とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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有栖川■■の選択 6/6

『あーりゃりゃ、ハルぅ、とうとうやらかしちゃったみたいだねぇ』

 

 壁に背中を預け、床に座り込む春秋に、そう言ってカラカラと笑いかける女性。

 黒い長髪を後ろで括り、白衣を身に纏う女性──有栖川千夏は、腹部の数カ所に穴を空けて血を流す春秋へと憐れむような顔を向けた。

 

『未来から来て、アタシの幼馴染を見殺しにして、でもそのお陰で世界を救って……色々やったからねえ。因果応報ってやつなんじゃない?』

『ごぼっ。……が、も、な』

 

 言葉と共に血の塊を吐く春秋を見下ろす千夏は、逡巡を挟んだ後に、おもむろに彼の手首にケーブルが繋がったブレスレットを嵌める。

 あまりにも滑らかな動きだった為に、一瞬呆けた春秋だが、その装置が何であるかを血の巡りが悪い頭で思い出して目を見開く。

 

『────! や゛、めぇ゛、ろ……!』

『いやー、もうこれしかないでしょう』

 

 そう言いながらケーブルの反対にあるもう一つのブレスレットを自身の手首に嵌めると、千夏は迷いなく、ブレスレットのボタンを押し込む。

 

 瞬間、二人の意識は──視界はぐにゃりと歪み、見ている景色が入れ替わる。

 春秋は感じていた激痛が消え、千夏は逆に無かった激痛に襲われ、()()()()呻いた。

 

『づ、がっ、ぁあ(いて)ぇえぇっ……!?』

『なんて、ことを……! 千夏! すぐにまた精神交換をしろ────』

 

 バッと手元のブレスレットを見やる春秋。しかし、直前の精神交換で限界が来たのか。

 未来から持ち込んだ精密機械は、役目を終えたかのようにボロボロと風化して崩れていき、呼吸を荒らげる春秋(ちなつ)千夏(はるあき)が怒鳴る。

 

『なんてことをしたんだ! キミが、死んだら……真冬はどうなる!? 与一クンは!?』

『バァカ。それ、こそ……げほっ、ハルが、死んだら、あの子たちも悲しむ……でしょ』

 

 口からも血の泡を吐きながら、春秋(ちなつ)は言う。

 

『アタシは、選択した。……ハルは?』

 

 激情が溢れんばかりに駆け巡り、それを抑え込むようにぐっとまぶたを閉じて。

 

『────。────。……もう、選んださ』

 

 絞り出すように言う千夏(はるあき)は立ち上がり、その返しに満足したような微笑を浮かべる春秋(ちなつ)の、事切れた遺体を見下ろす。

 彼はもう、選んでいた。過去へと遡り、憧れと出会うという選択を、自分の意志で。

 

 過去への移動、個人での歴史の改変、本来訪れる悲劇の回避。()()()()()()()事の全てを行い、故にこそ、果たして彼はその代償(ツケ)を払わされた。

 

 ──憧れの英雄を愛し、けれども自分の所為で死なれるという、最大級の苦痛を以て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──肩の穴と激痛を堪えて、真冬が瀕死の春秋に覆いかぶさるようにして庇う。

 

「……っ、ぐっ……殺るなら、あたしごと、やれ」

「────。望み通りにしてやる」

 

 男はそう言って、真冬を貫通して春秋の頭を砕ける角度に腕を伸ばして銃口を向ける。

 撃鉄を起こし、引き金を引く──寸前で、男の意識が9両目とを隔てる扉の奥に向く。

 

「……!!」

 

 一拍遅れて、ギギギギ……と鋭いナニカで引き裂かれる扉を跨いで一人の青年が現れた。

 しかし男の目に映っているのは、単なる青年で済まされるモノではない。

 

 先ず、気配がおかしい。人でありながら、薄っすらと神格の気配が混じり、青年を中心に禍々しい『手』が無数に伸びている。

 そして、背後に漂う女のような輪郭が、確かに──こちらを()()()()

 

 青年────桐山与一は、春秋を見て、真冬を見て、それから床に転がる腹に大穴を空けたソフィアと、首から上が消し飛んだ結月を見る。

 

