狗──射命丸文がメモ帳片手に質問する。

 

 

「今のお気持ちをぜひ!!」

 

「当然のことをしたまでです。はーっ、はっはっはっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ぐふっ、ぐふふふふふっ……、当然のことをしたまでですよっ、ぐふっ。……いいんですよぉ、お礼なんてぇ……」

 

浦柄(うらから)さん?」

 

「ぐふっ」

 

「おーい、浦柄さん!」

 

「はっ……、あ、文さん、おはようございます」

 

「はい!おはようございます」

 

 

 空から黒い羽を持つ女性が羽ばたいてくる。

 彼女は自分が定期購読している“文々。新聞”の記者である射命丸文。文は地面に降り立つとバックから新聞を取り出して、手渡した。浦柄と呼ばれた男が嬉しそうにそれを受け取った。

 

 

「ありがとうございます!わざわざすいません、お忙しいのに手渡ししてくれるなんて」

 

「いえいえ。私の新聞を喜んで読んでくれる方ですから!当然のサービスですよ!」

 

「いつも楽しみにしてるんです。やっと読める…!」

 

「ふふっ、……あっ、そうそう。取材の際に聞いたんですが、最近ひったくりが多いらしいんですって。噂なんですが、武器を携帯してるらしくて。だから気をつけてくださいね」

 

「ええ、心配ありがとうございます」

 

「では、失礼します!」

 

 

 そう言って、彼女は飛び立つ。

 浦柄は彼女が行った後、商店街に置いてある椅子に腰掛けると新聞を開いた。

 

 

 

「・・・」

 

【霧雨魔理沙氏 外来から来た妖怪をまた成敗!!】

 

「・・・っ」

 

【名コンビ!迷子の少年を無事発見!】

【永琳氏 新薬を製造】

 

「・・・っっっ」ギリリ

 

 

 

 手のひらに力が加わる。

 新聞の端がクシャッとなり、端にある咲夜の今日のおつまみコーナーが読めなくなってしまう。ハッとして深呼吸。そぉーっと新聞を折りたたんで、丁寧にしまう。

 

 

「・・・さて、帰るか」

 

 

 ゆっくりと立ち上がると、我が家へ向かう。

 

 

   

 

 

 

 

 

 そう。

 彼こそが今日の主役──【浦柄(うらから) (まもる)

 

 彼は特段有名でもなく、モテてもいない。いつも誰かの陰にいて光を浴びることはない。幼少期から地味で静か。ただそのキャラクターを揶揄われたり、馬鹿にされたりすることはない。大人になっても変わらず、配偶者はいない。今は実家の【藁屋】を継いで、藁で草履や蓑を作り、商店街で売って両親と共に暮らしている。

 

 ただただ目立たず、誰からも話題にならず、日陰者として生きているのが彼だった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」チラッ

 

 

 そんな地味で地味で地味すぎる彼には夢があった。

 それは“有名になる”こと。皆んなから注目を浴びて、噂されて、認められたいのだ。だから文々。新聞の里の連中が活躍する記事を読んでは、いつか自分もここに載ってやるという野心を抱く。

 

 

「・・・」チラッチラッ

 

 

 “僕が辺りを見渡しても事件も何も起きやしない”。

 新聞に載る奴らは一体どうやって事件と遭遇するんだ。確かにこの前みたいな虫歯異変を解決するなんて無理だし、妖怪退治もできるわけがない。──けど文さんの言っていた“ひったくり”とか、女性を襲うことしかできない“暴漢退治”とかなら、きっと僕でもやっつけられるんだけどなぁぁ……。

 

 

 

「・・・ん?あ!」

 

 

 

 視界の先に見えた。

 

 

 

「やっと見つけたぜっ、もらった情報通りの見た目だ。ほら、来い!」

 

「やめてくださいっ、離して……っ」

 

「うるせえって!騒ぐな!!お前を連れてこいって言われてんだよっ」

 

 

 ボロボロの衣類を身につけ、腕や足、顔、首などに包帯を巻いた女性が、灰色のローブを纏った卑しそうな男に襲われていた。待ち望んでいた展開が遂にやってきた。浦柄は物陰に隠れて、様子を伺う。

 

 

「よ、よし……」

 

