とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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有栖川■■の選択 4/6

 結月と真冬にドスドスと蹴られ殴られの暴行を加えられている春秋さんだが、特に助けるつもりもないためスルーして質問を続行する。

 

「春秋さん、さっき()()()パンデミックって言いましたよね」

「そう゛、そうだう゛っ、う゛っ、質問にう゛っ返せう゛っないからちょっとう゛、真冬と結月クンは少し待っう゛っ」

 

 両サイドから脇腹を攻撃されている春秋さんが待つように懇願し、二人も渋々といった様子で仕方ないとばかりに攻撃を止めた。

 

『凶暴なんだから……』

「いやあ、場合によっては俺も手が出てたよ」

 

 ソフィアの呟きに呆れ顔で返す。それから春秋さんが解放されて、脇腹をさすりながらこちらに向き直って改めて口を開く。

 

「我が娘ながら恐ろしいものだ。──それで、なんだったか……そう、パンデミックの件だな」

「はい。俺や父さんの時の件が最初なら、これから更に起きるんでしょう? それは一体いつ、どこで、何回起きるんですか?」

「合わせて3回だね。最初のパンデミックは13年前のあの日、そして2度目はそこから約十数年後、3度目は2度目から約60年後だ」

「一気に間が空きますね……」

 

 合計で……86〜7年ちょいか? というか、最初があの日で、そこから十数年後に2度目ってことは、そろそろ起きるということになるが……

 

「まあ、お察しだろう。与一クン、我々は、これから起きる2度目のパンデミック──この時間軸では1度目となる、人の手によるウイルスの拡散を止めねばならない。……ああ、3()度目は起きないから安心していいよ、これは断言できる」

「はあ、それはまたどうし────」

 

 と、そこで。今の今まで頭の片隅に寄せられていた、あの会議室に転がっていた死体を思い出す。真冬と春秋さんの情報を総合すれば、あれは同じ系統の──すなわち細菌・ウイルス研究者だ。

 

 ──春秋さんは、()()()()()()()()? 

 

 春秋さんは真冬の父親だ。理由はどうあれ、この人が私利私欲で人を害することはない。……こればかりは主観が入るが。

 ……とにかく、疑問に思うべきは『なぜ春秋さんは殺したのか』ではなく『春秋さんが殺したのは何者なのか』だろう。

 

 これが次のパンデミックを引き起こす連中だったとして、では春秋さんは前述のように次が来ると警戒するか。いや、違う。

 3()度目は起きないと断言したということと、先程の死体になった研究者たち。

 

「……あー、あー……」

「…………。なるほど」

『はぁ、そういうことね』

『? どーゆーこと?』

 

 これらを組み合わせて考えるに、導き出される答えは一つだ。ピンときていない結月は無視して、その答えを春秋さんに投げかけた。

 

「春秋さんがさっき殺した人たちは、あなたが来た時間軸で3度目のパンデミックを引き起こした連中の、祖父母に当たるんでしょう?」

 

 確信に近い疑問。その問いかけに、春秋さんは。「良く出来ました」とでも言わんばかりに、ただ拍手を返すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──時間も経過し夜。この時間軸で活動する際に用意していた複数あるアジト代わりのビルから離れ、我々三人と2体は。

 

「……っだぁ〜〜〜、生き返る…………」

『桶風呂さいこぉ〜う』

『事務所の浴室とは、また違うわね……』

 

 そう、銭湯にやって来たのだ。カエルがプリントされた桶にお湯を入れたモノ──ちゃんと洗ったよ──が2つ湯船にプカプカ浮いており、その中では小さい服を脱いだ小さい体の生き人形2体が寛いでいる。

 

 ……何度見ても思うけど、やはり生き人形と呼ばれるだけあって、ボディはツルツルなんだなぁ。

 

「風呂は魂の洗濯とはよく言ったものだね、ここ数週間の疲れが取れていくよ」

「それは……いいんだけどさぁ」

 

 と、声がする方に意識を向ける。そこには銭湯の同じ湯船に浸かる、真冬と春秋さんの姿が。

 ここ、男湯なんだけど……という疑問の答えは、【人払い】とだけ言っておけば通じるだろう。

 

 まあ、幼馴染やその親御さんと一緒に風呂に入る絵面はそれなりにヤバいかな。

 でも春秋さんも千夏さんも親代りだったし、真冬は真冬でこの子が小学校卒業する前くらいまでは一緒に入ってた事あるし。

 

「……あたしらまで男湯(こっち)に入る必要ある?」

「性別で分けたら与一クンが一人になってしまうじゃないか。それは……可哀想だろう」

「親父は男湯でいいだろ──いや駄目か、体は母さんだし。いや、ううん……?」

「その話題は危ういからやめようか」

 

 それぞれ長い黒髪と薄い金髪(プラチナブロンド)をタオルで上に纏めている二人。真冬は春秋さんを()()()扱いするべきかと首を傾げるが、今の問題はそこではない。

 

 というか、こういう風呂系の話題を突き詰めると『事務所で人形と一緒に風呂に入ることもある22歳成人男性』に飛び火するんだよ……! 

