ねずみ男 幻想郷に立つ   作:狸狐

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こんにちは、狸狐です。

 仕事も落ち着き、そろそろ話を進めるかと重い腰を上げてみました。鬼太郎の世界にもすてきな魔女は多いですよね。ロンロン、ザンビア、アデル、アニエス……ですが、やはり彼女も忘れちゃいけませんね

















アラビアのプリンセス①

 

 2016年 アラビア─────

 

 

「暴れろ」

 

『『『オオオオオーーーッ!!』』』

 

 

 夜空を焦がす炎が、砂漠の王国を呑み込んでいた。

 栄華を誇ったアラビアの魔王国。黄金の尖塔。白亜の宮殿。青く輝く水路。そのすべてが、今は業火に包まれている。

 

 

「うああああっ!」

 

「た、助け──!」

 

 

 悲鳴が夜を裂く。

 宮殿を守る兵士たちが、次々と倒れていく。彼らは人間ではない。ランプの精霊ジン、砂の妖怪エキセル。アラビア魔王国ダッバート王に仕える妖怪たちだった。だが、その軍勢ですら歯が立たない。

 

 

「ぐああっ!」

 

 

 巨大な魔人が黒い光線に胸を貫かれ、炎となって崩れ落ちる。

 

 

「隊長!」

 

 

 助けに向かった兵士も、巨大な男から放たれた光に撃ち抜かれた。宮殿の壁が崩れる。塔が倒壊する。王国は、一方的に蹂躙されていた。蹂躙している侵略者の名は――バックベアード軍。

 

 暗黒の軍勢。

 異国の妖怪や魔物、機械兵を従え、世界各地へ侵攻を続ける巨大勢力。黒煙の向こうから、ベアード軍兵士たちの嘲笑が響く。

 

 

『焼き払え!』

『魔女を見つけろ!』

 

 

 炎がさらに燃え広がる。

 王宮の奥。玉座の間では、一人の少女が震えていた。黒いローブに身を包み、褐色肌で、紫色の髪を持つ若き魔女。この国の姫“ジニヤー”。

 

 

「み、みんな……」

 

 

 目の前で、忠臣たちが倒れていく。

 幼い頃から自分を守ってくれた近衛兵。魔法を教えてくれた老魔術師。侍女たち。誰一人として生き残れない。

 

 

「みーつけた♡ジニヤー様」

 

「あ、ああ……っ!?」

 

 

 彼女の前に現れたのは、()()()()()()()()()()()。彼の手には血に染まった剣が一つ。滴る血を舌舐めずりをして赤く染まった口を見せて笑う。

 

 

「カッザーブ……っ、何故なの!?何故貴方が裏切ったの!!門を開け、敵たちを指揮するなんて…!」

 

「だって王様、やっと病気になってくれたから攻め時でしょうよ」

 

「やっと?どういう意味なの……?」

 

「お前のパパ、めちゃくちゃに強いって聞いてたからさ。執事になって毎日の食事に毒を混ぜさせてもらったよ。結構時間かかっちゃうんだ、ほんと強いよ。お前のパパ」

 

「パ…、父に助けてもらい、感謝して仕えると言ってくれたのは嘘だったの!?父は貴方の作る紅茶が美味しいと喜んでいたのよ。貴方が日本の恐山病院のことを教えてくれた時、父は本当に貴方に感謝してたのよ!!」

 

「そう、怒るなよ。嘘は僕の十八番なんだ」

 

「信じてたのに。信じてたのにィッ!!」

 

 

 ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる。

 チリチリチリと剣を引き摺りながら、狩りを楽しむように。

 

 

「あーーー…っ、堪んねえ。その目だよ、その目。俺を嫌悪するその目。痺れるぜ。捕まった後は僕を睨む暇なんてないからもっと見ておいた方がいいぞ」

 

「姫様ァッ!!」

 

 

 最後の護衛が、槍を構えて飛び出した。

 炎をまとった象の妖怪。王国最強と謳われた戦士アバービル。

 

 

「アバービル!」

 

「急いで玉座へ!父上の元へ!」

 

「ありがとう!!」

 

 

 アバービルの助太刀によりジニヤーはこの場から逃げることができた。アバービルは槍を向け、カッザーブを睨みつける。

 

 

「カッザーブ!王の慈悲を踏み躙りおって!!貴様だけは許さん!!」

 

「いいよ〜、許さなくて」ニヒッ

 

「死ねェーーーッ!!」

 

 

 槍がカッザーブの喉を突き刺す。

 しかし貫通することはなく、逆に驚くアバービルの腹部にカッザーブの拳が一閃し、そのまま胸を貫く。

 

