『──ソフィア・エリンドール、キミは過去に戻ろうとはしないのかい』
■■■が、タイムマシンの最終調整をしながらそんなことを問いかける。
『して、どうするのよ。過去に戻って、ジョセフが私を人形にすることを止めろとでも?』
灰色が更に薄汚れた髪に、
30cmの小さな体に反して、下手な大人よりも遙かに老成した雰囲気の生き人形──ソフィアは、■■■とは別の場所の配線を、【浮遊】で操作しているドライバーやレンチで弄りながらそう返す。
『それも選択の1つだが……なんだ、てっきりこの計画に加担していたのは、復讐かやり直しをするためだと思っていたのだけれどね』
『したところで、
キリキリとネジを締め、少し離れて全体を見て再度僅かな違和感を修正するソフィアの言葉に、■■■もまた作業の手を止めずに返答する。
『分かっているさ。……となると、なおさら不思議だな。この時間軸が救われることがなければ、キミが救われるわけでもない、ただ私が好奇心を満たすための行為に、なぜここまで親身になるんだ』
『…………』
『案外、なにかを期待しているのだろう?』
『…………かも、しれないわね』
反論はしない。否、出来ない。もしかしたらと、期待せずには居られないからだ。
『ねえ、■■■』
『なんだ?』
『もし……もしも、過去の私が、違う人生を歩めていたら……それを手放さないようって、忠告してあげてくれる?』
『まあ、それぐらいなら』
『────さ、完成したわよ』
一瞬表情を和らげながらも、ソフィアは調整を終わらせて蓋を閉める。
『……本当にやるのね。過去に遡り、改変を行ったことよる時間軸の分岐を』
『ああ。技術として可能なら、やるべきだろう。これこそが、人の
『最初の改変ポイントは20XX年、パンデミックが起きた場所ね。ワクチンの余りで土地を浄化できるとして、2波と3波は自力で止めないといけないわよ』
『ああ。それと、【人形化】の魔術データの転送も頼む。過去に渡った先の私の位置情報を元に、私の端末に送ってくれ。送られてこなければデータの時間移動は失敗したと仮定して、過去のジョセフ・エリンドールとコンタクトを取るつもりだ』
『ものすごく複雑だけれど、分かったわ』
頭痛を押さえるように額に手を当てるソフィアを見つつ、懐に液体入りの頑丈なケースを入れる■■■は、タイムマシンに搭乗しながら口を開く。
『……そう言えば、こういう時に限ってあのシスターは居ないのだな』
『ああ……家に居るんじゃない? 確かそろそろ、あの子の家族の命日だったはずから』
『そうか。まあ、余計な邪魔をされないだけマシではあるか』
『またそういうことを言う』
内側のキーボードをカタカタと指で叩きながら、■■■はソフィアの言葉に露骨なまでに渋い顔をしてから重くため息をついた。
『あの壊滅的に音痴な聖歌を聞くくらいなら死んだほうがマシだと思うがね……』
『そう? 私、あの子の音痴な歌は結構好きよ?』
『人形化は肉体の変化に伴い、もしや
『怒るわよ』
ふん、と鼻を鳴らす■■■が手を止めて、それを合図に稼働を始めたタイムマシン。
設計図通りに作られたその機械を前に、ソフィアはパタパタと軽く手を振って呟く。
『それじゃあ、お別れね』
『……結局、キミを
『いいわよ、別に。それより、気をつけなさいよ。いくら私たちが事態を知っているとしても、相手はまだ何も知らないのだから』
『分かっている』
感傷に浸るほどの仲ではなく、しかしてビジネスパートナーとしては、良き友人であったのだろう。ソフィアと■■■は、あっさりと、それでいて永劫の別れを迎え、離れ離れとなる。
『……じゃ、行ってらっしゃい』
ソフィア・エリンドールが過去へと向かえば、再会は果たせるだろう。だが、彼女が過去へ戻る選択を取ることは無いと──双方は理解していた。
──春秋さんが未来人であることを知り、しばしの困惑を経て、我々は彼の言葉を聞く。