 

 足が一本出る。

 

 

「い、いや、待てよ。あの男がもし複数犯なら……っ。も、もう少し様子を見てからにしないと…」

 

 

 出た足を引っ込める。

 

 

「けどもし仲間なんていなかったら…。大変なことになる前に行った方が……。でも、実は隠れてたなんてなったら…。僕も危ないし……」ウジウジ

 

 

 その間に、汚い男は倒れた女にのしかかる。

 揉みくちゃになり、はだけてしまう。男は鼻息荒く、そのまま両腕を押さえつけ───

 

 

「ふーっ、ふーっ、はぁっ、はぁっ、うへへへ…。ジッとしてろよ」シタナメズリ

 

「い、いや、誰か──」

 

 

 

 

「こらーーーーっ!!」

 

「あっ!」

 

 

 あの姿は何度も新聞で見たことある──。

 異変解決のスペシャリスト、博麗霊夢の相棒的存在の霧雨魔理沙だ!箒に乗って現れると、飛び降りて、汚い男をぶっ飛ばす。怯んだ隙に箒で頭を叩き、逃げる背中を追いかける。

 

 

「女の人を誘拐しようとするなんてそこまで堕ちたか、ねずみ男ーー!!」バシッ

 

「いでぇっ、ちょっ、ちょっと待ってよ!ま、魔理沙ちゃん!!これには深い訳があってー!」

 

「こんな状況見て、そんなの信じられるか!この変態!」バシバシッ

 

「いっ、いやーーー!お助けぇーー!」

 

 

 そのまま2人は遠くまで行ってしまう。

 浦柄は大きく舌打ちをした。

 

 

(本当は僕が助けるはずだったのにぃっ!!)

 

 

 心の中で文句を垂れるとその場を去ろうとする時、後ろであの包帯だらけの女の呻き声が響いた。獣のような低く暗い声。だがそれ以上に辛く、痛みに苦しむような声にも聞こえてしまい、去ろうとする足が止まった。そして踵を返すと、倒れている女の元へと駆けつけた。

 

 

「……痛いっ、ゔぅっ…」

 

「あ、あの…」

 

「……え?」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 近くに寄ってみて、なんと気づいてしまった。

 この女の美しさに。

 包帯だらけで痛々しくは感じるが、それ以上にその包帯の合間から見える白い肌、艶かしい手足に、潤む瞳。今まで女性との付き合いがなかったからか、ごきゅっと生唾を飲んでしまう。

 

 

「は、はい。ありがとうございます…」

 

「さぁ、手を…」

 

 

 女に手を差し伸べ、そして優しく起き上がらせた。

 ヨタヨタと辛そうに立ち上がるその姿に、哀れみを感じてしまう。

 

 

「さっきのは一体…」

 

「・・・分かりません。私が歩いていたら、突然暴漢が襲いかかってきて…」

 

「とりあえず奴が戻ってきたら大変だ。もしよければ、僕の家に来ませんか?大したものはないけど匿うことくらいならできます…」

 

「本当ですか?」

 

「ええ」

 

 

 正直なところ、この女性が家に来たところで襲える勇気もない。対する女の顔は一瞬明るくなった。嬉しそうに頭を下げる。

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジでタンマっ、あだっ、ちょいっ!?」

 

「金のために何がなんでも駆け回る姿には結構尊敬してたんだぜ。だけど今回のは流石に見過ごせないぜ。女の人にあんな暴力は最低だ」

 

 

 魔理沙は悲しかった。

 善悪抜きで金のために頑張るねずみ男にはほんの少し、本当にほんの少しだが尊敬の念を抱いていた。だがこれはあまりにも酷い。ガッカリである。だからこそ目を覚まして欲しくて折檻するしかないのだ。

 

 

「待って、魔理沙」

 

「!……あ、あんたは…」

 

 

 魔理沙を呼び止める声。

 振り返り、驚いた。その声の主は久しぶりに会った相手だったからだ。あまり里に降りて来ず、動物たちと暮らしている隠者が、魔理沙の前に現れたのだ。

 

 

茨木華扇(いばらき かせん)!おーーー!久しぶりだなー!」

 

「ええ、久しぶり!」

 

 