 

「ぐあ゛ぁっ……!ば、ばがな゛っ、なぜ私の槍がふぅっ…!?」

 

「にひ」

 

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 そのまま地面に叩き潰され、そして完全に沈む。そしてカッザーブはゆっくりと追いかける。ジニヤーの元へと。

 

 

「パパあああっ!」

 

 

 ジニヤーの悲鳴が響く。もう兵はいない。

 誰も守ってくれない。玉座の間の扉が、轟音と共に吹き飛んだ。そこへ現れたのは、巨大な影。黒い翼と10本もの角を持つ魔王。全身から闇と灼熱を放つ存在。

 

 彼こそアラビアの魔王ダッバート。そしてジニヤーの父だった。

 

 

「パパッ!」

 

「ジニヤー!!」

 

 

 低く、力強い声。

 

 

「カッザーブが裏切って……!!はっ!?」

 

「ジニヤー。病で苦しむパパに泣きつくなんて鬼畜だな〜」

 

 

 ダッバートはジニヤーを背後に引っ張り、立ちはだかる。

 

 

「なぜ裏切った!!お前は一体何者だ!!」

 

 

 カッザーブの体がぶらりと震えると、妖気が噴き出す。体毛が伸び、手足が伸び、筋肉が盛り上がり、爪と牙が鋭くなる。人間のような顔から肉食獣のような顔となり、あたり一面に獣臭と血の匂いが漂った。

 

 

『──ガルルルッ』クケケケ

 

「狼男……!!貴様、西洋妖怪……!!」

 

『そう。俺こそがバックベアード軍最高幹部・三恐怖の1人……ファング。ガルルルゥゥゥ……ッ!!ブリガドーン計画のためにその魔女を貰い受ける』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……。なぜだ、なぜ我の攻撃が効かぬ……!!」

 

『知らねえのか?狼男は不死身なんだよォォォォッ!!』

 

 

 炎で包み、闇の塊をぶつけた。

 しかし傷一つ付かない。逆に狼男ファングの牙や爪が魔王の体を抉り、体を削ぎ落としていく。体力も減っていないようで、手数やさまざまな技を持つ魔王の方が心身ともにすり減っていく。

 

 

『毒で弱ったテメェなんぞに俺が負けるかよ』

 

「パパ、む、無理よ。逃げないと…!!」

 

「それはお前だ。奴らの狙いはお前だ。ジニヤー、お前は逃げろ。その間に我はこいつと戦う」

 

「む、無理よ!!勝てるわけがないわ!」

 

「勝てる勝てないではない。国民も兵もまだ戦っている。それなのに王が逃げるわけにはいかない!!」

 

 

 ダッバートは拳を握る。

 炎が渦巻く。

 

 

「王が君臨できるのは民がいる。民無くして王は存在せず!!王とはそうあるものだ!!」

 

『お?』

 

 

 そう言うと、魔王は咆哮した。

 ゴォォォォォォッと激しい音と共に紅蓮の炎が宮殿を埋め尽くす。侵略軍を飲み込み、柱を溶かしていく。狼男の部下たちである吸血狼などは一瞬にして骨となった。だがその炎の中でも涼しそうに笑うファング。

 

 

『くっだらねえなァッ!!』

 

 

 炎の渦の中から、狼は駆け出し、ダッバートの胸を鋭い鋭利な爪で、黒い槍のように貫いた。

 

 

『王ってのはそんな立派なもんじゃねえさ。自分で考えることができない能無しの上に立つものを“王”と呼んでるだけなんだよ……』ボソッ

 

「ごふぅ……っ!」

 

 

 巨体が揺らぐ。膝をつく。

 ファングは胸ぐらを掴むといやらしい顔で笑う。

 

 

『娘さえ渡せば助けてやるよ。もちろん、国民も兵もこれ以上は手を出さない。しかもベアード帝国に加盟できるように俺が口利きしてやる。賢い王さまなら正しい選択ができるだろう?』

 

「ふ、ざける、な………っ、ぐふっ、自分の命のために娘を渡す父親がどこにいる…!!娘も……、民も…、守ってこそ……っ」

 

『おうおう。強情だねぇ。なら聞く相手を変えようか……』

 

 

 ファングは震えるジニヤーの方を見る。

 

 

『ジニヤーちゃん。ほらぁ、見てごらん。パパ死んぢゃうよ?国民も、兵士も、みーんな死ぬんだよ?ねぇ、いいの?』

 

「やめ…」

 

『黙ってろ。俺はテメェの娘に聞いてんだ』

 