「さて、私の正体は明かしたが──あと私が話すべきは、大きく分けて4つか5つかな」
『……そーいえばさぁ、春秋さんって本名なんなの? イギリス人なら横文字の筈だよね?』
「ん、元の時間軸ではジョンと名乗っていたよ」
『ジョン……ねぇ。ジョン・なに?』
「ただのジョン・ドゥさ」
『実質名乗ってないじゃん!?』
「まあ、私のことは春秋と呼んでくれたまえ」
結月との漫才も程々に、咳払いを一つ挟んで改めて質問を投げかける。
「春秋さんは、どうして未来で【人形化】を完成させたんですか?」
「──最後の手段さ。もし元の時間軸と同じようにパンデミックを止められなかったとしたら、電波塔を利用して、全世界に向けて【人形化】を使うつもりだった。その為に用意しておいた文字通りの奥の手だ」
「パンデミック、ってのは?」
真冬が言葉を繋いで問いかけると、春秋さんは何故か真冬ではなくこちらを見ながら続けた。
「13年前、とある温泉旅館で数人の魔術師が死に、その血液や魔力が床に落ち、地面に滴り。その土地に眠っていた、本来なら目覚めるはずのなかった細菌と混ざって、それは変異した」
「温泉旅館……魔術師……っ、まさか!?」
こちらが察したことを理解して、春秋さんはわずかに表情を歪めて言う。
「すなわち敵と、桐山龍一と、桐山与一の三人の魔力が皮肉にも相互作用を齎し、土中の細菌を複雑に変異させた。それは感染した人を死に至らしめる程の脅威で以て、火災の熱と空気で舞い上がり町中に────そして時間を掛けて日本へ、果たして世界へと広がった。これが、
衝撃的な問題だった。当然だがこっちの時間軸では、そんなことにはなっていない。
けれども、
「……そんで、親父が用意した【人形化】が、なんでパンデミックへの対策になるんだ?」
「それは【人形化】の本質が、ある意味で人類の生存に特化していたからさ」
春秋さんが結月を、そしてソフィアを見て、目尻を細めて口を開く。
「【人形化】で人が人形になるのは、開発した魔術師の欲望に由来する過程であって、重要視するべき本質はそこではない。この魔術を正しく呼称するなら────【半永久的肉体不死化魔術】だ」
「半永久的……お前そういうヤツだったの?」
『えっ、いや、なにそれ知らん……こわ……』
真冬が結月を見ると、彼女は自分のことを物々しく言われて静かに引いている。
すると、肩に座って考え込んでいたソフィアが思い出したように言った。
『──お父さんは、私のことを老いず死なず変わらない、完璧な人形だと言っていた。それに加えて私たちは眠ったり食べたりできて、魔力を燃料に活動できる。そう考えれば、理解はできるかな』
「……あー、そういや、与一たちの方でも何が起きたのかとか聞いてもいい?」
「そうだった。春秋さんが話を続ける前に、ちょっと情報共有してもいいですかね」
「お好きなように」
ちら、と春秋さんを見ると、そう言いながら電気ケトルに新しく水を入れ直している。完全に話に聴き入る気満々だなこの人……
──ともあれ、こちらが展覧会で何をしてきたか、円花さんが現れたこと、ジョセフのやってきたこと、ソフィアの記憶など。
可能な限り全部の説明を終わらせると、真冬たちは情報を処理するような渋い顔をしつつ、そういえばとこちらの顔を見てくる。
「なあ、与一。どうやって、さっきのビルにあたしらが居るって分かったの」
「え。真冬のスマホに見守りGPSアプリが入ってるから、円花さんに頼んでその座標に【門】で飛ばしてもらった。お陰で貸し1だよ」
「お前今なんつった???」
真冬が即座にスマホを取り出して、アプリを纏めているフォルダをスクロールしていく。
「あっ、フォルダの一番下に隠されてる!?」
『こ、姑息……!』
「でもそれで助かったんだからいいじゃん」
「よ…………くはないが?」