 茨木華扇──。

 シニヨンキャップを被り、右腕に包帯を巻いている桃色の髪の女性。手首や足首、そして首元に鎖のついた鉄製の輪がついており、どこか鬼を彷彿とさせる風貌であった。

 

 

「華扇〜、でもこいつはさ…」カクカクシカジカ

 

 

 

 魔理沙は先ほど見たものを伝えた。

 華扇は聞いているうちに頭を抱え、大きなため息をつく。

 

 

「ねずみ男さん。私は捕まえてこいと言ったんですよ……。そんなすぐに欲情するなんて修行が必要じゃあないでしょうか」

 

「そ、そんなこと言わないでくださいよぉ、華扇さん。あれは完全に事故ですって。あの女が抵抗するから仕方なく……」

 

「言い訳は結構。この件が終わったら私のペットたちと修行です」

 

「そんなぁ〜」トホホ

 

 

 ねずみ男と華扇のやり取りに疑問を感じ、魔理沙は質問する。

 

 

「なんか初めまして、じゃねえな。二人は知り合いなのか?」

 

「あ?ああ、そうだよ。俺が山ん中で行き倒れていた時にな、華扇さんに助けてもらったんだよ。そこからは雑用しながら屋敷に住まわせてもらってんだ」

 

「ええ。助けを請われれば助けるのが天道ですから」

 

 

 茨木華扇。

 片腕有角の仙人と呼ばれる彼女の信念が【天道】である。それに従い、正しいと思ったことは()()()()()()()()()()()必ず遂行する。

 

 

 

「はーーー!?華扇、大丈夫か?」

 

「何が?」

 

「いや、だってさ、こいつ臭いし、……獣みたいな奴だろ?危なくねえか?」

 

「大丈夫よ。そんな獣性を抑えるための修行をしているし、何かあったらペットたちが止めてくれるから」

 

 

 チラリとねずみ男を見る。

 彼はうんうんうんうん、と何度も頭を縦に振っていた。

 

 

「魔理沙ちゃん、聞いてくれよ。俺はな、この華扇さんに救われて人生をやり直そうと思ったんだよ。この人の話聞いてから、希望が湧いたんだよ。今からでも変われるってな!」

 

 

 華扇は修行の成果だなぁと、ねずみ男の言葉を聞いてしみじみと感じる。魔理沙は未だに信じられない。

 

 

「……本当か?」

 

「俺も口だけじゃなくて行動で示そうと思って、さっきの女をお屋敷まで連れてこようと思ったんだ」

 

「あっ、脱線してて忘れてた。そーだよ、なんであの女の人を狙ってたんだよ?」

 

「華扇さんのお願いだよ。あの女を一緒に探してくれって。大体さ、俺が女性に暴力なんか振るわけねえだろう」

 

 

 嘘である。

 紳士的なことを言っているが、彼は極たまに振るうぞ。

 

 

「だからその理由を聞いてんだよ」

 

「えーと、そりゃあ……」

 

 

 ねずみ男が説明する前に、華扇が先に話す。

 

 

「その件に関しては私から説明するわ」

 

「おっ、おお…」

 

「実は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっ、上がって」

 

「はい」

 

 

 後ろから女性が付いてくる。

 玄関を通り、階段を登り、部屋の中へと入ってくる。

 

 

(お、女の人を、初めて部屋に……っ)

 

 

 ドキドキしながらも自室に連れ込んだ。

 浦柄は実家に住んでいる。母と父と弟の四人家族で28年もここで暮らしていた。弟よりも手際が良く、まだ現役である父が引退した後は私が継ぎ、弟は自分の手伝いをする予定である。

 

 

「……て、適当に掛けて」

 

「では」

 

 

 女は敷いてある布団の上に腰掛ける。

 浦柄は落ち着かないのか、ソワソワとして逆にそこら辺に立ちっぱなしになってしまった。

 

 

「・・・」グゥウウウ

 

「お、お腹減ってるの?何か作ってくるよ、待ってて」

 

「ええ」

 

 

 緊張していた浦柄は適当な理由をつけて台所へと向かった。

 1人になった女は辺りを見渡した。そして部屋の片隅に積まれた本棚へ目を向けた。そこには、一冊の厚い帳面が置かれている。興味を惹かれた彼女は手に取った。

 

