とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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有栖川■■の選択 5/6

 ■■■(ジョン・ドゥ)の眼前で、テーブルの上に浮いている散弾銃。その銃口に腹を押し当てるようにしがみついている人形(ドール)()()()と指を曲げる。

 すると、その動きに合わせて誰も触れていない引き金が独りでに動き、カチリと音を立てた後──銃の設計通りに弾丸は発砲された。

 

 

 ────ドガァン!! という轟音。

 

 

【人形をショットガンで撃ったらどうなるか?】という質問があったとして、100人が答えるであろう予想の通りに、その人形は散弾銃特有の無数の小粒に引き裂かれるようにして吹き飛ぶ。

 

 人形の破片が壁際まで飛び、反作用で散弾銃も真逆の方向にすっ飛んでいき、一瞬で静寂が訪れると、■■■は警戒しながら人形に近づく。

 

『なん、なんだ、これは……』

 

 胴体が散弾に千切られ、おまけに上半身も下半身もズタズタ。服の下に覗くそれは木材のようで、しかしプラスチックとも陶器とも思える。

 そんな、どこか生々しいそれは────間違いなく()()()()()()()()だった。

 

『人形、いや……人間……? なんらかの魔術……どういう性質なんだ────』

 

 そこまで呟いて、眼前の異変に気づく。バラバラになった人形が、突如としてガタガタと動き、周囲に散らばった破片が動いたかと思えば、映像を逆再生させるかのように体に戻り始めたのだ。

 

『…………こんな、魔術が……!?』

 

 破損した部位の修復。遠くに飛び散って回収できないパーツは、時間をかけて魔力を元に再構成。そうやって衣服すらも修復した人形は、■■■に見下される先で完全に元通りとなって目を覚ます。

 

 パチリとまぶたを開き、人形らしいクリクリとした瞳で■■■を見上げる。

 人形は特に反応するでもなく、自身の体をふわりと浮かせてテーブルの上に着地すると、重苦しいため息をついて口を開いた。

 

『やっぱりダメね。何をやっても()()()()。原点回帰で敢えて銃殺を選んだけど……対戦車ライフルでも無理なんだからアプローチを変えるべきかしら。威力を上げる? どこかの軍事基地に無事な大型銃器でも残っているといいのだけれど』

『……ちょっといいか』

『なに? 悪いけどこの100年で驚かれ慣れてるから、バケモノ呼ばわり以外のバリエーションで反応してもらえるかしら』

 

 心底面倒くさそうに、吐き捨てるようにそう言うと、人形は■■■に振り返る。

 

 ──どうせこの男も。

 

 代わり映えのない自殺の旅で擦り減った精神が、そんな諦めと失望を抱かせていた。故にこそ。

 

『キミの体を、その魔術を解析させてほしい』

『…………はい?』

 

 予想の斜め上の返答に、鉄面皮が崩れた。

 

『キミの状態と言動から察するに、その魔術の本質は【肉体の変質とそれに伴う不死性の付与】だ。だが元に戻れないということは……便宜上【人形化】と呼ぶが、この魔術は不完全ということだろう』

『そ、そう、ね?』

『なら話は簡単だ。完成させればいい。そうすれば、自ずと解除の方法もわかるかもしれない』

 

 膝立ちの姿勢から立ち上がり、人形と目線を合わせる■■■の言葉に、彼女は呆れ気味に返す。

 

『かもしれない、ね。そこで断言してこないだけ、まだ及第点かしら』

『未知を前に断言など、そこまで愚かではないさ。……それで、どうだい』

 

 ■■■がおもむろに手を差し出し、口許を緩めて人形に言葉を投げかける。

 

『私の計画に、付き合ってはもらえないだろうか。キミの魔術は、その体は、必ず必要になる』

『……あら、私の体が目当てだなんて、ずいぶんと都合のいい誘い文句じゃない』

 

 人形はくすりと笑う。バカ正直にストレートな言葉は、しかしこの100年で初めて聞いた言葉で。

 

『けれど、そうね。悪くはないわ』

 

 ──とどのつまり。果たしてそのアプローチは、見事に心に突き刺さ(クリティカルだ)った。

 