 

 顔面をグシャリと殴りつける。

 鈍い音とダラダラと地面に垂れ流れる血の量にジニヤーの顔は青くなる。

 

 

「わ、分かりました……っ、貴方たちの元へ、行きます。だからっ、だから……パパにこれ以上手を出さないで…」ガタガタ

 

「やめろォッ!!お前が言ったところで約束なんて守ってくれるわけがない!」

 

「で、でもっ!助かる可能性が1%あるなら……!!」

 

『だってよ。ギャハハッ、健気だねェ……!!』

 

 

 ジニヤーはゆっくりと近づく。

 ダッバートはその瞬間に立ち上がった。全ての力を出し、逆に狼男を掴むとそのまま翼を大きく動かす。

 

 

「く、うおおおおぉぉぉーーーっ!!」

 

『なに?』

 

「お前ごと太陽へと突っ込んで───」

 

 

 

 ズシュ……

 

 

 

「あ゛ぁ……、ま、さか、う、でを……っ!!」

 

『馬鹿が』

 

 

 太い腕は根本から切り落とされる。

 しかし、魔王ダッバートは脂汗を吹き出しながら、ぎぃぃっと口を曲げて笑う。

 

 

『・・・あ?何がおかしい?』

 

「馬鹿は……っ、お前、だ………っ!!」

 

『何を言って……、あっ!?』

 

 

 気づけばジニヤーの足元に魔法陣が展開されていた。

 アラビア魔法・次元転移魔法の魔法陣である。任意の場所に転移ではなく、ランダムにどこか別の世界へと転移させる魔法。つまりこれでどこかに行かれると見つけるのは不可能である。

 

 

『て、てめえ……!?』

 

「油断したなァァ…!!」

 

「パパ……!」

 

 

 息が苦しい。視界が霞む。

 それでも最後の魔力を集める。巨大な魔法陣が光り出す。

 

 

『待てぇェェェェーーーッ!!』

 

 

 空間そのものを歪める転移魔法。

 流石は魔王というべきか、作り出した魔法陣に対してファングは噛みついたり、爪を突き刺すが全て弾かれる。

 

 

『クソがっ!ぜってぇ捕まえてやるっ、今は逃げられてもぜってぇに捕まえてやる…!!』

 

 

 弾かれながらも叫ぶファング。

 ジニヤーは父へと手を伸ばす。しかし中にいる彼女の手も弾かれ、届くことはない。

 

 

「パパァッ!!」

 

「ジニヤー」

 

 

 ダッバートは静かに告げる。

 

 

「この世界だけが……全てではない。奴らが見つけられない場所へと飛ばす。いつまでかかるか分からぬが必ず送り届けてくれるだろう……」

 

 

 ジニヤーの瞳から涙が溢れる。

 

 

「嫌ァッ!私はパパと一緒に!」

 

 

 ダッバートは首を横に振った。

 

 

「生きろ」

 

 

 その一言だった。

 魔法陣が眩く輝く。

 ジニヤーの身体が光に包まれる。

 

 

「嫌ぁぁぁぁ!!」

 

 

 必死に父へ手を伸ばす。

 だが届かない。

 

 

「パパァァァ……ッ!!」

 

 

 光が彼女を包み、この世界から消し去った。

 ダッバートは魔王としての誇りをかけ、ベアード軍の1番の目的を達成させ無くした。完全に舐めていたファングは悔しそうに唸る。

 

 

『余計な真似をしやがって!この屑虫がぁぁぁ……!!』

 

 

 牙がダッバートの頭に噛み付くと、そのままブヂィッと頭と身体を分離させた。そのまま崩れ落ち、ファングはその身体を何度も殴打する。

 

 燃え落ちる祖国。滅びゆく王国。

 魔王はついに命が絶えた。国のため、魔王のために立ち上がった兵も民も全て皆殺しにされた。

 

 

 

 

 

 

 

『……潜入し、ダッバートに毒を飲ませ、奇襲をしかける。そこまでしておきながら魔女を取り逃がすとはな、……ファング。三恐怖にあるまじき失態だぞ』

 

『・・・っ、面目ありません』

 

 

 滅んだ城跡でファングの前に現れたベアードが叱責をする。

 

 

『謝罪はいい。名誉を挽回するためには行動で示せ。……ファング、次はないぞ』

 

 

 そう言うと姿を消す。

 ベアードは長時間外に出ることはできない。その高次元的な体を保っておくことはできないのだ。

 

 

『……うるせぇ、テイオウ様だ。……クソ目玉が…』チッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年 幻想郷──。

