──某年、七月末。学生たちが夏休みを待ちわびる頃、手元の新聞やテレビのニュースでは、とある事件が注目を浴びていた。
「『
生徒手帳から拝借したかのような真顔の学生姿の少女──件の行方不明者、
ここ数日、その幼馴染からの連絡が来ないのにも、おそらく関係があるのだろう。……意外にも、友人が居なくなったショックを受ける程度には仲が良かったのかもしれない。
「本人のところに直接……いや、全寮制の女学園の敷地に入るのにも勇気が要るしなぁ」
しかし、今まではほぼ毎日のようにビデオ通話で顔を見ていた幼馴染からの連絡が途絶えたことと、今回の事件には繋がりがあるのかもしれない。──そんな過保護さや邪推、独り言が増えたのは、
「よし、今日まで連絡がなかったら明日向かってみよう。まだ朝だし、気長に──」
待とう、と続けようとした瞬間、まるでその
「噂をすればなんとやらか。もしもし?」
素早く手に取り通話を繋ぐと、耳に当てたマイクの向こうから、小さな呼吸音が聞こえてくる。少なくとも、向こうには誰かがいた。
「……そっちから掛けてきたんだから反応してくれるか? お前、
【────】
真冬。それは幼馴染──
普段ならビデオ通話で顔を見ながらダラダラと時間を潰しつつも雑談に耽るところなのだが、数日の間を空けた今日に限っては声だけでの電話にしてきており、更には会話が続かない。
それはもはや、『なにか妙なことが起こっていますよ』と言っているのと同じであった。
「真冬、真冬。
【────】
「真冬」
何度か名前を呼ぶと、携帯の向こうで、一拍置いてから真冬は短く返してくる。
【……いますぐきて】
「──わかった、待ってろ」
か細い声に、逆に短く返し、通話を切って手早く準備を始める。こういう時、あまり人気ではない探偵事務所だと、唐突に定休日にすることの罪悪感が薄いのはメリットと言えよう。
「今日だけは、閑古鳥に感謝するかな……」
皮肉混じりにそう言って、荷物を詰めたショルダーバッグを肩に提げ、バイクの鍵と扉の鍵を纏めたキーホルダーを握って事務所を出る。
扉を閉める直前、ふと事務所の中から、カッコウという鳴き声が聞こえた気がした。
──暗帝九女学園。
生徒の平均人数約三百九十人のその学園は、今やとある事情……すなわち羽田結月の失踪により、少しばかり注目を浴びていた。
現に校門の前には少なくない野次馬がおり、事前に連絡を入れていたが故にすんなりと通されたこちらの背中を見る視線は嫉妬の籠った刺々しいモノであった。逆恨みはやめてもらいたい。
「それにしても、生徒の知り合いとはいえ、俺のような部外者を通してしまって良かったんですか? 前例を作ってしまうと、外のマスコミや野次馬が調子づいてしまいますよ」
「探偵さん──
「手遅れでしたか……」
無駄な行動力には感嘆するが、先ず大前提として迷惑を掛けるものではないだろうに。
ともあれ、のほほんとしながらもズバッとした物言いをする管理人である女性の案内で、寮の廊下をスリッパを履いた足でペタペタと間抜けな音を立てて歩くと、ちらほらと視線を向けられていることに気づく。やはり警備員でもない男が敷地内に居るのは相当に珍しいのか。
「……ところで、真冬──有栖川さんは、ご迷惑をお掛けしていませんでしょうか」
「真冬ちゃんねぇ……寮で問題を起こしたりはしないけれど、校内では良くも悪くも警戒対象、って感じかしら。与一さんも付き合いが長いならわかるでしょう? あの子、怠惰な天才だから」
ああ……と、ついため息混じりに返してしまう。真冬は頭がよく、運動神経もいい。
文武両道、成績優秀──の擬人化と呼べる超人は探せばそれなりに居るだろうが、あいつはその内の一人と言っても過言ではないのだ。
おまけに外国人の血が混じっているために髪はいわゆる