『私はソフィア・エリンドール。貴方は?』

『ジョンだ、ジョン・ドゥ』

『実質名乗っていないじゃない……』

 

 ──結果として、この出会いで、ソフィア・エリンドールは救われていた。長年続く孤独に耐えきれず、終わりたいがゆえに自身を破壊する方法を求めていた彼女にとって、自分の隣を歩いてくれる人がいるという事実は、充分に心を暖めている。

 

 だから。

 

 ──だから。

 

 未来のソフィア・エリンドールは気づかない。■■■(ジョン・ドゥ)に、自身がどんな感情を抱いているかを。

 彼女は気づけない。彼が過去の研究者────有栖川千夏(ほかのおんな)にしか興味が無いという事実が、どれだけストレスであったかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガタンゴトンと体が揺れる。

 翌日の午後、我々三人と2体は、ターゲットが乗り込むと予想される電車に乗っていた。

 

「──つまり、魔術というのは『複数の歯車を上手く回す』ようなものというわけだ」

「なるほど。術式の組み合わせ……いや、噛み合わせってわけか」

「そう。だが、それでも再現不可能の魔術もあるんだ。与一クンの()()()や、千夏の空間置換(いれかわり)がいい例だね。言うなれば量産品ではなくオーダーメイドの歯車を使っているようなものだ」

「魔術って遺伝すんのかな」

「するとも。つまり、千夏の固有能力である空間置換は、真冬も使えるはずだ」

「はぇ〜〜……」

 

 ボックス席で隣に真冬が座り、対面に白衣の春秋さんが座って彼女に魔術講釈を語っている。

 テーブルでは結月とソフィアが【浮遊】でトランプを浮かせてポーカーに興じていた。

 

「……与一、お前、なんで【召喚(コール)】にトランプまでマーキングしてあんのよ」

「確か……ちゃんと使えるか試す時に手元にあったから? だったかな? でも今役立ってるし」

全賭け(オールイン)。ストレートフラッシュ』

『私の飴ちゃん全部持ってかれた──!?』

 

 テーブルの上でソフィアの側に浮遊するカードが反転し、同じマークの数字が45678と連続している。結月のカードはただのフルハウスで、勝敗は決し、賭け金代わりの飴が入れ物の缶ごと取られた。

 

 2戦目が始まったのを横目に、こちらも気になったことを春秋さんに問いかける。

 

「──ところで、聞き流しそうになってましたけど、あの入れ替わり……空間置換の魔術って、千夏さんの固有能力だったんですね」

「ああ。私も龍一も悠花も知っていたが、この能力は汎用性が高くて良いものだ」

「固有能力の特殊な魔術に、未来では万能ワクチンまで開発……か。母さんも大概バケモンだな」

 

 感嘆と呆れの混ざった複雑そうな感情を、ため息とともに吐き出す真冬。

 ──そう、万能ワクチン。それこそが、春秋さんの居た時間軸の世界を救った千夏さんの、あまりにも偉大過ぎる功績だったのだ。

 

 万能ワクチン……未来で【アリスワクチン】と呼ばれていたそれは、春秋さんの語る膨大な専門用語を解読して簡潔に言えば、要するに『変異した細菌・ウイルスに合わせてこちらも変異できる魔術的対感染用解毒薬』……ということになるらしい。

 

 こっちの時間軸に、そのアリスワクチンの余りを持ってきた春秋さんは、例の旅館で起きる最初のパンデミックの原因となる土地の中の変異細菌を浄化するためにあの日あの場に現れたのだとか。

 

 幼い桐山与一(おれ)を助けてしまったのは、子供を見殺しにする良心の呵責か、真冬の幼馴染を死なせるのは教育に悪影響だと判断したからか、はたまた。

 

 

 ────。ん? 

