とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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新生歩 4/5

「はいこんにちはー」

「ビックリするほど軽い……」

 

 二つに分かれた廊下の片方を召喚した怪物(ムーンビースト)に任せた丞久は、最奥の鍵の掛けられた明らかに重い金属製の扉を、さも当然かのように腕力でギギギギ……とこじ開ける。

 

 少女はその異常さを見なかったことにし、室内の奥でデスクを挟んで椅子に腰かけている中高年の男性を視界に納める。男性はパソコンから顔を逸らして二人を見ると、丁寧な態度で対応した。

 

「……ああ、思ったよりも早かったな。てっきり病院から離れるかと思ったのに、まさか逆に真っ直ぐ来るとは想定外だった」

「それは私もそう思います」

「不毛な鬼ごっこに興じるよりマシだろ」

「ふ、それは確かに。魔術を使って身体能力を強化したうちの人間よりも遥かに高い運動性能の人間を相手にするのは骨が折れる」

 

 やれやれと頭を振る男性は、それから丞久をちらりと見て口を開く。

 

「──明暗丞久、23歳。5年前に探偵事務所を設立し、それから今までで特に目立った成績は残していない……()()()()()()()()()()()

「……大規模記憶処理魔術が効いてないのか。まあそうか、それも出来ない奴がミ=ゴと関わるわけがない。魔術も結構抜け道はあるし」

 

 なるほどと頷く丞久に、男性は続ける。

 

「平凡な探偵……しかしその実態は、魔術に精通しているがゆえの厄介事請負人。ムーンビーストまで従えているとは思わなかったがね」

「隠し球は多ければ多いほどいい。特に、こういう業界じゃあな」

「もっとも、42号をわざわざ敵の本拠地に連れてきたのは愚かだが」

「そうか?」

 

 男性の言葉に飄々と返す丞久の横で、少女は疑問符を浮かべて小首を傾げた。

 

「……42号?」

「──探偵から聞いていないのかね」

()()()()()が言うべきことだろ」

「それもそうだ。ふむ……42号」

「私……のこと、ですよね?」

「ああ。君は普通の人間ではない。私の研究で生み出された、4()2()()()()()()()()なのだよ。特殊な栄養素で赤子からその見た目に成長させ、頭にはその年頃までに学んでいるべき一般常識や教養をインプットしてある」

「────」

「驚いたかね? だが事実だ。病衣から着替えたということは胸元の刻印も見ただろう。それは単純に製造番号を意味している」

 

 世間話でもするようにあっさりと、男性は少女が『何』であるかを明かしてその反応を待つ。少女もまた一瞬硬直して、悩むように呟いた。

 

「つまり私は……42人姉妹の末っ子みたいなもの……ってことなんですか!?」

「メンタル固すぎんだろ」

「広義の意味ではそうなりますよね?」

「ならんでしょ」

 

 ガーン、という擬音すら聞こえてきそうなほどに驚いているが、微塵も恐怖や怒りを抱いていない少女に、丞久は訝しげに眉を潜める。

 

「──ふむ、想定外に加えて更なる想定外。てっきり取り乱すか、泣き喚くか。そのどちらかを予想していたのだけれどね……」

「頭弄ったんじゃないのか? そういうのはミ=ゴの得意分野だろ」

「いや、42号は一番新しいクローンであると同時に唯一の成功作だ。一切の余計な手は加えないようにと命じてあるからそれはない。……無論、勝手にやられた可能性はあるがね」

「私の人権とは……」

 

 ため息混じりにげんなりとしている少女は、不意に背後のひしゃげた扉の外からバタバタ、ブウウン、という走る音と飛ぶ音が入り交じって聞こえてくることを察した。

 

「──1号はなにやってんだ」

「まさか1号さんが負けた、とか?」

「あいつ銃弾とかは殆ど効かないけど殴る蹴る斬るは普通に通るからなあ」

「あっ私も42号だから1号さんを『1号』って呼ぶとアレが長女みたいでなんか嫌ですね」

「お前もしや既に正気じゃないのか?」

「し、失礼な……」

 