 

 妖怪の森に突如魔法陣が展開される。

 青白く光ったかと思えば、すぐに光は止まる。その中央には少女が1人眠っていた。だがこの森の空気を鼻腔に入れると、肺が目覚めたのか、ゆっくりと目を覚ます。

 

 

「こ、ここは……」

 

【おはようございます、ジニヤー様。10年間のコールドスリープの旅はいかがでしたでしょうか】

 

「!! だっ、だれ!?」

 

 

 突然の声に驚き、身構える。

 だが声の主はいない。怯えていると再度同じ声が聞こえてくる。

 

 

【私はダッバート様の最後の魔力により作られた魔法陣に内蔵されたガイドの“ジン”でございます。ダッバート様の指示、安全な地への転送完了でございます】

 

 

 ジン──。

 アラビア全土に伝わる精霊の総称である。自然物に神が生命を与えて作り出した。人智を超えた力を持ち、3回だけ人の願いを叶えたり、助けたりしてくれる。千夜一夜物語にも多く登場し、かなり有名。なのでアラビア人たちは不思議な出来事や妖怪たちをまとめてジンとよんでいるのだ。

 

 

「な、何だジンか…」

 

【ティロリロリン。今の質問に答えましたので、残りの質問は後2回とさせていただきます】

 

「ま、待って!ズルじゃない!」

 

【私は3回だけ質問に答える精霊でございます。ズルも何もありません。次の質問をどうぞ】

 

「………っ、じゃあ、ここはどこなの?アラビアではないのは分かるけど…」

 

【周囲の情報を取り組んでいます…。しばらくお待ちください。周囲の情報を取り組んでいます…。しばらくお待ちください】

 

 

 繰り返し流れる声。

 答えが来るまでにジニヤーは辺りを見渡す。緑の多い世界。加えてカラッとした暑さではなく、蒸し蒸しと日陰にいても嫌になってくるような暑さにクラクラする。

 

 

【周囲の自然情報を獲得・分析しました。分析結果発表……ここは日本の内側、幻想郷と呼ばれる土地であります】

 

「…日本、………幻想郷」

 

【国土のほとんどが森林。公害部質は殆どなく、動植物にとってとても住みやすい場所です。また、ここは人間の数が3割、5割は妖怪や妖精などの怪異。残り2割は動物や虫、魚などでございます。アラビアと違い、四季と呼ばれる四つの季節があり、今は夏でございます。日本の夏は高温多湿です。………ティロリロリン、残りの質問はあと1回】

 

 

 

 ジニヤーは立ち上がり、山の上から人里の方を見下ろす。人々が談笑し合ったり、働いたりしている。中には妖怪たちも交えて、とても楽しそうだった。

 

 

 

「日本は妖怪に排他的だと聞いたんだけど、こんな場所があったんだ。……妖怪と人間が一緒に。……パパが目指した世界が日本の中にあったなんて」

 

 

 

──コトッ

 

 

 

「これ、は………」

 

 

 ポケットから何か落ちてきた。

 いつの間にか、自分のポケットに入っていた小さく平たい七色に光る箱。それはかつて父の宝物庫の中で見た宝の一つだ。きっと自分が魔法陣の中に入った時に父が入れておいたのだろう。

 

 

「パパ…」

 

 

 パカっと開けてみる。

 中には箱と同じように七色に光るタバコが7本入っていた。蓋の裏側には【精霊煙草】と書かれており、説明書きも彫られていた。

 

 

「・・・7体の使い魔を呼び出せる、煙草。使い魔は煙草を吸っている間に動き、吸い終えると消え去る」

 

 

 一つ取る。

 めらめらと燃え上がるような赤。そして浮かぶ文字を見る。他のものも手に取って見た。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫とどれも美しい。そして彼女の目に同じ文字が目に入る。

 

 

「この使い魔たちの名は……(イフリート)

 

 

 彼女は煙草を箱にしまうと、大きく息を吸う。

 彼女の瞳には何か宿っていた。

 

 

「……パパ、分かったわ。そう言うことね。この地ですべき事が分かったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 幻想郷の外れにある、いつものゴミ捨て場。

 空き瓶や壊れた傘、割れた茶碗の山の中で、一つのゴミ袋がもぞもぞと動いた。

 

 

「……うぅ」

 

 

 山が崩れ、中から一人の男が顔を出す。

 

 

「いててて……」

 

 

 頭を押さえながら起き上がる。

 頬には泥が付き、服はところどころ破れていた。

 

 

「昨日は飲みすぎたか……?」

 

 