 

「魔術的……?」

「どうかしたのかい、与一クン」

「いや、そうだよ。……春秋さん」

「なんだい?」

「そっちの時間軸の連盟組織は、どうしてパンデミックを食い止められなかったんですか」

 

 そうだ。この世界には、少なくとも日本には、軍と警察と魔術師が作った世界の平和維持と魔術・神格の隠蔽を目論む、悪の組織みたいな立ち位置の正義の味方が存在している。それは未来でも同じはず。

 

 で、あるならば。こんなわかりやすい世界の危機に、対応しないわけがないのだ。

 

「連盟組織、か」

「居た……はずですよね?」

「ああ、居たよ。愚かにも、土壇場まで正体を明かすべきかで悩み、初手の対応で3手も4手も遅れた所為で壊滅した度し難い組織ならね」

「えぇ……」

 

 あの組織、そんな無能ではないはずなんだけど…………いやでも、もしかして。

 

「春秋さん、明暗丞久とか春夏秋冬円花って名前の人、()()()()()()()()?」

「いいや。だが話の流れから察するに、それらの人物は連盟組織の重要人物なのかね」

「重要人物というか、危険人物というか……なるほどね、そっちの時間軸の連盟組織には、この二人が居なかったんでしょう」

 

 ──つまり丞久先輩や円花さん、恐らく秋山さんなんかも居ない連盟組織は、隠蔽体質なんぼのもんじゃいな思考回路の暴れ馬を相手にすることがないため、アドリブで対応するのが苦手なのだろう。

 

 そう考えると、こちらの世界はかなり運がいいのかもしれない。……などと考えていると、春秋さんが懐から携帯を取り出した。

 

「……よし、予定通り、やつらはこの電車の最後列に乗り込んだみたいだ」

「【門】での移動先から空港までの間で確実に使うであろう電車に先んじて乗り込み、来たら到着までに車内で決着をつける……と」

「作戦としては雑だな」

「いつものことだよ」

 

 作戦名:わーっと行ってがーっと倒す、は魔術師の最も得意とする戦法だからな……

 それに、こちらが丁寧に作戦を練り準備を整える時間を、向こうが用意してくれるなどという甘えは最初に捨てるべきだ。

 臨機応変に対処(行き当たりばったり)が前提で、作戦通りに上手くいくほうが珍しいのである。

 

「じゃ、行きますか」

 

 

 

 ボックス席の廊下側に座っていたため、真っ先に立ち上がり後部車両に向かうために扉へと向かう。こちらは10両編成の前の方に居たため、最後列まで向かうのは地味に面倒くさいが仕方ない。

 

 ガラガラと車両を隔てる扉を開けては、三人でズンズン歩いていく。結月とソフィアは当然だけどコートの裏に隠し、やがて8両目の奥──9両目の手前まで歩いたとき、ふと体に違和感を覚える。

 

「魔術か。……【人払い】かな」

「さて、ケースは10両目の一番奥だが……敵も多いだろう。人の気配がかなりある」

「親父の空間置換であたしと親父を奥に飛ばして、与一は手前の敵の相手、ってのはどうだ」

「手分けする必要あるか? 俺たちで手前から順に片づければいいじゃないか」

 

 わざわざ手分けしようと判断する真冬に返すと、首を横に振ってから続けた。

 

「逆だ。手前……10両目にとっては奥であるこっちで戦闘が始まれば、敵は研究者(おやじ)がウイルスを取り返しに来たことに気づく」

「……最悪の場合、『仕方ないウイルスをばら撒こう』と判断しかねないってことか」

 

 真冬は頷く。そう考えると、確かに二手に分かれるのは悪くない手だろう。

 

「ケースはウイルスを入れているだけあって頑丈だけれど、銃弾を何発も受け止めたり爆発でも壊れないというわけじゃない。スピード勝負だ、最悪の場合わざとパスワードを間違えて内部消毒させる」

手前(9両目)を俺が、(10両目)を春秋さんと真冬が同時に急襲……時間もないしこれで行きますよ」

「ああ。さあ行こう、私の愛した千夏が──彼女が愛したこの世界を、滅ぼさせやしない」

 

 そう言って穏やかな笑みを浮かべながら、空間置換のための魔力を溢れさせる春秋さん。

 彼の顔を見てどうしようもない不安に駆られてしまうのは、勘違いなどではない。

 

「帰ったらさ、空間置換の魔術の使い方、教えてくれよ。……親父」

「…………。ああ、もちろん」

 

 春秋さんは、ここで死ぬのだと覚悟している。

 

 

 