 

「──で、纏めると……春秋さんが【人形化】を持ち込もうとしたのはパンデミックを回避できなかった時に人類を守るための最終手段。最初のパンデミックを防ぎ、最後のパンデミックが起きる原因を取り除いたが、2度目の……()()()()()()()()()()()()()パンデミックを起こそうとしている連中が居る、と」

「そういうことだ。そいつらは、研究を悪事に使うつもりの典型的な奴らでね、元軍人を傭兵にしてまで私たちが居た研究所からウイルスを強奪した。私が千夏と精神交換をしたのはその時だね」

 

 両腕を上にぐぐーっと伸ばし、背中を壁際に預けてゆったりと肩まで浸かる春秋さんを見て、真冬は決心したように聞いた。

 

「……何が、あったの」

「──襲撃だよ。内通者の所為でスムーズに侵入され、最奥に厳重に保管されていたウイルスのケースを持っていかれた。私もなんとか、裏切った研究者と襲いかかってきた傭兵を何人か仕留めたのだけれど……流石にマシンガンで撃たれては、ねぇ」

『なんて?????』

 

 手を伸ばしてパチャパチャとお湯を叩き、オールで漕ぐように湯船(おけ)を回して遊んでいた結月が素っ頓狂な声で返す。

 

『……春秋さんって、真冬のお母さんと精神を交換したんでしょ? そもそもそれってどうやんの?』

 

 結月からの当然の疑問。一応、()()()()技術や道具が実在することは知っているけど、ここは春秋さんに言わせよう。

 

「私が未来から持ち込んだのは、元の時間軸でパンデミックを鎮めたワクチンの余りと、とある種族が使う精神交換装置だね」

『なぁんか読んで字の如くって感じ』

「まさにその通り。精神交換装置は、使用者と対象の精神を入れ替えることができる。……弁明させてもらうが、瀕死の私が千夏と入れ替わったんじゃない。千夏が私を救うために、私の荷物から持ってきた装置で瀕死の体と自分の体を交換してきたんだ」

 

 春秋さんはそう言いながら、自身の──千夏さんの手を伸ばしてぼんやりと眺める。

 真冬もまた、湯船の中で三角座りで膝を抱えると、額を膝に押し当てて言った。

 

「親父はさ、なんでこの時代に来たの」

「……最初は、好奇心だった。私の方の時間軸でワクチンを作り、半数が死滅した人類を感染から救った英雄に、技術的に会いに行けるからと」

 

 ……精神交換装置に、時間移動の装置。春秋さんの裏には、恐らくというか確実にイス人の影がある。まあそれはさておき、彼……彼女……彼? は、真冬の頭にそっと手のひらを乗せて続ける。

 

「恥ずかしい話だが、私は……千夏に惚れ込んでしまったんだ。単なる過去改変の為に関わった千夏と結ばれて、けれども……私は結果として、彼女の幼馴染とその妻を、息子を見殺しにする選択をした」

 

 ちら、とこちらを見る春秋さんの、心底申し訳無さそうな表情を見る。

 こちらとしても、未来人が居ながら事件が起きたことを考えると、察するものがあった。

 

「…………それは、『自分の知っている最初のパンデミック』を起こさないといけないから。事前に俺たちが旅行に行くことを止めたりすることで、万が一にも知り得ない事態が発生したら、対応できない可能性があるから……ってことですよね」

「────。すまない」

「……もう、終わったことですから」

 

 ……なんというか、千夏さんの顔で謝られるのはむず痒い。それに、終わったモノは変えようがない、うだうだと文句をいう事自体がナンセンスだ。

 

 ──もし、仮に。ここから時間を遡るなりで父さんや母さん、千夏さんが生きている改変に成功したとしよう。結局それは、彼らが『この時間軸』から分岐して違う人生を歩むことにしかならない。

 

 でも、まあ。生き返らせる方法があるとしたら、きっと悩みながらも、その方法が邪法だとしても……最終的には手を伸ばしてしまうかもしれない。だって、会えるなら、会いたいじゃないか。

 

「…………与一」

「ん?」

「……んー」

 

 などと思案していると、真冬がちゃぷっと水を波打たせて近づいてくる。

 そのまま肩と肩が触れ合う距離まで寄ってくる彼女の雰囲気は、えらく弱々しい。

 