 酒の記憶は曖昧だ。

 誰かに殴られた気もする。自分から喧嘩を売った気もする。結局思い出せない。

 

 

「まあいいか」

 

 

 そう言って欠伸をした、その時だった。

 

 

「おい! 見ろ!」

「嘘だろ……」

 

 

 人里の方から大勢の声が聞こえてきた。

 普段なら朝市へ向かう人々で賑わう時間だが、その騒ぎ方は明らかに異様だった。

 

 

「なんだぁ?」

 

 

 ねずみ男は鼻を鳴らす。

 

 

「何の騒ぎだァ」

 

 

 興味半分で人里へ向かう。

 すると里の入口には、何十人もの人間が集まっていた。老人も。子供も。商人も。皆、同じ方向を見つめている。

 

 

「……面白そうだネ。ニヒヒヒ」

 

 

 ねずみ男が人混みを掻き分ける。

 

 

「どけどけ!」

 

 

 ようやく最前列へ出た。

 そして。

 

 

「……は?」

 

 

 思わず間の抜けた声が漏れる。

 人々が見つめていた先には、妖怪の山。その中腹に巨大な城が建っていた。昨日までそんなものは存在しなかった。白い石壁。空へ突き刺さるような尖塔。幾重にも重なる赤いドーム状の屋根。幾何学模様の壁が朝日に照らされ、まるで蜃気楼のように輝いている。

 

 

「な……なんだありゃ」

 

 

 ねずみ男は目を擦る。

 見間違いではない。確かに城だ。しかも、とてつもなく大きい。西洋風でもなく、日本風でもない。どちらかというと東洋的な、砂漠の上にある宮殿のような感じであった。

 

 

「河童たちに決まってるわ」

「天狗じゃねえか?」

 

「ん?ありゃあ………」

 

 

 ねずみ男は見知った顔に近づく。

 魔理沙だ。箒を持ち、魔女スタイルなので群衆の中でもすぐに見つけられた。その隣にはウェーブがかった短髪で、西洋人形のような見た目の女の子 アリス・マーガトロイドだった。

 

 

「よっす、魔理沙ちゃん。アリスちゃん、お久しぶり〜」

 

「ん?ねずみ男か、おはようー」

 

「お久しぶりです。ねずみ男さん」

 

 

 簡単な挨拶を済ませると、3人は城を見上げる。

 

 

「天狗たちが建てたのかね」

 

「それにしても、ぽくはないぜ。天狗の城ならもっとこう和風?っていうな感じだぜ」

 

「まぁ、確かにな〜。もしかして西洋妖怪たちの拠点とか、か?」

 

「造形的には西洋というよりも、イスラム建築に近いものを感じるわ。アーチとか、ドーム的な感じが特に……」

 

 

 アリスの分析に、関心する。

 ねずみ男も魔理沙もそう言ったものには興味はない。なので自分の知らないことに詳しいアリスに素直に感心した。元よりアリスは人形について研究する上で造形にかなり詳しいのだ。

 

 

「あんな建物……昨日まで無かったぞ」

「秀吉みたいなやつの再来か?」

 

 

 人々もざわめき続ける。

 

 

「秀吉は3日だろ。だがこれは一晩だぜ」

「人間にはできねえよ。妖怪の仕業だよ、これ…」

 

 

「「「異変……」」」

 

 

 誰かが呟いた。

 その言葉に、人々の表情が曇る。幻想郷では突然現れる建造物など、ろくな前触れではない。

 

 だが、ねずみ男と魔理沙は違った。

 

 

「異変……っ!悪さで建ってたんなら私が解決してやるぜ!!」

 

 

 異変解決大好きな魔理沙。

 ここまで派手な異変に興奮する。

 

 

「城……!!」ビビビ

 

 

 一方では、髭がぶるぶると震える。目が徐々に輝き始めた。

 

 

「城ってことは……宝がある!!」

 

 

 黄金。宝石。秘宝。豪華な調度品。

 

 

「へへへへ……」

 

 

 不気味な笑い声を漏らす。

 

 

「何処のどなたかは知らねえけど、わざわざこんなど田舎に自慢するみてえにでっけえお城を建てるんだもの。よほどの大金持ちに決まっているネ。これはビビビ〜っと一攫千金のびぃ〜〜っぐちゃ〜〜んす♡」

 

 

 周囲の里人たちが不安そうに城を見つめる中。ねずみ男と魔理沙はお互い別な理由で鼻息を荒くしながら、妖怪の山へ視線を向けていた。魔理沙は箒をぐるぐると振り回してから跨る。

 

 

「よっし、ここで見てても分かんねえし、さっそくあの城に殴り込みだぜェッ!」

 

「また魔理沙の悪い癖が出てきた…。わざわざ厄介ごとに首を突っ込むんだから」

 

「それがアタシさ!」

 

「俺も行くぜ!後ろに乗せてね」ドッコイショ

 

「・・・うぐっ、生ゴミ臭い。お、降りろ!服と箒に匂い付くぅっ!」

 

 

 

 

──ゴォォォォォッ!!