 そう言いながら、丞久は周囲を見回す。警備員とミ=ゴが全方位から囲い、二人に銃口から光が漏れた銃のような武器を向けている。

 再召喚しようとして左手の親指と薬指だけを曲げる印を結び、そこで気づく。

 

「ん……? まだ生きてる。ったく……どっかで別の道に逸れてはぐれたなあいつ」

 

 1号が誰かしらに殺されたなどで居なくなったわけではなく、単純に合流出来ていないだけだと判明し、その方が面倒だなと独りごちる。

 

「さて、悪いことは言わない、投降してくれたまえ。狭い廊下などでの戦闘は君の領分だったとしても、この状況を打破できるほど魔術師は万能ではないと分かっている筈だ」

「……んー、そうだな」

「丞久さん?」

 

 ゆらりと、不意に丞久の雰囲気が変わる。

 

「あんたは万が一にも成功作に傷がつくことを恐れているからまだ撃たないだけであって、別に平和的な解決を望んでいる訳じゃあない。魔術師(わたしたち)に道徳倫理は期待できないからな」

「あの、丞久さん……?」

「いや、驚いた。まさかあんたらごときが、私を殺せると思っているとはなあ」

 

 地下空間で空調により管理されている空気の流れが、突如として丞久を中心に動き回っている。彼女の顔はまるで、失敗すると分かりきっている事にそれでも挑戦しようとしている子供を見ているような、憐憫を孕んだ顔だった。

 

「安心しろ、万が一なんてのは一生来ない」

 

 そう言って、丞久はおもむろに右手を上げてうなじの方にもって行くと、何かを()()()動作をして、頭の上を経由して何かを()()

 

「『この状況を打破できるほど魔術師は万能ではない』、その通りだ。魔術師とは何処まで行っても結局は人間なんだからな」

 

 ──瞬間、丞久が着ていたコートが、まばたきの間に黄色のレインコートに変化し、彼女の顔は目深に被せられたフードで隠れてしまう。

 

「──魔術師(にんげん)なら、な」

 

 少女と男性──小鳥遊は、フードのその奥で、確かに丞久が嗤っているのを見た。

 

 小鳥遊は悟る。成功作の少女(クローン)を傷つけずに()()に投降させることは不可能だと。

 

 小鳥遊は悟った。今この場において何よりも優先されるべきは、少女の確保ではなく、一刻も早く()()を殺害することであると。

 

「撃て──「【黄衣の王(ハスター)】」

 

 小鳥遊は、悟ってしまう。自分の研究(すべて)が、これから、純然たる暴力(せいぎ)に捩じ伏せられるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 ──パンパン、と埃を払うように片手でレインコートを叩く丞久は首の関節を鳴らす。

 

「ま、こんなとこだな」

「確かに8割人間とは言ってましたけど、2割の方がヤバすぎませんかこれ」

「……ば、かな……」

 

 トントンと刀の峰で肩を叩く丞久の周りに立っているのは、少女と小鳥遊だけ。警備員は全員床に倒れ伏し、ミ=ゴはその全てが生命活動を停止して肉体を溶かし消滅していた。

 

「曲がりなりにも旧支配者(グレート・オールド・ワン)の力……の極一部の……断片……? 的なやつだからなあ」

「なんで自分の力に関して曖昧なんですか?」

「いや別に、望んで手に入れた力じゃないし」

 

 少女の疑問に面倒くさそうにため息をつく丞久。そんな彼女に、小鳥遊は口を開く。

 

「あの力がハスターならば、なぜ君はムーンビーストを従えていた。あれは無貌の神(ニャルラトホテプ)を崇拝している種族の筈だろう」

「あんた結構詳しいな。まあ、うちの1号は単純に私が隷属させたってだけだ。で、別の被虐趣味の個体がわざわざ自分から……ってこの話はいいか。それで、手札はもう無いのか?」