 

 ぱらり。

 

 

 ページを開く。

 どうやら、それはスクラップブックだった。新聞記事。瓦版。様々なものが丁寧に貼られている。

 

『妖怪退治に成功した博麗の巫女』『霧雨魔理沙、異変解決に協力』『河童の新発明』『少年Bの活躍で犯人逮捕』『見事な剣術 魂魄妖夢』『消火活動に助力 C老の知恵』──etc……。

 

 幻想郷で起きた出来事が大量にまとめられていた。

 そして、その余白には。

 

 

『いつか自分もここに載りたい』

 

 

 そんな文字が書き込まれている。

 女の目はその文字に留まった。

 

 

「……」

 

 

 数秒してからページをめくる。

 どの記事にも赤線が引かれている。異変を解決した者たち。人々を助けた者たち。名を残した者たち。憧れから嫉妬へと変わっているような濁った闇がそのスクラップブックにはたっぷりと染み付いているのだ。

 

 

「お待たせ」

 

 

 声がした。

 振り向くと、守がお盆を持って立っていた。湯気の立つお粥。漬物。温かいお茶。

 

 

「・・・」あむっ

 

 

 女はゆっくりとお粥を口へ運ぶ。

 

 

「ど、どうかな。料理は基本母さんだからあんまりした事なくて…」

 

「……美味しい」

 

「本当!よ、良かった〜」

 

 

 守は照れ臭そうに鼻を擦る。

 やがて食事が終わる。女は茶碗を置いた。そして守を見つめる。

 

 

「な、なに?もしかしておかわり?」

 

「いいえ」

 

 

 女はそう言った。

 そして続けた。

 

 

「貴方にあの場から助けてもらい、おまけに食事まで用意してくれた恩が出来た。だから──()()()()()()()()()()()()()()()

 

「願いごとを……!?な、何を馬鹿な…」

 

「私にはその力がある」

 

 

 静かな声。

 冗談ではない。本気で言っている。

 

 

「……力?」

 

「だから私はあそこで捕まりそうになったの。あの男にね。……ただ、あの男はただ使いパシリ。裏に巨悪がいて、そいつのせいで()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……そんな奴らが求める私の力を貴方に使いたい」

 

 

 なるほど。

 全て合点がいった。だからこんなにボロボロで包帯に巻かれた女をあの男は狙っていたんだ。体目当てだとしてもこんな身なりの女を襲おうとは思えない。そうなると、この女の別な何かを狙っていたんだ。

 

 

「で、でも、願いなんて……。僕は今まで通り平穏に暮らせれば、それで……」

 

「嘘」

 

「え?嘘って……。僕は別に嘘なんか…」

 

 

 女は全てを見透かしたように言った。

 

 

「いいえ。貴方は気づいているわ。己の秘めている欲望に……」

 

「欲望・・・」ゴクッ

 

「そう。いつか自分も新聞に載りたいと。そう言った欲望を抱えている」

 

「そんな、こ、と……っ」

 

 

 

 “そんなことない”

 “僕の人生は満ち足りているんだ”

 

 そんな言葉が出てくることはなかった。言いたかったけれど何も出て来ず、仮に言ったとしてもそれは空っぽな箱のようなもので。

 

 

 そうだ。 

 こんなつまらない人生を歩み続けるなら、人気者になって、有名になって、もっともっと楽しい人生を──。

 

 

 

 

 

「──僕みたいなやつでも新聞に載れるの?やってみせて、やってみせてよ!!」

 

「仰せのままに」ニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あれ?」

 

 

 気づけば、浦柄は道の真ん中に立っていた。

 人々が夕飯を買うために行き交っていた。

 

 

「な、なんでここに?」

 

「3」

 

「あっ、えっ、なんで数えて」

 

「貴方が新聞に載るチャンスがやってくるカウントですよ。……2」

 

「チャンスのカウント?ちょっと意味が、ちゃんと説明して…」

 

「チャンスとは突然やってくるもの。…1」

 

「──!!」

 

「0」

 

 

 

 

 何やら人混みの中が騒がしくなる。

 浦柄の心臓もバクバクと激しく鳴り響き、急激に発汗し始める。

 

 