「──選べ」

 

 そう言った与一が、男を見ると。

 

「投降か、死ぬかだ」

 

 皮肉にも、同じ質問を投げかけた。

 

 

 

「──そのどちらでも、ない!!」

 

 男は冷静に、真冬たちに向けた銃口をずらすことなくそのまま引き金を引く。

 使い捨て前提のリボルバーに詰めた強装弾が、銃身に過剰な負荷を掛けながら二人を貫かんとし、しかして火花を散らして弾かれる。

 

「なっ」

 

 弾丸を防いだ原因は、可視化される程の魔力で構成された、与一の体を軸に放たれた【禍理の手】であり────男が即座にリボルバーを捨て、MP5(サブマシンガン)を【召喚(コール)】で取り出し彼を狙ったのは正解だった。

 

 けれども、大人しく投降するという選択を取らなかった時点で、命運は決まっていたのだろう。

 コツコツと歩みを進める与一にマシンガンの銃弾が高速で撃ち込まれるも、盾に使う【禍理の手】を貫けるだけの威力は無い。

 

「……これは別に、仕返しとかじゃない」

 

 じわじわと追い詰められ、一瞬湧いた『ケースを破壊してウイルスをばら撒くべきか?』という選択肢を頭に浮かべた男だが、まるで大口を開けて食らいつかんとする怪物のように迫る【禍理の手】に鷲掴みにされて、その体は宙に浮かび上がる。

 

「結月とソフィアは、極論死ぬわけじゃない。真冬も魔術師として扱うべきでもう甘やかせない。春秋さんは……まあ単なる因果応報だ」

 

 銃すら握れないようにと全身を鷲掴みにして持ち上げる与一は、男を見ながらそう言うと、別の『手』を伸ばして窓をガラリと開け────

 

「俺は体を貸しただけ。たまには暴れたかったのだとさ、うちの地縛霊さんが」

 

 そう言って、さながらゴミを投げ捨てるのとなんら変わらないような無造作な動きで、【禍理の手(ふじもりみやび)】は男を窓の外へと追い出して。

 

「うえ。紅葉おろしは悪趣味じゃない? ……そうでもない? いやぁそれは貴女の感性の問題ですね」

 

 ──彼がどうなったかは、与一の虚空との会話で察するだけに留めたほうが良いのだろう。

 

 

 

「……よ、いち、クン」

「春秋さん、このウイルスのケース、どうすれば」

「いい加減な……数字を、打ち、込め。0000でいい、押したら……離れろ、火傷、する」

「わかりました」

 

 真冬に傷口を手で圧迫されながら指示を出す春秋に従って、与一は棺桶のような大きさのケースの一角にあるキーパッドに指を向ける。

 カチカチと入力した後、甲高い『Error』の音声を聞いて数歩後ずさると、遅れて勢いよく中からスチームが溢れ出てきた。

 

「……番号間違えたら内部をスチームで消毒するセーフティが備わってたら、そりゃあケースごと移動するしかないわけだな」

 

 ──これで終わりか。と独りごちて、与一は振り返り真冬と春秋のもとに歩く。

 

「よ、与一、これ、どうしたら」

「……さて、どうしたもんかな」

 

 真冬の顔が、捨てられた子犬のように幼く歪む。今まさに親が死ぬ数歩手前という状況では、いつもの余裕さはなかった。

 

「…………。はぁ」

 

 与一もまた、もはや喋ることすら出来ない、呼吸がどんどん浅く少なくなっていく春秋を見下ろして。くしゃりと自分の髪を掴み、仕方がないと言わんばかりにため息をついて、真冬に選択させる。

 

「一番最悪の方法でなら、春秋さんは助かるけど。どうする? ……真冬」

「それ、は。────。やってくれ」

 

 果たして、真冬の決意は。最初から決まっていたかのように力強かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──後日、事務所にて。

 

「……んぐぐ、っぐぐぐぐぉおお」

「真冬ー、集中しろー。力むなー」

 