とはいえ、頭がよくスポーツ万能で背が高くかなりの美人──そんな天が二物どころか四物は与えた存在を、妬み嫉むのは悲しくも仕方のないことであり、それでいて飽きっぽい性格の真冬は、中学の頃はそれはもう虐められていた。
「……そんな天才の唯一の友人である羽田結月さんが失踪した。その件が悲しかったから……こうして塞ぎ込んでるのでしょうかね」
「閉じ籠ってもう三日目になるし、そうなのかもしれないわねぇ。でもまあ、与一さんが来てくれたことだし、直接あなたの顔を見れば元気も湧くんじゃないかしら?」
「だといいんですがね」
そんな会話をしていると、ふと眼前を歩く管理人が一つの扉の前で足を止めた。
「はいこれ、真冬ちゃんの部屋の合鍵」
「……いいんですか?」
「帰るときに下で返却してね~~」
あとは任せたとでも言いたげに、広げた手のひらにプラスチックのプレートとシンプルな形状の鍵を金属の輪で繋いだそれを乗せられる。
「……じゃあ、お願いね」
「──、はい。任されました」
管理人は渡した鍵を持つこちらの手を、両手で上から祈るような形で包む。彼女の両手は僅かに震えており、内心の不安を感じさせた。
背中を向けて歩き去る管理人を見て、ふと思う。羽田結月の失踪に真冬の閉じ籠りが重なり、生徒を預かる管理人としてさぞかし心配していることだろう。飄々とした態度も、今にして思えば空元気だったのだと察せられる。
「さて……お邪魔するぞ~」
一拍間を空けて意識を切り替え、管理人と同じように明るい態度を顔に貼り付ける。鍵を開けてガチャリと中に入ると、室内は昼間にも関わらず、カーテンが閉めきられていて暗い。
けれども部屋の奥──寝室から気配が漂っており、しかし小さく浅い、緊張状態にある呼吸が聞こえていた。扉が閉まると暗闇になってしまい、廊下からの明かりが途切れる直前に見えた照明のスイッチの方へと踏み込む。
「──点けるな!!」
廊下がギシリと音を立て、それから何をしようとしているのかを理解したのか、寝室の方から聞き慣れた幼馴染の怒鳴り声が響いた。
「真冬、俺だよ」
「……頼むから、明かりを点けるな」
「わかった。でも暗すぎて顔が見えないのは困るし、ベッドの方にランプはないか? せめてそれだけでも点けてもらえないか」
部屋の照明は点けられないにしても、暗がりでは会話もなんとなく嫌……もとい億劫であるため、とりあえずの妥協案を提案する。
すると、真冬はモゾモゾと動いてベッドサイドのランプのスイッチを入れる。
彼女から見て左側にある『それ』を、わざわざ体をよじって
「子犬みたいなか細い声で助けを求めたわりには元気そうで安心だな」
「うっせ」
敢えて軽く煽ってみるが、真冬は安心したように口角を緩めつつ返してくる。
そしておもむろに近づいてベッドの縁に腰かけて、改めて口を開き問いかけた。
「──で、何があった?」
「…………」
「左腕に、なにかあるのか」
「っ」
「怪我か病気にでもなったか?」
「……はっ、これを現代医学の観点で説明できるなら、病気なのかもな」
「真冬、見せてくれ」
追い詰めるように強く言われて、真冬は観念したのか諦めた雰囲気で布団を捲り、右手でだらりと垂れ下がった左腕を掴んで見せてくる。
「──これ、は、いつから……?」
「……四日前」
「ちょうど連絡が途絶えた時期か」
「……言えなかったんだよ。怖くて、ビックリして……こんなこと、何て言えば良い」
露になった左腕に指を這わせ、ツルツルとした滑らかな感触に言い知れない嫌悪感を覚える。曲げた指の関節部分で叩くと、
確かに、こんなことを人に言うのは憚られる。まず信じてはもらえないだろう。
──前腕から指先までが人形のようなパーツに変貌してしまっているなどと、そんなことを言って、果たして誰が信じられようか。
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