「きゃーーーっ!ひったくりよ!私の財布が〜〜〜っ!!」

 

 

 悲鳴の中に求めていた言葉。

 そして同時に自分が考えていたことが思い浮かんできた。──“ひったくりなら僕でもやっつけてやれるのに”。心臓の音がさらに激しくなる。

 

 

「・・・きた!」ドッドッドッ

 

 

 人混みから抜け出した犯人。

 捕まりたくないという一心で、周りが見えていないのか、罵声をあげ、荒れ狂いながら一直線に自分の元へ。

 

 

「どけっ、どけぇええーーーっ!!」

 

 

 待ってた。

 有名になるチャンスだ。

 きっとこの女が言っていたのはこの事だ。この女は本当に自分が新聞に載るために願いを叶えてくれたんだ。

 

 ここで僕が立ち塞がり、華麗にやっつける──。この願いを!!

 

 

 

 

 

「うおおおおおおっ!財布を返すんだーーーっ!」

 

「くそぉおおおーーーっ!!」チャキッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なんて馬鹿な子だよぉ。ナイフを持った男の前を歩いていたなんて」

 

「先生。……息子は、守は…」

 

 

 場所は永遠亭。

 手術室から出てきた永琳に歳をとった男が話しかけていた。

 

 

「守さんの命に別状はありません。……ただ刺された箇所が悪かったみたいで、神経がもうズタズタ。なんとか縫合しましたが、リハビリをしてもあの右手で器用な作業をすることは難しいと思います。力及ばず申し訳ないです」

 

「……そんな事ありません。命が助かっただけでもう…」

 

 

 そんな憔悴しきった2人に守の弟が言う。

 

 

「安心してよ、父さん、母さん。家業は僕が引き継ぐよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室で横になる浦柄。

 そんな彼が暇だろうと優曇華が気を利かせて、新聞を届けた。利き手ではない左手を使い、新聞を見る。

 

 

「…………ぁ」

 

 

【見事 野球少年の投げたボールでひったくり犯逮捕!】

 

【哀れなことに道を歩いていた()()が犯人の持っていたナイフに刺されるという二次被害が発生してしまった】

 

 

 犯人逮捕に助力した少年の写真がデカデカと載る。その端に小さく、小さく、誰にも目がつかないような地味な場所に浦柄の顔写真が被害者とした載っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

「私を助け、食事を恵んでくださった優しい守さん。貴方の、新聞に載るという願いは無事に叶えましたわ」

 

 

 包帯だらけの女は笑う。

 

 

「なのになぜ悲しんでいるのでしょう。……分からない」

 

「そりゃうそうよ」

 

「!」

 

「魔性が人の気持ちを理解できるわけがないんだから」

 

「!?」

 

 

 バギィッ──。

 頭を掴まれ、思い切り地面に叩きつけられた女。そしてそのまま押さえつけられる。抵抗しようとするが、そんな組み技からは逃れることはできず手も足も出ない。

 

 

「離せっ、離せぇっ、茨木華扇んんんーーーっ!!まだあの男は、あと二つ願いが残っているんだ」

 

「人の願いを叶えられるのは人だけ。異形であるお前には一生無理な願いだ。…… オン・シュリ・マリ・ママリ・マリシュシュリ・ソワカ」

 

 

 そう唱えて額に護符を貼り付けた。

 すると包帯女は光に包まれていく。

 

 

「やめろォオオオーーーーーー……・・・ 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これがあの豊満な女の正体!?俺っちはまたこんなに興奮してたのか……」ガクッ

 

「なんかのミイラ、か?」

 

 

 ねずみ男と魔理沙の視線の先には、『干からびた何かの手』だけが落ちていた。切断面あたりに包帯が巻かれており、包帯の隙間からは黒く硬い毛が飛び出している。

 

 

「ええ。これが【猿の手(マゴト)】と呼ばれる呪物です」

 

「マゴト?」

 

「なんかトマトみてえな名前だネ」

 

「マゴトは、人の欲望や嫉妬心といった負の感情を引き出し、その願いを()()()()()()()()低級悪魔と言われています。確か……西洋の猿に取り憑き、インドという国に渡った時、その国の易者により力を封じられ、ミイラのようにされてしまったといいます」