 

 

 

 

 ──【人払い】により干渉されない、という虚を突くようにして、唐突に8両目とを隔てる扉がガラリと勢いよく開け放たれる。

 

「ソフィアと結月も二人についていけ、ここは俺一人だけでいい!」

 

 与一の懐から出てきたソフィアと真冬のリュックの中から出てきた結月が、彼女の肩にしがみつき、それを合図に春秋が魔術を起動。

 真冬と春秋の視界が一瞬にして車内を見通せる場所から、10両目に繋がる扉の眼前へと移動。それに伴い体までもが移動し────

 

「おごぁ!?」

「がっ!?」

 

 背後で与一に、二人が立っていた場所と入れ替わりで立たされた敵二人が殴り飛ばされる音を聞き流して、素早く移動する。

 後ろから聞こえてくる鈍い打撃音を抑えるように扉を閉めて中へと躍り出ると、二人の前には、先程よりも少なく──しかし先程よりも明確に()()と肌で感じ取れるような男達が立っていた。

 

「──ッシ、やるか」

「空間置換は都度ベストだと判断したタイミングで行う。雰囲気(フィーリング)で理解したまえ」

「りょ。結月、ソフィア、()()()()

『よーしやったるぞい』

『任せてちょうだい』

 

 それぞれが肩にしがみつきながら、真冬を対象に魔術を行使する。

 淡い光が生き人形から真冬へと移り、続けて真冬自身も魔術を行使し、彼女の威圧感が増す。

 

「……行くぞっ!」

「っ──ぁご!?」

 

 一番近くにいた男が、反射的に手元の銃器を構えようと持ち上げた────瞬間、それよりも速く、男の顔面に膝が叩き込まれる。

 

「我が娘ながら暴れ馬だな」

 

 そう言って春秋もまた空間置換を起動。男に膝蹴りを叩き込んだ真冬と別の男を、真冬を狙って発砲しようとした瞬間に入れ替える。

 

「やめっ……!」

 

 果たして、その弾丸はダダダッと断続的な破裂音と共に入れ替わられた男に突き刺さり、不運にも防弾ベストの隙間と首に当たって、膝蹴りされた男ともども血を噴き出しながら床に落ちる。

 

「! 下手に撃つな!」

「それでいい。だが、悪手だな」

「『得意を押し付ける』……魔術師以前に戦い方の基本にして応用だ」

 

 その声は、発砲した男の横から聞こえてくる。咄嗟に振り返る前に側頭部に握り拳が当たり、おおよそ少女に殴られたとは思えない威力で男は窓ガラスにぶつかり鈍痛とともに意識を落とした。

 

「見た目より力強くて驚いたか?」

 

 ──現在、真冬の体は結月とソフィアが使う【浮遊】により自重が軽くなっている。

 なぜそんなことが出来ているかと言われれば、それは単純な理由であった。

 

【浮遊】は小物以外を持ち上げようとすれば、負荷と魔力消費が過剰に増す。

 しかしその問題は、『()()()()()()()()くらいならそこまで負荷にならないのでは?』と、魔術素人の真冬のあっけらかんとした提案で解決したのだ。

 

 そこに持ち前の身体能力と思考能力を加え、自重と共に軽くなる打撃力を【強化】で補えば。

 

「く、そっ、(はえ)ぇ!?」

「なんだ、このっ──づぁ」

 

 ──電車の中という閉鎖空間すら、真冬にとっては障害にもならない。

 吊り革を掴み、体を持ち上げ、頭上から踵を頭頂部に蹴り入れ、空中で体を捻りつま先を隣のもう一人のこめかみにめり込ませる。

 

「死っ、ねぇ!」

「────親父」

「ハイ残念」

 

 

 パン、という拍手の音。

 

 

 着地の瞬間に生まれる隙を突いて振り抜かれた軍用の大型ナイフは、しかして空振る。

 ──真冬と位置が逆転し、強制的に背中合わせとなったことで避けられたのだ。

 

「ッ、どっせい」

「ぐっ……!」

 

 果たして真冬のソバットが背中に突き刺さり、残りの男も床に倒れ伏す。その場に立っているのは、真冬と春秋のみとなった。

 