「情報が多すぎたし、考えることも多すぎるもんな。疲れちゃった?」

「んー」

 

 うん。真冬が「んー」しか言わなくなったら限界の合図だ。春秋さんもそれを理解してか、苦笑して肩を竦めながらリラックスした姿勢に移る。

 

「ところで、例のウイルスは何時、何処で使われる予定なんですかね」

「ウイルスのケースとそれを奪った元軍人どもは、イギリスに散布するつもりなのに、【門】でイギリスの研究所から日本に移った」

 

 ──何故だかわかるかい? 言外にそう問われて、逡巡の後に言葉を返す。

 

「……日本からイギリスに行く便を利用して、空中からまき散らす……とか?」

「最悪なことに、花丸満点の回答だ」

「わーいやったー、本当に最悪」

 

 話を聞くに、ケースに収納していたウイルス研究の一員が春秋さんだったらしく。

 千夏さんと精神を入れ替えて逃げ延びたあと、ケースに仕込んでいたGPSの座標がいきなりイギリス国内から日本に移動したことから、【門】を用いた長距離移動とその計画を理解したそうだ。

 

「向こうの計画がどうかはわからないが、GPSが動けばそれを合図にこちらも動く。あとは……臨機応変に、というやつだね」

「敵は、直接空港に飛ぼうとはしなかったんですかね。【門】を作れるだけの実力があるなら、なんらかの魔術でウイルスのケースを偽装してさっさと飛行機に乗れば手を出せないのに」

「恐らくだが、【門】は壁などに固定しないと作れず、魔力も多量に消費するのだろう」

 

 ああ……事前に指定した座標にしか飛べないタイプか。どこからでも飛べない時点でなぁ……いや、円花さんや丞久先輩が特殊なだけか。

 

「ま、考えすぎても仕方ないか」

「そろそろ上がるかい?」

「そうですねぇ、あんまり長居して【人払い】を掛けっぱなしなのも悪いですし。ほら真冬、寝たら溺れちゃうから起きなさい」

「んー」

 

 いつの間にやらうつらうつらとしている真冬を起こし、風呂を出て体を乾かす。

 

 

 すると、春秋さんの元にソフィアがふよふよと飛んでいって声をかけた。

 

『春秋さん』

「……なんだい」

『聞きそびれていたのだけれど、未来の私って、どんな人間だったのかしら』

「…………。ああ、まあ、そうだね」

 

 なぜだか、春秋さんの表情が気まずそうに歪む。まるで言ってもいいのだろうかと悩んでいるような顔は、やがて真顔に戻る。

 

「未来のソフィア・エリンドールは……何と言うべきかな、そう……今のキミの500倍はネガティブだった、というのかな」

『……え、それは、どうして?』

「考えてもみたまえ、私が居た時間軸では、13年前の火事で敵性魔術師と両親もろとも与一クンは死んでいる。過去に私が来ていないから千夏は誰とも結婚せず、真冬が産まれてくることもない」

『おまけにパンデミックで私も死んでるだろうから、そっか。ここにいる五人中四人は本来ここには居ないはずなんだ』

 

 珍しく結月の頭が回り、どうして未来のソフィアがネガティブなのかという理由にも察しが付く。──未来のこの子は、孤独だったのだ。

 

「最初のパンデミックのあと、ジョセフ・エリンドールは娘を感染から逃れさせるために不完全な【人形化】を使った。それで難を逃れる事はできたが、本人曰く、地獄の始まり……だそうだ」

 

 こっちの時間軸では、病気のソフィアを助けるためだったけど……そういう風に分岐するのか。

 

「感染で両親は死に、与一クンのような理解者は居ない。100年近く孤独に彷徨い続け、人が死んでいく光景を見ていることしかできない。辛いなんてものじゃない、いつしか彼女は、ある考えに支配された」

「それは?」

 

 こちらの相槌に、春秋さんは返す。

 

「ただシンプルな自殺願望(終わりたい)。私と出会うまでの彼女の旅は、自殺の道具を探す旅でもあったんだ。ファーストコンタクトも……凄まじかったよ」

『そ、そんなに……』

「未来のキミと出会ったのは、物資を探しに出ていたとある町でのことなのだが────」

 

 言い淀む春秋さんが、こちらの顔をそれぞれ一瞥し、最後にソフィアに向き直ると。

 

 

 

 

 

「人の気配がしないからと開けた扉の先で、【浮遊】で操作した散弾銃を自分に向けていて、躊躇いなく引き金を引いてその体を木っ端微塵に吹き飛ばす人形を見た時は、流石に正気が削れたものだよ」

 

 ──そんな事を言って、遠い目をしていた。

 うん、まあ……でしょうね……!




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