一瞬『まあ、確かに?』みたいな顔をするが、冷静に返される。それでも一応はGPSのお陰でもあるためか、頭を振って話を戻した。
「はぁ……そんで、【人形化】がパンデミックにおける最終手段なのは分かったけど、なんでそれが親父の手元に無かったのよ」
真冬の問いに、2杯目どころか3杯目に突入した春秋さんがお湯を注ぎながら返す。
「元々の予定では、過去に飛んだ私が何らかの端末を手に入れた後に、未来から魔術データを送ってもらうつもりだったんだよ。電波塔を利用して術式を世界に拡散させるつもりだったからね」
パックを揺らして抽出させながら口を開く春秋さん。テキパキとティースプーンで砂糖を入れて、緩くかき混ぜてから更に言う。
「なのにいつまで経っても送られてこないから、データの転送は失敗したと仮定して……一昨年くらいにジョセフに会ったわけだ。──実際は、きちんと送られてきていたみたいなのだがね」
「三枝早苗さん……結月を人形にした女性の元に送られていたわけですが、どうしてこんな──ズレが発生したんでしょうか?」
そう、問題点は
そもそも、自分が使うために送るつもりだったデータであるはずなのに、早苗さんの元に送られたメッセージには『これは君の望みを叶える力だ』と書かれていたのはどう考えてもおかしい。
──望みを叶える。それは他人を煽る、しかし対象は幅広い、誰にでも当て嵌まる文言だ。これは、もしかしたら…………
「ズレ……いや、
「──未来側で誰かが裏切った」
春秋さんは、こちらの結論にこくりと頷く。
「やり方自体は簡単だ、データの送り先を、『私の近くの端末』ではなく、『別の人物の近くの端末』に変更すればいい。しかし、未来側と過去側で魔力の波長が一致していないといけない」
「じゃあ────ああ、そうか。【人形化】の魔術で悪さがしたいなら、
それならば、例え誰の端末にメールが届こうが、『生き人形のソフィア』が居る以上そこには何らかの思惑が渦巻いている。
魔術データが届く相手は、とにかく春秋さんでさえなければ誰でもよかったのだろう。
「だが……犯人はソフィア・エリンドールではないな。彼女に私を裏切る理由自体が無い。──とすると、消去法でヤツしか居ないか」
「ヤツ?」
「当時、私とソフィアとつるんでいた元教会所属のシスターだ。ヤツも魔術師で、普通とは呼べなかったが……いや、これは別の機会に話そう」
「さいですか」
そう言って会話を一度区切る春秋さん。まあ、深くは追求するまい。
シスター
「しかし……例の女性が人形化させたのが結月クンだけで良かったと言えるね」
「全く良くはねぇよ」
何言ってんだこいつはとばかりにジトッとした目を向ける真冬。それでも春秋さんは、さも当然であるかのように発言した。
「【人形化】は
「そりゃあまあ、確かに。当時は精神を擦り減らしていたとはいえ、相手を選ぶ思考があったのは逆に運が良かったと言える────」
…………今なにか、極めて重要なことを言わなかったか。それに気づいたのか、真冬ともども眉を顰める結月もまた、春秋さんに言う。
『──ん? ごめんもう一回言ってくんない?』
「【人形化】は解除不可能だからね。もし誰彼構わ『ストォオオオップ!!』なんだい」
『【人形化】は、解除、不可能?』
一言ずつ区切り、丁寧に確認する。さしもの春秋さんでも、情報の差に冷や汗を滲ませていた。
「そうだが。……まて、まさかとは思うが、キミたちは完成型の【人形化】のデータを持っていながら、それすら知らないのか?」
「それ知ってたら俺たちの対応はもう少し慎重になってましたよ」
『さ・き・に・い・え! 先に言え──っ!!』
果たして結月のドロップキックが側頭部に、真冬の無言の肘が脇腹に突き刺さるのは、ほとんど同時だった──とだけ言っておこう。
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