「ま、まさか殺す気じゃ」

「私は博愛主義者だぞ」

 

 ──ほんとかよ……。とでも言いたげな少女の顔を露骨に無視しつつ、刀をカチリと鞘に納める丞久は改まって小鳥遊に向き直る。

 小鳥遊もまた、俯いて肩を震わせ──それが笑いを堪える動きだと丞久が目敏く見抜いた。

 

「あー、まだある感じね。はいはい」

「……ふ、ふふふ。君はこの部屋を見て、なんの疑問も抱かなかったのか」

「あん?」

「扉をこじ開けたとき、一瞬でも思わなかったのかね? 『頑丈すぎる』と」

「────」

 

 確かに、と独りごちて、丞久は自然な動作で室内を見回す。【黄衣の王(ハスター)】を使った自分が暴れても多少損壊がある程度で収まっている部屋は、確かにあまりにも頑丈すぎる。

 

 これではまるで──

 

「シェルター……?」

「シェルターみたいですね」

 

 ──丞久の呟きと少女の言葉が重なった時、ゴシャッ、と。部屋の側面に何かが衝突して、内側に大きなへこみを作った。

 続けてガン、ガン、ガン、と断続的に何かがぶつかる音と衝撃でそのへこみが広がる。

 

「ひ、ひええ」

「……この声」

「ああ、さすがだ。聞こえているのか」

 

 小鳥遊はデスクに腰かけて、淡々と言う。へこみは亀裂に、亀裂は穴に。それから轟音を奏でて室内に転がり込んできたのは、体のあちこちが抉れた瀕死の1号(ムーンビースト)だった。

 

「1号さん!?」

「……下がれ」

 

 驚いている少女の首根っこを掴んで自分の後ろに立たせると、丞久は続けて左手で印を結び1号に指先を向けて言葉を紡ぐ。

 

「【完全顕現:現顕全完(はんてん)】」

 

 召喚とは逆の効果を及ぼす魔術を用いて、1号の体を下から覆うように黒い渦を作り出してその中へと沈ませるように隠す。

 そして壁の穴の向こう、部屋の外から、べちゃべちゃと粘液が蠢く音が聞こえてくる。

 

「──計画の最終手段として用意しておいた個体だが、ここまで来たら使うしかあるまい。バケモノには、バケモノをぶつけるだけだ」

 

 小鳥遊の独り言のような言葉に反応し、1号がここに来るまでで投げていたのだろう深々と突き刺さった槍をじゅわじゅわと溶かしながら、不定形の液体がずるりと壁の奥から這い出てくる。

 テケリ・リ! テケリ・リ! という不快な音──否、()が響き、少女の耳に届いたそれは、どことなく歌のようにも聞こえた。

 

「声……歌……?」

「計画、ねぇ。()()をやったところで、生まれてくるのはただのスワンプマンだろ。ぶっちゃけクローン作るより(たち)が悪いぞ」

 

 丞久の不愉快そうな表情に、小鳥遊は一度顔を伏せて目を逸らすが、それでも真っ直ぐに二人を見据えて力強く言葉を口にした。

 

「……やれ、ショゴス」

 

 液体──ショゴスと呼ばれた怪物は、膨張させて木の根っ子のように変形させた体の一部を二人目掛けて濁流させる。

 

「──もはや戦意喪失(心をへし折る)しかないわけか。じゃあ仕方ない、とっておき中のとっておきだ」

 

 左手で印を結ぶと、丞久は散々暴れ回った自分という理不尽をも容易く上回る、更なる理不尽との繋がりを手繰り寄せてその名を呼ぶ。

 口にすることすら憚られる、冒涜的で、人知を超えた、外なる神(アウターゴッド)の名を。

 

 

 

 

 

「【部分顕現:■■=■■■■】」




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