 

 

 華扇はそのミイラの手を木箱にしまう。

 そして釘を指でいとも簡単に押し込み、その上から護符を貼って完全に封じ込めた。

 

 

「とある奇人がそれに興味を持ち、手だけを切り落とし、どこかへと。巡り巡って、私が外の世界にいた時に手に入れました。しかし放置していると人の形になり、負の感情を持つ人間の元へ行き、迷惑をかける。なのできっちりと封じていたんです。……まさか、これが再び目覚めるとは。間に合わなかったのがとても悔しいです」

 

「まぁ、あの男は気の毒だが命は助かったんだぜ。そんなに気に病むなよ」

 

「ありがとう、魔理沙。それにしてもなぜ箱がこじ開けられていたんだろう…。毎日管理してたのに」

 

「お前のペットがイタズラしたんじゃねえの?」

 

「そんな馬鹿な。あの子たちがそんな事するわけがないわ。宝物庫には入らないように躾けてありますもの」

 

 

 魔理沙は閃く。

 

 

「宝物庫?そんな所にそんな呪物を保管してたのか?」

 

「ええ。私の屋敷で鍵をかけられるのは宝物庫しかないの。だから、大切なものや価値あるもの、危険なものも、まとめて宝物庫に保管してるのよ」

 

「・・・宝物庫ねぇ。ねずみ男、お前の好きそうな言葉だよな───あれっ、いねえ!?」

 

「本当だ!?いつの間に…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ〜、あんな物が入っているとはな。全くちゃんと仕分けしておいてほしいネェ」

 

 

 

 そうだ。

 事件の背後に、ねずみ男有り。

 

 茨木華扇に保護されてから、ねずみ男は彼女と共に修行をしながら暮らしていた。確かに少しは彼の悪い心は消えていたのだが、偶然にも宝物庫を見つけてしまい、悪い心は目覚めた。

 

 出癖の悪さにより鍵を開け、中を漁っていた所にあの木箱を発見。厳重に封をされていたので強引にこじ開けて、中に眠っていた悪魔を目覚めさせてしまった。突然現れた怪しい女に恐怖して、ねずみ男はその場から逃走。開けっぱなしの宝物庫からマゴトも逃走した────という訳であった。

 

 

 

「それにしてもどんな願いも3つだけ叶えてくれる、か」

 

 

 ねずみ男は少し考えてから笑う。

 

 

「いいねえぇ。第一に願いを叶えてくれるんなら歪んでようが、真っ直ぐだろうが何でもいいよなァ。誰かに叶えてもらえる願いなんてその程度だしよ。いやぁ、……あの時ビビらねえであの女を連れていっちまえばな。ん〜〜〜、どうにかして手に入れられねえかなぁ」ジュルリ

 

「やっぱりか」

 

「人生をやり直すと誓ったはずなのに」

 

「はっ!!!?」

 

 

 背後からの声にねずみ男は震え上がる。

 引き攣った笑顔を見せながら、ねずみ男が汗ダラダラで振り返る。

 

 

「お前の迷惑で他所様に迷惑かけたんだぜ。しっかりとその責任は取らなくちゃなあ」

 

「い、いや、待って、許して!俺もあの女に唆されたんだよ!!」

 

「唆されても、きっぱりと断ればよかったじゃないかーーー!!」

 

「ごもっとも─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー?こんな所に変な置物があるぞ」

 

「本当ね。……【鼠の手】ですって。どこかの芸術家さんが置いたのかしら」

 

「芸術ねぇ?わしにはよく分からんのお」

 

 

 地面から手だけが生えている。

 ねずみ男はボコボコにされた後にこうやって埋められてしまった。

 

 

(お助け〜〜〜〜)

 

 

 ねずみ男はさっき、どうにかしてあの手が欲しかったと言っていたし、それに近い形になれたんだから手に入れたも同然だよね!どんな形でも願いが叶えばいいんだし、良かったね!チャンチャン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワルプルギスの夜まで後、97日──。

 




ありがとうございました。

 今回の話は茨木華扇のスペルカードから考えました。
 またよろしくお願いします。

 茨木華扇がリクエストに多かったので、ここで出せて良かったです。順調に消費できて嬉しい

 ではまた──
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