 

 

 

「「ん?」」

 

 

 突然、城門が地響きを立てて開いた。

 漆黒の闇の中から、一つの巨大な影がゆっくりと姿を現す。それは人間ではなかった。

 

 

『Foooo〜〜……』

 

 

 青紫色の肌をした巨躯。岩を削り出したように隆起した筋肉。両腕には黄金の腕輪がはめられ、胸元には赤い宝玉を埋め込んだ豪奢な装飾が輝いている。肩まで伸びた白髭は風もないのにゆらゆらと揺れ、その額には黒く艶やかな宝石が嵌め込まれていた。

 

 そして最も異様なのは、その下半身だった。

 

 腰から下は肉体ではなく、濃密な黒い煙となって渦を巻いている。煙は絶えずうねりながら地面を這い、まるで意思を持つ生き物のように周囲を漂っていた。

 

 魔人は腕を組み、空中に浮かんだまま里を見下ろす。

 

 

『・・・』

 

 

 黄金色の瞳が静かに人々を見渡すだけで、場の空気が凍り付く。誰一人として声を出せない。品定めするように人々をじっくりと観察し、やがて魔人はゆっくりと右手を掲げた。

 

 

『まっじん……、ゴォォォォ……!!』

 

 

 魔人はぶわっと地上へ降り立つ。

 黒煙でできた下半身が渦を巻きながら宙に浮かび、その巨体だけが人々の前へ影を落とした。

 

 

「きゃあああっ!!」

 

 

 逃げ惑う女たちの中へ、魔人は迷いなく踏み込む。

 大人の頭ほどもある巨大な手が一人の腕をがっしりとつかんだ。

 

 

「助けてっ!」

 

 

 女は必死にもがき、もう一方の手で魔人の腕を叩き続ける。しかし、その指は鉄塊のようにびくとも動かない。さらに反対の腕が伸び、二人目、三人目と容赦なくつかみ上げていく。抵抗する者は片腕で軽々と持ち上げられ、泣き叫ぶ声だけが辺りに響く。

 

 

「何やってんだーーー!!」

 

 

 その時だった。

 上空から無数の光弾が流星群のように降り注ぐ。鋭い光はその腕に直撃し、その衝撃で女たちは拘束から逃れられる。

 

 

「よっし!アリス、みんなを頼む!」

 

「了解っ!」

 

「こいつは任せろ!!」

 

『うっうー』

 

 

 魔人はゆっくりと顔を上げる。

 空を裂くように一人の魔法使いが飛来した。箒を自在に操りながら急降下すると、間髪入れず星形の弾幕を雨あられと浴びせる。しかし魔人は表情一つ変えない。再度、逃げた女たちを捕まえようと手を伸ばす。

 

 

「させないわ。操符マリオネットパラル!!」

 

 

 しかしアリスと人形たちの連携陣に防がれる。

 

 

「私を無視するんじゃねえぜ!魔符「スターダストレヴァリエ」!!」

 

『むん』

 

 

 片腕を軽く振るうだけで黒煙が巨大な渦となり、降り注ぐ光弾を次々と呑み込んでいく。爆発音が連続して響くが、煙の渦は勢いを失わず、光だけを飲み込んで霧散させた。

 

 

「野郎っ!!」

 

 

 魔法使いは高度を一気に下げる。

 高速で魔人の周囲を旋回しながら、左右から絶え間なく魔法弾を撃ち込み続ける。

 

 閃光が夜空を埋め尽くし、轟音とともに地面が次々とえぐられていく。魔人はその嵐の中心に立ったまま、煙でできた下半身をゆらりと揺らした。

 

 

『まっじん……、ブゥン!!』

 

 

 その身体は霧のように形を変え、迫る魔法弾が触れる寸前に煙となって流れる。命中したはずの攻撃は実体を捉えられず、すべて背後の地面や岩壁を吹き飛ばしていく。

 

 

『まっじん、キョーーー!!』

 

 

 攻撃の隙を突くように、黒煙が何本もの腕へ姿を変えた。蛇のような速度で空へ伸び、魔法使いへ襲いかかる。

 

 