 椅子に座り、デスクに肘をついて、ソファの前でテーブルの上に置かれたマグカップ2つを睨みつける真冬を眺めながら野次を飛ばす。

 

「────! ふんっ!」

「おー、出来るもんなんだな」

 

 魔力の()()()、いわゆる『今から魔術が発動されるぞ!』という前兆が真冬の体から発せられ、直後に黒いマグカップと白いマグカップの位置が瞬時に逆転し、入れ替わった。

 

「……ふぃい、この間よりはスムーズに発動できるようになったな」

 

 右腕を三角巾で吊るし、左手で額の汗を拭う真冬。それを空中から見下ろしていた者が、ぺちぺちと間抜けな音で拍手しながら言う。

 

『物が出来るなら、人でも出来るさ。今度は与一クンと葉子クンにも協力してもらおう』

「あ、私もですか」

『はいチェックメイト』

「あ゛!!!」

『葉子さーん、次は私の番ね。今度こそソフィアにギャフンと言わせたる』

『掛かって来なさいな』

 

 真冬の対面の横にズレた位置に座っていた葉子さんが、対戦相手(ソフィア)の動かす駒を見て声を上げる。

 彼女に代わって結月がソフィアと対戦し始める光景を余所に、こちらも上に視線を動かして、3体目の生き人形に声をかけた。

 

()()()()、調子はどうですかね」

『皮肉なことに、絶好調だよ』

「ならまあ、いいですかね」

 

 長い黒髪を括り、セーターに白衣。そんな格好の生き人形──春秋さんは、小さい体を浮遊させている。致命傷を負い、あと数秒で死んでいたであろう彼は、何を隠そう【人形化】で一命を取り留めたのだ。

 

「なんというかこう、因果応報というか自業自得というか、なるべくしてなったというか……」

「死なれるよかマシだろ。つーか、母さんまで巻き込んどいて死んで終わりなんてそれこそ身勝手だわ。これからも生きて償え」

【あらあら、お父さんが生きてて良かった〜って素直に言えばいいのに】

「チッ」

 

 足元の影からにゅっと出てきた雅灯さんの言葉に、真冬は苛立たしげに舌打ちで返した。

 それにしても、生き人形が3体に悪霊が一人。大所帯だなあとかそれ以前に────

 

「お化け屋敷じゃないんだからさぁ……」

「ん? あー、言われてみれば確かに」

「人間と非人間の人数が、いよいよ逆転してしまいましたからね……」

 

 ほなみはそろそろ建て直される大学のこともあって近い内にバイト辞めるし、それになにより、今後の方針を固める必要もある。

 

【しかし、こうも大所帯だと、依頼や来客の度に一般人への配慮で隠れるのも面倒ですねぇ】

「ああ、それなんですがね」

【はい?】

「──()()()()()()()()()って」

【……???】

『……それはまた、どうしてだい』

 

 小首を傾げる雅灯さんに代わり、春秋さんがデスクに着地しながら問いかける。

 もちろんこれは、隠すのが面倒だからというわけでは………………ない。断じて。

 

「今、この世界は魔術や怪物、神格の存在は連盟組織などの尽力で隠蔽されています。だから春秋さんの世界では、隠蔽を気にして後手に回り壊滅した」

『そうだね』

「同じ轍を踏むわけにはいかない。かと言って俺たちにできるのはなにか? ──そう、貴方がたの存在を、人に隠さないことです」

 

 この意味を察したように考え込む春秋さん。その奥で、三角巾の位置を調節していた真冬が、マグカップのコーヒーを啜ってから言う。

 

「……あーつまり、こいつら生き人形とそこの悪霊で、一般人に()()()()()()()ってこと?」

「ですが、それはかなり危険な行為なんじゃ」

「そうですね。生き人形が居る探偵事務所なんて、敵に狙ってくれと宣伝して回るようなものだ。じゃあもう()()()()()()()

 

 これから先、戦いは続く。どんどん熾烈になり、敵も味方も増えていくだろう。

 だから、敢えて注目されればいい。敵性魔術師には『誰よりも何よりもここを狙え』というアピールになり、本当に困っている人たちには『ここにあなたの理解者が居るぞ』というアピールになるのだ。