 

 

「……これでおしまいか?」

「さて、ね。だが増援が来ないとも限らない、早くケースを確保しよう」

『…………ケースってさあ、アレ?』

『ケースというより、棺桶、かしら』

 

 結月とソフィアが肩から離れ、列車内に浮遊しながら10両目(このば)の奥へと視線を向ける。

 そこには真冬の背丈よりは小さく、千夏(はるあき)の背丈よりは大きい、棺桶もかくやと言わんばかりの長方形が鎮座していた。

 

「えっなに、ウイルスってもしかして物理的にデカかったりすんの?」

「そんなわけないだろう……保管する為にと厳重にし過ぎただけさ」

 

 苦笑しながらも、春秋が巨大なケースへと一歩足を進める。そこでふと、頭に何かが引っかかった。

 

「真冬、結月クン、ソフィア」

「あん?」

「敵の中に、スキンヘッドの外国人は混じっていなかったかい?」

「居なかったと思うけど」

『え、いや、わからん』

『少なくとも、私は見ていないわね』

「────」

 

 思考が危険信号を訴える。なぜならこの場には、自身に致命傷を負わせ、このウイルス入りケースを強奪した元軍人の男()()が居ないのだから。

 

「全員警戒し──」

 

 ──刹那、ピンッという何かを引き抜く音の直後に、棺桶(ケース)の裏からボールのようなものがひょいっと軽く()()()()()()

 

 真冬も春秋も卓越した視力を持ち、そしてその投げ込まれた物体を的確に捉える。

 濃い緑の、楕円の物体。勘違いでなければ、それは間違いなく手榴弾だった。

 

「窓開けろ結月ぃぃぃぃ!!!」

 

 1秒以下の思考速度で、意識するよりも速く文字通り言葉が口を衝いて出た。

【浮遊】の応用でサイコキネシスめいた挙動をし、結月とソフィアの2体掛かりで真冬の真横の窓をスライドさせ開け放つと。

 

「親父!!」

「────なるほど」

 

 同時に既に行動を起こしていた真冬が、リュックからペットボトルを取り出していた。

 そしてそれを窓の外に全力で投擲すると、春秋もまた、そのペットボトルと空中を舞う手榴弾を同時に捉え、空間置換を起動する。

 

「っ……ぶねぇ」

 

 果たして一拍の間を置いて、窓の外でボンッ! と爆発音が奏でられ、コトンと床にはペットボトルが落ちて転がっている。

 突然投げ込まれた手榴弾、そしてその対処をし、ほんの一瞬だけ緊張が──集中が途切れた。

 

 けれども唯一、真冬だけが。ケースの裏から素早く飛び出してきた人影を、その手の拳銃(リボルバー)を見る。

 

「────おや」

 

 じ、と言い切る前に、体は動く。とんっと軽やかに、真冬の手は春秋の肩を押す。

 直後にドバンと重く低い爆発音、真冬が春秋を押すのに伸ばした右腕──厳密には右肩に衝撃が走ったかと思えば、遅れて激痛が走る。

 

「あ、が」

 

 ドバン、ドバン。2発の銃声が続けて響き、真冬の両サイドを掠め、バキャッと硬いものが砕ける音が耳に届いてから両足が膝をつく。

 

「真冬…………」

「選べ」

 

 そして春秋の耳にも、声が届く。それは、飛び出した人影が発した声で。その人物こそが、つい先程警戒しようとしていた男で。

 

「お前か、娘かだ」

 

 ──男が銃口を向けた先に居たのは、肩を撃たれた真冬だった。

 

 

 

 

 

 

 

 真冬の視界がズレる。それは、膝をついたからではなく、入れ替わったから。

 

「──ばっ、か、やろ……!」

 

 激痛に耐えながら、真冬は隣を見る。ほんの一瞬前まで自身が立っていた場所には、白衣の一部を赤く染める女性(おとこ)が立っていて。

 

「かっ、は、ぁ、ひゅ、ぅ……う」

 

 腹と脇腹と左肩に穴を空け、力なく受け身も取れず、背中から倒れる春秋は、吹けば消える命の灯火を辛うじて繋いでいるだけだった。




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