「こんなの……っ!」

 

 

 箒を大きく傾けながら紙一重でかわし続け、八卦炉からレーザーを出してその場で固定したスパークソードで切りつけるが、その黒煙は何度断ち切られても瞬く間に再生し、執拗に追いすがる。

 

 

「私が悪かったよ。様子見なんてつまんねー真似して。やっぱりお前みたいにデカくて強い奴には………」

 

 

 魔理沙は距離を取ると、膨大な魔力を一点へ集中させた。

 

 

「こっちも最大火力ぶつけねえと失礼だよなァァァ……!!」

 

『まじン?』

 

「魔理沙っ、私たちもいるのよ!?」

 

 

 焦るアリス。

 しかし、魔理沙には見えていない。いや気付いていても力を加減したり、向きを変えたりするつもりはない。アリスならば人間たちを何とかしてくれると信頼しているから敵と向かい合えるのだ。

 

 

「無茶させないでよ、ねぇっ!!──操符「マニピュレイトパペット」!」

 

 

 アリスの両手の指から伸びる糸。

 それを巧みに動かすと、十体の人形たちの動きが洗練された。人形の指からも伸びる糸がさらに倍の人形たちを操り、合計百体の人形が人間たちを守る。アリスだけではなく人形たちも魔法陣の盾を作り出し、一気に障壁を作る。

 

 

「お、俺も守ってぇぇぇへへ〜〜っ!?!?」

 

 

 そのまま夜空が黄金色に染まり、圧縮された魔力が一本の巨大な光となって解き放たれる。

 

 

「恋符マスタースパーク!!!!」

 

 

 奔流は一直線に魔人を飲み込み、山肌ごと削り取る勢いで突き進んだ。猛烈な閃光が辺り一帯を昼のように照らし、熱風が里へ吹き抜ける。黒煙が激しく吹き散り、視界は土煙と光に覆われた。

 

 

「・・・やったか!」

 

 

 煙の向こうから、一つの影がゆっくりと浮かび上がる。魔人は黒煙を身にまとったまま、ほとんど姿勢を崩していなかった。全身を包んでいた煙が渦を巻き、受け止めた魔力を外へ逃がすように静かに流れている。黄金の光は黒煙に沿って左右へ逸れ、遥か彼方の山々を貫いて消えていった。

 

 

『まっじん……』

 

「まっじか」

 

 

 次の瞬間、魔人の姿が掻き消える。

 一瞬遅れて背後の空間が揺らぎ、巨大な拳が唸りを上げて振り抜かれた。

 

 

「おいおいおいおい───」

 

 

 魔法使いは咄嗟に身をひねる。

 直撃こそ免れたものの、拳から放たれた衝撃だけで身体が大きく吹き飛ぶ。空中で体勢を立て直そうとする間もなく、周囲に広がっていた黒煙が足元から噴き上がり、無数の鎖となって箒へ絡みついた。

 

 

「く、ああっ!?」

 

 

 その一瞬を逃さず、魔人は黒煙を爆発させた。衝撃波が空を震わせ、魔法使いは弾き飛ばされる。

 

 

「わああああああ……っ!!」ゴロゴロゴロ

 

「魔理沙!!……しょうがない…っ」

 

 

 何度も回転しながら地面へ激突し、土煙を高く巻き上げた。目を回し、立てない魔理沙。だが魔人もまた戦うことを目的としていなかった。追撃はせず、黒煙は戦闘の最中も絶え間なく里へ広がり、若い女たちを一人、また一人と包み込んで宙へ運び上げていく。

 

 

「きゃああああっ!!」

 

 

 やがて空には数十人もの女たちが黒煙に包まれたまま浮かび上がっていた。魔人は一度だけ城へ視線を向ける。黒煙は一斉に方向を変え、女たちを引き連れながら妖怪の山へ飛び去っていく。

 

 

 重々しい音を立てて城門が閉ざされる。

 

 静まり返った里には、取り残された人々の悲鳴と泣き声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・りさ、魔理沙っ、魔理沙!!」

 

「はっ!?」

 

 

 魔理沙を起こす声。

 飛び起きると目の前には慧音がいた。心配そうに見られており、その目から自分は負けたことに気づく。

 

 

「くっっそ、油断したっ!すまん、慧音。里のみんなを守りきれなかったぜ……」

 

 

 しゅんとする魔理沙。

 自分が最後に見た景色は煙に捕まって、城まで連れて行かれる女性たちの姿だ。自分は守ると決めたのに、結局は守れなかったことに情けなくなる。

 

 

「その事なんだが……」

 

「ん?・・・え」

 