 

『まあ確かに、いきなり怪物だの神格だのに対面させて心を削るよりは、まだ可愛げがある方で慣れてもらうほうがいいかもね』

「可愛げ……?」

『ありますけどぉ!?』

 

 心底不思議そうに訝しむ真冬に、結月が鋭く返す。調子が戻ってきたなあと考えていたその時、不意に携帯の方に電話が掛かってくる。

 

「電話だ、ちょい静かに。……はいもしもし?」

【ボクだ】

「切っていい?」

【【門】で手だけ伸ばして殴るぞ】

 

 傍若無人が服を着て歩いているかのような声に、思わずそう言ってしまう。

 

「……円花さん、その節はどうも」

【ああ】

 

 ──そう、円花さんには、ジョセフ・エリンドールの件や電車での一幕の処理などをぶん投げてあったのだ。なぜならこの人経由で連盟組織を動かすのが一番適切かつ手っ取り早かったから。

 

「それで、なにか御用ですかね」

【んー。ボクと丞久は今、イイーキルスに向かう船に乗るところなんだよね。これが終わっても暫くはミスカトニック大学に滞在するから、これから長くて2ヶ月くらいはそっちに戻れないわけ】

「はぁ」

【……わかるか? ボクと丞久が居ないってことは、その隙を狙って悪さしようとする下等生物が増えるってことなんだぞ】

「────」

 

 そう言われて、嫌でも警戒させられる。日本に存在する数ある暴力装置のうちの2つが同時に日本を離れることの意味は、わかっていた。

 

【気合い入れとけよ〜。一応、与一のためにいいもん送っといたから】

「いいもの?」

 

 円花さんの言葉にオウム返しすると、見計らっていたかのようにインターホンが鳴る。

 

「──あ、宅配ですかね。私でますよ」

 

 確認に出た葉子さんの背中を見送りつつ、電話越しに円花さんに質問を投げた。

 

「あの、いいものって何ですか? 絶対俺にとっては良くないモノでしょ?」

【お前がボクが居ないからってメソメソ泣くと困るからさぁ、ちょっとした……そう、与一の大好きなお人形を贈ったんだよ】

「別に好きではないですが……??」

 

 誰が人形フェチだって? ────いや待て、このタイミングで、お人形を……? 

 

「……いや、いやいやいや、そんな、まさか……嘘でしょう?」

【おー、察したか。そうだ、ようやく()()()を分離できたからさぁ、ねじ込んでおいたぞ】

「あのー、与一くん?」

 

 声だけ聞いていても、円花さんのにやけ面が思い浮かぶ。玄関の方から戻ってきた葉子さんが40センチくらいの箱を手に戻ってくると、嫌な予感がその通りであると嫌でも確信させられる。

 

【そんじゃあな】

「え、ちょ」

 

 ぶち、と電話を切られ、ことりと箱をデスクに置かれる。なんとも言えない威圧感を放つそれを、どうするかと思考を巡らせ──

 

「──よし、コンクリートで固めて鎖に繋いで海の底に沈めよう」

「なんて???」

 

 そう言った刹那、ズボッ!! と勢いよく、箱の内側から手が突き出される。

 

『ギャ──────!?!?』

『なんか、出てきたのだけど……』

 

 結月の悲鳴をBGMに、中から這い出てくる物体との対面を余儀なくされる。

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 という事実が近い内に、大事件を引き起こすのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

『完』




お気に入りと感想と高評価ください。



有栖川春秋(♂)
・感染を食い止めるワクチンを開発した英雄に会いに来た未来人。そんな英雄と結ばれ、最初のパンデミックを食い止め未来を分岐させたが、その代償は重かった。現在は致命傷を回避するために生き人形となり、探偵事務所で世話になっている。

有栖川千夏(♀)
・与一の父と同じく魔術を使える元魔術師。ウイルス研究のためにイギリスに滞在し、本来の時間軸であれば世界を救うワクチンを開発した英雄となり得たが、この時間軸では春秋が未来から持ち込んだ精神交換装置を利用して身代わりとなり死亡した。
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