 

 なんと慧音の後ろからぞろぞろと人影が。

 それらはなんと先ほど襲われた女性たちであった。魔人たちに狙われていて、自分が倒れた直後に城まで連れて行かれたはずなのに。そんな彼女たちがなんとこの場にいたのだ。

 

 

「みんな無事だ」

 

「な、なにが、一体……??」

 

「実はな、アリスが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔理沙!!……しょうがない…っ」

 

 

 魔理沙はリタイアだろう。

 ならば守り切ることは遂行しなければならない。この里にはお世話になっている。その恩義に報いるためにもやるしかない。

 

 

「ふっ…、はっ…」クイクイ

 

 

 人形を使い、女性たちを隠す。

 また何人かを子どもたちを守っていた慧音に託した。2人の間に言葉はないが、すぐに考えは伝わった。

 

 

「第一段階クリア。次は──」

 

 

 一体の人形が大きい箱を持ってくる。

 アリスは受け取ると、カチッと開けて、中を広げる。その中には無数の衣類とカツラが入っていた。

 

 

「あの不粋な魔人に人形劇を楽しんでもらいましょうか。……人形早着替え(ドレスアップ)

 

 

 一瞬にして数十体の人形たちが魔人に狙われていた女性たちそっくりになる。そして本当に逃げ惑う女性のような動きをした。もちろん意思があって動いているわけはない。全てはアリスの人形を操るテクニックなのである。

 

 

「ここからは人形遣いの腕の見せ所。さぁ、あなたの目を奪いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、いう訳なんだ」

 

「アリスがみんなの身代わりに…。あいつ、カッコいいところ全部持っていきやがって……。……なら次はリベンジだ。絶対に助けに行くからな!」

 

「ところで、ねずみ男はいなかったか?」

 

「・・・あれ、確かに。あいつは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 

 

 

 

『ただい、まっじん!!』

 

「す…っ、ふぅ……。おかえりなさい。捕まえてきた?」

 

 

 緑色のタバコを吸いながらジニヤーは言う。

 もうタバコは半分よりも短くなっており、そろそろ終わりそうだ。

 

 

『ゴーファイ!ゴーファイ!』

 

 

 そう言うと、ボロボロと女性たちを床に落とす。

 中身のない軽くて、乾いた音が屋敷の中に響く。ジニヤーはアリスの元へと駆け寄り、頬をぐいっと挟むように触る。

 

 

「へぇ〜、この子、魔女だ。幻想郷にもいるんだ。…だから、ジンの帰りが遅かったのか。パパには及ばないけど中々の魔力。この子なら、きっと……。他の子は……」

 

 

 そう言って他に倒れている子に近づく。

 

 

「ん?」

『マジッ!?』

 

 

 なんと床に転がっていたのは全て人形だった。

 球体関節や、ガラス玉の瞳を見て、絶句する。なんとアリス以外に倒れているのは人形だったからだ。

 

 

「・・・何やってるの!!人形と人間の女の違いも分からないの!?」

 

『ま、まじんががが』ブンブンブン

 

 

 首を必死に横に振る。

 ジニヤーは怒り、咥えていたタバコを捨ててしまうと、火は消えてしまう。

 

 

『ぜぇぇっt……… 』

 

「あっ」

 

 

 タバコが消えるのと同時にジンも消え去った。

 

 

「ふふっ、なるほど。あなたの使い魔なのね、今のは」

 

「・・・なんだ、起きてたの」

 

「追われ捕まる哀れな女の子たち。恐怖と絶望で気絶をする女の子。……どうだった?私の人形劇は。あなたの使い魔よりは面白いんじゃなくて?」

 

「初めから見れなかったのが残念だわ」

 

 

 ばちっ、ばちばちっ…!!

 

 

「「・・・」」

 

 直ぐに臨戦体制に入る2人。

 そんな間で一つの人形が起き上がる。

 

 

「・・・!?」

「え?」

 

 

 それを見て、一番驚いたのはアリスだ。何もしていないのに動くなんて、ありえない。

 

 

「ふぁああ〜〜〜……、え?あれ?確か……あの馬鹿のビームで吹き飛んだ時に…どっかの家に入っちゃって……」

 

「あ、あなたは…」

 

「なに、こいつ」

 

 

 人形ではなかった。

 そこにいたのは人形ではなく、女装したねずみ男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

 3期では私の心にかなりの印象を与えたジニヤーさんです。
 褐色な美女でした。
 漫画だとパパは鬼太郎にやられてしまいますが、恐山病院を紹介してもらって終わる……だったかな。






 
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